20140523

 人間が登りうるまでの精神的の高嶺に達しえられない最も悲劇的なものは短命だと自分は思う。
 あの漱石がまだ生きていたらどんなに目覚ましい転向を示しただろうと思うと短命はいけないものだと思う。
 トルストイでもドストエフスキーでもストリンドベルヒでも彼等があすこまでに達するには彼等の長寿が必要だった。伝説によるとファウストはまだどこかに生きているはずである。ストリンドベルヒのルーテルという劇にもファウストが出て来てルーテルを導くところがある。自分はファウストの貯積せられた知識が欲しくって仕方がない。
 百年千年とは生きられないが、どうか寿命だけは生き延びたい 短命を考えるとみじめになってしまう。
梶井基次郎 手紙)



 10時半にめざましでいちど起きた痕跡はあるのだがすぐに二度寝したらしく11時にようやっとスヌーズ機能のうっとうしい執拗さに根負けして身体を起こした。歯磨き粉なしで歯を磨いておもてで口を漱ぎ洗顔をして、ひさしぶりの快晴だったからうなじがちりちりした。今週中に冬物のコートをクリーニングに出して散髪に行くと週の頭には決めていたのに、結局どちらの用事も片付けぬまま金曜日をむかえてしまった。部屋にもどり散漫なストレッチをこなし、パンの耳2枚とコーヒーの朝食をとった。バルガス=リョサの小説にクリムトのダナエを表紙に採用しているのがあるのをネット経由で知ったので、危なかった、もうすこしでかぶるところだったと思った。あの表紙案はあの表紙案でなかなか悪くなかったのだけれど、クリムトのダナエという超がつくほどメジャー級の絵画作品をもってくることにたいする退屈さとも羞恥ともつかぬものがあって、それでとりやめにしたのだった。ダナエとゼウスの神話、ほそく遠くおぼろげながら『A』の物語や構図に響きあうところがあると思うんだけれど。
 13時より16時過ぎまで「G」作文。111番まで。ぜんぜん駄目。瑕疵を指摘するのは簡単なのだが、代案を出すとなるとやはりとたんにむずかしくなる。一から書き直す必要の認められるほどどうにもならない記述であればいっそ着手しやすいのだが、中途半端にこの一語が駄目、この述部が駄目みたいなことになると、事態が移植手術の様相を呈しだしてはなはだしい困難をおびはじめる。そうしてすぐに麻痺る。いいかげん嫌になる。頭のなかが曇って視野がせまくなる。意識が遠のき、言葉の連絡回路が機能不全になる。
 疲れきったので作業を無理やりきりあげたあと布団にぶっ倒れた。そのまま『虚構まみれ』の残り数ページを読み終えた。ほかに読むべき本など山ほどあるのにどうしてこんな書評集みたいなものを読んでしまっているのか、いくらなんでも縁とやらを過大評価しすぎた。下宿の門に落ちていたからといって、それがなんだ。そんなものよりさっさとやばい本を図書館で予約して引き取りに行けといいたい。縁とか運命とかそういうロマンは捨てろバカタレ、と、いよいよくさくさした気分でふとんにあおむけになり右手の甲を両目のうえにのせて目をつむり、そうして30分ほどあさい眠りをうつらうつらとかさねた。
 17時前だった。便所に立ってから部屋にもどってくる途中、名前をしらない背の低い木のわきを通りすぎた直後に風に吹かれたその葉がざわざわざわと強い音をたてたのが、まるで背後からなにものがいきなり駆けよってきたみたいに感ぜられておもわずはっとふりかえった。くさくさした気分がなかなかぬけてくれないのでさてどうしたものかと考えたところで、ひさしぶりに古本屋でも冷やかしてみるかと思い立った。いぜん蓮實重彦やらドゥルーズやらを購入した店舗が歩いていける距離にあるのでそこをおとずれてみようと思い正確な場所を調べるために検索をかけてみたところ、いちどおとずれたことのあるそことはまた別の店舗がヒットして、一軒の町家を三人の店主が分割して営業しているみたいなところらしいのだけれど、品揃えになんとなく期待できそうなところがあったしそこもやはりまた徒歩圏内であったのでたずねてみることにした。
 外は風が強くやや肌寒かった。スウェットに690円のスカジャンをはおって出た。コンビニのガラス窓にうつりこんだ鏡像を見て、硬派な古本屋に出向きますってタイプではぜんぜんないなと思った。頭のなかの地図と照らし合わせながらてくてくと歩いていくとやがて町家の軒先にワゴンが出されていたのでここかと思った。批評空間や中原昌也古井由吉が投げ売りされているのを見て、これはなかなか期待できるかもと思った。なかにはいると三十代くらいの男性がひとりカウンターで手仕事をしていた。いらっしゃいませというのに目顔で会釈した。店内では友川カズキとか友部正人とかあの手の系譜に位置するであろう若い男性フォークシンガーの楽曲が流れていた。青木淳悟の『いい子は家で』がちくま文庫化しているのをはじめて知った。磯崎憲一郎の『肝心の子供』と『眼と太陽』が一冊になってこちらもやはり文庫化していた。深沢七郎もあった。野坂昭如久生十蘭もあった(しかしこの二者については読もう読もうとおもいながらすでに五年近くが経過している)。哲学や現代思想の蔵書もゆたかで、フーコーデリダはさることながらミシェル・セールタルドまで置いてあり、これにはすこし食指が動いた。郡司ペギオ幸夫が一冊あって、そろそろ手を出してみてもいいかもしれないと思ったので脇にかかえた(しかしこれはのちに返却することになる)。現代詩文庫もちらほらあったが、すでに所有しているものが大半だった。ボリス・ヴィアンの作品集があった。大西巨人があった。古井由吉の随筆や対談集があった(しかしムージル論はなかった。あればたぶん買っていただろう)。小島信夫の『私の作家評伝』が二冊ぞろいであったので手にとった(しかしこれもまたのちに元にもどした)。ほかにもこれも読みたいあれも読みたいとおもえる書物が新旧問わずずらりとならんでおり、せまい店内になかなかけっこうな面子がひしめきあっている図はそれ相応に壮観であった。ブックオフでたびたび見かけるたぐいの作家はたとえワゴンのなかであっても見当たらなかった。ポリシーのある店だと思った。くまなく見てまわりながらあれもこれもと思いつつ、しかしそのたびごとにおまえはほんとうにその一冊が必要なのかと自問した。図書館で間に合うのではないか、場所をとるだけだぞ、そもそもおまえにそんな金はあるのか、その三連撃をのりこえたものだけを最終的にレジに持っていった。すなわち『ベケット戯曲全集』の第一巻と第二巻(しかし帰宅後しらべてみたところによると新装版では第三巻も出ているのだという、もっともamazonではアホみたいな値段がついていたが)とVirginia Woolf“The Voyage Out”(これはわりと最近『歳月』という邦題で翻訳されたばかりでなかったか)。支払いの段になって財布のなかに二千円しか入っていないことに気づき、あわてて事情を告げた。店は19時まで開いているというので、ブツはレジであずかってもらうことにして、いったん金をおろしにいくことにした。コンビニでもよかったが、手数料をとられるのも馬鹿らしいのでいちど下宿にもどり、ケッタにのって北大路にある銀行まではるばる出かけた。したらなぜかそこのATMでも手数料をとられた(祝日でもないのに!)。五万円おろして財布に入れて、それでふたたびさっきの古本屋にもどり、レジで支払いをすませてブツを受けとった。ここには何度か来られているんですかと問われたので、はじめてですと応じ、検索のいたずらに導かれてきた事の経緯について説明した。金ないし場所とるしで本はもうあんまり買わんようにしとるんすけど、いざこういうの目にするとやっぱなんかの縁かなとか思うて買うてしまうんすよね。ムージルの全集や日記や書簡集が入ってくるあてとかないんですかとたずねてみると、いままで入ってきたことはいちどもないという返事があったので、だよなーと思った。話を聞いていると、本の入れ替わりはそれ相応にあるらしかった。またぶらりと遊びに来てくださいといわれたので、ちょこちょこのぞかせてもらいますと応じてから店を出た。感じのいいひとと店と品揃えだった。
 帰宅してから懸垂と腹筋をした。20時近かったので半額品の弁当があるだろうと思いブルジョワスーパーに出かけるとすでに完売だったのでかわりに値引き品の総菜を買おうとしたのだけれどどれもこれもちょっとしか入っていないくせに高くて、アホかと思い結局なにもかわずに店をでてそのままいつものスーパーまで足をのばした。iPodを持ってきていなかったので、じぶんの靴音をビートにしてぶつくさとフリースタイルのまねごとらしいことをしたが、むずかしかった。やはり言葉の瞬発力というのは小説を書くためのちからとはまったく別物だなと思った。頭のぜんぜんちがう領域を使う気がする。スーパーでは二割引の寿司にちょうど四割引のシールが重ねて貼られていくところだった。次から次へとシールを重ねて貼っていく鮮魚部門のおっちゃんのあとに群がる自炊嫌いの若い独り身の男たちがいたのでおとなしくその後尾についた。趣向を変えて今日は鉄火巻きを買ってみた。
 帰宅してから鉄火巻き・インスタントの味噌汁・納豆・冷や奴・もずくの夕食をかっ喰らった。検索のいたずらによって安川奈緒が二年前にパリで亡くなったことを知った。『MELOPHOBIA』は絶版になる寸前に買ったのをいまでも持っている。風呂に入ってストレッチをして、『G』に若干手を加えてからさて残る数時間を抜き書きに費やすかというところで携帯の充電がたしかきのうの夕方くらいからずっと切れたままであったことを思い出して充電して電源を入れてみると不在着信があって、Eさんからで、さてはなにかトラブルがあったかと思ってかけなおそうとしたけれども23時だったのでちょっとあやしい時間帯ではある、すでにべろんべろんになって眠りこけているかもしれない、それだからとりあえずCメールを送ってみたところすぐに電話があったので出た。あした義父の法事があるので休むことになるという報告に続いて、こちらがむしろ本命の用件らしいのだけれど、Tのおっさんがまたもや入ってきたばかりの若い女の子のアルバイト(Tさん)にちょっかいをかけはじめている、もうクビにしていいか、という話があった。いぜんセクハラ騒動のとばっちりをくらって辞めていったOさんとまったく同じパターンで、ふたりでペアになって行動しているときにいきなり今度いっしょにカラオケにいかないかと誘いをかけたとかいう話で、TさんもTさんでOさんとおなじで物腰のひかえめなどちらかというとおとなしい女の子なので断りきれず、とりあえずはいと返事はしてしまったものの家に帰ってからどうしようというふうになってしまったと、そういう話を本人の口から聞き出すにいたるまですでにことは進行しているらしく、で、とりあえずの策としてTのおっさんとTさんはペアにならないようにしろと、Hさん(という最近入ってきたばかりのいかついおじさん)がなるべくTのおっさんを相手するようにしろと、それでTのおっさんがなにかいうようであるならおれの名前を出せと、そのような指示をEさんが出した。で、案の定といってはなんだけれど、Tさんとペアを組むことができなくなったTのおっさんがなんで最近こんなふうなんですかというので、 Eさんからそうするように指示が出ているとHさんがいうと、ああそれきっとEさんが勘違いしてる、ぼくがいちどTさんをカラオケに誘ったからたぶん警戒してるんでしょう、でもそういうやましい意味で誘ったんじゃないんですよ、だってぼくその場にじぶんの娘を連れてく気でしたからね、それはEさんの勘違いです、みたいなクソ苦しい言い訳があったらしくて、そこでHさんが、こういう職場でふたりきりになった場面で男が女に誘いをかけるというのはだめでしょう、フェアじゃない、それはあなたが間違っている、とはっきりいったとかなんとか、現状そういうことになっているみたいでとにもかくにもEさんはTのおっさんは一日でもはやく切りたくてしかたないようだった。着信履歴みてたぶんTのおっさんのことだとは思いましたけどでもMさんとの関係でかと思ってたから意外でしたわ、と水をむけてみると、Mさんにはいちおうまた注意をしたという話があって、けれどもいまはMさんうんぬんよりもとにかくTのおっさんのことで頭がいっぱいで、TのおっさんとMさんのわるい関係についてもTのおっさんさえいなくなれば片付くわけだろうとさえいってみせるので、それはそうかもしんないすけどでもまたじきにあたらしいターゲット見つけていびりはじめるだけやと思いますよ、と釘を刺しておいた。系列他店の従業員がこちらに流れこんでくる件についてあらためて触れてみると、店舗の売却はいよいよ最後の詰めの段階にまで達しているらしかった。むこうの正社員をひとり引きとるとなるとじぶんの位置するポジションがひとつあまることになる、それについてはいぜんEさんと直接話したことがあったしそのときにはじぶんが身を引いてもかまわないと伝えてあったのだけれど、それが念頭にあったのかこの話題を切りだしたとたんに、なんや、とうとう賞でもとったんけ、と暗にこちらの進退をさぐるような言葉があったので、どこにも応募しとらんのに賞とれませんわ、と答えた。なかなか簡単に売れるものではないけれど、でも定期的にネットに名前があがりはする、するとそのたびにすこしは動きがある、いまはちいさいあぶくみたいな動きばかりだけれどもなんとなくそう遠くないうちにどでかい噴火にいたるんではないか、やばい導線に着火することになるんでないかという気がする、そのときを待ちつつこちらはこちらで淡々とあたらしい仕事を続けるだけだ、みたいなことを話したら、そういう時期っていちばんたのしいやん、ワクワクするやろという返事があったので、ワクワクはぜんぜんしないな、なんでだろ、と思った。ワクワクするのはあたらしい小説を書きだす瞬間と書きはじめてから日の浅い時期だけな気がする。あとはひたすら沈鬱きわまりない苦行、そしてときにそれらを帳消しにしてあまりある奇蹟のような恍惚と歓びの発作、ようやく書きあげたころには推敲疲れでもう二度と原稿に目を通したくない気持ちになってうとましいものを追っ払うようにして世に送りだす、それ以降はすべて商売人の目線(あるいは承認欲求に餓えた幼子の目線)で処理するのみで小説家としての孤独なワクワクのつけいる余地はたぶんない、そんな感じなのかもしれない。
 通話を終えてからここまでブログを書くとすでに0時半近かった。もはや抜き書きどころではない。どうしてこんなにもたやすく時間はすぎてしまうのだろう。歯磨き粉を買うのをまた忘れたので味のない歯磨きにはげんだ。Twitterのアカウントがなぜか復活していたので(数日前ブログにログインするつもりがぼうっとしていてツイッターのログイン画面をひらいてしまってあわてて取り消したような記憶があるのだけれどあれが原因なのかもしれない)、ちょろっとのぞいてつぶやいてすぐに閉じた。1時には床について『今昔物語』を読みすすめ(ひさしぶりに読むとやはりおもしろい!)、2時ごろに消灯した。