20140525

 病み上がりの身体には、まだ内圧と外圧との釣合いが保ちきれなくて、ときおり吹込みのようなものが起こるのだろう、とそれぐらいに取った。いずれ龍巻の中でも退屈するようになる。しかしそのうちに気がついたことに、壁の時計へ目をやる、あるいは窓の翳りに午後の移りを眺める、あるいは毎日おおよそ決まった時刻に表で立つ音をまた耳にする、そんなことを境に吹込みは起こるようだった。露われた時間にたいする反応であるらしい。それでは無常迅速に感じてかと言えば、病み上がりにしては柄にもないことであり、時間の流れには苦んでいない。刻々の進みと折り合っている。その今に感嘆して、その自足にあらためて漬ろうとするとたんに、風は巻きはじめる。喘ぎよりも安堵の息の洩れるはずのところを、不可解なことだった。
 どのみちたいした喘ぎでもない。並みの家の内の平坦な暮らしも病院にくらべれば起伏はあり、立居の端々に喘ぎのようなものはつきまとう。机の前に坐って漠然と物を読んでいるという無為もさしあたり労働の内である。ときおり体力の尽きるのも不可解ではない。喘ぎは動力を蒸そうとしているようなものだ、とそう思いなおしていたところが、春ももう深くなった暮れ方のこと、
 ――仏たちかくれては又出づる世に
    かれし林も春風ぞふく
 たまたま読んでいた古い連歌の、この渡りに差しかかり、喘ぎが起こって、この時には止まらなくなり、これは尋常でないと呆れた。
 過去現在未来の三世三千仏という時空の長大さに、生身が苦しんだか。しばらくの間でも刻々と息を詰めるようにしてしのいで来た病み上がりには、息の走りそうなところではある。しかし病院では寝たきりの床でも芭蕉たちの連句を切れ切れに読んでいた。家に戻って机の前に腰を据えられるようになるとかえって、時間の流れのしばしばあの程度にも烈くなる連句には堪えられない気がして、手に取ったのがこの宗祇たちの連歌ではないか。勘は当たって、連歌を運ぶ悠長な、一身の拘わりようもない時間に、病後の心身がおのずと馴染んで、以前のようには急がず躓かず、屈折も散乱も来たさず、句から句へなだらかにたどっているのを、訝りなかばに悦んでいた。三世三千仏の時空も、受け止められなければ頭の内が白くなるまでのことで、その白さにも自足がないでもない。
 枯れし林も春風の句に喘ぎは誘い出された。釈迦の入滅を思ったわけではない。入滅に感じて祇園精舎沙羅双樹の枯れたという話も忘れていた。
 ただ、枯木の林に春の風が吹いている。そして息が走った。
 花の林ではない。楢櫟の雑木林だ。家の近間にある。薪炭用に伐られなくなってから百年は経つ。まだ芽吹き前の、春めいた夕日に染まって樹皮が幹から枝まで紫の艶を帯るのを、毎年その時季になると、花よりも花やかだと眺めて来た。今年は二月下旬の風の暮れ方に幹がてんでに竿か帆柱のように揺れるのを眺めたきり翌日に入院して、四月に入って家に帰って来た頃には、林はもう青く烟って周辺の花は盛りを回りかけていた。
 年々見馴れた光景が、わずか一年閑却にされたばかりに時空に迷って、永劫のほうへ惹き寄せられる、というようなことはあるものだろうか、と息のおさまるにつれて考えた。長閑な春風に吹かれていても、激しい永劫の嵐に揉まれた後の姿になるか。枯木の林はあくまでも現在だった。実際にはひと月あまりも時季遅れの光景であり、今は無いわけだが、遅れたその分だけよけいに現在と感じられた。これから駆けつければ、そのとおりに枯木が春の風に吹かれているはずであり、それが見えないとしたら、見えない眼のほうが間違いであり、現に在る物の前では、間違いは立ちどころに、足もとから消え失せなくてはならない。それでようやく、光景は成就する。春風は吹く。
古井由吉『野川』より「埴輪の馬」)



 6時20分起床。4時間睡眠が二夜連続となるとけっこうだるい。味気ない歯磨きをして顔を洗い、目の冴えたところでストレッチをした。腰から肩甲骨にかけてかなり凝っているようだった。パンの耳(2枚食う気力がなかったので1枚だけ食べた)とコーヒーの朝食をとったのち家を出た。Tシャツにパーカーを着たら案の定汗ばんだ。
 夕方から朝方までぶっ通しで働いていたTのおっさんと入れ違いだった。若干やつれた顔をしながらモンキチョウみたいなあざやかな黄色のシャツをだらしくなく着ているその身なりそのたたずまいその足の運び(「その肌、その顏つき、貴樣はボルマウカ人だな?」)を目の当たりにした途端、おそらくは蔑視と裏表の関係にある強い憐憫の情をおぼえた。このひとは最低の人間だ、けれど声をかけてやるだれかがきっと必要だと思った。おはようございますとおつかれさまですのあいさつをした。彼のたどる朝日のまぶしい帰路を思った。朝は夜よりもずっと残酷で手厳しい。日射しは刃物に似ている。
 労働した。なかなか忙しかった。うたた寝したいと思ったタイミングで呼び出されるのでイライラして、そのイライラが懐かしかった。仮眠をとろうと思うときにかぎって入り口の自動扉のひらく低い音がする、以前の職場の記憶だった。うとうとしかけたときにかぎって客が来るものだから、ただでさえ眠くてイライラしているのにその眠気を解消する機会を奪われたイライラがそのうえに重なって、ものすごい不機嫌になってしまい舌打ちの鬼と化し、おかげで客と揉めたことも何度かあった。店長の耳に入るまえにFさんがあいだに入って潰してくれたクレームもいくつかあった。Fさん元気にしているだろうか。今度機会があったら店に遊びにでも行ってみようか。ひさしぶりにAKBエピソードとか採集したい。
 飲み会は金曜日の18時半集合、19時スタートということになった。Jさんが(その日まで予算をパチンコに費やすことさえなければ)二万円出してくれる。越えた分をじぶんとBさんとYさんの三人で割って出すということになった。みんな酒豪だからうらやましい。
 帰宅してからストレッチをしジョギングに出た。ひさしぶりに50番コースを走った。夕方に職場でチャーハンを食べておいたので、とてもいい按配で走ることができた。夜走るこのコースがいちばん好きかもしれないと思った。すごく汗を掻いた。日曜日の仕事明けに汗を掻くのはなかなかに壮快である。続く五日間にむけて頭を切り替えるのにこれほどうってつけの営為もない。シャワーの水を火照った両脚にかけているとき、ぜんぜん冷たくないことに気づいてはっとした。やっぱりもう夏なのだ。一日いちどは蚊に食われているここ最近をあらためて自覚した。
 部屋にもどりストレッチをして拝借したレッドブルを一気飲みしたのちここまでブログを書いた。携帯を手にとるとメールが二件届いていて、どうせTSUTAYAかビデオインアメリカかauショップだろうと思ってのぞいてみたらTとFくんだった。「レンメリアって行った?」というのがTのメールだった。聞いたことのない名前だったのでしらんと返信した(と、これを書いているいまググってみると、ラピュタの元ネタになったというカンボジアの遺跡のことだった。シェムリアップでもバンコクでもここをおとずれたという日本人の話を嫌というほど聞かされた、というかここをおとずれる観光客のほとんどはたしか日本人だったはずだ)。Fくんからのメールは日曜夜の無聊をなぐさめる相手が必要だったらいつでもコールミーという内容だったが、しかしそのメールに気づいたときにはすでに23時半をまわっていたのでもう寝ているんじゃないかと思って確認の返信をしてみるとまだ起きているとあったのでそれじゃあスカイプでもしようかとなってアカウントを知らせた。そうしてログインするとぜんぜんしらないアカウントから認証申請が届いていて、これFくんだったらいくらなんでも早すぎると思って問い合わせのメールを重ねて送信してみるとしらないとあったのでだれだよこれ、スカイプにもスパムみたいなのがあるのかと思った(あとで調べてみたところこのアカウントはアメリカ産らしく似たような名義のアカウントをいくつも取得しているようだったのでやはりスパムに属するアレだったのかもしれない)。Fくんから認証申請があったのでOKしてそれでコールした。
 0時から2時半まで延々とおしゃべりした。Fくんの開口一番は「なんでビデオなんすか(笑)」だった。ビデオなしでスカイプする経験のほうがむしろほとんどなかった(というかスカイプなんてほとんどSとのおしゃべり専用ツールみたいになっているところがあって不慣れな英語を解読するためにはやはり顔つきや身ぶり手ぶりのヒントが必要であるからビデオは必須なのだ!)。話題のあっちこっち移りかわるめまぐるしく散漫なおしゃべりで、途中でこの会話あしたぜんぶブログに書くってなったらまたそれだけで半日潰れてしもうて本末転倒やしFくん書いて、となかば彼の記述をコピペしてそれですませればいいやという魂胆から水をむけてみると、おれ日記に会話は書かないですと返事があって、じゃあやっぱりおれが書かなければならんのか! それは嫌だ! そう思ったので、それじゃあおたがい今夜の会話はブログに書かないことにしようとべつだん秘密にするような話題などひとつもなかったにもかかわらず謎の条約を締結したりした(東京で恐竜の化石見物にいったときもおなじ約束を交わした!)。『族長の秋』のおもしろかったくだりをひとつひとつ報告し、たぶんこんなふうな手続きを踏んで書かれたんではないかという予想を披露してみたりした。『族長の秋』と『百年の孤独』に共通する時系列の操作を、かつて読んだ(そしてすでに内容をまったくおぼえていない)『予告された殺人の記憶』の表題からもたぶんこんなふうではなかったかとおもわれる時間の扱い方に結びつけたうえで、マルケスは自由奔放で荒唐無稽なイメージや(キリスト教のきらびやかで浄められた天国の想像図よりも仏教の地獄絵図に近い)極彩色のエピソードの使い手であるというよりはむしろ時間の操作にこそ関心のあった書き手ではないかと適当なことをぶちあげてみると、『コレラ時代の愛』でもやはり一種とくべつな時系列の操作がほどこされていたとFくんはいって、『コレラ時代の愛』は『百年の孤独』とおなじくらい好きだとつづけた。ひとりの男がひとりの女を長年にわたって愛しつづけるみたいな話らしく、それを聞いたとたんラテンアメリカ小説でいちばん、というかこれまで読んできた小説のなかでもたぶん十本の指に入るくらい好きな小説であるところのフアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』が頭をよぎった。おなじ構図は『グレート・ギャッツビー』にもあった。血しぶきと暴力とむきだしの性がみだらなラテンアメリカ小説の骨法に、感傷的にすぎるほとんどナルシスティックな一途さの組み合わせはたしかに映えるところがあると思った。それからFくんが書こうとしている高校時代の小説の話からおたがいの高校時代の話に飛び火したり、こちらの執筆の進展具合からなかなか着火してくれない『A』の話になったり(そろそろTwitter経由で豊崎由美とか高橋源一郎とかあのあたりのあたらしいもん好きが反応してくれてもいいころじゃないのというと、おなじ考えを抱いていたらしいFくんがすでにbotのほうで彼らのアカウントをフォローしてくれていたようでむっちゃ笑った)読書メーターのクソいまいましき例のアカウントの話になったり(「こいつぜったいおれのブログしっとるやろ思いながらほかにどんな本読んどんねん思うてアカウントクリックしたらおれだけや! 著者グラフの円盤おれの名前だけでまっ青なっとんねん! あいつぜったいおれのこと親の仇かなんかやと思うとるやろ!」)、『A』を書くにあたっていかにムージルをパクったかについて手の内をさらしたりFくんが最近気になっている柴崎友香の話をしたりした。Fくんの小説の感想というのはすべて完全に書き手の目線にたっているものだった(つまり「話のわかるやつ」だった!)。Aさんのやばい小説の話をした。Nくんの話をした、Hくんの話をした、英語の話をした。とにかくたくさんいろいろ話した!
 Fくんはわりと早寝早起きの印象があったのでコールした当初は三十分ほどで通話をきりあげる予定だったが(そしてなんでもかんでも時間オーバーするじぶんのことであるからじっさいは一時間ほどになるだろうと重ねて見越してもいたのだが)、声のいったんとぎれてふと時計に目をやるだけの空白がおとずれたときにデスクのうえのめざましにまなざしを送りだしてみるとぴったし2時だった。あわててごめんごめんえらい時間までつきあわせてしもうてとあやまり、そんじゃあもう切るね今日はありがとうじゃあねと、そこまでいっておきながらああそうや思いだした最後にこれだけ、みたいになって気づけば30分の延長になってしまってなんか明石家さんまみたいになってると思った。文化的な会話にたぶんすごく餓えていた。きのう今日だって職場でなんの話してたかっていったらアレやコレの話題ばっかでと愚痴っていると、そんなやばいとこ離れてもうさっさと東京に引っ越してきてくださいとあった。文化的な女友達がいればどれだけ素敵だろうねというむなしい願望を最後にささやきあって通話を切った。
 コンビニにいってパスタと飲み物を買ってから部屋にもどり軽くひっかけた。飯を食っている途中に「Q.こんな職場はいやだ」「A.チャゲがひとりもいない」というのを思いついてひとりでツボに入ってゲラゲラ笑っていた。それからサンドウィッチマンのコントをYouTubeで一本だけ観て寝た。5時をまわっていた。