20140526

 俺も寝酒をやるほうで、もっぱら納豆を肴にしているよ、と私も自分のことを話した。毎晩毎晩、もう何年も続いているのに、我ながら、あきない。初めのうちはやたらに捏ね回して、糸も引かなくなるまでになると、一段の味と悦に入っていたのが、近頃ではさっと掻き混ぜただけでつまんでいる。不精になったのだろうが、このほうが今ではうまいんだ、と笑うと、納豆な、よく喰った、と井斐は箸の手を止めて何かを思い出す眼になり、いま自分のしていることが、何でもないことが、自分で急に懐かしくなることは、ないか、とたずねた。あるな、と私はそう言われればそんなことがのべつあるような気がしてうなずいてから、今もそれになるかと考えてこだわった。井斐もちらっと首をかしげて黙り込んだ。
古井由吉『野川』より「石の地蔵」)



 めざめると14時半だった。「ヤレヤレ ┐(´ー`)┌ マイッタネ」みたいな気持ちでむしろ開きなおった。枕元のMacBookと止めたおぼえのない目覚ましをデスクに戻して、味気のない歯磨きをした。雨の音がした。おもてに出るといかにも雨の日らしい翳りが視界いちめんに充満していて冬の17時みたいだった。素肌のはおった寝間着のシャツの質感がさらさらと冷えて気持ちよかった。これがもうすこし夏に傾くとじっとりと湿りはじめる。顔を洗って部屋にもどり、過眠と低気圧に責めさいなまれて痛む背面を気遣いながらストレッチをした。
 パンの耳2枚とコーヒーの朝食をとったのち昨日付けのブログを書いて投稿した。Twitterのほうでこちらのブログを発見したとの言及を目にしたので、お手数おかけて本当にすみませんのやりとりをした。やはりああいう立ち去りかたは誠実ではなかった。もっとうまく悪意をふるいにかける方法があったはずだ。Twitterのほうもいちおう名義を隠してやっているとはいえ、アカウントを復活させてしまったために過去のツイートまでよみがえってしまってそのなかにはけっこうバレバレなものがあったからまとめて削除した。アカウント復活の手違いまでをも「流れ」「縁」「しるし」としてとらえようとする心の動きがあって、こうなるといよいよ迷信深い。むしろ「迷信深い人物」をパロディックに楽しんでいるというべきなのかもしれないが。削除したツイートのなかにおもしろいものがあったのでここに置いておく。

だいたいいつもつまずくってのひとつの助詞から次の助詞への間の取り方であるような気がする。助詞って意味とリズム双方のハブになってるから。
なにがなにに係っているのか決定不能な(複数に解釈できる)語の配列にはたびたび出くわすけれど、いずれの解釈をとるにしてもけっして損なわれることのないパーフェクトなリズムが二重三重に担保された、そのような美意識につらぬかれた文にはなかなかお目にかかれない。平岡篤頼のもう一歩先!
おのれの美意識と共存可能な破格を探らなければいけない。そのような文の形式だけが、日常(文法)の破れ目としての美(啓示)というその内容を語るにふさわしい文体となりうるはず。
啓示というのはそもそも表象不可能なものだから。

使用頻度の高い単語よりも使用頻度の高い語の配列のほうがずっと目につくし、本来は共時的であるはずの出来事を文に翻訳するにあたって通事的に整列しなおすさいの、無数にあるはずの運動(述語)と主体(主語)のどれを契機としてどれから優先的に展開するかの無自覚的な法則の影はもっと気になる。
記述の偏り(訛り)を分析し、そこに刺激を加えてあらたな記述形式の探検にみずからをうながすこと。日本語としての文法にいどみかかるのではなく、みずから形成しみずから内面化しつつあるおのれに固有の文法をこそ相手取ること。手癖との緊張関係による変成過程。傍目にはただの独り相撲とみえるが。

 ここまでブログを書き終えると18時半だった(なんて短い一日だろう!)。古井由吉『野川』の抜き書きをした。19時をややまわったところで偏差値の低いスカジャンに着替えて傘もささずにブルジョワスーパーに出かけた。半額弁当はやはり売り切れていたが、かわりにハモの天ぷらが半額になっていたので、これは買うしかないと思って手にとった。ついでに玉子春巻という謎の総菜も手にとった。春巻とは名ばかりの天ぷらの装いで、極太のごぼ天みたいなぱっと見だった。最悪の連想だが、最初に目にしたとたんディルドみたいだと思った。性産業に従事して今年で七年目になる。半額品のお寿司がすごくすごくすごく美味しそうだったけれども、割引後でなお450円みたいなアレだったのでさしひかえた。
 下宿にもどってからKanye West『The College Dropout』を流しながらダンベルを使って腕と肩と首まわりの筋肉を鍛えた。部屋で身体を動かすと汗ばむ季節になってきた。それからThe Stooges『Raw Power』『Funhouse』をおともに『野川』の抜き書きの続きにとりかかった。すべて終えると22時半だった。玄米を解凍し総菜を蓋のないタジン鍋に移して温めた。それらをインスタントの味噌汁といっしょに食べた。ハモの天ぷらを食べるのは学生時分に学食の特別メニューで食べて以来だから八年ぶりか九年ぶりかひょっとすると十年ぶりかで人生二度目の経験である。じぶんで作らない飯は美味いと思った。食後一年前の日記を読みかえした。
 二日か三日前の寝入りばなに読んだ、『今昔物語』収録「宣旨により許された盗賊の話」というのが面白かったので全文引用する。

 今は昔のこと、さる天皇の御代に、西の京に立つ西の市の、品物を納めておく蔵に、盗賊がはいった。賊が蔵の中にいるということを注進する者があって、検非違使どもがこの蔵を取り囲んだ。上の判官(ほうがん)の某(なにがし)という人が、冠をかぶり、青い色の炮(ほう)を着、弓矢を持って、その指揮にあたり、鉾を持った放免どもが蔵を囲んだ。たまたまその一人が、蔵の戸のすぐそばに立っていると、戸の隙間から盗賊がこの放免を招き寄せた。そしてそっと言うには、
「上の判官にこう言ってくれ。御馬より下りてこの戸のところまでお寄りください、人目を忍んでそっとお話したいことがあります、と」
 放免はさっそく上の判官のところへ行って、
「盗人がこのように申しております」
 と申し上げた。上の判官がこれを聞いて、それではと馬から下りようとするのを、他の検非違使どもは、
「こんな不都合なことはない」
 などと言って止めた。
 しかし上の判官は、これは仔細のあることだろう、と思い、馬から下りて蔵に近づいた。すると盗賊は蔵の戸をあけて、上の判官に、
「こちらへおはいりください」
と言ったので、判官は戸の中へはいった。そこで盗賊は蔵の内から錠をかけてしまった。他の検非違使はこれを見て、
「何とあきれたことだ。せっかく蔵の中に盗賊を閉じこめて、いざつかまえようというところを、上の判官が盗賊に呼ばれて、蔵の中で二人きり錠をかけて閉じこもり、ひそかに話しあうなどとは、まるで前例のないことだ」
と言って、腹立たしげに謗りあった。
 しばらくすると蔵の戸が開き、上の判官が中から出て来た。馬に乗って、他の連中のところへ近づくと、
「これは仔細のあることである。しばらくのあいだ、この追捕を待っていてもらいたい。天皇に奏上しなければならぬ」
と言って、内裏へと参内した。そのあいだ、検非違使どもは蔵を囲んで、ものものしく立ちはだかっていたが、やがて上の判官がもどって来ると、
「この追捕は取りやめにする。すみやかに引きあげるよう宣旨があった」
と言ったので、検非違使どもも恐れ入り、連れ立ってその場を引きあげた。上の判官は一人そこに残り、やがて日が暮れ、あたりが暗くなってから、蔵の戸のそばに近づいて、天皇のおおせになったことを盗賊に語った。それを聞いて、盗賊は声を上げて泣いた。そこで上の判官は再び内裏へと戻り、盗賊のほうは蔵を出て、ゆくえをくらました。
 この盗賊が誰であったか、ついに知られることがなかった。またそのわけも誰にもわからなかった、という話である。

 『今昔物語』というのは説話集であってここに収録されているエピソードはいちおうすべて実話ということになっている(いちおうと断ったのは妖怪や幽霊や鬼の登場する話もたくさん集められているから、この時代の鬼はマジで化け物じみていておそろしい!)。上に引用した説話にしたところで、罪人の秘する「事情」を汲み取った権力者(この場合は天皇)が当の罪を不問に付す「恩赦」(それはしばしば粋で慈悲深いふるまいとして描写されるものだが)のエピソードとしてはじつに凡庸でありふれたものであり、その「かたち」にははっきりと既視感をおぼえるのだが、しかし肝心のその「事情」の推測の余地を許さぬほど完璧に伏せられたままになっているありさま、「解読」のためのヒントをまったく残さず語り手も闇にほうむられたその事情を追求するようでもなければその謎を謎として強調するふうでもなく淡々と語るにとどめてそれで終わりとする、そのような語りのほとんど即物的な手つきを含めてみると、一見すると手垢のついた物語であるようにみえるこの説話がたちどころにバートルビー - ウェイクフィールド - カフカという系譜につらなるものとしての相貌をあらわにするようにみえる。そのような印象はもちろん、闇に葬られたままの「事情」の持ち主であるところの当の「盗賊」の姿さえもが「蔵の中」という闇にひっこんだままいちどもおもてにあらわれない(彼が蔵の外にでるのは「あたりは暗くなってから」である)という重ねられた謎の効果も加わっているといえるだろう(というかそれこそがむしろこの説話をカフカの眷属として見なすためのフックになっているというべきなのかもしれない)。先にも述べたように『今昔物語』はあくまでも説話集である。このエピソードが現実にあったものと見なしてもなにひとつ不自然ではないし、さもありそうなことだとさえ思われる。そのような「事実」の単なる報告にすぎぬともいえるこの文章が、しかし見ようによってはカフカの諸作品に通ずるようであるところ、ここを論理の蝶番として考えてみると、あるいはカフカの小説こそがリアリズムであるというそれ自体やはり既視感にいろどられた逆説もあらたな説得力をおびてみえる。じじつ、現実には(物語とことなり)いたるところに謎――謎とはそもそも「解」にも「原因」にも「根拠」にも回収されることがないからこそ謎であるという当然の事実を忘れてはならない――があふれかえっている。謎が謎として過不足なく描かれて提示されてあること、あきらかにされることもなく、またあきらかにされないそのこと自体をなにかとくべつな事柄であるかのように強調してみせることもなく淡々と提示する、そのような散文をしてリアリズムであると呼ぶことはかならずしも突飛な逆説などではないはずだ(ちなみに物語ではない現実との関連からこのように定義できる「謎」を、カフカを介しておなじように把握しているらしい作家として、たとえば磯崎憲一郎の名前を挙げることができる)。
 Syd Barrett『The Madcap Laughs』をおともにここまでブログを書いてから風呂に入った。部屋にもどりストレッチをし、大家さんからもらった棒アイスを食べながら「G」の作文にとりかかったが、まったくもって集中できなかった。前回改稿に着手した断章の困難な処理に手をこまねいているうちに一時間半が経過し、眠気も催してきたのでもういいやとなって床に就いた。ほとんど不貞寝のようなくさくさした気持ちだった。4時就寝。