20221202

 そのうち雨は益(ますます)深くなった。家を包んで遠い音が聴えた。門野が出て来て、少し寒い様ですな、硝子戸を閉めましょうかと聞いた。硝子戸を引く間、二人は顔を揃えて庭の方を見ていた。青い木の葉が悉(ことごと)く濡れて、静かな湿り気が、硝子越に代助の頭に吹き込んで来た。世の中の浮いているものは残らず大地の上に落ち付いた様に見えた。代助は久し振りで吾に返った心持がした。
夏目漱石「それから」)

 「世の中の浮いているものは残らず大地の上に落ち付いた様に見えた」! やばっ!



 たしか6時前だったと思うのだが、ふと目の覚める瞬間があり、というかここ最近、朝方に一度か二度、目が覚めない日のほうがむしろないわけで、老人が朝はやくに目が覚めてしまうというのは要するにこの感覚の延長線上にあるのだろうか? 寝るのにも体力が必要であるから老人は目が覚めてしまうのだというような話もずっと以前どこかで見聞きしたことがあるが。
 いつもであればそのまますぐ二度寝するか、スマホで時刻だけ確認してやはり二度寝するのだが、あ、スペイン戦どうなったんだろ、時差を差っ引いてももう終わっている時間だよな、とぼんやり考えながらスマホを手にしてみたところ、(…)さんから微信が二通届いており、一通目は2時7分の「スペイン戦の先発よろしく!!」で、これは当然こちらの行き別れの兄である前田大然を踏まえているわけだが、二通目は4時55分の「勝った!最高!!」というもので、え、マジで? 勝ったの? 嘘でしょ? と目が冴えた。真っ暗な寝床の中でVPNに接続して検索をかけてみると、マジでスペインに勝利しており、それもドイツ戦と同じく一点先制されたあと二点取って逆転、グループリーグを一位で突破というアレだったみたいで、漫画やなと思った。
 変に冴えてしまったので二度寝もなかなかできず、スマホでそのまま試合のダイジェスト動画とか、二点目のアシストとなった三苫の折り返しが肉眼で見るとラインを割っているようにしか見えないのだがVARによる検証の結果インであると判断されたというその判断に一部でケチがついているとか、今回の大会ではボールの中にドイツ製の小さなチップが仕込まれておりそいつによってミリ単位でボールの位置を検証することができるようになっているとか、そういうあれこれを読んでしばらく過ごしたのだが、あ、これもう活動開始してしまったほうがいいやつだな、そんで昼寝したほうがいいわと判断、ベッドから抜け出し、歯磨きしながらスマホでほかのニュースも追った。
 今日も引き続きクソ寒い。寮にいる間は基本的にずっとエアコンと加湿器をずっとつけっぱなしにしていた。モーメンツをのぞくと、(…)くんがアプリで変顔に加工した自撮りを4時ごろにあげていたのだが、もしかしたらサッカーを見ていたのかもしれない。また、8時前には三年生のグループチャット上に(…)さんが、微博かTwitterで拾ったものだと思うのだが、ゴジラともう一頭よくわからん怪獣が対峙しているその上にそれぞれスペインとドイツの国旗が重ねられている画像(一コマ目)、二頭の怪獣が尻尾を巻いて逃げているその後ろから木製バッドを構えたデカイ芝犬が追いかけてきているのに日本の国旗が重ねられている画像(二コマ目)という二コマ漫画画像を含む、今回のワールドカップの日本代表に関係するコラ画像的なものを三枚投稿して、え? 彼女、サッカーになんて興味あるの? とちょっとびっくりした。わざわざこちらと学生のみからなるグループチャットにこうした画像を放りこんでくるということは、こちらの反応待ちということだろうし無視するのもアレなので——と、書いたところで猛烈にイライラしたのだが、なんでこのパソコンは「無視」が一発で変換できないのだ? バグってんのか? いろんな種類の昆虫の絵文字ばっかり羅列してんぢゃねーよ! おれの本籍がカッペであること、馬鹿にしとんか!



 グループチャットにはとりあえず当たり障りのない返信を送信。朝起きて結果にびっくりしたよ的な。(…)さんもまた試合を見ていたという。日本はすばらしかったというので、え? 彼女もサッカーに興味があるの? とちょっと驚いた。(…)さんと(…)さん、共通点といえばふたりとも同性愛者であること、ガチガチのオタクであること、日本語はけっこうできるほうであるのだが授業には熱心でないこと(趣味から日本語を習得するタイプ)。(…)さんはいま上海に向かっていますといった。ほかの話題にまぎれて理由を聞きそびれたのだが、この時期に長距離移動? しかしどうして? もし日本が優勝することがあったらクラス全員に(…)のミルクティーをおごってやるよと約束。
 母からもLINEが届いた。弟が夜ワールドカップを観戦していたらしく、興奮して寝付けないといっているという。弟はいつからか代表選だけはテレビ観戦するようになっている。たぶんこちらが中国にはじめて渡る直前、京都の下宿を引き払って実家で待機していた頃だったと思うが、それまでスポーツ観戦の趣味などまったくなかったはずの弟が父と一緒に居間にゴロ寝しながら代表選を見ていたことがあり、なんやおまえ、サッカーなんか興味あんのか? とたずねると、代表選だけ見るようになったという返事があったのだったが、そのときだったか、あるいは別の機会だったか忘れたが、その代表選で一度相手チームに先制されたことがあった、まだ後半がはじまったばかりで逆転するチャンスは十分にあったはずなのだが、その瞬間、弟はすっくと立ちあがり、はいはい負けた負けた、風呂入って寝るわ、と言い残してひとり居間を去っていって、あのときは死ぬほど笑った、15年以上の長きにわたって実家で穀潰しをしている人間はさすがスポーツマン的な「最後まであきらめない!」精神とは無縁であるな、ここまでいくとかえってすがすがしいなと感心したものだった。のちほど(…)にこの話をすると、あいつ最高やな! と爆笑していた。
 (…)さんからものちほど微信が届いた。今日はたまたま仕事が休みだったので夜中にもかかわらずテレビ観戦することができたのだという。前田大然を踏まえて、(…)くんが猛プレスしてくれたおかげで勝てたわ! ありがとう! というので、クロアチア戦も応援よろしく! と返信。前田大然のプレスは実際とても評価されている様子。まあこちらに言わせれば、ヒゲでハゲでちょっとファシストみたいなツラをしとる人間はだいたい優秀っちゅうことやね。
 水道水を沸かす。白湯を飲みながらきのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回後、記事を検閲して「×××たちが塩の柱になるとき」にも初投稿。検閲作業、ボチボチめんどい。人名と地名だけはひとまず伏せる。
 それが済んだところで第五食堂へ。打包して帰宅。食しながら2021年12月2日づけの記事を読み返す。その後、ベッドにもぐりこんで14時前まで寝る。
 14時半から二年生の日語基礎写作(二)。「道具とトラブル」のおもしろ回答をひとつずつピックアップして紹介するコーナーが長くなりすぎた、これだけで持ち時間の半分近くを使ってしまった。もっと絞ってやるべきだった。「生きる」のほうもやや準備不足。今回の授業はちょっと準備不足かもしれないという懸念が最初からあったし、シミュレーションもしていなかったわけで、そういう授業はやっぱりちょっとほころびが生じてしまう。授業というものに関しては本当に準備時間とそのクオリティが完全に比例するよなといつも思う。「生きる」に関しては今回はじめて実施した教案であるのである程度の失敗は仕方ないが。
 夕飯も第五食堂で打包。微信で送られてくる学生らの課題を処理しつつメシを食う。広州の(…)さんから微信。以前参加した翻訳コンテストで優秀賞をとることができたという報告。上に一等賞、二等賞、三等賞が複数いるので、決して手放しですばらしいと称賛できる結果ではないのだが、彼女としては準備時間もろくにとれず、審査員に対策を講じられているだろうDeepLによる翻訳結果を下訳に使いつつも、こうして受賞することができたのであるから、十分であったとある程度満足している様子。先生はやっぱりすごい、添削をお願いしてよかったというので、次に参加する機会があれば三等賞以上を狙おう、またお手伝いするからと約束。
 浴室に移動してシャワーを浴びる。ストレッチをし、コーヒーを入れてから、「実弾(仮)」第三稿執筆。21時前から23時過ぎまで。シーン53の前半を加筆修正。ここはけっこうがっつり手を加える必要がありそう。最低でもあと三回か四回は作業が必要になるだろう。ひさびさに合計枚数を確認してみたところ、960枚に達していた。このあとラストシーンとしてシーン54を新設することになっているし、マジでぴったり1000枚になるかもしれない。第五稿で完成、来年中に発表という流れでいきたいけど、どうせまたアホみたいに延びるのだろうな。
 作業中、重慶の(…)さんから微信。こちらのための重慶土産を購入したという報告。快递が動き出したら送りますというので、以前きみとやりとりした直後にこっちは封校解除の通知があったよと返信すると、重慶も最近封鎖が解除されましたとのこと。マジで抗議活動が効いとるんやなという感じ。中央、思ったよりもずっと追い込まれているのかもしれない。(…)さんは来週(…)省に戻るといった。彼女の大学でもやはり学生らを前倒しで帰省させることになったのだろう。
 懸垂をする。プロテインを飲もうと思ったが、ミネラルウォーターを切らしている。水道水を沸かして冷めるのを待つというのも面倒なので今日はもう飲まないことにする。bottle waterの注文もいつ再開できるのか不明。売店で2リットルのペットボトルを毎度毎度買い足すのも面倒であるし割高であるから、さっさと外の業者もキャンパス内外出入り自由にしてほしいのだが。それも来週の月曜日からなのだろうか? というかそれでいえば、現在、教師と学生は48時間以内の陰性証明とgreen codeがあれば出入り自由となっているものの、肝心のその陰性証明をゲットするためにいったいどこでNATを受ければいいのか、それすらもはっきりしていない。通知がないだけで、もしかしたら毎日Art Centerのほうで希望者のみを受け付けるかたちで検査が行われているのかもしれないが。
 きのう(…)さんにもらった人参果をがぶがぶ食う。熟しているやつはかなり甘い。冷食の餃子も食う。そうして歯磨きしながらジャンプ+の更新をチェックし、今日づけの記事も途中まで書く。眠気をもよおしたところでベッドに移動。モーメンツをのぞくと、一年生の(…)さんが大学からの新たな通知画面らしきもののスクショを投稿していたが、それによると、学生らは今月29日前までに离校、来学期は2月21日開始だという。で、大学から以前配布されたスケジュールを確認してみたのだが、元々は1月4日に离校、2月18日に新学期開始と記載されてあったので、そんなに変わらんやんという感じ。所詮は感染状況も抗議活動もほぼ対岸の火事めいた田舎なので、都市部の大学みたいにいますぐ帰れという方針ではないわけだ。
 その後はいつものように「彼岸過迄」(夏目漱石)の続き。物語に感化されやすい主人公が、探偵小説じみたふるまいをとるまでが中盤の展開なのだが、漱石は(反物語としての)小説のありかたに「坑夫」の時点ですでにあれほど自覚的だったから、後半は前半を通して仮構された物語のその物語性を骨抜きにする展開を用意しているんではないかと思うのだが、どうだろう。