20230129

 そんな中で、あなたは親との関係を通して、自分がやりたくないことをやらされたり、逆にやりたいことをダメだと言われる経験を得ることで自我を目覚めさせ、良くも悪くもあなたの価値観の根幹を形成してきたのです。つまり、あなたの主体性の形成には、親が幾重にも畳み掛ける否定の働きが不可欠だったのです。
 この意味において、親から与えられた否定性は呪いであり、同時に宝でもあります。それによって、ときに存在を危うくされながらも、あなたはあなたになったのですから。あなたは、親から与えられた否定性を通して、心の輪郭と存在の襞を手に入れたのです。
(鳥羽和久『君は君の人生の主役になれ』)



 12時過ぎ起床。晴天だったので阳台で歯磨きしながらスマホでニュースをチェック。トースト二枚の食事をとり、コーヒーを淹れ、きのうづけの記事の続きを書いて投稿する。bottle waterの残りが少なくなっていたのでミニプログラムで注文しようとしたが、前回同様、なぜかエラーメッセージが表示された。まだ春節休みということだろうか? しかしちょっと長すぎないか? そもそも春節休みで配達人がいないのはわかるにしても、だからといってミニプログラムの注文画面でエラーメッセージが表示されるのはおかしくないか? 別の問題があるんではないかという気がするのだが、とはいえ今日は日曜日であるし、明日以降仕事はじめという会社もあったりするんではないかという気がしないでもないので、明日もう一度注文を試みてみる。それで無理だったら(…)か(…)か(…)先生にヘルプを求めるしかあるまい。
 14時半からふたたび阳台に移動して書見。スピーカーも阳台に持ち込む。日当たりのよいところに椅子を置いて座り、洗濯機の上に両足を投げ出す。それで『Ahem』(Ahem)を流しながら、『精神分析にとって女とは何か』(西見奈子・編著/北村婦美、鈴木菜実子、松本卓也)の続きを読み進めたわけだが、阳台は浴室が隣接していることもあり、寝室にくらべると音が響きやすい。それがアブストラクトな音像にマッチしたのか、一瞬、じぶんが非現実的な世界にたったひとりで生きているような錯覚をおぼえた。
 16時半になったところで書見を中断。街着に着替えて寮をあとにする。自転車に乗って(…)へ。おもてはかなり良い天気。気持ちいい。曇りがちな地方なので、天気がいいとそれだけでうれしいし、機嫌が良くなる。リュックサックを顔認証ロッカーに預け、オートスロープで二階へ。スポンジはやはりない。さしみ醤油なんてものを置くひまがあったらスポンジを置いてほしい。野菜コーナーで長ネギとパクチーブロッコリーと小さな白菜みたいなやつを買う。精肉コーナーでは例によって豚肉五パック。阿姨が最初勧めてくれたやつを五パック買い物カゴに突っ込んだのだが、それよりも安いやつがとなりの一画にあったので、不好意思と笑いながらそちらに取り替えた。あとは冷食の餃子も買ったし、お気に入りの袋麺もひさしぶりに買った。五谷道場というメーカーの酸笋肥牛面というやつ。はじめて食ったときは辛すぎやろと思ったが、二度目三度目と食べるうちにだんだん癖になってきたのだ。日本でもAmazonでいちおう買えるみたいだが、輸入品なので四袋入りのやつが1908円という狂った価格設定になっとる。

 レジの阿姨、たぶんはじめて顔を合わせる人物だと思うのだが、なぜかニコニコだった。もしかしたらとなりのレジに入っていた店員が以前こちらを担当してくれた人物で、それで、ほらほら、きたきた、例の外国人だよ! みたいな耳打ちがあったのかもしれない。
 帰宅。キッチンに立ち、フィッシュマンズの“Go Go Round This World!”を流しながらメシを作る。フィッシュマンズではじめて好きになった曲、たしかこれなんだよな。大学卒業後のたぶん初夏だったと思うが、(…)の面接に行ってその場ですぐに採用が決まったその帰り道、鴨川にかかる橋を自転車で渡っている最中、イヤホンでこの曲をきいていたのをよくおぼえている。だからなのかどうかわからんが、この曲は夏でも冬でもなく、春や秋のぽかぽかした陽気、おだやかな晴天のイメージにむすびつくかたちでこちらに記憶されている。
 米を炊き、豚肉と長ネギとトマトとパクチーとニンニクをカットしてタジン鍋にドーン! してレンジでチーン! する。食す。ベッドに移動し、『精神分析にとって女とは何か』(西見奈子・編著/北村婦美、鈴木菜実子、松本卓也)の続きをちょっとだけ読む。20分の仮眠。
 起きたところでコーヒーを淹れ、20時半から授業準備。日語会話(二)の第18課。これは非常に簡単。ゲームも作りやすいので一時間程度で完成した。ついでなのでそのまま第19課も片付ける。ここも簡単。簡単すぎて張り合いのない授業になってしまうかもという懸念がないこともないが。あとはゲームがワンパターン化しないようにだけ気をつけないといけない。いくらゲームが好きだからといっても、学生たちは子どもではない、それなりの難易度とそれなりの目新しさを毎回用意する必要はある。ゲームがイコールで子供騙しになってしまっては絶対にいけない。コマ数的に第20課の準備をする必要も一応あるのだが、連休だのなんだので一回くらいは休講になるだろうと見越して、日語会話(二)はこれでひとまず完成ということにしておく。
 22時になったところで浴室でシャワーを浴びる。全身筋肉痛なので今日は運動しない。ストレッチをしながら、はてさて日語会話(三)はどうしたもんかと考える。二年生も後期であるわけだし、いい加減教科書から離れてディベートでもディスカッションでもなんでもいいので、そういう自由な会話をうながすタイプの授業もやってみたいのだが(ということを毎学期口にしている気がする)、うーん、うちの学生たちのレベルではまず成立しないだろうなァ。せめてクラスの人数がいまの半分であれば、こちらの介入次第でいろいろできるとは思うのだが、40人近くいるし、そのうち三分の二は日常会話レベルすらおぼつかないし、できることが本当に限られてくるんだよな。都市部にあるもっとレベルの高い大学に移れば、授業の自由度も生活の利便性も給料も大幅に上昇するわけであるし、実際そういう話だってあったわけだが、それでも結局こうして辺境にとどまってしまう。辺境がじぶんのファンタスムや享楽にかかわっていることはまず間違いない。じぶんの人生をふりかえると、そこにはさまざまな水準での辺境がつきまとっているし、それに対する愛憎うずまく思いもあるし、その愛憎を超越するもうひとつ上の奇妙なこだわりとしかいいようのないものもある。
 今日づけの記事をちょっとだけ書いたのち、買ったばかりの酸笋肥牛面をさっそく食う。タジン鍋で熱を通しておいた餃子を具として入れてみたが、でんぷんが溶け出してスープがちょっとどろどろになってもうた。別々で食ったほうがええな。
 ジャンプ+の更新をチェックし、歯磨きをすませてからベッドに移動。『精神分析にとって女とは何か』(西見奈子・編著/北村婦美、鈴木菜実子、松本卓也)を最後まで読み進める。第三章の「日本の精神分析における女性」(西見奈子)で阿闍世コンプレックスのもとになった阿闍世物語が紹介されている。阿闍世コンプレックスは「古澤平作が提示し、後に小此木啓吾が発展させた概念」であるが、その元ネタとされる「小此木版阿闍世物語」は、「その出典がどの仏典にも見出すことができなかった」ため、「仏教関係者を中心に批判も相次いだ」という(これについては「おそらく小此木は、古澤が語っていた阿闍世物語の出展がそれほど不明確なものとは露ほども疑っていなかったのであろう」と説明されている)。小此木啓吾はその後、なるべく仏典に即したかたちで阿闍世物語を作り直すことになるのだが、そうした経緯とは別に、こちらは小此木啓吾が最初に発表した「小此木版阿闍世物語Ⅰ」が、物語として単純に一筋縄でいかないものをはらんでいて面白いなと思った(ただし、この「小此木版阿闍世物語」が、日本の精神分析史における女性像ないしは母親像に与えた影響は必ずしもポジティヴなものであるとはいえない、ここでの面白さとは精神分析的装置によって読解する対象としての面白さではないことに留意)。なので、ここに全文引いておく。初出は1973年。『精神科学』の連載「精神分析ノート」より。「出征」は「出生」の誤変換と思われる。

 昔、お釈迦様の時代のインドに、頻婆娑羅(びんばしゃら)という王様がいた。その妃の韋提希(いだいけ)夫人は年とって容姿がおとろえ夫の愛が自分から去ってゆく不安から、王子が欲しいと強く願うようになった。すると、ある預言者から山に住む仙人が天寿を全うして死去した後に、夫人の子として生まれかわるという話をきかされた。
 ところが妃は、夫の愛のうすれるのを恐れるあまり、その年を待てないで、その仙人を殺してしまった。早くその仙人が生れかわって(原文ママ)、自分の息子のできるのを急いだからである。
 やがて韋提希夫人は、身ごもったが仙人の呪いがおそろしく、その子を生むのがこわくなって、何とかおろしてしまいたいと願ったが、それもかなわず、とうとう産まねばならなくなってしまった。
 このようにして人となった阿闍世(あじゃせ)の出征の由来を提婆達多(だいばだった)がやってきて、あばいてしまったが、この囁きによって、その父母に怨み心をおこした阿闍世は、父を幽閉して、飢え死させようとした。
 しかし、母の韋提希夫人はこっそり夫の命を助けようとして、秘かに自分のからだに蜜をぬってそれをなめさせていた。これを知った阿闍世は、母まで殺そうとしたが、みかねた忠臣ギバ大臣が戒めたので、阿闍世は、母を殺すことを思いとどまった。しかし食を断たれていた父はとうとう死んでしまう。そして後悔の念に責められる阿闍世は、全身の皮膚病にかかってもだえ苦しむが、母親の献身的看護によって救われる。

 あと、戦時中、「女性の性的部分は敵国の女性へと投影され、非難や嫌悪の対象となった。当時、トップセールスを誇った雑誌『主婦之友』の1945年の1月号には「この本性を見よ! 毒獣アメリカ女」とする記事が掲載されている。そこでは、アメリカ人女性が「男狂い」「淫乱」と罵られ「性行為において自由自在に振る舞う」と誹謗されている」(178)という記述があり、「毒獣」というワードセンスにちょっと笑ってしまった。よくもまあこんな言葉を思いついたな。
 『精神分析にとって女とは何か』を読み終えた後は夏目漱石『行人』に着手。たぶん15年くらい前に読んでいるはずなのだが、まったくといっていいほど内容をおぼえとらん。以下、大阪にいる岡田とその妻お兼さんのところをおとずれた「自分」(二郎)が、その後、三人そろって電車に乗っている場面。二郎と夫妻は対面する格好で座席に座っている。

 岡田は突然体を前に曲げて、「どうです」と聞いた。自分はただ「結構です」と答えた。岡田は元のように腰から上を真直(まっすぐ)にして、何かお兼さんに云った。その顔には得意の色が見えた。すると今度はお兼さんが顔を前へ出して「御気に入ったら、あなたも大阪(こちら)へいらっしゃいませんか」と云った。自分は覚えず「ありがとう」と答えた。さっきどうですと突然聞いた岡田の意味は、この時ようやく解った。

 ここは本当にすごいなァとため息をつく。まず、相手に何か質問をされるも、その意図がつかめないまま適当な返事をしてしまうという、いわば日常生活あるあるみたいなものをちゃんとすくいとっている点(そしてそのようなふるまいをとってしまう二郎の反応から、彼が夫妻とのあいだにある種微妙な距離を感じているように察せられる点)。さらに、「岡田の意味」が解らなかったということを、「自分はただ「結構です」と答えた」という記述の前後にさしはさむのではなく、お兼さんの二度目の質問(補足)のあとに続ける、つまり、後出ししているという点。そして最後に、このくだりより前に、夫妻がことさら大阪を誇るような言葉を口にしているわけでもなければ、大阪の目新しい風景描写が重ねられているわけでもない、しかるがゆえに読者もまたこの岡田の「どうです」の意味にはじめまったく見当がつかない、そういう造りになっているという点。なんでもないやりとりであるにもかかわらず、ものすごく経済的かつ凝った書き方をしているのだ。漱石はマジでこういうのがうますぎる。さらっと書き流しているようにみえて、実はめちゃくちゃ技巧的であるし革新的である、みたいな。びっくりするわ。
 あと、岡田夫妻のところの下女が二郎を駅まで送っていくくだりで、「自分は途中でなおもこの下女を返そうとしたが、何とか云ってなかなか帰らなかった。その言葉は解るには解るが、自分のようにこの土地に親しみのないものにはとても覚えられなかった」という記述があるのだが、それが小説としての決まり事であるのだからという理由でそれまで括弧に入れられていた二郎の語り手としての属性が、ここで一瞬、その括弧の外側に半歩踏み出ている。それも面白い。小説という暗黙の制度のわずかな破れ目。