20140517

 吊橋を渡ったところから径は杉林のなかへ入ってゆく。杉の梢が日を遮り、この径にはいつも冷たい湿っぽさがあった。ゴチック建築のなかを辿ってゆくときのような、犇ひしと迫って来る静寂と孤独とが感じられた。私の眼はひとりでに下へ落ちた。径の傍らには種々の実生や蘇苔、羊歯の類がはえていた。この径ではそういった矮小な自然がなんとなく親しく――彼等が陰湿な会話をはじめるお伽噺のなかでのように、眺められた。また径の縁には赤土の露出が雨滴にたたかれて、ちょうど風化作用に骨立った岩石そっくりの格好になっているところがあった。その削り立った峰の頂にはみな一つずつ小石が載っかっていた。ここへは、しかし、日が全く射して来ないのではなかった。梢の隙間を洩れて来る日光が、径のそこここや杉の幹へ、蝋燭で照らしたような弱い日なたを作っていた。歩いてゆく私の頭の影や肩先の影がそんななかへ現われては消えた。なかには「まさかこれまでが」と思うほど淡いのが草の葉などに染まっていた。試しに杖をあげて見るとささくれまでがはっきりと写った。
梶井基次郎「筧の話」)



 6時20分にめざましで起きた。朝方に背中のかゆみで何度かめざめた記憶がある。ちょうどいまくらいの身につけるものにすこし迷う時期、つまり朝方と夜はまだまだ相応に冷えるけれども日中は夏日に達することもままある、そういうむずかしい時期にたとえばヒートテックをパジャマ代わりに着用したり毛布と掛け布団を両方使ったりすると寝汗をかいてしまってそのために皮膚がほんのりかぶれてかゆくなる、そういうことなんではないかと例年の具合から思う。とはいえ、かゆみに強いられて眠りの浅瀬をただよっていたためにか、わりとさっぱりした起き抜けではあった。
 歯を磨いてからストレッチをし、パンの耳2枚とコーヒーの朝食をとって、DUOりながら職場に向かった。朝いちばんのまだじぶんとEさんしか出勤していないひととき(といっても早朝に目がさめてしまうなんだかんだでおじいちゃんのJさんは規定時間よりも一時間はやく出勤して無給でひとり働いていてくれたりするのだが)、とつぜんEさんから、Mくん最近書いとんのけ、とたずねられた。なんなんすか急にというと、いや最近そういう話聞いとらんかったからとあったので、まあ相変わらず時間に追われとる感じっすねと応じた。読書・執筆・英語の三課目を各3時間に筋トレ1時間の計10時間の確保を目標にしてがんばってるんすけどなかなか毎日達成というわけにはいかないすね、と、あるいはそのような話をなにかの拍子に先立ってしたときに先の問いかけがEさんからこちらに投げかけられるという順序だったかもしれないが、いずれにせよ、あたらしいのはまた新人賞に送るつもりなのかという質問がそれに続いてあって、で、それについてはいろいろあってちょっと迷ってるんすよねとお茶を濁しているとき、不意に、ていうかEさんだったらべつにもうそろそろ教えていいんじゃないかと、いずれ教えるつもりであったしTからもEさんだったら別にいいんじゃないのとよくいわれていたりしたのだけれど、そうか、このタイミングなのかとなにかが腑に落ちた。それで、じつをいうと去年末に本を出したんすよね と告げた。筆名も作品名も明かさず(そうしたこちらの意向を汲んでかEさんもたずねようとはしなかった)、いまひとつぱっとしない売れ行きと(しかし紙の本が50冊ほどというとEさんはかなりおどろいてそんなに売れるのかといった)、けれどもそうした売れ行きとは対照的に上々の評価を告げて、そんなわけだからいまはただ着火するのをしずかにこらえて待ちつづけている時期なんですと応じると、どうしてかふしぎに動揺しているようにみえて、別に自費出版だからだれだって出そうとおもえば一円もかけずに出すことができるんですよと、なぜかあわててフォロー(?)を入れるみたいなことまでしたのだけれど、それはでもやっぱすごいことなんちゃうのとめずらしくもシリアスなトーンでいって、おまえそういうのちゃんと言ってくれやなお祝いできやへんやないかと続いたので、ひょっとしてこちらが四ヶ月も黙っていたことにちょっとショックを受けているのかもしれないと思った。だから(というわけでもないしあらかじめそう頼むつもりだったのだけれど)ほかのひとたちにはとりあえず内緒にしといでくださいと念押しした。Bさんとかだったら別に教えても問題ないんすけどTさんとかいろいろめんどうでしょというと、Tくんきっと茶化すもんなとあったので、いやあの件(Tさん宅で取っ組み合いのケンカをした件と、それに続いて後日職場でもめたTさんがおそらくはこちらになぐさめてもらう目的で下宿をたずねてきたときにむしろ返り討ちにする勢いでとことん説教してやった件)以来Tさんもうぜんぜんそんなことないっすね、むしろこっちの気ィ惹こうとして無駄にはりきっていろんなとこ出かけて勝手に営業とかしそうでそれが嫌なんすよと応じると、いやーでもむしろすごい凹むってのも考えられるで、Tくんなんだかんだでプライドあるからな、ひとを下に下にみてじぶん正当化するとこあるやろ、やしじぶんより年下で貧乏しとる人間がそうやって本出したとかしったら、そりゃもうかばいようがないやん、ほやしあんがい内心ものすごい落ちこむんちゃう、という分析が披露されて、なるほど、たしかにTさんにはそういう一面があるかもしれないとふしぎに納得されるところがあった。と同時に、そこから地続きになった会話のもういくらか先のほうで、「気づいたら41やで」「まあはっきりいうておれは負け組やしな」という言葉がEさんの口から漏れて、以前からEさんがじぶんの収入や社会的地位にコンプレックスのようなものを抱いているらしいことには気づいていたけれど、「あんがい内心ものすごい落ちこむ」のはTさんのみならずEさんもそうだったりするのかもしんないと少し思った。Yさんに伝えるとなるとそれはそれでやっぱり面倒くさいことになりかねない気がしますからね、やっぱまがりなりにも作家っていう肩書きを持っとることになるわけやし、そうすると面倒な方面で名前使われる可能性やってなきにしもあらずでしょというと、まあおまえが大作家としてやっていくつもりなんやったらまずまちがいなくここの連中とはいずれ手を切るべきやろなといって笑うので、こちらも笑った。それから、この職場のこと書けよ、とひさしぶりにうながされた。ブログでさんざん書いてるけどと内心思いつつ、そんなもん書いたらいろんな意味でそっこうアウトでしょと答えると、でもあんまりにもアクが強すぎて逆にみんな信じへんのちゃうの、だれもドキュメンタリーやとは思わへんやろとあったので、むしろちょっといろいろ盛りすぎてやらしいくらいのフィクションやと思うでしょうね、サービス精神旺盛すぎるやろみたいな、ありのままいうてもだれも信じませんわと同意した。
 朝礼を終えてから食器を洗っていると、Mくんええもん見せたろか、とまた思わせぶりなことをEさんが口にするので、ひょっとしてじつをいうとこちらのブログの存在に以前から気づいていてそのウェブページをノートパソコンでバーン! と見せつけられるとかそういうどんでん返しが待っているんじゃないかとドキドキしながら呼ばれた方向にむかったのだけれど、こちらは待ち受けていたのはウェブサイトバーン! ではなく一台のデジカメ、つまるところはGRの最新機種であった。マジで!? と思って購入価格を問うと、約10万円。友人のツテで入ってきたフライヤーと名刺作成の報酬をそのままつぎこんで購入したのだといった。さっそく触らせてもらうとじぶんの持っている機種(たしかGR二代目か三代目)とちがってボディがツルツルしていて、それは限定デザインのものを購入したからだとEさんはいっていて通常モデルならば歴代シリーズとおなじあのどこか皮膚っぽいむにゅむにゅした感触があるらしいのだけれど、シャッターを構えてみてとりあえずおもったのは液晶画面の解像度の高さとパンしたときの遅延のなさで、じっさいに撮影してみたらみたで今度は半端ない奥行きの表現に目を奪われた。ネットのレビューなどでも歴代のGRとはコンセプトがちがうものとして考えたほうがいいみたいな、それ相応にアクの強い機種であるみたいな評価が下されているようで、そのさいたる特徴としてこの奥行きの表現があるみたいなのだけれど、しかしよいものはよいな!
 チャゲアスASKA覚せい剤でパクられた一件については案の定いろんな意味で盛りあがった。Tのおっさんが朝からEさんのところに電話をかけてきて、Mさんをなんとかしてほしいという嘆願の電話だったみたいなのだけれど、そのやりとりの過程から予想どおり最近離婚が正式に決まったらしいことが判明した。嫁姑問題だの国から金を引っ張ってくるための偽装離婚だのいろいろうわさされていたみたいだけれど、じっさいはTのおっさんの浮気が原因だったらしい。出会い系で遊びまくっているという話はたしかにずっといぜん聞いたことがあったし、偶然見つけてしまった嫁さんのブログにじぶんの悪口がぼろくそに書かれていたので善意の第三者を装い離婚などしないようコメントしたりメールしたりしていたところその嫁さんからぜひいちどお会いしたいというアプローチがあってこれどうしたらいいんだろと悩んでいるみたいな漫画みたいなエピソードを小耳にはさんだこともかつてあった。
 休憩時間中はJさんとサシでフリースタイルのラッパーバトルを延々とくりひろげた。動画に保存して顔見知り全員に見せてやりたくなるほどシュールで大爆笑ものの光景だった。ワシはの、あのー、ラップちゅうのが好きなんや、とJさんはたびたびいうのだけれど、そもそも韻を踏むという概念がほとんどなくとりあえず語尾にYOつけときゃなんとかなるみたいなアレで、かつビートもクソもない環境であるのだけれどひとまずなんでもいいからまずは歌わせて(おれはyo, Mくんyo, 五千円はyo, 来週の月曜日にyo, ちごた、あれー土曜日や、yo, yo, 返すからyo, それまで待ってくれyo!)それを無理やりこちらも引きうけてむちゃくちゃにアンサーするみたいなやりとりをとにかくヒマの許すかぎり延々と続けて(ワシは京都の生まれ!網走育ち!前科のあるやつはだいたい友達!)、HIPHOP大好きなYさんが腹を抱えて死にそうになりながらも、こんなんやからジャパニーズヒップホップは馬鹿にされるんや! と嘆いていた瞬間が白眉だった。グダグダにつんのめりながらだけれども唯一即興でそこそこ踏めたのがあって(Yo, J!おまえのでけえ体まるでユンボ!遠くはなれた住まいは千本!通りからはるか東の心臓!破りの坂のてっぺん問答!無用で似てるスター チャン・ドンゴン!)、うまくいってつながってしまったその快感がけっこう忘れられない(ただしJさんはチャン・ドンゴンにまったく似ていないというかそもそもチャン・ドンゴンがどんなひとなのかじぶんもよく知らない)。最初はおふざけでやっていたのにやっているうちにだんだん楽しくなってきて、語彙の蓄えはすでにあるのだからあとは日常的にビートを身体に叩きこむ訓練さえ繰りかえしたらそのうちわりとぺらぺらとフリーできるようになるんではないかとまたもや根拠のない自信を抱いた。そうではなくても時間さえたっぷりとればそこらのラッパーよりもずっとやばいパンチライン満載のリリックを発明することだってきっとできるし、Hくんにたのんで簡単なトラックだけ作ってもらってそれにラップのっけてネット上にガシガシあげていったらおもしろいかもしれないと考えていたらワクワクしてきて、ひととき小説どころじゃなくなった。
 労働は好かないけれども土曜日はなんのかんのいってけっこう楽しくて、馬鹿話をして盛りあがっているうちにいつのまにか一日が終わるみたいなところがあるし、その馬鹿話の内容もこの職場の外ではぜったいにタブーの狂ったものばかりであるというか、ときどきこんな話題をどうしてこんなにもおだやかなひるさがりのテンションでわれわれは口にしているのだろうとはっとすることさえあるのだけれど、とにかく法も道徳も常識も足を踏み入れることのできない治外法権の談笑としかいいようのない時間というのが土曜日の醍醐味で、これはたぶんとてもおそろしいことであるし場合によっては憂慮すべき事柄なんだろうけれども、そのひとときに若干の愛着を抱いてしまっている。
 帰路またもや無灯火とイヤホン装着で交通指導の警官につかまって書類になにやら書かされた。往復50分の移動時間は勉強にあてるものとしてスケジュールに組みこんであるのでイヤホンを装着するなというのはどだい無理な話である。下宿の最寄りの神社で祭りがあるみたいで、近所の交差点で信号待ちをする人影の数がすごいことになっていた。それらをギャラリーと見立ててはりきっているらしいステッカーだらけのスポーツカーが、せまい公道にもかかわらずいきなり派手にドリフトをかましてキュキュキュキュキュと音をたてていたりしてうるさかった。下宿のとなりの空き地は昨年と同様、参拝客用の自転車置き場として開放されていて百台くらいのママチャリがずらりとならんでおり、大家さん宅の風呂を使わせてもらうためにそのすぐわきをいかなければならなかったのでこれは少々はずかしかった。まさかこんなところにひとの住処があるとはと唖然とするキッズたちの視線が痛い!
 スーパーで四割引の寿司を買って帰宅し、腕立て伏せをして風呂に入ってストレッチをしてからインスタントの味噌汁・おくら納豆・冷や奴といっしょに喰らった。キュキュキュキュというドリフトの音といくらなんでもやかましすぎる排気音をそのあとも二度三度と耳にしたけれども、やがてしずまった(おそらくギャラリーがいなくなったのだ)。満腹状態の胃袋の消化をたすけるべくミネラルウォーターをちびちび飲みながらブログを一気呵成にここまで書きあげると1時半だった。あしたはPの渡米する日である。いよいよやなと日中メールを送ると、転勤先がシカゴからニュージャージーに変更になったという返信があった。どっちにしろアメリカはアメリカだ! よくわからんが似たようもんだろう! がんばれ!