20240618

 “Are you asleep?” asked Moon.
 “No,” said Sun. “Are you?”
 “No,” said Moon.
(Katherine Mansfield “Bliss and Other Stories”より“Sun and Moon”)

 こういうくだりを読むと、マンスフィールドってやっぱり子どもを描く天才やなと思う。



 例によって眠りが浅く、たくさんの夢を見たのだが、そのうちのひとつがけっこう気色悪かったので、起床後もはっきりと内容をおぼえていた。学校の教室にいた。中国ではない。日本だ。たぶん中学か高校だ。その教室の窓際に廊下側と対面する格好でひとりで立っている。あるいは窓枠に腰かけていたかもしれない。教室は薄暗い。そこでだれかを待っているようだった。なんとなくスマホをかまえて写真を撮ろうとしたところ、教室後方の扉付近にふたりの子どもの姿が映った。半透明の姿だった。カメラには映っているのだが、肉眼では見えない。前方の扉にスマホ(カメラ)を動かすと、そちらにもやはり複数人の子どもがいる。ふたたび後方の扉にスマホ(カメラ)をむける。すると先のふたりの子どもが、いつのまにか廊下から教室内に足を踏み入れ、こちらにより近い位置にいる。スマホ(カメラ)の中に映っているふたりは、まるでだるまさんがころんだをしているみたいに動かないのだが、スマホ(カメラ)を他の方向にむけた瞬間、きっとじぶんのほうにさらに接近するだろうことがわかる。スマホ(カメラ)をかまえるのをやめる。と同時に、肉眼ではなにものの姿もとらえることのできないじぶんの前方に、思いきり蹴りを放った。それで目が覚めた。
 胸が悪かった。夢のせいではない。きのうは夜食をとらずに寝たのだが、もしかしたらそれのせいかもしれない、空腹のせいで胃がおかしくなっているのかもしれない。とりあえず菓子パンを食ったのだが、なぜか下痢に見舞われた。風邪でもひいたのかなと一瞬疑ったのだが、のどはまったく痛くないし、あたまもぼうっとしない。

 10時から二年生の日語基礎写作(二)。今学期の最終授業。期末試験と成績について説明し、来学期はこちらの担当する授業がないことを告げる。それから事前に印刷しておいた質問用紙を配布。二年後、卒業直前のじぶんが読み返すためにおもしろおかしい回答をいろいろしこんでおきなさいと告げる。あまった時間は自習。普段なら自習とは名ばかりのおしゃべりとスマホいじりの時間になるところだろうに、さすがに週末に四級試験がせまっているからだろう、学生らはほぼ全員持参してきた資料に目を通していた。すでにN1に合格しており、四級試験など余裕という感じのR.Uくんはヨルシカの歌を歌詞をながめながら小声で歌い、R.Hくんは例によってVPNを噛ませてTwitterをのぞいていた。
 授業を終える。R.Hくんがいつもどおり教壇にやってくる。のみならずセブンイレブンに行くという名目でこちらのあとをついて階下までやってくる。これについてどう思いますかと動画を見せられる。川上量生らが開発したCGのデモ映像に対して「極めてなにか、生命に対する侮辱を感じます」と宮崎駿がキレているやつ。どう思いますかというので、やりとり全部を観たわけではないのでどう思うもなにもないと応じると、こんな意見もありますといって、たぶんその動画をのせていたアカウントに対するリプだろう、ゾンビみたいな動きを模したCGのデモ映像に対して身体障害者をむすびつけるその発想のほうこそが差別的じゃないかというようなテキストが表示される。どう思いますか? と続くので、こういう事件があったことは知っているけれどここでの宮崎駿の発言すべてを聞いたことはないのでなんとも言えないとおなじように応じる。R.Hくん、たぶん納得がいっていなかったと思う。Twitter上に転載されている短い動画とそれをさらに暴力的に要約したかのようなテキストをベースにやりとりされる議論がいかにすっからかんであるかというこちらの考え方が、たぶん彼にはまったく通じていなかった。
 小雨が降りだす。后街の快递で業務用のビニールテープを回収。Jで食パン三袋購入。さらに第四食堂の快递で靴の中敷きを回収。最後に第五食堂で閑古鳥の広州料理を打包。
 帰宅。一年生1班のS.Eくんから微信。明後日の授業のあと、じぶんの淹れたコーヒーを飲んでみてくれないかという。了承。彼の寮に行けばいいのか、それともうちの寮に来るのかとたずねると、先生の寮でコーヒーを飲みながら話がしたいですという返事。いちおう友人を連れてきてもいいとは伝えたが、なんとなくひとりで来るんじゃないかという気がしないでもない。ちょうど一年前のR.Hくんのように、哲学や芸術に関する話題ではなく、政治に関する話題をこちらと交わしたがっているのではないか。

 メシ食いながら『聲の形』(山田尚子)。観覧車のシーンあたりまでうーんという感じだった。特に植野直花が石田将也に対して恋心(に近いもの)をずっと抱き続けていたという設定に説得力が感じられず、そのせいでここにいるのは人間ではなく記号的なキャラだなという印象をぬぐえなかった。ああいうタイプの女子がスクールカースト最下位まで落ちぶれた男子に対して小学生時代から高校生時代まで好意を抱き続けることなんてまずありえないでしょ、と。ただこれは原作ありの作品であるようだし、原作は単行本で七巻まであるようなので、そのあたりの描写がカットされてしまっただけなのかもしれない。逆に、たぶん多くのひとが反感や違和感を抱いただろうと思われる、西宮硝子が石田将也に好意を抱くことになるという展開は、西宮硝子がそれまで置かれていた状況や他者とのコミュニケーションの履歴などを踏まえて考えてみると、そういうこともありうるだろうし、むしろ(ちょっとグロテスクなほど)なまなましくリアルだなと思った。のっぺりとして一面的なキャラクターにしかみえなかった植野直花にも、西宮硝子とふたりきりで観覧車に乗るシーンあたりから奥行きが生まれる。西宮硝子のことを最後まで好きにならないという彼女の選択が描かれていたのはよかったが、最後は一種の大団円みたいな感じで、彼女のその選択がツンデレ的なキャラの枠内に回収されてしまうような演出が施されており、それはどうなんだろうとやはり疑問をもった。
 石田将也および西宮硝子に対する関係、距離感、対峙の仕方を起点とすることで、ほかの人物らがそれぞれ固有の奥行きをあたえられる造りになっているのはわかるのだが(そういう意味ではちょっと『青のフラッグ』みたいだ)、その造りのためにかつてバラバラになった旧友らが集まってやりなおす構図の恣意性、つまり、ご都合主義的な側面もやはり気になった。その最たるものが、マンションから落下した石田将也のことを助けたのが、小学生のときに事件をきっかけに彼をいじめる側にまわった旧友の島田一旗らであることが唐突に打ち明けられる点で、ここでの島田一旗らのふるまいは、彼らにも善良な面があることを観るものに伝える一種のエクスキューズ、あるいは、かつて失敗した関係をもう一度やりなおすというテーマの内側に全登場人物をおさめようとする力ずくの処理だったんではないかという印象を抱いてしまう(もっといえば、西宮硝子の自殺未遂も、物語のなかで語られるその動機の説得力よりも、石田将也の自殺未遂と対照させるために、また、その石田将也がかつて犯した罪に対する罰の役割を担わされるために、いわば作劇上の論理、作品構造の要請によって外的に導入されたものであるという感触をいくぶん抱いてしまう)。とはいえ、この作品は困難な赦しや救済のありかたを提示する物語(虚構作品)であることをはじめから引き受けているわけだし(永束友宏のデフォルメされたデザインはこの作品の虚構性を一身に担っている)、どう立ち向かってみても正解(だれもが納得する展開)にはたどりつけないものに正面から立ち向かった作品なのだから、それに対してリアリティがないと批判するのはそれはそれで卑怯な論法ということになるのかもしれない。ただ、大団円を迎える前に、この作品のテーマに対するアンチテーゼとして、最後の最後まで関係の修復のかなわなかった登場人物を設けておいてもよかったのではないかと思う。そういう意味で、島田一旗はそういうポジションを担いうるポテンシャルを有した人物であったのだが、先述したとおり、マンションから川に落下した石田将也を救助したという、あまりにできすぎたエピソードが彼にはあたえられてしまっており、それがやはり悪い意味でのエクスキューズになってしまっていると思う。そうではなく、たとえば『プラネテス』のウェルナー・ロックスミスのように、メインキャラクターらの体現する価値観にぶつかる存在、テーマに回収されない外部の体現者として、関係修復のまったく果たされない人物を配置しておくべきだったのではないか、そのほうがもっとこの作品にひろがりをあたえることができたのではないか。

 鑑賞中、劇伴になつかしさをおぼえた。エレクトロニカというジャンルが隆盛を誇っていた時代の音のようだと思っていたのだが、エンドロールでagraph牛尾憲輔)の名前を見つけて、なるほどと思った。あと、エンディングでaikoによる主題歌が流れたのだが、最初のメロディからブルーノートというのか、どう考えてもこれがミリオンセラーのJ-POPミュージシャンの発表する楽曲のメロディではないでしょうと言いたくなるというか、これカラオケで歌えない女の子もきっと多いんじゃないだろうか? そんな音楽がふつうに売れ線の音楽として流通しているのなかなか奇跡的なことだと思う。
 二年生のC.Kさんから微信。短歌には句点が必要ないのかというので、必要ないと応じる。期末試験用に一首考えたのでチェックしてほしいというので了承。「(…)」というのが送られてきたので、なかなかいいセンスをしているなと驚きつつ、「(…)」に添削。文学的な雰囲気のあるものだねと褒めると、元ネタは張愛玲だという。彼女の書いた文章からインスピレーションを得た、と。中学生のときによく読んでいたらしく、「彼女の『第一炉の香り』と『第二炉の香り』を見ることを推薦」するというので、一時帰国後に図書館で調べてみますと返信。C.Kさん、中学時代はよく本を読んでいたが、最近は全然だという。
 C.N先生からも微信。スピーチコンテストの校内予選を25日に開催することになったので審査委員として出席してほしい、と。もちろん了承。17時開催だというので、例年よりずいぶん遅い時間帯にするんだなとちょっとおどろいた。こちらの予想では一年生はS.Mくんが大本命、次点でS.EくんかK.Kさんあたりになるはず。一年生はやっぱりどうしたって既習組が有利になる。非既習組であれば、Y.Tさん、O.Iさん、C.Eさんあたりかな。二年生はやはりC.Kさんだろう。次点でS.Kさん。ただ、インターンに参加しないことになったR.Kさんがスピーチに興味を持つとなったら、また話が違ってくるかもしれない。三年生は院試組が大量にいるので、そもそもスピーチコンテストに参加したいと考える学生がほとんどいないのではないか。以前S.Sくんがスピーチに興味をもっていると言っていたので、彼であれば申し分ないと思ったものだったが、その彼もやはり院試組に転向したという話だったし、編入組のK.KさんとS.Dさんが興味をもっているのであれば彼女らでもいい。
 明後日S.Eくんが部屋にやってくることになったので、埃だらけのフロアに掃除機をかける。部屋の掃除をするのは全然好きじゃない。月に一度すら頻繁にすぎると思ってしまう、めんどうくさく感じてしまうので、学生が遊びに来ることに決まった時点でかならず掃除機をかける、そしてそのいきおいを借りてシンクもみがき、テーブルや椅子のほこりも布巾で拭き、余力があれば浴室も掃除をするというルールをじぶんに課すことでどうにかやりくりしている。そういうわけで今日は浴室掃除以外すべてすませた。掃除機のなかの埃、えぐいことになっていた。
 きのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。以下、2023年6月18日づけの記事より。

 坊さんの名はたしか香厳(きょうげん)とか云いました。俗にいう一を問えば十を答え、十を問えば百を答えるといった風の、聡明霊利に生れついた人なのだそうです。ところがその聡明霊利が悟道の邪魔になって、いつまで経っても道に入れなかったと兄さんは語りました。悟を知らない私にもこの意味はよく通じます。自分の智慧に苦しみ抜いている兄さんにはなおさら痛切に解っているでしょう。兄さんは「全く多知多解(たちたげ)が煩(わずらい)をなしたのだ」ととくに注意したくらいです。
 数年(すねん)の間百丈禅師(ひゃくじょうぜんじ)とかいう和尚さんについて参禅したこの坊さんはついに何の得るところもないうちに師に死なれてしまったのです。それで今度は潙山(いさん)という人の許(もと)に行きました。山は御前のような意解識想(いげしきそう)をふり舞わして得意がる男はとても駄目だと叱りつけたそうです。父も母も生れない先の姿になって出て来いと云ったそうです。坊さんは寮舎に帰って、平生読み破った書物上の知識を残らず点検したあげく、ああああ画に描いた餅はやはり腹の足にならなかったと嘆息したと云います。そこで今まで集めた書物をすっかり焼き棄ててしまったのです。
「もう諦めた。これからはただ粥を啜って生きて行こう」
 こう云った彼は、それ以後禅のぜの字も考えなくなったのです。善も投げ悪も投げ、父母(ちちはは)の生れない先の姿も投げ、いっさいを放下し尽してしまったのです。それからある閑寂(かんじゃく)な所を選んで小さな庵を建てる気になりました。彼はそこにある草を芟(か)りました。そこにある株を掘り起しました。地ならしをするために、そこにある石を取って除(の)けました。するとその石の一つが竹藪にあたって戞然(かつぜん)と鳴りました。彼はこの朗かな響を聞いて、はっと悟ったそうです。そうして一撃に所知を亡(うしな)うと云って喜んだといいます。
夏目漱石「行人」)

 ここを読んでいるときにふと思ったのだが、坊主が悟った瞬間のエピソードばかり集めたオムニバスとかないもんだろうか? マルティン・ブーバーの『忘我の告白』みたいな感じのものを想定しているのだが、そういう本があったら、宣伝次第でけっこうふつうに売れるんじゃないのと思うのだが。
 第五食堂で打包。食しながら『serial experiments lain』第1話を鑑賞。食後の眠気を吹きとばすためにチェンマイのシャワーを浴びるが、あんまりシャキッとしない。シャキッとしないことを理由にだらだらすごすのもよろしくないので、コーヒーをがぶ飲みしつつ、19時半過ぎから21時半過ぎまで「実弾(仮)」第五稿作文。シーン52、片付く。その後、明後日の期末試験に必要な分だけ、日語文章選読で出した作文を添削。作業中は『聲の形』のサントラとBrad Mehldauを流した。
 夜食にトーストを一枚食す。歯磨きしながら『serial experiments lain』第2話を鑑賞。アクセラという名前のドラッグ(?)が出てくるし、服用者が「ぼくは加速したのを感じた」という言うし、わーお加速主義! などとだれでも思いつくような感想をおぼえてしまうのだが、『serial experiments lain』が放送されたのは98年。エヴァ攻殻機動隊の映画第一作目がそろって95年で、FF7が97年。当時としては近未来を描いた作品であったのだろうが、ワイヤードやNAVIという技術の先見性よりも、そのような技術が一般に普及しているにもかかわらず中学校の教室はあいかわらず黒板とチョークである(スマートボードが普及するにはいたっていない)という点をしっかり的中させているほうがすごいと思った。たぶん98年当時にこうしたテクノロジーの普及した近未来設定の物語を作り出そうとした場合、大半の人間が学校の教室という空間ももっと別様に描写しようとしたはず(だが実際は、2024年になってもなお、学校空間の教室というものは一般的に98年当時とおおきく変化はしていない)。あと、岩倉玲音が部屋着だか寝巻きだかで着用している熊の着ぐるみみたいやつも地味に時代を先取りしているのでは? ピカチューとかピングーとかああいうキャラものの着ぐるみを着る女子があらわれるようになったのは、こちらが高校生から大学生にかけての時期だったように記憶している。つまり、2004年以降?
 しかし98年当時、深夜にテレビをつけたところたまたまこのアニメに遭遇した若者らの多くは、まずまちがいなくぶっとんだことだろう。第1話からしてもうモノが違う。この作品との出会いが人生における決定打になったという人物もきっと少なくないはず。ただ、音楽を担当しているのが仲井戸麗市というのがだいぶ謎であるというか、これはあえての人選なのだろうか?
 母からLINEがとどく。兄一家のところに子猫がやってきたらしい。Mちゃん、猫アレルギーだからもう猫を飼うことはないと言っていたように記憶しているのだが、子猫の魅力にはやはり勝てなかったのか。子犬や子猫はいちど触れ合ってしまったらもう負けだ、絶対に抗えなくなってしまう。

20240617

 Moon took ages. When she had her socks put on she pretended to fall back on the bed and waved her legs at Nurse as she always did, and every time Nurse tried to make her curls with a finger and a wet brush she turned round and asked Nurse to show her the photo of her brooch or something like that. But at last she was finished too. Her dress stuck out, with fur on it, all white; there was even fluffy stuff on the legs of her drawers. Her shoes were white with big blobs on them.
(Katherine Mansfield “Bliss and Other Stories”より“Sun and Moon”)



 10時ごろ起床。二年生のC.Kさんからスピーチコンテストの原稿修正依頼。ついにこのときがきたか。校内予選はいつ開催されるのかとたずねると、25日(火)という返事。四級試験後ということだ。二年生の代表がC.Kさんだったらけっこうアツいなと思った。彼女は授業態度もかなりいいし、能力も高いし、舞台度胸もある。スピーチ向きだ。
 Lからも微信。(…)-(…)間の高铁はinvoiceを発行してくれなかった、だからあなたが直接駅でpaper ticketかinvoiceを手にいれる必要がある、と。いやそのあたりの話は前回したんじゃなかったか? バスのチケットという名義で請求するんではなかったか? と思ったが、ちょっとよくわからん。おたがい母語ではないせいでコミュニケーションに難があるということもあるのだが、Lの場合、けっこう頻繁に以前交わしたやりとりを忘れることがある。それが仕事の忙しさに由来するものであればまだアレなのだが、そうではないとするとちょっと心配であるというか、病的なきざしを疑ってしまうほどなのだ。
 冬休みに空港で知り合っていっしょに济南を観光したC.Tくんからひさしぶりに微信。EJU(日本留学試験)が終わったという。今年は特に難しかったらしい。
 トースト二枚の食事をとりながら、『チンピラ』(青山真治)をちょっとだけ観る。無料ではなく有料だったが、1本300円だったので、まあそれくらいならいいかと思ったのだ。しかし映画を観る習慣があったころ、TSUTAYAやビデオインアメリカではだいたい1本100円くらいでレンタルしていた気がするのだが、いやさすがにそんな安くなかったか? 旧作一週間、キャンペーン中で150円くらいだったか?
 きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。作業中は『BORN IN ASIA』(SATOH)と『行』(5kai)を流した。2014年6月17日づけの記事に、「ビブレのユニクロでエアリズムとかいうインナーを一着購入した。おなじものは手元にすでに二着ある。丸首のほうは数年前に購入したものであり、夏場Tシャツの下にしょっちゅう着ていた。Vネックのものは近所のアパートのベランダから風にふかれて下宿のそばまで流されてきたもので、サイズがぴったりだったものだからそのままいただくことにしたのだった」という記述があり、ちょっと笑ってしまった。とんだコンクリート・ジャングル・サヴァイヴァーだ。しかし10年前の時点では「エアリズムとかいうインナー」と表記するほどエアリズムはまだ一般的ではなかったのか? ちょっと気になったので「実弾(仮)」の原稿を「エアリズム」で検索してみたが、だいじょうぶだった、使っていなかった。
 二年生のK.Sくんから微信。彼とB.Aさんのふたりは転籍組であるので日語会話(二)の試験を受ける必要がある、と。日語会話(三)のテーマトークをひとつ増やすことで対応することに決める。ふたりの所属をたずねる。K.Sくんは2班で、B.Aさんは1班だという。最初はふたりそろって1班だといい、その後やっぱりわからないとあったので、わからないのであればどうして1班だと答えたのだ? とたずねると、1班ですという返事があり、その後しかし、やっぱりじぶんは2班でB.Aさんは1班だとあったので、やれやれとなった。登録先を間違えたら最悪単位を取得することができない、それで損をするのは彼らのほうであるのに、なぜ自分の登録先をたしかめるという簡単なひと手間すらかけずその場しのぎのいい加減な返事をよこすのか?

 今日づけの記事もここまで書くと時刻は14時だった。C.Kさんのスピーチ原稿を添削して録音する。やたらと長い文章だったので、バッサリ短くした。校内予選のスピーチはひとりにつきせいぜい一分半から二分程度の発表でいいはず。C.Kさんの元の文章は、こちらが朗読してみても三分以上かかる代物だった。
 日語基礎写作(二)の期末試験を作成する。それからその試験について説明する資料も作成。17時をまわったところで外に出る。后街まで出張るのもめんどうだったので、第五食堂近くのパン屋で明日の朝食の菓子パンを購入し、食堂で打包して帰宅。食しながら『チンピラ』(青山真治)の続きを観る。C.Kさんから原稿をさらに短くしてほしい、思っていたよりも暗記するのが大変だからというメッセージがとどいたので、さらにカットして録音しなおす。ついでに誉め殺しする。曰く、きみは一年生のころからずっと授業をまじめに受けている、成績もトップクラスを維持し続けている、大学入学後に日本語の勉強をはじめたにもかかわらず、ぼくの言うことを現時点ですでに大半聞き取ることができている、だからぼくはきみのことをとても高く評価しているし過去の日記にもそのように記録されている、と。「ああああああ高評価ですね!とても楽しかったです。毎回先生の授業を受けるのはとても楽しくて楽しみで、収獲も多いです。先生との関系は先輩後輩のようで、先生は先輩のようで、あまりプレッシャーをかけずに付き合っていけます。とにかく私も先生と先生の授業が大好きです。先生に認めてもらえて、モチベーションが上がりました。私もずっと優秀でいたいです!」とすぐに返信がとどく。そんなによろこんでくれるのであれば、もうすこしはやく褒めてあげればよかったな。教訓をひとつ得た。優秀な学生のことはもっと頻繁に褒めよう。いや、実際、こちらの褒め言葉ひとつで授業態度が変わる学生は過去にもいたのだ。G.Rさんなんて、きみは発音がきれいだね、と彼女が二年生のときにこちらがぽろっとこぼしたひとことをきっかけに、院試に挑戦することを決意し、そして実際(…)大学に合格したのだ。
 仮眠はとらず、チェンマイのシャワーを浴びる。コーヒーを飲みながら、『チンピラ』(青山真治)を最後まで観る。冒頭、波打ち際に座る大沢たかおの姿を俯瞰でとらえるショット。波打ち際をこの角度で捉えるショットを観たのははじめてかもしれない。大沢たかお寺島進と片岡玲子の三人が駐車場で演じるぶん殴り合いと愁嘆場の長回しもなかなかいい。大沢たかおと片岡玲子のふたりはまだまだ序盤にもかかわらず、ハードボイルド映画のクライマックスみたいな刃傷沙汰と涙とキスのほとんどキッチュなシーンを演じるのだが、次のカットでそのおおぎょうさはあっけなくキャンセルされる。そのキャンセルの落差を生み出すために、あそこは意図的にいくらかわざとらしい演技、わざとらしい台詞回し、わざとらしいカメラワークを使用しているのではないかと思ったが、どうだろう。
 屋上の風見鶏をとらえたショットになんとなく見覚えがある。その後その屋上で大沢たかおと片岡玲子のふたりが演じる、例によってカメラの死角を役者が縫って移動することで成立するカットを目の当たりにした途端、いやおれこの映画知っとるわ! むかし観とるわ! といまさら気づいた。びっくりした。きのうづけの記事に「こういうカメラの死角を利用した俳優の移動、ほかの作品でも何度か観たなと思う。黒沢清の『勝手にしやがれ!!』シリーズだったかもしれない」と書いているが、ちゃうわアホ! 『チンピラ』や! まさにこのシーンやわ! それで過去記事を検索してみたところ、2011年9月17日づけの記事に、以下のような感想が書き記されていた。

映画。青山真治『チンピラ』。大沢たかお片岡礼子がビルの屋上でおしゃべりしている様子を正面やや遠目から映しつつなめるように右手にむきなおるカメラがやがて風見鶏をとらえてしばらくその場で停止したのちそのままゆっくりとちょうど屋上から眼下の風景を見晴らすような位置にむけて前進したところで画面右手に映りこんだ階下へむかうビルの螺旋階段に先ほどまでたしかに左手にいたはずの大沢たかお片岡礼子が抱き合いキスしている姿が遠目に認められるという一連の長回しであったり、あるいはクライマックスで大沢たかおが公園の水飲み場に腰かけながら同じその公園でダンカンと出会ったころの記憶を思い出すのに回想する大沢たかおと回想される大沢たかおとがカットを割ることなく映し出される場面であったり、カメラの死角を利用(し役者が移動)することで可能になる継ぎ目なしでこれをやっちゃうの的な演出が、いかにも映画の制度や限界みたいなものを利用したという感じで多少のあざとさこそ鼻につくものの、しかしきわだって素晴らしい(鈴木卓爾私は猫ストーカー』の電話シーンもこの手の「死角」を利用した演出がほどこされていた)。この映画はたぶん一般的にはダンカンの妙な存在感が取り沙汰されるんじゃないかと別に感想を調べてみたわけでもないのにそう思うのだけれど、誕生日プレゼントとして手渡された大きな写真パネルを両手で持ちあおむけに寝転がってながめる大沢たかおのそのとなりにパネル下からすべりこむようにして横たわる身のこなしであったり、大沢たかおにヤクザ稼業から足を洗ってくれと頼んだのちに冗談だよとおどけてみせるその間の完璧さであったり、それほど出番があるわけではないものの(あるいはそれゆえにこそ)片岡礼子の出演しているシーンの多くにむしろはっとさせられた。ヤクザの組長がパチンコ店で刺殺されても周囲の客たちがみな無反応でありつづけたりするところや、あるいはダンカンが大沢たかおにむけて拳銃を構えてみせるくだり(というよりもそのあとに「なぁんちゃって」や「冗談だよ」を挿入することなくただふたりがならんで歩いているシーンをつなげることでそうしたダンカンのふるまいが冗談であったことが知らされるのだけれどしかしシリアスな後味は奇妙に残るというそのやりくち)なんかの「不穏さ」「不気味さ」「危うさ」はわりと率直に黒沢清の影響なんじゃないかなと思ったし、刺青を入れて出戻ってきたぞと根拠のない噂をたくましくする故郷の連中に対するあてつけに背中に絵の具でヘタクソな絵を描いて上半身裸でランニングしてみせるくだりなんかははっきりと北野武だと思った。北野武といえば『アウトレイジ』に割り箸を耳の奥につっこむシーンがあったけれど、『チンピラ』にも同様のシーンがあって、しかもこちらのほうがはるかに「痛そう」だったのも印象的。

 片岡礼子の存在感はたしかにみずみずしかった(大沢たかおがベッドに腰かけている片岡礼子を残してひとり部屋を出るその姿を悲しげな目つきで追う彼女のバストショットの、画面外にある部屋の扉がひらいたことが風にわずかにゆれる彼女の前髪でそれとなく知れる瞬間にグッときた)。黒沢清の影響と記されている部分については、いやむしろ北野武やろと思う。というか全体的に北野武の影響がおおきくないかと思ったシーンがいくつもあって、たとえばしがないチンピラである大沢たかおとダンカンのふたりが自転車に二人乗りする姿なんてどうしても『キッズ・リターン』を思い浮かべてしまうわけだが、ただのちほど調べてみたところ、『ソナチネ』も『キッズ・リターン』も公開はおなじ1996年だった。石橋凌のところに詫びを入れにいったあとに大沢たかおとダンカンのふたりが公園ではしゃぎながら父子ごっこをするカットにしても、そのはしゃぎっぷりを反復するように朝方の海岸をふたりで走り回るカットにしても、墜落して(?)ぶっ壊れているセスナを見つけてテンションがあがってはしゃぎまわるカットにしても、これ全部『ソナチネ』ちゃうけという感じであったし(海岸や砂浜が出てくるので余計にそういう印象をもってしまう)、死んでしまったダンカンが公園の木の前に突っ立って笑いながらカメラのほうをむいている姿が映し出されるところなんてまんま『あの夏、いちばん静かな海。』だと思った。ただその逆に、北野武のほうが青山真治のほうを追っているというか、いや実際のところ北野武青山真治の映画を観ていたかどうかは知らないのでいい加減なことは言えないのだが、そういうふうにとらえることのできるシーンもいくつかあって、たとえば13年前の記事でも指摘されているように、『アウトレイジ』にあった割り箸を耳の奥につっこむシーンは『チンピラ』が先取りしているし、さらにいえばパチンコ店で組長クラスの人間が刺殺されるというシーンもやはり『チンピラ』が『アウトレイジ ビヨンド』を先取りしている。あと、ダンカンが大沢たかおにむけて拳銃を構えてみせるくだりについては、13年前とはちがって黒沢清よりもやはり北野武を想起したのだが、それと同時に、『地の果て 至上の時』(中上健次)の狩猟のくだりも想起した(青山真治はたしか熱心な中上健次ファンだったはずなので、この場面を撮影したとき、あの狩猟のくだりの緊張感があたまの片隅にあったとしてもおかしくはない)。
 ほか、大沢たかおがゲーセンの客のあたまをはたきまわるシーンもよかったし、組の金を持ち逃げしたダンカンを田舎の駅で見つけた大沢たかおが逃げる相手を画面の奥行きいっぱいを使って追いまわすシーンもよかった(一悶着あったのち、青山知可子とダンカンと大沢たかおが一列になって線路内を歩いていく終幕がいい)。

 明日の授業で配布する資料を印刷。今日づけの記事の続きを書いたのち、ベッドに移動してThe Habit of Being(Flannery O’Connor)の続きを読みすすめる。Caroline Gordonという作家が気になった。注釈によると、a generous mentor to Flannery, giving her invaluable criticism from the beginning to the end of her writing lifeとのこと。ざっと調べてみたところ、角川文庫の『マドモアゼル傑作集』というふざけたタイトルのオムニバスのなかに「化石の女」という作品が収録されているようす。ふつうに原書で読んだほうがはやいか。

20240616

 "The trouble with our young writing men is that they are still too romantic. You can't put out to sea without being seasick and wanting a basin. Well, why won't they have the courage of those basins?"
(Katherine Mansfield “Bliss and Other Stories”より“Bliss”)



 今日もまた朝方に何度も目を覚ました。なんなんやろねこの現象は。
 10時半ごろ活動開始。トースト二枚を食しながら『WiLd LIFe』(青山真治)の続きをちょっと観る。二年生のグループチャットにあらためて来週の授業に封筒を持ってくるようにと通知を送る。その二年生の授業で配布するための資料を作成する。次回は最後の作文授業なので、卒業生の写真撮影当日に渡すための、いわゆる「未来の自分への手紙」を書かせるつもりでいるのだが、自由に書いてくださいとやったところで、大半の学生は毒にも薬にもならないしょうもない手紙、つまるところは形式主义でしかないものを書くに決まっているので、小学生のころに女子児童のあいだで流行していたプロフィールノートみたいな、あるいは履歴書みたいな、そういう体裁で、「名前」「あだ名」「年齢」「似顔絵」「最近よく飲み食いしているもの」「最近よく聴いている音楽」「最近ハマっていること」「最近怒ったこと」「今、一番楽しみなこと」「今、一番不安なこと」「卒業前の自分に一言!」「友人からあなたに一言!」という具体的な記入欄を設けた用紙をこちらで用意することにしたのだ。これだったら二年後にこいつを読み返したとき、なつかしい! と思えるはず。記入は中国語で問題なし。しっかり封をするのでこちらも中身を知ることはない。
 それから先週の授業でおこなった四級試験模擬試験の作文を添削。添削中、ふと母親の誕生日が近いことに気づき、お土産を持って帰るよりもそれを兼ねたプレゼントをAmazonでポチったほうがいいんではないかと思った。数年前にK先生にもらった花茶を母はずいぶん気に入っていたのだが、類似品を淘宝で探しても全然見つからず、いちおうそれらしいものをこれまで二度か三度土産として買って帰っているのだが、どれもこれも全然うまくない。むしろAmazonで売っているやつのほうが、日本人の味覚にあったものになっているんではないかと思われたので、とりあえず目についた花茶を購入。弟の誕生日もたしか6月だったように記憶しているが、やつには土産として不要となった服をいつものようにやるつもりでいるし、それにくわえて弟には基本的に「いやげもの」(みうらじゅん)を持っていくと決めている。しかしその「いやげもの」が今年はまだ手元にない。観光地に立ち寄る機会でもあれば、前回の帰国時みたいにわけのわからんひょうたんのキーホルダーとか、サソリだかムカデだかの死体が埋め込まれている石だとか、ああいうしょうもないもんを買って帰ることもできるわけだが、今年はどうもそういう機会もおとずれそうにない。とりあえず初心にもどって『いやげ物』(みうらじゅん)をポチって弟に贈ることにした。実はこちらもコンセプトを知っているだけで、この本に目を通したことはない。
 第五食堂の閑古鳥の広州料理を打包。食しながら『WiLd LIFe』(青山真治)の続き。一年生1班のY.Eさんから期末テストの資料をもう一度送ってほしいと頼まれたので送信。30分の仮眠をとる。
 仮眠明け、Y.EさんとY.KさんとS.Kさんの三人から早口言葉がとどいているので、それぞれ評価する。Y.Eさんとはその後多少ふざけたやりとり。Y.Eさん、このクラスのなかではめずらしく先学期からずっとちゃんと授業を受けている学生なので、このままがんばってほしい。
 チェンマイのシャワーを浴び、きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回。1年前と10年前の記事を読み返す。以下、2023年6月16日づけの記事より。

 11時半起床。三年生のS.Sくんがモーメンツで教員の発言を批判している。どの先生の授業であるのか、名前を伏せているのでわからないが、「日本发展八千年 中国发展五千年」「原来先有日本才有中国」みたいなことをどうやら口にしたらしく、それに対してキレている模様。彼のキレっぷりを支持するクラスメイトらも当然複数いて、あ、これ下手すりゃキャンセリングがはじまるかもしれんなと思った。ある意味現代の中国ほどポリコレとキャンセル・カルチャーが先鋭化した国はない。(中国における)政治的に正しい発言は異論を決して許さない絶対的なものである。それも以前は一種の抑圧として上から強いられるものだったが(かつては権威であり法であったが)、近年の尋常ならざる愛国教育(と戦狼外交=諸外国ディス)によって、今日の若い世代の人民らには抵抗なく受け入れられているというか、ほぼデフォルトの価値観としてひとつの疑問もなく内面化されている感じがする。実際、教育の現場で教師がほんの少し他国をもちあげた発言を口にするだけで、その音声なり動画なりが拡散して大炎上、とんでもないはやさでクビになったみたいな話もちょくちょく聞く(こちらが知るかぎり、いちばん狂っていると思ったのは、建築関係の教授が講義中に日本の古い時代の建造物を絶賛したところキャンセリングに遭い、そのまま職を失ったというケースだ)。本当に馬鹿げている。戦時中の日本もこんなふうだったのだろう。

 ここで学生らの反感をよんだ教員の正体はR.U先生である。先月だったか、先々月だったか忘れたが、卒業前の学生らと食事会に出かけた日に、C.Sくんからそういう話をきいて、ああ、S.Sくんがモーメンツでキレ散らかしていたやつか、と思ったのだ。
 そのまま今日づけの記事もここまで書くと、時刻は21時半をまわっていた。作業中は『Wrecking Ball』(Emmylou Harris)を流していた。いいアルバムだ。

 インスタントラーメンをこしらえて食す。『WiLd LIFe』(青山真治)を最後まで観る。すばらしかった。
 序盤。パチンコ屋の台の列と列のあいだを抜ける通路をまっすぐとらえたカット。通路の奥に男がいて、通路の手前左側に豊原功補がいる。カメラが右手にゆっくりと移動する。その動きに応じて通路奥にいる男も右手に移動し、次の通路の奥から姿をあらわすと同時に通路の手前にむかってくるのだが、その移動を待ちうけていたかのように通路手前の右側から豊原功補が姿をあらわす。つまり、豊原功補は右手に移動するカメラの後方をまわりこむようにしてその移動先に先着していたわけで、こういうカメラの死角を利用した俳優の移動、ほかの作品でも何度か観たなと思う。黒沢清の『勝手にしやがれ!!』シリーズだったかもしれない。
 T字路の突き当たりを正面にとらえたカット。ミッキー・カーチスと別れた豊原功補が画面手前に移動し、そこにとめられている車に乗りこもうとする。そのわきを物騒な男たちが画面奥にむけて走っていく。観るものはすぐにそれがミッキー・カーチスに対する襲撃であるとわかるのだが、豊原功補はあわてるようすがない。つまり、ここで豊原功補はあきらかに観るものよりも反応が遅れている。そのまぬけさにある種のなまなましいリアリティが感じられるのだが、そのなまなましさを味わいきるまえに画面は襲撃の現場に移り、暴行されたミッキー・カーチスのところに駆けつける豊原功補の姿が画面内にあらわれる。つまり、先の「まぬけさ」が一瞬にしてキャンセルされる。ここもうまいなと思った。襲撃犯のたくらみにすぐに気づいて追いかけるのでもなく、たくらみに気づかずまぬけに看過するのでもなく、一度は看過しかけるもほどなくして気づくという心理の動きが、「看過」と「到着」という二枚の絵だけで、つまり、そのあいだに存在する「気づき」を省略して描かれているそのセンスの良さ。
 取り調べのテーブル周囲をカメラがぐるぐるとまわりつづけるカット。ゴダールの360度カットをちょっと思いだすのだが、ここでも先のパチンコ屋のカットと同様、カメラの死角を縫って俳優らが移動するというテクニックが、よりラディカルに使用されている。つまり、刑事の矢島健一ミッキー・カーチスを取り調べしている構図を起点に、カメラがテーブルをはさんで対面するそのふたりの周囲をぐるりと動きはじめるのだが、画面内に矢島健一のみがおさまっているあいだにカメラの死角でミッキー・カーチス豊原功補が交代、次にカメラがそちらをとらえるやいなや、カットを割っていないにもかかわらず場面転換(時空間の飛躍)が果たされたかのように、矢島健一豊原功補の取り調べに場面がシームレスに転換する造りになっているのだ。
 パチンコ屋が建設される予定地のがらんとした駐車場に、ヤクザもんらの車が最初は二台(のちに三台)、あたまと尻の食い違うかたちで隣り合わせに停車し、お互い運転席に座ったまま会話するのもなかなかシャレているなと思った。しかしこの作品でもっともシャレているなと思ったのは豊原功補が便所で國村隼に圧をかけられる場面。豊原功補にすごみをきかせようとするのを國村隼に制された舎弟のチンピラが、まるで小さく前へならえみたいなポーズをとりながら腰をかがめて小刻みに画面斜め奥へ後退するのだが、そのまま便所外の廊下にまで後退するその姿を別角度(後退の進行方向が画面右手から左手にむけてとなる角度)からとらえるカットをわざわざ挿入、それにくわえて廊下に出たチンピラがその場で悔しげに指パッチンしてみせるという流れがあり、なによりもまず、ひっこんだ舎弟の姿をわざわざカットを割ってまでとらえる必要はまったくないし、その後の指パッチンも妙な異物感をもたらす演出であるし、どう考えてもそれまで持続していた作品のトーン(緊張感)を脱臼させるものになっている。その脱臼の感覚が、鈴木清順がオシャレだという意味で、すごくオシャレだなァと思ったのだ。
 豊原功補光石研が水辺で対話するシーンを見て、光石研というのはいい俳優だなと思った。ちょっと吃音気味の口調、後遺症のせいで足を軽くひきずるはめになっているその微妙なひきずりかた、そしてあの卑屈な笑み。俳優といえば、矢島健一の顔を見るたびに、『ソナチネ』(北野武)の「高橋」を、もっというならその「高橋」とエレベーター内でばったり鉢合わせして銃撃になるあの名シーンを思い出してしまう。
 豊原功補と女三人が一台の車に同乗しているようすを長回しでゆっくりとらえる画面にあわせて、豊原功補と夏生ゆうなのモノローグが重ねられるシーン。ここもそれまでのトーンをぶち壊すような、なんでここに突然こんな突拍子もない演出入れてきたんやというものになっていて、その異物感だけであればおもしろく味わうことができるのかもしれないが、モノローグの内容に正直ちょっとうーんと思ってしまった。悪い意味で文学的すぎるのだ。青山真治の文学趣味、正直彼の映画にとってはあまりいい方向に作用しているとは思えない。序盤でも豊原功補のモノローグでわざわざ石川啄木を引用していたけれども、そういうのは必要ないんじゃないかなという違和感をおぼえてしまう。
 矢島健一が公園の水飲み場で水を出す、その水の音にうながされるようにしてスーツのままシャワーを浴びる豊原功補のカットが続くのもけっこうよかった。
 しかしいちばんよかったのは、豊原功補が喫茶店からヤクザらに連行されたあとの長回しだろう。画面奥から手前にむけてちょくちょくボコられながら歩く豊原功補が、分かれ道に達したところで、画面左手斜め奥にむけてのびるほうに走って姿を消す。ヤクザらも当然そのあとを追って姿を消すのだが、國村隼だけは先回りを考えたのかそのあとは追わず、画面手前にむけてのびるほうのルートを選んで駆け出す。カメラはそこでその國村隼の背後にまわりこみ、小走りで細い路地をゆく彼の後ろ姿を追いかけることになるのだが、ここで國村隼はやたらと容易に息切れしてしまう、このヤクザの体力のなさみたいなリアリティがまずいいし、家屋や倉庫か忘れてしまったが背の低い建物のわきをぬける画面が美しいし、その後銃声が響きわたったあとに道路に出て先ほど別れたヤクザらと合流するにいたるという流れでたちあがってくる、この土地(路地)の空間のありかたがいい。
 その國村隼豊原功補が夜の公園でふたりきりで話し合う場面。話し合いが終わると同時に画面が上方向にパンすると、それまで「東京タワーが見える公園」と呼ばれていたにもかかわらず一度も画面内に映ることのなかった東京タワーがそこではじめて姿をあらわす(と同時にBGMがはじまる)。ここもいい。それに続けて、むかいあう豊原功補(画面右手)と三人の女たち(画面左手)の会話を、発言者をやや後追いする格好でカメラが左右にパンして追うところもいい。
 一番カマしまくっているのは光石研が襲撃される回想シーン。光石研が店で暴行を受ける→豊原功補ミッキー・カーチスが店にもどってきて救急車を呼ぶ→救急車がやってくる→襲撃犯が手打ちにやってくるという一連の流れが、カットを一度も割らずにおさめられる。しかしいま「→」であらわした部分には本来それ相応の時間が経過しているはずなのだが、そこは(カットを一度も割っていないにもかかわらず)省略されている(たとえば、豊原功補が電話で救急車を呼んだ次の瞬間には救急隊員がやってくるというふうに)。つまり、ここでは時空の経過をあらわすためにカットを割るという映画の〈法〉は無視され、そのかわりに(そうしたシームレスな飛躍=省略が許される)舞台(戯曲)の〈法〉が取り入れられている。さらにこうした一連の回想を終えたあとに、現在の豊原功補が画面にすっとあらわれて光石研の遺書を読みあげる、つまり、やはりカットを割ることなく過去から現在への移行が果たされるわけで、まあ、カマしまくっているな!
 カマしまくっているといえばしかし、この映画は全体的に時系列を乱すことを目的にしたような造りになっており(そこになんらかの機能や効果が見込まれているというよりそれ自体が目的になっているような造り)、それについては正直うまくいっているのかどうか微妙なラインだと思うのだが、とはいえほとんど血気盛んといってもいい、若々しく野蛮で過度なこのモンタージュがもたらす力というものはたしかにある。
 終盤、豊原功補ミッキー・カーチスを奪還する場面、車に同乗させた黒幕の江角英明とそろってその車からおりるところで、「それはこっち、あ、それはこっちのセリフですよ」と豊原功補が口にする。「あ」のところでなにがあったのかは説明されない。もしかしたら、ふつうに台詞を噛んだだけなのかもしれない、でもそのほうがリアリティがあっていいということで採用されたのかもしれない。豊原功補の到着を告げるヤクザらのセリフから囚われのミッキー・カーチスのところにカメラが部屋の扉を抜けて猛スピードで接近するショットもよかったし、光石研が幽霊として登場するのもよかった(しかもその幽霊の表象が黒沢清っぽいのだ)。
 その後、『ムージル日記』(ロベルト・ムージル/円子修平・訳)の続きを読み進めて就寝。

20240615

 ALTHOUGH Bertha Young was thirty she still had moments like this when she wanted to run instead of walk, to take dancing steps on and off the pavement, to bowl a hoop, to throw something up in the air and catch it again, or to stand still and laugh at–nothing–at nothing, simply.
 What can you do if you are thirty and, turning the corner of your own street, you are overcome, suddenly by a feeling of bliss–absolute bliss!–as though you'd suddenly swallowed a bright piece of that late afternoon sun and it burned in your bosom, sending out a little shower of sparks into every particle, into every finger and toe? . . .
 Oh, is there no way you can express it without being "drunk and disorderly" ? How idiotic civilization is! Why be given a body if you have to keep it shut up in a case like a rare, rare fiddle?
(Katherine Mansfield “Bliss and Other Stories”より“Bliss”)



 7時ごろに自然と目が覚めた。そこからはずっと眠りが浅かった。上の部屋からコンコンコンコン床か壁をたたきつづける物音がしたので、ひさびさになかばねぼけながらも怒鳴り声をあげた(それで静かになるのだからおそらくきこえているのだろう)。夢もたくさんみたのだが、すべて忘れてしまった。ひとつ印象深いものがあったはずなのだが、起き抜けにメモをとるのを忘れている。
 10時前に活動開始。トースト二枚と目玉焼きふたつの朝食。11時半から15時半過ぎまで「実弾(仮)」第五稿作文。シーン51、無事片付く。シーン52も通した。そのまま完成までもっていきたかったが、途中でちょっと力尽きてしまった。
 作文中、R.Uくんから質問。おそらく日本語四級試験の過去問。フローベールの描写について書かれている文章だったので、こんなもんが出題されるのかちょっとびっくりした。しかしそこで設けられている四択問題は例によって悪問。K先生もたびたび苦言をていしているが、出題者の日本語能力ではなくそもそもの国語能力の疑われるような問題が、四級試験の読解問題には多すぎるのだ。おれに問題作らせろよとマジで思う。
 老校区の快递でコーヒー豆を回収。今日も気温は35度以上あって死ぬほど暑い。今日は英語の四級試験および六級試験の実施日であったらしく、試験会場となっている建物周辺はロープで立ち入り禁止になっていた。現役生のモーメンツもわりとその話題一色。第五食堂で打包。
 帰宅後、メシ食いながら『地獄の警備員』(黒沢清)を最後まで鑑賞。エンドロールに演出助手として青山真治の名前がクレジットされているのを確認。オープニングのあと、石畳の道をその石畳以外なにものも映すことなく(電柱や車などその道の具体的なサイズを感じさせる比較対象を置かず)ほぼ真上から俯瞰でとらえた画面を——そのためにボードゲームの盤面みたいにみえる——を、主演の久野真紀子(ちょっと石原さとみに似ている)が左方向から斜めに横切っていくカットにまず痺れた。
 松重豊に殺害された内藤剛志の詰められているロッカーから血があふれだすのを発見した警備員が、そのロッカーの扉をあけた次の瞬間にすぐに閉めてしまう演出にも、おお! と思った。あれ、ふつうの映画だったら、扉をあけて腰を抜かす警備員→ロッカーの中身というかたちでカットをつなぐと思うし、そうしたクリシェに対して多少なりとも批評意識をもちあわせている人間であったとしても、あれほどはやくドアを閉めさせはしないと思う、もうすこしなんらかのリアクションをはさませようとするんではないか。
 あと、会社の給湯室でコーヒーを淹れる場面で、『回路』の序盤にも出てきた透明なビニールカーテンが画面に映ったので、黒沢清のほかの作品はどうだったかなとちょっと気になった。
 ベッドで30分ほど仮眠。チェンマイのシャワーを浴び、きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回する。1年前と10年前の記事を読みかえしている最中、三年生のC.Mさんから微信。すいかを買いすぎてしまったのでお裾分けしたい、と。すでに22時をまわっていたし、いくらキャンパス内とはいえうちの寮まで来てもらうのもアレだったので、だったらこっちが女子寮にむかいますと返信。それでケッタにのって女子寮へ。到着したところで電話をかける。門前にあらわれたC.Mさんは水色のシャツに黒のミニスカート、つまり、タイの女子高生の制服を着用していた。ここ数年、日本のJKファッションに次ぐレベルで、タイの制服風ファッションを着用している女子学生の姿を見る機会が増えた。ビニール袋を受け取る。なかにはパックが入っており、そのなかにカットされたすいかが山ほど盛られている。今晩中に食べてくださいというので、この量を? マジで? と思ったが、帰宅後、なんだかんだで全部たいらげてしまった。食っているあいだ『WiLd LIFe』(青山真治)を少しだけ観た。序盤から冴えている。

 ギターをちょっとだけ弾く。懸垂の合間に今日づけの記事を書く。ヨーグルトを食し、二年生のT.Uさんの作文を修正して返却し、寝床に移動後はThe Habit of Being(Flannery O’Connor)の続きを読みすすめて就寝。今日はベートーヴェンを終日流していた。イザベル・ファウストの大公トリオとアルバン・ベルク四重奏団弦楽四重奏曲第14番&第15番。

20240614

Nobody has ever done it as I shall do it because none of the others have lived my experiences. I’m rich—I’m rich.
(Katherine Mansfield “Bliss and Other Stories”より“Je ne parle pas français”)



 7時45分起床。トーストとコーヒーの朝食。9時に(…)楼にあるLのオフィスをたずねる。そろって財務処へ。エレベーターに乗っている最中、税務署に申請してあるこちらの名義およびパスポート番号とMさんの名義およびパスポート番号がごっちゃになっているという現状は、こちらの送金問題のみならず来学期ふたたび中国にやってくるMさんにも迷惑をかけることになるんではないかというと、申請は市単位で処理してあるのでよその地域で生活を始める彼に迷惑をかけることはないだろうという返事。財務処ではLの通訳で事情を伝える。前回もらったtax recordを見せて、nameもrecordも(…)老师のものになっているが、passport numberだけじぶんのものになっていると説明する。tax bureauをおとずれて名義変更すると担当の女性が請けあってくれる。しかし時間がかかるというので、帰国までに手続きをお願いしたいと告げる。名義変更後はふたたびcity hallをおとずれてほしいというので、以前そのcity hallのスタッフから、名義変更後そのままtax recordを受け取ることもできると言われた、だから可能であればそのままそこで発行してもらってきてほしい、それが無理ならじぶんが直接もういちどcity hallをおとずれると受けた。
 それで用件はすんだ。財務処をあとにしてロビーに移動する。高铁のチケットの話になる。receiptを保存しておいてほしいというので、以前高铁を利用したときは切符もすでにペーパーレスになっていたしreceiptを受け取る場所もなかったように記憶しているのだがというと、到着した駅で機械を使えばreceiptを受け取ることができるとあった。が、あれは中国の身分証明カードがないと手にいれることができないかもしれないと続けるので、じゃあどうすればいいんだろうというと、あ! 思い出した! という反応があり、以前こちらが高铁のreimbursementを要求した際は代わりにバスのチケットを使ったのだみたいなことをいう。バスのチケットには日付も名義もないからというので、財務処に必要な経費を申請するにあたって、高铁のチケットとして申請するとなるとreceiptだのなんだのを要求されるが、バスのチケットとして申請した場合はそういうものを証拠として提出する必要がない、そこでこちらの高铁のチケット代もバスのチケット代として申請したということなのかなとおしはかった。「上に政策あり、下に対策あり」だ。
 寮近くの売店でいつものように水を買う。なんでこんな中途半端な時間にきたんだ? と売店のおばちゃん——といってもこちらと年はさほど変わらないんではないか? いや、もしかしたら年下かもしれない——がいうので、さっきまで国際交流処にいた、これから授業だと応じる。授業の時間までまだ30分以上時間があったので、しばらくカタコトの中国語で世間話。最近はずっと暑いなというと、日本はそんなに暑くないだろうというので、じぶんの地元は最高気温がまだ25度あるかないかくらいだと応じると、好舒服! という反応。七月八月になれば故郷でも35度以上の日はあるけどというと、40度は? というので、それはないと応じる。こっちがいちばん暑いときは40度あるぞ、あんたは夏休みに帰国しているから知らないだろうけどというので、いやいやコロナが流行していたときは二年くらい帰国することができずこっちにいたから、いちばん暑い時期も知っている、一週間ずっと最高気温が40度くらいの日が続いたのをおぼえているというと、Jは、22度でもエアコンをつけるといったのか22度設定のエアコンをつけるといったのか、ちょっとわからなかったけれどもそんなふうらしいというので、それはいくらなんでも寒すぎだろと笑った。外国語学院にはエアコンがないらしいなというので、ある教室とない教室がある、今日はこれからない教室で会話の試験だというと、あんた会話も担当しているのかという。そりゃそうだ。むしろわれわれ外教のメイン科目だ。
 外国語学院に移動。六階の教室ではまだ授業をしている。クソ暑い廊下で中庭を見下ろして時間をつぶす。四年生のK.Kさんの答案をもってきていることを思い出したので教務室をおとずれる。提出。問題なし。今天好热! というと、女性事務員ふたりは笑った。
 先の廊下にもどる。ほどなくして授業が終わる。二年生らもやってくる。教室に入るが、エアコンが壊れているのでクソ暑い。休憩時間中からテストをはじめてもこちらとしてはよかったのだが、みんなちょっと準備したいふうであったというか休憩したいふうだったので、ベルが鳴るのを待つことに。暑いねー死にそうだねーと話し合っていると、教室の前を通りがかったK先生から声がかかる。これからテストなんですけど、めちゃくちゃ暑くて、もう全然そんな気分になれないですねというと、むこうの教室が空いていますよ、エアコンもありますというので、マジっすか! となる。そうしたわれわれのやりとりをきいていた学生たちがそろって席を立ったので、あ、やっぱ二年生は優秀だな、みんないまの日本語でのやりとり全部ききとれたんだ、と感心した。
 それでエアコンのある教室に移動。始業開始時刻までみんなで雑談してすずむ。二年生らのあいだでは最近「大丈夫」のことを「有丈夫(ようじょうぶ)」と口にする冗談が流行っているらしい。「丈夫」は中国語で「夫」であるし、「有丈夫」だと「夫がいる」という意味になるのかな。たぶん授業中にだれかが「大丈夫」のことを「有丈夫」と言い間違えたのをきっかけに流行りだしたのだろうが、R.Kさんがそれを何度もくりかえすのに、周囲のルームメイトらが、やめろ! テスト前に変な日本語をおぼえてしまう! と抗議するようすがおもしろかった。日本語はほとんどまったくできないが、明るい性格でちょっとムードメーカー的なところもあるR.Sさんが、テストを前にしてものすごく心配で不安で緊張しているようすだったので、だいじょうぶだって! 全員合格にするから! 緊張しないで! とはげました。
 で、10時から二年生の日語会話(四)開始。期末テストその二。今日はC.Sさん、G.Kさん、R.Kさん、K.Dさん、S.Sさん、S.Gさん、R.Sさん、R.Iさん、R.Kさん、O.Sさん、K.Kさん、I.Kさんの計12人。「優」確定はC.Sさん、G.Kさん、R.Kさん、S.Sさんの四人かな。S.Sさんについては、発音がかなりきれいになったなと思ったので、これを書いているいま微信で伝えた(テスト終了時に伝えるのを忘れていたのだ)。
 まずC.Sさん。「思い出の写真」は高校二年生のときに彼氏といっしょに撮ったもの。彼氏と知り合ったのは中学一年生のときで、恋人になったのは高校一年生のとき。付き合ってもう五年になる。「他人の悪口」は高校時代の親友について。C.Sさんは相手のことを親友だと思って、誕生日プレゼントにわざわざ一ヶ月かけてこしらえた手編みの人形をプレゼントしたのに、当の友人はその人形を別人の誕生日にプレゼントとして贈ったのだという。いやいや、エグいな。そのほかにもC.Sさんがテストでわからない問題があると、どうしてそんな問題もわからないの? とバカにする。そのくせじぶんがテストで彼女より低い点数をとると、納得いかないといってキレちらかす。話をきいているかぎり、むしろどうしてそんな相手を親友だと思っていたのかとC.Sさんに問いたくもなるが、その相手とはいまは絶縁状態だという。
 G.Kさん。「思い出の写真」は、ローラースケートサークルの面々で撮ったもの。サークルは合計100人ほどの大所帯らしいが、写真に写っていたのは五人。G.Kさんとその彼女、C.Eさん、C.Sくん、見知らぬ女の子。C.EさんとC.Sくんは(特にC.Eさんが髪を短くして以降)激似であり、以前外国語学院の階段をあがっている最中後ろからやってきたC.Eさんに対して「C.Sくん」と呼びかけてしまったことがマジであるほどなのだが、今日もこの写真のC.Sくんを見てC.Eさんと言ってしまった。G.Kさんは爆笑しながらCさんはこっちですと言って別の女子を指さしたが、どこからどう見てもC.Eさんに見えない。そもそもC.Eさんはいつもフレームの太い黒縁めがねをかけているのだが、写真の彼女は裸眼だったのだ。それにくわえて、その日はG.Kさんがメイクをしてあげたらしく、まったくの別人になっていたのだ。G.Kさんの彼女と見知らぬ女の子はどちらもサークルのトップ、ふたりともローラースケートがとても上手だというので、それで恋に落ちたんだなとからかった。しかしふたりとも現在四年生、つまり、いままさに卒業したところであって、となるとしばらくは会えなくなる。それはさびしいねといった。「今年いちばん面白かったこと」は、友人たちと21時ごろに大学を出発し、20分ほどかけてローラースケートで近所の公園に出かけた夜のこと。天気予報では雨降りになっていたが、たぶんだいじょうぶだろう、濡れたら濡れたでかまうまいと外出したところ、まんまと降られてしまった。それでしかたなく公園内にある東屋で小一時間ほど雨宿りしたのだが、そのあいだもみんなで歌をうたったり、雨に濡れた夜の景色をながめたり、雨降りのなかでも釣りをするおじさんたちをながめたりして、飽きることなく楽しむことができた、むしろあの雨降りがあったからこそ特別な思い出になったというもの。「今年いちばん面白かったこと」について、こちらは基本的にfunnyなできごとを教えてほしいと伝えてあるわけだが、どうも学生らはこういう「楽しかったこと」を語る傾向がある。まあそれはそれでかまわないのだけど。しかし「今年いちばん面白かったこと」のエピソードで印象に残っているのは三年前に卒業したクラスのS.AさんとC.Kくんのエピソードで、前者はたしかルームメイトの話だったと思うが、淘宝でめちゃくちゃかわいい靴を見つけたので意気揚々とポチったところ、とどいたブツがシルバニアファミリーの人形が履けるようなサイズの靴だったというもので、これはその話をしてくれたS.Aさん自身がゲラゲラ笑いながら説明してくれたそのいきおいもあってたいそうおもしろかった。C.Kくんのほうは、天気のよい日に寮から布団をもちだしてグラウンドのフェンスに干しておいたところ、その布団が泥棒に盗まれてしまったというエピソードだったのだが、これもやはり彼の語り方込みでおもしろく、というのもC.Kくんは日本語がほとんどまったくできないので、一語一語をほとんどふりしぼるようにしながら、「天気のいい日、私は、布団を、干したい。グラウンドに干しました。夕方、グラウンドに、行きました。布団、ありません。泥棒が、布団を、奪いました」と、シンプルに語られるその調子にやられたのだった。
 R.Kさん。「思い出の写真」は今年の元旦(…)でおこなわれたコミケでのコスプレ写真。いっしょに行ったK.DさんとO.Gさんとは会場ではぐれてしまったが、当日は高校時代からの友人であるというコスプレイヤーの女性といっしょに会場を歩いたという。ふたりとも『原神』のキャラのコスプレをしており、R.Kさんが風の神様であるのに対して友人が雷の神様だったか、いずれにせよペアが成立する組み合わせであり、そのために会場ではけっこう注目を浴びたらしく、はずかしかったがちょっとうれしかったという。コスプレのクオリティ、たしかにけっこう高かった(といっても元ネタは知らんのだが)。「他人の悪口」はインターンシップの仲介会社について。これについては以前聞いた話であるのでここには書かない。しかしR.Kさん、あいかわらずおしゃべりで、テストはひとり七分前後であると伝えてあったにもかかわらず、「先生、ちょっと待って! これも! これも!」 などと言いながら結局ひとりで15分もしゃべった。落ち着け。
 K.Dさん。「思い出の写真」は姉といっしょに漢服を着ているもの。(…)の有名な観光地で漢服を着用してうろうろするエキストラみたいなことを、バイトではないといっていたしボランティアなのかもしれないし、もしかしたらネット発の自主的なムーブメントみたいなアレかもしれないが、そういうことをしたときに撮影したもの。中国の文化を広めるためにうんぬんというので、まあ要するに若い世代で流行している愛国ムーブメントの一種なのだろう。「恐怖体験」は、今学期の話だったと思うが、基礎日本語中に見舞われた腰痛について。もともと彼女は腰痛持ちであるらしいのだが、その日は授業中とくに苛烈な腰痛に見舞われた、のみならず腹痛に見舞われもし、さらに動悸まで跳ねあがった、死ぬかもしれないとこわくなったというので、その後病院に行ったのかとたずねると、いいえという返事。本人は夜更かししてゲームばかりしているからだというのだが、整形外科的なアレではなく内臓由来の腰痛だとすれば普通に大事の可能性があるので、夏休み中にいちど検査しておきなさいと助言。しかし本人はだいじょうぶの一点張り。
 S.Sさん。「思い出の写真」は故郷にいる犬猫のもの。名前をたずねると、どちらも名前はないというので、え? となる。しかし犬のほうは「小白」と呼んでいたようだ(もしかしたら彼女はこちらのたずねる「名前」を「品種」とかんちがいしたのかもしれない)。どちらもとてもかわいがっていたが、いまは二匹ともいない。犬のほうは犬肉を目的とした泥棒に捕まってしまった。猫のほうはもともと二、三日家出をすることがあったが、ある日突然帰ってこなくなったとのこと。「今年いちばん面白かったこと」は、R.Uくんと付き合いはじめた当初、ふたりは「熱愛期」だったのでいつもいっしょに過ごしていた。ある日木陰のベンチにふたりそろって腰かけたところ、夏だったので樹上にたくさん野鳥がおり、そのうんこが座面についていることに気づかず腰をおろしたR.Uくんは手のひらでべったりやっちまった。それで近くのトイレで手を洗うことにしたのだが、あわてていたR.Uくんはまったく気づかず女子トイレに入ってしまったとのこと。ふたりは同郷であるし、仲もいいし、クラスメイトらは将来結婚するんではないかと噂しているわけであるが、それについてたずねてみると、たしかに結婚するかもしれないという。しかしケンカは多い。おとついもケンカをしたというので、恋人だったらケンカをすることは普通だよ、そんなことは気にしなくてもいいといった。ちなみにふたりがおそらくケンカしただろうことは、昨夜彼女がモーメンツに投稿していたおもわせぶりな日本語の文章でこちらは察していた(なにかの歌詞の引用かもしれないが、「本当も愛も世界も苦しさも人生もどうでもいいよ」というフレーズを投稿していたのだ)。 
 S.Gさん。「思い出の写真」。九年前、妹といっしょに地元の堤防で撮影したもの。妹は現在12歳とのこと。「恐怖体験」は先週C.Sくんが語ってくれたものと似ている。高校生のときの話だったと思うが、交差点で交通事故を目撃した。そのとき彼女はバスに乗っていたのだが、事故のせいでバスが動かなくなってしまったので、「好奇心」から友人といっしょにバスをおりて現場をのぞいてみたところ、「首が折れた」被害者の姿を見た(これはしかし話の流れ的に、C.Sくんとおなじで首チョンパの死体を目撃したということだったのではないか?)。それがあってしばらく、夜電気を消して寝ることができなくなったとのこと。
 R.Sさん。「思い出の写真」は友人らと旅行先で焼き物体験をしたあとに撮影したもの。「他人の悪口」は元カレについて。以前友人といっしょに(…)に遊びに出かけた、そこでその友人の彼氏とその彼氏の友人と四人で、いってみればダブルデートみたいなことをする流れになった。そのときR.Sさんは相手に恋愛感情は特に抱いていなかったが、おなじメンツでふたたび(…)で遊んだときに相手から告白された。R.Sさんはオッケーした。彼氏は(…)にたびたび遊びに行くと言った。しかし一向にやってこない。のちほど彼氏がいつのまにか元カノと復縁していたことが判明した。あいつはクソだ! とのこと。
 R.Iさん。「思い出の写真」は(…)の夜市で撮影した夜食の写真。友人らといっしょに(…)に遊びに行った、その日はデパートから公園から夜市から13時間遊びまわった、おかげでくたくたになった。夜、最寄りのホテルに宿泊するつもりでアプリで検索したところ、2キロ先に安宿があることが判明した。それでそこに向かうことにしたのだが、2キロというのは直線距離であり、実際は川だか湖だかにはばまれた先にホテルはあり、タクシーで9キロも移動するはめになったという。「恐怖体験」は幼いころに悩まされた発熱について。子どものころ、毎晩なぞの発熱に悩まされたという。(…)の大病院をふくむいろいろな医療機関で精密検査を受けたが原因不明、最終的に祖母の祈祷を受けることになったのだが、それでぴたりと発熱が止まったという。祈祷はお札を焼いてお経みたいなものを詠んでというスタイルだったという。R.Iさんの故郷は(…)であるし、K先生の祖母がハマっているという土着っぽい宗教ともしかしたらおなじアレかもしれない。R.Iさんの妹もまた、こちらは発熱ではなくたしか頭痛だったか腹痛だったか、いずれにせよ体調不良に長らく悩まされていたものの、やはり祖母の祈祷によって快癒したとのことで、以来じぶんは「霊魂」や「超自然的なもの」を信じるようになったという。でも中国はこれでしょう? と言いながら筆談用の紙に「唯物主義」と書くと、いえいえ! 個人はだいじょうぶ! とR.Iさんは笑っていった。
 R.Kさん。「思い出の写真」二枚。一枚目は一歳で死んだ愛犬のもの。病気が原因だという。高校時代は実家を離れて母と二人暮らしをしていた。実家にひとりきりとなった父がさびしいからと飼いはじめた犬らしい。二枚目はコミケで撮影したもの。大学生になってからコスプレをはじめた彼女であるが、去年は「全IP」のイベントに参加した(そのときは『カードキャプターさくら』のキャラのコスプレをした)、そして今年は『ハイキュー!!』限定のイベントに参加したのだが、今年と去年そろっておなじコスプレイヤーといっしょに写真を撮っていることにイベントが終わったあとに気づいたという。イベント中はじぶんも相手も気づかなかった、初対面のつもりでいっしょに写真を撮った、ところが帰宅後にその日のイベントで撮った写真をまとめてながめていたところ、去年いっしょに撮ったコスプレイヤーとおなじ相手と今年も撮っていることに気づいた、と。ちなみに、『ハイキュー!!』限定のイベントが成立するほど中国では『ハイキュー!!』が人気なわけであるが、これについては今年に入ってから特にそうであるとのこと。去年まではまあまあの人気だった、しかし今年映画版が中国で公開された、それをきっかけにしてめちゃくちゃ人気が出たという話だった。話をしている最中、R.Kさんの体型がちょっと気になった。ガリガリなのだ。彼女はうちの学生にはめずらしく、わりと肌の出た服を着ることが多く、今日も肩も二の腕もデコルテも丸出しのワンピースを着用していたのだが(その程度の服であってもうちの学生のなかでは露出度が高いということになる)、二の腕が男性の手首ほどしかなく、端的に、あれ? 摂食障害じゃね? と思われたのだ。O.Gさんほどではないが、R.Kさんもはじめて見たときからちょっと鬱っけがあってもおかしくないタイプだよなという印象をもっていたというか、こちらの経験上、(ライトなほうは全然そんなことないが)ディープなアニメファンの女子はうつ病をわずらっている可能性がかなり高い。それでちょっと気になってしまい、試験中も手首の内側にちらちら視線を走らせてしまった。
 O.Sさん。「思い出の写真」は武功山で撮ったもの。ある日突然おもいたって友達といっしょに登山することに決め、20時から登りはじめて深夜に登頂したとのこと。夜中にもかかわらず周囲は登山客だらけでその大半が大学生であったという。しかし二度と登りたくはないとのこと。下山はロープーウェイを利用した。「今年いちばん面白かったこと」はクレーンゲームの話。(…)に有名なクレーンゲームの店があるという話だったと思うのだが、友人四人でわざわざそこまで遠征した。山ほどぬいぐるみを持って帰るつもりだったので巨大なバッグを持っていったのだが、それ相応の金を使ったにもかかわらず、戦果は四人で小さなぬいぐるみ四つだけだったとのこと。
 K.Kさん。四川省に住む少数民族の祭の写真。母君が四川省出身らしく、むかしは彼女自身四川省で生活していたとのこと。祖父母が火鍋屋を経営しているらしく、幼いころはいつもそこで食事をとっていた。いまでも四川省特有の山椒や花椒などをふんだんに用いた麻な辛味は好きであるが、唐辛子の辣な辛味は苦手であるとのこと。「恐怖体験」はその四川省時代、祖父母の店からうちに帰るまでの夜道、街灯がほとんどないところを歩いていると、後ろから黒い影が近づいてきたという。最終的に走って逃げたとのこと。「黒い影」の話、本当に多いな。
 I.Kさん。「思い出の写真」は先日おとずれた遊園地の写真。スプラッシュマウンテン的な、水を浴びるタイプのアトラクションが楽しく、五回も乗ったという。遊園地にはルームメイトみんなでおとずれたというのだが、そのルームメイトというのがS.Gさん、R.Sさん、R.Iさん、R.Kさん、O.Sさん、K.Kさん、I.Kさんにくわえて英語学科の女子ひとりだったというので、え? ここにR.Iさんが入るの? とびっくりした。R.Iさんといえば、授業中はつねにC.KさんとE.Sさんといっしょに座っているし、プライベートでも常に三人で行動している印象があったのだが、ふたりとはルームメイトではなかったのか。「恐怖体験」は幼いころ、田舎に住んでいたときに隣人だったふたつ年上の男の子といっしょに自転車で山に遊びに出かけた帰り、下山中に自転車で激突されたという話。転んであたまとひざを打った。幸い怪我はたいしたことなかったが、一瞬、なにが起こったか理解できなかったという。ちなみにその隣人について、二歳年上だったらいまは大学生? と質問したところ、「彼はとてもバカなので大学には行けません」とのこと。
 授業時間は15分以上オーバーした。全員分のテストが終わると同時に、他学部の男子学生と女子学生がひとりずつほうきとちりとりを持って入ってきた。掃除係だ。こちらの授業が終わるのをずっと廊下で待っていたのだ。ちょっと申し訳ないなと思った。

 后街の快递でネルを回収。Jで食パン三袋を、セブンイレブンでカツカレーとマルベリーのジュースを購入。(…)楼の快递で合皮のカンフーシューズを回収(いま履いているものはかなりボロボロになってきたし、一足3000円前後の安物なので、ひと夏ごとに新品を買い直せばいいかと思ったのだ)。
 帰宅。二年生のT.UさんからHemingwayのThe Old Man and the Seaの中古本が手に入るという微信がとどいていたが、すでに訳文でも原文でも読了済みのものであるので必要ないと返信。一年生1班のS.Bさんからはあらたに友達申請がとどいている。以前のアカウントが乗っ取られでもしたのかなと思ったが、そうではなかった、単純にアカウントをふたつ持っているのだという。ただ今回こちらに友達申請したアカウントのほうが頻繁にモーメンツを更新しているというので、なるほど裏アカみたいなもんか、親しい友人にだけ教えているアカウントなのかなと察する。実際モーメンツの投稿は頻繁であったが、いいねがついているのはごく少数であり、こちらの観測したかぎりではY.TさんとY.Eさんのみで、ということはS.Bさんはクラスメイトのなかではこのふたりと特に仲がいいのかなと思ったが、真相は知れない。最近の投稿は日本語でのものが続いていた。ちょっとびっくりした。今学期の期末試験も満点であったし、どうやら日本語を本気で勉強することに決めたらしい。こちらとのやりとりのスクショも投稿されていたが、日本人はやっぱり気配り上手だみたいなことが書かれていた。しかしあれほどやる気のなかった彼女がいったいなにをきっかけに、わざわざ日本語でモーメンツを投稿するほど学習に本腰を入れようという気になったのか、なかなかふしぎなこともあるもんだ——と、書いていて思ったのだが、彼女は以前こちらにこっそり年上の彼氏と別れたという話を打ち明けてくれたことがあった。やっぱりあれが理由なのかもしれない。三年生のS.Sさんが猛烈に日本語学習に力を入れはじめたのもやっぱりB.Tくんと別れたのがきっかけだった。男子学生が失恋をきっかけに猛勉強をはじめたという話は全然きかないが、女子学生はそういうことがときどきある。もちろんその逆に、恋人ができた途端にまったく勉強しなくなったというケースもよく聞くわけだが(これもやっぱり男子学生ではなく女子学生によく認められる現象だ)。いずれにせよ、S.Bさんがもうひとつのアカウントをわざわざこちらに教えたのは、日本語での投稿に目を通してほしいというのが理由だろう。
 カツカレー食いながら『地獄の警備員』(黒沢清)の続き。一時間ほど昼寝。コーヒーを淹れるためにシンクに立ったところ、シンクの下にある観音扉の収納から水が漏れはじめたので、なんやなんやとなって中をのぞくと、シンクの下部につながっているチューブが、それよりひとまわりサイズの大きいチューブからはずれてしまっており、排水がそこからダダ漏れになっていた。収納のなかにはかつてうた子を飼育していたケージが入っている(なんとなく捨てるのが忍びなかったのだ)。小さいチューブを大きいチューブのなかに無理やり突っ込む。以前はどうやって固定されていたのかわからないが、たぶんこれでだいじょうぶだろうと判断。実際それでしばらく問題なかったのだが、数時間後にキッチンに立ったとき、またしてもおなじように水漏れが生じたので、小さいチューブの先端が大きいチューブの中に顔を突っ込んだまま外に飛び出さないようにひとまず手持ちのセロテープで無理やり固定した。しかしこんな処置では何日もつかわからない。業者を呼ぶのも面倒なので、ひとまず淘宝で業務用の強力なビニールテープをポチった。
 夕飯は第五食堂で打包。食事中はまた『地獄の警備員』。チェンマイのシャワーを浴び、きのうづけの記事を投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。2014年6月14日づけの記事、新章開幕感がすごい。YさんとTさんがパクられたタイミングと(…)が潰れたタイミングが偶然重なったおかげで、かつて(…)の従業員だったTさんとTさんのふたりが(…)にやってくることになった、そのふたりとはじめて顔合わせした日。かつてない危機にみんな腹を括ったというか覚悟を決めて働いているようすが記録されており、その状態について「災害ユートピア」のようであるという印象も残されているのだが、実際、この期間はけっこう楽しかった。あれほど働くのを拒んでいたこちらですら、この窮地はしかたないとなったのであるし、なんだったらそれまで色々と便宜をはかってくれたEさんに借りを返すときがきたという使命感に取り憑かれ、たしか週四日か五日は働いていたんではなかったか? だからやっぱり、戦争というやつは楽しいんだろうなと思った。仮にいま日本がどこかの国と戦争することになった場合、たとえそれがどれほど悲観的な見通しを有するものであったとしても、あるいはそうであればこそなおさら、「開戦」のムードにまんまと酔いしれて一生懸命がんばりまくって張り切りまくってしまう人物が、自己犠牲をものともしない気高く高貴なふるまいに出てしまう人物が、恩義に報いるべく貸し借りを清算すべく道徳的になってしまう人物が、つまるところは「善良な大衆」がゴキブリのようにわんさかあらわれるのだろう。じぶんはそんな人間にならないといくら思っていたところで、そういう部族主義的な感情が内心でうずくのを完璧に抑制することは実際かなりむずかしいにちがいない。『スパイの妻』の終盤で精神病棟に収容された蒼井優が、自分は狂っていない、狂っているのは自分以外の人間たちだ、みたいなことを口にしていたが、そういう非日常の熱狂に容易に取り憑かれてしまったあげくもっともらしい論理で自己のふるまいをことごとく道徳的かつ感傷的に正当化してしまう人間が大多数を占めるのがわれわれの社会なのだ。ムージル曰く「近代人は臆病である。しかし彼はヒロイズムを強制されたがっている」。あるいは、『日本蒙昧前史』(磯崎憲一郎)の以下のくだり。

天皇陛下、万歳!」と叫びながら、拳銃で頭を撃って自決した将校もいたし、両太腿に深傷を負い、立ち上がることすら困難になった自分など見捨てて、早くここから逃げてくれと懇願する兵士もいたが、仲間たちのそうした最期を見るにつけ、仕立屋の彼は、言葉に出しこそしなかったが、自らの命を取り上げられてもなお目を覚さない、救い難く深い自己陶酔に、その不遜さに、日本がこの戦争に負ける必然を感じ取っていた、(…)。
(p.200)

 今日づけの記事も途中まで書く。23時過ぎになったところで作業を中断し、ベッドに移動して就寝。

20240613

 Madame is thin and dark, too, with white cheeks and white hands. In certain lights she looks quite transparent, shining out of her black shawl with an extraordinary effect. When she is not serving she sits on a stool with her face turned, always, to the window. Her dark-ringed eyes search among and follow after the people passing, but not as if she was looking for somebody. Perhaps, fifteen years ago, she was; but now the pose has become a habit. You can tell from her air of fatigue and hopelessness that she must have given them up for the last ten years, at least. . . .
(Katherine Mansfield “Bliss and Other Stories”より“Je ne parle pas français”)



 5時半ごろに自然と目が覚めた。変に覚醒しているふうだったので、そのまま活動することにした。トーストとコーヒーの食事をとりながら『スパイの妻』(黒沢清)の続きを少し視聴した。
 8時から三年生の日語文章選読。来週からはじまるテストと成績について説明。終わったところで残る時間をディスカッションと川柳どちらに当てたいかとたずねると、前者という返事がちらほらあがったので、じゃあディスカッションしましょうとなる。今日は二回目ということもあってか、学生らも勝手がわかっていたのだろう、前回よりもはるかに盛りあがった。テーマは「恋愛はいつからすべきか?」と「スマホをいつから持つべきか?」。二年生の授業でやったときと同様、高校時代の話などもテーマにからめて質問していく。けっこう楽しかった。

 休憩時間中、二年生のR.HさんとT.Uさんがいつものように廊下にやってきたので立ち話。遅れてC.RくんとR.Uくんもやってくる。R.Uくんからは四級試験の模擬試験について質問されたが、例によって傻逼题目だったし、K.R先生の解説が間違っているものもあった。
 10時から一年生1班の日語会話(二)。期末試験その二。今日はS.Gさん、R.Gくん、K.Bさん、T.Gさん、Y.Tさん、Y.Kさん、S.Iくん、S.Kさんの計9人。文句なしの「優」はT.Gさん、Y.Tさん、Y.Kさんの計3人。S.GさんとR.Gくんの二人は先学期と同様ワーストレベル。後者にいたっては途中で打ち切った。リスニングにはちゃんと答えたのだが、スピーキングになると、2班のT.Kくんと同様、ほとんどなにも発言することができなかった。練習してこなかったのかとたずねても返事がないので、英語に切り替えて同様の質問したのだが、もごもご言っているだけで全然わからない。スピーキングはもう切り上げるか、それともいちおう挑戦してみるかとたずねると、挑戦するという返事があったのだが、なにを思ったのか英語で「道案内」をはじめようとするので、いやいやなにを勘違いしとんねんとあたまを抱えた。ゆえに中断。
 試験の最中、見知らぬ男子学生が教室にやってきた。だれ? とたずねても返事がない。通訳を任せられたらしいS.Iくんがそばにいて、先輩で……試験が……みたいなことを細切れの単語をならべて伝えようとするのでピンときた、四年生のK.Kさんの遣いだ。英語で話しかけると、じぶんは日本語も英語もできないと中国語で答える。なんでそんなわけわからんやつを遣いによこすねん! 翻訳機能ついとる微信でテキストベースでやりとりしたほうがよっぽど早いやんけ! そもそもこの男子学生が彼女の答案を奪ってどうするというのだ? 彼女の代わりに答案に作文を書きこむというのか? 筆跡もちがうのに? そもそも日本語が書けないのに? 話にならない! 彼女が直接大学に来ないかぎり答案の修正はかなわないという話は昨日何度も何度も何度もしたのに! とイライラしているこちらに、男子学生はスマホの画面を差し出した。どこからどう見ても起き抜けのK.Kさんの姿が映っていた。ビデオ通話だ。クソバカ野郎が! 脳足りんが! 日本語での会話などまったく成立しないではないか! なぜビデオ通話でやりとりしようというのだ! 英語で先のイライラをそのままぶちまける。なかばキレかけていたので口調も自然と荒くなる。こちらの発言が伝わっているとは思えないが(彼女は英語もろくにできない)、とにかく怒りが伝わればいい。男子学生も通訳のS.Iくんも完全にびびっていた。そもそもいまはテスト中だぞ! 事前に連絡もせずに知らない学生を勝手に教室に送りこんでくるんじゃない! と伝えてから、くだんの男子学生にも教室に出ていくように中国語で伝える。でも……みたいな反応をするので、だったら廊下でテストが終わるまで待っていろという。それでテスト再開。じぶんの番がまわってきたS.Iくんが教室に入ってくるなり、さっきはうまく通訳できなくてすみませんでしたというので、謝る必要はない、きみは全然悪くない、きみの先輩が悪いのだから気にしないでいいと応じた。
 テストを終えて教室を出る。男子学生の姿は見当たらない。もうどうでもええわと外国語学院を去る。第五食堂で閑古鳥の広州料理を打包して帰宅。K.Kさんから微信がとどいている。どこにいますかというので、もう寮に帰ったと応じる。「先生,答案の修正をお願いしてもいいですか」「私には英語が話せる友達がいます。」「她可以帮助我」と続くので、こいつマジであたまバグっとんけ? 昨日からずっとおんなじやりとりくりかえしとるやんけ! とあたまがおかしくなりそうになる。「答案の修正をするのであれば、ぼくの手元にある答案に直接きみの手で新しい作文を書く必要があると昨日何度も言ったでしょう?」「何回も何回も同じ話ばかりしている!」「でも、君は(…)にいない。だったら、答案を修正することはできない。それに、教務室には明日答案を提出しなければならない。だから、君が(…)に戻ってくるのを待っている時間はない!」「何回も何回も同じことを説明している!」「君の不正行為に関わらなければならない時点で死ぬほど不快なのに、何度も同じことを説明させるな!」「君の手で直接答案を書き直すことができないのであれば、テストのやり直しは無理だと言っているんだ。」と返したところ、ようやく「はい,先生,じゃあ,今日はお会いします」「今日は急いで帰るつもりです」というので、最初からそうしろボケが! (…)にもどるまで五時間ほどかかるという。距離も時間も知ったことか! そもそも全部おめーの失態やろが! 前世でどんだけ悪行積んだらこんなクソボケに生まれんねん。
 メシを食いながら『スパイの妻』(黒沢清)を最後まで視聴。蒼井優、古い時代の人間というか古い時代の女優の口調を完全にものにしとんな、口先だけを細かく動かしてべらべらべらっと話すあの口調をマスターしとんなと思った。
 序盤、忘年会後の会社内で高橋一生蒼井優夫婦がほとんどミュージカルみたいな感じで(二重の意味で)ベタベタする、お姫様抱っこみたいなことまでしてしまう場面は、そこで口にされるダサいセリフもふくめてどう考えても意図的にキッチュにしたもので、おもわず笑ってしまった。もしかしたら『LOFT ロフト』のラストの、突然のミュージカル調への転調を踏まえたものにもなっているのかもしれない。
 おなじようにキッチュな場面としては、蒼井優東出昌大の最初の取り調べを受けた直後、ほとんど作りものめいた逆光のハレーションにむけて街路を歩く後ろ姿に、同様に作りものであることをまったく隠さないわざとらしい冬風の音が重ねられているカットであったり、蒼井優高橋一生の浮気を夢に見るシーンであったりも挙げられる(この夢のシーンの直前がシネフィルの好みそうな切り返しを用いたシーンであるのでその落差が余計にすごい)。
 会社の金庫の前で高橋一生蒼井優に秘密を打ち明ける場面。チェスボードにのみ光が当たるようになっている。ここを最初見たとき、ああいいな、なんでこんなところにチェスボードがあんねん、ほんでもってなんでここに光が当たっとんねんと思わせつつ、でもこのチェスボードは実は本筋にはまったくからんでこない、徹底的に美学的であり、読み取りようによってはシンボリックに読み取ることもできるだろうけれども基本的には無意味なものであるのだろうなと勝手に先取りしてしみじみしていたのだが、そんなことはなかった、ギミックとしてがっつり本筋にからんでくるものだった。そしてこの場面をきっかけに、この映画が関東軍の悪行、細菌戦や大陸での人体実験を扱ったものであることを知って、おお! いまの時代によくやってくれたな! と思ったし、のちほど調べて知ったのだが、この作品はもともとNHKで放送されたドラマであったらしい。NHKってときどき良心的になる。あの巨大な組織の内部にはまだ魂を腐らせていない人間がいるのだと、権力と俗情相手に闘い続けている人間がいるのだと感じさせてくれることがある。
 映画内映画で蒼井優が金庫破りをするシーンにしても、坂東龍汰蒼井優を銃撃するシーンにしても、本筋とどうからめてくるのかなと思っていたが、うまく脚本内で処理されていたと思う。ただ金庫破りを実際に行うことになる蒼井優の姿を映画内映画が先取りしているという構図に対応させるのであれば、蒼井優を銃撃する役を映画内映画で演じるのは坂東龍汰ではなく東出昌大高橋一生であったほうがきれいなんだろうなとも思った。ちなみに、映画内映画ではない、現実(映画)のほうで蒼井優が金庫をあけるカットで、金庫の扉に置かれた左手の薬指につけられた指輪が目立っていたが、あれもたぶん意図的な演出だろう。夫をうらぎる妻の結婚指輪をわざとちらつかせているのだ。
 脚本でうまいなと思ったのは、たぶん凡百の作家であれば、夫が国家の闇を告発しようとするのを知った妻がそれに反対、密告して夫婦仲は完全に亀裂というそこのところの変化を軸にして100分展開させようとするのだろうが、そうはしなかった点。蒼井優はたしかに憲兵に密告をして坂東龍汰と一部の資料を売るものの、別の資料は残しておりそいつでもって夫の計画通りに国家を告発しようと考える、そしてその際に坂東龍汰の件を大義のための犠牲と語ってみせるのだが、終盤この犠牲に自分自身がのちほど高橋一生の手によって供せられることになる。また、そのような翻意(告発に反対するのではなく同意する)のきっかけとして、高橋一生から関東軍による戦争犯罪の話を聞かされてもノート(資料)を見せられても動かなかったその心が、その実態をおさめたフィルムを目にしたことで動いたことになっているのも面白い。つまり、少なくともこの場面にかぎっては、言葉の力よりも映像の力のほうがはるかに大きなものとして描かれているのだ(この点に映像作家の矜持を見た!)。いや、そういう見方は単純すぎてであり、実際は言葉とノート(資料)とフィルム(映像)すべてが合わさった結果としての翻意だったのかもしれないが、まあなんでもええわ。とはいえ、蒼井優のその翻意も、本当に純粋なる正義感や倫理感から出たものであるかと言われると、実はそれもなかなかあやしく、「アメリカへ渡りましょう、わたしたちふたりで」というセリフなどを耳にすると、彼女はただ関東軍の実態を知っていたがゆえに高橋一生の手によって保護された玄理——高橋一生はもともと彼女とともにアメリカに渡って戦争犯罪を告白するつもりであったし、蒼井優ははじめ彼女を高橋一生の情人であると疑っていた——に対する嫉妬から、いわばその特権的な立場を簒奪したかったがためにそう動いたのではないかというふうに解釈することのできる余地もたしかに残されていて、そういうのもやっぱり脚本がうまいな、セリフだけでしっかり余地を確保しているなとうなる。
 あと、ふたりバラバラに行動する亡命計画を高橋一生から打ち明けられて泣き崩れる蒼井優のカットに続けて、山間をニッコニコの笑顔でドライブする彼女の姿をとらえたカットをつなげる、そこのところの意地悪な飛躍、豹変の印象をもたらすその落差が、ちょっとホラーを感じさせるなとも思った。
 『スパイの妻』では山中貞雄の『河内山宗俊』がちょっとだけ引用されていた。山中貞雄は過去に『丹下左膳余話 百萬両の壺』を観た覚えがある。『人情紙風船』も観たかもしれない。『丹下左膳余話 百萬両の壺』は最後がたしか俯瞰気味にとらえた殺陣のシーンで、その殺陣の決着がつかないまま静かに唐突に終わった記憶があって、当時かなり動揺したし感動した記憶もある。
 鑑賞のすんだところでプライムビデオにはほかにどんなラインナップがあるんだろうとちょっとだけ検索してみた。ロメールゴダールもあったが、ブレッソンとカラックスはなかった。
 ベッドに移動。30分の仮眠のつもりだったが二時間以上寝た。きのうづけの記事の続きを書く。17時になったところで第五食堂へ。夕飯を打包し、帰宅後は『地獄の警備員』(黒沢清)をちょっと観る。
 食後、チェンマイのシャワーを浴びる。19時半前にK.Kさんから微信。20時半に会いたいという。寮に入れたくなかったので、キャンパスにある瑞幸咖啡で会おうと伝える。コーヒーをおごりますというので、「その必要はない。それを受け取ると、ぼくはきみの不正行為に対して対価を得たことになる。それはぼくの倫理感が許さない。コーヒーは自分で買う。賄賂は一切受け取るつもりはない」とでっちあげでぶったぎる。
 時間になったところで瑞幸咖啡にむかう。店の前に彼女がひとりで立っている。店は閉店間近らしく、スツールがテーブルの上にすでにあげられてしまっている。しかたないので第五食堂にむかう。入り口にいちばん近いテーブルにつき、テストの答案用紙を渡す。そこで作文を書かせる。こっちがキレていることをわからせるために無駄口は一切叩かない。これまでの彼女はこちらが微信でなにを言ってもハートの絵文字かハグの絵文字でごまかすだけだったので、そういうごまかしが通用できない域にすでにあることをわからせるべくピリピリしまくった空気を徹底して全身から発する。さすがに彼女のほうでもその空気にのまれたのか、作文を書いているあいだは完全にビビり倒している表情だった。作文が終わったところでK.Kさんは「先生、ごめんなさい」と言った。そうしていつもの媚びるようなニヤニヤ笑いを浮かべた。信じられないことだが、こちらはこちらでその表情にひっぱられて、ほんの一瞬、おなじような笑みを浮かべそうになった。が、いやなんでやねんとなって表情をひきしめ、「もういい、もう終わり」、それだけ言い残して席を立った。それで彼女を置いて食堂をさっさとあとにした。つまり、残酷な仕打ちに出たのだ。死ぬほどイライラさせられたのだからこれくらいのことをして当然だという意地悪なあたまもあったのだが、同時に、中国人教諭にくらべると温厚で全然怒らないと評されているらしいこちらのひとの変わったような態度を目の当たりにして、そういう状況をひきおこした根本原因のひとつである「成功学」の幻想がゆらげばいいというあたまもあった。意趣返しとショック療法。
 帰宅後、先の答案を採点。作文問題の文章はぐちゃぐちゃだったが、それでも日本語で書かれているかぎりは合格点をあたえることができる。最初からこうやって書けよと思う。前回答案を中国語で書いてよこしたのはマルチ商法自己啓発も関係ない、あいつくらいだったらたやすく篭絡できるだろうとこちらを完全に舐めてかかった彼女の人格のなせるわざだったわけで、それがなによりも腹にすえかねたのだ、だからぶっ殺してやりたくなったのだ。

 きのうづけの記事を投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。以下、2014年6月13日づけの記事より。

米が炊けるまでのひとときをヘレン・ケラー片手に寝転がって過ごした。盲であり聾であり唖である彼女のつづる文章がなぜにこうも視聴覚的なのだろうかと疑問に思った。健常者の読者を前提として書いているからかと考えたところで、そうでない、われわれの知る文章の形式そのものがそもそも健常者による健常者のための発明品なのだ、と思った。光を奪われたものたち音をうばわれたものたちによる彼ら自身のための文のかたち、品詞の配分とパラディグムの偏りというものがきっと存在するはずだと考えた。「ほかのかたち」という言葉にはほとんど神をもおそれぬ響きがあった。当然だ。それは「ほかの神」に等しいのだから。

 授業中にC.Mさんからもらった菓子を食う。それからギターを少し弾く。今日は(I can’t) Change the worldのコードを調べて弾いてみた。楽しい。
 寝床に移動後、K.Kさんのモーメンツをさかのぼってみた。ほとんどの投稿が例の自己啓発マルチ商法にかかわるものだ。彼女はすでに指導者の立場にあるらしく、じぶんが指導した学生たちから送られてきた、字面を見るだけでそれとわかる、ポジティブシンキングでガンギマリになった美辞麗句でいっぱいのメッセージのスクショを投稿し、きみたちはもっと輝ける! わたしたちの未来は明るい! 的なアレを発しているわけなのだが、留年危機で半泣きになっていて前途洋々もクソもないやろという話であるし、学生たちから送られてきたメッセージのなかには、今日ははじめてバスの中でスピーチをした、乗客も運転手もいて最初ははずかしくてたまらなかったが、みんながじぶんの話をきいてくれていることに気づき、だんだんと自信をもつことができるようになった! わたしはもう以前の社恐ではない! みたいなものもあって、これってブラック企業が新入社員に駅前でデカい声であいさつさせたり名刺交換させたり社訓を唱和させたりするのとおんなじやんけと思った。なにをやっとんねんほんまに。

20240612

 Only last night when he was reading the paper her false self had stood beside him and leaned against his shoulder on purpose. Hadn’t she put her hand over his, pointing out something so that he should see how white her hand was beside his brown eye.
(Prelude)



 朝方はやい時間帯に一度目が覚めた。枕元のスマホを確認すると一年生2班のK.Kさんから微信がとどいていた。雨降りで卒業式の延期が決まったので、授業が通常どおり10時から行われることになった、と。なんで雨天と卒業式が関係あんねんと思いながら、めざましを10時開始の授業にむかうときにはいつもそうするように8時15分に設定しなおして二度寝。8時ごろにまた微信があった。卒業式は予定どおり決行されることになったが、授業のある学生はそちらを優先してもよいことになった、と。つまり本来のスケジュール通り、10時から授業というかたちで問題ないということだ。のちほど学生のモーメンツで知ったが、卒業式は実際グラウンドで行われたらしかった。本当に屋外なのだ。
 トーストとヨーグルトを食す。ケッタに乗って外国語学院へ。駐輪場でJとCとでくわす。なんでJのみならずCもいるんだろうと思ったが、授業だったのとたずねると、卒業生らといっしょに写真を撮っていてみたいな返事があったので、あ、それで夫婦ともども呼ばれたのかなと思った。Did you got better? とCからたずねられたので、先日の食事会を頭痛と嘘をついて休んだことを言っているんだなと思い、もうだいじょうぶだよ、ときどきこういうことがあるんだと応じると、Jも頭痛持ちだといった。たぶんweatherが原因だと思うというので、ああそれそれ、おれもおんなじだよと完璧なホラでもって受けると、Aも最近おなじ症状を訴えるようになったという。たぶんAからじぶんに遺伝したんだと思うとくだらないジョークをJは続けた。
 教室へ。今日の最高気温は34度。教室のエアコンが稼働しているおかげでけっこうすずしい。ありがたい。今学期からようやく一部の教室にエアコンが導入されたのだ。そういうわけで10時から一年生2班の日語会話(二)。期末試験その二。今日試験を受けたのはY.Sくん、G.Kさん、C.Eさん、K.Kくん、T.Sくん、R.Eくん、H.Kくん、T.Kくん、R.Kさんの計9人。男子学生が多いしたぶんそうなるだろうとうすうす予想していたが、かなりしんどかった、授業時間をほぼフルに使うはめになった。確実に「優」といえるのはC.EさんとR.Kさんのみ。Y.Sくんは高一、K.Kくんは高二、T.Sくんは高二、R.Eくんは高二、H.Kくんは高一からの既習組であるのに、全員「優」とは断言できないレベルであるという体たらく。やっぱり現一年生はかなりレベルが低い。ほぼ0点であるのはG.KさんとT.Kくん。後者にいたってはそもそも試験でなにをやるかすら理解していないふうだったので、さすがにちょっとあたまにきた。日本語は当然まったくできないので、やりとりの言語を英語に切り替えたうえで、準備をまったくしてこなかったのか? とたずねると、してきたという返事。じぶんは「道案内」のスピーキングだけ練習してきた、リスニングがあるとは知らなかったというので、そもそも試験でなにをするのかがわかっていない状態で準備をしてきたといえるわけがないだろうと指摘。じぶんは日本語がまったくできない、だから先生の話も聞き取れないからというので、教室の一番後ろに座っていつもスマホでゲームしている人間に聞き取れるわけないだろう、そもそも聞こうとすらしていないではないかというと、ただただ苦笑。専攻を変えるつもりだったがそれもうまくいかなくてというので、そんな事情はどうでもいいと応じたのち、だったら準備してきたというスピーキングだけでもやってくれとうながしたところ、「この道をまっすぐ進みます」という最初の一行すら口にできないので、あのな、おれはテストのスコアが0点でも合格にすると何度も言った、授業中にも言った、黒板にも書いて説明した、スクリーンにも映した、グループチャットでも通知した、だから準備をしていないのだったらしていないと正直にいえばいいのだ、それをスピーキングだけは準備してきたみたいなしょうもない言い訳をすんな、クソみたいな虚栄心で嘘をつくなと説教した。T.Kくんは英語も当然全然よくない。それで翻訳アプリを起動し、自身の中国語を日本語や英語に変換したのをこちらに見せるのだが、じぶんは来年また一年生の授業を受けるとかなんとか、こちらの話とはまったく関係ないことをいうので、もうええわとなった。どっと疲れた。このクラスも1班と同様、来学期以降はやる気のある学生だけ相手にすることに決めた。一年間は我慢したのだ。もう十分だろう。
 授業を終えて教室を出るまぎわ、机の上にプリントが二枚置かれたままになっていたので、だれかの忘れものかなと確認したところ、四年生のK.Kさんが受けた追試の回答用紙だった。たぶん教務室の人間がこちらがこの時間にこの教室で授業をすることを知って、採点してくれの意味で置いていったのだろうが、なんの連絡もよこさずにこれかよという感じ。プライバシーもクソもない。回答用紙をチラ見して絶句した。作文問題、すべて中国語で書かれていた。マジでリテラルにじぶんの目を疑った。
 セブンイレブンでカツカレーとジュースを買って帰宅。帰宅後メシ喰うないや喰う。四年生のC.Iさんから午後は空いていますかと連絡。いっしょに写真を撮りましょうというので了承。
 T.Kくんから謝罪の微信。じぶんは日本語に興味がなかったのでずっと勉強をしていなかった、今日の「パフォーマンス」の悪さを謝りたいうんぬんかんぬんというので、きみがテストでどんな結果を出そうが知ったこっちゃあない、授業中にスマホでゲームするのも勝手だ、ただバレバレの嘘をついてまでこちらの心証をよくしようとするその打算がうっとうしい、きみが勉強していないことなどきみの日頃の授業態度を見ていればだれでもわかる、そのくせじぶんは努力しましたみたいなポーズをとるな、そういうしょうもない嘘でポイントを稼ごうとするな、バレバレの嘘をつくということは相手のことをバレバレの嘘で押し通せると見くびっているということにほかならない、そういう調子こきを見るたびにこっちは臓腑がグラグラ煮立って相手の鼻を折るか安全靴で腿を思いきり蹴りつけてやりたくなるのだ——とまで言ったわけではないけれども、だいたいにしてそのようないらだちをおぼえたので、そのいらだちをもうすこしわかりやすいかたちで伝えた。しょうもない人間になるな、突っ張るんだったら最後まで突っ張れという話だ。
 K.Kさんにも微信を送る。どういうことやねん、と。合格ラインである60点以上をとることができるようにわざわざ配点の大きな作文問題を配置した、作文問題はこちらのさじ加減ひとつで点数をかさ増しすることもできる、監査の人間も基本的に日本語は理解できないからこちらの採点にケチをつけることができない、そういうもろもろをわかっているだろうにどうして中国語で書くのだ、きみは前回の追試をサボった時点で留年が決定していた、そこを外国語学院の教員らが大学の偉いさんらと交渉してもういちどチャンスを与えることになった、こちらも追々試の問題をまた作りなおした、そういう教員側の譲歩に次ぐ譲歩に対して出した答えがこれなのか、と。「先生、私は日本語が書けませんが、書かないわけにはいきません」「先生、心配だから怒っているのはわかっていますし、そうはしたくないんですが、いろいろな原因があってそうなってしまったんです」「私も焦りました」とあったが、書けないわけがないのだ。レベルとしては大学一年生なみの問題なのだ。いくらわけのわからんマルチ商法にハマってしまったとはいえ、二年生の途中まできちんと授業を受けていたし、本人にそのつもりさえあれば、作文問題をどうにかかたちだけでも日本語で埋めることは絶対にできるのだ。それをこの子は完全にどうせどうにかなるんでしょうという態度でかかってきている。それにたいしてこちらは、マルチうんぬんとは関係のないところで、かなりイライラしていた。「先生,私は今何をしなければなりませんか」というので、こちらは追試を管轄している人間ではない、こちらがすべきことはこの答案を採点して教務室に提出することだけだと返信。するとそれに対してなぜかハートの絵文字五つの返信があり、おまえほんまにわかっとんか? ぶっ殺すぞボケが! とキレそうになった。
 そう、今日はあきらかに睡眠不足だった。そして睡眠不足時特有のいらだちやすさというか、端的に高校生の時分なみにキレやすくなっているじぶんの状態がはっきりと自覚されたので、C.Iさんと合流する約束になっている15時前まで昼寝をしようと思ってベッドに移動、The Habit of Being(Flannery O’Connor)の続きを読みはじめたのだが、なぜか全然寝つけなかった! そういうわけで今日は昼寝なしで行動し続けるはめになっており、しかるがゆえに短気モードも持続中、この記事を書いている北京時間20時58分現在、先のT.KくんやK.Kさんとのやりとりをカタカタ打鍵しまくっているあいだもイライライライラしてしょうがなかった。

 きのうづけの記事を投稿。15時前にC.Iさんから連絡。おもてに出る。R.MさんとB.Sさんもいる。三人ともアカデミックドレスを着ている。B.Sさんがビニール袋に入ったスイカをくれる。気温は34度あり、太陽は猛烈に照っている。死ぬほど暑い。日なたを歩くだけで、皮膚がじりじりと痛む。日焼け止めを塗ってくるべきだった。
 かつてよく散歩した地点をぐるっとまわりながら写真を撮りたいとC.Iさんがいう。まずは図書館にむけて歩く。K.Kさんの話をする。彼女の務めている「成功学」を謳う自己啓発系のマルチ商法の会社について、二年生のR.Uくんが詐欺で有名であると言っていたと告げると、三人は知らなかったという。
 図書館前を通りがかる。バイクにのったS.Sくんとすれちがう。彼も卒業式のために大学にもどってきたようす。図書館の裏手にまわる。裏にある一階の入り口——こちらはこの入り口を一度も使ったことがない——の前で、C.Iさんが花束をもってポーズをとる。それをほかのふたりが撮影する。ふたりはここで写真を撮らないという。ここはC.Iさんの思い出の場所なのかもしれない。
 食い終わったスイカの皮をゴミ箱に捨てる。(…)湖のほうに移動する。緑が非常に美しい。こんなにいい天気の(…)なんてめずらしい。目に映る緑がとにかくあざやかで圧倒される。これまでに見た(…)湖の景色で今日がいちばんきれいかもしれないとおもわず漏らす。木陰のベンチに座る学生をひとりずつ、C.Iさんの買ったばかりのiPhoneで撮影する(あまりの暑さにiPhoneは途中で熱をおびはじめた)。「恋人の道」にあるベンチでも撮影をする。ベンチのそばには亀の死骸がある。そばにはリュウグウノツカイみたいな形状の魚の死骸もある。たぶんだれかが釣りをしたあとだろう。写真を撮るのはC.Iさんがいちばん上手である。彼女がモデルのときはこちらが彼女のiPhoneで撮影する。今日はめずらしく三人ともしっかりメイクしている。C.Iさんにいたってはスカートを穿いている。先日スカートを穿いているところをはじめて見たK先生に驚かれたという。
 いつもボートが置いてあるほうにむかう。途中、老婆がひとり(…)湖のほとりで洗いものをしているのを見かける。皿を洗っているのか衣類を洗っているのか、いずれにせよ(…)湖の水は全然きれいではない、生臭いにおいすらするものであって、どうしてこんなところで洗いものをするのかと学生らが怪訝な顔をする。
 両脇に街路樹の植った、いかにもキャンパスの風景らしいコンクリートの道が、時間帯のおかげもあってか無人で、それに目をつけたC.Iさんがここで動画を撮りたいという。それで彼女にうながされるがままにこちらがiPhoneをもって道路中央に立ち、その背後から三人そろって前方に駆け出していくようすを撮影することになるが、C.Iさんにはやはりこだわりがあるらしく、そのときちょっと隠れつつあった太陽が出てくるのを待とうという。出てきたところで撮影。さらにすぐそばにはシロツメクサの芝生があったので、そこでもいろいろに撮影。女子学生をひとりずつ撮影することになったのだが、ふだんまったく自撮りとは縁のないひかえめでシャイで地味な学生三人でも、そういうときはやっぱりいっぱしにモデルっぽいポーズをとってみせるしキメ顔も作ってみせる、こういうところを見るとやっぱり中国だよなと思う。日本でも若い世代の自撮りなんてふつうといえばふつうなんだろうけど、中国でのほうがはるかにその敷居は低いと思うし、ポージングなんてモデル顔負けのことを平気でみんなやるのだ。モーメンツに自撮りを投稿しているところなんて一度も見たことのないあのR.Mさんですら、C.Iさんというカメラマンにうながされるがまま、芝生の上でジャンプするだけならまだしも、スカートをつまみあげてふわりとその場で回転してみせたり、片足をちょっとだけもちあげてみたり小首をかしげてみたり、その場でいろいろランダムな動きをして「奇跡の一枚」が生まれるチャンスをなるべく増やそうとする。
 芝生には蚊がたくさんいたらしく、三人ともかゆいかゆいといって足首を掻いた。その際にC.Iさんがいかにもスカートを穿き慣れていないようすで、つまり、男のように足をもちあげてくるぶしのあたりをボリボリやるので、おっさんみたいだなとからかうと、わたしはShūnǚです! と何度もいう。拼音からおそらく「淑女」のことだなと察する。
 その淑女がはじめてバドミントンをしたコートに行きたいという。コートは無人だった。シャトルが落ちていたのでそれをモデルのC.Iさんにむけて軽く投げる。C.Iさんが手にした花束でそれを受けとめる。その瞬間を動画におさめる。
 体育館裏に移動する。湖をはさんで図書館とむかいあう位置にある広場、おそらくこのキャンパス内でもっとも「映える」場所には保安员が立っており、なぜか中に入ってはいけないという。その周囲で写真を撮る。さらにすぐそばには一本の木があり、あれはやっぱり時期的に端午节の文化なのだろうか、赤いリボンに絵馬のような木の板をむすびつけたものが枝々のあちこちにぶらさげられている。で、その木の板には短冊みたいに願い事が書かれているのだ。そのそばでも写真を撮る。こちらの姿も盗み撮りしようとするので変顔する。先生! いつも変な顔! まじめ! まじめ! とC.IさんとR.Mさんに叱られる。
 のちほど、このときに撮られた写真が送られてきたのだが、その中に変顔の新境地を達成したものが一枚あったので、記念に掲載しておく。上二枚の写真は従来の変顔であるが、三枚目は確実にあたらしい扉をひらくことができたなという手応えがある。
 
(…)
 
(…)
 
(…)
 
 最後に南門の入り口で四人そろって撮影。ここでは保安员に撮影をお願いする。それからセブンイレブンに移動し、三人にジュースをおごる。三人からはコーヒーをおごってもらう。C.Iさんはこのあとバドミントンの約束。あとのふたりで先生といっしょにごはんを食べればいいといううながしに、R.Mさんがいえいえいえと及び腰になる。R.MさんとB.Sさんの社恐ふたりとメシを食ってもたしかに微妙な空気になりそうであるし、なによりこちらとしても暑くて暑くてたまらず汗もべったり掻いていたので一刻もはやくシャワーを浴びたいという気持ちがあった。
 それで女子寮前で三人とは別れた。七月ごろまで大学には滞在するというので、またメシでも行こうと約束。第五食堂で打包して帰宅。Lからtax recordの件について微信がとどいている。役所に登録してあるこちらの名義を変更するとなるとかなりややこしいので、ほかの方法がないだろうかとfinancial departmentのスタッフが言っている、と。そこで一度Lといっしょにその担当者のところに来てほしいと言っていると続くので、ごちゃごちゃ言ってねえでおめーのらのミスなんやからめんどくさてもちゃんとやることやれよと若干あたまにきたが、ひとまず了承。明後日の午前中、9時ごろにLのofficeをたずねることに。
 K.Kさんからも微信がとどいている。「先生、これから作文を直してもいいですか」と。すでに提出済みの答案を改竄するという意味だ。追試はサボるわ、追々試は改竄するわ、おめーのとこの「成功学」はろくなこと教えとらんみたいやなと内心思いつつ、さすがにちょっと皮肉のひとつふたつは言ってやりたくなったので、「テストを試験時間外で修正するというのは、不正行為じゃないのですか? 日本の大学で仮にこのような不正行為をした場合、学生は退学処分になりますし、教師も解雇されます。中国ではこうした不正は許されるのですか?」「ぼくは中国社会について詳しくありません。もしこうした行為が中国では許されるのであれば、テストの回答用紙を君に貸します。」と応答。とはいえ、この子にはもうなにを言っても無駄であるし、かかわる時間がもったいないし大学側としても留年させたくないという思惑もあるようであるし、明日の午前中に授業があるのでそのときに答案を取りにきなさいと続ける。すると「先生、わたしが問題用紙を作り直すんですか。試験の修正をお願いします」とある。どうやら提出済みの答案に自身で答えを書きなおすというのではなく、こちらに書き直しをさせるか、あるいはこちらに試験用紙もろもろをあらたに用意させたうえでそれに書かせろと言っているらしい。この期におよんでまだこちらに迷惑をかけるつもりでいるのかこのクソガキは! と気が狂いそうになる。そもそも試験用にしても答案用紙にしてもこちらがじかに用意しているのではなく教務室の人間が用意しているものだ。答案用紙はいまこちらの手元にある、それを明日渡すから答案を自分の手で修正しなさいとあらためて告げると、「先生,今書いて送ります」「ご理解ありがとうございました」と続く。は? となる。今書いて送る? こいつ、結局なんも理解しとらんやんけ! それでブチギレた。おれの言うとることが理解できんのやったら翻訳アプリでもなんでも使ってちゃんと理解しろ! 適当な返事だけして誤魔化そうとすんな! 大概にしろ! と、もちろんこんな方言ではなく標準語のそれも敬体の文章であるが、エクスクラメーションマーク付きで相手に伝える。すると「わかりました」みたいな反応があるのだが、それに続いて今度は、文章は今日書いて送る、答案は明日じぶんの友達が教室まで取りに行く、みたいなわけのわからん返事がある。マジで! まったく! なんも! わかっとらん! ブチギレた。翻訳アプリを使ってちゃんと読め! それでも理解できないんだったらクラスメイトにでも聞け! すると、いま自分は(…)から離れた土地にいるので答案を書き直すことができないというので、だったらもう答案の修正はできないだろうと応じた。以後、返信なし。
 しかし先取りして書きすぎた。実際彼女とのやりとりはテンポの良いものではなく、間にたっぷりと時間をはさんだものだったのだ(それがまたあたまにくるのだ! どう考えても喫緊の話題であるにもかかわらず、自分の都合のいいときだけ、こちらのメッセージに対する返事は無視したうえで、言いたいことをどんどん言ってくる、逆ポイズンガールなのだ!)。食事中は『スパイの妻』(黒沢清)を途中まで視聴。以前のじぶんでは考えられないことだが、ぶつぎり視聴になってもかまわないので、これからはメシのお供に映画を視聴しようと決めたのだ。感想についてはどうしようかなと思ったが、本とは違ってたとえぶつぎりだろうとも一本観るのに何日もかかるわけではなし、鑑賞し終えた時点でまとめて記せばいいか。
 チェンマイのシャワーを浴びる。ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。以下、2014年6月12日づけの記事より。

 ひとまず買い物にでも出かけようかとうじうじしていたところでEさんから電話があった。Eさんからこちらに電話があるということは十中八九トラブルの告知を意味しているので緊張しながら出ると、YさんとTさんがふたりそろってパクられたとあった。職場に朝から警察が来て、夕刻仕事あがりにそのままパトカーにのせられていったのだという。任意同行だったらしいが、ふたりそろってという点から罪状はだいたい予想できた。帰宅したらひとまずEさんのところに連絡するとあったらしく、Eさんは今日中には仮釈放されるだろうと見越しているようだったが、そうでなかった場合は職場がたいへんなことになる。系列店の閉鎖にともなってここ数日おそろしいくらいの激務が続いているらしいので、ただでさえ人手不足なところにくわえて二名の欠員となってしまうと、これはもうたまったものではない。とりあえず連絡さえくれればいつでも出勤しますからとは申し出たものの、そんな悠長なことばかりいってられる身でもなし、さてどうしたもんかと思ったが、どうするもこうするもなるようになるしかないと割り切るほかない。

 (…)時代の記事の読み返しをはじめてまだそれほど経っていない気がするのだが、そうか! こんなにはやい段階でYさんとTさんのふたりがパクられるんだったか! (…)時代については、二勤二休時代がプロローグとして、YさんとTさんがパクられるまでが第一章、その後のドタバタが第二章で、Mさんがやってくるあたりからが第三章かなという認識でいるのだが、これから先の展開を読み返すのも結構楽しみだ。
 寝床に移動後、The Habit of Being(Flannery O’Connor)の続き。ずっと以前に書き忘れていたことがひとつ。以前、以下のくだりを引いた。

Once her inviolable three-hour morning stint writing was done, she looked for, and throve on, companionship.
(Sally Fitzgerald - Introduction)

 ここを読んで、おれとおんなじやんけ! やっぱ作文は起き抜けの三時間がベストやわな! となったのだが、その後以下のような記述にぶつかったのだった。

Her living and working habits were established so as to ensure that her diminished strength could go almost entirely into her writing. She wrote us that she was able to work at her fiction no more than two or three hours a day.
(Sally Fitzgerald - Introduction)

 いや、三時間って病気によるリミットやったんか! ワシ、健康体やのに小説の執筆は三時間、もっても四時間が限度や!

I am a slow six months before the end of a first draft, and after that, I will be at least a year cleaning up.
(July4, 1948)

I don’t have my novel outlined and I have to write to discover what I am doing. Like the old lady, I don’t know so well what I think until I see what I say; then I have to say it over again. I am working on the twelfth chapter now. I long ago quit numbering the pages but I suppose I am past the 50,000 word mark. Of the twelve chapters only a few won’t have to be re-written; and I can’t exhibit such formless stuff. It would discourage me to look at it right now and anyway I yearn to go about my business to the end.
(July21, 1948)

 とはいえ、こういうくだりを読むと、やはり彼女に対して強い親近感をおぼえるのだった。推敲に時間をかける必要がある点については、オコナーはほかの手紙でも何度か主張している。というかふたつめの引用についていえば、これは大江健三郎の書き方のほうにむしろ近いのかもしれないが。