20240601

 「American Scholar」誌にパールマンは「短篇作家の自由」(二〇一三年十一月)と題するエッセイを書いているので、印象的な文章を抜粋しておく。
「短篇の結末では、縺れた糸を撚り合わせるという長篇に必要なことをしなくてもいいのです。得体の知れなさこそが、短篇小説の持ち味です」
「短篇作家は、チェーホフのような短い事件を書いてもいいし、アップダイクのような人生の断片を描いてもいいし、グレース・ペイリーのようにニューヨークの公園での午後のひとときを語るだけでもいいのです。語られないことをそれとなく示すために短篇小説はあるわけですから、作家がすべきことは手がかりをそっと差し出すことなのです」
(イーディス・パールマン/古屋美登里・訳『幸いなるハリー』より「訳者あとがき」)



 6月だぜ!
 10時半起床。きのう昼寝しまくったわりにはいつもとさほど変わらない時間に就寝したので眠りが浅く、夢もたくさん見たし、そのうちのいくつかは明晰夢だったし、ひさしぶりに軽く幽体離脱もした。無数に見た夢のなかにひとつ、どエロいものがあった気がするのだが、内容はよくおぼえていない。
 外教のグループチャット上ではHappy dragon boat festivalのお祝いメッセージが飛び交っている。端午节は10日ではなかったっけ? と思ったが、Lがその10日がDragon Boat Festivalで休日になるという通知を行っているのに対して、フライングで外教らがお祝いの言葉をかけあっているのだった。モーメンツでは、儿童节快乐や六一快乐という文字列がやはり飛び交っている。6月1日は中国の子どもの日なのだ。
 トースト二枚の朝食をとったのち、13時から16時半まで「実弾(仮)」第五稿作文。シーン47、いちおう終わった。だいぶ書きなおした。今月中にまちがいなく第五稿が片付く。そのタイミングで「田舎の善人」を踏まえた短編を書き出してみるかな。夏休み中に初稿を一気に書きあげるつもりでいきたい。
 一年生1班のK.Iくんから早口言葉の録音がとどく。レベル4をクリアしていたのでびっくり!
 きのうづけの記事の続きを書いて投稿。第五食堂で夕飯を打包。二度目のコロナ(疑惑)でぶっ倒れていた期間中になんとなく視聴しだしたのをきっかけに夕飯中のおともになっていた『俺の屍を越えてゆけ』のプレイ動画をついに最後まで観てしまった。
 食後、コーヒーと写作の課題をもって図書館へ。土曜日であるし、きのうC.Rくんからきいたところによると今日は(たぶん儿童节関係のイベントだと思うが)グラウンドでライブだのダンスパフォーマンスだのがあるという話だったし、図書館はガラガラだろうと思っていたのだが、そんなこと全然なかった、むしろ平日より混んでいた。19時半ごろから閉館前までひたすら学生らの作文を添削し続けたが、三分の二ほどしか進まず、来学期からこの作業量が二倍になるのか、マジか……とあらためてあたまが重くなった。夏休み中にもうすこし添削の楽な課題を用意しよう。前期は短文作成をメインにしてもいい。
 帰宅。チェンマイのシャワーを浴びる。冷食の餃子を食し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。月があらたまったので、先月の作業進捗状況を確認する。「実弾(仮)」第五稿は797/1109枚→993/1137枚。1111枚のゾロ目で脱稿するという計画、完全に終わった。第六稿以後もおそらく細かく加筆を重ねていくことになるだろうし、最終的には1200枚くらいになるのかな。「1200枚+小説」でググってみたら、村上春樹の『街とその不確かな壁』がちょうどそのくらいのボリュームらしい。読んどらんからピンとこない。以前も調べた気がするが、阿部和重の『シンセミア』で1600枚らしい。『シンセミア』は文庫本で四冊だから、「実弾(仮)」は文庫本で三冊分くらいのボリュームになるわけか。「A」(200枚前後)→「S」(400枚前後)→「実弾(仮)」(1200枚前後)という流れ。

 図書館で添削した作文のなかにR.Uくんの提出したものがあったのだが、そのタイトルが「隣の天使様は動物園で働いている件」で、書き出しの一行が「目が覚めたら、目の前は知らない天井だ」だったのには、さすがに笑った。彼の高い日本語能力がなに由来でつちかわれてきたものであるのかが一発でわかる最高の作文。