20230602

The truth was that he was not very real to her yet. He was a kind of miracle that she had seen happen and that she talked about but that she still didn’t believe.
(Flannery O’Connor “The Displaced Person”)



 10時半起床。今日も今日とて終日味覚なき狂戦士。昨日まではそうでもなかったのだが、痰がからんで咳が出やすくなっている。コロナの特徴として日に日に症状が変わるみたいなのが挙げられているのを何度か見聞きしたおぼえがあるけれども、マジでそれだなという感じだ。食堂まで出向くのがめんどうなので朝昼兼用の食事はトーストですませる。コーヒーを飲み、洗濯機をまわし、きのうづけの記事の続きを書く。事務室に提出するために期末試験の問題用紙ほかを印刷。一年生のグループチャットに、体調不良などの理由によりテストの日程を変更したい学生がいれば連絡をくださいと通知。
 14時半から(…)一年生の日語会話(二)。期末試験その一。教室に到着したところで(…)くんが瑞幸咖啡の紙袋をもって教壇にやってくる。ふだん寄越すことのない差し入れを期末試験の直前にだけこうして寄越すその性根はあんまり好きになれないぞと思いながら受け取る。しかしこれは(…)くんからの差し入れではなかった。学習委員である(…)さんからの差し入れだった。そして(…)さんは今日試験日ではない。だったらなんの気兼ねもなく受け取れるというわけですぐに(…)さんにお礼の微信を送った。テストでこちらが咽喉を酷使するだろうことを見越しての差し入れらしかった。ありがたい。さっそく一口飲む。狂戦士状態であるので味がわからないのだが、それでもなにか舌先がぴりっとするような感触があった。ドリンクの容器にはりつけられているシールには美式咖啡と印字されているのだが、舌触りがちょっとコーラみたいだった。あれ? これ、なんかおかしくないか? と思ってもう一度シールをチェックすると、葡萄美式咖啡と記されていて、ブドウのアメリカンコーヒー? なんじゃそりゃ! 狂戦士状態なのでうまいかどうか判断できないのだが、どうもブドウっぽい酸味のあるコーヒーらしい(ぴりっとしたのはおそらく酸味だと思う)。さらにタピオカっぽいものもなかに入っていたが、あれはもしかしたらブドウの果実だったのかもしれない。
 テストをはじめようというタイミングで、地図の入ったUSBメモリを部屋に置き忘れてきたことに気づいた。地図がないと試験内容である「道案内」ができないので、すぐ部屋にもどろうとしたが、(…)さんのスマホに授業中に撮影した写真があるはずだと(…)くんがいう。それですぐに彼女のところに電話をかけてくれたのだが、肝心の写真は結局見つからなかった。結局、10分待っていてください! と言い残して寮まで戻ることに。ケッタをぶっ飛ばす。寮の入り口でスクーターに乗った(…)とでくわす。忘れ物しちゃったよと告げてすぐ部屋にあがるが、四階まであがったところで、部屋の鍵をケッタのロックに挿したままにしてあることに気づき、急いでいるときにかぎってこういう凡ミスが二つ三つ四つと連続するんだよなと思いながらまた一階までもどった。鍵を回収し、五階にある部屋までまた上がり、USBメモリの入ったコインケースを回収し((…)さんがくれたGUCCIのやつだ)、一階までもどった。ケッタをぶっ飛ばして外国語学院の教室にもどる。到着するころには汗だくだった。
 それでテストをはじめた。今日テストを受けたのは(…)くんと(…)くんと(…)くんと(…)くんと(…)くんと(…)くんと(…)くんと(…)さんと(…)さんと(…)さんと(…)さんと(…)さんと(…)さんの13人。きのうの(…)一年生と比べると、はるかに、そう、はるかにという言葉を使ってもまったく差し支えないと思うのだが、よい結果だった。正直、ここまで差があるとは思わなかった。男子学生については、(…)くんと(…)くんのふたり以外は全員「優」をつけることになるかもしれない。(…)くんはムードメーカーではあるものの授業中はつねに最後尾でスマホをいじっているタイプであるし、先学期の時点でいまは高校時代の貯金があるからなんとかやっていけるけれどもいずれ下から数えたほうがはやい位置になるだろうなと予測していた——と書いたところで自家製の名簿を見て気づいたのだが、(…)くんは高校時代に日本語学習歴がなかった! あるというのはこちらの勘違いらしかった! 反対に、大学から勉強をはじめたと思っていた(…)くんのほうが高二から日本語を勉強しているというメモ書きが見つかったが、いやこれは手元の名簿のほうにミスがあるかもしれない、こちらの記憶のほうが正しい気がする。実際、今日のテスト終わりに、(…)くんにきみは大学入学後に日本語を勉強しはじめたんですよねと確認したところ、然りの返事があったのだった(もしかしたら単純に聞き取れておらず、適当に返事しただけかもしれないが)。また機会のあるときにチェックしよう。(…)くんは「良」か「中」か微妙なところ。(…)くんにいたっては途中でテストを打ち切った。彼は先学期の期末試験も同様だった。高校二年生から日本語を勉強しているはずだが、今日は数字の9をどう読むのかもわかっていなかったし、テスト中断後、会話の授業の方針として不合格者を出すつもりはない、だから合格にはするという旨を板書してまで伝えたのだが、まったく理解していない表情を浮かべており、さらに教室を出ていくまぎわ、小声で听不懂みたいな言葉を捨て台詞として残していったので、听不懂ぐらいわかるよ馬鹿野郎! と『BROTHER』の北野武ばりに言ってやりたくなった。(…)さんと(…)さんと(…)さんの三人も「優」に届きうるレベル。(…)さんは予想通り問題アリだったが、それでもこちらが想定していたよりはずっとよかった。(…)さんも(…)さんと同レベル。(…)さんは先のふたりを下回った。(…)くんほどではないが、厳密にいえば不合格レベルだなという感じ。その(…)さんのテストをはじめようという直前、教室のパソコンが強制的に電源オフになったので、それをもう一度立ち上げるのに無駄に時間をくった。先学期はそうでもなかったのだが、今学期はなぜか授業時間が終わると同時にパソコンが強制的にオフになる仕様になっており、これがけっこううっとうしい、ふつうに解除してほしい設定だ。というか、これを書いているいま、先学期の期末試験の結果と今回の結果をふと照らし合わせてみたのだが、(…)くんにしても(…)さんにしても、先学期は全然良くない結果であったのに、今学期は「優」に届くレベルになっているのだから、なかなかたいしたもんだと思う。
 テストを終える。なんとなくそんな気がしていたが、廊下で(…)くんと(…)くんのふたりが待っている。飲み物をのみましょうという。ずっと待っていたのを忙しいと断るのはさすがにしのびないわけだが、しかしこれはちょっとずるいよなと思う、じぶんのテストの番のときにこのあとどうですかと聞くのではなく、廊下でほかの学生らのテストが終わるのをずっと待っていてアピールする、そうすればこちらが断りにくくなるのが計算に入っているふるまいだよなと思う。どこにいくのかとたずねると、ケンタッキーにいきましょうと(…)くんがいう。(…)くんはなぜ毎回マクドナルドやケンタッキーやスタバに行きたがるのか? 無駄に金がかかるだけであるのに。
 自転車を引いて歩く。(…)病院の中を自転車を引いたまま突っ切る。めちゃくちゃだ。そのまま(…)にあるケンタッキーまで歩く。道中、(…)くんはずっとスマホを見たまま歩いており、ほとんど言葉を発さなかった。あとで知ったのだが、どうやら『鬼滅の刃』の中国語訳を読んでいるようだった(時透無一郎と黒死牟が闘う場面)。それでふと思ったのだが、(…)くんは自分ひとりの誘いであるとこちらが断ると考え、そう乗り気でもない(…)くんを毎回無理やりひきずりこんでいるのではないだろうか。道中、(…)くんはまた歴史の話をはじめた。徳川家康がどうのこうの豊臣秀吉がどうのこうの源氏がどうのこうのと自分の興味がある話ばかりを一方的に口にし、ケンタッキーに到着したあともiPadを取り出してVPNを噛ませたうえでYouTubeにアクセスし、大河ドラマの予告編みたいなものを流してわれわれに見ろ見ろとうながす。そういうのに付き合うしんどさに心当たりがあった。(…)さんだ。オタクの悪い部分を凝縮したような、じぶんの興味関心しかそこになく、それが他者と共有可能なものであるかどうかを確かめることすらせず垂れ流しにすることで、じぶんだけがただただ気持ちよく楽しくなる、そういう他者不在のひとりよがりっぷりが、言語の壁などものともせずありありと伝わってくる。(…)くんは(…)くんで、そういう彼に付き合うのがしんどいのか、食事中もじぶんのスマホでじぶんの興味のあるアニメを視聴しているし、というか彼は今日の夕方から(…)さんといっしょに(…)に出かけることになっているのであり、本当であればこの時間もその彼女といっしょに腹ごしらえをするなりしたいと思うのだが、そこを無理やり(…)くんにひきずりだされてきた感じがするのであって普通に被害者だよなと思う。
 ケンタッキーではハンバーガーとポテトとよくわからんジュースを飲んだがあいかわらず狂戦士であるし、こんなもんになんで35元も払わなきゃいけないんだよという気分になる。(…)くんは17時半に(…)さんと落ち合う約束になっていた。時間になったところで席を立ったので、たぶん(…)くんとしては彼のみ離脱、その後はこちらとふたりで行動というあたまがあったのだろうが、いい加減彼のペースに付き合うのもしんどいので、そのタイミングでこちらも席を立った。それで(…)楼のほうを経由して寮にもどった。(…)くんは道中、学内にある瑞幸咖啡で二杯目のドリンクを飲もうといったり、果物屋で買い物しようといったりしたが、今日はもう寝たいからとどちらも断った。
 ひとつ書き忘れていたが、(…)くんはケンタッキーにいるときにiPadで日本のマッチングアプリらしいものをひらいた。使ったことはないと言いながらアプリをたちあげて、初期設定のプロフィールをさっそく作成しはじめたのだが、性別を選ぶ画面でさらっと「女」を選んでおり、なんで女にしてんだよと反射的に口にしたのだが、すぐに、あ、やっぱ彼はバイなんだなとひそかに思ったのだった。というかバイですらないのかもしれない、ゲイなんではないかという印象も彼に対してたびたびおぼえる(彼は話が性に関するものにさしかかるたびに「ぼくはゲイではありません」と聞いてもいない自己言明をする)。いちおうこれまでに複数の女性と付き合ったことがあるということなのだが、なんとなく、これまでに親しくしてきたゲイの学生らとおなじにおいを感じる、こちらをメシだの散歩だのに誘うときのグイグイくる感じとかに共通の印象をおぼえる。
 ふたりと別れて寮にもどる。ベッドに移動して30分ほど仮眠をとる。きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回し、2022年6月2日づけの記事を読み返す。二年生の(…)さんから教科書の文章を読み上げたものらしい朗読音源が送られてくる。おかしいところがあったら修正してほしいというので、アクセントの狂っている箇所だけボイスメッセージで修正する。こうしたものをわざわざ送ってくるということはいちおうスピーチコンテストのやる気はあるということなのか。あいかわらずよくわからん子だ。スピーチコンテストといえば、一年生の代表は(…)くんに決まったらしい。(…)さんは夏休み中の練習に参加できないからと断ったという。
 夕飯がアレだけだったら夜中にきっと腹が減るというあたまがあったので、21時をいくらかまわった時点で第四食堂に出向き、西红柿炒鸡蛋面を打包。第四食堂の外にある串焼きの店ではなぜか「涙そうそう」が流れていた。帰宅後、狂戦士状態で食す。期末試験を事務室に提出するのを忘れていたことに気づいたが、あとのまつりだ。シャワーを浴び、ストレッチをし、今日づけの記事を一気呵成にここまで書くと、時刻は1時半だった。

 寝床に移動後、『ネオリベラリズム精神分析――なぜ伝統や文化が求められるのか』(樫村愛子)の続きを読み進めて就寝。