20221207

「先生、ちょっと前までよりずっと良くなったと思います。最近は自分の問題が何なのか少しわかってきています」
 私は言葉を切ってしばらく待ったが、医者の何の反応も示さない。そこで私は続けた。「自分自身の観点がない、というのがパニックの元なんです。私の通ってた学校には宣教師がいたんですけど、いつかそのアメリカ人と話したことがあって、その人が言うには、毎日頭の中でいろいろな考えが浮かぶ、それはすべて何もないところからひねり出されたもんじゃないかと思うかもしれないけど、それは違う。脳内にひっきりなしに考えが閃くのは、すべて神様がお送りになったからなんだ。神は我々の霊魂の創造主だ、だから我々は神に感謝しなければならないのだ云々とね。当時私は全然納得できなくて、誰かに考えを流し込まれるのは嫌だったし、言われるままに信奉するのはごめんだった。だからこの宣教師の言うことは頭から聞き入れなかったんです。でも今思い出してみると、彼に反論することができないんです。頭の中の考えは本当に自分のものなのか。誰かが注ぎ込んだものではないのか。おそらく神ではないだろうけれど、数千数万もの人々の声が注ぎ込まれているんじゃないのかって。歴史、金銭、書物、ロック歌手、愚痴や陰口、それからあと何か、うまく言えないんですけれど。こういったものがもしかすると魂の創造主じゃないかと。これ以外に一言でもいいから自分の言葉というものがあるのだろうかって」
(郝景芳/櫻庭ゆみ子・訳『1984年に生まれて』)

 きわめてラカン的やね。



 10時ごろ起床。(…)がまたグループチャットで現状をどうにかしてくれと訴えている。“Students are taking lab class from train. How can they perform experiment when they are traveling. ”とのことで、なるほど、彼女はおそらく理系の学部の教師なのだろう。現在そちらの置かれている状況は理解している、けれどもわれわれ教師の都合も考えてほしい、苦心して授業用スライドを用意し、ソフトウェアをセットし、さらにはnotesをリアルタイムでタイピングして注意事項を伝えようとしているのに、当の学生らはいま移動中だからexperimentできないというのだと、訴えはだいたいそのように続く。100%正しい。でも、彼女はひとつ理解していないことがある。大学にこうしたことを訴えたところで、この国ではまったく意味がない。すべてお上の都合なのだ。
 歯磨きしながらスマホでニュースをチェックする。街着に着替えて寮を出る。自転車にのって第三食堂へ。以前食った海老のハンバーガーが食いたくなったのだが、おとずれてみると、店のカウンターに入っていた女性店員は没有! の一点張り。この時間帯だからまだ準備できていないのか、あるいは封校措置のせいで食材を切らしているのか、詳細は知れない。しかたないので第四食堂のほうのハンバーガーショップにいく。こちらの店舗では注文を問題なく受けつけてくれた。おっちゃん! 海老のハンバーガーふたつ!
 受け取るべきものを受け取ったところで寮に戻る。キャリーケースをガラガラさせている学生の姿が目立つ。今週中に学生はほとんどいなくなるんではないか。そうなると心配なのが食堂だ。規模を縮小してもかまわないので、なんとか学期末までは営業してほしい。
 ハンバーガーを食う。食後のコーヒーを飲みながらきのうづけの記事の続きを書いて投稿する。ひとつ書き忘れていたことがあった。昨日の夜、日語会話(二)の期末試験でおこなう「道案内」用の地図をあらたに二つ作成したのだった。それからウェブ各所を巡回し、2021年12月7日づけの記事の読み返し。以下、当時の三年生の授業を終えたあとの出来事。

授業後は(…)くんに淘宝の設定をお願いする約束をしていた。が、ホームルームがあるのだという。AIDSについての啓発みたいなもの。すぐに終わるという話だったので、授業も15分ほどはやく終わったことであるし、そのまま教室に待機することに。たぶんそういう委員なのだろう、(…)さんが教壇に立ってスライドショーを展開した。しかしそのまま何を語りはじめるでもない。スライドも数枚あるのにただ表紙の一枚を画面上に表示しているだけ。いったいいつはじめるつもりなんだろうと不思議に思っていたところ、なにもはじまらずに終わった。写真撮影が済んだかららしい。教室後方では(…)さんがスマホを構えていた。ちゃんと啓発活動をしましたよという証拠のための写真。それを提出しさえすれば問題ないのだ。さらにその後、(…)くんによれば軍事方面のホームルームも続けてあったのだが、これもたぶんプロパガンダっぽい短い映像を流すだけのもの。学生は誰ひとりそんなもの見ておらずみんなスマホをいじっていたし、こちらと(…)くんもそのあいだにすでに淘宝の設定をはじめていた。しかしまあこれこそがここ数年中国国内で批判対象となっている「形式主義」というやつだろう。形だけなのだ、やっている感を出すだけなのだ。こういうホームルームだの会議だのがアホみたいにたくさんある国で育てば、そりゃあまあ授業中に教師の話に耳を傾けず平気でスマホに触れるそんな学生の数も増えるわなと思わざるをえない。授業を聞かない下地を教育機構がみずから作り上げている。

 あとは2020年12月7日づけの記事からの孫引きもあった。「S」執筆佳境のころ。

そういうわけで後半は自作の分析に当てた。じぶんで書いたテキストを読解して分析するとは、とんだ独り相撲ではないか! しかし書くということは元来そういうものなのだ! 意味は増殖し、枝分かれする。その意味をなるべく自由に解放してやる方向で剪定するのが作家の仕事だ。逆説的だが、剪定なしに意味が自由にのびのびと育つことはない。

 今日づけの記事もここまで書くと時刻は14時半。(…)に微信を送る。いまofficeにいるか、と。いるという返事。ふたたび身支度を整えて部屋を出る。一階までおりると、管理人の(…)がたばこを吸いながらぼんやり女子寮のほうをながめている。かたわらには木の椅子に腰かけた高齢女性の姿。中国の田舎で冬場になるとよく見かける、あの上下花柄のもこもこした室内着を着ている。(…)の妻であるのか、あるいは母親であるのか、ちょっと判断しがたい。你好! と声をかけると、(…)も笑顔で你好! と返す。(…)、この一年でやたらと愛想が良くなった。
 自転車に乗って(…)楼に向かう。普段そんなことはないのだが、キャンパス内の北門付近にバスが二台停まっている。自動アナウンスが流れており、火车站という単語をしきりにくりかえしている。希望する学生を駅まで送っていくバスなのだなと察する。バスのそばには数人の学生がキャリーケースを手にして突っ立っている。
 自転車を停めて(…)楼に入る。今日は守衛に止められなかった(ここの守衛はこちらのことをときどき学生と勘違いするのだ)。エレベーターに乗る。男性三人と乗り合わせる格好になる。三人は三階でおりる。こちらは五階まで移動する。エレベーターを降り、廊下を歩いて、(…)のofficeに向かう。扉があいている。中に足を踏み入れて、你好! と声をかける。(…)と男性教師、たしか(…)老师という名前だったと思うが、そのふたりがいる。契約書をいまプリントするところだからちょっと待ってほしいと(…)がいう。コーヒーは必要? というので、もちろんと応じる。コーヒーメーカーのある隣室に移動する。隣室は国際交流処のスタッフのためのofficeではない、外国人教師のためのofficeだと(…)がいう。それは初耳だった。なので、コーヒーメーカーは自由に使っていいし、ここにあるパソコンもプリンターもやはり自由に使っていい、別に毎日来たっていいのだというので、The best cafe in (…)と冗談をいう。コーヒーマシーンの使い方とカップ、豆、水、ミルクのある場所をすべて教えてもらう。これから自由に使ってくれとのこと。(…)がofficeにもどったあと、さっそくコーヒーをいれる。できあがったものをもって、こちらもofficeにもどる。ほどなくして(…)が契約書をもってくる。なにかと説明しようとするのだが、前回と内容はほとんど変わらない、ただ給料が200元ほどあがっていた。一年ごとに200元あがる決まりなのだというのだが、そんな決まりがあるなんて初耳だった。金のことにいい加減無頓着すぎる。給料は7700元。月7万円で暮らしていた京都時代の倍もらっているわけだから御の字だ。
 サインする。同じ契約書を全部で四つ用意する必要があるという。たぶん大学で保管するもの、国際交流処で保管するもの、こちらが保管するもの、公安が保管するもの、みたいなアレだと思うのだが、詳細はしれない。とにかくすべてサインする。途中、(…)老师が出ていく。代わりに、またEnglish nameを忘れてしまったあの小柄な女性が——と書いたところで過去ログをチェック、(…)だ、で、こちらがずっと(…)だと思っていた太っちょのボスが(…)だ。その(…)がおっさんを引き連れてやってくる。おっさん、なんとなく見覚えのある顔だ。たぶん国際交流処の偉いさんだと思う、食事会か会議の場で何度か顔を合わせているはずだ。たぶん英語は話せない。
 (…)から常備薬を受け取る。全部で四種類。のどの痛み用、発熱用、悪寒用など。説明しなくても理解できるかというので、パッケージに記載されている漢字を読めばだいたいわかると応じる。三箱は西洋医学の薬だと思うのだが、一箱——というか一袋、やたらとでかいブツがあり、これはどうも漢方らしい。中国でもっとも一般的なもので、症状のfirst stageで使うものだというので、葛根湯みたいなものかなと推測。しかしこれはありがたい。もともと今日、このあと后街の薬局にでも行って、必要最低限の解熱剤だけでも備蓄しておこうかなと考えていたのだが(日本から持ってきた風邪薬は今年の冬休みにすべて使い切ってしまった)、これでその必要もなくなった。あとは淘宝でポカリ的なものだけ買っておけば、最悪孤立無援の状況で感染してもなんとかなるだろう。薬局にまだ薬は売っているのかとたずねると、大きな店だったらだいじょうぶだと思う、これは家の近所にある薬局で買ったのだがけっこうな行列ができていたとのこと。まあそうなるわな。とにかくやばい病気であると宣伝しまくっていたのが、突然、コロナは全然大したことないよ、オミクロンなんてインフルエンザ以下だよ、PCR検査も必要ないよ、隔離も必ずしも必要でないし自宅療養でかまわないよと、180度正反対のことを政府が言い出したわけで、なんぼガチガチの愛国愛党教育が浸透しているとはいえ、それで、好的! となる人民のほうが少数派だろう。特にうちのような田舎、ゼロコロナ政策の恩恵をある意味もっとも享受していたといっても過言ではない内陸の僻地、身近なところに感染の経験談を有する人物がまったくいないそんな地方であれば、尚更そうだ。
 ソファの隣に座っていた(…)が不意にたちあがり、テーブルの向こうにまわってそこに椅子を置く。マスクを装着したまま話すのが鬱陶しくなってきたらしく、これだけ離れたらマスクをとってもいいでしょうと笑っていう。それで少々雑談する。来学期もオンライン授業になると思うかとたずねると、そうはならないと思うという返事。親戚の住んでいる(兄夫婦だったか?)広州はfully openした、学生たちもごくごく普通に教室授業を受けている、今後各地域もそういうふうになっていくだろうと思う、と。このときはそういうことを考えなかったが、のちほどふと、あれ? もしかしておれ想定していたよりもはやく一時帰国できるのかな? と思った。去年の10月に日本を発つ前、最低でも二年は帰国できないと思う、三年か四年くらい見ておいてほしいと言い残してきたわけだが、このまま仮にゼロコロナ政策を完全撤廃する方向に進むのであれば、当然省もこれまでのようにinvitation letterを出し渋ることはないだろうし、フライトも増えるだろうし、あれ? もしかして夏休み帰国できる? 寿司食える? とちょっと期待してしまうわけだが、いやいや、そう簡単に事は運ばないか。朝令暮改の可能性だって全然考えられる。なんせ鶴の一声で黒が白になり白が黒になる国なのだから。これから先、感染はまず間違いなく爆発的に拡大するだろうし、重傷者や死者も相当数出るだろう。そのときの人民の反応次第で、中央がまた電撃的な判断を下さないとは限らないのだ。しかし、ま、来年の夏は無理だとしても、来年の冬には帰国できたらいいな。寿司食いてぇ。
 オンライン授業についても話す。困ったもんだ、と。(…)は監査が入るのが良くないといった。監査が入るせいでできることが少なくなってしまう、と。監査がないのであれば、たとえば今週はオンライン授業、次週は授業の代わりにレポート提出、その次の週はさまざまなmaterialを使った実践的な授業みたいなふうに工夫ができるのだが、いまは教室でやっていることをそのままオンラインに置き換えただけの授業をしろというふうになっている。もっとdiversifyすべきだというので、完全に同意すると応じる(がしかし、こちらはどうせ外国人教師のオンライン授業に監査なんて入らないだろうし、仮に入ったとしてもとぼけてしまえばどうにでもなるだろうというアレから、勝手に授業時間を変更したり、脱線大盛りの雑談をしたり、わりと好き勝手しているのだが!)。学生らがこの数日ろくにオンライン授業に参加していないという外国人教師らの訴えについても、ほとんどの学生はこの数日のあいだに帰省するわけだから、問題はa few daysのことでしかないと(…)はいった。これにも同意する。また(…)はオンライン授業になって以降、授業にfeedbackがあればその分をfinal scoreに加算すると学生たちに伝えているといった。だいたい10分に1回くらいのペースで全体に質問を投げかける、そのときchatting spaceで返事をした学生のscoreに加算するのだ、と。そうするとかなりactiveになるというので、そっか、それをやっぱりあらかじめ言っておくべきなんだな、なんか現金な感じがしてアレかなと思っていたのだが、中国の学生を動かすのはやっぱりそういうのが一番なんだなと学んだ。
 国際交流処はバタバタしている様子。(…)はほどなく呼び出しを受けてofficeを去った。こちらも荷物をまとめて出る。(…)にバイバイと声をかけると、いま忙しい時期なのでろくに相手できず申し訳ないという返事。
 エレベーターに乗る。先客は三人。降下し、停止したところで、三人がそろって出る。こちらも続く。うっかりしていた。停止したのは三階だった。もう一度エレベーターに乗りなおす。すると乗りこんだ先に(…)と見知らぬおっさんがいる。間違えておりてしまったんだよと事情を説明する。ついでに食堂はいつまで開いているか知っているかとたずねる。わからないという返事。一階におりたところで別れる。
 自転車に乗る。不慣れな外国語で会話していると、じぶんの考えを簡略化してしまったり、ニュアンスを無視して本音ではないことを言ってしまったりすることがあるよなと思う。考えを説明するために言葉を尽くすのではなく、言葉(語学力)に考えのほうを寄せてしまうというか。そういうときに生じる妙な失望感、物足りなさ、もやもやした感じ、そういうものの延長線上に、精神分析における主体の概念も(理解ではなく)感覚することができるかもしれないとふと思った。存在を捨てて意味を生きることを余儀なくされたものの満たされなさ。これじゃないんだよな、これでもないんだよな、と不在の周囲をめぐりつづける換喩の運動。
 自転車に乗って寮に戻る。パジャマのおばあちゃんが杖をついて敷地内をうろうろ歩いている。徘徊老人なのか、運動不足解消のためなのか、見ただけではわからない。階段をあがって五階の自室にもどる。リュックサックの中に入っている常備薬だけすべてベッドの上にぶちまけて、ふたたび一階にもどる。(…)さんが重慶から送ってくれた土産物が后街の快递に届いているのだ。
 それで南門に向かう。(…)楼の一階にある屋外廊下に長蛇の列ができている。全員がA4用紙を手にして熱心にながめている。芸術学科の学生の実技試験かな、ひとりずつ楽譜を見ながら歌でもうたうのかなと思いながら、その脇を通り抜ける。南門は閉ざされている。こちらの前をゆく自転車のおっちゃんが、閉ざされている門のほうにそれでもふらふら向かうのがみえたので、開けてもらうことができるのかなとついていく。案の定、おっちゃんは門を操作する守衛になにやら事情を告げて、そこから外に出ていく。こちらも続こうとするが、だめだと制される。不可以吗? とたずねると、不可以という返事。教師でも? とかさねてたずねるが、笑いながらやっぱりだめだという返事。
 しゃあない。北門に向かう。道中、「(…)先生!」と呼びとめられる。電動スクーターにのった(…)先生。用事があって大学に来たのだという。それで少々立ち話。オンライン授業困りましたねという話をする。特にテストが鬼門だ。(…)先生は二年生の基礎日本語を担当しているわけだが、基礎日本語なんてそれこそオンラインテストともっとも相性の悪い科目だ。(…)先生はどうですかというので、口語と作文は不正行為できないような仕組みをちょっといま考えているところなんですけど閲読はどうしようもないですね、だから発想を変えて学生らがカンニングすること前提で問題を作ろうかなと思ってますと応じる。ゼロコロナについても話す。状況いつか変わると思ってましたけどこんなに突然変わるんですねというと、共産党はわがままですからと(…)先生。ここまで急激すぎるとじゃあこれまでの対策の意味はなんだったのと思うと続けるので、解放するにしてももうちょっと順を追って様子見しながらできるでしょうにねと受ける。今日だったか昨日だったか忘れてしまったが、政府のほうからあらたな通知があり、その内容というのが、感染状況がそれほど深刻でない地域は学生の帰省時期を前倒しにするようなことはしてはいけないというものだったらしい。うちはちょっと遅かったです、もう大半が帰ってしまいましたからと(…)先生はいうのだが、その話をきいて、今回の前倒しの一見、学生らが主体となって抗議運動が起こることを恐れた中央による対策という見立てをしているひともちらほらいるが、実際はやっぱりキャンパス内で感染爆発した場合に責任をとらされることをおそれた地方政府や大学のアレなのかもしれんなと思った。またいろいろと落ち着いたら食事にでもいきましょうというので、火鍋行きましょうと応じて別れる。

 北門へ。門は入り口と出口が別になっている。めんどうくさいので、入り口のほうから出ようとしたところ、向こうから出るようにと守衛にいわれる。以前はそんなことなかったのだが。言われたとおり出口から出ようとしたところ、椅子に座ってスマホをいじくっている守衛からここでも呼びとめられる。今度はなんやねんと思いながら自転車をとめてふりむく。するとその守衛とは別の守衛が、彼はいいんだみたいなことを口にする。顔を見てぴんとくる。以前南門にいた守衛だ。出入りする人間全員の健康コードやteacher’s cardを確認する義務があるにもかかわらず、毎回こちらを顔パスで通していた、まったくもって職務に忠実でなくやる気の感じられない最高の人民だ。おっさんに軽く手をふって礼の代わりとする。変な使命感に駆られてやる気出しまくってる守衛はクソ。警備員や守衛にまったくやる気のない社会は良い社会。
 おおまわりして后街に向かう。冬休みのあいだもずっと南門は閉めたままなのかもしれない。だとすれば、ちょっと鬱陶しいな。后街の封鎖は無事解除されていた。しかし人通りはやはり少ない。目にする人間の半分ほどが美团の黄色い制服を着用した配送業者。陽性者の以前出たここら一帯に寄り付きたくはないが、しかし外のメシは食いたい、そういうひとびとが外卖しているのだろう。快递の店舗が引越ししている。以前店舗があった場所と同じ通りで、100メートルも離れていない。なぜこの距離で引っ越ししたのかわからない。こういうことはよくある。学期が終わるごとというほど頻繁ではないが、それに近い頻度で快递の店舗は近い距離内で引っ越しをくりかえしている気がする。なぜかわからない。どういうカラクリがあるのか全然見当もつかない。カウンターの向こうのおばちゃんにスマホに届いたSMSの画面をみせる。后面! といわれる。裏ってどこだよ? と思いながらうろうろしていると、別のおばちゃんが隣にある別の倉庫にこちらを連れていってくれる。やさしい。荷物の入った段ボールを回収する。今度は別の男性スタッフがこちらをバーコードの読み取り機の前に連れていく。中国語でなにやらいう。伝家の宝刀こと听不懂で対応すると、こちらの両肩を軽くひっつかんで、読み取り機の前に立たせる。すると機械が自動的に段ボールのバーコードを読みとると同時にその機械の前に立つこちらの姿を撮影する。こういう仕組みを体験するのははじめてだ。淘宝で注文したブツであれば、機械にセルフでバーコードを通せばそれで毎回オッケーなのだが、そうではない荷物はこうして受取人の写真まで撮影する必要があるのだろうか? よくわからん。听不懂って言ったけどおまえどこの人間なんだと男がいうので、日本人だよと受ける。
 后街を抜ける。なじみのパン屋に立ち寄る。店の前に自転車を停めた時点で、レジに入っているおばちゃんが満面の笑みを浮かべてこちらを見ている。中に入る。ひさしぶりー! とあいさつする。今日はめずらしくおばちゃんがふたりも店に入っている。両方とも顔馴染み。封鎖以前はほぼ毎日のように通っていたパン屋であるが、今日は三週間ぶりほどの来店になるのだろうか? ふたりともわーわーいって歓迎してくれる。いつもの食パンを三袋持ってレジにいく。国に帰らないのかというので、今年の冬休みもずっとここにいるよと受ける。このひと何人なのとひとりがいうのに、日本人だよともうひとりが受ける。日本人だよと受けたほうのおばちゃんは、こちらに対してかなり好印象を持っている。以前(…)さんが教えてくれた。お店のひとたちは先生のことをとても明るくて礼儀正しいといっています、お店のひとたちは先生のことが大好きです、と。你好と谢谢とバイバイを欠かさないだけで、そんなふうに思ってもらえるのだからラッキーだ。とはいえ、実際、下手に学のある同僚たちよりも、パン屋のおばちゃんとかメシ屋の老板とか文房具屋のおっちゃんとか食堂の(…)さんとか、そういうひとたちのほうが好きだ、というか一緒にいて楽だというのはある(じぶんの生まれ育ちのせいかもしれん)。学生らと一緒に散歩している最中、この手のひとたちとばったり遭遇しておたがいに「おー!」となっているのを見ると、学生らは毎度けっこうびっくりする。先生、中国語できないのになんであんなに地元のひとたちと仲良しなの? と。フィーリングよ!
 店を出る。(…)病院の前に以前はなかった簡易検査所ができている。今後48時間以内の陰性証明がなんらかの理由で必要な場合はここで検査を受ければいいわけだ。そういえば、書き忘れていたが、(…)のところで契約書にサインしたとき、健康診断を受ける日程も決めたのだった。来週木曜日すなわち15日の早朝。病院に入るためにはさすがにまだ48時間以内の陰性証明が必要だと思うのだが、どうなんだろう?
 柵がめぐらされている学校の敷地をなぞるようにおおまわりしてふたたび北門へ。ここではitinerary codeをやはり読み取る必要がある。無事帰宅。(…)さんからいただいたブツをさっそく開封する。お菓子だのパンだの麺だの食い物ばかり合計五袋。さっそく礼の微信を送る。なんか辛そうなやつも混じっているなというと、酸辣粉は調味料の量をじぶんで調整することができるからきっとだいじょうぶとのこと。夜食はしばらくこいつらで間に合いそう。

 今後の授業について考える。オンラインになったので日語基礎写作(一)でやろうと思っていたいくつかの教案が使用できなくなってしまったわけだが、さてどうするかな、そもそもテストだってあるし、と、考えたところで、あ、そうだ、こっちも日語会話(二)と同じように口頭マンツーマンのテストを実施してしまえばいいんだと思った。敬体と常体の変換、現在形と過去形の変換作業のみに絞った問題を100題ほど事前に用意、学生にこちらのデスクトップを共有させた上で、その中からランダムに10問示して1問につき持ち時間1分口頭で答えさせる。そうすれば不正対策のしっかりした試験内容にもなるし、使い道に困っている残りコマ数も有効に利用できる。天才。
 方針の立ったところで第五食堂へ。打包。帰宅して食し、仮眠をとり、(…)さんからの質問に答える。それから写作の課題として出した「生きる」の回答を一覧にしてまとめる。
 浴室でシャワーを浴びる。ひさしぶりに口髭を落とした。今学期はほぼずっと口髭を落とした状態でいたのだが(そのためか学生たちから若返ったといわれた)、オンライン授業のはじまった三週間ほど前から完全に放りっぱなしにしており、結果、ボーボーになっていたのだ。あごひげは長いまま残しておく。冬休み中も伸ばしてひさしぶりに三つ編みでもしようかなと思うが、あれは国際交流処からのウケがよろしくないという噂を学生から以前聞いたことがある。いまからおよそ五年ほど前、この大学で働きはじめたばかりのころ、最初に受けた注意はやはり身嗜みについてだった。当時外教の面倒見役だった(…)から、あなたは学生たちのあいだで非常にpopularだ、授業の評判もすこぶるいい、しかし少々dress fashionablyすぎる、われわれは教師が授業中にearingをつけたりsandalsを履いたりすることを許していない、と。無視したが!
 ストレッチをし、コーヒーをいれる。それから日語基礎写作(一)の資料作成。成績の基準について説明したもの、期末テストの方法について説明したもの、それからその期末試験の練習問題の合計三種類。すべて明後日の授業で配布する予定。
 片付いたところで今日づけの記事にとりかかる。0時になったところで中断し、(…)さんにいただいたパンを食す。中尾彬のマフラーみたいにねじねじしたパン。うまい。それからまた記事の続き。1時前に中断し、やはり(…)さんにいただいた落花生を使ったお菓子を食しながら、ジャンプ+の更新をチェックし、歯磨きをし、沸かした水道水を飲んでからベッドに移動。『彼岸過迄』(夏目漱石)の続き。「須永の話」を読み終わったのだが、これはちょっとすごかったかも。漱石ってこんなにまっとうに心理描写することもできるんだ、と。『漾虚集』の時点でもうそうなのだが、漱石はちょっと手札が多すぎるんでないか? どんだけ多彩なの? RPGでいったら攻撃力(STR)と器用さ(DEX)がどちらもカンストしているような能力の作家だと思うのだが。なんで千円札の肖像だったのかがわからん。どう考えても十万円札の肖像にすべきやろ。