20260815

私の田舎では、外で自殺した仏は家の中には入れない、というしきたりがあったものです。
(「遠くからの声」佐伯一麦)


 
日記:59分/執筆:0分/読書:4時間38分/授業準備:55分
 
『川路重之作品選集』がとどいた。書き忘れていたが、一週間ほど前に、抄訳版『特性のない男 ウルリッヒとアガーテ』(ローベルト・ムージル/白坂彩乃+大川勇・訳)もポチってとどいたのだった。
 
日中はひたすらすべりまくる目で『スーフィー イスラムの神秘階梯』(ラレ・バフティヤル/竹下政孝・訳)の続き。推敲地獄の後遺症——Fくんからは先日のメールで、フローベールの悪霊に取り憑かれていると評されたのだが、Fくんのなかでフローベールって悪霊扱いなんかと考えると、けっこう笑える——で、マジであたまに入ってこない。ブレインフォグってもしかしたらこんな感じなのかもしれない。出国がおそらくいい節目になるだろう。
 
夜は(コンテストではなく授業でやるほうの)スピーチの準備。Claudeといっしょに授業の流れを考える(といっても95%くらいこちらの提案だったが!)。とりあえずオリジナル原稿を用意してその録音はこちらが担当、原稿と録音を配布し注意点を細かく説明したのち、全体練習→ペア練習(そのあいだに教師は教室巡回)→その日の授業の最後もしくは次回の授業の前半を用いてランダムに選んだ五人が発表という流れでいいんではないかという結論に達した。あとはもう出たとこ勝負だ。学生の反応を見て臨機応変にやるしかない。
 
Y.Tは今日、午後から幼馴染のH.Sさんといっしょに地元のショッピングモールに出かけた。午前中は家庭教師のバイトがあったのだが、それが終わったところで電話があった。教え子は母の友人の娘である小六の女の子であるのだが、Y.Tが昨日買って部屋に置いておいたお菓子をその子が盗んだのだという。熊丹の祖母が怪我をしたのでそちらにかかずらっているあいだ、教え子は母親の迎えをY.Tの部屋で待っていた。で、Y.Tが部屋にもどったところ、本をかばんのなかにガソゴソとあわてたようすで詰めていたのではてなと思ったのだが、教え子は本のページが破れてしまったからとかなんとかそういう言い訳を口にした。で、教え子が去ったあと、きのう買って部屋に置いておいた菓子類がすべてなくなっていることに気づいた。教え子は手癖が悪い。母親の金を数千元盗んだことも過去にある。それも一度ではなく何度もあるという。一度など母親が娘をこらしめるために、わざと警察に通報し、娘を警察に連れていったことまであったというのだが(つまり、犯人が娘であると気づいていたにもかかわらず、気づいていない体で警察に通報し、母子そろって事情聴取を受けたということだろう)、それでもなお今回というわけで、やっぱり手癖はなかなか……と、これまでに見知ってきた窃盗常習犯らの顔が脳裏をかすめる。Y.Tは相手の母親に訴えようとしたが、(Y.Tの)母君からそれはやめてあげてほしいと制されたという。家庭教師の日程はまだ終わっていない。その子を直接叱ったらというと、もとよりそのつもりだという反応。Y.Tはかなりキレていた。Y.Tは食べることが、なかでもお菓子を食べることが大好きなのだ。教え子は手癖が悪いだけではなく、過去に母親に手をあげたことすらあるという。なかなかの問題児なのだ。

20260814

 一昨年の春のことです。クアラルンプールから帰途に着きました。機内は大半が日本人でしたが、マレーシヤの大学生の団体もいました。一人に話しかけると、けっして流暢ではないが、端正な日本語が返ってくる。日本へ二年ほどの研修に出かけるのだそうです。女性も混じえて、どの青年もすがすがしい秀才の姿をしてました。年配の修道尼の姿も見えました。シトー派の所属だそうで、富山県の新しい任地へおもむくところだと言います。じつに身軽な移動の様子でした。バンコックの空港に着陸すると、タイの僧侶たちが十人ばかり、それぞれ黄色の衣をまとって、通路の両側から見あげる客たちに、楽しそうに笑いかけながら降りて行きました。それからまた空中に落着くと機内はだいぶ閑散として、急に深夜の雰囲気になり、私もしばらく眠って、ふと顔をあげると、すこし離れたところから、いくつかまとまってあいた空席の、肘掛けを払って、坐席に横に寝そべる日本人の中年の男性の姿が目に入りました。見渡すと、あちこちに何人も、同胞の中年たちが、同じ恰好で眠っている。なかには、空席も窮屈がってか、椅子の足もとの狭い床に長々と伸びているのもいる。
 とっさに起きたおかしな連想は、当たらずといえども遠からず、だと思われます。競馬場の帰り、駅まで歩く長い道をオケラ街道などと呼びますが、今はともあれ昔のあの雰囲気と、人の歩いているのと寝ているのとの違いはありますが、ひどく似ている。いかにも不首尾の帰りという感じなのです。当時すでに、国内で行き迷ってアジアへの各地へ活路を見出そうとして飛んだものの、やがて退散してくる人たちがすくなくないと聞きました。それにしても、狭い坐席の上のことだから大の字なりに寝そべるわけにもいかず、からだを横向きに、海老のように折り曲げた上、うつぶせ気味にして背を外へ向けている格好は、眠りの中へ、顔からもぐりこもうとしているように見える。あれも拒絶のひとつではないでしょうか。周囲にたいしてばかりでなく、「昨日」にたいする、そして「明日」にたいする、しばしの拒絶では。
 時間の流れを遮断された境で、われわれは拒絶反応に陥りやすい。そして拒絶の底へ痩せ細って静まり返るとき、自分の拒絶したがっているその相手とは、この自分ではないか、と気がつくこともある。
(「遠くからの声」古井由吉)



日記:1時間18分/執筆:0分/読書:3時間43分/授業準備:0分
 
Aから連絡があった。実家に帰るついでに寄るという。11時半ごろだった。アマゾンフロッグピットとヒメタニシをくれた。息子は人見知りするようになっていたし、娘は生まれたばかりのときにくらべてずっと女の子らしくかわいい顔つきになっていた。さっきRと会っていたのだと昴はいった。会おう会おうとぐいぐい来られていたのを適当にいなしていたのだが、手土産を準備したからと言われたのでしかたなく、コンビニの駐車場で軽く顔をあわせるだけであるものの、さきほど対面してきたという。Tちゃんもあんまりぐいぐい来られるの好きじゃなさそうやしな、とRは言っていたとのことだが、Aにはさらにもうひと押しぐいぐいいったというわけで、Aとしてはやはり保険屋の営業を兼ねてのアプローチなのではないかとやや勘繰っているふうであるし、こちらと同様桃も送られてきたというのだが、それにしたって自分のところだけなんではないかと疑っていたらしい。贈り物についてはやめてほしいとはっきり言ったというので、こちらもおなじことをやつに伝えたのだと応じた。こちらとしてはRが保険屋としてわれわれにアプローチしているとはまったく思わない、ただ一年に二度も三家族+こちらを巻き込んでの会など催すほどのものでもないだろう、恒例行事にすることはないだろう、めんどうであるししんどいだけではないかというアレだけの話であって、Aとしてもおそらくこの点似たような考えがあるはずだった。単純に疲れるのだ。Aとは17日の夜にふたりだけで軽くメシを食おうという話になった。
 
夕方、家族四人で墓参りにいった。背の高い草に全面すべて覆われてほとんど姿の見えなくなっている墓石が複数あった。そのうちのひとつには小さなプレートが、墓石の台座の低い位置に貼りつけられていた。墓の関係者に連絡がつかないことを訴える管理者からのメッセージだった。墓参りをするのは毎回出国直前だ。だから自然と合掌したあと、飛行機が落ちませんように、と祈ることになる。墓参りでご利益を願うのはおそらく根本的にまちがっている。墓参りと初詣を混同している気がする。
 
夜、父親の好きな『開運!なんでも鑑定団』で松坂がとりあげられていたので視聴した。その流れでというわけではないが、うちにあったレトロゲーム一式(ファミコンの本体および大量のソフト、スーファミの大量のソフト、ドリキャスの本体および大量のソフト)を、かつて、たぶんもう10年以上前になると思うが、弟がA井にあげてしまったのを、取り返すといえばおかしい話になるけれども、A井はA井で実家に眠らせているだけという話だったので、もし処分されずに残っているんだとしたらこっちに持ってきてくれるよう伝えてくれとお願いした。将来的に価値が出るだろうものもたくさんあるし、それ以上にふつうにちょっとプレイしたいのだ。
 
日中はひたすら『スーフィー イスラムの神秘階梯』(ラレ・バフティヤル/竹下政孝・訳)を読み進めた。出国が近づいているせいでか、胸がややそわそわしており、なんとなく落ち着かない。

20260813

(…)寝ながら仰ぎ見ることが出来る空へと目を向けていると、ここは着陸間際の飛行機の進路にあたっているらしく、数分刻みで機体がはっきり見える大きさで飛行機が現れます。スカンジナビア航空、サベナ・ベルギー航空、フィンエアー、ノルウェーの国内線のブローテン航空、ブリティッシュ航空、ルフトハンザ……。日本からの直行便はないので、日本の航空会社のものは、ついぞ目にしませんが。
 初めのうちは、その飛行機が窓の外を横切ることで、寝床での時間の流れを捉えることが出来ていました。それが、その三日間に、すっかり日が短くなって太陽を見ることが無くなり、暗天の下しんしんと冷えていく風景と変わりました。二重の窓を通して飛行機のエンジン音だけが鈍い振動となって聞こえて来るようになると、そのおのおのの飛行機がそれぞれの時差を引きずった時間を持ち抱えて飛んでいる、というイメージに捉えられ、その中のそれぞれの人の時間にまで思いが向かうと、後は何も考えられなくなりました。
(「遠くからの声」佐伯一麦)

 
日記:1時間9分/執筆:0分/読書:3時間55分/授業準備:1時間32分

 
日中は書見して過ごした。『〈個〉の誕生 キリスト教教理をつくった人びと』(坂口ふみ)を最後まで読み終え、『カナシヤル』(三角みづ紀)も読み、それから冬休み中に半分ほど読んでいた『富士日記』(武田百合子)の上巻の続きを少し読んだ。
 
以下は『カナシヤル』(三角みづ紀)より。

(シーンは何の言葉も要らない
 ただ真理だけが残響する)
(「波打ちぎわの悲劇」)

男は
目撃した
確かに目撃した
目撃したからには
証言しなければいけないのだが
証言するには
男は
あまりにも目撃し過ぎた
(「名も無き鳥」)

この体に沁みついた暗号
(「潜在する病い」)

過ちは鳥になる
(「やさしい嵐」)

 
ミナミヌマエビの稚エビらが水槽の壁面にはりついている。きのうおとといはホテイアオイのヒゲ根に隠れすんでいるのをちらほら見かけるばかりだったが、なぜかこのタイミングで一気に目立つところに出てきた。20匹はいると思う。ほかに卵を抱えている個体もまだいる。壁面にはうっすらと苔が生えはじめている。ミナミらの苔取り能力じゃやっぱり追いつかないのかなと思って調べてみたら、ミナミはガラスの壁面に生えるような硬い苔はほぼ食べないらしい。知らなかった。だったらまたスネールを繁殖させればいいと母がいう。スネールがいればたしかに壁面の苔はきれいさっぱりクリーニング可能だが、なんせうじゃうじゃ繁殖しまくる連中の見映えがよろしくない。
 
忘れないうちにVPNを契約する。1coinVPNと良之助VPNの二本柱だが、後者から将来的な中国撤退もありうるというメールがとどいた。
 
両親が仕事で不在でつまらないというY.Tが昼間から電話をかけてくる。押し入れのなかにしまってあるスーファミのソフトにどんなものがあったかなと思って調べてみた(FF5、FF6、ロマサガ3、タクティクスオウガ、伝説のオウガバトル……)ついでに見つかった、『魔女の宅急便』のジジに指人形をあげる約束をしたのだが、これはどこで手に入れたのだっけ? なんとなく京都にある土産物で、TとNちゃんと三人でぶらぶらしている最中に買ったようなそうでなかったような、というときは日記をあたるにかぎるのでそうしてみたところ、やはり記憶にまちがいはなかった。TがはじめてNちゃんをこちらにひきあわせた日だった。2017年3月18日だ。清水寺周辺だ。

帰路はルート変更して土産物街をぶらぶら歩いたのだが、とちゅうジブリショップがあり、ジブリが大好きだというNちゃんのために立ち寄ることになったのだが、『魔女の宅急便』のジジのぬいぐるみや置物やピンパッジがけっこうたくさんあったので、執筆の守り神の仲間入りをはたしてもらおうとおもっていろいろに検分していたところ、いちばん夢中になっとるやねえかとTに笑われた。ミニプランターセットについているジジの置物がサイズといい材質といいいちばんよかったのだけれどもミニプランターそのものにまったく興味がなかったので、結局ゴム製のジジの指人形をひとつだけ買った。

 
夜は夜でまた通話。通話途中、突然父親を大きな声でののしりはじめたので、どうしたのかとたずねると、麻雀で70元負けたというので叱ったのだという返事があった。通話は30分ほどで中断した。あたまがくらくらするとY.Tがいいだしたのだ。耳石症だ。以前もあった。
 
夕方、弟の友人のAが奥さんとひとり息子を連れてやってきた。きのう千葉から広島まで車で移動、今日は今日で広島からIまで車で移動したとのことで、すさまじすぎる。子どもがうまれたとはきいていたが、見るのははじめてだった。奥さんとも簡単なあいさつをした。奥さんは同志社の院卒で、兄はどこかの大学で助教授をしているらしい。

20260812

日記:1時間28分/執筆:0分/読書:5時間24分/授業準備:0分
 
Aさん、Fくん、それぞれから返信があった。ひと安心。Aさんも新作を書いているとのことであるし、Fくんも手書きでの執筆を続けているということであるし、それが聞けただけでもうれしい。Fくんからはジョヴァンニ・ヴェルガという作家をすすめられた。岩波文庫で出ているらしい(ということはKindleで読めない!)。電車はまだきついが、仕事には復職しており、週5ないし週6で働いているときもあるという話だったので、すげえもちなおしたな! とびっくりした。しかしこんなことを言ったらアレかもしれないが、ほんとうにいつもの5人に読んでいただくために書いているようなもんだなというか、いやそうではないんだが、ただ信頼できる読み手であり書き手であるひとらに楽しみにしていましたと言ってもらえると、いやーがんばった甲斐があるなとしみじみ思う。
 
出国まで一週間を切っているわけであるし、荷物を減らすためにひたすら『〈個〉の誕生 キリスト教教理をつくった人びと』(坂口ふみ)の続きを読み進めていたのだが、まあ目が滑って滑って仕方ない、全然ちゃんと読めない、推敲の目のままになっているのだ。これはもう仕方ない。しばらくはこの状態が続くことだろう。だんだんとならしていくしかない。
 
世間では明日から盆ということになる。兄一家が実家に寄るのかどうかはわからない。寄らない算段が高い。寄るにしてもMちゃん抜きだろう。それはそれとして盆明けはYの誕生日である。例年であれば誕生パーティーにもお呼ばれしていたわけだが、それもきっとなくなる。だからといって孫になにもやらないわけにはいかないということで、母は現金を包んで渡すつもりでいるようだったが、じぶんでむこうをおとずれるのは気がひけるのだろう、それを宅へ置きにいってほしいと父にたのんでいた。しかも今日そうするようにせかすふうだったので、ちょっと待てと割って入った。誕生日までまだ一週間ほどある、翌日からは盆休みになる、そのタイミングでこちらから出かけていってプレゼント代わりの現金を差し出すとなれば、盆にはうちに寄りつくな、誕生パーティーには招待するなというメタメッセージとして機能するではないかと指摘したのだ。もちろん、盆はどうなるかわからないにしても、十中八九、誕生パーティーに呼ばれることはないのだろうし、結果的に現金を包んで渡すだけ渡すということになるのはほぼまちがいないだろうが、そうするにしたってどう考えても今日じゃない、もうちょっとタイミングを考えたほうがいい。しかし母にこちらの言い分がどこまで通じているか、はなはだこころもとない。おもいこみと知ったかぶりだけで勝手にキレているほうも愚かだし、ふるまいが売り言葉に買い言葉になっているほうも愚かだ。うちの一族にはまともにコミュニケーションをとれる人間がひとりもいないのかとげんなりする。
 
Y.Tは日中、ひとりで拼豆を作りにいった。妹は今日から高校にもどった。それで残る夏休みが退屈で仕方ないと昨夜嘆いていたのだが、その退屈を晴らすためにさっそくひとりで出かけたわけだ。拼豆というのはプラスチックのビーズをプレート上にならべてドット絵をこしらえる手芸で、こちらの知るかぎり、中国の若者のあいだでおそらく三年か四年くらい前から流行している。いや、流行はもっと以前からあったのかもしれないが、学生らがキーホルダーとしてバッグやペンケースにつけているのをちらほら見るようになったのはそれくらいのときで、で、流行がさらに加速していまはもしかしたら末期なのかもしれない、というのはいたるところにこの拼豆を作る店を見かけるようになったからで、Y.Tとも以前こういう話をしたことがあるが、中国人はこれが儲かるこれが流行しているという対象を嗅ぎつけるやいなや全員が全員そちらに全力疾走する、その結果価格競争というか内卷が生じて疲弊し潰れまくるみたいな、ザリガニの養殖なんかが過去にはたとえばそうだったわけだが、拼豆もいずれそういう帰結をむかえることになるのだろうと思うのだがそれはとにかく、なにを作ってほしいときかれたので別にほしいものはないしなぁと答えたところ、これじゃないの? というメッセージとともにスライムの画像がとどいたので、あ! スライムほしい! となった。こちらの知るかぎり中国ではドラクエなんてまったく人気ないわけだが、Y.Tはすぐに拼豆でスライムをこしらえる方法をネット上で見つけた。これだったら簡単だからもうひとつ作れるというので、メタルスライムもお願いした。Y.T自身は蘭姉ちゃんをこしらえるという。実際すごくはやく仕上がった。完成したものの写真が送られてきたが、ふつうにめちゃくちゃよかったのでTに自慢したところ、おれもほしいというので、今度Y.Tといっしょに拼豆のお店にいって、そこでTのためにはぐれメタルをこしらえてやることにした。スライムナイトもほしいなァ! あとドラクエ5(SFC版)の主人公のドット絵でもいい!
 

 

 

 

 
こちらは無事脱稿した。残る夏休みは授業準備とスピーチの準備に費やす。それがかたづいたら手隙の時間を利用していよいよ本格的に語学を進めていくあたまでいるわけだが、Y.Tはどうするつもりかとたずねると、ずっとスマホをさわってすごすという。それはもったいないだろというと、日本語の翻訳・通訳資格試験の勉強をはじめようかなという返事があった。会計の資格は全然役に立たないという話もあった。会計の仕事は日本語関係の仕事より全然給料が少ないのだという。でも持っていればいつか役に立つかもしれない、それに仕事に直接役に立たなかったとしてもそういう社会の仕組みを知っているのと知らないのとでは大きな違いがあるといってから、正直にいって会計を勉強しているのがうらやましかったと続けると、どうしてとあったので、知らない分野の知識を一から吸収するのは大変だけれどもすごくおもしろそうにみえる、じぶんもそんなことを思い切ってやってみたいと考えることがあるがなかなかと応じた。Tちんはね、哲学って、他の人がつまらないって思ってるやつ、こんなに興味はあって勉強して、いっぱい本を読んで、めっちゃ偉いと思うよ。中国の哲学っていうと、ちょっと政治と関係してくるでしょ、マルクスとか、だからみんな苦手意識があるんじゃない? 関係がないやつもあるけど、たぶんそうだと思うわ、Tちんはすごいじゃん。いや、日本でも哲学を好む人なんて少ないけどね、でもね、これには実はきっかけがある。なに? 高校一年生のころに「倫理」という授業があった、これは簡単にいえば、西洋哲学や東洋哲学や宗教の歴史みたいなもの、ぼくは高校の授業をサボりまくっていたから、倫理のテストがやばかった。もし美食の授業だったら、Yちゃんは絶対サボらないけど! 倫理以外もやばかったけど、倫理が一番やばくて、たぶんテストで10点以下だった、で、担当の先生に、次の倫理のテストで平均点以上を取らないと留年と言われた、倫理のテストなんて所詮は暗記だから、別にそれくらいは簡単だと思ったんだけど、その次のテストというのが学年末テストで、試験範囲が教科書丸々一冊だった、だから、ぼくはマジで必死になって、一週間でその教科書を丸暗記した! そこで、ギリシャの哲学者の名前や、中国古代の思想や、キリスト教や仏教やイスラム教の考え方や、現代の精神分析家や心理学者の名前をたくさん覚えたんだよね、それがきっかけで、大学に入ってからなんとなく本屋に寄ったとき、そういえば倫理で学んだ哲学者の本ってどんなものなんだろうと思って買ったんだよ。テストの結果はどうだった? 学年一位だったな、まあそりゃそうだよな、マジで必死で勉強したから、人生で一番勉強したのってあの一週間かも。そんなに留年したくないのかよ! 倫理の先生はテストの結果が良かった生徒の名前を発表する人だったの、日本ではこういう先生はあんまりいないんだけど彼はそうだった、だからテストを返却する前に「M!95点!」みたいなことを言った、そうしたら教室がざわざわした、当時のぼく授業をよくサボっていたしピアスを5つくらいつけていて眉毛もつまようじみたいに細かったから!

20260811

日記:18分/執筆:2時間11分/読書:1時間58分/授業準備:0分
 
生活リズムをたてなおさなければならない。それだけが理由で早起きしたわけじゃない。そもそも早起きではない。11時だ。それでも睡眠時間は5時間を切っていた。とっとと「O」をリリースしたかったのだ。朝方には最終調整を終えていた。あとは発表するだけだ。本当にそうか? まだなにか忘れていることがあるんじゃないのか? わからない。もういい。もう十分だ。Kindleで通読すべきだろうか? そんなことはすべきじゃない。そんなことをしたらきっとまた文章を直したくなる。うんざりだ。
 
献本という表現が浮く。本じゃない。電子書籍だ。データだ。おなじものをnoteでダウンロードできる。それでもひと手間かけるのが筋だ。メールボックスをさかのぼる。Wさん、Nくん、Fくん、Aさん、Sさんに、それぞれPDF版とEPUB版を送る。いろいろ文章をしたためるつもりだったのだが、疲れていたので短くすませる。メアドが生きているかどうか心配になる。Nくん、Fくん、Sさんの三人にかんしてはLINEで送ったほうが確実だったかもしれない。まずNくんから返信がとどく。開店して三ヶ月くらいになるのだろうか。いそがしいだろうとは思うので店が落ち着いてから読んでやってくれとお願いした。続いてWさんから返信。Wさんは数年前に津波の映像がきっかけとなってパニック障害を発症していたはずなので、作中津波の映像の描写がある旨断っておいたのだが、文章だったらおそらくだいじょうぶだろうとのこと。メアドの死んでいるおそれがもっともあったSさん——なんせniftyなのだ!——からも夜返信があった。試し読み版のあの感想はたいそうありがたかった。AさんとFくんからは返信なし。Fくんからは先学期連絡があったが、Aさんはnoteの更新が長らく絶えているし、どうしているのだろうか。
 
noteでも告知した。告知というかリリースの場所はそこしか用意していない。KDPは不要だ。金もとらない。これはワクチンなので無料でばらまく。最初からそういう意識があったわけではない。書きあげつつあるうちに、あるいはそれよりもうすこし前からかもしれないが、これは現代を生きる人間に対するワクチンだな、と思う瞬間が何度かあった。「怒りの表明」に傾斜しすぎることなく「説得(のための転移)」をともなう両輪で生きること。白か黒かのポジション意識を先立たせて判断を下すのではなく、徹頭徹尾ケースバイケースの具体的状況につくこと。そしてすべてを度合いのもとに認識すること。長年そのように考えてきたこちらのその考えが、その内容にというよりも小説の造りに、いわばメタ的に練り込まれたかたちになっている。
 
両親が買い物に出かけるというので同乗させてもらい、Lに渡すための目薬を8箱いつものように買った。帰路に通りがかった踏切を見て、あ、「O」の第54章で書いた踏切のモデルってここだったのかといまさら自覚した。「O」は、これまでのじぶんの小説とちがって言葉に自走させることもなければ、はりめぐらされた意味のネットワークを一行ごとに参照することもなく、とにかく映像ありきで、あたまのなかにまず映像を浮かべて、それを言葉に翻訳するという方法で書いており、したがってすべての人物すべての舞台に(濃淡あれど)モデルが存在するわけであり、第54章の踏切も当然モデルがあった。でもあたまのなかにある、というか記憶のなかにある「あの踏切」、地元にあるやつだという印象はなんとなくあったのだけれども具体的にどことはいえなかった「あの踏切」の正体が、あ、これだったんだと、モデルとなった踏切にさしかかった瞬間にいわば遅れて確定され、それによって、本当にわずかではあるのだけれども、終わったんだな、この六年間の営みが、と思った。
 
本当にわずかなのだ、実際。達成感なんて全然ない。実感という実感がとにかくない。ただ、『〈個〉の誕生 キリスト教教理をつくった人びと』(坂口ふみ)のページをひらいたときに、ひさしぶりに書見する時間をとることができたなとは思った。それくらいのものだ。これが京都でひとり暮らしだったら、もしかしたら多少はそれっぽい節目を無理にこしらえようとしたかもしれない。スーパーで値引き品でもない高い寿司を買うとかその程度の話だが。日々は淡々と続く。書くことがあまりに日常すぎて節目の実感がおとずれてくれない。Y.Tにも告げたが、どうせまた一週間もしないうちに我慢できずになってあたらしいものを書きだしてしまうのだ。毎回そうなのだ。だからありあまったWPを発散させる対象をあらかじめ用意しておかなければならない。つまり語学だ。中国語の勉強を開始するのだ。とっとと着手しないと、我慢できずにあたらしいものを書きはじめてしまい、それでまた中国語が遠のいてしまう!
 
Y.Tから受験生の妹にプレゼントするボールペンとインクをまとめ買いしてほしいとたのまれたのだが(日本製の文房具は中国でも評判がいい)、インクの種類とかサイズとか書き心地とか、そういうのを説明しようとする日本語がめちゃくちゃで、単語がわからないのは仕方ないにしてもY.Tは助詞がかなりおおざっぱであり、「が」と「は」を間違えるとか、「に」と「へ」を間違えるとか、そういうのだったらなぜその間違いが生じたのかは理解できるし実際学生らのあいだでよくある間違いなのだが、なんでここで「を」が出てくるの? どういう論理でここで「で」が導き出されたの? みたいなことがけっこうあり、それにくわえて他動詞と自動詞もわりとあいまいで、だからやっぱり文法が(ほかの一軍学生にくらべて)弱いということなのだと思うのだが、それもあって、日頃のやりとりでもなにを言わんとしているのかがまるで理解できないことがある。今日は夕方から右のこめかみをズキズキとさせる偏頭痛がはじまっており、それでしんどかったところにくわえて要領を得ないリクエストが、何度やりとりを重ねても要領を得ないままだったので、もしかしたら傷つけてしまうかもしれないと思いつつも、いやでもいい加減助詞の用法をちゃんとさらってほしいなというアレもあったので、説明がちょっとわかりにくいから中国語で説明してくれる? とお願いしてしまった。
 
頭痛がひどく、夕飯をとってもシャワーを浴びても、あるいは飲みものをたっぷり飲んでもなかなかよくならないので、これは台風接近による気圧の影響だな、あるいはこの痛みこそ唯一の節目なのかもしれないな、すべてが終わったいま蓄積された疲れが一気に押し寄せているのかもしれないな、と考えつつ、いつもよりずっとはやく寝床にもぐりこんだ。