20240609

Pip was tall for his age, with lank black hair and a white face, but Rags was very small and so thin that when he was undressed his shoulder blades stuck out like two little wings.
(Katherine Mansfield “Bliss and Other Stories”より“Prelude”)



 11時前起床。食パンが一枚しか残っていなかったので、目玉焼きをふたつこしらえて食う。红枣のヨーグルトも。これで作業時間はなんとかもつはずだ。中国の卵は当然生食できるものではないので(生食用の卵もいちおうYには売っているのだが、ポルトガルが世界の王者だった時代の胡椒ほど高い)、しっかり火を通す。本当は半熟が好きなんだけどな。
 13時から17時まで「実弾(仮)」第五稿作文。シーン50、もう一度チェックするも、問題なし。シーン51もあたまからケツまで通す。ここもそれほど問題ない。よく書けていると思う。
 作業中、二年生のG.Kさんから微信。期末テストのテーマトーク「二年生になってから一番面白かったこと」について、具体的な内容でないといけないのかというので、質問の意図がちょっとわかりかねたのだが、たぶんこういうことかなと思いつつ、「(…)いつどこでどのようなことがあったのか、なるべく具体的に話してほしいです。たとえば、「二年生になってから、仲のいい友達ができました。その友達といっしょに遊ぶときは、いつも面白くて笑いが絶えません」というような曖昧な内容ではなく、「今年の4月、友達といっしょに(…)に旅行しました。そこで〜〜という出来事があり、大笑いしました」というふうに具体的なエピソードを話してほしいです」と返信。G.Kさんはテーマトークのお題としてもうひとつ「思い出の写真」を選ぶつもりでいるのか、のちほどモーメンツに、私はM先生にスマホのなかにある写真すべてがとても重要なんだとどうやって説明すればいいだろうみたいなメッセージも投稿していた。大切な写真を一枚だけ選ぶことなんてできないという意味らしい。
 作業の終盤、おなじく二年生のR.Uくんから微信。例によってニーチェについて。超人思想がいまひとつ理解できないので教えてほしいと、彼なりにその内容を日本語でまとめたメモ書きの写真を送って訴えてみせる。メモ書きの内容は、超人とは「世間の善悪観念に縛られない」「旧価値観を破る」「個人の新たな価値観や善悪観念を創る者」であるが、仮に強盗や殺人を善とみなすものが現れた場合、それでも超人といえるのか? さらにそうした人物ばかりになったら、人類社会は滅びてしまうのではないか? みたいなアレで、おおー思っていたよりもしっかり理解できているなとちょっとびっくりした。なので「まず、大前提として、ニーチェのいう「超人」とはなにかという問題は、研究者の間でも解釈が無数にある。それだけで論文や書籍が書かれるテーマ。だから、確実な正解というものはない」「とはいえ、一般的にはおそらくこういうものだろうという理解は当然ある。きみの書いたメモも大体その理解と一致していると思うよ」とした上で、これについては以前も説明したことのくりかえしになるわけだが、そもそもニーチェの思想はキリスト教道徳との緊張関係のもとに練られたものであること、いまでこそべったりと手垢のついたものと見なされている相対主義が当時はまだ目新しかったことなどをあらためて伝えたのち、ニーチェは「道徳」ではなく「倫理」のひとであること(社会的に共有された「法」に従うのではなく、みずからがみずからに課した「法」に従う)、道徳や良識の外にまずは出てみることをなによりも重視したこと、そうした道徳や良識に対する反抗(相対化)から生まれる思想の萌芽がどのような影響をその社会にあたえるかについてはいったんおいておくという、われわれの一般的な常識に照らし合わせれば一種無責任ともとられかねない発想に立っていること(より正確にいえば、力能と責任という概念はそもそも結びつかないものなのであり、そこを結びつける欺瞞をこそ撃っているわけでもあるのだが、それについては話がややこしくなるので紹介せず)などを説明。それにくわえて、ニーチェキリスト教道徳を奴隷道徳であると批判しているものの、存命時のイエスそのひとについては、先の理解に即していうのであれば、(パリサイ人に代表される律法主義者が多数派であった世界において)まぎれもなく超人であったともいえること、また、「超人」という字面に騙されやすいかもしれないが、それは無敵の強者などでは全然なく、むしろ権力者や大衆によって攻撃されまくってボロボロになっている社会的弱者や少数者のそれでいて不屈のたたずまいにこそ冠せられるべき称号であることなどを説明した(その説明をしているときにこちらのあたまにあったのは、ゴルゴダの丘に連行される途中のイエスの姿だ)。
 第五食堂で打包。食後20分ほどの仮眠をとったのち、コーヒーと『ムージル日記』(ロベルト・ムージル/円子修平・訳)をもって図書館へ。今日は四階の長机で書見。七部丈のパンツをはいていたのだが、くるぶし周辺を蚊に喰われまくったので、だいぶあたまにきた。どうしてうちの図書館はこんなにも蚊が多いのか? トイレの強烈な臭いがロビーにまで漏れている点、蚊が多い店、エアコンをケチる点、この三点はうちの図書館が日々犯しつづける大罪である。

 図書館には閉館時間の22時まで滞在した。途中、二年生のT.Uさんから作文の添削依頼がとどく。マジで四級試験当日まで毎日作文を書く気でいるつもりらしい。たいしたもんだ。どうしてこんな努力家がうちの大学にいるのか? いま図書館にいるので帰宅後にまた添削するねと返信。彼女も図書館で勉強中であるらしかった。
 以下、『ムージル日記』(ロベルト・ムージル/円子修平・訳)より。

 詩作とは自分自身を裁くことである。無罪放免の確実さをもって!
(937)

障害。二九年一月五日。もちろん清書のはじめに。第一章を新しくすること。三日前、満足するにたる観念。昨日、第一章は充分に成功していると思われはじめた。障害が現われた。障害はどのようなものか。ぼくは第一章の満足するにたる最後の部分、主要部分を頭のなかにもっている。ぼくは第一部を、形式的に未熟で、ぼくが抹消するような様式で書きつづける。大都市の騒音やスピードのまだ使われたことのない描写をここに挿入することを思いつく。それがどのように最後の部分に移行すべきか、眼に浮かぶ。しかし不正確、未決定に。いまや古典的な状況が創られた。二つの固定した支柱、その間に成立しようとしない移行。
 ぼくはこの移行を挿入し、一部分だけを残しておく。ぼくは抹消し、また別なふうに試みる。不満がしのびこんでくる。ぼくは全体の線を失う。ぼくは文体上のディテールに拘泥して、副次的な文から主要な文、エトセトラへの位置にかかずらっている。
 意気消沈。もしこんなふうに進行するとすれば清書に一年かかってしまう。
(938)

 この「執筆障害」の感じ、ものすごくよくわかる。「S」を書いているとき、まさにこんな感じだった。「A」ももしかしたらこんなふうであったかもしれないと思うが、しかしあれはなんだかんだで半年くらいで仕上げることができたものであるから、「S」にくらべると、実は全然苦戦などしていないことになるのかな。
 以下も非常によくわかる。書けないときのどんよりした気持ちがよみがえってくるようだ。

 ぼくはぐっすりと眠った。しかし目覚めの際、すべてはうまくいっていると思う前に、苦痛。
 頭のなかの肉体的な感覚であったけれども、正確に苦痛と呼ぶことはできない。そのための最上の表現は「知的絶望」であると思われる。それはふたたび原稿にとりかからなければならない、という恐ろしい嫌悪(疲労困憊の際に似た)を混じえた麻痺である。
(938)

こうしてぼくは、ひとが愛するすべては芸術のなかでは美しくなるという考えに到った。美とは、なにかが愛されているということの表現以外のなにものでもない。美はただそのように定義されうるだろう。
(959)

三月一六日。日曜日。昨日は気分が悪かった。仕事は足踏み状態で進まない。インフルエンザが拡がっていると思う。四時半にぼくらはノイエ・ガレリーに行って、黒人画家の展覧会を見た。まったく興味なし。ところで、ぼくは誤った態度をとって、入り口でぼくの名を言って入場券を払うのを拒んだ。そして、芸術に携わるものとしてぼくを招待するかしないかだと言った。おびえた従業員が相手だったので、それは当然許されなかった。今日、二シリングを送って、文書で苦情を訴えるはずであった。しかしぼくはあまりに怠惰である。
(975-976)

 このくだりを読んでいると、やっぱりムージルって傲慢でめちゃくちゃプライドの高いやつやったんやなと思う。『ムージル伝記』でもそのあたりけっこう触れられていたおぼえがあるけど。

 (たったいま、数日前に、神経質な心臓状態に脅かされていたときに見た、素朴で強烈な夢を記入しなかったことに気づいた。ぼくはマルタと一人の紳士と森へ行った。広く四方に枝を張った、滑らかな木に上った。すこし自分を見せものにした。うまくいくのに誘われて、はじめに思っていたより高く上った。もっと正確に言えば、よじのぼった部分が陰険にも成長したのだ。突然ぼくは、ぼくに可能な以上に上ったことが明らかになった。もはや引き返すこともできず、激しい動悸を伴った不安の発作に襲われた。最後に、おそらく目覚めながら夢を詮索して、ぼくは確認した。木[バウム]はブナ[ブーヘ](本[ブーフ]!)であり、紳士は若い頃からの友人ヘルツフェルト(心臓の故障[ヘルツフエーラー]!)であった。)
(981)

 精神分析のまねごとをするムージル。意外だ。

 出版の、一般に言論の自由、良心の自由、個人的尊厳、→精神の自由←エトセトラ。あらゆる自由な基本的権利は、ただの一人をも極端に憤慨させることなく、いや、一般に、それが人びとに強く感じられることなしに一掃された。人びとはこれを悪天候のように受け入れている。平均的個人はまだ自分が撃たれたと感じていない。これには深く失望しないわけにはいかない。ここで廃止されたすべてのことはもはや人間にあまり関わりのないことであるという結論は、より正しい。確かにそうでもあったのだ。人びとは、たとえば良心の自由を行使してきたであろうか? その機会はまったくなかった! おそらくビーダー・マイアー時代の人びとと同じように、良心の自由を真剣に考えなかった。人びとに代わって新聞がそれをした。そして、新聞がしたすべてに人びとは、それが一見して不可欠であったにもかかわらず、一種の不機嫌さをもって耐えた。そう理解すれば、ファッショの規律は大体において大衆心理を確実につかむ創造である。
(992)

 このくだりは耳が痛い。完全に現代日本にも当てはまる。

ヒトラー。人格となった情動、演説する情動。目的なしに意志を興奮させる。
(995)

定義。近代人は臆病である。しかし彼はヒロイズムを強制されたがっている。
(997)

溜息。微笑。高笑。——は無数の様式をもっている。しかし、われわれはそれを副詞によってしか表現できない。諦らめた、曖昧な、見下すように、いいかげんに、楽しそうに、おもしろがって、愛想よく。
(1027)

彼は万人のために話す。彼は同時代人のさなかから話す。換言すれば、生まれながらの凡庸さ!
(1028)

ぼくは祝辞か記念論文集のどこかで読んだことがある。「自分自身を完全に客観的に見、いわば自分に対面し、自己の生がイメージのように眼の前を過ぎて行くのを見る、という老年のすばらしい結果が彼女にあたえられた。」これは正しい。
(1030)

きみが浅い眠りのなかで寝返りをうって、きみのベッドがガタガタしても、きみはそれにいささかも煩わされない。壁の向こう側のひとがガタガタすれば、それはきみを絶望的に目覚めさせてしまう。
(1031)

身元確認のための指紋はシナと日本では一〇〇〇年以上も昔から使われていた。ヨーロッパでは約一八八〇年にそれを考えた。文化の発展は、それがいくらか失われた場合、けっして近いうちに別な道を通って再発見されることがないという一例!
(1033)

老年の魅力/退化の/。いわば眼から鱗が落ちる。きみは愛するものとその活動を無慈悲に見る。
(1035)

天才にめぐまれている。ということは、彼の複数の才能を一つの才能のために、あるいはその才能の大部分のために失うこと(制限すること)である。
(1061)

健忘症の男。彼は一度感じた共感を何年にもわたって忠実に保持する。そのうち、その共感は誰に対してのものだったか忘れてしまう。
(1063)

 作者は読者との関係においては、外国語を書く。
(1072)

 ムージルもまたプルーストや彼の言葉をひくドゥルーズみたいなことを言っているとは知らなかった。ちょっとびっくり。

白い煙と(赤)黄金色の炎。それが彼女の髪だった。赤ブロンド。白髪になりかかった。
(1074)

 帰宅後、チェンマイのシャワーを浴びる。冷食の餃子を食し、きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回する。それから1年前と10年前の記事の読み返し。以下は2023年6月9日づけの記事より。

 反復から成り立つ現実に、すこしずつ置き残されていくのが、年を取っていくということか。よくよく知ったはずの道に迷う。角を正反対のほうへ折れて、しばらく間違いに気がつかない。方角が怪しくなって立ち停まると、あたりが見知らぬ場所に見える。この辺にはあり得ぬ所のように思われる。ようやくもとの角まで引き返して、あたりを見まわせば、さっきはこの風景が自分の眼にどう映ったので、逆の方向へ迷わず歩き出したのか、さらに不可解になる。
 街の様子がのべつ変わる世の中である。変わらぬ角でも、その辺の店が少々の模様替えでもすれば、雰囲気は微妙に異ってくる。人は要所要所で雰囲気に感じて道を取っているものだ。しかし場所の雰囲気も人の方向感覚も、一挙の激変がないかぎり、あるいは五年十年ぶりに来たということでもないかぎり、反復から成り立っている。持続ではない。持続ということでは怪しい。病的に昂じればデジャ・ヴュと呼ばれるが、安定した既視感に人は頼る。視覚で代表されるが、聴覚も嗅覚もふくむ。この既視感がまるでなければ、雰囲気も方向感覚もあったものではない。内の反復が外の反復と相携えて、歩いているわけだ。ところが、年を取るにつれて、内の反復がゆるむ。
 家の内にあっても、年を取るほどに人の習慣は抜き難くなり意味もない常同に嵌ると言われるがそれは或る年齢までのことで、老齢に入れば習慣はむしろ綻びやすくなる。日常の行為には、歯を磨いて顔を洗う、あるいは湯を沸かして茶をいれるという程度のことでも、長年定まった無意識の手順がある。それがある日、ひそかな気紛れに忍びこまれたように、どこかで前後が乱れ、その狂いがまた順々に繰り越され、本人にも思いも寄らぬ間違いとなって表われる。薬缶がテレビの上にのっている。眼鏡が茶箪笥に片づいている。そこまで行かなくても、たやすい手順を踏むことに俄かに疲れを覚える。忿怒のようなものさえ起こりかける。天邪鬼がささやく。いずれにしても、長年の反復に、現在がついて行けなくなりつつある徴だ。体力の掠れてきたこともあるだろう。
古井由吉『野川』より「夜の髭」)

 今日づけの記事も途中まで書いたのち、寝床に移動して就寝。