20240229

ぼくはなにか祈りのようなものを唱えたくてたまらなくなり、だが、やり方を知らないことに気がついた。不意に、自分が危機に際して祈らずにいられないすべての人々と、結びつけられるのを感じた。祈りを、馬鹿げたものとは思わなかった。それはただ、不可解なだけだ。祈りへと駆り立てる心の中の何かが、不思議なものであるように。運命をあやつる力とあるつながりを持つこと——ぼくの祈りたいのはそれだった。運がぼくたちの側についていると、感じていたかった。
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.199)



 10時半起床。0時にFF7Rebirthが発売されたらしくYouTubeにさっそくラスボス戦の動画などがアップされていたのでトーストと白湯の朝食をとりながらちょっと視聴した。
 コーヒーを淹れ、13時半から16時半過ぎまで「実弾(仮)」第五稿執筆。シーン24、おおかた片付いた。最後の一段落だけもうちょっと手を加えたい。いい小説を書けているなという手応えがある。
 三年生の(…)くんから微信。韓国のニュース番組のキャプチャ。日本語と中国語それぞれの字幕がついている。結婚するには莫大な金がかかる、宇宙旅行に行くのと変わらない、みたいな意味の字幕。画像を送ってよこすだけで、なにか言うでもない。(…)くんのコミュニケーション、マジで難ありだよなとたびたび思う。韓国のニュースかな? といちおうわかりきった返信を送ると、2016年のニュースだという返信がある。韓国はすでに日本より未婚率および出生率が低かったはずであるしいろいろ大変だろう、もっともこの問題については東アジア三国とも似たり寄ったりだがと返す。返事はない。おれにいったいなにをもとめてる?
 ケッタにのって第四食堂近くの郵便局へ。洗濯ロープを回収する。学生らの姿もちらほら見かける。第五食堂の一階で野菜をたっぷり打包して帰宅。食後30分ほど仮眠。
 チェンマイ以下のシャワーを浴びる。きのうなにかのきっかけでパソコン内にある古い写真を見る流れになったのだが、2009年に撮影したもののなかに(…)や(…)の写真が複数枚あったので、LINEで母に送った。母は記憶にあるよりも(…)がずっと恐くみえると言った。飼っていたときはかわいいかわいいと思っていたが、知らないひとがこの犬を連れて歩いていたらけっこう恐いと思う、と。フローリングにべったり横たわっている(…)について虎の毛皮の敷物みたいだというので、錆猫のこんな汚らしい模様ではハードオフでも買い取り価格つかんわと応じる。
 きのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回したのち、1年前と10年前の記事を読み返そうと思ったのだが、おい! 今年うるう年やんけ! いや、別にうるう年だからといって、なにか特別なアレがあるわけでもないんやが。

 冷食の餃子を食す。卒業生の(…)さんから微信。相談したいことがある、と。元カレの話だった。前回彼女が(…)まで遊びにきてくれたときにその元カレの話については聞いていたが、どんな内容であったかあまりよくおぼえていなかったので過去ログを検索してみたところ、去年の9月16日づけの記事に記録されていた。

 その元カレとは別れて一年になる。三歳年下だった。相手の浮気がきっかけで別れたものとこちらは記憶していたのだが、それはもうひとつ前の元カレだった。一年前に別れたその元カレと別れたきっかけは浮気ではないという。出会いのきっかけはマッチングアプリ。アプリ自体が悪いとは思わない、でもやっぱりアプリで恋人を探すひとは真剣じゃないひとが多いと言ったのち、じぶんは本気だったし恋愛に対して真剣でまじめだったが、彼氏のほうはそうでもなかった、浮気をするタイプではなかったけど真剣さがじぶんとは釣り合っていないように感じたと続けるので、ということはなんだかんだいって(…)さんも朝から晩まで四六時中相手といっしょにいたいと考える恋爱脑な感じだろうと思ったが、相手の真剣さが足りないというのはそういうわけではなかった。元カレはたしか数学を専攻している大学生だったと思うのだが、クラスメイトの中に彼のことを慕っている女子がいた。彼自身、じぶんがその子から好意を持たれていることを知っていた。その子からは彼氏のところにちょくちょく微信が届いていた。どれもこれも罪のないような内容だったというし、彼氏も(…)さんにじぶんたちのやりとりをいつ見てもいいといったというのだが、(…)さんとしてはやはりその子とやりとりしてほしくないというあたまがあった。気持ちはわからんでもないのだが、だからといって相手の連絡先を消せとかそういう話になるのはちょっとアレなんではないかと思ったところ、何度言っても彼氏はじぶんに恋人がいるということをその女の子に伝えようとしなかった、それがどうしても許せなかったのだという不満が続いたので、は? マジで? となった。彼氏はじぶんに好意を抱いているクラスメイトの女の子に対して絶対に彼女持ちであることを言おうとはしなかった、それどころか女友達にはだれひとりその事実を打ち明けようとしなかった、恋人がいるとは言わなくてもいい、しかしせめて自分には好きなひとがいると相手に宣告してほしいと(…)さんが言ってもやはりきかない、それで別れたのだというので、あのね、その彼氏ね、別れて絶対正解だったよ、そいつね、断言する、100%浮気するよ、そのまま付き合っていたとしても絶対! 100%! 浮気する! と力をこめていうと、先生、さすが経験者ね! 説得力がありますよ! というので、だれがやねんと笑った。
 一番忘れられない彼女はだれですかときかれた。イギリス人の彼女ですかというので((…)についてはリトアニア人であると告げるのが面倒なのでイギリス人であることにしていた)、いや一番とか別にないけどなあというと、一番未練があるひとはだれ? だれ? たくさんいるでしょ? ひとり選んで! というので、未練っていうのはまったくないなぁ、仮に元カノからもう一度付き合ってって言われてもオッケーすることは絶対にないよ、別に嫌いとかそういうんじゃないよ、感謝もしているしそれぞれの経験がマジで勉強になったから、でもいまからやりなおしたいっていう気持ちはゼロだね、そういうのはまったくないなぁと受けた。すると、もとめていたのと違う答えだったのか、納得しないような表情を浮かべてみせるので、あのさ、もしかしてきみさ、一年前に別れたその彼氏にまだ未練があるの? とたずねると、すなおにうなずいてみせるので、クソ笑った。結局それかよ! と。(…)さん自身、肯定しながら爆笑していた。このタイミングで爆笑できるなんて、やっぱり気持ちのいい子だなと思った。未練の話をこんなにカラリとしたムードで交わせる人間なんてなかなかいない。

 このときからすでに半年近く経つわけだが、彼女はまだ元カレに未練があるのだった。上の話をしてくれた時点ですでに別れて一年が経過していたわけだから、それも含めて考えるとすでに一年半が経過、すげえな、そんなに過去の恋愛をひきずることってあるんかとこちらなどはちょっとおののくわけだが、(…)さんははじめのうちは未練があるとは言わなかった。ただ、元カレがじぶんと別れてすぐに別の女の子と仲良くなった、しかもその女の子が(…)さんに「すっげい似ている」「院生だし、三つ年上だし、snoopyが大好きだし」「この点がすごくムカつく」、そういうわけでかなりいまさらになるわけだが、今月の25日にその元カレにメッセージを送ったのだという。つまり、あなたのあのふるまいに私はとても傷ついたのだ、そのことを理解しているのか、と。こちらからすると、「君の立場だったら、確かにイライラするのもわかる」「ただ、もうきみたちは恋人ではない。別れたあとに元彼がどういう行動をしようとも、それは元彼の自由であることもまた間違いない」としか言いようがないし、もっといえば、一年半近く経ってなおそのことに腹が立ち、相手にわざわざコンタクトをとってしまう、それも自分の感情を理解してほしいと訴えてしまう、その時点でいまなお未練があるということにほかならないではないかと思うわけだが、ひとまずそう指摘はせずにいったん「見」にまわった。25日からやりとりをはじめて今日まで毎日やりとりを続けているという。相手からすれば自分が未練を抱いているふうに映るだろうかというので、まずまちがいなくそういうふうにみえるだろうねと受けると、元カレは友達として自分と関係を継続させたいと考えているようだという。自分には未練がないと(…)さんは何度も書いてよこしたが、しかしおおまかにいえば嫉妬にカテゴライズされるだろう不満を相手に直接ぶつけたり、それについて相手が返した言葉、すなわち、すでに別れたあとのことであるのだからなにをしようが勝手ではないかという言葉——心情的なものはいろいろあるだろうが、この点については彼のほうに理があるとこちらも思う——に涙を流したり、というような話をきいているうちに感じるのはやはりほかでもないその未練であり、というかもっといえば、彼女はこちらに復縁すればいいんじゃないかというアドバイスをもらえると期待していたのではないか? そういう背中の後押しをのぞんでコンタクトをとったのでは? しかしどう考えても彼のふるまいは浮気性の男の典型的なそれであるし、それにくわえて(…)さん自身じぶんに未練がまだあるということを認めようとしないそのことでいろいろ混乱しているのではないかと思われるところもあったので、ちょっと残酷な言い方になってしまうがと前置きしたのち、傍目にはまだ未練があるようにしか見えないこと、元カレのほうでもまずまちがいなくそう感じているだろうこと、だからこそ友達としての関係を持続させるという提案でもってきみをいわゆる「都合のいい女」のポジションにキープしようと考えているだろうこと、復縁を後押しするなにかしらの言葉であったり理屈であったりを内心もとめているのかもしれないが状況を聞くかぎりそういう言葉を口にする気にはまったくなれないこと、こちらとしてはどう贔屓目に見てもその元カレが好人物には思えないということをしっかり表明した。この時点ですでに一時間ほどやりとりを交わしていたし、もう十分だろう、踏みこんでしまってもいいだろうというあたまでそういうメッセージを送ったのだが、泣き顔の絵文字に続けて、「成長するのが難しいね」「本当に好きだった」「これまで最も好きと言っても過言ではない」「本当に今回は」という返信がとどき、ここでようやく彼女は自分の感情と正面からむきあったようだった。「やはりあきらめましょう」「痛いほどね」「もう返事しないよ」「我慢するよ」などと続いたのち、「「恋」を卒業しようとしているわたし」とあったので、今日をもって形式的にも精神的にも本当に別れたと思いなさいと応じた。
 色恋沙汰ってのは本当にめんどうくさい。でもこのめんどうくささは大半の人間にとっては避けられないものでもある。厄介やねほんまに。

20240228

 ぼくは八〇エーカーの芽ぶきはじめた牧場の奥深くにいて、ぼくの頭は決してじっとしていなかった。ぼくの目はみずみずしい緑の牧草の連なりを舐め、いちばん新しいトラクターの轍を捉えることができた。子牛がつけた深くへこんだ足跡は、辺りがまだ泥で、草がどこもかしこも黄色い無精ひげ程度に短く食い尽くされていた頃につけられたものだ。ちょうど彼らが防火線を切った頃だった。ぼくの体が行って横たわりたがっているのが聞き取れた。が、ぼくの頭は言うことを聞かない。ここでは一日の時の推移が他よりずっとはっきりと感じとれた。ここでは何もかもが、太陽が空から去ろうとしているのを親しく感じ取っていた。塵でさえ太陽に別れを告げていた。
 背後で納屋から誰かがぼくを呼んでいると、ぼくは思い続けていた。本当にその声が聞こえたので振り向いて後ろを見た。誰もいなかった。
 ぼくはもう一度牧場の方を向き、どこまで行ってみようかと思った。海に泳ぎに出るときに自分にしたのとまったく同じ質問だ。そこより先に行くと危険だという地点、それはいったいどこだろう? それからぼくはわかった。そんなことを考え始めたら、もうその地点は過ぎているのだと。
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.180)



 10時半起床。トースト二枚と白湯。コーヒーを淹れて12時半から15時半まで「実弾(仮)」第五稿作文。シーン24、いちおうあたまからケツまで通してみたが、要修正箇所が複数ある。今日はいまひとつ集中できなかったので明日以降徹底修正をほどこす。
 作業中、また身体の冷えに見舞われた。暖房の設定温度もあげるようにしているのだが、やっぱり朝メシをもうちょっとしっかり食ったほうがいいのかもしれない。トーストだけでは足りない気がする。今日から第五食堂が営業を開始するという話なので、朝昼兼用のメシは食堂でとることにして、トーストは夜食にまわしたほうがいいかもしれない、そうすることでしっかり体温を確保すべきかもしれない。
 きのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。以下、『形なきものの形 音楽・ことば・精神医学』(木村敏)に収録されている「AイコールA」という文章を踏まえての記述。初出は2021年2月28日づけの記事より。

これを読んでふと、愛着のあるものを対象aとして考えるという大雑把な筋もありではないかと思った。この場合の愛着のあるものというのはもちろん、わたしという特異性を成立せしめる特異的な意味(歴史)を持つものというような意味である。対象aというのはそれを介して現実界に触れ得るものであるという意味で、こちらはわりと大雑把に、物語化されることのないできごと、象徴化されることのない現実的なものとして理解しているので、その筋でいくと、対象aを「わたしという特異性を成立せしめる特異的な意味(歴史)を持つもの」とするのはちょっと意味不明にみえるかもしれない。しかし特異的であるわたしの同一性を支えるものとして、やはり特異的な意味(歴史)を持つ身の回りの品があると考えると、その品の損失とはそのままわたしの同一性を揺るがす一種の脅威となりはずであり、そしてそのような同一性の揺らぎ、一瞬垣間見える裂け目とは、まさに物語の破れ目であり、現実的なものの出現といえる。そういう観点から、わたしをわたしたらしめる数多の要素(意味)の、そのなかでも特に力を持ったもの、つまり、その喪失その損失それとの別離がわたしの同一性を揺さぶるもの、そういうものをひとまず対象aの具体例として考えてみることもできるのではないか(この場合、ラカン対象aの例として挙げた「まなざし」「声」「糞便」「乳房」のうち、少なくとも「まなざし」と「声」は理解しやすいものとなる。他者からの親しい「まなざし」および「声」、あるいは、敵意に満ちた「まなざし」および「声」は、それを受けとる私が他者にとってどのような存在であるのかというイメージ(同一性)をそのたびごとに作り替える)。

 ケッタに乗って老校区の菜鸟快递へ。コーヒー豆も回収する。帰路、第五食堂に立ち寄る。一階にある一店舗のみ営業を開始している。厨房前にはちょっとした人だかりができていたが、学生とそうでない姿の割合は半々といったところ。あまりうまそうな店ではなかったが、(…)にもどってきてからというもの、毎日麺ばかり食べてろくに野菜を摂取していなかったので、トレイにならんでいるおかずの中から野菜を多めに打包用のプラスチック容器に詰めてもらう。帰宅して食す。食後はYouTubeでひさしぶりにバラエティ動画を小一時間ほどダラダラ視聴してしまった。
 チェンマイのゲストハウス並のシャワーを浴びる。コーヒーを淹れ、『PALEHELL』(Paledusk)と『Your Favorite Things』(柴田聡子)と『Alloa』(Limpe Fuchs)をたてつづけに流しながら今日づけの記事を書き、来週の授業でおこなう予定のゲームを最後まで詰め、『意味の変容』(森敦)の続きを読む。

 『意味の変容』(森敦)を読み終わる。以下、浅田彰による解説「森敦氏への手紙」より。

 この作品の素晴らしさは、森さんが生涯にわたってさまざまな場所で積み重ねてこられた多種多様な体験のエッセンスが凝縮されているところにあると思います。けれども、そこは森さんのこと、真面目一徹に体験を積んだのでもなければ、それを「文学的」に昇華しつくしたつもりになっているのでもないことは、言うまでもありません。言ってみれば、森さんはどこにいるときでも他所から来た二重スパイだったのであり、どちら側につくでもない不安定な姿勢を保ちながら、その姿勢だけが可能にする情報収集活動を続けてこられたのではないでしょうか。
 インテリジェンスという言葉が「知性」と同時に「諜報活動」を意味するように、そもそも知識人はそのような二重性を運命づけられている筈です。ところが、多くの人がそれを放棄して、いずれかの側にベッタリくっついてしまう。たとえば百パーセント現実主義になったり、百パーセント理想主義になったりするわけです。そのどちらもまったく観念論的なものにすぎないことは言うまでもありません。このとき人は、現実という虚構にへばりついて真面目になるか、理想と現実との距離をイロニーに託すか、いずれかをとるほかなく、どちらとも割り切れないところから生ずるものであるユーモアは失われてしまうのです。
(151-152)

 (…)時代のじぶんもまた「どこにいるときでも他所から来た二重スパイ」として、「どちら側につくでもない不安定な姿勢を保ちながら、その姿勢だけが可能にする情報収集活動を続けて」きたといえるのかもしれないなと、ここを読んでふと思った。もしかしたら(…)で働いているいまもそういう節がなくもないのかもしれないが、(…)時代は明確にそうだったと断言できる。その「情報収集活動」の結果は日記というかたちに結実しているだろうし、「実弾(仮)」にも反映されているはず。
 卒業生の(…)くんから微信。大学院の面接用に自己紹介の文章を書いたので修正してほしい、と。ちゃちゃっと直す。うちの学生が書いた作文を読んでいると本当によく思うのだが、そしてこれについてはこれまでに何度も日記に書いてきたと思うのだが、日本語能力うんぬんの前に文章に関する基本的な構成能力みたいなものがまったく欠落していると感じることが多い。定型文を思いつくままに配置しているだけで、文脈や流れに対する意識がなく、段落も段落としてほぼ機能していない。はじめは中国語を母語とする人間に特有のリズムや構成意識に日本語を無理やり押しこんだ結果としてそうなるのかなと思ったが、読書が趣味であるという学生の書いた作文は最低限の構成が保たれているので、やっぱり活字離れが原因なんだろうなという気がする。日本でもレベルのそれほど高くない大学のレポートなどはたぶんこういうレベルなんだろうなとなんとなく思う。
 冷食の餃子を茹でる。おもてで雨が降りだし、雷がゴロゴロと鳴りはじめる。(…)さんからブログにコメントが届いていることに気づく。例の「誰でも/誰もが」問題について、『名詞句を受ける「でも」の用法特性と使用条件』という論文が参考になるかもしれないとのこと。さっそく付されていたリンクから論文をダウンロードしてななめ読みしてみたが、34ページの「「誰でも」「誰も」の本質的相違」というくだりが参考になりそうだった。特にヒントになりそうなのが、「「誰でも」は「N1であってもN2であっても…誰であってもQ」といった仮定的・選択的な関係を表すため,「みんな」と同じ意味では使いにくい。一方「誰も」は仮定的意味が薄く,集合の要素の全体をひとかたまりのものとして一括して捉える事態把握を表すため,「みんな」と互換性をもちやすい。」という箇所。こちらが感覚的におそらくそうではないかと考えた内容と一致している。あと、「「誰でも」「誰も」を取り上げた先行研究としては,中西(2006a),楊(2007), 中西・平岩(2019),Hiraiwa・Nakanishi(2021)などがある。中西(2006a)は, 肯定述語と結びつく「誰も」と「誰でも」の違いや「みんな」との置換可能性などについて詳細に観察している。楊(2007)は,「誰でも+VP」「誰もが+VP」とそれぞれに対応する中国語表現の“谁+都+VP”“ 个个+(都)+VP”の対照を試みたものである。実例の観察に基づき,文のタイプやイメージスキーマにおけるプロファイル(際立ち)のあり方の違いなどを指摘し,説得的な説明を提示している。中西・平岩(2019)は日本語の「不定語」(indeterminates)が「か」「(で) も」等と結びついた場合の統語・意味構造全般の分析を試みたものである。 Hiraiwa・Nakanishi(2021)は英語で書かれた論文だが,基本的な主張は前者と共通している。通言語的な視野に立ち,「誰でも」の構造を「誰であっても」 という「譲歩条件節」の動詞「ある」が削除されたものと捉えている点が注目される。」という箇所もあり、仮に同様の質問を今後うちの学生から受けることがあれば、中国語との比較でこの問題を論じたものらしい「全称詞構文の日中対照研究─「誰でも+VP」,「誰もが+VP」と“谁+都+VP”“个个+(都)+VP”を中心に─」(楊凱栄)という論文を当たってみたほうがいいかもしれない。『日中対照言語学研究論文集─中国語からみた日本語の特徴,日本語からみた中国語の特徴─』(彭飛・編)に掲載されているらしい。値段を調べてみたら13200円しとるが! ま、こちらとしては、この問題がそれひとつで論文が成立するほどの難問であることがたしかめられただけで満足だ。仮におなじ質問をうちの学生から受けたとしても(そんなことはまずないと思うが!)、大学院で研究するレベルの問題であるから文法的な理解はひとまず措いておいてこっちのほうが感覚的および慣例的には正しいとされていると丸暗記しておきなさいと対応できる。

20240227

高い高い草から
アスファルトの運動場の縁へと
ぼくは君がぼくを観察するのを見る
 
ぼくはぼくに見られてるのに気づいていない君を見る
ぼくがかすめ取る盗み見の一つひとつが
ぼくの生命に一日を加える
 
近ごろ君はつかまえにくい
あるいはぼくが耄碌してきたのか
君かぼくのどちらかが確かに負けようとしている
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.177)



 10時半起床。寝床にとどまりスマホでニュースを見る。いま、いきおいあまって「スマホでぽちぽちニュースを見る」と書きそうになったのだが、もはや携帯電話をぽちぽちする時代ではないのだ。じゃあ、どう表現すればいいのか? 画面をタップしてスクロールさせるあのようすは? ひゅんひゅん?
 トースト二枚と白湯。食後のコーヒーを淹れて、12時から15時半まで「実弾(仮)」第五稿作文。シーン22とシーン23を片付ける。これはけっこういい小説かもしれないと思った。
 外出。ケッタに空気を入れる。後輪の虫ゴムがやっぱりはずれない。おもいきりひねってみるのだが、びくともしない。空気がめちゃくちゃ抜けているわけでもないのでそのまま出発。まず(…)楼の快递で荷物回収。コーヒー用のネルフィルター。南門からキャンパスの外に出て、(…)で食パン三袋購入。前回と別のおばちゃんがレジに入っていたので、例によって、おー! 帰ってきたか! からはじまるみじかい立ち話。それから后街の(…)で鱼头面を食す。クソ美味い。絶対麻薬が入っている。最後にセブンイレブンでおにぎりと焼き鳥を購入して帰宅。
 おにぎりと焼き鳥を食し、ベッドに移動して30分の仮眠。それから雑巾でフローリングの拭き掃除をすませ、ウォーターサーバーもついでに掃除してbottle waterをセッティング。
 チェンマイのゲストハウス以下のシャワーを浴び、ネルドリップでコーヒーを淹れる。フローリングがかすかににおう。どうやら雑巾のにおいがついてしまったらしい。「油断しました…!!」(セルピコ)。明日雑巾を洗濯機で洗ってからもういちど拭き掃除をしなおそう。においで思い出したので、ルームフレグランスを淘宝でポチる。
 きのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の日記を読み返す。以下、2014年2月27日づけの記事より。

 真実と虚偽の混淆においては、真実は虚偽を際立たせ、虚偽は真実を信じることを妨げる。本物の嵐で難破した本物の船の甲板に立って、遭難の恐怖を演じてみせている一人の俳優。われわれは俳優も、船も、嵐も信じない。
ロベール・ブレッソン/松浦寿輝・訳『シネマトグラフ覚書』)

 以下も同日づけの記事より。『どくろ杯』(金子光晴)について。このくだりの衝撃はいまでもよくおぼえている。本当にすごいと思う。

キャバレーの描写のなかで出てきた《振袖に、胸高帯の、いずれも大柄な、うんこの太そうな女たちが踊っていた》という一行に笑いかけたが、いやこれはすさまじい一行だと思いなおした。ここまで思いきった修辞を笑いのコンテクストからはずしたうえで使いこなすことのできる人物がこの書き手以外にまったくもって思いあたらない!

 あと、「じぶんにとって一年という単位は、夏の期待と、夏と、夏の余韻だけで成り立っているような気がする」という一行も書きつけられており、まあたしかにいまでもそうかもしれんと思った。いや、冬の寒さは当然意識せざるをえないわけだが、でもたとえば、春や夏や秋に冬を思ってワクワクするということがまったくない。逆に、冬や春には夏を思ってワクワクするし、秋にはたしかに過ぎ去ってしまったものの余韻にひたる感傷的な一時期がおとずれる。日本で会社勤めをしていれば、クリスマスから年末にかけてのはなやかな気忙しさを楽しむ機会もあるのかもしれないし、それがフックとなって冬を冬でない季節のただなかでなつかしく思ったりその到来を期待したりすることもあるのかもしれないが、いまのじぶんの生活のなかにはそうしたもろもろの感情が一切ない。

 授業開始日は4日であるが、キャリーケースを運ぶ学生の姿は今日の日中すでにぽつりぽつり見かけたし、日本語学科の学生たちもぼちぼちもどってくるかもしれない。もどってきたらきっとまた食事だの散歩だの誘いがあるだろうから、そのまえにやるべきことをやっておいたほうがいいなというわけで、冷食の餃子で腹ごしらえをすませたのち、初回の授業でおこなうことが毎学期恒例となっているお土産争奪戦のゲームを作成することに。一年生は以前こしらえたものをそのまま応用すれば問題ないが、二年生と三年生については新規作成する必要があるので、「パーセントファイト」でググって出てきた問題のなかからめぼしいものをピックアップする。数の揃ったところで中断。来学期の時間割をA4用紙に手書きしてデスク前の壁に貼る。はやく夏休みになってほしいなァ!

20240226

 ぼくと馬とは山腹の中ほどにある牧場の門を抜け、たいらな地面の上にぼくは馬をとめる。彼は登ってきたために息使いが荒く、小さな汗の玉が両肩の間に浮き出ている。眼下の谷間の緑のピックアップ・トラックの中に牧場主がすわっている。彼はぼくらの方を見上げている。ぼくらも彼の方を見下ろす。動くのを拒否して睨み返す。なぜぼくが彼の凝視を挑戦と受け取るのかは、わからない。彼はずっと下の方にいるので、その顔さえ見分けることはできない。彼はただなんとはなしに遠くを眺めているだけなのかもしれない。ぼくらは彼の土地にいる——それは間違いない——が、ぼくらにはなんの悪意もない。銃も持っていない。ぼくは煙草さえ吸っていない。
 ぼくは顔をめぐらしてトラックから目をそらし、ハイウェイの向こうに広がる沼沢地の方を眺め下ろす。この動作によって、ぼくが単に乗馬を楽しんでいるだけなのだということが下の男に伝わればと思う。男は走り去ることによってこの視線の劇を締めくくる。どうやら理解し合えたようだ。
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.174)



 10時半起床。寝床でぐずぐずしているうちに見知らぬ番号から着信。出る。男が中国語でなにか言う。どうやらbottle waterの配達人らしい。なぜ配達前に電話を寄越すのか? ブツは玄関前に勝手に置いていけと毎回言っているのに! いまどこにいるのだというので、部屋にいると応じる。ほどなくしてノック。ノックも不要だ馬鹿野郎! 出る。見慣れないおっさんがいる。以前の配達人とは別人だ。配達人が変わったのだ。配達人が変わるたびにこの無駄な電話のやりとりをしなければならないのが七面倒くさい。
 母からLINEがとどいている。髪の毛をカットした(…)の写真。とうとうヘアドネーションしたという。歯磨きをするために洗面所に向かう。阳台に吊るしてある洗濯ロープがちぎれて落下している。タイ・カンボジア旅行前に買ったものだったか? あるいはゼロコロナ真っ只中の中国に入国するにあたって隔離生活中に使用するべく買ったものだったか? どっちでもいい。あたらしい洗濯ロープを淘宝でポチる。いまこのタイミングでポチるとなると、ちょうど返校時期の学生の荷物とかぶることになり、死ぬほど混雑している快递で荷物を回収するというクソめんどいミッションを強いられる可能性があるわけだが、背に腹は変えられん。
 トースト二枚と白湯の食事をとり、食後のコーヒーを淹れてから作文。「実弾(仮)」第五稿。シーン21、完成。そのままシーン22に着手するところだったが、(…)ちゃんから日本語に関する質問がLINEで届いたので中断するはめになった。例のボランティアで難問にぶつかったという。「(1)(…)は、宗教を問わず、誰でもおとずれる。」と「(2)(…)は、宗教を問わず、誰もがおとずれる。」の違いについて。より正確にいえば、学習者が(1)の例文を書いてよこしたのだが、そのままだと不自然に感じられる、そこで(2)の例文および「(…)は、宗教を問わず、誰でもおとずれることができる。」という修正案を提示したというのだが、なぜ(1)がダメであるのかがうまく説明できないという。それで解説してほしいというのだったが、ぜんっっっっっぜんわからん! こちらはそもそもしがない野良の日本語教師であるので文法事項を学習しておらず、しかるがゆえにこの手の質問はだいたいいつもネットで調べてから返信することにしているのだが(その過程で幾分か知識が身につけばオッケーというゆるいスタイル)、これについてはいくら調べても答えが出てこなかった。で、ChatGPTおよびGeminiも使ってみたのだが、こいつらはあいかわらず日本語の文法についてはマジでクソがつくほどちんぷんかんぷんのとんちんかんでまったく使いものにならない。ギヴ・アップ。だれかわかるひとがいれば教えてください。
 夕飯は今日も(…)。厨房のおばちゃんから新年好! のあいさつ。今年になって一回目の来店だなというのに、別のおばちゃんが、そうじゃない、もう何度も来ているよという。四度目だよとこちらも応じる。食後はどこにも立ち寄らずまっすぐ寮にもどったのだが、道中、キャンパスの外であるが、インド人の(…)とばったり遭遇した。いつ帰ってきたのとたずねると、Saturdayという返事。今日は何曜日だったけと言うと、Mondayだ、だから二日前に帰ってきたと言うので、こっちはもうすこしはやくもどってきた、道路が全部凍結していて大変だったよと言った。かたわらには見慣れない中年男性がいた。(…)よりもさらに顔の濃い外国人だ。彼も外教だと(…)がいうので、はじめましてのあいさつ。どこから来たのとたずねると、Pakistanという返事。Cool! と受けてから、じぶんは日本から来た、ここでもう五年か六年働いていると続けて、(…)だと自己紹介。相手の名前は忘れた。マーなんとかいう名前だった。握手に込められた力が強かった。背はそれほど高くないが、肩幅はやたらと広く、がっしりした体格をしている。顔も本当に濃くて目力があるし、なんというか、『ストリートファイター』シリーズの新キャラにこんなのいなかったっけ? という印象。(…)からすれば隣国の友人がやってきたわけで、いろいろありがたい関係にあるんではないか。インドとパキスタンはもちろんいろいろ揉めごとを抱えているわけだが、たとえばこちらがなんらかの事情で西洋社会で暮らすことになったとき、隣国である韓国や中国出身の友人ができたらおそらくそれだけでけっこうほっとするところはあるだろう、そういうなじみやすさみたいなものがおそらく彼らふたりのあいだにもあるものと想像できる。
 帰宅。先の文法事項についてこちらの思うところを(…)ちゃんに送る。(…)がヘアドネーションしたよという報告がここでも写真付きで送られてきたので、ヘアゴムであごひげをまとめている写真を撮ってぼくも夏休みにヒゲドネーションするわと返信。写真を見た(…)と(…)が爆笑しているという。その(…)からほどなくして(…)ちゃんのLINEアカウントでメッセージが届いたので、少しだけやりとり。来年のバレンタインデーにはうんこ型のチョコをくれるらしい。ありがたいこっちゃ。
 卒業生の(…)くんから微信がある。一浪して受けた大学院試験の結果が出たという。367点。正直高いのか低いのか全然わからんわけだが、「ちょっとやばいかも」とのこと。(…)くんは現役時と同様、今回も(…)大学を狙っているのだが、過去日記によると、二年前にほかでもないその(…)大学に合格した(…)さんのスコアが399点。そして去年、(…)の大学院に合格した(…)さんのスコアが394点だから、うーん、正直ちょっと厳しいんではないか? 外国語専攻の人気が落ちているとはいえ、それでもやっぱり内卷の苛烈さは増すいっぽうであるのだから、合格ラインは年々上昇しているはず。二次試験の面接に進むことができるかどうかはまだわからないが、ひとまず面接の準備はするつもりでいるというので、また日程がはっきりしたら連絡をくださいと応じる。
 三年生の(…)さんからも微信。これ食べたいですかと写真が送られてくる。ソーセージかサラミかわからんがそういうのを野菜といっしょに炒めたやつ。その手の肉はあまり好きじゃないというと、これは広東料理だという。(…)さんはこちらのために冷凍のウニを持ってきてくれる予定。それで炒飯を作ってくれるという約束になっているのだ。楽しみ。
 チェンマーイのゲストハウス以下のシャワーを浴びる。日本から持ってきたフリースの作務衣を着用したが、これやっぱりめちゃくちゃあたたかい! ユニクロのスウェットよりも断然いい! (…)にもどってきてからというもの、暖房つけっぱなしでも全然あたたまらない部屋になかなか苦労しており、とくに脚が冷えて冷えてしかたなく、そのせいで執筆にすら差し障りが生じていたのだが、いや帰国初日からこいつを着用していればよかった! これだったら全然しのげるわ! ドラクエでいえば天空の装備一式を手にいれた気分だ!
 天空の勇者になったところでふたたび作文。しかしいまひとつ集中できず。シーン22を通してみたが、まだいろいろ修正点はあるかなという感じ。筆がのってくれなかったので作業ははやめに切りあげ、きのうづけの記事の続きを書く。投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。以下、2014年2月26日づけの記事より。

四日間の滞在となるとさすがに着替えなしでむかうわけにはいかないのであるのだけれど、この季節にぴったり添うような私服のパターンがあまりに少なすぎるというかそれは全シーズン通してそうであるしおまえ何年その服着てんだよみたいなものばかりなのだけれど、上京するにあたって荷物とかなるべく少なめでいきたいというのがあるので靴とズボンは一着だけにして上衣だけを取っ替えてごまかすみたいな作戦でいきたい。いきたいのはいいのだけれど取っ替え可能なSHIPSのパーカー(たぶん7年くらい着用していた)を去年車にはねられたときの出血で台無しにしてしまっているので代用物がいる。

 「去年車にはねられたときの出血で台無しにしてしまっている」「取っ替え可能なSHIPSのパーカー(たぶん7年くらい着用していた)」、まさについ先日、セカストに放り捨ててきたものだ! この時点ですでに「7年くらい着用していた」ということはあれは17年物になるわけで、いや、よくそんなもの捨てずにとっていたな! しかもそれだけ古いものであるにもかかわらず状態は極悪ではなかったので(血痕はたびかさなる洗濯で目立たなくなった)、いちおう値段はついたのだ。なんぼなんでも物持ちよすぎるやろ!

 冷食の餃子を食す。今日づけの記事をここまで書く。確定申告ボイコットがSNSで叫ばれているというニュースを目にする。自民党の議員が裏金でやりたい放題やっているにもかかわらず罰されることなく、国民ばかりがクソ真面目に納税を強いられているという現状にくわえて、「自民党派閥の裏金事件をめぐり、鈴木財務相は、収支報告書に不記載の収入のうち、政治活動に使わなかった残額を個人の所得として納税するかどうかは、政治責任を果たすという観点で議員が判断すべきだという認識を示した」というできごとを受けてのことらしい。それでちょっと思ったのだが、議員の連中は結局、山上徹也の一件があってなお、じぶんがなにをやっても殺されることはないと信じこんでいるのではないか? 戸愚呂(弟)的にいえば、あいつら危機感が足りないんじゃないか? 民主主義国家において暴力革命だのテロだのは絶対に許してはならない行為であることは当然の前提として、しかし法がまともに機能しない現状があり、かつ、その法の機能不全によって虐げられている人間がいる場合、そうした人間が最終的に暴力に訴えるしかないという発想になるのは、心情的にはおそらくだれにでも理解できるものだろう。だからこそ、民主主義を標榜する国家の政治家がやるべきことは、そのような暴力の否定、すなわち、法の支配の徹底であるだろうに、やっていることはその真逆、ここでもその法をみずからうらぎってふんぞりかえっているとくる。これは換言すれば、暴力が有効な状況(暴力でしか世の中が変わらないと国民に思わせてしまう状況)をみずから作りあげているにひとしいと思うのだが。実際、いまこのタイミングで、裏金ウハウハの議員を狙ったテロのようなものが発生したとして、(おもてだってはわからないが)それを支持する人間はおそらく相当数いるんではないか? 行為そのものは支持しなかったとしても、その事件を受けてほかの議員らがいそいそと税を納めはじめる、そのような動きを目の当たりにして溜飲をさげる国民はきっと多いだろうし、仮にそうなったら、やっぱりこの社会では暴力がもっとも有効的に働くのだなと、法がまったく機能しないのだなと、そういう発想になるひとはますます増加し、結果、法治主義は建前の上ですら機能しなくなるのではないか? そういうことを連中はわかっているのだろうか? そう遠くないうちに刺される人間が出てくる気がするし、場合によってはそれで一気に社会のムードが変わることもありうる。正直にいえば、調子にのっているカスがひとりふたり刺されたところで、こちらはまったく同情しないと思う。ただそうした事件によって、暴力が唯一の有効手段であるという認識が一般に共有された殺伐とした社会にこの社会が変貌してしまう可能性については、けっこう本気で憂慮している。

20240225

国家の響きが草原に漂ってゆく
なにも信じていない声で
ただ慣習のためにうたわれた歌
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.172)



 きのうづけの記事に書き忘れていたが、きのうは元宵節だったらしい(学生らがその旨祝う投稿を汤圆によく似た食いものの写真や花火の動画などといっしょに投稿しているのを見た)。元宵節はたしか春節の終わりにあたるアレだったはずであるし、となるとbottle waterの配達がなかなかされないのも路面の状況が原因ではなくて単純に春節期間中で配送員が休みであるということなのかもしれない。
 10時半起床。今日もまた寝床で小一時間ぐずぐずした。朝食は白湯とトースト。食後のコーヒーを淹れるために台所に立つと、室内にもかかわらず吐息が白くけぶり、京都貧乏暮らしの日々を思いだした。
 「実弾(仮)」第五稿作文。13時過ぎから16時過ぎまで。シーン20、無事終える。そのままシーン21も通す。それほど大きな修正点はない。修正点がないのはそれ自体よろこばしいことであるはずなのだが、シーンのあたまからケツまでほとんど手をつけずに読み終えてしまうと、本当にこれでいいのか? こんなに手応えのないまま終わってしまってもいいのか? なにか足りないのではないか? もっと細かく加筆修正すべきでは? という不安に憑かれてしまう。
 アプリの更新をしたからなのかもしれないが、ヤフーメールにログインできなくなった。ヤフーメールは中国国内でも利用できるメアドであるので、こちらで生活を開始するにあたってわざわざ新規でこしらえたのだったが、「ログインの有効期限が過ぎています」なんて表示されたのはこれがはじめてだ。で、再ログインをこころみたのだが、IDもパスワードもさっぱりで、いろいろためしてみたのだがどれもこれもうまくいかず、そうこうするうちに試行回数制限をオーバーしてしまってアク禁を喰らってしまった。もうええわ!
 と、ここまで書いたところであらためてログインを試行してみたところ、問題なくできた。なんやこれ!
 夕飯は今日も(…)。ケッタでもまったく問題なかったが、いちおう運動不足解消を兼ねて徒歩でむかう。食後は(…)で冷食の餃子と缶コーヒーとハンガーを購入。帰宅後、クローゼットの整理。いらない服をまとめてデカいビニール袋のなかに放りこんでいく。なかなかの量になった。こいつらは夏休みに日本にもちかえってハードオフで全部売っぱらう予定。というかじぶんでもたいそう驚いたのだが、黒のパンツだけでなんで8本もあんねん! 烏賊でもそんなにようけズボンいらんやろ! ハンガーを買い足す必要はなかった。20着以上処分したので、ハンガーはむしろアホほど余った。これまで折りたたんで収納していたパンツも余ったハンガーに吊るすことにした。それからリビングとデスクまわりをざっと片付けた。これでずいぶん部屋もきれいになった。あとはリビングに掃除機をかけて、天気のよろしい日にシーツを洗濯するだけだ。

 シャワーを浴びる。きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の日記を読み返す。2014年2月25日は(…)とそろって神戸をおとずれ、ターナーの展覧会をチェケラしたのち中華街でメシを食った日だった。あれ、10年前なのか。そう考えてみると、10年ってすごく長い。想像もできないような出来事がいくつも生じる長さだ。
 冷食の餃子を食し、今日づけの記事も途中まで書いたのち、『ムージル日記』(ロベルト・ムージル/円子修平・訳)の続きを読み進めて就寝。

処世論。ひとは三〇歳にしてなお、高い文化の意味において、初心者であり、子供である。ひとは見ることを学び、考えることを学び、話したり書いたりすることを習わねばならない。これら三つの目的は洗練された文化である。見ることを学ぶとは、眼に対象を近づけてこさせる冷静さ、忍耐を習慣づけることである。判断を差し控えるとは、個々の場合をあらゆる方向から見て、これを全体的に理解することを学ぶことである。これは精神のありかたのための最初の予備訓練である。一つの刺激にただちに反応するのではなく、これを抑制し、隔離する本能を意のままにすることである。見ることを学ぶとは、わたしが理解するかぎり、非哲学的な話し方を強い意志と呼ぶことである。ここで本質的なのは、決定を「望む」のではなく、決定を引き延ばしておくことができる点にある。あらゆる非精神性、あらゆる通俗性は、一つの刺激に抵抗できない無能力に基づいている、ひとは反応せずにいられず、すべての衝動に従うのである。多くの場合、この「せずにいられない」は、既に病的な徴であり、頽廃であり、疲憊の徴候である。非哲学的な粗野を「悪徳」の名で呼んでいるほとんどすべては、反応できないあの生理学的な無能力に他ならない。——見ることを学んだ一つの有利な応用は、ひとは学ぶ者として一般に緩慢であり、不信を抱き、抵抗するようになるであろう、ということである。ひとはあらゆる種類の異質なもの、新奇なものを敵意を抱いた冷静さをもって、近づいてくるにまかせる、——ひとはその前から手を引っこめるであろう(このイメージはすこしばかり、小犬が大きな犬の前で毛を逆立て、身体をふくらますのを思い出させないか? M)。
(p.49-50)

彼は読書に明け暮れた。哲学書も読んだ、——しかし無計画に、だった。だいたい彼は大量の無秩序な知識をもっていて、彼の前に現われるさまざまな問題を、たいていは不器用に取り扱った。彼は、あてどもなく難解な本に沈潜した。きわめて几帳面な綿密さをもってそれらの本を読み、そのために彼の精神はしばしばまったく不毛な領域に、無意味に不毛で、しかも解読困難な形而上学的思弁に誘われた。本を読みながら、彼は退屈した。彼はこれらすべての努力の価値に対しあくまでも懐疑的だったが、ある強力な徹底性が、いったん始めたものに彼を固く結びつけていた。この徹底性に彼は悩んだ。これにはなにが病理的なもの、あるいは悖徳の幾分かが含まれていた。なぜならそれは、たんにその徹底性の野心を満足させるために、人間全体を冷遇したからである。しかし彼は一つの運命として、ある暗い不可解な衝動のように、その徹底性を内蔵していた。
(p.64-65)

それから冷却がきた。単純に、簡潔に、必然的に。二人の仲は終わった。「すべての一時間が魂に成長をもたらさないときに、これ以上いっしょにいるのは不道徳だ」と、彼は言った。「元気でな。」
(p.68)

死に対するかすかな恥じらい。
(p.68)

ニーチェについての覚書。
 ひとは彼を非哲学的だ、と言う。彼の作品は機知に富んだ冗談のように読める。ぼくには彼が、百の新しい可能性を発見し、そのどの一つも実行しなかった人間のように思われる。新しい可能性を必要としている人びとが彼を愛するのは、そのためである。そして、数学的に計算された結果なしでは済まされない人びとが、彼を非哲学的だと呼ぶのは、そのためである。ニーチェ自体は→若者らしい不遜←大きすぎる価値をもっていたわけではない。しかし、ニーチェと、自分が提示したものを実行する一〇人の有能な精神労働者は、我々に千年の文化の進歩をもたらすであろう——
 ニーチェは、公衆の利用に供せられている一つの公園のようである。——しかし入って行くものはただの一人もいない!
(p.71)

 この公園の比喩、どこかで目にした記憶があるのだけれども、『特性のない男』かな?

もっとも深い静寂の時間に寄せて。
 すべての人間は、彼の諸思想の墓場をもっている。われわれにとってそれらの思想がもっとも美しいのはその誕生の瞬間においてである。のちにはわれわれは、しばしば、それらの思想が、われわれを恍惚とさせたのはいつだったのかに関して、われわれを無関心にさせるのを感じて、深い苦痛を感じる。ところで、もっとも深く静寂な一刻[ひととき]は、それらがかれらの墓から立ち昇り、かれらの一つ一つがわれわれに失われた自我の一片をもたらしてくれるわれわれの魂のあの一二時から一時のあいだである。われわれはわれわれ自身について別な感情をもち、そして静かになる。なぜならわれわれは、一時の刻[とき]がうつとかれらが立ち去って行く必然性を知っているからである。
(p.72)

自分の考えを書きおろすときに屈辱を感じる人間がいるものだ。われわれの書き方はわれわれの精神性の所産である。二千年はわれわれとともに書く。しかし最も多く書いたのは、われわれの両親や祖父母たちである。ピリオドとセミコロンは退行の徴候——静止の徴候である。シンタクスを骨化した教授たちに任せておいてはならない。われわれがピリオドやセミコロンを打つのは、そう教わったからではなくて、われわれがそう考えるからである。終止符をもった文章で考えるかぎりは——ある種の事柄は言うことができない——せいぜい漠然と感じられるだけである。他方、今日なお無意識の識閾の上にある、ある種の無限の諸パースペクティヴが明瞭になり、理解できるようになるような表現法を学ぶことは可能であろう。
(p.75)

 「終止符をもった文章で考えるかぎりは——ある種の事柄は言うことができない」とか、ちょっとロラン・バルトみたいではないか。

われわれの生き方の一つの欠陥は、われわれがいわば「死んだ時間」を逃げられないことである。われわれは会話においては精神的である。つまりわれわれはしばしば坐り心地の悪い椅子に腰掛けて、産業博覧会の機械のように、われわれの精神を働かせる。
 とくに「精神的な」なサークルのなかでは、孔雀がいばるときにもっとも美しい色彩だけを見せるように、誰もが他人に対して用心しなければならない。この欠点から、ぼくは古代ギリシアの哲学学派の制度の偉大さを理解する。そこにはその成員相互のあいだに、「肉体的な」慣れと愛情があった。ここでは同性愛が著しく倫理的な性格をもっている。同性愛が、われわれにおいては、最良の場合にもそこで会話が終わる段階から、会話が始められるのを唯一可能にする、あの精神的信頼を高める。
(p.82-83)

20240224

どうしてぼくは思うのだろう
「この男はイカレポンチだ」と
彼がクリーム入れを手に取って
「キュートなモオモオちゃん」とそれを呼ぶ時に
 
どうしてかはわかっている。
それは彼がどうしても人々に馴染めずにいる孤独感を
少しもかくそうとしていないから
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.158)



 10時起床。寒すぎるので寝床のなかにそのまま小一時間とどまる。花粉症の症状はほぼ解消された。鼻のなかがむずむずすることはまだあるが、鼻水および鼻詰まりに悩まされることはない。日本を出ることによって享受できる最大の恩恵。
 ラスクと白湯で軽い食事をとる。きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回。酸化のすすんでいる豆を挽いてコーヒーを淹れ、日本から持ってきた冬用の作務衣を洗濯機に突っ込み、たまっている日記の読み返しにとりかかる。

 まず、2023年2月21日づけの記事より。2022年2月21日づけの記事に引かれていた「坑夫」(夏目漱石)の一節を受けての記述。

 俗人はその時その場合に書いた経験が一番正しいと思うが、大間違である。刻下の事情と云うものは、転瞬の客気に駆られて、とんでもない誤謬を伝え勝ちのものである。自分の鉱山行などもその時そのままの心持を、日記にでも書いて置いたら、定めし乳臭い、気取った、偽りの多いものが出来上ったろう。とうてい、こうやって人の前へ御覧下さいと出された義理じゃない。
夏目漱石「坑夫」) 

 このくだり、こちらの考える日記観と正反対でけっこうおもしろい。というのも、こちらはむしろ、時間が空けば空くほど、事後的な正当化をやどした気取りや偽りが混じるという考えから、日記はなるべくためずに、さっさと書いてさっさと投稿すべきという考えなので(そのほうがじぶんの「愚かさ」をちゃんと記録できる)。

 同年同月22日づけの記事と23日づけの記事も読みかえす。以下は23日づけの記事より。「窃盗協会」のくだり、まんまマルケスの世界やよなと思う。

 一九八九年春の北京は、アナーキストの天国だった。警察が急に姿を消し、大学生と市民が自発的に警察の任務を果たした。あのような北京が再現することは、おそらくないだろう。共通した目標と共通した願望が、警察のいない都市の秩序を整然と維持していた。街に出れば、友好的な空気が流れていることを感じる。地下鉄もバスも切符を買わずに乗れた。人々はお互いに微笑み合い、よそよそしさが微塵もなかった。よく見かけるような街角での口論もない。いつもは勘定高い商売人も、デモ隊に無料で食べ物と水を提供していた。退職した老人がわずかな銀行預金から現金を引き出し、広場でハンストをしている学生にカンパした。コソ泥たちまでもが窃盗協会の名義で、「ハンスト中の学生を支援するため、一切の窃盗行為を停止する」という声明を出した。当時の北京は、「四海の内はみな兄弟」とも言うべき都市になっていた。
 中国の都市で暮らしていると、強く感じることがある。とにかく、人が多いのだ。しかし私は、天安門広場の百万人デモを見て、ようやく中国は世界でいちばん人口の多い国だということを実感できた。天安門広場が毎日、黒山の人であふれている光景は壮観だった。地方からやってきた大学生が広場の片隅あるいは街頭に立ち、来る日も来る日も演説を続けていた。喉がかれ、声が出なくなっても、頑強に演説をやめようとしない。取り囲んでいる人々は、苦難の人生を歩んできた老人も、赤ん坊を抱いた母親も、若い学生の童顔に見入り、稚気に富んだ演説に耳を傾けている。誰もが尊敬の表情を浮かべ、しきりにうなずき、熱烈な拍手を送っていた。
(余華/飯塚容・訳『ほんとうの中国の話をしよう』)

 ほか、『〈ヤンチャな子ら〉のエスノグラフィー ヤンキーの生活世界を描き出す』(知念渉)のあとがきより。

 大学に入学して間もない頃、とても戸惑った経験がある。小学校の教師を目指して進学した教育学部の授業で周りの友人・知人と意見交換したときのことだ。はっきりと覚えているわけではないが、大学の授業では「理想の教師とは何か」「教師になりたいと思ったのはなぜか」「いい授業とはどんなものか」などのお題について話し合う、という機会が多かった。そういう意見交換を通じて周りの人がもっている生徒観をおぼろげながら知るわけだが、それが当時の私にはとても「優等生的なもの」に感じた。「こんな教師がいたら生徒に好かれると思う!」とか「こんな授業をしたら魅力的なんじゃないか」という友人たちの意見に対して、当時の私は「教師は教師であるという時点で、授業は授業であるという時点で、生徒にとって魅力的なものにするのは無理だろう」という冷笑的な態度をとっていた。
 いまから振り返れば、そうしたズレは私が生まれ育ってきた軌跡と、学友たちの軌跡の違いに原因があったのだと思う。私は、沖縄県玉城村(現・南城市)という農村部で生まれ育ち、親や親戚をはじめとする身近な大人に大卒者はいなかった。周りにいた大人や先輩、友人たちの多くは、高校卒業後あるいは中学校卒業後に農業や畜産、運輸業に携わっていた。そのような環境から、自分自身もきっと高校を卒業したら働くものだと思っていたので、高校では「遊び尽くす」と考えて、進学校ではなく中堅高に進んだ。実際、高校一年生から二年生まではかなり遊びほおけていたのだが、いろいろな偶然が重なって、高校三年生のときに一念発起し、地元の国立大学に進学することになった。一方、大学で出会った友人たちの多くは、親が教員や公務員だったり沖縄の一流企業に勤めていて、進学校を経て大学に入学してきていた。このような生まれ育った環境の違いから、生徒観のズレが生じていたことは想像にかたくない。
 ただ、いまだからそう整理できるわけで、当時の私にはそうしたモヤモヤを簡単にぬぐい去ることはできなかった。「優等生的なもの」を批判しながらも「なんだかんだ言って、結局、国立大学に進学した」自分自身に嫌気がさしていたし、「教師になりたい」と考える以上、自分の冷笑的な態度が自己矛盾を抱えていることにも気づいていた。議論の最中に周りから「友達の話ばっかりで、自分のことじゃないじゃん」と言われても、何も言い返せなかった。「大学になんて進学しなければよかった」「大学を辞めてしまおうか」と悩んだことも一度や二度ではない。だが、辞める決断ができないから、また鬱積してしまう。さらに言えば、大学での言葉遣いなどになじんでいくなかで、高校までの友人たちと距離ができてきたことも体感していた。大学生の自分探しと言ってしまえばそれまでだが、大学に入って一年くらいはそのような堂々巡りの状態が続いた。

 このあたりに関しては、大学進学後のじぶんの経験とかなり共通するところがあるなという感じ。「高校までの友人たちと距離ができて」いった理由として「大学での言葉遣いなどになじん」だことが挙げられている点など、似たような経緯を有している人間はみんなうんうんうなずくんじゃないかと思う。「言葉遣い」というものがいかに明確なしるしとして——部族の刺青のように——われわれの社会で機能していることか! 
 以下のくだりも、ほとんどじぶんが書いたのではないかという気がするほどだ。激しく共感する。

 このように形をあらためて振り返ると、私にとって「ヤンキー」とは、とても身近だったのに、大学進学を機に突然「絶対に同一化できない/してはいけない他者」になってしまった存在なのだと思う。こういった言い方が許されるなら、「ありえた(が、もう選びえない)もう一つの生き方」と言ってもいいかもしれない。本書のもとになった調査をするようになってから、いろいろな機会(大学の採用面接でも!)に「知念さんはヤンキーだったんですか?」と問われるのだが、その問いに私が肯定も否定もできずに言いよどんでしまうのは、ヤンキーに対してそうしたアンビバレンツな感情をもっているからだ。

 以下は2023年2月24日づけの記事より。

 作業のあいだ、(…)さんとやりとりを交わしていた。大学院で専攻を英語に変更するのかとたずねると、「未来の方向はまた知りません」「そして、どんなことでもやってみたい。」という。そういうアレから、好奇心のおもむくままに生きるのが一番だよ、周囲の目を気にしないタイプであればそうやってふらふらして生きるのが一番楽しい的なことを言ったところ、「私はときどきうらやましい」という反応があり、そう、彼女はわりとそういう自由をもとめるタイプなのだ。そうした生き方の問題について「これは先生とよく交流したいです。私はいろいろな疑問があります。」「たぶんは人生の信仰と欲望です。」「でも急ぎません。」という言葉が続いたので、じゃあきみの都合のよいときにまたゆっくり話しましょうと応じつつも、うん? と思った。ここで「信仰」という言葉が出てくるところにひっかかったのだ。さらにこちらがコロナにいまだ未感染であることを受けて、「たぶん神様がいます」と言ったり、「私の実家で神様がいます」「神様の加護を受けたはずです」と言ったりして、どういうニュアンスの発言であるのかがよくわからないのだが、しかしそれでいえば先学期、彼女と(…)くんと(…)さんと(…)さんの書道の先生と食事をした際、温州出身の(…)くんがキリスト教徒であることを知った彼女はちょっと特別な反応を示していた記憶がある。それにくわえて、彼女はいまどきの愛国心いっぱいの若者としてはめずらしく、このうえなく明確に、はっきりと、近平の旦那に対する批判的な意識を持ち合わせていた。それでふと思ったのだが、もしかして(…)さんもキリスト教徒なんではないか? それも(…)くんのように共産党支配下にあるほうのアレではなく、もっとガチの、弾圧される側の信仰を有しているのでは? あるいはキリスト教ではなく別の宗教——たとえば(…)先生の祖母がいれこんでいるという民間宗教だったりするかもしれないが、いずれにせよ、そういう意味でのマイノリティに属する人物なのではないか? そう考えてみると、クラスのなかで少し浮いているような雰囲気があり、かつ、政権に対して批判的であり文芸趣味も有している彼女のキャラが、けっこうしっくり理解されるのだ。うーん、物語の予感がする。

 (…)さんがなんらかの信仰をひそかに抱いているかもしれないということ、この記事を読み返すまですっかり忘れていた。(…)さん、現四年生(当時の三年生)のなかである意味もっとも気になる学生の一人であるのだが、結局、プライベートでの交流はほとんどないまま卒業の時期を迎えつつあるわけで、こちらが一方的に興味をもっている学生であればそれはそれでよしという感じであるのだけれども、彼女の場合は相手のほうでもこちらと一度ゆっくりいろいろ話してみたいという意思を明確に有しており、かつ、たびたびそのようなサインを送ってきたのであって、しかしそれにもかかわらず、こちらはそのようなサインを積極的にキャッチしようとしなかった、そのことをいまさらちょっと悔やんでいる。こちらは原則としてじぶんから学生を食事だの散歩だのに誘わないようにしている、しかしその原則に徹するあまり、遠回しなかたちであったりほのめかしというかたちであったりでしかこちらにアプローチできないひかえめなタイプの学生と交流する機会を何度も逃してしまっている(あるいは無視してしまっている)わけで、(…)さんもまさにそういうタイプであるのだけれども、いやそこは原則なんてものにはこだわらず、言外のニュアンスを汲んでこちらからちゃんと誘うということをするべきだったんではないか? 彼女はあきらかになにかを話したがっていた、なにかを打ち明けたがっていた、なにかを共有したがっていたはずであるのに! 過去にもそういう学生はたくさんいた。(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん……卒業生だけでもいろいろな顔が浮かぶ。
 十年前の日記もまとめて読みかえす。以下は2014年2月21日づけの記事より。

 ミンダナオの三人の病人中二人が死んだ。水葬が行われるそうで、有志は後甲板に集合と廻状が来た。
 祖国を三日の先に見ながら死んだ人達は確かに気の毒であった。しかし、彼等が気の毒なのは戦闘によって死んだ人達が気の毒なのと正確に同じである。私とても死んだかも知れなかった。自分と同じ原因によって死ぬ人間に同情しないという非情を、私は前線から持って帰っている。
大岡昇平『俘虜記』)

 以下も同日づけの記事より。一部書き直して『S&T』に収録した記憶がある。

パンを食べ終わったところで河川敷をひたすら南進した。(…)くんの楽曲にでたらめな歌詞をはめこんで歌ってみたが、うまくいかなかった。しばらく歩いていると川をはさんだ対岸でもまたボーダーコリーをつれて歩いている人影が認められたが、リードを引っ張って先をゆこうゆこうとするその後脚がすこし不自由なようにみえた。対岸のそのまたむこうのこの街をとりかこむ山の一部が茶色く浮かびあがっていたのだが、部分的な日差しのせいでそのような色合いに染めぬかれてみえるだけなのか、それともじっさいにそこだけが立ち枯れてある木々のためなのか、あるいは木々の引っこ抜かれて開拓された山肌のあらわになっているためなのか、どれだけ目を凝らしてみてもやはり見極めがつかなかった。対岸をじぶんとおなじ方角にむけておなじような歩調で歩く人影があった。両者をへだてる空間をたっぷりと用いてゆったりと鷹揚にいくらかもったいぶって舞ってみせる一羽の、あれはおそらくとんびであるように思うのだけれど、鳥がいて、その軌道をぼんやりと目で追っているうちに対岸の相手のほうでもやはり同じようになぞっているらしいその目と不意に行きあう瞬間というのが幾度かあった。かなり間遠な距離ながらしかしたしかに互いを認識するふうな、独特の歩みのぎこちなさのようなものがそのときだけ際立つようであり、そしてまたそこで際立ったものを認める両者の意までもが重ねて際立つようであり、と、いちどこうなると意を決してそらすべきものをそらさないかぎり際限ないものにとらえられてどこにもいけなくなってしまうのではないかというおそれが煮凝る。これは偶景になる、そうメモして顔をあげるとすでに人影はなかった。狐につままれたようだった。

 以下は2014年2月22日づけの記事より。(…)から結婚報告&シカゴ赴任の連絡があったので、出国前に東京で会おうということになり、上京の計画を立てている。たぶん(…)くんとはじめて会ったのもこのときだったんではないか? 「どうにでもなれの磊落な開きなおりだけがどうとでもなる現実の寛容を呼びよせる」というフレーズが気に入った。これはまさにじぶんの生き方そのまんまだな。

(…)くんが寝床の世話をしてくれるというのだけれど、さすがに四日も五日も世話になりつづけるのもアレであるし、三月だからさすがに野宿はつらいことを考えるとやはりネットカフェかカプセルホテルあたりでの宿泊も考慮してとかいろいろ思うのだけれど、まあそういうもろもろ考えたり計画したりするのあんまり好きでないしとりあえず現地にさえいってしまえばあとは存外なんとかなってしまうものだという傲岸不遜な思いあがりめいた楽観性もあって、それも決してゆえなきものというわけではなくそれほど多くはない過去の旅の記憶がしかしたしかに裏打ちするところではあるので、とにかくさっさとチケットだけ確保してあとはぜんぶむこうで適当に決めようと思った。タイもカンボジアも沖縄もぜんぶそうだったのだ。ぶらぶらしてたらだれかが見かねて拾ってくれる。あるいは絶好のどこかにどういうわけかたどりついてしまう。どうにでもなれの磊落な開きなおりだけがどうとでもなる現実の寛容を呼びよせる。

 以下は2014年2月23日づけの記事より。

6時15分起床。8時より12時間の奴隷労働。(…)のおっさんの一件がどうにかこうにかかたちの上だけでも片付いたと思ったら今度は(…)さんと(…)さんの関係が悪化しつつあるというか(…)さんのインフルエンザからの復帰以降(…)さんがふざけた口調ながらも埋め合わせとして乳揉ませろや発言をくりかえしていてそれが一度や二度のことならまだしもわりと執拗なものだから(…)さんがけっこうご立腹な感じでわりと空気のわるいことになっており(…)さんもさすがにこれはまずいと思うところがあるらしくもうアホなことはいいませんといちおう誓いをたてたりはしたのだけれどまじめに謝罪する気恥ずかしさがたってかおどけた謝罪になってしまってそれにますます(…)さんが不機嫌になるという悪循環の流れがひとまずできあがってしまっており(…)さんにはその一線超えちゃ駄目だろしっかりしてくれよと思うし(…)さんには(…)さんは底なしの阿呆だけれどああ見えて不器用ながらも反省しているようであるしあの阿呆さに免じてここはもうひとつどうにかこらえてもらえればと思う。
(…)さんとふたりで話す時間があってそのときに(…)のおっさんのセクハラ騒動における(…)さんの対応にたいする不信感みたいなものを(…)さんも感じているようで女性だったらまあそりゃそうだろうなと思うというか今回の一件についてはじぶんもはっきりと(…)さんにたいして疑念と不信といらだちを募らせていたのだけれどこの職場にいる男性陣というのは基本的に徹底的な男尊女卑的思考の持ち主ばかりで「だから女は〜」みたいな物言いにはじまりいまどき本気で女は馬鹿だだの女には理性がないだだの女は子宮でものを考えるだの女はなんでもいいから構ってほしいだけの阿呆だだの男が浮気をするのは甲斐性だが女が浮気をすれば尻軽クソビッチだだのを本気で口にしていたりしてこういうの正直にいってけっこうきっついというかはっきりと抵抗感をおぼえるのであるのだけれど、そのような考え方の開陳、というかそのような考え方ありきのそれを前提とすることではじめて成り立つ言説の数々にたいして猛烈な反感を抱く人間がいるということを知らないくらいには無知で想像力に欠けたひとたちであるというかそれは彼らの所属するコミュニティ全体に蔓延する病であるのだから想像がおよばないのはある意味で仕方ないのかもしれないけれどもとにかくその一点にかけては最低最悪で毎度のことながらげんなりするし教育っていうのは本当に重要だと女性蔑視のみならず差別的言辞の日常茶飯事に飛びかうこの職場に身を置いているとつくづく感じ入るのだけれど、差別の構造にたいする感受性からではなくみずからもまたその被害をこうむりかねない女性であるというその防衛的な自覚に端を発するきわめてフィジカルなものなのだろうけれど今度の一件については(…)さんだけは唯一まともな考えをもっているように思われ、(…)さんが(…)のおっさんにたいするヒアリングの実行を(…)さんにせまったことについて(…)さんは(…)のおっさんがじぶんではない別の女にちょっかいを出しはじめたことに(…)さんが嫉妬したにすぎないのだと、このあいだの二時間にわたる長電話のあいだもしきりにくりかえしていたし同様の内容を(…)さんのまえでもべらべらと開陳していたらしいのだけれどその場にはもちろん女性であるところの(…)さんも居合わせていて、論旨もクソであればそれを開陳する場の選択もクソであるというか女性蔑視たっぷりの事柄を口にされて嫌な気持ちにならない女性なんてまずそうはいないだろうし、のべつまくしたてる口調が男性間でとりかわされる秘密の響きを帯びることでもあればそれはそのまま(…)さんにたいしてわれわれはあなたを女性として見ていませんのメッセージとして作用しかねないし、(…)さんは例外的にものわかりのよい女性であるから気にしないのでいるのだという弁明が仮にくりだされたとすればそれは外堀を埋める抑圧のほとんど最悪の形態だろうし、とにかくよくない、本当によくない。もうそれやったら男だけで勝手にすればいいってわたし思ったわ、と(…)さんは今度の一件をそう総括して憤っていた。それから、ふざけてやっているとわかってはいてもいざあんなふうなことをいわれてしまうとやっぱりどうしても恐怖感みたいなものをおぼえる、と(…)さんのことについても続けて語った。ふしぎなんやけど、わたし(…)さんがあんなふうに乳揉ませろとか吸わせろとかな、冗談やってわかっとんのやけどああいうふうにいわれてしまうと、ああ、そういうふうに見とんのやなって、そういう意識が働くとふしぎなんやけどちょっと怖くなる、恐怖心みたいなんがな、やっぱりどうしても出てくんのよ、ドアとか開けて待ってくれとるときにその腕のな、突っ張った腕の下とか通るときとかにな、やっぱどうしてもこうびくっと身構えてしまうの、やしわたしもうなるべく近づかんようにしとんの、こう、ちょっとでも身をひきはなしてな、そういうのってな、やっぱりあんねん、もう、相手がどうとかな、年齢とかそんなん関係ないとわたし思う、といって、そうだよな、やっぱりそう思うんがふつうなんだよな、と思った。それからこういう女性の心情の吐露さえ許さぬこの職場の空気はなんだろなと思った。(…)さんはじぶんの前ではこういうふうに本音のところで語ってくれたけれども、たとえば恐怖感のくだりなんてほかの男性陣のまえではぜったいに口にできない、したら若い女の子というわけでもないのにいい年してなにいってんだと、裏でそのように嘲笑気味にささかれることになるにちがいないと、そこまで考えてしまって結果なにもいえなくなるんだろうと、その内心のはっきりと透けて見えて、ここで働くのはけっこうつらいだろうな、とすごく同情した。そしてそのような空気の醸成されてあることにまったくもって無頓着な、徹底したミソジニーにつらぬかれてあるここの連中の価値観とそこから派生するなり補い合うなりしているにちがいない極右といってもさしつかえない政治的思考との結びつきもまとめて嫌悪する心がひさしぶりに巨大に燃えさかり、大戦時の日本を語るときのおきまりのフレーズに軍部の暴走というのがあるけれどもきっとそれだけじゃない、この手の市民ひとりひとりの下品きわまりない大声こそがむしろ時代を暗黒に押しやったんでないかと思われてならないしそれはここ数年の世論の移り変わりを見ていても感じる。すべて政権の問題か? その政権を支持する国民の問題か? むしろ国民の声がこのような政権を要請したんでないのか? 民主主義のじつをいうとすみわたった徹底こそがこの愚劣なポピュリズムを呼びまねいているのではないか? 金子光晴の自伝には大戦時の国民の愚劣なもりあがりがありありと描写され非難されていた。

(…)さんは二十歳のころに健康診断で聴診器を胸にあてられたあと、きみ胸がおおきいねと医者にいわれたことがあるといった。それから二十数年経ったいまでも、よほどのことがないかぎり病院にだけは行かないという意志がいきている。この挿話を聞いたときに、ひどい話だと思うと同時に艶かしいものをも感じとるじぶんがいた。要するにこいつだと思った。こいつを否定しては男の側から女性の立場を考えることができない。こいつを否定できぬ前提として組み立てるべきものを組み立てておかないと、ないものとして看過して組み立てたものはかならず脆弱性をきたすことになる。

 それから2014年2月24日づけの記事。

 自分の手段を十全に活用する能力は、手段の数が増えれば増えるほど減じてゆく。
ロベール・ブレッソン松浦寿輝・訳『シネマトグラフ覚書』)

 『シネマトグラフ覚書』(ロベール・ブレッソン松浦寿輝・訳)からの引用——ということは「きのう生まれたわけじゃない」をいよいよ閉じようとしている時期だ。イニシャルトークで誤魔化すのもそろそろ限界かなというアレから「きのう生まれたわけじゃない」を閉じるにいたり、そのまま「信じる人は魔法使のさびしい目つき」を新規でたちあげたわけだが、引越し先を告げていなかったにもかかわらず「信じる人は魔法使のさびしい目つき」にたどりついた読者がおり、そのひとからTwitter経由で引越し先を見つけるにあたって記事冒頭のブレッソンの抜書きがヒントになりましたというメッセージを受けとったことをよくおぼえている。

 外出。ゴミ袋をもって部屋を出る。敷地内で(…)の姿を見かけたので、おたがいに手をふってあいさつ。もどってきたのかというので、一昨日もどってきたと受ける。(…)はめちゃくちゃ寒い! 雪まで降っている! と言うと、(…)は笑った。そのまま徒歩で南門のほうへむかう。キャンパス内の路面はすでに元通りになっていた。凍結もしていないし、雪も道端にしか残っていない。これだったらケッタでも全然だいじょうぶだったなと思いながら歩く。
 まずは(…)へ。食パンを三袋買う。店に入っていたのはいちばんテンションの明るいおばちゃん。帰ってきたのかというので、おとつい帰ってきたよ、こっちは本当に寒いねと受ける。それからセブンイレブンに立ち寄り、弁当とおにぎりを買う。精算時に温めは必要ないとやりとりしていると、「また来ましたね」と突然日本語で声をかけられた。滋賀県で仕事をしていたことがあるという例の男の子だった。レジに入っているのは女性ふたりだったが、彼女らとは別に、レジの端っこのほうでペーパーワークをしていたその姿に、こちらは声をかけられるまで気づかなかったのだ。それでしばらく立ち話。初詣はどうでしたかと言われたので、ふるさとに有名な神社があるんでそこに行ってきましたと受ける。(…)でこんなに雪が積もるのはめずらしいですね、おとついこっちに帰ってきたんですけど道路が凍っていて、荷物がたくさんあったし歩くのが怖かったですというと、つるつるでしたよねと言う。故郷は京都ですよねというので、ここに来る前京都に住んでいましたけど故郷は(…)なんですと応じると、はてなという反応だったので、(…)を中国語読みして伝えてみたが、やはり知らないようす。そりゃそうだ。ふるさとはどちらなんですかとたずねると、四川省です、成都の近くにある小さな町でという思いがけない返事があった。それだったら成都重慶で仕事をしたほうがいいんではないか? なぜよりによってこんな辺鄙な田舎町に? と思ったが、その点についてはたずねそこねた。四川出身でしたら日本にいるあいだは食事が大変だったでしょう? たぶん全然おいしくなかったと思うんですがというと、慣れるまで大変でしたけど慣れたらおいしかったですよという返事。うちの学生たちはみんな日本に行くまえに辣条や老干妈を持っていくんですよというと、相手は笑った。われわれふたりが立ち話をしているあいだ、レジに入っている若い女性ふたりはなぜかその場に直立してうつむいていた。店員の彼はもしかしたらバイトリーダー的なポジションなのかもしれない。しかし前回はじめて言葉を交わしたときも思ったが、発音含めて相当流暢だ、このレベルで会話できる人間はなかなかいない、会話の自然さという点だけにかぎっていえば、(…)先生レベルに達しているんではないか。
 元来た道をひきかえす。キャンパス内を歩いていると、前からスクーターがやってくる。こちらに接近するにつれてゆるやかに速度を落としはじめたので、あれ? もしかして? と思っていると、案の定(…)だった。新年好! とあいさつ。もどってきたのかというので、おとついもどってきたよと英語に切り替えて返事をする。めちゃくちゃ寒いね、おとついはこのあたりの道路が全部凍結していて歩くのが大変だったと言うと、あなたがこっちにもどってくる前日、つまり、三日前は気温が27度もあったよ、(…)なんて半袖で過ごしていたんだからというので、真的吗!? と爆笑した。いくらなんでもめちゃくちゃだ。三日前といえば福州の最高気温30度に悩まされていた日であるが、こっちはこっちでそんなに暑かったのだ。(…)は快递にparcelを回収しにいくところ。See you soon! と言って別れる。
 それで寮にもどった。(…)、(…)のおばちゃん、セブンイレブンの店員さん、(…)と、たてつづけに四人と対面して三カ国後のちゃんぽんで言葉を交わすうちに、ああもどってきたんだなという実感をおぼえた。同時に、さあ新学期がもうすぐはじまるぞというキラキラした期待感のようなものもこみあげてきた。いや、この種の期待感なんて実際に授業がはじまってみると一挙に消え失せてしまうというか、めんどくせえなあとかあのクラスもうちょいやる気出せよとかそういうネガティヴな感情にすぐさまとってかわられてしまうわけだが、それでもやっぱり学期はじめのこの雰囲気というのは独特の質感を有しており、いつかこの感情をなつかしく思い返す日もくるのかもしれない、この日の日記を10年後に読み返したときに、そうだった、新学期前のそわそわした感情、わくわくする期待感、そういうものがたしかにあったなぁと懐古するかもしれない。
 帰宅後、弁当とおにぎりをレンジでチンして食した。それからベッドに移動し、『ムージル日記』(ロベルト・ムージル/円子修平・訳)の続きをちょっとだけ読み進め、30分ほど仮眠をとり、チェンマイのゲストハウス並にしょぼいシャワーを浴びた。
 で、20時半から「実弾(仮)」第五稿執筆。シーン20。ひさしぶりの執筆なのでチューニングを調整するのに時間を要した。なかなか気分がのってくれなかったのだ。ぐずぐずしているうちにふと「S」の完成稿が目についたので、序盤・中盤・終盤をそれぞれざっと斜め読みしてみたが、いやおれよく書いたなこれ、よくこんなもん完成させたなと、ちょっとびっくりした。それで元気が出た。ラーメンを食ったのち、気分転換に「実弾(仮)」第五稿のフォントを変更した。結果、一気にチューニングが合った。23時半まで鍵盤を前にしたグールドのようにキーボードをカタカタやった。作業中は『Special Evolution』(Rafael Toral)と『Og23』(Kevin Drumm)を流した。
 その後、寝床に移動し、『ムージル日記』(ロベルト・ムージル/円子修平・訳)の続きを読み進めて就寝。

20240223

◉ぼくの名前は父親がはじめて生まれた息子に自分と同じ名前を付け、それから母親がその息子にニックネームを付けて、それで父と息子とが広い畑で腰まで麦に埋まり、並んで働いているようなときに遠くから呼びかけてもどちらのことだか判るようにするということを繰り返して、もう七代も前から受け継がれてきた名前だ。
 息子たちは畑の上の大気を伝わってくるその呼び名が自分たちの名前なのだと信じるようになり、ニックネームに答えながらその名の響きのまわりに自分が誰であるのかという観念を育んで、実は彼らの本当の名前がシカゴのどこかにある書類の上でひっそりと出番を待っており、やがてその名前で彼らが「ミスター」と呼ばれ、その名前と共に彼らが死ぬことになるなど夢にも知らなかった。
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.76)



 11時起床。たっぷり寝た。歯磨きをすませてからラスクと白湯の朝食。インスタントコーヒーを用意し、おとといづけの記事の続きを書いて投稿する。三年生の(…)さんから微信。航空券変更の手数料を外国語学院が負担してくれることになった、と。1日にもどってくるらしい。「学校の温水設備も悪い天気で壊れたそうです」というので、きのうキャンパスで見かけた人夫はその修理に来ていたのかなと思った。今学期は(…)先生の授業がないので幸せだという。代わりにあたらしい先生がやってきたというので、え? マジで? となった。(…)という名前の人物。繁体字で書くと(…)となるわけで、日本人の感覚からするとこれはあきらかに男性の名前であるのだが、男性か女性かわからないという。たぶん若くてかわいい女の先生ですよというので、いよいよぼくも結婚するときがきたなと受ける。
 部屋の空気がやっぱり埃っぽい。雑巾で寝室だけざっと拭き掃除をする。リビングのほうはたまっている日記をすべて片付けてから掃除機をかけるつもり。
 きのうづけの記事に着手する。(…)先生に今学期の時間割を送ってほしいと微信を送る。じきに返信がとどく。火曜日8時から二年生の日語基礎写作(二)、水曜日10時から一年生2班の日語会話(二)、木曜日8時から三年生の日語文章選読、10時から一年生1班の日語会話(二)、金曜日10時から二年生の日語会話(四)というスケジュールであることが判明。早八が週に二日もあるやんけ! くそったれ! それにくわえて土日月の三連休になっているのも気にくわん。週半ばに一日休日のあるほうがずっといい。授業が全部午前に固まっている点については、リズムさえちゃんと作ることができればいろいろやりやすいのかもしれないが、いやしかし、このスケジュールだとマジで夜更かしはほぼできんな——考えるだけでイライラしてくる! おれを大学にひきとめたいんやったらもっと思慮深い時間割をこしらえてくれ! 事前に事務室にお願いして授業をすべて午後に固めてもらえばよかった。10時からの授業が三つもあるということは週に三日は大混雑する食堂で昼飯を打包しなければならんし、教室も外国語学院の2階にあるものを使えるのは一年生2班のものだけで、あとは全部6階となっている! アホか!
 今日もまた(…)でメシを食う。食後は(…)で一本4.5リットルのミネラルウォーターをふたつ買う。きのうアプリで注文したbottle waterが今日になってもやはり配送されておらず、たぶん路面凍結のせいだと思うのだが、となるとあと三日か四日は厳しいだろう。そういうわけで、日本ではまず見かけることのないずんぐりしたかたちのペットボトルに入っているその水を両手に一本ずつ提げて寮まで持ち帰ることにしたのだ。
 帰宅後、いったんデスクを前にしてきのうづけの記事の続きを書きはじめたが、猛烈な眠気をおぼえたので、ベッドに移動して30分ほど仮眠をとった。実家にいたころは夕食後の仮眠をとらない日のほうが圧倒的に多かったわけだが、この土地この部屋で暮らす過程で血肉化されたバイオリズムみたいなものがこの土地この部屋に身を置くことによってやはり賦活されたのだろう。

 シャワーを浴びる。三年生の(…)さんから(…)といっしょに夜道を散歩している写真が送られてくる。きのうづけの記事の続きを書いて投稿する。ひとつ書き忘れていた。きのう(…)から正式に新学期の開始日時が後ろ倒しになるという通知がとどいたのだった。
 冷食の餃子を食す。それだけでは足りなかったので、帰国前に手土産として買ったものの税関でひっかかることにのちほど気づき、やむをえず部屋に置きっぱなしにしておいた鶏の手首を辛く味付けしたやつも食った。歯磨きをすませ、今日づけの記事も途中まで書き、寝床に移動して就寝。