20140430

 二三日前、俺は、ここの渓へ下りて、石の上を伝い歩きしていた。水のしぶきのなかからは、あちらからもこちらからも、薄羽かげろうがアフロディットのように生れて来て、渓の空をめがけて舞い上ってゆくのが見えた。お前も知っているとおり、彼等はそこで美しい結婚をするのだ。しばらく歩いていると、俺は変なものに出喰わした。それは渓の水が乾いた磧へ、小さい水溜を残している、その水のなかだった。思いがけない石油を流したような光彩が、一面に浮いているのだ。お前はそれを何だったと思う。それは何万匹とも数の知れない、薄羽かげろうの屍体だったのだ。隙間なく水の面を被っている、彼等のかさなりあった翅が、光にちぢれて油のような光彩を流しているのだ。そこが、産卵を終った彼等の墓場だったのだ。
梶井基次郎桜の樹の下には」)



 10時半に起きた。ヘッドフォンを装着したまま仰向けに寝転がっていた。七時間もの眠りのあいだひょっとしていちども寝返りをうつことがなかったのだろうかと思った。腰と背中と首が不安だったが、これといった痛みはなかった。居残る満腹感と朦朧としていくらか霧がかった意識だけがあった。歯を磨き、顔を洗い、散乱した部屋を片付けてストレッチをし、コーヒーを飲んだ。
 26日付けの日記の続きを書いた。書きおえたところで投稿し、そこからたてつづけに、すでに書き終えてある27日と28日の日記をそれぞれ一度ずつ読み直してから投稿した。最後に昨日29日付けの分の日記をしたためて投稿、これでようやく終わりだった。借金を清算したあとのような晴れ晴れとした気分になった。三日後には学生時代のクラスメイトのTと夜から同志社で会う約束がある。その日の日記もふだんより長くなるであろうことを思うと、ちょっとげんなりするところがあった。四連勤前の金曜日という日程を考慮すると、まずまちがいなく借金をためこんでしまうことになるだろう。そういうのはできれば避けたいのだ。
 一年前の日記の読み直しをした。とちゅうでMさーんと引き戸を叩く音がしたので荷物が届いたのだろうと見当をつけてでるとジャージにダンボールを抱えた男性で、めずらしい身なりだどこの配達業者だろうと思っていると読売新聞の営業らしく、ダンボールのなかにはおきまりの洗剤のたぐいが入っていた。説明をはじめようとするのにいやいやもうええですわと応じると、あのほかにどこかとられてるんですかというので、どこもとってないすけどと答えると、それじゃあうちにとあるものだから、金ないすからねとひとこと口にしてみたところ、びっくりするくらいあっさりひきさがってくれたので、この下宿やっぱ強烈な説得力もってんなと思った。上下灰色のスウェットでひげだらけというこちらのみすぼらしさもおおいに功を奏したのだろうけれど。
 小腹が空いたのでキムチトーストを食べた。それから布団に寝転がって『ピストルズ』の続きを読みだしたのだけれど食後の眠気が猛烈で、それじゃあ20分ばかし眠るかと携帯のアラームを設定したのが15時過ぎ、めざめると19時前だった。唖然とした。なにをやってんだと思った。三日間しかない貴重な休日の一日を完全に無駄にしたという絶望感に駆られた。悔しくて泣きそうになった。
 近所のスーパーに出かけた。海鮮巻きが半額になっていたので買った。帰宅してからあさげ・納豆・冷や奴・もずくといっしょに喰らった。20時半だった。そこから23時半まで延々と『ピストルズ』の続きを読み進めた。残すところ30ページほどになったところでいったん切り上げ、ストレッチをしてからジョギングに出かけた。気分転換に以前のアパートのほうまで出向き、そこに住んでいた当時のコースを走ってみることにした。距離としては(長)とさほど変わらないのかもしれないが、なんせ急な坂が多く、ふくらはぎがたっぷり張った。帰宅すると汗だくだった。時間にして35分、 なかなか理想的なコースなのかもしれないと思った。
 シャワーを浴び、部屋にもどってからストレッチをし、それから『ピストルズ』を最後まで読み進めた。佐々木敦による阿部和重のインタビューがウェブ上にあったのでそれも読んだ。2時半だった。Tにもらった福岡土産のラーメンの最後のひとつを食し、それから4時半まで「G」の修正をおこなった。消して削って省いてやせ細らせていく減量のごとき営為。日中あれほど眠ったにもかかわらず4時をまわると自動的に眠気のきざす便利な体質であるので(歳をとればとるほどになぜか日中眠りすぎたために夜の就寝に難儀するということがなくなっていく)、布団にもぐりこんで『今昔物語』をぱらぱらやって入眠の機会をうかがった。機会はすぐにやってきた。まったくもって便利な体質である。5時消灯。