20240512

 人間の思うことは言葉とともにあるから言葉で書くことにそんなに苦労はない。人間の動きも人間自体が言葉と無縁でいられないのだから言葉によって書ける。しかし自然となると言葉がない時代からあったのだから、フリークライミングの岩で指先がかろうじて掴めるところをそれぞれに手さぐりするようにしか書き手は自然に接近できない。自然を書く難しさとはそういうことなんじゃないかと思う。
保坂和志『小説、世界の奏でる音楽』 p.62)



 10時起床。トースト二枚とコーヒーの朝食。どういうきっかけであったか忘れたが、むかし文芸誌にミヤギフトシがFF10に言及しまくっている小説を発表していたなと思いだし、当時は斜め読みしかしていなかったが、あれちゃんと読んでみたいなと思ったので検索してみたところ、『ディスタント』(ミヤギフトシ)という小説が出版されているようだったので、Kindleにも対応しているようであるしこれ次ポチろうかなと思った。
 11時から15時前まで作文。「実弾(仮)」第五稿。シーン42をもう一度通してチェックし、シーン43をがっつり加筆修正する。
 きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。以下、2023年5月12日づけの記事より。

(…)週末の夜だからだろうか、キャンパスはかなりの人出で、特にバスケコート付近には人だかりができている。こんな遅くにまた試合でもやっているのかなと思ったが、そうではなかった、女子学生らがダンスをしていた。バスケコートのなかに楕円形の人垣ができており、その中央で音楽にあわせて、あれはたぶんK-POP風のものということになるのだろうか、わりとセクシー&パッショネイトなダンスをフォーメーションを組んだ数人の女子がパフォーマンスしており、彼女らが体を派手に動かすそのたびにギャラリーがキャーキャー盛りあがりまくって、こういう盛り上がり方もやっぱり中国とアメリカの共通点——というか中国と日本の相違点かもしれんなと思った。日本で同様のイベントがあったとしても、たぶん自然と拍手が巻き起こったり口笛が吹かれたり歓声があがったりするのは、パフォーマンスとパフォーマンスの合間(楽曲の切れ目)であったり、あるいはパフォーマンスのわかりやすい山場だけなんじゃないかと思うのだが、こっちではひとつのパートが終わって次のパートに移るたびにいちいちギャラリーがわーっと盛りあがる、ダンスの振り付けが大きく変化するそのたびごとにうわーっと巻き起こるものがある。それでちょっと思ったのだが、これってお偉いさんのスピーチの合間にさしはさまれる拍手とおんなじではないか? こっちでお偉いさんがスピーチしたり講演したりすると、ほとんど一段落ごとに、場合によっては一行ごとに、観衆らの拍手がさしはさまれるのがならいで、日本のようにはじまりと終わりだけ拍手する方式が世界共通だと思っていたこちらは最初びっくりしたのだが、と、書いていてさらに思ったのだが、乾杯もやはりおなじだ、日本のように最初に一度だけ乾杯して終わりではなく、中国では食事中に何度も何度も席を立ち中華テーブルに沿って歩きながら同席している人間全員と順次乾杯する必要がある。これ、全部共通のリズムだ。ここをフックにしてちょっとした文化論が書けるかもしれん。

 17時をまわったところで第五食堂で打包。帰宅後、メシ喰うないや喰う。食後はベッドで20分の仮眠。チェンマイのシャワーを浴びたのち、今日づけの記事をここまで書くと、時刻は20時半前だった。

 授業準備。日語会話(四)の第23課を詰める。これで日語会話(四)の今学期分の教案はすべて片付いたかたちになる(あとは例年やっている「道案内」と期末テストのみ)。それからR.Uくんの作文コンクール用の原稿もしっかり詰めて規定文字数におさめた。S.Sさんの原稿も詰める必要があるわけだが、彼女から前回おおまかに修正した内容で問題ないかどうかの返信がまだとどいていない——と思っていたところ、夜遅くに問題ないですの返信があった。好的!
 腹筋を酷使した。腹が減っていたが、夜食がなにもない。ラーメンも餃子も食い尽くしてしまった。(…)大学の、あの子はなんという名前だったか、Fくんに似ている物腰のおだやかな男子学生にもらったインスタントの、という表現が正しいのどうかはわからないけれども粉末に湯をそそぐだけの擂茶があったので、それをためしに食ってみることにしたのだが、全然うまくなかった。しかたがないので、プロテインで腹ごしらえをした。一年生1班のY.Tさんと、授業で使う資料を送った流れで、ひさしぶりにどうでもよろしいチャットをした。
 寝床に移動する前、『ディスタント』(ミヤギフトシ)をポチった。