20140507

 それはある雨あがりの日のことであった。午後で、自分は学校の帰途であった。
 いつもの道から崖の近道へ這入った自分は、雨あがりで下の赤土が軟くなっていることに気がついた。人の足跡もついていないようなその路は歩くたび少しずつ滑った。
 高い方の見晴らしへ出た。それからが傾斜である。自分は少し危ういぞと思った。
 傾斜についている路はもう一層軟かであった。しかし自分は引返そうとも、立留って考えようともしなかった。危ぶみながら下りてゆく。一と足下りかけた瞬間から、すでに、自分はきっと滑って転ぶにちがいないと思った。――途端自分は足を滑らした。片手を泥についてしまった。しかしまだ本気にはなっていなかった。起きあがろうとすると、力を入れた足がまたずるずる滑って行った。今度は肩肘をつき、尻餅をつき、背中まで地面につけて、やっとその姿勢で身体は止った。止った所はもう一つの傾斜へ続く、ちょっと階段の踊り場のようになった所であった。自分は鞄を持った片手を、鞄のまま泥について恐る恐る立ち上った。――いつの間にか本気になっていた。
 誰かがどこかで見ていやしなかったかと、自分は眼の下の人家の方を見た。それらの人家から見れば、自分は高みの舞台で一人滑稽な芸当を一生懸命やっているように見えるにちがいなかった。――誰も見ていなかった。変な気持であった。
 自分の立ち上ったところはやや安全であった。しかし自分はまだ引返そうともしなかったし、立留って考えてみようともしなかった。泥に塗れたまままた危い一歩を踏出そうとした。とっさの思いつきで、今度はスキーのようにして滑り下りてみようと思った。身体の重心さえ失わなかったら滑り切れるだろうと思った。鋲の打ってない靴の底はずるずる赤土の上を滑りはじめた。二間余りの間である。しかしその二間余りが尽きてしまった所は高い石崖の鼻であった。その下がテニスコートの平地になっている。崖は二間、それくらいであった。もし止まる余裕がなかったら惰力で自分は石垣から飛び下りなければならなかった。しかし飛び下りるあたりに石があるか、材木があるか、それはその石垣の出っ鼻まで行かねば知ることが出来なかった。非常な速さでその危険が頭に映じた。
 石垣の鼻のザラザラした肌で靴は自然に止った。それはなにかが止めてくれたという感じであった。全く自力を施す術はどこにもなかった。いくら危険を感じていても、滑るに任せ止まるに任せる外はなかったのだった。
 飛び下りる心構えをしていた脛はその緊張を弛めた。石垣の下にはコートのローラーが転がされてあった。自分はきょとんとした。
 どこかで見ていた人はなかったかと、また自分は見廻して見た。垂れ下った曇空の下に大きな邸(やしき)の屋根が並んでいた。しかし廓寥として人影はなかった。あっけない気がした。嘲笑っていてもいい、誰かが自分の今したことを見ていてくれたらと思った。一瞬間前の鋭い心構えが悲しいものに思い返せるのであった。
 どうして引返そうとはしなかったのか。魅せられたように滑って来た自分が恐ろしかった。――破滅というものの一つの姿を見たような気がした。なるほどこんなにして滑って来るのだと思った。
 下に降り立って、草の葉で手や洋服の泥を落しながら、自分は自分がひとりでに亢奮しているのを感じた。
 滑ったという今の出来事がなにか夢の中の出来事だったような気がした。変に覚えていなかった。傾斜へ出かかるまでの自分、不意に自分を引摺り込んだ危険、そして今の自分。それはなにか均衡のとれない不自然な連鎖であった。そんなことは起りはしなかったと否定するものがあれば自分も信じてしまいそうな気がした。
 自分、自分の意識というもの、そして世界というものが、焦点を外れて泳ぎ出して行くような気持に自分は捕えられた。笑っていてもかまわない。誰か見てはいなかったかしらと二度目にあたりを見廻したときの廓寥とした淋しさを自分は思い出した。
梶井基次郎「路上」)



 おもての引き戸をバンバンバンと三度叩く物音でめざめた。出るべきか出ないべきか寝床のなかで迷っていると、再度バンバンバンとあったので意を決して出た。宅配便だった。時計をみると12時だった。二、三日前に勤務中のこちらに住所を問う電話が当の業者からあった。不在がしばらく続くので水曜日の昼頃に再配送をお願いしたいとそのとき告げたのだった。荷物を受けとってから散らかった部屋を片付けた。プラスチック用のゴミ袋が足りなかった。歯を磨いてからぼうっとした頭でニュースをチェックした。それからパンの耳2枚とコーヒーの朝食をとり、昨日づけのブログを投稿し、一年前の日記を読み返した。
 14時半だった。便所に立つと晴天だったので、梅雨入りするまでのわずかな期間の日中はなるべくおもてで過ごすことにしようという前々からの計画にしたがうことにして、かばんにフラナリー・オコナー『賢い血』だけ入れて鴨川まで出かけた。歩いて十分ほどの道のりの途中、ギャラリーともスタジオともつかぬ赤色のペンキで壁の塗られた建物があった。それから「←京都交響楽団」と記された小さな看板を標識を目にした。河川敷におりて最初に目についた木陰のベンチに腰かけた。となりのベンチには老婆がひとり腰かけており、そのわきには一台のママチャリが停められていた。直射日光を浴びてあおむけに寝転がっているサイクリング着を着用した男性の姿が遠くの芝生にあった。川をはさんだ向こう側のおなじく日当りのよいベンチでは上半身裸の男性があおむけに寝転がっていた。犬の散歩をしているひととジョギング中のひとがあいかわらず多かった。読書をはじめてしばらく、となりのベンチに腰かけていた女性がたちさり、かわりに自転車にのった若いいくらか地味な姿格好の女の子があらわれ、ベンチに腰かけるなりぴんと背筋をただした姿勢でポメラらしきものをひざの上にのせてカタカタとやりだしたので、ひょっとして小説家かもしれないと思った。彼女は二時間ほどそのままカタカタやりつづけていたが、少なくともこちらの知るかぎりいちども姿勢をくずすことはなかった。こちらはといえば例のごとく首や背中が凝りだしたところでベンチのうえにあおむけになって寝転がったり、ふたたび起きあがってからも足をしょっちゅう組みなおしたりいっそのことあぐらを組んでみたりと、すぐに疲労にきしみはじめる背面のためになかなか落ち着きのないように傍目にはみえたかもしれない。ベンチにあおむけになると若葉が日光に透けて目にしみる寸前のみずみずしさでさわさわと揺れ動き、多層的にはりめぐらされてある色合いの妨害という妨害を縫い進んでほんのときどき差しこんでくる直射が手の甲や首筋にともって暖かかった。100%の五月の光だった。いくらか肥えたサンバイザーの女性とその孫息子らしい幼児とがゴムボールとプラスチックのバットで野球のまねごとをしばらく演じたのち去った。ベンチの後ろにひかえている芝生の土手を幼い女の子が声をあげながらよちよちと走りながら、あとをゆっくりと歩きながら追ってくる母にむけて目にみえるものすべてを報告したいとばかりのせきこむような口調でなにやらのべつまくなしに数えあげていたが、語彙が足りないためにその発言の大半が「お母さん」と「あのね」で占められてしまっているその勢いのそれでいてぜんぜんおとろえるところのないさまに言葉の原始衝動を見た。おなじ土手の芝生でいつからか西洋人の男ふたりが寝そべっていた。西洋人はベンチに腰かけず芝生に直接腰をおろしたり寝そべったりすることがとても多いと思う。
 読書をはじめたのは15時だったが、そこからぴったり三時間、18時まで滞在して『賢い血』を読み終えた。とても深い印象を受けた。みずからが設けた「ゲームの規則」(信条)にひたすら忠実に原理主義者然として従いつづけるヘイズの姿にコーエン兄弟ノーカントリー』に登場する殺人者の姿がかさなってみえた。ゴリラへの「変身」を遂げてみせるイーノックやその他それぞれデフォルメされた「典型」として位置づけられているらしい登場人物の数々も、キリスト教(社会)や信仰(のさまざまなありよう)に関連した寓意に還元して理解するのがもったいないくらい魅力的で、戯画(コメディ)として読むよりも狂人らの跋扈するリアリズム小説として読みたいという誘惑をたちきることができなかった。技術上の発見がいくつかあったのもありがたかった(たとえばここで用いられている「語り」を参照すれば、おそらく「狂人」(「狂気」ではない)を描くこともきっとむずかしくはないだろう)。
 最後の一時間ほどは風が吹き、やや肌寒いくらいだった。集中力のきれてきたタイミングでiPodをとりだしてKath Bloomを聴いた。18時ぴったりにベンチをあとにし、尿意をこらえながら家路をたどった。小便をすませ、炊飯器のスイッチを入れ、洗い物を片付けた。そうしてふたたび家を出て近所のブルジョワスーパーに出向き、値引き品の弁当をほかさまざまな食材とまとめて購入した。帰宅してから弁当・インスタントの味噌汁・納豆・冷や奴・もずくの夕食をとりながら、昨夜YouTubeで視聴した27時間テレビの「真夜中の大かま騒ぎ」の2004年版をまとめて見てゲラゲラ笑いつづけた(ちなみに昨夜は2005年版を視聴したのだった)。両者ともにまだテレビの映るアパートに住んでいたころに放映されたもので(京都に越してきてすぐのころだ)、リアルタイムでも爆笑しながら観たのだったが(27時間テレビというお祭り騒ぎが大好きだった)、いま観なおしてみても面白いのだけれどしかしこれが十年前(!)と考えると驚きを禁じえないというか、そりゃ歳もとるわといくらか唖然とするような気分にもなるし、ひな壇に座っている芸人らの年齢が現在のこちらとほとんど変わらないのを見るとものすごく素直に感心するし尊敬する。すごいな、おれもがんばらんと、とあせって身のひきしまるような気持ちになる。
 小説も書かずにバラエティ番組を視聴してゲラゲラ笑ってんだからざまあねえなと途端にやけっぱちな気持ちになった。気分を切り替えるために走りに出かけようと思ったが、食後それほど時間の経過していないことを思い、ひとまずここまでブログを書いて時間を稼いだ。それから懸垂と腹筋をして筋肉を酷使し、ストレッチをしてからジョギングに出かけた。前回と同様いぜん住んでいたアパートのほうに走りに出かけた。BGMはスチャダラパー『CON10PO』。ゆっくりと走ったおかげで脇腹の痛みだすこともなく快適な35〜40分だった。帰宅してからすぐにシャワーを浴びた。部屋にもどりストレッチをしたあと、近所のコンビニに出かけてコーヒーと牛乳とゴミ袋を購入した。隣室から、それもおそらく通り魔のほうの部屋だと思うのだけれど、教科書を音読するようなトーンの独り言が延々と聞こえてきて、不気味だったので「うるせえ!」と言ってみたらしずかになった。それから3時過ぎまで「G」の手直しに取り組んだが、ぜんぜんはかどらなかった。これもたしか昨夜がきっかけだったのだけれど、YouTubeでたまたま出くわしたaikoがすごくよくて、「花火」とか初期の楽曲が流行ったのってたぶん中学生のころだったのだけれど、いま聴いてみるとメロディラインのところどころがちょっとおもしろいというか、うわこんなふうにずらしちゃうの、浮かせちゃうのみたいな細部があって、気のせいかなと思って検索してみたところ菊池成孔がラジオで絶賛していたというその書き起こしがヒットして、やっぱそうなんだ、気のせいじゃなかったんだと思った。歯を磨いて布団にもぐりこんで『今昔物語』をひとつふたつ読みすすめて4時消灯。