20230519

 現在は、統合失調症の原因は神経伝達物質の一つのドーパミンの過剰であり、うつ病のそれはセロトニンノルアドレナリンの不足によると広く信じられており、統合失調症に対する抗精神病薬うつ病に対する選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRI)およびセロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)などを処方する医師もそうした説明をすることが多い。しかしながら、こうした説明はドーパミン仮説やセロトニン-ノルアドレナリン仮説と呼ばれるように一つの仮説に過ぎない。研究者によっては、これらの仮説には科学的な根拠が乏しいと主張する者もいる。
 生物学的精神科学者のヴァレンスタインもこうした立場の研究者の一人で、うつ病セロトニン-ノルアドレナリン仮説には科学的な根拠が乏しいということを示すために、以下のような論拠を列記している(…)。

セロトニンノルアドレナリンなどが著しく減少しても人間ではうつ病は引き起こされない。
アンフェタミン覚醒剤)やコカインのようなセロトニンノルアドレナリンの活性を上昇させる薬がうつ病に有効ではない。
うつ病患者で、セロトニンノルアドレナリンの分解物の濃度、またはその両方の濃度が低い人もいるが、大多数はそうではない(二五%ぐらいは分解物の濃度が低いと言える)。
うつ病に罹ったことのない人間でも、セロトニンノルアドレナリンの分解物の濃度が低い人もいる。
精神疾患の最初の生化学説が提唱されたとき、神経伝達物質は四つか五つしか同定されていなかったが、現在は神経伝達物質あるいはニューロンの活動に影響を及ぼす神経修飾物質は一〇〇種以上見つかっており、一つの神経伝達物質で一五もの違った種類の受容体に結合するものもあって、その生理学的変化は極めて複雑である。したがって、特定の神経伝達物質または受容体とある精神状態の間に、単純で唯一の関係があるとは考えにくい。しかも向精神薬はそのほとんどが当初考えられていたよりももっと数多くの神経伝達物質に作用することが明らかになっており、精神状態の変化は何に因るのかの推定は極めて困難である。
セロトニンノルアドレナリンなどの化学的なバランスの崩れは、病気の原因というより、うつ病などの精神疾患に伴うストレスや行動上の特色によって引き起こされているかもしれない。

 ここで注意してもらいたいのは、ヴァレンスタインは薬物療法で改善する人は確かにいると考えており、精神疾患の生物学的要因の重要性を確信しているということである。そのように考える研究者であっても、上記のような理由から、うつ病セロトニン-ノルアドレナリン仮説などの「科学的論拠は実に脆弱である」(…)と述べている。
 こうした脆弱性が指摘されつつも、精神疾患の生化学説(ドーパミン仮説なども含めた生体アミン仮説)はこの五〇年間大きく変化しておらず、この仮説に依拠した新しい向精神薬は開発されつづけている。その理由の一つは「よく売れている薬と類似の薬を開発しようという製薬会社の思惑があり、そのために既存の理論を見直すことなく支持したほうが好都合である」(…)からである。つまりは、薬による治療を推し進めてもっと利益を生み出そうということである。
(赤坂和哉『ラカン精神分析の治療論 理論と実践の交点』より「第八章 ラカン派のオリエンテーション」 p.203-205)



 9時にアラームで起床。歯磨きと洗顔。メシは白湯と飴玉ふたつですませる。10時前になったところで身支度を整えて図書館前へ。(…)四年生の姿がある。ひとまず男子学生らに合流。(…)くんと(…)くん相手にひさしぶりと声をかけていると、(…)くんもやってくる。インターンシップで日本に渡ったのではないかとびっくりしてたずねると、仲介会社の不手際かなにかで結局流れたとの返事。これからどうするのかという質問には、初心にもどって夢をかなえたい、つまりラノベの編集者になりたい、だから日本で大学院に進学する道はないか一年かけていろいろ手を尽くしてみるつもりだという返事。(…)くんは浪人してもういちど(…)大学の院試に挑戦するという。(…)くんは軍隊に入るつもりだというので、去年(…)くんと(…)くんがたどったのとおなじルートだな、期限つきのバイト感覚でやる入隊だなと察した。(…)くんは11年間の計画だと語ったが、あれはたぶん11ヶ月間の間違いだろう。入隊のためなのかどうかわからないが、(…)くんはレーシック手術を受けたらしく、裸眼になっていた。あと、彼はいつもキャップをかぶっているのだが、集合写真の撮影の際に博士帽にかぶりなおし、さらにそれを毕业快乐! のかけ声とともに宙に放りなげたその後は帽子をかぶらずに過ごしていたのだが、前髪がかなりハゲていたし、びっくりするほど白髪が多かった。ハゲているといえば、(…)くんと(…)くんの頭頂部もかなりやばかったし、それでいえば去年の卒業生である(…)くんもがっつりハゲていたし、さらにやはり去年の卒業生である(…)くんが仕事をはじめてから日に日にハゲていくとがっつりM字になった生え際の写真を今日モーメンツに投稿していたしで、(…)省の男マジでハゲすぎやろと思う。いや、男だけではない、女の子ですら薄毛が目立つ。
 ほどなくして(…)さん、(…)さん、(…)さんの女子一軍グループがやってくる。会話にはまったく困らないレベルの三人に、ふだん一緒にいるところをあまり見た記憶がないのだが、(…)さんも加わって、せんせー! ひさしぶりー! という。(…)さんはエスニックな白シャツとカーキのスカート(たぶん生地は麻だと思う)。やっぱり卒業式であるし特別な服装で来るんだなと思ったら、じぶんの私物ではなく(…)さんのものだという。わたしはスカートがきらいだからというので、たしかにきみがスカートを穿いているところを見るのは初めてだと受ける。髪の毛もショートカットだったのがいつのまにかロングヘアになっている。(…)さんは中華風の衣装がこらされた上下黒っぽい服装にやっぱり中華風の模様が散らされた日傘というがっつりコンセプチュアルな服装。(…)さんはJKファッション。(…)さんと(…)さんは院試に失敗したわけだが、浪人するのかどうかは知らない。(…)さんにどこで働くつもりなのかとたずねると、わからないが故郷には戻りたくないという返事。
 かなり暑かった。待ち時間のあいだにじりじり汗を掻く。ほどなくしてアカデミックドレスが配布される。(…)さんと(…)さんからそれぞれツーショット写真を頼まれる。(…)さんはさっそくその写真を鹿児島滞在中の(…)さんに送ったようだ。(…)さんは(…)さんで、やはり鹿児島滞在中の(…)さんとビデオ通話し、その模様をスクショすることでふたりの卒業写真の代わりにするようだったので、後ろから背後霊のようにして何度も映りこんでやった。(…)さんとあと数人、たぶん(…)さんや(…)さんだと思うが、仲良しグループに声をかけられたのもこのタイミングだったと思う。(…)さんはたしか(…)だったろうか、具体的にどこであるかはちょっと忘れてしまったが、(…)省の高校で日本語教師として働く予定とのこと。彼女の明るくてユーモラスなキャラクターはたしかに教師向きかなと思った。(…)くんからも声がかかる。さっきはスマホゲームをしていたのであいさつしそびれたと言ったのち、すいかのおもてみたいな模様の柄シャツを着ているこちらに対して、先生の服装は本当に日本人という感じがする、中国でもそういうシャツは売っているが着るひとは少ないというので、よく言われるよと応じた。
 学生らの着替えがすんだところで撮影開始。(…)のときとは打って変わって、こちらと(…)先生のみならず、(…)先生もいるし彼女らの担任教諭である女性教諭もいる。撮影のすんだあとも、学生らからひっきりなしにプライベートな撮影の依頼が続いて、スマホだけではない、先輩や友人たちから借りたというSONYやCANNONの一眼レフを持っている姿もちらほらあって、そうそう、卒業写真の撮影といったらこういう感じだよと思った。先日の(…)がやっぱりイレギュラーなのだ。あのクラスは失敗の巻や!
 かなりの数の写真を撮った。写真を撮るときは一枚はまじめにし、もう一枚は白目をむいて中指を立てた。(…)先生と(…)先生もかなり撮っていたと思う。これで全員分終わったなというところでふたりが近くに停めてあった車にのりこんで去ろうとしたそのタイミングで、わたしたちはまだ一緒に撮っていな〜い! と女子学生が呼びかけて連れ戻すなどする一幕もあり、なかなかアキワイワイ((…)語)した雰囲気。中国人教師ふたりが去り、こちらに声をかけてくる学生もいなくなったところで(たぶんほぼ全員と写真を撮ったと思う)、みなさんご卒業おめでとうございます、とグループごとに声をかけてその場を去った。
 第五食堂に立ち寄って昼飯を打包。食し、きのうづけの記事の続きを書く。(…)さんからすぐにツーショット写真が届く。(…)さんと(…)さんからも同様の写真が届く(驚いたことに、彼女らとはまだ微信の連絡先を交換していなかったらしく、やりとりは友達申請からはじまった)。コーヒーを飲みながらきのうづけの記事の続きを書く。

 また寮を出る。第五食堂の一階でミネラルウォーターを買う。外国語学院に向かう道中、電動スクーターにのった(…)くんが後ろからやってきて声をかけられた。彼もスピーチコンテスト校内予選に観衆として参加しなければならないのだ。そろって外国語学院に向かう。会場となる教室は三階にあるすり鉢状の大講義室。教室後方から中に入り、審査員席のある最前列におりていく。審査員席には四年生の(…)くんがいる。召集を受けたらしい。コロナになった(…)先生の代わりに審査しろということだろう。(…)さんと(…)さんは司会。(…)さんはスピーチコンテスト当日に着用したセーラー服を着ている。(…)さんも普段とは違う晴れやかな服装。先取りして書くと、予選に参加した学生らも、男子学生らは別段いつもどおりだったが、女子学生らはだいたいみんな着飾っていた(日本語学科ということもあり、JKファッションの子がやはり目立った)。
 始業時間のベルが鳴ってほどなく、(…)先生と(…)先生がやってくる。今年から指導教員になるはずの(…)先生はやってこない。例年に比べるとずいぶん審査員の数が少ない。(…)先生についてはのちほど(…)さんから今日の午前中にあった彼女らの授業にも出席しておらず自習というかたちだったと聞かされたが、その前にあった他学部の日本語の授業は普通に行っていたらしいというので、え? 陽性で普通に仕事してたの? マジで? とちょっとひいてしまったが、ここで彼女が語った「その前」というのは前日のことかもしれない、陽性が確定する前の話かもしれない。二度目の感染は症状が軽いからだいじょうぶだと(…)くんがいったが、そんな話こちらはこれまで聞いたことはない、むしろ後遺症になる確率が高くなるというアレではなかったかと思うのだが。
 会場には日本語学科以外の学生の姿もちらほらあった。ほとんど男子学生。だれだよとあれとぼやいていると、興味がある学生かもしれないと(…)くんはいったが、しかし実際にコンテストがはじまってみると、大半は手元のスマホをいじっているのみ。サクラかなと思った。教室に空席が存在してしまうと見栄えが悪いということで、行事ごとには毎回カメラも入ることであるし、満員をアピールするために外国語学院が動員した連中かもしれない(中国社会ではこういうまったくもって「形式主義」的な論理がいたるところで作動するのだ)。手元のスマホでいえば、これもやっぱり例年のことであるが、見学を強いられている一年生から三年生までほとんどすべての学生が、壇上でスピーチしている学生のほうなど見向きもせず手元のスマホばかりいじっていたし、それは審査員として最前列にいる(…)先生や(…)先生や(…)くん、あるいは司会役の(…)さんと(…)さんもおなじで、おれはやっぱりこういう他者に対する敬意の不在がデフォルトであるコミュニケーションのあり方にまったく魅力を感じないなとあらためて思った。「先生、日本人は冷たいですか? 東京の人は冷たいですか?」とどこかで仕入れたステレオタイプを裏打ちしようと試みる学生らに対しては、ところできみたちはこういう光景を冷たいと感じることはないのかと聞いてみたい。
 コンテストがはじまるまえに審査員の紹介。(…)先生、(…)先生、こちら、(…)くんの順番に名前が読みあげられるわけだが、こちらの名前が読みあげられたときだけ歓声と拍手がわーっとわきおこったのを聞いた(…)くんが、先生やばいな、すごく人気者だな、とびっくりしたようすで言った。(…)四年生のあの暗くてどよーんとした空気のなかで生活してきた彼にはおそらく、一年生のお祭り騒ぎみたいににぎやかな授業のようすであったり、こちらと学生のほとんど軽薄といっていいくらいフレンドリーな関係であったり、そういうもろもろがまったく想像できないのだろう。
 点数を記入する用紙が配られる。最低点を80点、最高点を100点にして付けようと、となりの(…)くんと相談して決める。まずは一年生から。一番手は(…)くん。暗記した原稿が途中で飛んだ。85点。二番手は(…)くん。そもそもスピーチの趣旨を理解していない。彼が用意した原稿は村上春樹的な喪失感を感傷的につづっただけのポエムみたいなもので、それを読みあげる声もスピーチというよりはほぼアフレコで、暗く沈鬱な情感たっぷりの声色でぼそぼそと語るそのようすに会場がちょっとざわついたし、(…)くんはひとこと「中二病だな」といった。基礎能力の高さは認めるが、あくまでもスピーチとしての点数をつけるのが今日なので、最低点の80点。三番手は(…)さん。発音にやや癖があるが、まずアニメ声なのでスピーチ映えするし、原稿もけっこうしっかりしている。90点。四番手は(…)さん。(…)さんほどではないが、やはり声がよく通る。90点。五番手は(…)さん。緊張が目立った。声がかなり震えており、かぼそかった。発音もやはり難がある。しかし90点をつけたのだったか? もう少し下にしたかもしれない。87点か85点をつけた気がする。六番手は(…)くん。今日の参加者のなかでは最低点をマークするだろうというのが事前の予測だったが、おもいのほかしっかりしていた。発音に問題はあるが、文章がもっともスピーチコンテスト然としており、(…)くんも「スピーチらしいな」といった。しかし普段の能力の低さがやや気になるのでそこを差っ引いて85点。七番手は(…)さん。転学組にもかかわらず大健闘。授業中もしばしばそういう印象をもっていたが、かなりできるし、やる気もある。90点。
 二年生。これ以降の点数はおぼえていないので印象のみ。(…)さん。最近勉強を猛烈にがんばりはじめたという噂通りの大健闘。とはいえ、(…)くんと付き合っていた期間中のノー勉がたたってやはり高得点とはいかない。これからのがんばりに期待。(…)さん。緊張で言葉が詰まる時間が長かった。コロナ明けというハンデもある。やむなし。(…)さん。前半の発音がおもいのほかよかったのでびっくりしたが、後半はボロボロ。(…)さん。ボロボロ。(…)くん。優勝候補のひとり。本人もやる気まんまんで、マイクを使わずステージ中央に立って声を張りあげたが、まさかの緊張で暗記した原稿が飛ぶというハプニング。あれはかなり悔しいだろう。パフォーマンスを終えてこちらのかたわらを通りすぎる際、「失敗した」と日本語で漏らした。(…)さん。可も不可もない。(…)くん。原稿を暗記しているわけではなかったが、おもいのほかよかった。とはいえ彼の基礎能力はゼロに等しいし、今回の参加も思い出作りにすぎないものなので、代表に選出することはない。(…)さん。優勝候補のひとり。そつなくこなした。(…)くんが失敗したため、ほぼ自動的に彼女が代表ということになるわけだが、うーん、でも日頃の授業態度を見ているとちょっとなーという感じ。
 三年生。(…)さんにビビる。もともと推していた学生ではあったが、まさかこれほどまで発音がいいとは思ってもみなかった、嘘でしょとびっくりした。最高得点の97点をつける。(…)さん。ボロボロ。(…)さん。けっこういい感じ。しかし(…)さんの手前どうしても印象がかすんでしまう。ちなみにクラスメイトの(…)さんによれば、彼女は院試組であるもののスピーチコンテストにも興味を持っているとのこと。そういう意味では代表第一候補。(…)くん。緊張が目立つ。(…)くん。想定していたよりはよかったが、内容がちょっと不足気味だったし、なにより基礎能力の低さが気になる。(…)さん。四級試験でクラス最高得点をゲットしている子であるが、スピーチはそれほどパッとしない。
 三年生のみ続けて即興スピーチとなる。即興スピーチの準備中は場つなぎということで(…)くんが中国語でちょっとした講演。弁論チームでの経験やスピーチコンテストでの経験を後輩らの前で立て板に水で滔々と語り続けるのだが、これがまあクソ長い、ふつうに10分以上ハイテンションでしゃべりつづけていたのではないか? とはいえ、学生らの多くは例によってスマホをいじっているだけなのだが。のちほど(…)さんから聞いたのだが、(…)くんの堂に入ったしゃべりっぷりを前にした(…)くんは、あのひとは会社の社長かなにかなのかと口にしたらしい。笑った。こちらの後ろの席には三年生の(…)くんがいたのだが、ひとまえで話すのが苦手な彼は、(…)くんみたいに堂々としている人間がうらやましいと漏らした。途中から(…)さんも後ろにやってきた。班导として一年生の結果が気になるらしくどうですかというので、だれを選ぶのかちょっとむずかしいねといった。三年生はどうですかというので、(…)さんはめちゃくちゃ上手だね、ちょっとびっくりしたよと応じる。
 その(…)さんから即興スピーチがはじまる。ここでもまたびびった。完璧だったのだ。即興スピーチをすることなんてはじめてだと思うのだが、文章のミスもほぼ見当たらないし、なにより発音がいい。本人を前にしては言えないが、もしかしたら去年の代表である(…)さんより普通に実力が上なんじゃないかと思う。このままコンテストに出場してもけっこう通用するのではという感じ。マジでびびった。こんなにできる子だったのか。(…)さんはテーマスピーチにひきつづきボロボロ。途中で完全に言葉に詰まってしまい、がんばれー! の意味の拍手が巻き起こった唯一の学生となった。(…)さんも十分さまになっていたが、やはり(…)さんの才覚の前ではかすれてみえる。(…)くん、(…)くん、(…)さんは似たり寄ったり。
 最後に(…)先生が総括を発表。それで解散となる。(…)先生は用事かなにかがあったのか、途中で抜けていたので、こちらと(…)先生のふたりでひとまず印象のすりあわせ。一年生の(…)くんと(…)くんのふたりがさっそく点数を聞きにやってきたが、いまから会議! 帰れ! 帰れ! と追い払う。(…)先生は一年生の授業を担当していない。しかるがゆえに今日の出場者に対する日頃の印象をざっと伝える。こちらとしては正直、(…)くん以外であればだれが代表になっても相応の結果を残すことはできると思うのだがと伝えたうえで、(…)くんには最低点をつけたが、日頃の会話能力だけであれば彼が一番であることを補足する。意外なことに(…)先生は彼のスピーチにかなり高い点数をつけていた。発音だけで見ればという判断だろう。(…)先生は(…)さんの能力にも感心していた。転学組であるから半年遅れているはずなのにというので、彼女はすごいですよ、授業中もぼくの発言をほとんどすべて聞き取れていますからね、と太鼓判を押した。
 二年生はやはり(…)さんということになる。ただ、今日はちょっと失敗してしまったものの、(…)くんは会話能力も作文能力も高いと伝える。(…)さんは授業態度がよくないし、集中力もないようにみえるから、スピーチの練習についてこれるのかどうかが気がかりだと率直に伝えると、(…)先生の授業でも同様なのだろう、わかりますわかりますという反応。
 三年生は(…)さん一択であるが、彼女は院試を優先するだろうと話す。話しているところに当の(…)さんと(…)さんがやってきたので、(…)さんはスピーチの代表になれないよねと確認すると、ごめんなさいできませんという予想通りの反応。即興スピーチで完全に詰まってしまった(…)さんは半泣きになっている。今日の参加者のなかで大学院試験に参加しない学生はいますかとたずねると、いないと思うという返事があって、え! みんな受けるの! とびっくり。(…)さんは代表になることに興味がるようだという話を(…)先生に伝えると、じゃあもう彼女でいい、万々歳! みたいな反応。去年の(…)さんみたいに途中でおりるということにならなければいいけど。
 スピーチ練習は来月からはじまる。夏休み中の特訓もあるというので、15日に出国するのでそれまでだったらだいじょうぶですと伝える。今年もよろしくお願いしますとおたがい日本式にお辞儀をする。学生らの去った教室にはなぜか三年生の(…)さんがひとり残っていた。彼女は先学期こちらの担当する授業の期末試験で赤点をとっているはずなのだが、教務室のほうからいっこうに追試の連絡がこないのはいったいどういうわけだろう? そもそも教室にひとり残ってなにやってんだ?
 教室を出る。便所で小便をする。壁にむけて小便をする趣味はないので、大便用の個室に入るわけだが、ふつうに流していないうんこがそのままになっていて、これはいったいどういう哲学の産物なのかと思う。なぜ外国語学院の便所にはしょっちゅう流していないうんこがあるのか? 近平の旦那はじぶんの政治思想を高等教育機関で必修化する前にまずは便所のクソを流すことを全人民に徹底させるべきでは?
 ケッタに乗る。(…)さんから微信が届いている。いっしょに夕飯にいきましょう、と。16時半という中途半端な時間だったので、いったん寮にもどってのちほど集合かなと思ったが、友阿にあるセブンイレブンにまた行きたいというので、だったら多少の遠出になるわけであるし、このまま行こうかとなる。それで寮にはもどらずケッタで直接女子寮前にいく。教室から寮に戻る途中らしい二年生の(…)さんと(…)さんから「先生!」と呼びかけられる。女子寮前にある段差に直接腰かけて樫村愛子の続きを読む。ほどなくして(…)さんと(…)さんのふたりがあらわれる。あ、今日はこのコンビなのね、と思う。(…)さんは司会をしていたときと同じ服装のままだったが、(…)さんはさすがにセーラー服は暑すぎたのか、デニムのショートパンツに蛍光緑のTシャツというラフな格好に着替えていた。彼女は東北人で背が高く、足もたいそう長くすらりとしているので、なかなか画になる。
 歩き出す。さっそくスピーチコンテストの印象をきかれる。三年生については(…)さんがダントツ、次点で(…)さんという意見も一致。もし(…)さんがやっぱり院試に集中したいと言い出したらだれを代表にすればいいのだろうと漏らすと、(…)くんはどうだろうかと(…)さんがいう。しかしこれにクラスメイトの(…)さんは反対。こちらもどちらかといえば反対。さらにいえば、彼はインターンシップでこの夏日本に渡る予定だ。二年生はどうですかというので、今日の結果だけでみれば(…)さんだろうと応じる。クラスメイトのなかでもそういう空気ができあがっていると(…)さんがいうので、でも彼女が練習にまじめに取り組むかどうかけっこう疑問なんだよなと漏らすと、(…)さんは授業中いつもスマホをいじっていますと(…)さんがいう。こちらの授業だけではなく、すべての授業でそんな感じらしい。先学期まではまじめに勉強していたが、今学期はまったくそうでないとのこと。いっぽう、(…)くんはやる気がかなり高いという。英語学科の彼女も成績優秀で、ふたりそろって大学院進学を考えているらしく、モチベーションも申し分ないし、中国の学生によくある恋愛が勉強の足を引っ張るという例のパターンも彼には当てはまらない——という口ぶりから察するに、(…)さんは(…)くんを推しているようす。最終的に判断するのは二年生——というか新三年生ということになるのか、そこの担当教員であるので、どうなるかはわからない。
 二年生といえば、(…)さんも思っていたよりよかったねという。その(…)さんの元カレである(…)くんに最近あたらしい彼女ができたという話もあった。
 南門の入り口ではおばちゃんらがなぜか無料で薔薇の花を配っている。卒業シーズンだからだろう。三人そろって一輪ずつ受けとる。それからいつものバス停に移動し、ほどなくしてやってきたものに乗り込む。満席だったので吊り革を握って横並びになりながら立ち話。席が空いたところでそちらに移動。学生ふたりとやや離れたところに座したこちらは樫村愛子の続きを読む。
 友阿の前でバスをおりる。まずはセブンイレブンへ。海老マヨのおにぎりとサーモンの巻き寿司を買う。(…)さんはおにぎりとポテサラとホットスナックの焼き鳥、(…)さんはケーキを購入。店の前の広場には以前はなかった真っ赤なハートのオブジェがある。それで明日が5月20日であることに気づく。5月20日恋人の日になったのはいつぐらいからなのとたずねると、たぶん10年くらい前からですという返事。
 それから友阿の中に入り、四階か五階まで直行するクソ長いエスカレーターに乗る。これ耐震構造とかそういうのどうなっているんだろう、本当にだいじょうぶなんだろうかと、乗るたびにけっこう恐怖する。以前ここにおいしい韓国料理店があったのだが閉店してしまったと(…)さんがいう。こちらは(…)さんや(…)さんといっしょにおとずれた鉄板に川魚と野菜とトマトをいっしょくたにして煮込む料理を出してくれる店が印象に残っていたので、ひさしぶりにそこでもいいかなと思っていたのだが、どうやらそこも潰れてしまっているようだった。ほなどこで食えばええねんとなったところでゲームセンターが目につく。クレーンゲーム狂である(…)さんが食後を待たずに突進し、すぐさまゲームのプレイに必要なコインを購入する。そしていっしょにバイクのレースゲームをしましょうという。パチモンにバイクにまたがってブンブンするやつ。(…)さんはむかしからこのゲームが大好きなのだという。それで彼女のおごりでこちらもやってみることに。コースはもっとも簡単なやつをセレクト。アクセルをぶんまわすとモニターのなかのバイクがウィリーする。それはぶんまわしすぎということなのかなと思ってゆるめると、今度はまったくスピードが出ない。ウィリーしても問題ないということに気づくまでちょっと時間がかかった。よくわからんままゴールする。すると総合スコア7位にランクインしたが、7位のところにこちらの顔写真がはっきり記録されていて、レースの前に撮影があったのはそういう意味かとなる。ちなみに(…)さんはその撮影の瞬間に顔を横にスライドさせてカメラから逃れていて、そういうところもふくめて手慣れている。のちほど(…)さんはわれわれふたりがおもちゃのバイクにまたがっている後ろ姿の写真をモーメンツに投稿していた。撮影は(…)さん。こんなクソゲーではなくスーファミマリカーさせてくれと思う。こちらはノコノコ、弟はキノピオで、いったいこれまで何千レースプレイしたかわからないくらいだ。
 その後はあまったコインでクレーンゲーム。(…)さんはここでも才能を発揮し、けっこうでかいアヒルのぬいぐるみを一発でゲットした。彼女がコインをわけてくれたので、こちらはだれが見ても一発でパチモンとわかる尻を丸出しにしている邪悪なドラえもんのぬいぐるみをゲットするべくがんばってみたが、箸にも棒にもひっかからんかった。結局その後こちらも(…)さんも10元ずつコインを購入し、都度分け合いながらクレーンゲームに挑戦したが、それ以上の成果を得ることはできなかった。
 エスカレーターでさらに上のフロアに移動する。海底捞がある。高級ビュッフェがある。そして潰れたと思っていた魚の鉄板焼きの店がここで見つかる。じゃあもうここしかないだろということで入店。席についてオーダーする際、スマホの写真をチェックしてみたところ、前回入店したのは2018年のことらしく、2018年! おれはもう五年もこの仕事しとんか! とびびった。とはいえ、そのうち一年半以上は実家からオンライン授業をしていたわけだから、なんというか感覚がバグる、ちょっと損をした気分になる。店員のおばちゃんは愛想がとてもいい。あんた(…)人かというので、日本人だよというと、あれま! 日本人かん! みたいなリアクション。(…)さんについてはすぐに東北人だとわかった模様。背が高いし、発音も東北訛りだからだろう。去年のスピーチおつかれさまというアレで会計はこちらがもつことに。好きなものを好きなだけ注文しなさいと伝える。
 鉄板にトマトスープを薄く張る。そのなかにすでに焼きあがった川魚が横たえられる。その上にさらに輪切りにスライスしたトマトが重ねられる。そこに追加注文したパクチー、木耳、レタス、ジャガイモなどをさらに加える。それとは別にチャーハンも注文する。ひさしぶりに食ったが、相当うまかった。食いすぎたので、また腹が痛くならないかとちょっと心配になったほどだ。
 食事中もまたたくさん話した。印象に残ったのは二年生のトラブル。ここ二、三日クラスで問題になっていることがあると(…)さんがいうので、どうしたのとたずねると、密告があったという。自習に参加していない学生がいるとクラスメイトのだれかが学生会のトップに密告したらしく、それでクラス全体が学生会から注意を受けるという出来事があったのだ、と。告げ口した人物については現在も不明。それでクラス内に疑心暗鬼のやばい空気が渦巻いているというので、ひえっ! くわばら、くわばら! と思った。なぜそんなことをするのか理解できない、するにしてもなぜこのタイミングなのかも理解できない(というのも自習の義務があるのは二年生後期までであり、つまり、あと一ヶ月ほどであるので)と(…)さんはいった。
 (…)さんはその学生会の仕事もしている。しかし今学期いっぱいでもう離れるつもりだという。最近学生会のなかで特に献身的だった人物に賞状が与えられるという機会があったのだが、日本語学科の二年生で学生会に所属している彼女も(…)くんも(…)くんもいっさいその手の栄誉に浴することがなかったのだという。そのことで(…)さんは相当あたまにきているようだった。仕組みがよくわからんのだが、たぶん学生会のなかでは相互評価システムみたいなものがあるのだろう、それである程度高く評価された人間だけが賞状を得ることができるということなのだと思う。ずっと以前、だれからだったか、それこそ学生会でトップを張っていた(…)くんからだったかもしれないが、学生会のなかでも政治的な駆け引きがあり縁故的な裏工作があるみたいな話を聞いたおぼえがある。あれはあれで中国社会の縮図なのだろう。
 学生会は離れるが、新入生の班导には立候補するつもりでいる。しかし班导は各クラスにつき二人必要。新入生は二クラスなので、合計四人必要なのだが、(…)さん以外にやりたいという学生はいまのところいないという。
 大学院進学の競争率が高くて不安だという話もあった。父親はじぶんに教師になって実家の近くに住んでほしいと願っているが、大学院に進学してまで教職に就きたいとは思わない。かといって翻訳や通訳にもあまり興味がない。きみは日本の妖怪や幽霊が大好きだと言ってたでしょう? だったらそういう研究をすればいいんじゃないの? というと、将来を考えるとそれでいいのか不安になるみたいなことをいうので、就職の役に立つか立たないかで研究を選ぶとのちほど絶対に後悔するよと、興味もない言語学を専攻したことによって苦しい院生時代を送った(…)くんの例や、金になるからという理由で留学先で法律を専攻しようとした(…)さんを説得した話などをした。(…)さんは推理小説を書くのが趣味である。だったら(…)さんみたいに心理学を研究するのもおもしろいんじゃないのというと、社会学に興味があるという返事があった。ちなみにいまは推理小説だけではなくホラー小説も書いているらしい。だからやっぱり日本文学を対象とし、日本の怪談を研究するのもおもしろそうだという。
 店を出る。エレベーターで一階まで移動しようとするが、なかなかやってこないので、結局エスカレーターで一階ずつ移動することに。一階にある雑貨屋をのぞく。文具コーナーをのぞくと、商品の半分以上が日本産。雑貨屋をのぞくたびに思うのだが、家電業界や自動車産業では(少なくとも中国において)存在感をほぼ失っている日本であるが、いわゆるkawaii系産業ではまだまだ第一線らしい(それも5年後10年後にはどうなっているかわからんが)。おもしろ消しゴムのコーナーがある。犬猫などの動物、お寿司やラーメンなどの食い物のかたちをした、使うのがもったいないタイプの消しゴムがセットになって袋詰めされている。バラ売りもある。そのなかに洋式便器の消しゴムがあった。蓋がちゃんと開くようになっているし、なかには律儀にまきまきうんこもある。これちょっと欲しいなと思った。店内を順次見聞する。文具だけではなく、恐竜や動物のフィギュア、ガンダムっぽいプラモデル、ウルトラマンティガのフィギュアやトレーディングカード、外国産の酒やジュースやお菓子などを見る。(…)さんはいくつかの文房具のほか、パッケージにドラえもんが印刷されたダイドーの麦茶やペリエを購入。こちらはその(…)さんがおすすめしてくれたサンザシの瓶ジュースを購入。われわれふたりから離れてひとり行動していた(…)さんを迎えにいくと、文具コーナーで大量のかわいらしいメモ帳やシールを手にしていたので、ちょっと笑ってしまった。しかし若い女の子たちがこうしたかわいい文具をめでる姿というのはいいもんだなと思う。雑貨屋は前回三年生らとのぞいた店と地続きになっていた。レジも共有。前回検分したばかりであるが、そっちの商品もいちおうあれこれ物色する。前回看過していたルームフレグランスをひとつひとつ確認する。(…)さんが実家で使用しているルームフレグランスも売っていた。
 会計をすませる。となりにある(…)で(…)さんがミルクティーを買いたいという。打包するのかと思ったが、店内に滞在する流れに。密告の話の続きになる。実をいうと、密告嫌疑がかかっている人間は三人いるという(のちほど「三組」であることが判明)。だれ? とたずねると、さすがに最初はしぶってみせたが、ゴシップはけっこう好きなので重ねてたずねると、まず一人目は……とあっさり口を割った。そもそもこの話題をみずから口にしてみせる時点で、彼女のほうでもきっとこちらに聞いてほしかったに違いないわけだが、さて、最初に名前があがったのは(…)さんと(…)さんのふたり。そもそもふたりともまったく勉強熱心ではないのだし、自習をしていないひとがいます! とチクるようなタイプじゃないでしょとこちらは思ったわけだが、ふたりとルームメイトである(…)さん曰く、ふたりがこそこそベッドに隠れてスマホをいじっているのを目撃したことがあるのだという。いや、それだけで犯人扱いはちょっとと思うのだが、まあほかにもいろいろあるのかもしれない。二組目は(…)さんと(…)さん。このふたりもやっぱり全然勉強してないでしょと思うわけだが、(…)さん曰く、そうではない、ふたりでよく勉強しているという反応。それであのていたらくか? と思うわけだが、ところで、ふたりはもともと(…)さんらのルームメイトだった、しかし関係が悪化し、結果、たぶん先学期のことだと思うが、ほかの部屋に移ったという事情がある。クラスのなかでもふたりはかなり浮いているというので、たしかにはっきりと排他的な関係をかたちづくっているよなと授業中の印象を思い返す。三組目は(…)さんと(…)さん。(…)さんはまじめな学生だが、口数が少なくて大人しく、内心なにを考えているかわからない。さらに彼女は野鳥保護のボランティアに所属しているので、学生会のトップとも個人的にコンタクトをとることができる。
 二年生は関係の良くない学生の姿がちらほら目立つよねと受ける。教壇に立っているだけでもわかるよというと、グループが多すぎますと(…)さんがいう。グループというよりはペアだ、コンビだ、二人組で行動している女子学生があまりに多いのだ。ほかでもない(…)さんも(…)さんとペアであるし、先ほど名前があがった(…)さんと(…)さん、(…)さんと(…)さん、(…)さんと(…)さんもそうであるし、(…)さんと(…)さん、(…)さんと(…)さん、(…)さんと(…)さん、みーんな常にほとんど排他的といっていいペアで行動している((…)さんと(…)さんもかつてペアだったが、いまはそこに(…)さんが加わってトリオと化している)。
 それに比べると三年生はわりと平和だねというと、(…)さんは笑顔でうなずく。特に彼女の部屋のルームメイトたちは関係がいい。もちろん、こちらの目につかない場所で多少のいざこざはあるのだろうが、大きく割れているという印象はまったく受けない。クラスで唯一揉め事らしい揉め事があったのは(…)さんだけだという。ルームメイトは(…)さんや(…)さんであるが、彼女らから無視されると訴えて部屋を出たという。しかし訴えられたふたりはそんなことしていないと否定。真相は知れないとのこと。(…)さんのような自立心のある文学ガールと、タトゥーに鼻ピアスの(…)さんとでは、そりゃまあ相性もよくないわなと思う、と、ここまで書いていて気づいたのだが、外見は(…)さん寄りで内面は(…)さん寄りであるじぶんのような人間はやっぱりちょっとめずらしいのかもしれない。
 (…)さんの髪の毛が長いという話にもなる。中国人女性は日本人女性よりもやはり圧倒的にロングヘアが多いという印象を受けるのだが、鏡餅みたいに丸めた髪の毛にかんざしをさしている(…)さんがその髪の毛をほどいたところ、先端が腰にまで達するほどの長さになっていたので、マジで! そんなに長かったの! 日本ではここまで長いひとはなかなか見ないよ! と驚く。(…)さんでも十分長いと思うのにというと、わたしは高校生のころ男の子みたいな髪型でしたという。それで高校時代の写真を見せてくれたのだが、(…)さん並にボーイッシュな(…)さんの姿があったので、えー! めっちゃかっこいいじゃん! 女の子からモテたでしょ! といった。
 (…)さんは大好きなアイドルのコンサートに行きたいといった。SUPER JUNIORというアイドルが好きなのだという(中国のアイドルだと思っていたのだが、いまググってみたところ、韓国のアイドルらしい、しかし旧メンバーには中国人もいたようだ)。大好きなメンバーの年齢が37歳だというので、おれと同い年やんけ! とびっくりする。写真を見せてもらったが、化粧と加工ありであるとはいえ、二十代にしかみえない。日本のドームで公演をしたこともあります、わたしは日本で彼らのコンサートに参加したいです、と(…)さんはいった。(…)さんはアイドルに全然興味ないよねというと、ないという返事。きみはスマホでゲームもしないもんねというと、実は最近ゲームをしていますと恥ずかしそうにいう。全然そんな印象がなかったので、え? マジで? と驚いてたずねかえすと、去年の夏休みからするようになったといって当のゲームを起動してみせてくれたが、二次元のイケメンたちがずらりと表示されて、どうやらいわゆる乙女ゲームらしかった。しかも微妙に課金しているというので、あーもう大学生のあいだに彼氏できないわと茶化した。(…)さんもこのゲームにハマっているというので、ちょっと「うん?」と思った。彼女は同性愛者であるはず。それとこれとは関係なしにゲームを楽しんでいるということだろうか? (…)さんが同性愛者であることは公然の事実としてすでにルームメイトのなかで共有されているようであるのだが、(…)さんに関してはそのあたりのところがちょっとよくわからない、けっこう以前(…)さんと(…)さんと散歩した夜、ふたりが(…)さんに「彼氏」ができることを期待していると口にするのを聞いて、あれ? まだカミングアウトしていないのかな? と思ったものだったが、やっぱりそうなんだろうか? カモフラージュとして乙女ゲームをプレイしているのだろうか? ちなみに(…)さんは推理ゲームのアプリをときどきするという。小説の練習らしい。そんなゲームをしている学生は初めてだよというと、わたしもですと(…)さんも言った。
 となりの席にひとりで座っていたおばちゃんが突然声をかけてきた。どこの地方の出身だとたずねてみせる。われわれの日本語を方言と聞き違えていたらしい。それで、このひとは日本人教師だ、わたしたちは大学で日本語を勉強している中国人だ、ひとりは(…)人でひとりは大連人だ、と学生ふたりが中国語で応じる。おばちゃんはその後、方言の違いや(…)について長々と、マジでクソ長々と中国語で語り続けた。相槌も返事もないままずっと話し続けるそのようすをながめ、その言葉を単なる音としてききながら、ロメールゴダールの映画のワンシーンみたいだなと思った。女性による一方的な語り。相槌も合いの手もなく、とにかく語る。語り続ける。長引くとめんどうくさいので、ふたりに通訳は頼まなかった。
 店を出る。すでに時刻は21時をまわっていた。友阿の外へ。広場には屋台がたちならんでいる。そのなかを通り抜け、広場ダンスしているおじさん(!)を尻目に、道路のほうに近づく。すでにバスはないという。それで滴滴で呼んだ車に乗り込む。助手席に(…)さん、後部座席にこちらと(…)さん。(…)さんは祖父の話をした。現在80歳だが、身長は180センチほどある(若いころは185センチあったらしい)。すごくかっこいいといいながら現在の写真を見せてくれたのだが、折りたたみ椅子に腰かけている屈強な体格の老人の、サングラスをかけて口髭をたくわえているそのようすに、ヤクザやねえか! と爆笑してしまった。実際、若いころは酒に酔ってしょっちゅう近所の人間とケンカばかりしていたらしい。しかし孫娘である(…)さんに対してはたいそう優しいとのこと。
 車が南門に到着する。(…)さんも(…)人にしてはけっこう背が高い。父親の身長をたずねると、172センチくらいだというので、ぼくとおなじじゃんと受ける(ちなみに(…)さんも172センチ)。先生は日本人としては高いほうですかと(…)さんがいうので、若い子はどうか知らないけどぼくの世代の平均身長はたしか170センチくらいだったと思うからまあ平均だねと受ける。(…)さんは中学生の妹のほうがもっと背が高いといった。(…)さんは四姉妹の長女。中学生、小学生、幼稚園の妹がいる。『若草物語』や『細雪』のようだ。田舎でのんびり四姉妹の生活なんてちょっと物語のようだねというと、でもすごーくうるさいです! という反応。そりゃそうや。
 女子寮前に到着したところで解散。ケッタに乗って寮にもどる。帰宅してモーメンツをのぞくと、(…)の四年生らが卒業をお祝いする写真をガンガン投稿している。(…)の四年生とは全然違う。(…)くんに例の手紙を送る。クラスメイトらに転送しておいてください、と。それから(…)さんに激励のメッセージも送る。はじめての挑戦であれほど上手に即興スピーチできる学生を見たことがない、院試の二次試験は日本語での面接だと思うが、あのレベルだったらまずまちがいなく合格できるよ。
 シャワーを浴びる。ストレッチをする。(…)さんと多少やりとりを交わしたのち、きのうづけの記事を投稿し、ウェブ各所を巡回する。それから2022年5月19日づけの記事を読み返す。以下は2021年5月19日づけの記事より。一回性の記憶(トークン-現実的なもの)を言語(タイプ-象徴的なもの)を介して他者と分かち合うことで予測の体系(象徴秩序)におさめて御すというところが特におもしろい。

 さて、ここである疑問が生じます。今までお話ししたことからおわかりいただけると思うのですが、人は、予測を洗練させていくことで、世の中の見通しを立てていくことができるようになる。逆に言えば、人は予測誤差をなるべく避けようとする、ということです。多くの研究者たち、そしてご存知のとおりフロイトも「快感原則」という言葉で、そのように語っています。
 であるはずなのに、われわれは、わざわざ予測誤差をみずから求めにいくことがある。みなさんにもきっと思い当たる節があるのではないでしょうか。ということは、そもそも本当に、人間は予測誤差を減らしたいだけの生き物なのだろうかという疑問が立ち上がってくるのです。
 最も予測誤差が生じないのは、暗い部屋で何もしないで、じっと閉じこもっている状況です。もしも人間が快感原則だけで生きているなら、それが一番心地よいことになるはずです。しかし人はそれを求めない。認知科学などの分野ではこれを「ダークルーム・プロブレム」と呼び、ずっと議論が続いているテーマでもあります。
 さて、ここまでお話ししてくると、この問題が、國分さんの『暇と退屈の倫理学』のテーマと重なることがおわかりでしょう。人は予測誤差を減らしたいはずなのに、なぜわざわざ自分から進んで予測誤差を取りに行くようなことをするのか? 言い換えれば、人はなぜ愚かにも「退屈しのぎ」をしてしまうのか。この問題を解く鍵は、トラウマ、つまり予測誤差の記憶にあるのではないか。何度も國分さんとディスカッションを重ねてきて、私たちはそのような仮説を立てています。
 私たちは、生まれてから今日に至るまで、大量の予測誤差を経験しています。過去の予測誤差は、それを思い出すたびに叫び出したくなるような「痛い」記憶が多々含まれていると思います。誰でも痛いのは嫌です。わたしももちろん嫌です(笑)。しかも予測誤差の記憶は、範疇化を逃れた一回性のエピソード記憶の形式をとります。予測可能にするためには、反復するカテゴリー(タイプ)の一例(トークン)として、その予測誤差の記憶を位置づける必要があるわけですが、一回性の記憶は私のなかでは反復していませんから、論理的に無理なことです。
 おそらくそこで重要になってくるのは、類似したエピソードを経験している他者との言語(タイプ)などを通じた分かち合いだろうというのが、私の考えです。一回性の記憶は、他者を媒介に反復させることによってトラウマ記憶ではなくなるのではないか、という考えですね。そうすることで、集合的な予測のなかに自分のエピソード記憶が位置づけられたときに、それはなまなましいトラウマ記憶ではなく、通常の嫌な記憶として御しやすいものになっていくのでしょう。
 ところが、そういった他者がいないとか、媒介する言語が流通していないなどが理由で、予測誤差の記憶がセピア色の思い出になってくれない場合があります。このような予測誤差の記憶を、私たちは「トラウマ記憶」と呼んでいるのではないか、と私は考えています。これは特別な人にだけ起こり得ることではなく、大なり小なりおそらくすべての人がトラウマ的な記憶をもっていると思いますし、忘れていたはずの過去のそんな記憶の蓋がある日突然開いてしまうこともあるかもしれません。とりわけ重要なのは、その人の覚醒度が落ちたり、あるいは何もすることがなくなったりした瞬間に、蓋が開きやすくなるという点です。
 記憶の蓋を開けないためには、例えば、覚醒剤とか鎮静剤にひたる、あるいは仕事に過剰に打ち込もうとすることで覚醒度を〇か一〇〇にしていると考えられるのではないか。つまり、痛む過去を切断して、未来に向けて邁進するような方向に向かうのではないか、と。予測誤差の知覚は、覚醒度を高める効果があります。それによって、地獄のような予測誤差の記憶に蓋をすることができる。こうして、予測誤差を求めてしまう人間の性を、予測誤差の記憶の来歴によって説明できるのではないか、というのが、私が國分さんとの数年の討議を通じてたどり着いた仮説でした。しかし、予測誤差の知覚は、当然すぐさま予測誤差の記憶へと沈殿していきますから、このサイクルは終わることがありません。しかも、予測誤差の知覚を与えようとして繰り返し気晴らしを行えば、反復によってそこで得られる知覚は予測可能になっていくので、気晴らしはエスカレートせざるを得ない宿命にあります。
 誰もが大なり小なり傷ついた記憶を持っている。そんなわれわれ人間にとって、何もすることがなくて退屈なときが危険なのではないか。そんなときに限って、過去のトラウマ的記憶の蓋が開いてしまう。だから私たちは、その記憶を切断する、つまり記憶の蓋をもう一回閉めるために予測誤差の知覚を得ようとして、いわゆる「気晴らし」をするのではないだろうか、と。
(…)
(…)今でもこれは有力な仮説ではないかと私は思っています。人はたしかに予測誤差を減らしたい生き物ですが、実際、生きていれば、予測誤差は必ず生じる。そういう意味で、私たちはみんな傷だらけなわけです。だからこそ人は退屈に耐えられない。退屈というのは、古傷の疼きの別名ではないだろうか。これが、國分さんが二〇一五年に、増補新版の『暇と退屈の倫理学』を出される前あたりでの、私と國分さんとのあいだの暫定的な答えでした。
 そして國分さんは、同書の増補部分において、ルソーを引きながら、予測誤差をおおよそ次のように整理されたかと思います。
——予測誤差を少しでも減らしたいという特徴は、おそらく人間が生まれつき持っているものだろう。傷を得る前から、生まれながらに備わっている、身体が宿している特徴や傾向、人間の本性というべきものを「ヒューマン・ネイチャー Human Nature」と呼ぶことができる。ところが、生きていると無数の傷を負う。すると、先ほど言ったように、「ヒューマン・ネイチャー」に反して、自分から、傷を求めるような行為をしてしまう。だから「ヒューマン・ネイチャー」からだけでは、なぜ人が退屈になるのか、なぜ人が愚かな「気晴らし」にのめり込んでしまうのか説明できない。生きていればやむなく、ほとんどの人間が自分を傷つける経験をしてしまう。誰も無傷ではいられず、傷だらけになる運命にある。その運命に基づく人間の性質や行動を「ヒューマン・フェイト Human Fate」と呼ぶことができるのではないか。考えてみれば、そういう少し悲しい運命が、例外なくすべての人に課せられている。こう考えると、「ヒューマン・ネイチャー」と「ヒューマン・フェイト」の両方を踏まえたときにはじめて、なぜ人は退屈になるのか、そして退屈に対する体制の個人差が生じるのかが説明がつくのではないか。
(…)
 國分さんのこの整理は、私にとって非常に納得のいくものでした。では次に、退屈と中動態がどう関係しているのかに移ります。今ご説明した「ヒューマン・フェイト」の話がヒントになろうかと思いますし、その接点は、おそらく先ほど國分さんが話された「無からの創造」にあるかと思います。
 順番に説明します。まず、これは仮説なのですが、一つに、先ほども薬物の例でご説明したとおり、依存症とは、痛む過去を切断しようとする身振りなのではないかということです。過去の記憶の蓋が開けば地獄が訪れる。そういう人にとっては、蓋は閉まっていた方がいい。そのためには、過去を切断して、それ以上遡れない状態にしたい、今を出発点にしたい。つまり過去とは無関係に、現在や未来を「無から創造」したい。過去の記憶がよみがえることで訪れるのが「地獄」だとしたら、意志の力で、現在と未来しかない生を生きたい。言い換えれば、中動態を否定して、一〇〇パーセント能動態の状態になりたい。地獄の到来が想定されるのなら、そのように思ってもなんの不思議もありません。そして私には、國分さんの『中動態の世界』は、この「切断」あるいは「無からの創造」という考え方そのものへの批判として読むことができたということを述べておきたいと思います。
國分功一郎/熊谷晋一郎『〈責任〉の生成——中動態と当事者研究』 p.128-136 熊谷発言)

 それから2013年5月19日づけの記事も読み返し、「×××が塩の柱になるとき」に再掲。高校時代の同級生である(…)(サッカー選手のトッティに由来するあだ名)との思い出が書きつけられている。最初に出てくる(…)は当然(…)のこと。

サイゼリヤを後にして(…)にはしご。めずらしいくらいガラガラの店内。雨降りのせいだ。ひきつづき(…)とどうでもいい話ばかり交わす。どうでもいい話というのはすばらしい。どうでもいい話というのは最高だ。なにもかもがとりかえ可能で、なんら必然性のない、意味の濃度の低い会話の、贅沢と余剰だけがもたらすことのできる飽食の豊かさ。(…)は来週高校時代の同級生の結婚式に参加するらしい。その同級生というのは脱サラしてカルボナーラ専門店を地元ではじめると息巻いていた例の同級生なのだが、ひそかに段取りをすすめていたその計画を婚約者に伝えたところ、いずれ子供ができて大きくなってからでもいいでしょとあっさり拒否されたという。高校二年のころか三年のころか、たぶん春休みか夏休みだったと思うのだけれど、朝の5時だか6時だかにその同級生からいきなり電話がかかってきたことがかつてあって、出ると、こんなに朝早く悪いのだが話があるからどうか会ってほしいと言われ、なにをいっているんだときょとんとしていると、すでにこちらの実家近くにあるサークルKにまで出てきているのだといって、彼の実家とじぶんの実家は自転車なら片道一時間程度はかかる距離である。これはただごとではないと思ってすぐに支度をして出かけると、早朝サークルKでジャンプを立ち読みしている彼の姿があって、泣き笑いの表情で、話をきいてみると、彼女にふられかけているという。生徒会か何かしらんが他校の生徒と交流するなにかの行事に出席した彼女がそこで将来の目標をしっかりともってすでにそれにむけて前進しつつあるバイタリティの高い男子生徒に出会ってしまい、それでひるがえってじぶんはいったい何をやっているんだろうという実存的苦悩にはまりこんでしまったのか、わたし将来なにをやればいいんだろう?とメールで漏らした弱音にたいして、彼氏たる彼は、おれのお嫁さんでええやん、と、ある意味では空気がまったく読めていなかったわけだがしかしそれ相応にかわいらしいメールを返信したところ、そういうのを欲していなかった彼女の心が一気に遠ざかってしまい、みたいなあれやこれで、その日早朝から我が家にやってきた彼、というかこの旧友のことをなぜ彼という人称代名詞で記述しているかといえば彼の呼び名のイニシャルが(…)で、これだといつもの(…)と混在してややこしくなってしまうから彼と記述しているのだが、しかしそれと同時にまた、すでに没交渉になってひさしい年月がまたじぶんにこのような記述の採用をうながしているのかもしれない。それでとにかくその彼はたしか二晩だか三晩つづけて我が家に滞在することになり、それはちょうど例の交流会でふたたび遠方に出かけていった彼女が地元にもどってくるまでの不在期間だったと思うのだが、とにかく出先からもどってくる彼女とどうにかして駅前で会い、じぶんの気持ちをあらためて伝え、すでにバイタリティの高い例の男に引きつけられてしまっているその心を取り戻すのだと、そういう決心で、ただその決行日がやってくるまでの二日間だか三日間をひとりで過ごす気になどとうていなれない、そういうアレでじぶんのもとに転がり込んだのだったが、作戦決行日、われわれはケッタにのって(…)に行き、なにもかもがうまくいくようにお祈りしたのだった。駅前で彼と別れ、作戦がおわるまでのひとときをどこでどう過ごしたのだったか、もはやはっきりと覚えてはいないが、ひとりでぶらぶらしながらたぶん時間を潰し、それから作戦が失敗した、正式にフラれたという彼からの報告があり、とりあえず落ち合い、近所にあった和食ファミレスのさとに出かけたのだったが、そこでうどんセットか何かを注文した彼が、一口目をすするがいなや、やはり泣き笑いのような表情で、(…)ちゃんやべえ、マジで食えへん、とこぼし、ごめん、おれの分も食べてくれと、さしだされたものを前にして失恋のショックで飯を食えなくなるなんてことが世の中には本当にあるのだと、心の底から驚いた記憶がある。それからたぶん半年後くらいだったと思うけれども、その彼が京都だか大阪だかに出かけて服を買いにいくというので、ちょうどドラムバッグが欲しかったじぶんは金だけ彼にあずけて、なんか適当にいいものを見繕って買ってきてくれと頼んだのだったが、その彼から夜、ちょうどカラクリテレビのご長寿早押しクイズを見ているときだったように記憶しているが、電話があって、出ると、ぜんぜん知らない男の声で、(…)ちゃん?おれ、おれ、(…)、(…)と、われわれがふだん(…)とあだ名で呼んでいる彼のファーストネームを告げる声があり、その瞬間に、ああこれはたぶんめんどうな事態だと察せられたので、おまえだれやコラとたずねかえすと、電話が切れて、それからまもなくもういちど電話があり、出ると、今度は本物の(…)の声で、(…)ちゃん、おれおれ、あのさあ、悪いんやけどさあ、立て替えといた鞄のお金ちょっといま持ってきてくれへん、いま(…)のさあ、(…)橋のあたりにおるし、とあって、わかった、ほんならいますぐ行くから待っといて、と応じて、電話を切り、するとそれらのやりとりをかたわらで聞いていた食卓の母がどうしたんやというので、(…)がたぶんカツアゲされとるみたいやからちょっと行ってくるというと、ほんならさっさと行って助けたんないとあって、するとやはりかたわらにいた兄が、同行する、車を出すといってくれたので、それならとこちらはこちらで木刀を用意して、それでやはりその場にいたのであったかそれとも支度をととのえている途中に事情を問われて答えたときだったか、いずれにせよ就寝前の父から、おれの車のトランクに鎌ふたつ入っとるから持ってけといわれ、そんな物騒なもん持ってけれるかというアレでひとしきり笑ったわけだが、とにかくそういう段取りで車を飛ばして現場にむかうその途中だったかにふたたび電話があり、出ると、もう大丈夫だ、カツアゲはすんだと報告があって、話を聞いてみると、どうも彼のふりをよそおってこちらに電話をかけてきたリーダー格の男がこちらの電話対応の様子からひょっとするとまずいやつかもしれないと察したらしく、もともとの魂胆としては(…)をよそおってこちらに電話で金をもってくるよう命じて現われたところをボコって有り金いただくみたいな作戦だったようなのだが、撤回し、(…)から奪うものだけ奪ってこちらが現場に到着するのをまたずして逃走したらしかった。カツアゲされているにもかかわらずおれは冷静だった、一万円よこせというところを最終的に三千円にまで値切ったのだと、次の日高校でみずからの醜態をおもしろおかしく吹聴してまわるそんな(…)の底抜けにあかるい性格が大好きだった。と、こんなふうに記憶をたどりよせていくうちに、(…)と、疎遠になった彼のことを当時の呼び名で書き記すことにたいする抵抗がどんどん薄れていくところがある。その日は兄とふたりで一時間ほど、(…)から聞いた三人組の特徴を追いながら夜の町を車で徘徊しまわった。結局犯人をつかまえることはできなかった。途中でそれらしい三人組を見つけたので助手席から飛び出したが、ひとちがいだった。兄から落ち着けといわれた。

 作業をすすめながらセブンイレブンで買ったおにぎり他を食す。それから今日づけの記事にとりかかるが、当然終わるわけがない、2時半に中断。続きはまた明日。