20131221

 僕たちは死者の声を聞く。いくつもの声が頭のなかに響きわたる。ときどき死者たちの生前の姿が僕には見える。それは死者の姿をしている。
(鈴木創士『中島らも烈伝』)



6時半起床。目覚めるなりゲロを吐きそうな胸のわるさをおぼえた。昨夜(…)くんとの通話を終えてから軽くひっかけたのち暴飲暴食してしまったその無理がたたって起き抜けの吐き気として極まったらしかった。胸のわるさのせいで眠りもやたらと浅かった。夜中になんどか不快な眠りの浅瀬で息継ぎするようにして目をさました覚えもある。
おもてにでると凍てつくような寒さだった。真冬の早朝に真水で口をゆすぎ顔を洗うのはなかなかに手厳しいものがある。バナナを1/2本ほど無理やりのみこんから胃薬をのんだ。おそるおそるストレッチをしたのちパジャマとして着用しているスウェットの上にコートをひっかけて部屋をあとにした。仕事のある日はだいたいいつもスウェットにコートをひっかけて出かける。どのみち職場では黒服に着替えなければならないのだしケッタに乗って移動している間だけの問題なのだからコートの下になにを着ていようが問題ではないのだ。きのうに引き続き小雨が降っていた。傘をさすべきか否か判断に迷う中途半端な降り具合だった。ささずに出かけたら五分もしないうちに雨脚が強くなりはじめた。コンビニにたちよってポカリとヨーグルトを購入した。ここの店員のおっさんはどういうわけかいつも敬語とため口のいりまじった言葉遣いで接客をする。そしてその口ぶりの案配というのがまた、気持ちのよい快活さに貫かれているわけでもなければ横暴極まりない印象に充溢しているわけでもない、じつに中途半端な響きに屈折していて、しかしおそらく敵を作りやすい性格の持ち主ではあるのだろうなと、それだけはなんとなく察しがつく。移動中はぶつくさやらずに音楽を聞いた。七尾旅人の「湘南が遠くなっていく」を夏ぶりに聴いていると、一日のはじまりが感傷でひたひたにひたされていくような痛痒さを胸におぼえた。今年の夏にくりかえし聴いた音楽はすべてこの夏の感傷に染めぬかれている。夏にたいする盲目的なあこがれらしきものがコートを羽織りマフラーを身につけ手袋を装着したこの冬の雨の現実をつきやぶってあこがれの開始点を力ずくでたぐりよせようとするのにすべて許せば、ほんの一瞬、記憶が解像度を増してありありと身近にせまる瞬間というのがおそろしくもたしかにおとずれ、砂漠のような身体でそのひとしずくを受けとめるたびにちいさくひろがる波紋、この波紋につれてささやかにひろがるしずかな動揺だけが、美しくひりひりした傷口のありかをしらせる。トラウマは切り傷であり、記憶はすり傷であり、そしてあらゆる傷口はいずれ必ず想起の炎であぶられて火傷と化す。水に流してしまえ。
8時より12時間の奴隷労働。午前中はひたすら猛烈な眠気に苛まれていた。昼時にいちど子供用にと社長から(…)さんに譲られたという大量の玩具が職場に運びこまれたのだけれど、そのなかにハイパーヨーヨーのバッタモンみたいなものがあったので十数年ぶりに遊んでみたらけっこう面白く、同僚らのリクエストに応えて犬の散歩とかブランコとかいろいろやったというか犬の散歩とブランコくらいしか技を思い出すことができなかったのだけれど、そしたら(…)さんが唐突に「じゃあ次は猫の散歩!」とたいしておもしろくもない無茶ぶりを放ってきたのでこのくそじじいめと思いつつヨーヨーを犬の散歩の要領で地にシャーっと走らせたのをがに股で追いかけながら白目を剥いて「ゴロニャーン!!」と叫ぶ捨て身の一発芸を放った。したら(主に(…)さんに)けっこうウケた。ダンボールのなかにはおもちゃのピストルやナイフもたくさんあった。新しいものを見つけるたびにいちいち(…)さんのところに持っていってこれ40年前に(…)さん使うてたやつちゃいますのとたずねるというブラックジョークも盛んに交わされた。
(…)さんから同級生にコクられたのだけれどどうしたらいいとふたりきりのときにいきなりいわれた。同窓会の現場でですかとたずねるとそのとおりとあり、つい先日ラインかなにかであんまりのめりこめへんように気つけるわ的なアレが送られてきて、うわーこれどうしよーとなってしまったらしい。相手もむろん既婚者で、その旦那さんというのはまたよりによってむかし(…)さんのパシリだった人物らしく(…)さんに会いたくないとかいう理由でたしか同窓会にも出席していないとかなんとか、それなのにその奥さんは当の(…)さんに……みたいな、寝取られ嗜好のある人間だったらおそらく死ぬほど燃えるであろう完璧なシチュエーションなわけだけれど、でどうするつもりなんですかと問うと、いやー飲んだ勢いでとかやったらな、そのときだけ勢いでみたいなんやったらまあ別にぜんぜんええんやけども、これなんかそういう感じちゃうやん、なんか次会うときまでには痩せとくわみたいなこというとるし、そういうのってなんかこういやいやいやっていう感じになるっていうか……なっ? そうなるやろ? なんなんやろな女って、女性っていうのはこうやっぱりいつまでも少女なところがあるんかなぁ、とかなんとかぶつくさいうので、でも別にそんなリスク犯してまでどうのこうのしたいような相手でもないんでしょ(「うん、ぜんぜん」)、ほんならもう別に放っといたらええんちゃいますの、そんなんわざわざアレしてめんどくさいことなったらアホらしいっすやん、もうどもならんくらい惚れてしもとるとかやったらそりゃあ話はべつやとは思いますけど、とこちらが応じるやないなや、でもな(…)くん、もうチューだけはしてもうたんさなと、畳のうえに正座してリネンを組みながら背中越しにぽつりとつぶやいてみせるその後ろ姿にとんでもなくしょうもない哀愁がただよって見えたので腹を抱えてげらげら笑った。このスケコマシめ!
仕事を終えてからそこで値引きされて販売されている総菜品を口にいれると翌日から約二週間にわたってじんましんに悩まされることになるといううわさが一部で盛んないわくつきのスーパーにたちよって半額の春巻きと寿司を購入し、帰宅してから懸垂と腹筋をした。シャワーを浴びてからストレッチをし、海鮮巻きと春巻きと納豆と冷や奴ともずくのそこそこリッチな夕食をとってから日記を書き、布団に転がりこんで寝た。