2023-02-01から1ヶ月間の記事一覧

20230228

私の家には当時、両親が仕事で使う十数冊の医学書を除くと、四巻本の『毛沢東選集』と赤い宝の本と呼ばれる『毛主席語録』しかなかった。赤い宝の本は、『毛沢東選集』から抽出された言葉を集めたものである。私は元気なく、それらの本のページをめくった。…

20230227

一つ目は小学校を卒業した年の夏休み、一九七三年だったと思う。文化大革命は七年目を迎え、我々が見慣れた武闘(武力闘争、特に文革中の暴力行為を指す)と野蛮な家宅捜索はすでに過去のこととなっていた。革命の名のもとにくり広げられたこれらの残酷な行…

20230226

一九七六年九月のある日の朝、高校二年生だった私たちはいつものように、授業の前に全員起立し、黒板の上の毛沢東像に向かって斉唱した。 「偉大な領袖、毛主席の長寿を祈ります」 そのあと席につき、国語の教科書の毛沢東に関する部分を朗読した。当時はあ…

20230225

私は石家荘に一か月あまり滞在し、気もそぞろで小説を書いた。当初、テレビでは毎日、指名手配の大学生が捕まったというニュースを放映していた。しかも、同じ映像を何度でもくり返す。これほど頻繁なテレビの再放送は、その後、オリンピック期間中に中国選…

20230224

天安門事件後、趙紫陽は姿を消した。二〇〇五年の逝去に至って、新華社はようやくこの重要な政治家のことを短いニュースで伝えた。「趙紫陽同志は、長期にわたって呼吸器と心臓、血管に疾患を抱え、何度も入院治療を受けてきたが、先ごろ病状が悪化し、応急…

20230223

一九八九年春の北京は、アナーキストの天国だった。警察が急に姿を消し、大学生と市民が自発的に警察の任務を果たした。あのような北京が再現することは、おそらくないだろう。共通した目標と共通した願望が、警察のいない都市の秩序を整然と維持していた。…

20230222

中国の諺にあるように、森が大きくなれば、そこに棲む鳥の種類も増える。 (余華/飯塚容・訳『ほんとうの中国の話をしよう』) 11時にアラームで起床。歯磨きしながらスマホでニュースをチェックしたのち、街着に着替えて寮を出る。第五食堂へ。よりによっ…

20230221

マルセル・ライヒ=ラニツキ(一九二〇年〜二〇一三年) ムージル研究家たちはこう言いくるめようとする、ムージルは実際のところ失敗した、しかし高度の次元において彼の敗北は勝利であり、本当は大成功なのである、まことにもってこの破産こそが、彼の作品…

20230220

エリーアス・カネッティ(一九〇五年〜一九九四年) トーマス・マンには欠伸が出るようになっても、ムージルはなお現役だろう。 (『覚書き』一九七七年) (オリヴァー・プフォールマン/早坂七緒、高橋 完治、渡辺幸子、満留伸一郎・訳『ローベルト・ムー…

20230219

ヴァルター・ベンヤミン(一八九二年〜一九四〇年) 君はあのムージルを読んでもかまわないが、まともに受け止めるのはそこそこにした方がいい。ぼくにはもはや何の風味も感じられない。この作家には次のように認識しておさらばした、すなわち彼は彼自身が必…

20230218

一九二七年から翌年にかけての冬も、おそらくムージルは、テーブルクロスのかかった執筆机の周囲をタバコを吸いながら一日中歩きまわっていたはずだ。そのころセラピーを受けていなければ、第一巻を完成させることはできなかっただろう、とのちに告白してい…

20230217

支配欲が強かった母親との複雑な関係を明らかにするため、ムージルは長編小説をいったん置き、短編「黒つぐみ」(一九二八年刊行)を書いた。死んだ母親が鳥のすがたを取って帰ってきたかのような描写を含むこの作品は、「自己セラピーの試み」であった。き…

20230216

ムージルのこれらのエッセイでは文学的ディスクールと学術的ディスクールが対話を始め、融合して、生き生きとした思考となる。そのため本来の執筆のきっかけが踏み越えられてしまうこともめずらしくない。たとえば「新しい美学への端緒——映画のドラマトゥル…

20230215

(…)『合一』を再読したときもそうだが、後年ムージルは『熱狂家たち』をあらためて読み返した折り、自分の要求が読者にとって過大なものになりかねないことを、身にしみて感じないわけにはいかなかった。「それから自分はこれを読んでいるうちにくたびれて…

20230214

一九一二年、ムージルはアヴァンギャルドの戦闘的な自負心をあらわにして要求する。「こんにち、精神の大胆さはすべて精密科学にある。今後われわれはゲーテやヘッベルやヘルダーリンにではなく、マッハ、ローレンツ、アインシュタイン、ミンコフスキー、ク…

20230213

ムージルが『合一』でもくろんだのは、「子守女の仕事という軛から、物語り行為を」ついに「解放する」(…)こと、これであった。その方策として、筋と意味との割合を、ありふれた文学作品のそれとは逆にした。その結果、筋は最小になり、言葉のもつ意味は最…

20230212

一九〇八年、フランツ・ブライの文芸誌『ヒュペーリオン』に、ムージルの小説「魅せられた家」が掲載された。手早く書き上げられたこの作品は、作者に言わせれば「肩慣らし」(…)、自分の名前を読者に忘れさせないためのものでしかなかった。次作の小説もや…

20230211

不安定な作家生活のほうを選ぶことは、安定を何よりも重視する親の世代と訣別することだった。モデルネが勃興したときの雰囲気を、のちにムージルはこう表現する。「いかなる物も、いかなる自我も、いかなる形も、いかなる根本法則も安定しておらず、目には…

20230210

女性が男の魂の目覚めの際に導き手となるという考えは、まことに当時に特徴的な、広く流布したマーテルリンクの教えだった。 (オリヴァー・プフォールマン/早坂七緒、高橋 完治、渡辺幸子、満留伸一郎・訳『ローベルト・ムージル 可能性感覚の軌跡』) こ…

20230209

のちにムージルは、ニーチェと並んで「きわめて強い影響を思考に及ぼした」(…)二人のエッセイストを挙げている。ラルフ・ウォルドー・エマスンとモーリス・マーテルリンクだ。ともに一九〇〇年ごろ花開いた、無神論的で言語懐疑的な新神秘主義の、ドイツ語…

20230208

ムージルの本は生きているあいだに三五〇〇〇部も売れなかった。(…)もはや自分と時代をおなじくする人びとには、読んでもらえないという結論に達したあとのムージルに残されたのは、後世に望みを託すことだけだった。「トーマス・マンや似たような連中は、…

20230207

いまはとにかく重いことやわかりにくいことが敬遠されがちで、複雑な厚みを持つ人間よりも単純明快なキャラが求められるようになりました。そして、多様性(=ダイバーシティ)の旗印のもとで現実化したのは、多様な逸脱を認める鷹揚さではなく、逸脱のすべ…

20230206

大人たちは良かれと思ってあなたにさまざまなアドバイスをしてくれます。でもその多くがむしろあなたを「正しさ」でがんじがらめにしてしまう言葉ばかりなんです。あなたに必要なのはみんなとは違う自分独特の生き方を見つけることなのに、大人があなたに耳…

20230205

いま問題なのは、多くの人が好きなことや楽しいことを理想化しすぎていることです。そのせいで、好きには嫌いがまざっているし、楽しいには苦しいがまざっていることが忘れられています。だからこそ好きや楽しいが実感できるという、自分の感覚に立ち戻れば…

20230204

では、勉強をする大きな効用がいったいどこにあるのかと言えば、それは抽象を扱えるようになることです。人間たちは、勉強を通して抽象の扉を開き、具体と抽象の間を往還することで、世の中を見る解像度を高める努力をしてきました。虚数を通してしか見えな…

20230203

勉強することの大きな意味のひとつは、それを通してあなたが親をはじめとする身近な大人の思考の影響から距離を取ることができる点です。考えてみてほしいのですが、あなたがいま使っている言葉の中にはあなた独自のものはありません。あなたは、親をはじめ…

20230202

先月、ある中学校の道徳の時間に「何のために勉強するの?」という議論が行われ、そのときに出た結論が「人の役に立つため」というものだったそうです。法律や政治、医療や介護、さらに衣食住や身の回りの道具や機械まで、私たちの暮らしの中にあるすべての…

20230201

最近は、「宿題が嫌ならやらなくていいんじゃない」と子どもに簡単に言う大人が増えています。でも、子どもに対して「苦しいならやらなくていい」というメッセージを簡単に伝えてしまう大人を信用してはいけません。そういう大人って、学校への批判と宿題の…