20240531

 「息子さんがよくなってよかったわ」とミンディの母親が言った。
 沈黙。ルイは顔を上げた。それから沈んだ声で言った。「そうじゃない。よくなっていないんだ。もうよくなることはない」
 それだけだった。母親はなにも言わなかった。なんですって、とも、それはお気の毒に、とも、医者だって間違えることはあります、とも、ああ、ルイ、とすら言わなかった。彼女は勝手口で野菜売りを見下ろして立ち尽くし、ルイは彼女を見上げたままで、まったく似ていないふたつの横顔が歪んだ花瓶を形作っていた。それからミンディの母親は背を向けた。ルイは出ていった。花瓶が消えた。
(イーディス・パールマン/古屋美登里・訳『幸いなるハリー』より「坊や」)



 8時15分起床。トーストとコーヒーの朝食をとって外国語学院へ。10時から二年生の日語会話(四)。ディスカッションのテーマひとつ目は「子どものときに習い事をするなら?」で選択肢は「塾(勉強)」と「スポーツ」と「芸術」。テーマふたつ目は「三代欲求のうち、なくすことができるなら?」で選択肢はもちろん「食欲」「性欲」「睡眠欲」。後者はテーマ発表したときに教室中がアホみたいに盛りあがった。ただ、テーマが少々説明不足だったかもしれない。こちらとしては「睡眠欲」をなくすとはイコール眠らなくても健康を損ねることなく普通に過ごすことができるという意味合いだったのだが、学生らの多くはただその欲求を感じなくなるだけでずっと眠らないでいたらぶっ倒れてしまうという考えだったらしい。だったらそういう前提でいいかと思ってそのままディスカッションを続けていたところ、O.Gさんから睡眠欲がないということは肉体が睡眠を欲していないということであるから眠らずにいたところで健康を損ねることもないのではないかという指摘が入った(つまり、こちらとおなじかたちで議論の前提を理解していたわけだ)。いや、実際にはそう指摘しようとしたものの、日本語でそれを説明することができず、中国語でクラスメイトらに訴えたのだが、ほかのクラスメイトらもやはりそれを日本語に通訳することができなかったため、こちらが彼女の口にする中国語と日本語を断片的に聞き取って主張を推測し、つまりこれこれこういうことですかと確認をとったのだった。「睡眠欲」がなければ「夜の生活」を楽しむことができるとC.Sくんがいった。「夜の生活」はちょっとエロい感じがするなというと、みんな笑った。あと、「夜の生活」を楽しむという彼の主張に対する反論として、夜の街で歩くとヤクザに出くわすかもしれないから危険だという意見があったのをきっかけに、中国のヤクザについていろいろ質問した。学生らはみんなヤクザを見たことがないという。どこの都市に多いのとたずねると、うーんとみんなわからないようす。C.Kさんが、香港? というので、ああ! たしかに! 映画の世界だな! と笑った。どういう商売をしているのかという質問には、高利貸し、借金取り、人身売買、賭博という返事。先生はヤクザを見たことがありますかという質問が出たので、見たことがあるもなにもヤクザの経営する企業でヤクザといっしょにずっと働いていたと応じた。さすがに生々しいあれこれについて話すのはためらわれたが、ある日出勤したら同僚がふたりいなかった、上司にどうしたのかとたずねたらふたりとも前日に逮捕されたという出来事があったというと、みんな大笑いしていた。これは鉄板エピソード。
 あと、前半でやった「子どものときに習い事をするなら?」のほうで、芸術を幼いうちにやっておけば高考での加点があるという意見があって、これについては以前ちょっと小耳にはさんだことがあったので詳細をたずねたところ、みんなうまく説明できないようすだった。が、休憩時間中にわざわざR.UくんとS.Sさんカップルが教壇にやってきて、図解して説明してくれた。中国の高考には一般試験とは別に芸術試験というものがある。ただし、芸術試験だけで大学に合格することはできない、あくまでも一般試験に加点するかたちのシステムらしい。とはいえ、芸術試験は芸術試験でかなりレベルが高く、合格するためには? 良いスコアをとるためには? かなりの時間をかけて準備をする必要がある。しかるがゆえに、芸術学院に進学する学生以外が芸術試験を利用することはほぼないとのこと(そんなものを練習するひまがあれば、ふつうに受験勉強をしたほうが手っ取り早いし、効率的だということだが、しかし北京大学清華大学に進学を望む都市部の文化資本に恵まれた層は案外そうでもないのではないか?)。同様に、スポーツ試験というものもあるとのこと(こちらも利用者はほぼ体育学院に進学する)。
 しかし今日の授業も盛りあがった。ディスカッションは前半3グループ後半3グループでわけておこなっているのだが、今日はじぶんのグループが参加していないほうのディスカッションにも耳をかたむけている学生の姿が目立った。このクラスだったら二年生の前期からずっとこのやり方でもよかったなとあらためて思った。
 授業後、例によってR.Hくんからセブンイレブンに誘われたので、了承。道中、三年生のR.KくんとK.Iくんとばったり遭遇。近所のハンバーガー屋でテイクアウトした帰り道らしい。おいしいの? とたずねると、安い! という返事。Jでパンを三袋購入し、セブンイレブンでカツカレーとレモンティーを購入する(いつものカレーはなかった)。店の入り口で今度は三年生のC.Mさんとばったり遭遇。こちらの顔を見るなり、なぜか爆笑。
 R.Hくんは彼女と別れたという。まあ時間の問題だろうなとは思っていた。別れた原因について、相手が「原則」を破ったからだという。どういう原則? とたずねると、それはちょっとプライベートなことなのでというめずらしい反応があった。そういえばK.KさんとC.Rくんのふたりが付き合うことになったとき、ふたりでまずおたがいが守るべきルールのようなものをこしらえたという話をきいたが、R.Hくんのいう「原則」というのもそういうものなのかもしれない。これってもしかして中国のカップルあるあるなんだろうか? 今度学生らに訊いてみよう。

 帰宅後、メシ喰うないや喰う。食後、30分だけ昼寝するつもりだったのに、三時間半も寝てしまった。きのうづけの記事を書いて投稿し、ウェブ各所を巡回する。
 第五食堂で打包。寮の入り口付近でLが娘をひとり連れていたので話しかける。Bがめずらしく通りがかるのをLがひきとめる。今週だか来週だかに大学を去るのだという。労働ビザが出るのは65歳までなのでいわば定年、これにて本帰国となるらしい。おまえは何歳だと問われたので、38歳だと応じると、まだまだ若いなという反応。Nice to meet youとあったので、Nice meeting youではないのかと思いつつ、おなじように受ける。
 帰宅。メシ喰うないや喰う。食後、保温杯にコーヒーをなみなみそそいで図書館へ。たまには別の部屋に行くかと考えていたのだが、結局いつもの三階ロビーにある座席を陣取り、そこで「実弾(仮)」第五稿に着手。21時になったところでコーヒー切れを理由に退散。作業中、二年生のC.Rくんから着信があったので、いま図書館だから電話に出ることができないと、中国ではたぶんそこまで周囲に気を遣う必要はないと思われるのだが、切れたあとにメッセージを送ったところ、「たいしたことではありません」という返事。たぶんK.Kさんとのデートにまたこちらを巻き込もうというあたまだったのだろう。
 帰宅後、コーヒーを淹れなおしてふたたび作文。22時半に終了。シーン47、ガチガチに加筆修正している。完璧にはいまだ程遠いが、かなりよくなっていると思う。
 チェンマイのシャワーを浴び、インスタントラーメンを炒めて食し、今日づけの記事の続きをちょっとだけ書いた。それから1年前と10年前の記事の読み返し。以下、2014年5月31日づけの記事より。古井由吉のこのくだり、さすがにすごみがある。

 二階の瓦に鬼火のような炎がいくつも散って、すでに内に火が入ったらしく障子が薄赤く染まり、廂の下から白い煙をゆっくりと吐く家を、私は一度見あげたきり後も振り返らず走ったが、壕の蓋に土をかぶせるために子供たちを外で待たせてひと足踏み留まった母親はいよいよ走る間際に、玄関の路と庭の境の、垣根に沿って植えた薔薇が一斉に先端から炎を吹いて、その火が横へつながって流れたのを見つめてしまったようで、避難者の群れに混じった後で、綺麗だった、とようやく気落ちした声で話した。荘厳だった、ともしもそんな言葉を持ち合わせていたらの話だが、私も炎上寸前の家の姿をそう伝えたかもしれない。どちらも、恐怖の恍惚のようなものだ。生涯の光景というものは恐怖の極でこそ結ばれる。しかしその底に恥の念がふくまれていた。屈辱や恥辱ばかりでなく、現実に起こった事の前で子供ながら不明を恥じるような心だった。
古井由吉『野川』より「花見」)

 2014年5月30日にはこちらとJさんとYさんとBさんの四人で焼き鳥屋で飲み食いしている。もともとはJさんがパチンコで稼いだ金でわれわれにおごるからと言い出した計画。Jさんはシャブを打った状態でパチンコに行ったらかならず勝てるという謎の信仰心を有しており、それで出たばかりの給料でさっそくYさんからシャブを買って打ち、そのままパチンコに出向いたのだが、数万負けた。だったらもうみんなで割り勘でいいからふつうに飲みましょうという話になったのだが、そこで負けてしまったじぶんがよっぽど悔しかったのか、約束の日である30日当日であったかあるいは前日の29日であったか忘れたが、ふたたびパチンコに挑戦し、結果、出たばかりの給料を完全に使い果たしてしまったのだ。それで当日の飲み食いにかかった費用はJさん以外の三人が出すという、当初の計画とは正反対の飲み会になったわけだったが、以下、その飲み会翌日の朝礼の場面のようす。

二万円ちょっとを記録したレシートをワイシャツのポケットに忍ばせておき、朝礼で一礼したときにJさんの足元に落ちるように細工してベタな笑いをとった。手落としたものを拾いあげたついでに昨日オーダーした品目に目を通していると「玉ねぎ」とあって、それを目にしたとたんに思い出したのだけれど、有り金すべてを使い果たしてすっからかんになったJさんが面目なさげにわれわれの前にあらわれたあと、もう気にしなくていいからとりあえず楽しく飲み食いしようとみんなでうながしてみても思いきり気落ちしたままで口数すくなく、しかたがないのでこっちで注文決めちゃいますよとYさんが席についたあと適当な品をまとめてオーダーし、次いで魚介類の駄目なBさんがじぶんの好みの品をオーダーし、こちらはけっこうふらふらだったのでふたりにおまかせすることにしてパスし、そうしていよいよJさんの順番になったところでJさんは食べたいものないんですかとだれからともなくたずねてみると、ものすごくかぼそく弱々しい声でぽつりとひとこと、「玉ねぎ……」とあって、あれには死ぬほど笑った、そしてそのエピソードをとっさに思い出して披露した今朝も今朝でみんなでいっせいにひざから崩れおちるほど笑った。Jさんは四六時中照れくさそうにしていたが、昨晩にくらべるといくらかふっきれたのか、すこし元気になっていたのでよかった。

 煙草も買えないらしいJさんのために代金をもってやった。おおきにMくん、来月の給料日まで堪忍してや、というけれども給料日はまだまだ先である。いま率直にいって手元にいくら残ってるんですか、とYさんがおおまじめな顔つきで問うてみせると、「う〜ん、8円!」という返事があったので、ここでもまた死ぬほど笑った。うまい棒すら買えへんやん! いっそのこと0円いうてくれたほうがすがすがしいわ! と総員でつっこんだ。100円のもんなんか買うたときに消費税分だけ出してくれるやろとEさんがぼそりとつぶやいた。とどのつまりJさんは給料日からの10日間で8万円まとめて一気に溶かした計算になるらしかった。

 あと、Mアパートの大家さんの名言も記録されていた。これは完全に失念していた。

帰宅してから汚れたまま放ったらかしになっていた皿を水場で洗っていると乳母車をひいた大家さんがやってきて、いつものことであるけれども料理と洗濯物の手際をやたらとおおげさなもってまわった言葉遣いで褒められた。それ補聴器のイヤリングなんか、とこちらの左耳にぶらさがっているものを指さしていうので、これはただのかざり、と答えた。

 『ディスタント』(ミヤギフトシ)で言及されていたこともあり、また「実弾(仮)」で言及していることもあって、ここ数日最近なんとなくFFⅩの動画をちょっとのぞいてみたり音楽をきいてみたりしているのだが、「いつか終わる夢」のものすごくいいオーケストラアレンジを見つけた(https://www.youtube.com/watch?v=o4d_ED3wFEs)。CDにはなっているようだが、サブスクは解禁されていない模様。
 寝床に移動後、The Habit of Being(Flannery O’Connor)の続きを少しだけ読みすすめて就寝。