日記:18分/執筆:2時間11分/読書:1時間58分/授業準備:0分
生活リズムをたてなおさなければならない。それだけが理由で早起きしたわけじゃない。そもそも早起きではない。11時だ。それでも睡眠時間は5時間を切っていた。とっとと「O」をリリースしたかったのだ。朝方には最終調整を終えていた。あとは発表するだけだ。本当にそうか? まだなにか忘れていることがあるんじゃないのか? わからない。もういい。もう十分だ。Kindleで通読すべきだろうか? そんなことはすべきじゃない。そんなことをしたらきっとまた文章を直したくなる。うんざりだ。
献本という表現が浮く。本じゃない。電子書籍だ。データだ。おなじものをnoteでダウンロードできる。それでもひと手間かけるのが筋だ。メールボックスをさかのぼる。Wさん、Nくん、Fくん、Aさん、Sさんに、それぞれPDF版とEPUB版を送る。いろいろ文章をしたためるつもりだったのだが、疲れていたので短くすませる。メアドが生きているかどうか心配になる。Nくん、Fくん、Sさんの三人にかんしてはLINEで送ったほうが確実だったかもしれない。まずNくんから返信がとどく。開店して三ヶ月くらいになるのだろうか。いそがしいだろうとは思うので店が落ち着いてから読んでやってくれとお願いした。続いてWさんから返信。Wさんは数年前に津波の映像がきっかけとなってパニック障害を発症していたはずなので、作中津波の映像の描写がある旨断っておいたのだが、文章だったらおそらくだいじょうぶだろうとのこと。メアドの死んでいるおそれがもっともあったSさん——なんせniftyなのだ!——からも夜返信があった。試し読み版のあの感想はたいそうありがたかった。AさんとFくんからは返信なし。Fくんからは先学期連絡があったが、Aさんはnoteの更新が長らく絶えているし、どうしているのだろうか。
noteでも告知した。告知というかリリースの場所はそこしか用意していない。KDPは不要だ。金もとらない。これはワクチンなので無料でばらまく。最初からそういう意識があったわけではない。書きあげつつあるうちに、あるいはそれよりもうすこし前からかもしれないが、これは現代を生きる人間に対するワクチンだな、と思う瞬間が何度かあった。「怒りの表明」に傾斜しすぎることなく「説得(のための転移)」をともなう両輪で生きること。白か黒かのポジション意識を先立たせて判断を下すのではなく、徹頭徹尾ケースバイケースの具体的状況につくこと。そしてすべてを度合いのもとに認識すること。長年そのように考えてきたこちらのその考えが、その内容にというよりも小説の造りに、いわばメタ的に練り込まれたかたちになっている。
両親が買い物に出かけるというので同乗させてもらい、Lに渡すための目薬を8箱いつものように買った。帰路に通りがかった踏切を見て、あ、「O」の第54章で書いた踏切のモデルってここだったのかといまさら自覚した。「O」は、これまでのじぶんの小説とちがって言葉に自走させることもなければ、はりめぐらされた意味のネットワークを一行ごとに参照することもなく、とにかく映像ありきで、あたまのなかにまず映像を浮かべて、それを言葉に翻訳するという方法で書いており、したがってすべての人物すべての舞台に(濃淡あれど)モデルが存在するわけであり、第54章の踏切も当然モデルがあった。でもあたまのなかにある、というか記憶のなかにある「あの踏切」、地元にあるやつだという印象はなんとなくあったのだけれども具体的にどことはいえなかった「あの踏切」の正体が、あ、これだったんだと、モデルとなった踏切にさしかかった瞬間にいわば遅れて確定され、それによって、本当にわずかではあるのだけれども、終わったんだな、この六年間の営みが、と思った。
本当にわずかなのだ、実際。達成感なんて全然ない。実感という実感がとにかくない。ただ、『〈個〉の誕生 キリスト教教理をつくった人びと』(坂口ふみ)のページをひらいたときに、ひさしぶりに書見する時間をとることができたなとは思った。それくらいのものだ。これが京都でひとり暮らしだったら、もしかしたら多少はそれっぽい節目を無理にこしらえようとしたかもしれない。スーパーで値引き品でもない高い寿司を買うとかその程度の話だが。日々は淡々と続く。書くことがあまりに日常すぎて節目の実感がおとずれてくれない。Y.Tにも告げたが、どうせまた一週間もしないうちに我慢できずになってあたらしいものを書きだしてしまうのだ。毎回そうなのだ。だからありあまったWPを発散させる対象をあらかじめ用意しておかなければならない。つまり語学だ。中国語の勉強を開始するのだ。とっとと着手しないと、我慢できずにあたらしいものを書きはじめてしまい、それでまた中国語が遠のいてしまう!
Y.Tから受験生の妹にプレゼントするボールペンとインクをまとめ買いしてほしいとたのまれたのだが(日本製の文房具は中国でも評判がいい)、インクの種類とかサイズとか書き心地とか、そういうのを説明しようとする日本語がめちゃくちゃで、単語がわからないのは仕方ないにしてもY.Tは助詞がかなりおおざっぱであり、「が」と「は」を間違えるとか、「に」と「へ」を間違えるとか、そういうのだったらなぜその間違いが生じたのかは理解できるし実際学生らのあいだでよくある間違いなのだが、なんでここで「を」が出てくるの? どういう論理でここで「で」が導き出されたの? みたいなことがけっこうあり、それにくわえて他動詞と自動詞もわりとあいまいで、だからやっぱり文法が(ほかの一軍学生にくらべて)弱いということなのだと思うのだが、それもあって、日頃のやりとりでもなにを言わんとしているのかがまるで理解できないことがある。今日は夕方から右のこめかみをズキズキとさせる偏頭痛がはじまっており、それでしんどかったところにくわえて要領を得ないリクエストが、何度やりとりを重ねても要領を得ないままだったので、もしかしたら傷つけてしまうかもしれないと思いつつも、いやでもいい加減助詞の用法をちゃんとさらってほしいなというアレもあったので、説明がちょっとわかりにくいから中国語で説明してくれる? とお願いしてしまった。
頭痛がひどく、夕飯をとってもシャワーを浴びても、あるいは飲みものをたっぷり飲んでもなかなかよくならないので、これは台風接近による気圧の影響だな、あるいはこの痛みこそ唯一の節目なのかもしれないな、すべてが終わったいま蓄積された疲れが一気に押し寄せているのかもしれないな、と考えつつ、いつもよりずっとはやく寝床にもぐりこんだ。
20260810
日記:59分/執筆:8時間6分/読書:32分/授業準備:0分
ひたすら「O」製本作業。もはやなにをやっていたか思いだせない。朝5時まで延々とやった。夕飯はN食堂。Y.Tとも夜に小一時間通話したが、その時点ですでに完成間際、手持ちのKindleでレイアウトを最終調整している段階だったので、気もそぞろだった。
レイアウトは「A」や「S」を参考にした。ダウンロードしたEPUBをSigilでひらき、関連するcssをClaudeにチェックさせて、だいたいおなじくらいにあつらえてくれとお願いした格好。しかしこれはけっこう大変だった。でんでんコンバーターでEPUB化するにあたっては、全54章ある本文を1章ずつ分解するわけだが、この手作業の過程で本文が壊れていないかどうか心配でならない、その心配はいまもちょっと生きている、というか実際手元のKindleで確認している最中、手作業コピペの過程でおそらくやらかしてしまったとおもわれるミス——他の章の文章の一部がまぎれこんでいる——を見つけてしまってあせった。あとはゴシック+傍点がうまく反映できなかったり、空行が反映されなかったり、こちらのもっている古いKindle端末ではどうもメタデータの書名が反映されないらしいという問題に出くわしたり、こまかいことはほかにもいろいろあったように思うのだがもはや思いだせない、ここ数日はずっとそうであるけれども気づけば一日が終わっていた。
明日リリースする。5時までかかっていちおう完成までもっていったのだ。奥付の発行日も11日にした。終わったのだ。おそらく。たぶん。なんかまだ忘れているような気がしないでもないけど!
20260809
日記:53分/執筆:7時間23分/読書:0分/授業準備:0分
朝昼兼用の食事をとったのち家族でMへ。浪漫遊でゾロおよびコナンのグッズをチェック。写真を送ったが、Y.Tはどれも「醜い」からいらないという。「むかしの絵柄」の蘭姉ちゃんのグッズがほしいというのだが、そもそも蘭姉ちゃんのグッズが少ない。
イオンにあるABCマートでコンバースのオールスターを購入。最近リニューアルしたらしく、履きやすくなったとのこと。この生涯で履きつぶしてきたコンバースはいったい何足になるだろう。弟のリクエストで立ち寄ったブックオフで『転生夢現』(莫言/吉田富夫・訳)上下巻と『新訳 チェーホフ短篇集』(沼野充義・訳)を購入。
夕飯は、おそらく人生二度目となるモスバーガーだったが、まあまあうまかった。しかしハンバーガーを食べるたびに思う、北大路ビブレでかつて食ったフレッシュネスバーガーがこれまで食ったハンバーガーのなかでいちばんうまかったかもしれない。
外出には正直気乗りしなかった。さっさと「O」を片付けてしまいたかったからだ。夜、Y.Tに今日は電話できないと告げてから、原稿にとりかかった。無事脱稿した。まだあやしい箇所もあるといえばおそらくあるのだろうが、もうこれ以上かかずらいたくないのだ。あとは製本作業のみとなったわけだが、ここからは完全にAIと二人三脚。まずは試し読み版の延長として制作の容易なPDF版を作ることにしたのだが、その途中で、やっぱりあの口絵は必要ないんではないかと思った。あれを外挿してしまうとかえって小説が弱くなるのではないか、自立しなくなってしまうのではないか、と。奥付けには「この作品はフィクションです」にはじまる定番フレーズを記載したほうがいいとAIはいったが、ダサいなと率直に思った。あの小説のケツに「この作品はフィクションです」と付すのは、いくらなんでも無粋にすぎるとおもわれたのだ。ちまたにあふれる(主に震災周辺の)フィクションにくらべたら、じぶんはれっきとした、まっとうな、確実な現実を書いたという自負がある。
PDF版はすぐに完成した。問題はEPUB版だ。「扉」は横書きにしたいので、そこだけcssで処理する手もあるが、めんどうなのでこれは画像を外挿して処理することにした。それから、でんでんコンバーターにとりあえず第1章から第10章まで、表紙と奥付けをくみあわせたうえでアップロードし、こしらえたEPUBをインストールしたSigilでひらいて、目次の表記を(まるで地震で揺れているように)波うたせるレイアウトをこしらえた。詰めるのは明日以降。その時点ですでに3時をまわっていたのだ。
電話できないと告げてしまったわけだが、やはり罪悪感をおぼえるし、脱稿を終えて製本作業をはじめるその合間がちょうど都合よくおもわれたので、小一時間ほど通話した。Y.Tは前々からこちらが脱稿したらそのお祝いに「いいもの」をあげるといっていたわけだが、あらためてなんであるのかとたずねたところ、猜猜とあったので、最初はエロい写真でもくれるのかなとバカなことを想像していたわけだがまじめに考えるとして、コーヒー? (手編みの)ティッシュケース? 書見台? ぜんぶちがった。電動歯ブラシ? 正解だった。これはなかなか実用的でありがたい贈り物!
20260808
日記:50分/執筆:8時間43分/読書:0分/授業準備:0分
Sさんの「O」試し読み版の感想、たいそうありがたい。途中までとはいえ、まさかここまで手放しで絶賛してもらえるとは思っていなかった。いや、じぶんでも今回は独特の手応えがあったというか、「A」を書きあげたときもそうだったが、物書きとして確実にあたらしい域に踏みこんだというか、それまで絶対に書けなかったことを書いたことによってそれが書ける人間になったという成長のあからさまな実感をともなう執筆だったというか、そういうアレはあるにはあるのだが、しかしこれらはすべて書き手目線の話であり、こういうテクを発明したとか、これまでなら絶対に採用しなかったこういう書き方をあえて採用したとか、そういうひきだしがどんどん多くなっていくうれしさがしかし読み手にとってのおもしろさに直結するかといえば、実際、それはやっぱり別物であるわけで、だからこの感想はやはり、たいそうありがたくうれしいものだった。初稿の段階の、たぶん第3章だったように思うが、あれをブログにはじめてのせたときもSさんは反応してくれ、そのなかに「傑作の予感」という言葉があり、ありがたいのだがこれはなかなか重いぞと、執筆中にふと思い返すこともたまにあったのだが、予感をひとまずうらぎらずにすんだことに安堵している。
その「O」第12稿を、できれば今日脱稿するつもりだった、それで明日はまるっと電子書籍化作業にあてるつもりでいたのだったが、夜中に完全に麻痺ってしまった。第52章だ。別にあってもなくてもいいようなみじかい描写なのだが、あってもなくてもよい描写の積み重ねが意味をなしていくのがこの小説であり、というのはなんとなく手癖で書いてしまったのだが、しかし長編というのはその点けっこうおもしろく、先ほどの意味とは別の意味での「意味」の水準の話になるわけだが、構造を意識せずに書いていたものがおのずと構造をなす、共鳴する箇所が知らず知らずできあがっていく、まとめようと思っていないし対比させようとも思っていない箇所が結果的にまとまりをつけて対比にきわだつようになる。いずれネタバラシする機会があったらしたいのだが、これは絶対書き手の意図だろうと読者が推測する構図が、実は事後的に生成したものであるというアレが、この小説には非常に多い。こちらはただ『青の稲妻』のシーンをそのままアナロジカルになぞって書くだけであり(そしてそのなぞりがときたま脱線することがあればそれを奨励するだけであり)、それこそが〈法〉なのであり、内容(意味)の水準で構造を練りあげるようなことは自覚的にはいっさいしていなかったはずなのだが(だから「S」とは先反対の書き方をしたことになる)、結果、そうなっている。それは長編という長さ、1200枚という枚数によってこそ、なしとげられるものだ。勝手に響きあうのだ。物量とはつまりそういうものなのだ。力(量)が構造をおのずと生成するのだ。
父は仕事のない日中いつもドジャースの試合をテレビで観戦しているのだが、今日で七連敗だという。びっくりした。
水槽を見たらまたボウフラの姿がめだったので、鉢のめだかを二匹、あらためて水槽にうつした。そのうちの一匹が子持ちだった。水槽には便宜的に浮かべたホテイアオイがあるし、ミナミヌマエビらはめだかのたまごや稚魚を食べないし、この環境のほうがかえっていいかもしれない。その鉢にMが小便をかけないだろうかとひやひやした。Mというのは近所のおばちゃんが飼っている泣き顔のゴールデンレトリーバーだ。こちらがかつて、あれは何年前だったか、いやそんなに遠くないか、すでにKの死後だったはずだから一年前かもしれないが、Mが飼い主の女性とともにうちの前を通りがかったので、Kにあげるつもりでまとめ買いしたソフトボールの、まだ未使用だったやつをひとつあげたところ、ものすごく人見知りのする子であるのにボール遊びだけは一心不乱にやってみせて、それ以来ということなのかどうかこちらは知らないのだが、散歩の途中にたびたびうちの庭先に入ってくるようになったのだ。入ってくるだけではない。台所の勝手口や庭の出入り口に置いてあるゴム製のスリッパを、Mは勝手にくわえて勝手にもってくる。それを投げろ投げろというのだ。それで今日の、あれは夕飯後のすでにある程度暗くなっている時間帯だったと思うが、すずしくなってからの散歩のついでにうちの庭先にひさしぶりにやってきたので、庭にまねきいれてひとときスリッパを投げて遊んでやったのだが、犬だから当然花壇で小便をする。その花壇のそばには鉢がある。だからだいじょうぶかなとちょっと心配になった。飼い主のおばちゃんはちょっと気が利かないというか、遠慮しないというか、神経が太いというか、うちの母親はKの生前などわりと嫌っており、散歩の途中に勝手に庭先に入ってきて平気で小便をさせていると不満を垂れていたように記憶しているのだが、K亡きいま、大型犬を飼っている宅も少なくなってきたこともあってか、いまはわりとひいきにしているようだった。
ホテルと高鉄の予約をとった。10日後にはまた中国だ。Y.Tの家には、今日の午後、妹の高校の先生がやってきたという。中国でも家庭訪問があるのだ。それでちょっとおもいだしたのだが、K先生の息子のYは小学生のころ、じぶんの誕生日会に仲良しのクラスメイトだけではなく担任の先生まで招待した。先生は本当に来てくれた。優しい先生だと思う。
20260807
日記:41分/執筆:7時間35分/読書:19分/授業準備:0分
以下、一年前の日記より。
あるとき、カリフォルニア大学のフラートン校で講演をしたとき、ある学生が現実というものの簡潔な定義を尋ねた。ぼくは考えてみてこう答えた。「現実とは、それを信じることをやめてもなくならないもののことである」
(フィリップ・K・ディック/山形浩生訳『ヴァリス』)
「O」第12稿、第37章から第44章まで。いまだに設定レベルでのあやまりが見つかるのでひやりとする。解決できたかどうか自信のない難所も残るが、それについてはもう拘泥しすぎないと決めた(というその決意がたびたびキャンセルされてしまうのが、神経症者にとっての推敲地獄なるものなのだが!)。ただ、じぶんがふだん他人の小説を読んでいるとき、文章のリズムが合わずにのりそこねたり、句読点につまずいたり、現在形の文末をむかえるつもりでおのずととっていた構えが過去形の登場によってすかされたり、そういうことはたびたびあるけれども、だからといってそれを瑕疵と判断しているかといえばそんなことはなく、むしろ、のりそこねたじぶん、つまずいたじぶん、すかされたじぶんのほうを都度調整するのがふつうであるわけで、だから、じぶんの小説にたいしてもそんな態度でいいんではないかという気もする。あたまからケツまで、流れるように、一度もつまずくことなく最後まで運ばれていくだなんて、たしかにそんなものを書くことができたらそれに越したことはないし、じぶんの生理を完全に反映するものをつくりあげたという一種の自負も得られるかもしれないけれど、でもそれは小説の本意ではないし、そこが小説の戦場であるわけでもない。
夕飯ははま寿司だった。帰路、以前おとずれたのとは別のセカストがあったので、そこでゾロのフィギュアを探してみたところ、デフォルメされたかわいいデザインのやつが100円で投げ売りされていたので、Y.Kさんへのお土産もうこれでいいじゃんとなった。しかしフィギュアの投げ売りコーナー、ふつうにそこそこいいサイズそこそこいい造形の、こちらでも知っているような有名どころのキャラクターが数百円で山ほどあって、こんなのうちの学生たちからしたら宝の山のようにみえて仕方ないだろうと思う。じぶんのような立場だったらその気になればいくらでも転売できる。一時帰国のたびにスーツケースいっぱいに仕入れて、それを咸鱼かなにかで売り捌けば、おそらくそれだけでけっこうな額になる。
C.Kさんからまた連絡があった。「退職申請書」を提出したというのだが、また大いに腹の立つことがあったという。「退職申請書」を出すときには同時に「応募申請書」、というのはつまり、辞めるC.Kさんの後釜のために用意するものらしいのだが、それを用意する必要が会社側にはある。で、曰く、「応募書は職長(中方)が書いて、その時K宮いなかった。職制たちが通訳の性別をきっと女にすることを検討していて、何故かと聞くと、「K宮が好きだから」と言った。そして、K宮戻ってきて、本人に年齢の要望を聞くと、「30以上全て図々しいババだから、30以下に」と言ってた! さらに、肝心な特徴はきれいだと言った」とのことで、K宮というのはセクハラ上司のことだ。完全に終わっとんなと思った。外国だからなにをしてもバレないと思っているのかもしれないが、日本支社のほうにふつうに告発メールかなにかを送ってやればいいと思う。「本当に人なのか???動物と思う」「自分は50以上のクソジジのに、仕事と全然関係ないし、他人に全然尊敬しないこと考えばかりだ」というので、「こういうクズはいずれ社会的な死を迎えるよ」「セクハラが常態化しているわけだから、いずれだれかが問題にする」「家族に捨てられて、高齢の独り身になって、地位も名誉も失って野垂れ死ぬよ」と応じた。本当にそうなってほしい。
Y.Tは妹とCに遊びに出かけた。朝の火车を予約していたのだが、三時間の遅延が発生したらしく結局高铁のチケットを買い直した。アルバイト代も4000元ほど入ったということであるし、妹になにか買ってあげたのかとたずねると、なにもほしがらなかったので結局お菓子や食べものばかり買ったという返事があって、やっぱり姉妹だ。Cでは幼馴染と会った。彼女も姓はYだ(名はKだ)。つまり、Y三姉妹で食べ歩きして過ごしたということだ。帰宅は夜中になった。生理初日ということもあって、Y.Tはさすがに疲れていただろうが、それでも30分ほど通話した。