20221205

 微月の悦びは内心からわき出たものだった。携帯からもその喜びは伝わってきていた。彼女は自分の悦びの表現をドラマ仕立てにはしない。それがかえって胸を打った。人が本当に内心から喜びを発しているかを見分けることは実は簡単である。あることを表現するのにいきさつを重点的に述べるか、自分自身について述べようとするか。後者はおそらく自信のなさを隠すつもりで、しゃべりながら自己表現し、そして異口同音に褒めてもらおうとする。微信はそうではない。自分のことを話すのに、事実そのものを伝えていた。顕示欲のないこういった精神を前に、人はその幸福を咎めようがない。
(郝景芳/櫻庭ゆみ子・訳『1984年に生まれて』)



 最近はなんだか10時前に自然と目が覚める。(…)から微信。大学の出入りには48時間以内の陰性証明必要なしとのこと。ちょうどそのことを聞こうと思っていたんだ、ありがとう、と返信。(…)先生からも微信。外国語学院から期末試験を含む今後の日程についての通知が届いた、と。あとで要点だけ翻訳して送るとのことだったが、ざっと斜め読みするだけでも十分理解できるくらい簡潔な内容だった。いちおうDeepLにも放り込んでみる。とりあえず期末試験はオンラインで実施してくれということらしい。
 歯磨きしながらスマホでニュースをチェックする。身支度を整えて寮を後にする。自転車に乗って(…)楼の快递へ。コーヒー豆が無事届いたという通知があったのだ。思っていたよりも全然時間がかからなかった。ただしゴールドブレンドのほうはいまだに発送中にすらならない。こちらはたぶん封鎖の影響をもろにこうむっているのだろう。快递の周辺にはでかめの荷物が山のように積まれている。帰省前倒しが決まったので、学生たちが実家に荷物をまとめて送ろうとしているのかもしれないし、封鎖措置の間とどこおっていた荷物がいまようやく届いたのかもしれない。封鎖が解けてようやく手に入れた実家からの送り物を、帰省前倒しの知らせを受けたいま、そのまま封もあけずに送り返すことになったというケースも少なからずあるのだろうなと思う。半地下の店におりる。カウンターに並ぶ。後ろからやってきためがねのひょろい男子学生が堂々とこちらの目の前に割り込もうとするので、おまえな、ここらのジジババがやるんやったらまだわかるけどその若さでやることちゃうやろ、とあたまにくる。左肩で相手の右肩をドシーンとはねつけるようにして追い出す。サッカーでボールを奪うときにこういうシーンがある。
 荷物を受け取る。そのまま第三食堂に立ち寄る。窓口でプリペイドカードに500元チャージする。ひさしぶりに二階にある広東料理の店で打包する。丸焼きになった鴨が二羽厨房に吊るされているのをなんとなく写真に撮る。シャッター音に気づいたすぐそばの女子学生がちらりとこちらを見る。厨房のおばちゃんはこちらのことをおぼえていてくれたようで、やっぱりテンションが高い。全然わからない中国語でなにやらまくしたてまくる。
 メシにはまだはやい時間なので食堂はガラガラ。ピーク時にそなえて厨房スタッフらがちょうどじぶんたちのメシを食っている時間帯だった。学生の姿もいちおうちらほらある。中に一組、ひざまくらをしているカップルがいる。男が椅子に座り、女がその腿にあたまをのせている。女の体は横一列にならぶプラスチック製の椅子の座面を三つか四つほど独占するかたちでだらしなくのびている。その女の口に男がときどき食べ物を運んでやる。若者は国の宝みたいな言い回しをときどき見聞きするが、こいつらが宝と認定されるような国やったらとっとと滅んだほうがええなと思う。立国の立役者らもいまごろ地獄で血の涙流しとるわ。
 自転車にのって寮に戻る。メシを食う。(…)さんから微信。「先生、今どこにいらっしゃいますか。」と。また差し入れかなと思う。いくらなんでもちょっと頻度が高すぎるし、そんなことをする必要はないと、相手をうまく傷つけないかたちで伝えたほうがいいよなと思いながら、いま寮にいますよと返信。「ちょっとお邪魔してよろしいでしょうか。」というので、また寮の門前まで食べ物かなにかを持ってきてくれるのだろうと察し、ひとまず了承。10分もしないうちに「先生、私は入り口にいます。」と続いたので、部屋着をふたたび街着に着替えなおして玄関の扉をあけたところ、目の前に彼女の姿があったので、うわ! とびっくりしてしまった。勝手に寮の敷地内に入ってくるのは御法度であることは彼女も知っているはずであるし、というか以前その件で(…)と(…)が揉めるのを目の当たりにした彼女はもう先生の寮にはお邪魔しませんと言ったばかりではないかと思うわけだが、それはともかく、(…)さんの手には瑞幸咖啡の紙袋がふたつ提げられていた。そのうちの一方をこちらに差し出してみせる。とりあえず礼をいって受け取る。そのまま帰すのもアレなので、寮の出口まで送っていくことにして、一緒に階段をおりはじめる。足が寒いという。うちの女子学生にはめずらしいミニスカのワンピースを履いている。化粧も間近でみると割とバッチリで、あれ? この子こういうタイプだっけ? と思う。門の外に出る。ヘルメットをかぶった(…)が電動スクーターをいじっている。われわれに気づいた様子だったが、なんか勘違いされたらいろいろめんどくさいことになりかねないのでこちらは気づいていないふりをする。というか寮の敷地内からふたりそろって出てくるところを見られたのはまずまちがいないわけで、この話がよそに飛んだらちょっとアレかもしれんなと心配しないでもない。(…)さんは明日の朝、電車で故郷に帰るとのこと。片道6時間だったか7時間だったか。いつも食べ物だの飲み物だのもらってばかりで申し訳ない、でもそんなに気をつかわなくていいから、来学期はぼくのほうでなにかお礼をするし食べたいものでも考えておいてくださいと、だいたいそのようなことをゆっくりと伝えると、テスト! 成績! みたいなことを笑いながらいうので、アホ! とあたまをはたくふりをする。
 また来学期ね、道中気をつけて、と告げて別れる。部屋にもどる。三年生のグループチャットで質問する。今日故郷にもどる学生はいるのか、と。やはり相当数いる模様。午後から授業をしてもだいじょうぶかという質問には、問題ないという返事がちらほら。どうせオンラインだからろくに視聴するつもりもないのだろうが。ついでなので、いま帰省が許されているのは(…)省以外の学生だけなのかとたずねる。そうではないとう返事。(…)さん曰く、「英語の4、6級試験と大学院受験がある人は試験が終わってから家に帰ることができます」とのこと。また、(…)くん曰く、「高リスク地域の学生はしばらく帰ってはいけない」とのこと。よくわかった。先日、グループチャットのやりとりで、わたしはいま上海に向かっていますと言っていた(…)さんは、すでに故郷に到着したらしい(もっとも、彼女の故郷は上海ではないが)。(…)くんは7日に温州に帰るとのこと。先生はどうするんですかというので、去年と同様寮にこもるつもりだと返信。ただし、冬休み中にまた大学封鎖のようなことが起これば、食堂も営業していないことであるし餓死するかもしれない、来学期ぼくの寮で白骨死体が見つかるかもしれないが、そのときは(…)湖の近くに埋葬してくれ、と続ける。
 (…)さんにもらった甘ったるいコーヒーをのみながら、きのうづけの記事の続きを書く。14時になったところで中断し、三年生のグループチャットにVooV MeetingのURLを送信する。ついでにモーメンツをのぞくが、なぜか以前のようにタイムラインをさかのぼることができず、おそらく24時間以上前の投稿を見ようとすると発生する現象だと思うのだが、じぶんの過去の投稿だけが表示されてしまう。バグっているのかと思ったが、タイミングがタイミングだけに、これ検閲ではないかと勘繰る。抗議運動の情報がシェアできないように一時的に過去の投稿がタイムラインに表示されないように設定変更されたのでは? 特にこちらは外国人であるわけであるし、ピンポイントでそういう措置が施されている可能性もなくはない。

 14時半から日語閲読(三)。「(…)」を駆け足で終わらせる。しかしおそろしいほど反応がない。今日明日で帰省する学生がかなり多いはず。荷造りしていて聞いていないのだ。途中わざと返事を待つ構えをとってみたのだが、チャット欄で返事があったのは(…)さんと(…)さんのみ。(…)さんはマジでいいな。成績も優秀だし、授業中ずっと集中してこちらの話を聞いているし、考え方もかなりリベラルだし。ただちょっと引っ込み思案でおとなしいところがあるせいで、こちらとうまくコミュニケーションをとることができずにいるのがわかる。もっとこちらから率先していろいろ食事だの散歩だのに誘ってあげるべきだったかもしれない。基本的にこれまでずっと受け身でいたわけだが、結果として、授業外で交流することになった学生の半数以上が勉強は好きではないけれども遊ぶのは好きというタイプになってしまった。コロナ以前は同じ受け身に徹する構えでも全然そんなことなく、交流を求めるのは基本的に成績優秀な学生ばかりだったのだが、うーん、これはやはり日本語コーナー不在による先輩後輩の縦の関係の喪失が響いているんじゃないだろうか、外教を食事だの散歩だの買い物だのに誘うのは基本的に日本語の達者な学生であるという一種の伝統的な不文律が崩壊した結果によるものではないだろうか。コロナのせいで、こうした伝統的な不文律の崩壊、一種の口承の断絶みたいなものは、たぶんいたるところで生じているのだろう。今学期終盤からは受け身一辺倒の姿勢を一部あらためることにし、ただの遊び相手としてしかこちらを見ていない学生からの誘いは受けないことに方針転換したわけだが(おれの執筆と読書の時間を返せ!)、その延長として、来学期からは見所のある学生には積極的に手を差し伸べるという方針を試してみるのもいいかもしれない。えこひいきのそしりを受ける可能性もなくはないが、中国では基本的に成績優秀な学生が教員たちからあれこれ可愛がられたり頼みごとをされたりするのはめずらしくないようだし、たぶん度が過ぎなければ問題ないはず。

 規定時刻よりも10分ほどはやく授業を終える。グループチャットのほうに(…)さんと(…)さんがありがとうございましたのコメントを寄せる。で、その文言をコピペする学生らがいつもどおり続くわけだが、今日に限ってはどいつもこいつも本来の授業終了時刻になった途端にそのコピペを投稿する有様で(つまり、授業後10分も経ってからコメントが届く)、要するに、ろくすっぽ授業を聞いていない。やれやれ。
 授業中、(…)さんから微信が届いていた。「自分の性格が弱すぎて、いつもいじめられていると思うことがあります。でも自分が何か間違っているとは思わない。いつも人の言うことで悲しくなります。」「私は他の人と何も争うことを考えたことがありません。普段は気ままに過ごしていますが、いつも刺激を受けてから、しっかり努力して、自分を強くしたいと思っています。」「突然の感想ですが、お邪魔してすみません」というもので、え? (…)さん、いじめられているの? とちょっとびっくりした。クラスでは別に浮いている感じがしないし(かといって広く馴染んでいる感じもまたしないが)、相棒の(…)さんとも仲睦まじくやっているし、担任である(…)先生のお気に入りであるということでもしかしたら多少のやっかみは買っているかもしれないが、それにしても、と、考えたところで、あ、ルームメイトだな、と察した。たしか彼女は他学部の先輩らと同室だったはずだと思い出し、詳細をたずねてみると、やはりそうで、先輩ではなく他学部の同級生らしいのだが、彼女を含むほかのルームメイトらが夜いくらか騒がしくしていたところ、その同級生が(…)さんだけを狙い撃ちにして名指しで批判したことがあったのだという。じぶんはほかのルームメイトに比べてずっと静かだったのに、なぜじぶんが、じぶんだけがあんなに怒られなければならないのかがわからない、たぶんじぶんは弱い人間だからだと思う、こういうことをされないようにもっと強くならなければならないというので、別にきみが変わる必要はないいよ、それに弱いのはむしろいちばん大人しくてやさしい人間であるきみを狙ってひどい言葉を口にしたそのルームメイトのほうでしょう、きみのやさしさに甘えているわけなんだからと、われながら凡庸でつまらない紋切り型であるなと思いながらもひとまず返信。(…)さん、今日差し入れを持ってきてくれたとき、寮の門前でこちらを待たずわざわざ玄関前までひとり押しかけてきたのは、もしかしたらこの話を相談したかったのかもしれないなと思った。今学期最後のチャンスを利用して話を聞いてもらいたかったのかもしれない。そう考えると、ちょっと悪いことをした。
 (…)さんからも微信。水曜日の朝に教室の鍵を外国語学院の事務室に返却する必要があるという。鍵はいまこちらの手元にある。だから当日いっしょに行きましょうかというのだが、早起きするのは嫌なので、事前に鍵だけ彼女にあずけることにする。17時ごろに女子寮まで行くよと約束。ついでに少々やりとりしたが、期末試験までオンラインで実施するという一件について、(…)さんは「不合理」だとしきりに指摘した。ま、成績優秀な学生にしてみればそうなるわな。劣等生どもがカンニングし放題で高得点をとることをおそれているわけだ。
 17時になったところで寮をあとにする。運動不足解消のために女子寮までは徒歩で向かう。バスケコートは盛況。キャリーケースをガラガラさせている学生の姿もちらほらある。女子寮の前に到着したところで(…)さんに連絡。突っ立って待っていると、(…)さんほかクラスメイト数人から「先生!」と声がかかる。すぐそばの第三食堂でメシを食うところらしい。みんなマスクを装着しているので、一瞬、だれがだれであるのかわからない。
 じきに(…)さんがあらわれる。真っ黒なロング丈のダウンジャケットを着ている。背が高いのでずいぶんさまになっている。そのまま門前で30分ほど立ち話。途中、一年生の(…)くんらしき男の子が「先生!」と言いながらそばを通る。コートのフードをかぶっていたので顔はよく見えなかったと思うのだが、(…)さんはちょっと気をひかれた様子。かっこよかったかもしれないというので、でもきみは身長が180センチ以上ないとダメなんでしょうと笑う((…)くんの身長はこちらとさほど変わらないと思う)。クラスメイトの(…)さんも通りがかる。(…)さんが中国語でおしゃべりに加われとうながすが、逃げるように第三食堂に向けて去ってしまう。(…)さんとこちらが日本語で交わす会話についてくることのできるクラスメイトなんてほとんどいない。
 (…)さんは金曜日の飛行機で大連に帰るという。まずは(…)から(…)まで飛行機で移動、その後(…)からの乗り継ぎ便で大連へというルート。大連に到着後は三日間の自宅隔離が必要。その間は祖父母と暮らす予定とのこと。大連はいま毎日100人ほどの陽性者が出ているので不安だという。実家のあるマンションのとなりの棟も封鎖されたとのこと。広州など感染状況のひどい地域はいまやっきになってオミクロンは全然大したことないよと宣伝しまくっているようだが、これまで散々コロナを死の病として印象づけることに苦心し、ゼロコロナ政策を実施しない諸外国はドアホだとやってきたわけであるから、この不安、この恐怖心はなかなかぬぐえないだろうなと思う。
 スピーチコンテストの話も出る。きみの即興スピーチはもっと高い点数がついてもよかったと思うという。(…)さんはやはりひどい結果になってしまった(…)さんのことが気にかかっているようだった。来年のスピーチコンテストの話も出る。(…)先生はひとまず候補者をふたりピックアップするつもりでいるらしいというので、それだったらおそらく(…)さんと(…)さんのふたりになるだろうねというと、(…)くんはどうですかという。彼はたしかに男子学生のなかではいちばん口語がいいと思うけど作文がちょっとまずいと応じる。(…)さんと(…)さんのふたりだったらおそらく後者になると(…)さんはいった。(…)さんのほうが「態度」がいいからというので、たしかに授業態度は天と地ほどの差があるなとうなずく。しかしこれはもしかしたら「表現力」のことを言いたかったのかもしれない。高校時代から日本語を勉強しているにもかかわらず(…)くんや(…)くんは全然ダメだというので、むしろ高校時代から勉強しているからだよ、高校時代から日本語を選択している学生のほとんどは英語の授業についていくことのできなかった語学の落ちこぼれであるのだからそもそものセンスに欠けるのだと、そこまで露骨にはもちろん言わなかったけれども、まあ彼らは高考のために日本語を選択したにすぎないからねと受けた。
 (…)さんと(…)さんの二人が最近よく勉強していると(…)さんはいった。決して優秀な学生ではないが、たしかに今学期はつねに前列を陣取っているなと思う。ふたりは最近部屋を移動したという。もともとは(…)さんや(…)さんと同室だったのだが、たぶんケンカをしたのだと思う、勉強に集中したかったのだと思うというので、むしろ(…)さんや(…)さんのほうが勉強熱心ではないかとこちらは不思議に思ったのだが、このあたりもしかしたら(…)さんの日本語に誤りがあったのかもしれない。その(…)さんはルームメイトに対する文句をしょっちゅうモーメンツに投稿している。詳細をたずねてみると、ルームメイトはみんな英語学科の後輩らしいのだが、とにかくうるさい、そして部屋の掃除を全然しない、その度合いがあんまりにもひどすぎるので注意したところ、あなたは口うるさい! みたいなことを言われたらしくて、先輩のじぶんに向かって! とお怒りなのだった。
 世間話にひと区切りついたところで別れる。彼女はそのまま第三食堂へ、こちらは第五食堂へ行く。打包して帰宅。(…)から微信が届いている。契約更新のためにオフィスに来てもらう必要があるのだが、いつであれば都合がいいか、水曜日の午後はどうかとあったので、その日程で問題ないと返信する。今学期中にビザの更新もしなくてはならないし、健康診断も受けなければならないし、(…)さんの荷物も日本に送らなければならない。まだまだやることが山積みだ。
 帰宅。YouTubeにアクセスしたところ、『がんばれゴエモン ゆき姫救出絵巻』のプレイ動画みたいなのがアルゴリズムによって表示されたので、メシを食いながら視聴した。これ、冷静に考えるまでもなく、マジでありえん状況だなと思った。いまこの時期の中国、それも外国人の全然いない僻地で、わざわざVPNを噛ませてクソしょうもないレトロゲームのプレイ動画を視聴しながらメシを食っている狂った日本人がいったいどれほどいる? 断言できるが、この大陸でいま、『がんばれゴエモン ゆき姫救出絵巻』のプレイ動画をみているのはじぶんひとりだけだろう。そのことを考えると、少し愉快になるし、風通しの良さを感じる。中原昌也が対談集『サクセスの秘密』の中で語ったシュールレアリスムの定義、すなわち「突拍子もないことがシュールレアリズムなんじゃなくて、嘘っぽいんだけど現実として存在するっていう違和感みたいなところがシュールレアリズムだと、僕は思うんです。」を、まさにじぶんのこのクソ馬鹿馬鹿しいふるまいが体現していると思うからだ。中原昌也はたしかこの対談のなかで、CDショップでじぶんの作ったCDが売れ線のCDと同じ棚に並んでいるその状況がまずおもしろいしそれこそがシュールレアリスムだというようなことを語っていたと思うのだが、たとえばそんなふうに普通ありえないだろうと思われるような出来事や状況をじぶんが作り上げることで——あるいは、いつのまにか作り上げてしまっていることを自覚し、それとして認識することで——、ありえない出来事が現実にはありえるし起こりえない出来事が現実に起こりえるのだということをひとは信じることができるようになる。ちんけな想像力ではカバーすることの決してできない余白をこの世界にみずから作り出すことで、自由と革命可能性を担保する。他人のために祈ることによって他人から祈られているじぶんに気づくというアレと同じ構図だ。
 (…)さんから微信。ワールドカップクロアチア戦が中国時間の23時にひかえているので、例によって「今日のコスタリカ戦も大然、頑張ろうね!」と誤記混じりの激励が届く。ヘディングで点とれるように頭剃ってきますわと返信して浴室へ。シャワーを浴びる。
 あがってストレッチ。それからコーヒーをいれて、一年生のグループチャットに明日のオンライン授業で使用する資料を、二年生のグループチャットに期末試験の方法についての説明をそれぞれ投稿しておく。期末試験については不正防止のために色々対策を講じるつもりでいるし、その旨も伝えたのだが、まあ、抜け道なんてなんぼでもあるやろなというのが率直なところだ。いちおうこちらが不正行為が死ぬほど嫌いであること、発覚したら即座に不合格とすること、過去にそうしたケースがいくつもあったことなどを、ほぼほぼ嘘であるのだが釘を刺す意味でしっかり伝えておく。
 それからきのうづけの記事にとりかかる。一年生の(…)さんから微信。明日飛行機に乗ることになっているのでオンライン授業に参加することができない、と。了承。きみは江蘇省の出身だよねとたずねると、祖父母は上海に住んでおり、小学校や中学校も上海の学校に通っていたのだというおもいがけない返事。卒業生の(…)くんからも微信。日本人のサラリーマンを模したキャラクターがぺこぺこしながらヴァリエーションに富んださまざまな謝罪の言葉を口にしているというステッカー。(…)くん、いつもなんの脈絡もなく、わけのわからんステッカーや画像やビリビリ動画へのリンクを一方的にこちらに送りつけるだけ送りつけて(しかも8割5分でエロ関係)、別にそれ以上やりとりを交わそうともしないというbotみたいなスタイルでアプローチをしかけてくるのだが、返信してもしなくてもどのみち同じなので今回は無視。それから明日の出発に備えて荷造りを終えたという(…)さんからあらためてお礼の微信

 クロアチア戦がはじまったところで作業を中断。ABEMAで観戦する。双子の片割れが先制点を決めたのですぐに(…)さんに微信を送る。ハーフタイムには冷食の餃子を食う。後半に同点に追いつかれる。延長戦は拮抗。最後はPK戦で敗れる。イビチャ・オシムPK戦になるといつも結果を見届けずロッカールームに引き下がってしまうというエピソードを思い出した。
 三年生のグループチャットで(…)さんが、先生はもう(…)のミルクティーをおごらなくていいですねという。以前日本がワールドカップで優勝することがあればクラス全員にミルクティーをおごるといった発言を踏まえてのメッセージだ。彼女もリアルタイムで観戦していたらしい。残念な結果だという。弟にLINEを送る。やはり観戦していたようだ。ハゲが一点決めてくれたから満足やというと、いい選手やし四年後もあるんちゃうというので、四年後ロン毛になっとったら笑えるなと送ったところ、ハゲと違って剃っとるだけやしありえるやろというおそるべき真実が開示されたので、ほなもうええわ、二度とあいつのこと応援せん、はじめからどっか信用ならんうさんくさいツラしとると思っとったわ、一生蹴鞠でもやっとればえええねんと返す。
 (…)先生から通知の日本語訳が届いていたので、お礼の返信を送る。もしかしてサッカーを観ていたんですかというので、(…)先生と連絡を取り合いながら観戦していました、負けてしまいましたがぼくの分身が一点取ってくれたので満足ですと返信する。日本のサッカーはすごいですねと(…)先生はいった。観戦はしていなかったが、作業の合間に速報を片手間で追っていたらしい。(…)さんから前田大然が試合後のインタビューに答えている動画が送られてきたので、それを(…)先生にも転送する。マジで似てないですか? AIでも判断を間違うと思うんですがというと、ヒゲが短すぎるのでマイナス1点ですねという返事。この人は声が高すぎるのでそこもマイナス1点ですねとこちらも応じる。
 その後、歯磨きしながらジャンプ+の更新をチェックしたのち、寝床に移動して就寝。