20230527

A coarse-looking orange-colored sun coming up behind the east range of mountains was making the sky a dull red behind them, but in front of them it was still gray and they faced a gray transparent moon, hardly stronger than a thumbprint and completely without light.
(Flannery O’Connor “The Artificial Nigger”)



 夜中から朝方にかけて、何度も何度も汗だくになって、その都度上着を変えた。たぶん三回か四回、着替えたと思う。熱によるものではない、ふつうに室温の問題だろう。ぼちぼちアイスノンを出す頃合いだ。
 昼ごろに起きる。体調は上々。喉の痛みだけはやはりいくらか残っている。風邪のときの痛みとは全然違う。風邪をひいたときの喉の痛みというのは、唾を飲み込むたびに、喉の奥がじゅわっと痛む、かさぶたがはがれたばかりの面に水を流すようなしみるような痛みだが、いまの痛みは、それよりももっと奥深いところに縦にするどい傷口が線として走っており、表面は乾燥しているその傷口を外側から無理やり開こうとするような種類の痛みだ。ただ、完全にはじめて体験する痛みかといわれたらそうでもなく、去年の冬休み中に風邪をひいたとき、これとおなじような喉の痛みを経験したことがあったし、あのときもやっぱり味覚および嗅覚障害に見舞われたのだった(という共通点から、今回のこの体調不良も実はコロナでもなんでもなく、風邪もしくはインフルエンザの可能性もあるのではないかという気がしないでもないのだが、実際のところは不明)。
 『Lifetime of a Flower』(石橋英子ジム・オルーク)を流しながら、作文コンクール用の原稿最終チェック。途中、二年生の(…)さんから微信。またクレーンゲームでぬいぐるみをゲットらしく(しかも三つ!)、その写真が送られてくる。今日は誕生日だという。ケーキがまだあまっているので食べないかというので、熱はひいたけれどもいっしょに食事してもだいじょうぶかちょっと心配だよと受けると、かまわないという返事。第三食堂に来てくれというので了承。
 それで身支度を整えて外に出たが、信じられないくらい暑かった、たぶん35度ほどあった。病みあがりのコンディションでこの熱気の中を移動するのはなかなかけっこうしんどいなと思いつつ、ケッタで第三食堂まで移動。すでに昼飯時はすぎているので、食堂内にいる人影はごくごくわずか。(…)さんの姿も見当たらない。着いたよと微信を送る。
 ほどなくして(…)さんと三年生の(…)さんがそろってあらわれる。誕生日おめでとうございますと(…)さんに告げる。食事の配達ありがとうございましたと(…)さんにあたまを下げる。第三食堂の二階に移動する。(…)さんはでかいケーキの箱を手にしている。ちょっとした鳥籠くらいのサイズがあるもの。中に入っているケーキは残りわずかになっていたが、箱のサイズから察するに、元々はかなりでかいものだったようす。父君が送ってくれたものだという。(…)さんは朝から御相伴にあずかったとのこと。
 紙皿とプラスチックのナイフをもらう。残っているケーキをさらに半分にカットしてそれだけ食う。第三食堂の二階はエアコンがついていない。そのせいでかなり蒸し蒸しとして暑く、この環境でケーキを食っても普通に味わう余裕なんてないというか、そもそも絶賛味覚障害中なので味がわからん(ただ、塩っけよりは甘みのほうがまだ微妙に感じやすい気はする)。
 長話の流れになる。(…)さんは最初からそのつもりだったのだろう。とはいえ、こちらとサシで話すというのも体裁が悪いというのもあって、おそらく(…)さんを呼び寄せたものではないかと思われる。実際、(…)さんはのちほど、わたしは先生と食事をする前、いつも(…)さんや(…)さんたちを誘います、でもみんないっしょに行かないといいます、先生と話すのは緊張するといいます、と嘆いてみせた。たしかにきみのクラスメイトはシャイな子たちが多いからねと応じたものの、この(…)さんの解釈には実は漏れがあるというのがこちらの認識。クラスメイトたちが(…)さんに食事に誘われても同行しようとしないのは、こちらと日本語でやりとりすることに対する緊張もあるだろうが、おそらくそれ以上に、中学時代から日本語を勉強しているために日常会話であればペラペラな(…)さんに対する引け目、彼女がこちらと同席する場であれば彼女が会話の主導権をほぼすべて独占してしまい、じぶんたちが介入する余地がまったくないということに対する一種の諦念みたいなものもあるはず。実際、(…)さんですら、(…)さんが同席している場では、こちらとの会話に多少及び腰になっている節が見え隠れしているのだ。
 今日の昼間、(…)さんは(…)さんといっしょに万达にいき、そこで例によってクレーンゲームで遊び、それから誕生日ということで日本料理屋でラーメンや寿司を食ったという。さらにセブンイレブンにも立ち寄っていろいろに買ったというのだが、こちらのためにおにぎりと手巻き寿司まで買ってきてくれていたので、これじゃあどっちが誕生日かわからんなといいながら、ありがたく受けとった。
 (…)さんはまた進路の悩みについて話した。日本の怪談や妖怪が大好きな彼女としては、大学院で民俗学を研究したい(雲南大学や中国人民大学などにそういう研究室があるようだ)。しかし父親としては彼女に日本語教師として故郷大連で生活してほしいというあたまがあるとのこと。日本語教師になるとすれば、大学院では翻訳・通訳関係か、あるいは言語学関係になるのだろうが、(…)さんとしてはそういう方面にあまり興味がないというので、いつも言っていることであるが、大学院の研究というのはやりたくないことを義務感でやれるようなものではない、研究内容が興味関心の対象でないと地獄を見ることになる、だから親の顔はいったん忘れろと助言した。親には嘘を言えばいい、民俗学の方面を研究しても教師になれるといえばいい、実際教師の資格試験を受けるだけであれば研究内容は関係ないではないかというと、(…)さんもうんうんと同意した。
 そんな(…)さんは今日はめずらしく花びらをちらした薄黄色のワンピースを着ていた。ちょっとレトロな古着テイストがあってかわいかったので、その服良いね、どうしたの? とたずねると、母親にゆずってもらったものだという。
 途中、たまたま食堂にやってきた二年生の(…)さんと(…)さんが、(…)さんにうながされるがまま場にくわわった。そうしてケーキの残りを食ったわけだが、クラスの中でもともとダントツにおとなしいふたりであるので、やはりガチガチに緊張しているのがよくわかる。コロナのときに熱が何度出たとか、故郷は(…)省のどこであるのかとか、そういう簡単な質問をなるべくゆっくりと口にしてみたりしたのだが、本当におどおどとしていて、見ているだけで気の毒になってしまう。やっぱおれの外見も問題なのかもしれんなァと思った。外見でこわいひとと思われるのを避けるためにも授業中はとにかく道化に徹しきっているわけだが、それはそれでいわゆる底抜けのパリピ、底抜けの陽キャみたいな印象を与えてしまい、結果、「社交恐怖症」を自称する子らを萎縮させてしまうのかもしれない。むずかしいなあ、もう!
 ふたりはじきにメシを注文するために席をたった。いつのまにか夕飯時になっているのだった。そういうわけでわれわれ三人も席を立ち、そのまま食堂をあとにすることにしたが、第三食堂の入り口で仮設テントが設けられており、そこで書籍のセールが開催されていたので、これは当然のぞいていくことに。日本人作家のものではやはり村上春樹東野圭吾がダントツで多い。あとは太宰治芥川龍之介川端康成江戸川乱歩など、まあだいたいいつもとおなじ顔ぶれ。書籍とは別に、俳優やアイドル、アニメやゲームのポスターを売っているコーナーもあった。胸の谷間をあらわにした白人女優のポスターらしきものを見つけた(…)さんがこれ先生のですねというので、アホと応じる。(…)さんは『ONE PIECE』のルフィの手配書を模したポスターがちょっと欲しいと言っていた。
 せんせー! といきなりアニメ声で呼ばれた。一年生の(…)さんだった。声を聞いたら、マジで一発でわかる。近くに中華版BL小説やポスターがあったので、きみが必要なのはこれでしょう? と茶化す。先生はなにがほしいですかというので、さっきの巨乳美女ポスターを見せる。それから陳列されている小説の中に一冊、真っ赤な装丁の中華人民共和国共産党なんとか民法なんとかみたいな本があったのをおぼえていたので、これがおすすめですと教える。(…)さんは笑った。さらにひとり女子学生がくわわった。(…)さんとコンビということは(…)さんだと思ってそう確認してみたが、そうではなかった、(…)さんだった。謝った。目が悪いので授業中後ろのほうに座っている子は顔がよくわからないのだと弁明した。
 やりとりしていると、今度は全然知らない男子学生に声をかけられた。日本語で「留学生?」というので、「教師!」と応じると、はてなという顔になるので、「先生!」と重ねて続けると、おお! みたいな表情になる。で、そのまま去ってしまう。日本語を独学で勉強している他学部の学生だろう。こういうことがときどきあるんだよと話していると、しばらくして、先の男子学生が別の男子学生たちを複数人ひきつれてもどってきたが、こちらを取り囲むだけで別に日本語で会話をはじめるでもない、みんなもじもじしていて、おれはパンダぢゃねーよ!
 さらにまた「先生!」と声がかかった。今度は三年生の(…)さんだった。顔がちょっと日焼けしているふうだったので、もしかしたら最近彼氏とどこか旅行したばかりなのかもしれない。日本に行くまであと少しでしょう? ちゃんと勉強してんのか? と茶化すと、まあまあという返事。しかし七月末に日本に向かう(…)さんと違って、(…)さんと(…)さんのふたりは八月出国らしい。以前、友阿の(…)で髪の毛の長さの話になったとき、(…)さんが(…)さんの髪の毛も長くてとてもきれいだと言っていたのを思い出したので、おさげをチェックさせてもらうと、たしかにかなり長かった。しかしそれでも腰に達するほど長い(…)さんにはおよばない。(…)さんはもうかれこれ五年ほど髪を伸ばしつづけている。
 学生らと別れる。第五食堂に立ち寄って打包する。いつもよりおかずが少ないのにどうしてだろうと思ったが、帰宅して理由がわかった、時刻はすでに18時をまわっていた、思っていたよりも長く第三食堂付近で時間を潰してしまっていたのだ。帰宅してメシ食う。それから作文コンクール用原稿の最終チェック。一年生の(…)さんが原稿に書いている内容のウラがとれなかったのだが(コロナ以降の日中民間企業の協力や人道的支援についての情報)、(…)さん曰く、知り合いに調べて送ってもらった情報一覧のなかにあったというので、まあいいかとひとまずそのままで良しとすることに。それからwordで体裁を整え、応募表を作成し、事務局にメールで送信。応募手続きが済んだことを参加者らに報告して、これでひとまず今年の作文コンクールは終わり! 肩の荷がひとつおりた!
 シャワーを浴びる。ストレッチをし、白湯をのみ、梨を食い(梨は喉の痛みにいいと学生らが教えてくれた)、(…)さんからもらったおにぎりと手巻き寿司を食ったが、味がしねえ! 特に手巻き寿司はサーモンとわさびという最強の組み合わせであるはずなのに、マジで! なーんも! 味がしねえ! ほんまええ加減にせえよ! これ、一時帰国中まで続くんやったら、なんのために帰国すんのかわからんくなるやんけ!

 ひとつ書き忘れていた。夕飯をとってほどなく、第三食堂でたまたま同席することになった(…)さんから微信が届いたのだった。「先生、あなたを見るたびに緊張して、何を言っているのかさっぱり分かりません。」「私の日本語が下手だからです」とのことで、ちょっと笑ってしまったが、(…)さんは日本語能力自体特別低いわけではない、(…)さんのほうは正直かなり難アリであるが、(…)さんの場合は単純に慣れの問題にすぎない。だからそう伝えた。分かりましたという言葉のあとに、突然英語で“But I am also very worried that I may have used inappropriate words and offended you.”と続いたので、あ、彼女はうちのクラスのなかではわりと英語のできるほうなんだなと思いつつ、じぶんはもう五年以上この仕事をしている、学生らの犯しやすい誤りや間違いにも慣れている、そのなかに仮に失礼な言い回しや不適切な表現があったとしてもそれを悪意として受け取ることは絶対にない、むしろそういう受け取り方をする教師がいるとすればそいつはすぐにでも仕事をやめるべきだと思うと受けた。日本語学科はどうも「社交恐怖症」の子が多いから緊張するのは仕方ないと受けると、わたしも「社恐」ですという予想通りの反応。相手を傷つけてしまったり怒らせてしまったりする可能性をおそれて、それだったらいっそのことはじめからコミュニケーションをとりたくないという考えの持ち主が、「社交恐怖症」を自称する子には多いでしょう? でもそうじゃないんだよ、傷つけてしまったり怒らせてしまったりした場合は単純に謝ればいいだけなんだよ、簡単な話なんだよ、その段階を抜きにしてそもそものコミュニケーションを回避するのはやっぱりもったいないとぼくは思うよと言ったのち、コミュニケーションとは交通のようなものであってときおり事故が生じることがある、でも人間はいまさら交通なしで生きていくことなんてできない、事故を減らす努力はするべきだと思うけど交通そのものを諦めることはないと思うよと、「投げ瓶通信」とおなじくらい手垢のついたコミュニケーションの比喩であるが、そう語った。“In the future, when I am afraid of communicating with others, I will remember this sentence and overcome my fear”とのこと。