20140511

 ――コツコツ、コツコツ――
「なんだい、あの音は」食事の箸を止めながら、耳に注意をあつめる科(しぐさ)で、行一は妻に眴(めくば)せする。クックッと含み笑いをしていたが、
「雀よ。パンの屑を屋根へ蒔いといたんですの」
 その音がし始めると、信子は仕事の手を止めて二階へ上り、抜足差足で明障子へ嵌めた硝子に近づいて行った。歩くのじゃなしに、揃えた趾(あし)で跳ねながら、四五匹の雀が餌を啄(つつ)いていた。こちらが動きもしないのに、チラと信子に気づいたのか、ビュビュと飛んでしまった。――信子はそんな話をした。
「もう大慌てで逃げるんですもの。しとの顔も見ないで……」
 しとの顔で行一は笑った。信子はよくそういった話で単調な生活を飾った。行一はそんな信子を、貧乏する資格があると思った。
梶井基次郎「雪後」)



 6時20分起床。パンの耳2枚とコーヒーの朝食。8時より歓びなき労働。Tさんがまたクラブサンドを作ってくれたので美味しくいただいた。Bさんが帰りぎわ、JさんとMさんとのあいだに横たわる不吉な暗雲についてOさんから知らされたところをこちらに報告してきたので、まあまあやっぱりそうなるわなと思った。そういった懸念織り込みずみでEさんにせよこちらにせよJさんのシフト変更を認めた旨をひとまず伝え、それからいかに夜シフトのひとびとたちがMさんの横暴に難儀しているかについてこちらの知るところを伝えた。昼とのちがいにBさんはびっくりしているようだった。MくんはEさんともっとじっくり顔あわす機会あったほうがええかもしれへんなとBさんはいった。昼と夜、バイトと社員、清掃と受付、明瞭なる境界線によって隔てられてあるそれぞれの土地をニュートラルに横断できる存在がこの職場にはじぶんしかいない。そのじぶんだからこそ見ることのできる風景を、把握することのできる差異と不均衡を、調停者の位置にあるEさんにもっと詳しく頻繁に報告したほうがいい、それはつねづね考えていたことであったが、しかしEさんはEさんで、いろいろといそがしいなかでしばしばキャパがいっぱいになってしまい、冷静な判断を下すことができなくなってしまうことがある(Tのおっさんのセクハラ騒動など)。ゆえに報告し改善をもとめるタイミングをつかむのがそれはそれでむずかしかったりするのだ。くわえてEさんと顔をあわすのが原則週に一度、土曜日だけであるのだからその切り出しはますますむずかしかったりする。Eさんが休日を別の曜日にずらすか、それかこちらが出勤日を変更するかして、週に二日はわれわれふたりが顔をあわせてあれこれ話し合うことができるようになったほうがいいんでないかというのがBさんの意見だった。
 ひきつぎのときMさんからパチンコ屋でカツアゲにあったという話を聞いた。台に座って打っていると若いチャラチャラした男三人がこちらに空っぽの財布を投げてみせる。投げ返してやると、中身を入れて返せとせまってみせる。おもてにでろという話になったところで第三者をよそおった男があらわれて、あいだに入ってトラブルを解決してやるからなどと甘い言葉をささやいてみせるのに、まずまちがいなくその男もグルであることを悟り、相手の職場をうまく聞き出したうえで警察に被害届を出されたくなかったら明日までに十万円そろえて持ってこいと逆におどしをかけたのだという。あいつほんまに次の日持ってきよったからな、そこはえらいわ、というので、そんでその金どうしたんすかとたずねると、パチンコと競馬ですっからかんやといった。でもへこんだで、要するにカモになると思われたわけやからな、数あるなかからおれがターゲットに選ばれたわけや、おれそんな弱そうにみえる? やっぱハゲとるからかな?
 スーパーに立ち寄り値引き品の寿司と高級チーズのスイーツを購入して帰宅した。消費期限ぎりぎりの胸肉をひとまず茹でておいてから風呂に入り、部屋にもどってからストレッチをし、無沙汰な日曜夜のひとときをへろへろになって過ごした。コンビニでカップ麺を購入し、寿司といっしょに食べた。記憶の探検に出かけて、学生時代のじぶんと彼女に出くわした。そうだった、そんなふうだったと、ひざを打ってばかりだった。声の質感を、まるで目の前にしているかのような再現度の高さで思い出した。それから枕元にPCを移動させて、YouTubeで適当に視聴を重ねながら1時半だか2時だかに眠った。日曜夜をもっと上手にすごしたい。労働を終えて連休を目前にしたその開放感を爆発させたい。ひとり真っ暗な部屋でクスクス笑っていてもなんにもならない。翌朝ちょっと起き抜けがしんどくなるくらいのものだ。