20230516

 「無意識の意識化」という治療論にしたがって、根源的幻想へと向かう道程において、幻想は分析主体とともにいる分析家の存在のために転移という形で作動する。つまり、転移は幻想の産物であり、転移は幻想の一種なのである(…)。この転移幻想において音素に注目した諸解釈のやりとりがなされるうちに主体はある根源的幻想へと至ることとなる。こうした根源的幻想の議論に一足飛びに入る前に、まず転移幻想の内実を精査する作業を行いたい。
 フロイトは或る分析主体に関して「彼は転移幻想の助けをかりて、自分が忘れていた過去のこと、あるいはただ自分の中を無意識に通り過ぎたことを、新しいこと、現在のこととして体験するようになった」(…)と語り、そして、転移について「それは、分析の進展によって呼び起こされて意識化されるべき、感情および幻想の新版とコピーであり、医師という人間と過去に関係した人物とがとりかえられているという特性を持っている。換言すれば、過去の精神的な体験のすべては、過去の体験に属するものとしてではなく、医師という人間との現在の関係として、再び現れる」(…)という記述を残している。
 まず、これら二つの引用における転移幻想の「新しさ」という点に注目しよう。転移幻想が「新しい」ものであるということは、まず単純にこの幻想においては過去が一義的に反復されているのではないかということを意味する。そこにはつねに現実の過去に「新しいもの(解釈)」が含まれてくるのであり、だからこそ転移幻想は「新版とコピー」なのである。言い換えれば、幻想においては過去は多義的に反復されるということである。
 次に、これらの「一義的な反復」と「多義的な反復」についてデリダの概念を援用して考えてみよう。彼の用語を用いれば、一義的な反復は反復(répétition)、そして多義的な反復は反覆(itération)と言い表すことができる。この反復と反覆の区別は署名を例にとって考えるとわかりやすい。署名は一見同一の署名の反復において機能している(承認される)ように見えるが、実際には書く度ごとにわずかながらの違いがあり、この差異を含んだ反復が反覆である。図式的に述べれば、反復は同一化する繰り返しで、同一性(identité)を想定するものであり、反覆は他化・変質する繰り返しで、この繰り返しにおいて変質してさえも同じものと認めることができる同じもの性(mêmeté)に基づいている(…)。
 転移幻想は上述のような差異を含んで多義的に反復するのであるが、外傷を例にとり、もう少し詳しくこの「多義性」を検討しよう。
 外傷に関して、先に「現実と幻想が止揚された一つの外傷が確定的にあるのではなく、つねに一からははみ出る余剰が外傷(現実を補足した幻想)には含まれる」と述べたことを思い出されたい。幻想の特徴である二項対立の不可能性とは、この文脈では、現実と幻想が対立しているのではなく混淆しており、しかしながら、一つにはならず差異を維持することを意味している。したがって、まず、これまでの説明で明らかなように、転移幻想において同一の外傷が反復されるという一義的な反復はありえず、また、分析で外傷を扱う際に様々な解釈がなされるわけであるが、そうした解釈を総合したものとしての一つの外傷を目指した外傷の多義的な反復があるのでもない。転移幻想においては、外傷は差異を含んで多義的に反復されるのである。すなわち、転移幻想における多義性とは、一を目指す弁証法的で総合的な多義性ではなく、差異を反復した多義性のことであると言えるだろう。
 このような議論はフロイトの「夢の臍」という構想によって支持される。これは単純には夢の諸要素の中の解釈されない空白の点のことである。すなわち、夢の解釈体系(シニフィアンの集合)には、意味の付与されないゼロ地点があるということである。したがって、この「夢の臍」の構想に依拠して幻想に関して言えば、数え上げられるすべての解釈というものは存在せず、また、仮にすべての解釈が数え上げられたとして、そうした解釈すべてを総合しても、一つの正しい過去の反復としての幻想は出現しない。このゼロ地点によって解釈には終わりがなくなり、主体は無数の解釈を通して、ある時点で不確定的に幻想を構成することしかできないのである。要するに、一つの正しい過去の存在(起源)がない以上、転移幻想は弁証法的な多義性を有するものではなく、またゼロ地点がある以上、それは差異を含んだ「多義的な反復」(反覆)なのである。
 そして、原理的に無数であるシニフィアンを数え上げるうちに、分析主体は何度も反覆されながら更新されつづける幻想に事後的に最小限の再認可能性を見ることになる。それが根源的幻想である。先の署名の例で説明すれば、署名は書くごとに差異があるが、同じ署名として再認されるように、この根源的幻想も、解釈するごとに差異が生まれてくるが、あとから同じ幻想を巡っていたとわかる幻想なのである。つまり、根源的幻想は「或る過去と同一の過去であるという同一性」に基づくものではなく、差異を含む反復から事後的に見出される「或る過去と同じ過去という同じもの性」に基づいている。
 以上の議論から転移幻想は「差異のない存在論的に同一のものの反復」ではなく、「差異を含んだ事後的に同じものの反覆」であることが確認できる。
(赤坂和哉『ラカン精神分析の治療論 理論と実践の交点』より「第七章 治癒に向けて反覆として機能する幻想」 p.169-172)



 11時起床。二年生のグループチャット上に(…)くんが三コマ漫画の画像を投稿している。一コマ目は男性が月を指差しているコマ、二コマ目はその月から銃弾が飛んできて男性の耳から血が噴き出るコマ、三コマ目は月面にいるウサ耳女子スナイパーの姿が描かれているコマで、その画像をなぜかこちらに名指しで早朝から送りつけているので、いやなんて反応すりゃええねんとなった。(…)くんのコミュニケーションの取り方はマジでちょっとふしぎ。まあガチガチのオタクであるし、もとより他人とのコミュニケーションは得意なほうではないのだろうが、たびたびこうした画像をこちらに一方的に送りつけるだけ送りつけてそれにコメントするでもないということがある、しかもそれがグループチャット上での場合がほとんどなので、こちらとの交流をのぞんでいるというよりもこちらを媒介としてクラスメイトらになにかしらアピっているんではないかという印象も受けないではない。(…)くんは背がかなり低い。160センチぎりぎりあるかないかだと思う。中国はマジで男性の身長が重視される社会であるし(去年、当時四年生だった(…)くんから、じぶんはずっと背が低いことに悩んでいた、自殺も考えたことがあるくらいだと打ち明けられたのだった)、彼も内心ではいろいろ悩みや苦悩があるのかもしれない、クラスメイトとの、とりわけ女子学生との距離感など、傍から見ているだけでもやはりちょっと特殊なのだ、おびえや遠慮のようなものが、そしてそれを覆い隠すためにとってつけられたような孤高の虚勢のようなものが、多少見え隠れするのだ。ちなみに、グループチャットには返信として、「指が月を指すとき、愚者は指先を見る」という仏教の言葉を思い出したよ、という微妙に噛み合わないコメントを送っておいた。そうする以外になにができる? かわいくておもしろい画像だねとでもいえば、(…)くんのことであるから、これから連日萌え萌えした同様の画像を送りつけてくる可能性があるのだ。そういうのはこちらの趣味ではない!
 二年生からは(…)さんと(…)さんからも個別に微信が届いていた。コロナに感染したので授業を休むという報告だった。マジか! (…)さんはこちらと同様まだ一度も感染していない選ばれし子だったわけだが、これでとうとうアウトか。(…)さんはたぶん二度目の感染だと思う。彼女の日本語はわりと壊滅的なのではっきりしないが、医者からは「弱陽」だと言われたという。偽陽性みたいなことだろうか? 先取りして書いてしまうが、授業中にクラスメイトらにたずねたところ、(…)さんは病院で隔離(?)、(…)さんは寮でふつうに休んでいるとのこと。あと、夜中にモーメンツをのぞいたら、四年生の(…)さんもやはり陽性を報告していた。さすがに今回はこちらも逃れられん気がする。
 第五食堂で炒面を打包する。常連なのでいちいち唐辛子抜きにしてくれと言わずともいつもむこうで勝手にそうしてくれるのだが、今日はすっかり忘れていたのだろう、ふつうに唐辛子入りになっていたので、食後のコーヒーを飲むのはひかえておくことにした。また下痢になったらたまらん。
 14時半から二年生の日語基礎写作(二)と日語会話(三)。今日は外国語学院の口頭試問の日というわけで、いつもの教室が四年生らによって使われているので、ふだん数学科の学生が使っている広い空き教室で授業。写作は、先々週の課題を返却したのち、「三題噺」をやる。これはまあ問題なし。いつもどおり。途中、口頭試問の順番待ちをしている(…)くんと(…)さんのふたりを廊下の向こうに見たので、軽くあいさつ。
 休憩時間中は、最前列付近に腰かけている(…)さん、(…)くん、(…)くん、(…)くんらといつものように雑談。今日はいつもと異なる教室だったので、学生らの席順も微妙に違って、そのために(…)さんと(…)さんも会話の輪のなかに(あくまでもリスニング専門であるが)加わった。やや離れたところに座っている(…)さんはいつものように仲間に入れてほしげに目と耳をじっとこちらに向けている。
 一年生が2クラスになるという話が当然出る。学生が60人いるという話にはやはりみんなびっくりしていた。教師の数が足りないねというと、来学期からひとり博士号持ちの女性教諭が加わると学生らがいうので、え? マジで? とびっくりした。まだ三十歳くらいの若い先生だという。これで日本語学科も博士号持ちが三人になるわけか。来学期から基礎日本語の授業も制度が変わる、これまでは一年生のあいだは(…)先生だったか(…)先生だったかが担当、二年生になった時点で(…)先生が引き継ぎという流れだったわけだが、前々から(…)先生が希望していたように、一年生と二年生をぶっ通しで、たぶんクラスごとに(…)先生と(…)先生もくしは(…)先生と担当を分けてということだと思うのだが、同一の教師が担当することになったというので、(…)先生は嬉しいだろうなといった。学生らはもしそうなったら絶対に(…)先生のほうがいいといった。来学期は(…)先生と(…)先生の授業がはじめてあると(…)さんがいった。(…)先生の評判の悪さについては、これまで彼女の授業を受けたことのないこのクラスの学生らもすでに知っているわけだが、(…)先生はどうですかとあったので、やや声をひそめつつ、(…)先生と(…)先生のふたりについては一度も良い評判を聞いたことがないと漏らすと、輪の中の全員が笑った。(…)さんは、あれはたぶん学生会の仕事なのだろう、授業がちゃんと行われているかどうかときどき学生が廊下から教室のなかの写真を撮影することがあるのだが、その役目を負って(…)先生の授業を撮影しにいったところ、あんただれだ! なんで写真を撮っているんだ! とわざわざ廊下の外まで(…)先生が出てきてめちゃくちゃ詰められたことがあるという。だからすごいこわいひとという印象があるのだ、と。ちなみにこちらはそういう役目を負った学生の姿を廊下に認めるたびに、急いで左手に教科書、右手に指示棒を持って、スクリーンの前に胸を張って立つといういかにも教師然としたふるまいをするか(80%)、カメラに向けてピースサインをするか(15%)、你好! 我爱你! と呼びかけるか(5%)するのが恒例になっている。
 四年生の話にもなった。大学院に合格したのは(…)さんひとりきり。さらに現時点で就職が決まっているのはたった三人だというので、たびたびニュースになっているが、マジで新卒の就職率えぐいなと思う。ちなみに、これは昨日(…)くんからも聞いた話なのだが、就職説明会というのか、日本語学科の学生に対してうちに来て働きませんかという企業側からのブースのようなものが昨日用意されていたのだが、四年生の学生らはほとんどだれひとりそこに出向かず、結果、(…)先生がかなり怒っていたらしい(だから彼は昨日、集合写真の撮影だけすませて、とっとと去ってしまったのかもしれない)。
 あとはスピーチコンテストの校内予選の話にもなった。出場者一覧表を(…)さんが持っていたので見せてもらったが、一年生の出場者はやっぱりほぼ全員が高校生のころに日本語を勉強していた学生たちだった。三年生はたぶんほぼ全員が持ち回り制で余儀なく出場する子たちなので、実際本戦にだれが出場することになるのかは不明。(…)さんがエントリーしているようだったので、彼女だったらいいのになと思ったが、ま、大学院の準備を優先するだろうな。二年生は(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)くん、(…)くんの名前があったのは確か。順当にいけば、(…)さんか(…)くんになるだろうが、うーん、前々からなんとなくそんなことになるかもしれないと思っていたわけだが、(…)さんがいるのかーとちょっと微妙な気持ちになった。彼女はたしかに優秀である、代表に選ばれる可能性もかなり高い、しかし授業そのものは普段まるで集中していないし、しょっちゅう内職しているしで、仮に代表に選ばれたとしても、はたしてもあの退屈きわまりない反復練習についてこれるのだろうかという疑問がまずあるし、そういう授業態度のわりにはしょっちゅうこちらに差し入れを持ってこようとするあのよくわからん収賄じみた行動、さらには夏休みにうちの実家に押しかけようとマジで画策していたっぽい距離の詰め方が、なんかうーんという感じなのだ。まあ、これまで一緒に散歩したり、メシを食ったりもしているし、別に関係が悪いということもないのだが、寮にいきなりアポなしでやってくるあの感じとか、ふつうにちょっと「怖ッ!」と思ってしまう。こちらのパーナソルスペースはけっこう広い。
 そういえば、ひとつ書き忘れていたが、足を骨折してずっと授業を休んでいた(…)さんが今週は復帰していた。
 休憩時間後は口語の授業というわけで第32課をやったわけだが、これは予想通り、まずまずボロボロだった。もうそうなることは準備段階でわかっていたのだが、学期末が見えてくると授業準備に全然やる気が出なくなるといういつものアレにおちいっていたため、もうなんでもいいやといい加減にやってしまった。それでもなんだかんだで経験だけは積み重ねているので、いちおう最低限のかたちにはなっていたと思うのだが、グループごとにやるアクティビティに学生たちもちょっと飽き飽きしつつあるかなという感じ。来週は期末テストの説明+最後の授業恒例のゲームなので、通常授業はこれで終わり。

 教室を去る。ケッタをえっちらおっちらやりはじめたところで、スクーターに乗った(…)くんが後ろからやってきて、「先生遅いね!」という。そのままスクーターとケッタで並走するかたちで新校区まで移動。(…)くんは例によって彼女といっしょに第三食堂で夕飯をとる予定。こちらがたびたび一階のハンバーガー店でハンバーガーを食うと話したからだろうか、のちほど彼からその店で買ったハンバーガーの写真が送られてきた。ちなみにスクーターは中古で1000元、彼女と折半して購入したとのこと。
 第五食堂に立ち寄って打包。寮の入り口で(…)がアフリカ系の留学生と立ち話していたので、そばを通りがかった際にsun burntはどうだとたずねると、よくなってきているという返事。帰宅して食す。(…)から航空券について続報が届いていたのだが、例年どおり、こちらで勝手に購入して問題ないらしい。ただしreimbursementに必要なのでreceiptだけはきちんと保管しておいてほしいとのこと。あと、購入前にチケット情報を彼女に送る必要はやはりあるらしい。以前はそんなことなかったのだが。
 眠気がひどかったのでベッドに移動。20分ほどの仮眠をとるつもりだったのだが、気づけば1時間以上寝てしまい、目が覚めると21時すぎだった。これはアレか、授業がうまくいかなかったとき特有の無意識的な不貞寝が発動したということか? 目が覚めるきっかけとなったのは四年生の(…)さんから送られてきた集合写真だった。すいかの皮みたいな柄シャツ着とるおれが一番目立ってしもとる。
 シャワーを浴びる。ストレッチをし、本日一杯目(!)のコーヒーを飲みながら、きのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回し、2022年5月16日づけの記事の読み返し。以下はそのさらに一年前、2021年5月16日づけの記事より引かれていたもの。

夜は新井英樹『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』の続きを最後まで読み進めた。まりあが死んでモンちゃんが覚醒して以降の展開は、それまで厳密に構築してきた図式や比喩的な文脈を破綻させうるものになっている。たとえられるもの(意味)がたとえるもの(イメージ)に先行していたそれまでから一転して、たとえるもの(イメージ)がたとえられるもの(意味)をふりきる力で自律的に作動しはじめる。その転換とねじれがもたらす比喩の亀裂が、意味のための余白をきりひらき、賭博の場となる。この感じはものすごくよくわかる。暗喩の体系を構築しつつ破壊することで生じる一種の矛盾を、さまざまな意味がそこからねりあげられる鍛冶場として提示する、そのような方法論はこちらが「S」でとっているものとまるきり同じだからだ。

 この日は例によって「実弾(仮)」資料収集のため、2012年6月1日から15日までの記事を読み返している。以下は14日の記事より。

いつごろからなのかはわからないけれど、頭の中で物を考えるときまではっきりと「文」を用いるようになりだして、ふつう、何気なくぼんやりとものを考えているときの思考って「文」ではなくてきれぎれになった「語」あるいはそれ以前の「像」やそれ未満の「方向」や「傾き」みたいなもので成り立っているように思うのだけれど、そういう曖昧さが減ってそのかわりに「文」、どころかそれこそこのブログで採用しているような「文体」で思考や想念を脳内記述するような習慣がついていて、そのことについてはけっこう前から自覚してはいたのだけれど、今日、(…)が帰国するまであと十日間くらいだっけかと考えたその考えの中で(…)のことを本名ではなくそのまんまイニシャルとして(…)と呼んで/読んでいるじぶんに気がついて、ブログ文体がじぶんの思考・認識の最大株主になったと思った。「文」がこれほどまで広く深くじぶんに浸透しているという事実を単純に喜ぶこともできるのかもしれないけれど、「文」以前の領域で織りなされる思考や想念と、それらを「文」の体裁にはめこみ力ずくで翻訳するその営みとの間に介在するある種の誤差やギャップやずれのようなところにひそむ葛藤が薄らいでしまうのではないか、弱まってしまうのではないか、摩擦に欠けてしまうのではないか、というおそれのようなものもまたたしかにある。
経験を言葉にしてしまうと経験がそれで完了してしまう的な紋切り型の言説がなにひとつ疑いをさしはさまれることもなくおおいに流通している昨今であるけれど、じぶんの場合はむしろそれとは正反対に経験したことを記述することによってその経験を持続させることができるのかもしれないと思ったのは、記述の営みにどっぷり浸かっている毎日を過ごすじぶんにとって、物思いに耽る過程で記憶をたどり経験を再現させる機会よりもむしろ、その経験を記述するにあたって用いた語句やフレーズに別の場面で思いがけずぶつかったのを契機にその経験(の記述)が回帰するというパターンのほうが圧倒的に多いような気がしたからで、そういう意味で日記はじぶんの経験すべてに間テクスト性を付与するともいえる。

 カフカの日記からもいくつか抜き書きされている。そのうちのひとつ、たぶんもっとも有名な文章のひとつだと思うのだが、「ぼくは彼女なしで生きることはできない。(…)しかしぼくは――そしてFもこのことを予感しているのだが――彼女とともに生きることもできないだろう。」が引かれていたのだが、さて、記事の読み返しがそのまま10年前の今日、すなわち、2013年5月16日づけの記事にさしかかったところ、ここでまたしてもシンクロが発生した。

東にむけての片道5分の帰路でもどんどん空が明るくなっていくのがわかって、その色合いになぜかU2のwith or without youを思い出し、歌った。まだ喉がすこし嗄れている。I can't live with or without you. カフカがフェリーツェにあてた手紙の中の一節「きみなしには生きていけない、しかしきみとともには生きられない」をなんとなく思い出す。

 そういうわけで、今日づけの記事はその後、with or without youとともに書き進めた。

 今日づけの記事をかくしてひたすら書き続ける。途中でトースト二枚を食し、ジャンプ+の更新をチェック。2時過ぎになったところで作業を中断し、歯磨きをすませてベッドに移動。