20230329

 これこそが、ラカンが、一件するとパラドックス的に思える考えを導入する理由である。すなわち、「分析家自身の抵抗以外に分析への抵抗はない」(…)という考えである。ラカンによれば、抵抗が生じるのは、分析家が象徴的なポジションを採用することを拒否し、その代わりに自分自身を想像的な軸に位置づけるときである。分析家は何らかの事柄を見たり聴いたりすることを嫌がり、あるいはそれらを見落とす。なぜなら分析家は、転移において自分がどこに位置づけられるのかについて、事前に持っていた考えが確証されることを期待しているからであり、またそれゆえ必ずや象徴化のプロセスに抵抗するからである。第1章で見たようにこのことは、分析主体の側での抵抗などといったものが存在しないとラカンが信じている、ということではない。それでも彼は、自分たち実践家こそがしばしば治療のなかに抵抗を導入している張本人であると自覚することが実践家にとって有益だろう、と考えている。
(ブルース・フィンク/上尾真道、小倉拓也、渋谷亮・訳『「エクリ」を読む 文字に添って』)



 だらだらだらだら二度寝三度寝と続けてしまった。きのうなんのためにはやめにベッドに移動したんや。そういうわけで正午過ぎ起床。歯磨きだけとっととすませて第五食堂で炒面を打包し、帰宅して食し、食後のコーヒーを飲みながらきのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所巡回。2022年3月29日づけの記事の読み返し。(…)さんとふたりでメシを食ってだべった日。この日はふたりしてたくさんしゃべった。ひさしぶりに会って、またメシでも食いたいなァ。以下の大学院事情については完全に忘れていた。

 (…)くんとそろって階下へ。外国語学院の入り口で(…)さんと合流。(…)くんとはそこで別れた。そのまま老校区経由で裏町のほうに出た。第一志望の(…)大学まであと6点だったか7点だったか足りなかったことについて、去年受験していれば合格できていたかもしれないねというと、去年は実際それほど合格ラインも高くなかったと(…)さんはいった。(…)くんが浪人はせずに(…)大学を受験するつもりでいることについて、来年になればますます競争率が高くなるだろうと予測しているようだからというと、実際そうなるだろうと(…)さんも考えているという。いわゆる内卷だけが原因ではない。两会を知っているかと(…)さんはいった。聞いたことがある。中国政府が国の方針を決定するけっこうでかい会議のことだったはずだ。ウィキペディアによれば「中国全土に関する政策は毎年3月の全国人民代表大会で決定されるが、同時に経済界など各界の代表者や中国共産党以外の「民主党派」からなる中国人民政治協商会議も開催されて、そこに諮問され、全国「両会」の決定事項として発表される」とのこと。この两会で大学院試験のボーターを高くするというような決定が下されたのではないかと噂になっていると(…)さんはいった。確証はない。あくまでも推測らしいのだが、おおいにありうる話ではないか。日本以上にブラック企業の蔓延しまくっている就労環境のために、消極的に大学院進学を目指す学生が年々多くなっている現状、少子化もあいまって労働力不足が懸念されるため、高校や大学の卒業をひかえた学生らを進学にではなく就職に向かわせようとする政府の動きがあるという話は、以前からこちらもたびたび見聞きしている。

 (…)さんの初恋事情についても、ああ、そういえばそんなこと話していたな、となった。

 例によって天海祐希の話が出た。いま54歳だという。見えないよなァというと、日本人はみんな若くみえるから不思議だと(…)さんはいった。先生も学生にしか見えないというので、日本だったらぼくを見て大学生だと思うひとはだれもいないよと笑ったのち、でも帽子を脱いだら一気にジジイだけどねと続けた。お兄さんも髪の毛がありませんかというので、兄も弟も兄弟三人全員ハゲだよと応じた。(…)さんは破顔した。先生は手も白い、私より白い、そういって腕を差し出してみせるので、そりゃきみは海南島のビーチで泳いだからでしょといった。ぼくは海南島どころかそもそも外にあまり出ないし。
 中国の女優さんだったらどんなひとがタイプなのとたずねた。写真を見せてくれた。なんとなく天海祐希と通じる雰囲気のある四十代のすらりとした女性だった。(…)さんもしかして年上がタイプなのとたずねると、肯定の返事。40代から50代の女性に魅力を感じるとのこと。でもわたしの彼女は年下です、どうしてかわからない、と頭を抱えるようにしていうので、抽象的なタイプと具体的にそこに存在する人間というのはやはり別物なのだという話をした。初恋は中学のときの数学の先生だという。年上で、きれいで、ものすごく頭がよかった、と。

 あと、(…)さんからはこの日、「先生はすごく繊細だと思う、ひとに気を遣っているのがわかる、他人の気持ちにすごく敏感」と言われているらしく、これにはちょっとおどろいた。そういうふうにはみえないようにふるまい続けているつもりなんだが(むしろ、その正反対のキャラとして認識されれば成功! というゲームをプレイしているような気持ちで日頃はふるまっているのだが)、やっぱりある程度親しくなるといろいろボロが出るんだな。
 ほか、例によって「じぶんの人生を小説にしたほうがいい」とも言われている。これも日本でも中国でも何度となく言われている言葉だが、たぶん微妙にニュアンスの差がある、日本でこちらにそういう言葉を投げかけてくる人物というのは、こちらが地元にいたころのヤンキー社会の話だったり、あるいは大学卒業後のクソでたらめ貧乏エピソードだったり、(…)時代の明るい犯罪者たちの話だったり、こちらが見聞きしてきた具体的なエピソードの数々をなんらかのかたちにまとめたほうがいいという意味でそう言っていると思うのだが、中国の場合は、大学を卒業してから十年以上週休五日制で好き勝手生きてきた、そういう(大きな言葉を使うが)「生き方」や「ライフスタイル」に興味や憧れがあるようなのだ。これは(…)さんたちから聞いた話であるというか、彼女だけではなくそれこそきのう微信をくれた(…)さんからもやはり同様の話をきいたことがあるのだが、中国社会ではフリーターとして気楽にぶらぶらして生きるという選択肢が存在しない。いや、日本でもここ最近は同様なのかもしれない、フリーターというまだいくらかなりとポジティヴな響きを有している言葉はすでに死滅しつつあり、非正規雇用者というむきだしの言葉のほうが現代日本の労働環境を語るにふさわしいのかもしれないが、中国社会はその意味でまさに極地で、出稼ぎ、短期、日雇い——そういう言葉から連想される厳しく苦しい労働形態はいたるところに存在しているものの、フリーターという言葉から連想される——あるいはかつて連想された——のびのびした開放感、モラトリアムの延長感みたいなものをともなう働き方、暮らし方、ライフスタイルは、ゼロでこそないだろうが、一般的な選択肢として命名および登記されていない。躺平をそれに近いものとして並べることもできるかもしれないが、あれは自由をもとめてのものでもモラトリアムの延長を欲してのものでもなく、勝ち負けの二分法を内面化した目線で割ったその負けのほうにみずから率先して落伍するというニュアンスが強い。内面の幸せを求めよう! 的なスローガンに集約される、経済的な保証(豊かさ)を背景としてむしろ登場したスローライフ的かつオルタナティヴな生き方うんぬんではなく(フリーターという言葉には、少なくともその登場時、こうした含意もいくらかなりと含まれていたはず)、もっと殺伐として容赦のない貧しさを背景として登場したものという印象を受ける。だから中国人にとって、週休五日制をベースにしてサバイバルしてきたこちらの生活はやはりかなりめずらしくみえるのだろう。いや、こちらからすれば借金400万円あるんすけどという感じだが。
 あと、一年前の今日は(…)さんから連絡があったらしい。

(…)さんから「生きとる?」とLINEが届いた。ずいぶんひさしぶりだ。いま中国にいるのかというので、去年の10月からずっといると応じた。プーチンだいじょうぶけ? というので、共産党内部でも意見割れとるみたいと返信。他愛ないやりとりを少々交わしたところで、帰国することがあればまた連絡をくれ、相談したいことがあるというので、まさか離婚ではないかと思ったが、そうではなかった、やはり仕事絡みのことらしかった。女にはモテず、どうして男にばかりモテるのか……みたいな意味深なことをいうので、もしかしたら社長のあとを引き継ぐようにいわれたとか、新しい事業にたずさわるようにいわれたとか、そういうアレなのかもしれない。で、じぶんの右腕としてこちらを引っ張ってこようと考えている、みたいな。

 このくだりを読んでいる最中、なんらかの事情で帰国を余儀なくされたのち、結局、京都でまた元ヤクザらとともに仕事をするじぶんの姿が幻視されてしまった。なーんかいずれまたそういうふうになるような気がするんだよなァ。仮に(…)さんが社長からなんらかの事業をまかせられるとしたら、絶対にこちらを右腕として呼ぶと思う。周囲に大卒なんていないだろうし、外国語ができる人間もいないだろうから。
 それから2013年3月29日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲。山上たつひこの『光る風』を読んだとあるが、内容をまったくおぼえていない、Wikipediaであらすじに目を通してみても全然思い出せない、画像検索してみてもうずく記憶がひとつもない。ちなみに、「『光る風』の冒頭には《過去、現在、未来――/この言葉はおもしろい/どのように並べかえても/その意味合いは/少しもかわることがないのだ》という作者本人のものと思われるエピグラフが掲げられていた」とのこと。なかなかかっこいい。

 今日づけの記事をここまで書くと時刻は16時。明日の日語会話(一)の準備をちゃちゃっとすませる。先週(…)一年生でやったのを一部修正してくりかえすだけなのでほぼ問題なし。学習委員の(…)くんに資料送信。それから明後日にひかえている(…)のほうの日語会話(一)の準備にもそのままとりかかったのだが、第14課+第15課、これ、ちょっと詰めが甘いなァという感じ。まずボリューム過多であるし、それにくわえてアクティビティが弱いという欠点も見つかったので、ひとまず第15課の分はまるまるカット、その上でアクティビティを練り直してみたのだが、うーん、これでもまだちょっとあやしいかなァという感じ。いや、脱線フリートークの分を見込んでおけば、これくらいのボリュームでちょうどいいか。あとは、前半の反復基礎練習のコーナーでひとつかふたつちょっと笑いどころを用意しておきたいが、これについては明日考える。
 作業の途中、二年生の(…)さんと(…)さんから微信。別々の用件でほぼ同時、誤差5秒くらいでメッセージが届いたので、どちらに対して先にこちらが返信を書いてよこすか、ふたりで競っているんじゃないだろうなと疑心暗鬼に一瞬なる。(…)さんからはけん玉の写真。学生がこれで遊んでいるのを見ましたというので、一年生の女子学生だよ、いちど教室に持ってきたことがあるからと応じる——と、書いたところふと思ったのだが、一年生女子がけん玉を教室にもってきたことについて、こちらは日記に書きそびれているんではないか? それで過去ログを「けん玉」でサーチしてみたところ、やはりヒットしない。あれは先週だったろうか? あるいは先々週だったろうか? たぶん先々週だったと思うのだが、女子学生がひとりけん玉を持って教室にやってきて、先生これ! といって手渡してみせるので、その場でちゃちゃっと受け皿三箇所に玉をのせてみせたのだった(針に玉を刺すのはむずかしい)。けん玉も竹馬もコマも(…)保育園時代にさんざんやった。
 (…)さんからはインターンシップ先が長野県になったという報告。(…)さんも一緒。長野県といえば、卒業生の(…)さん、(…)さん、(…)くん、(…)さんがインターンシップでおとずれた場所であり、かつ、四人が四人ともとても楽しかったと言っていた場所であるので、そういう意味ではひと安心だ。先輩たちが働いていたホテルとおなじホテルだったらいいんだが。
 17時過ぎに作業を中断。第五食堂で打包して食す。寮の階段でひさびさに爆弾魔とすれちがったが、あいつなんでいっつも階段のぼる最中電話しとんや? それもクソでかい声で、めちゃくちゃゆっくり階段のぼりながら、ずっとしゃべっとる。以前、通話しながら階段をのぼっていく男は爆弾魔とは別人ではないかという仮説を立てたことがあったが、そうでない、やはりふたりは同一人物であることが今回はっきりした。
 食後もほんの少し授業準備の続き。それからシャワーを浴び、ストレッチをし、コーヒーを淹れ、本来であれば執筆するところであるし直前までそのつもりだったのだが、『ラカン入門』の再読をすませてから読むつもりだった『水死』(大江健三郎)をポチって読みはじめてしまった。
 しかし集中はできない。学生らから続々と連絡があったからだ。まず(…)さんからふたたび微信インターンシップの契約書をチェックしてほしい、と。おかしなところはないだろうかというのだが、契約書は日本語のみならず中国語でも書かれている、だからじぶんでチェックできるだろうにというアレなんだが、まあ、不安なんだろうな。インターンシップ先の会社名は(…)。ググってみたらスキー場が有名な場所らしい——と書いていて気づいた、これ(…)の子たちがそろっておとずれたところではないか? (…)さんが足を骨折してしまい、せっかくのインターンシップなのに大半を病院で寝て過ごすことになったあのスキー場では? だったらいい。彼女たちの評判もやはり上々だったはず。契約書によると、実働6〜8時間/日、休みは週1日以上、時給は908円。買い叩かれてんなァという印象。社員食堂あり。ただし有料。朝食は100円で、昼食および夕食は200円とのこと。職務内容は「フロント・レストラン業務等」となっている。フロントかホールスタッフであれば、相応に日本語を使う機会もあるだろう。契約書の内容で気になったのは「インターンシップにおいて修得する知識等は本校において学業の一環として評価され、卒業要件として認められます。本校教務委員会は本校の学生が日本でのインターンシップ実施時の単位について下記の通り認定します」という文言に続けて、「上級日本語」の2単位、「日本語聴解」の1単位、「日本語会話」の1単位の合計4単位分扱いするという説明書き。彼女らがインターンシップに参加するのは7月から10月まで、来学期中の話であり、すなわち、三年生の上学期にあたるわけだが、三年生には通常「日本語会話」の授業はなかったはず。しかしそれまで(一)から(三)までしか存在しなかった会話の授業を、現一年生からは(四)まで行うことにするという変更が先学期あったばかりであるし、もしかしたらその変更が現二年生にも適用されることになるのだろうか? だとすれば来学期、三年生の日語会話(四)をこちらが担当しなければならなくなるわけで、そうなるとちょっとうっとうしいな、予定が崩れるなと思う。ただ、おなじ契約書にある「日本語聴解」も、たしか一年生と二年生だけしかない授業だったはずであるし、だから「日本語会話」とあわせて、これらはいわば形式的に設置した科目、インターンシップに参加する学生が卒業要件を満たすことができるように設置したかたちだけのものでしかない可能性もある、そうであれば来学期こちらが日語会話(四)を担当する必要もない。ぜひそうであってほしい。
 さらに四年生の(…)くんからも微信。「紫立つ」の意味を教えてほしい、と。卒論代わりの翻訳がまだ終わっていないらしい。けっこうぎりぎりなんではないか? わからない単語があったらこれからも質問していいかというので、ネットで調べればたいてい見つかるよと返事しておく。
 さらに卒業生の(…)くんからも微信。先生、元気にしていますか? と。元気にしていると応じる。そっちは(…)でまだ高校教師をしているのかとたずねると、肯定の返事。以前会ったときはちかぢか広州に越すかもしれないと言っていたわけだが、「(…)で住宅を買いましたから、他の町に行きたないです」とあったので、えー! とびっくりした。高校教師の給料、大学教師よりもずっといいとは聞いていたが、そんなに儲かるのか。月曜日に会えないかという。先生に会うために(…)に行きますというので、授業のない日であるし午後であれば問題ないよと受ける。(…)くん、夏休みには日本を旅行するつもりだという。東京と京都・奈良をまわる予定とのこと。都合が合えばむこうでも会いましょうと約束する。
 さらに一年生の(…)さんからも微信。こちらが先学期担当していた会話の授業の単位がデータベース上で32になっている、ほかの授業はふつう2か3なのにというので、そんなもんおれの知ったことか! 教務室の人間のミスやろが! と内心げんなりつつ、ぼくら外国人教師は大学の仕組みなどについてなにも説明を受けていない、だからそういうトラブルは教務室の先生か主任の(…)先生にきいてほしいと返信。やれやれ。
 おれはッ! いったいッ! 一日に何人の学生とッ! やりとりせなあかんねんッ! 書見は当然ぜんぜん進まん。0時半をまわったところでトースト二枚を食し、ジャンプ+の更新をチェックし、今日づけの記事の続きをここまで書いた。

 その後、歯磨きをすませてベッドに移動。『水死』(大江健三郎)の続きを読み進めて就寝。