20240610

 There was an old stump beside the door of the fowl-house. Pat grabbed the duck by the legs, laid it flat across the stump, and almost at the same moment down came the little tomahawk and the duck’s head flew off the stump. Up the blood spurted over the white feathers and over his hand.
 When the children saw the blood they were frightened no longer. They crowded round him and began to scream. Even Isabel leaped about crying: “The blood! The blood!” Pig forgot all about his duck. He simply threw it away from him and shouted, “I saw it. I saw it,” and jumped round the wood block.
 Rags, with cheeks as white as paper, ran up to the little head, put out a finger as if he wanted to touch it, shrank back again and then again put out a finger. He was shivering all over.
 Even Lottie, frightened little Lottie, began to laugh and pointed at the duck and shrieked: “Look, Kezia, look.”
 “Watch it!” shouted Pat. He put down the body and it began to waddle―with only a long spurt of blood where the head had been; it began to pad away without a sound towards the steep bank that led to the stream. . . . That was the crowing wonder.
 “Do you see that? Do you see that?” yelled Pip. He ran among the little girls tugging at their pinafores.
 “It’s like a little engine. It’s like a funny little railway engine,” squealed Isabel.
 But Kezia suddenly rushed at Pat and flung her arms round his legs and butted her head as hard as she could against his knees.
 “Put head back! Put head back!” she screamed.
 When he stooped to move her she would not let go or take her head away. She held on as hard as she could and sobbed: “Head back! Head back!” until it sounded like a loud strange hiccup.
 “It’s stopped. It’s tumbled over. It’s dead,” said Pip.
 Pat dragged Kezia up into his arms. Her sun-bonnet had fallen back, but she would not let him look at her face. No, she pressed her face into a bone in his shoulder and clasped her arms round his neck.
 The children stopped screaming as suddenly as they had begun. They stood round the dead duck. Rags was not frightened of the head any more. He knelt down and stroked it, now.
 “I don’t think the head is quite dead yet,” he said. “Do you think it would keep alive if I gave it something to drink?”
 But Pip got very cross: “Bah! You baby.” He whistled to Snooker and went off.
 When Isabel went up to Lottie, Lottie snatched away.
 “What are you always touching me for, Isabel?”
 “There now,” said Pat to Kezia. “There’s the grand little girl.”
 She put up her hands and touched his ears. She felt something. Slowly she raised her quivering face and looked. Pat wore little round gold ear-rings. She never knew that men wore ear-rings. She was very much surprised.
 “Do they come on and off?” she asked huskily.
(Katherine Mansfield “Bliss and Other Stories”より“Prelude”)



 9時ごろ自然と目が覚めた。最近は朝自然とよく目が覚めるし、二度寝できないことも多い。今日もそんな感じだった。活動開始したのは10時半前だったが、9時以降は寝床でごろごろうつらうつらしているだけで、半睡半醒の心地のなかにあった。夏のせいか。
 食パンを切らしていたので第五食堂で閑古鳥の広州料理を打包。食後、きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事の読み返し。「実弾(仮)」のタイトル、「祝福された貧者の夜に」にするのもいいかなと一瞬思ったが、いや、やっぱりちょっと違うか。
 Sさんがブログで高柳昌行について言及していたのでひさしぶりにききたくなり、作業中はAppleMusicにあった『850113』『ライブ・アット・タロー[昼の部]』『flower girl』などを流した。もう十年以上むかしになると思うが、フリージャズや現代音楽やミニマリズムやノイズのレア音源ばかりをのっけている海外のリッピングブログがあり、そこでダウンロードした音源をよくきいていたのだが、その後パソコンがぶっ壊れてしまったので当時得た(というか違法ダウンロードした)音源はすべてなくなってしまった。金なら払うので、サブスクじゃなくてもいい、CD再販してくれと思うものがたくさんある。
 二年生のT.Uさんから質問。「それで」と「そこで」の違いについて教えてほしい、と。さっそくググる。これも難問ではあるらしく、両者の違いについて論じた論文が複数ヒットしたが、あんまり専門的すぎる話をしてもアレであるしというわけで、ざっと目を通した情報のなかではもっともその違いを明確に説明していると思われるものを、例外はもちろんあるがという断りつきで噛み砕いて説明することに。

基本的にはほとんど同じ意味であると理解していいよ。ただ、ニュアンスは微妙に異なる。「それで」は主に理由、「そこで」は主に対策を意味することが多い。
 
(1)明日は試験だ。(理由)それで、鉛筆と消しゴムを準備します。
(2)明日は試験だ。(対策)そこで、鉛筆と消しゴムを準備します。
 
これはどちらも正しい。
 
(1)彼女は美人でやさしい。(理由)それで、みんなから人気がある。
(2)彼女は美人でやさしい。(対策)そこで、みんなから人気がある。
 
これは(1)は問題ないけど、(2)はおかしい。
 
(1)お金を忘れた。(理由)それで、友だちに借りた。
(2)お金を忘れた。(対策)そこで、友だちに借りた。
(3)お金を忘れた。(理由)それで、お昼ごはんを食べることができなかった。
(4)お金を忘れた。(対策)そこで、お昼ごはんを食べることができなかった。
 
この例文だと、(1)から(3)はすべて正しい。でも(4)はおかしい。
 
わかるかな? 実はこの二つの言葉の違いは、それだけで論文のテーマになるほど難しい。だから、大体のニュアンスだけ掴んでおけばいいよ。

 T.Uさんからはのちほど「すっかりわかりました」という返信があった。よかった、よかった。
 一年生2班のR.Kさんからも微信。明後日の午前中は卒業式ですべての授業が中止になるという通知があったのだが、期末試験の日程はどうするつもりかという質問。初耳だったが、通知のスクショを見せてもらうと、式には四年生だけではなく一年生も全員出席しなければならないとたしかにある。だったら明後日の午後に時間をずらすか、あるいはまるっと一週間ずらすかしましょう、クラスメイトらと相談してどちらが都合がいいか決めてくださいと返信。結果、明後日の14時半から期末試験その二を執り行うことに決まった。

 明日の日語基礎写作(二)にそなえて「四級試験必勝法」なる書類を作る。16時半をまわったところで作業を切りあげ、ケッタにのって后街の快递へ。雨、ぽつぽつ。道中、三年生のR.Kくんに似た、長身の彼よりもさらに背の高い男子学生を見かけたのだが、快递の倉庫内でほかでもない本物のR.Kくんから「先生!」と呼びかけられたので、ちょっとびっくりした。R.Kくんはスーパーの買い物籠みたいなものを地面に上に置き、そこに小包をふたつみっつと投げ入れていた。そんなにたくさん荷物があるのとたずねると、彼女の分もあるからという返事。先生はなにを買ったのというので、洗顔料だよと答えたが、本当は洗顔料とギターのカポだった。カポのほうを咄嗟に隠したじぶんのふるまいに、なるほどおれは気晴らしにギターを弾こうというじぶんの考えをちょっとはずかしいと思っているのだなと分析したが、いやそうではなく、単純にカポを彼に通じる日本語で説明するひと手間を面倒くさく思っただけかもしれない。
 帰路、雨足が強まる。Jで食パンを三袋買う。端午节はどうだ? と店員のおばちゃんがいうので、いつもどおりだよ、でも今日の夜に学生がちまきを持ってくるとホラを吹く。例年この日は学生からちまきの差し入れがあるので、咄嗟にそう答えてしまっただけのことであるのだが、これは実際そのとおりになった。帰宅後、一年生1班のY.Kさんから実家で家族がこしらえた手作りのちまきを差し上げますと微信がとどいたのだ(かなり意外な相手!)。
 第五食堂で打包。昼飯をたらふく食ったこともあってあんまり腹が減っていなかったので、おかずをいつもより少なめにし、白米もいつもは2パックもらってくるところを1パックにしたのだが、慣れないことをして習慣が破れたためにか、割り箸をもらってくるのを忘れた。きのうづけの記事に引用した古井由吉そのままやなと思った。

 反復から成り立つ現実に、すこしずつ置き残されていくのが、年を取っていくということか。よくよく知ったはずの道に迷う。角を正反対のほうへ折れて、しばらく間違いに気がつかない。方角が怪しくなって立ち停まると、あたりが見知らぬ場所に見える。この辺にはあり得ぬ所のように思われる。ようやくもとの角まで引き返して、あたりを見まわせば、さっきはこの風景が自分の眼にどう映ったので、逆の方向へ迷わず歩き出したのか、さらに不可解になる。
 街の様子がのべつ変わる世の中である。変わらぬ角でも、その辺の店が少々の模様替えでもすれば、雰囲気は微妙に異ってくる。人は要所要所で雰囲気に感じて道を取っているものだ。しかし場所の雰囲気も人の方向感覚も、一挙の激変がないかぎり、あるいは五年十年ぶりに来たということでもないかぎり、反復から成り立っている。持続ではない。持続ということでは怪しい。病的に昂じればデジャ・ヴュと呼ばれるが、安定した既視感に人は頼る。視覚で代表されるが、聴覚も嗅覚もふくむ。この既視感がまるでなければ、雰囲気も方向感覚もあったものではない。内の反復が外の反復と相携えて、歩いているわけだ。ところが、年を取るにつれて、内の反復がゆるむ。
 家の内にあっても、年を取るほどに人の習慣は抜き難くなり意味もない常同に嵌ると言われるがそれは或る年齢までのことで、老齢に入れば習慣はむしろ綻びやすくなる。日常の行為には、歯を磨いて顔を洗う、あるいは湯を沸かして茶をいれるという程度のことでも、長年定まった無意識の手順がある。それがある日、ひそかな気紛れに忍びこまれたように、どこかで前後が乱れ、その狂いがまた順々に繰り越され、本人にも思いも寄らぬ間違いとなって表われる。薬缶がテレビの上にのっている。眼鏡が茶箪笥に片づいている。そこまで行かなくても、たやすい手順を踏むことに俄かに疲れを覚える。忿怒のようなものさえ起こりかける。天邪鬼がささやく。いずれにしても、長年の反復に、現在がついて行けなくなりつつある徴だ。体力の掠れてきたこともあるだろう。
古井由吉『野川』より「夜の髭」)

 メシ喰うないや喰う。食後、さっそくカポを取り出し、Mさんの置き土産であるエレキギターに装着する。カポを買ったのはsyrup16gの楽曲を弾いてみたかったため。夏休みが近づいてくると毎年そうであるのだが、変に楽器をいじりたくなったり、ハクスラローグライク系のゲームをしたくなったり、あるいは中国語でも勉強するかとい気になってみたりする、要するに時間にゆとりができるために仕事と読み書き以外のことにも手を出したくなるということなのだと思う。ネット上にあるスコアをいろいろチェックしてみるのだが、あれ? これ本当に合ってるか? おかしくない? みたいなものが多い。合っているものがあったとしても、Fコードみたいな、あの人差し指を寝かせてその他の指も平蜘蛛みたいに全力でぴんとのばす必要のあるタイプのコードが多用されているやつはノーサンキューなので、いろいろ探しまわったあげく、「回送」のコードのサビ以外の部分だったらじぶんでもかろうじて鳴らすことができることが判明したので、そればかり延々と、たぶん二時間くらいずっと鳴らしたり、鳴らしながら歌ったりしていた。最高に気持ちいいな!
 二年生のC.Rくんから微信。卒業式の練習に参加する必要があるので明日の授業は欠席するとの由。
 同じく二年生のC.Sさんから微信。会話の試験ではひとりだいたい何分会話するのかというので、配布した資料に書いてあるだろうにと思いつつ、七分前後を予定していると返信。
 同じく二年生のT.Uさんから微信。今日は友人らといっしょに万达でメシを食っていたので作文はなしとのこと。
 三年生のS.Sさんから微信。英語学科にあたらしい外教がやってきたかというので、Bが定年で退職したという話は聞いたが、あたらしい先生の話は知らないと応じると、ここ数日で二回ほど、とても背が高くてとても細い外国人女性をキャンパス内外で見かけた、そのうち一度は英語学科の学生と一緒にいた、もしかしたら彼女がそうではないかという。女性の外国人教師はめずらしいねと受ける。国際結婚の準備でもするかなとちょげると、でもあの先生はM先生よりも背が高いですというので、ぼくは身長に対するこだわりがないですと応じる。
 一年生1班のS.Eくんからも微信。コーヒーについて長々ときかれる。じぶんで豆を挽いて淹れるようにしたいのだが、豆やミルやドリッパーやフィルターやポットなどをどうそろえればいいかわからず迷っているようす。豆は苦味の強いものが好きだというので、こちらが普段買っているものをいくつか紹介。ミルについても以前はちょっといいものを使っていたが、そいつが壊れて以降安物を使っている、しかし十分機能していると説明して、淘宝の商品ページのスクショを送る。フィルターについてはこちらは現在ネルをメインにしているが、ネルは保存や手入れがちょっとめんどうくさいので、最初はペーパーでいいんではないかと提案。ポットについてはわざわざコーヒー専用のものを買う必要はない、ふつうのポットでも十分代用できる、それに最初からいろいろ買って散財するのももったいないし、のちのちの楽しみも失われてしまう、だから最初はミルとドリッパーとフィルターさえあれば十分だよと伝える。
 21時ごろにケッタで女子寮前へ。一年生1班のY.KさんとY.Tさんがいる。後者は通訳として呼ばれた模様。紙袋を受けとる。中にはちまきが大量に入っている。Y.KさんとR.Sさんそれぞれの実家の手作り品であるとのこと。保存は冷蔵庫。三日以内に食す必要あり。そのままでも問題ないが、鍋で30分ほど茹でるか蒸すかすればもっとおいしくなるとのこと。礼を言って受けとる。
 チェンマイのシャワーを浴びる。またギターを弾く。左手人差し指の腹が痛くなる。ワシの指紋が削れちまう! ワシの自己同一性がぶっこわれちまう! キエー! だれでもない第三者デジモン生成変化!