20230714

 手元に残されている記録によれば9時過ぎに自然と目が覚めたらしいというかこれを書いている現在18日の午前11時10分なのでこの日の朝どうやって過ごしたかという記憶などはろくにない、しかしいちおうそうなることを見越して帰国までの日々それから帰国してから実家にもどるまでの日々はもっとこまかく毎日日記を書いていた時期の習慣を一時的に復活させるかたちでスマホに適宜メモをとるようにしていたのでそのメモをもとにして記憶を召喚し記述をたばね一日を再構成してみるつもりだがだからといって長々とものしたくない、長々とものすれば日記の負債をすべて片付けるだけで四日ほどかかるんではないかという予感がするからだ。
 みじかくちゃっちゃっと片付けていきたいわけだがよりによって夢の記録が残っている、ジャンプ+でこち亀のお化け煙突に関するエピソードを読んだその影響だと思うのだがそのお化け煙突らしい一画に弟と両親といっしょにいるというもので、これはこれまでたびたび日記に書きつけていることであるけれども帰国が近づく時期には夢に家族が登場することがわりあい多い、夢には(…)も出てきたのだがそれは当然彼もまた家族の一員であるからであるけれどもなぜか手のひらサイズになっておりその手のひらサイズの(…)にそのへんで拾ったカナブンを見せつけようとする場面があったのをおぼえているしあとはカエルだ、けっこうでかめのトノサマガエルみたいなのがいてそのカエルを座敷の入り口で母が踏みつけてしまったのだったが踏みつけられたカエルは漫画みたいに戯画的にひらべったくなってしまった、座敷がお化け煙突のなかであったのかどうかはさだかでないが青々とした畳のしきならべられているのがまっすぐ奥につづいておりその奥行きのところどころを閉じたふすまが仕切っていて城のようでもあれば寺のようでもある、弟が調子にのってそのふすまを勝手にがんがんひらいていくと奥の一間でちょうど坊さんらしい人物が匿名的な人物らにたいして説法のようなものをしている最中で弟は気まずげに謝罪し母がそれ見たことかとあきれた。
 もうひとつ見た夢は学生と揉めてなのか教員と揉めてなのか詳細ははっきりしないが売り言葉に買い言葉のテンションでもう大学をやめてやると公言するものでもしかしたら揉めた相手は(…)さんだったかもしれない、なんとなくそんな印象がある。
 起床後はトースト二枚とコーヒーの食事をとったのち最後の洗濯をおこなったのだった、出発予定時刻は11時45分だったが荷物をしっかり確認しておきたかったし洗濯したものを干す時間も必要だったのでたしか9時ごろにはもう起きて活動を開始していたはずだ、三年生の(…)くんからもうごはんは食べましたかという微信が届いたのでもう食べたし準備万端だよと応じるとそれじゃあいまからそっちに向かいますとあったのでこちらも部屋のブレーカーを落としていよいよ部屋をあとにした。
 寮の門を出たところで(…)くんと合流したのだがいつ降りだしてもおかしくない雲のようすで気温はそれでもやっぱり35度はあったと思う、(…)くんが滴滴で呼んでくれた車が来るのを待っていると電動スクーターに乗った(…)と(…)それからその後ろに(…)がいて二台で、もしかしてもう帰国するのかというので今日は(…)のホテルで一泊して明日出国だよと応じるとその前にいっしょにmealをとる約束だったのに暑くてなかなかこっちにもどってくる気になれなかったのだというので大学の寮ではない一家の手持ちのマンションのほうがよほどすずしいのだなと察しつつ来月の22日だったか23日だったかにもどってくるからそのときまたいっしょにメシを食べようと約束し(…)にはドラえもんのおもちゃを買ってくるからねと伝えた。
 タクシーがやってきたところで(…)くんに礼をいってトランクにスーツケースをつみこんで後部座席に乗りこんだ、(…)くんは先日受けたN1の結果にまったく自信がないといった、四級試験もあやしいというので前回受験時に60点以上とっているのだから再受験はまず問題ないでしょうというと前回自己採点したときは30何点だったのだがまさか60点もあるとは思わなかったからびっくりしたみたいなことをいった、(…)くんはかなりネガティヴなタイプであるというかたぶん石橋を叩いてレイジングストームするタイプの人間なのだろう。
 タクシーの運転手が北門から大学の外に出ることができるかどうかこちらにたずねたので問題ないと応じた、その後も運転手はなにやら口にし続けたがまったく聞き取れなかったのでその旨告げたところ運転手はこちらに話しかけているのではなかった、ボイスメッセージでだれかとやりとりしているだけだった、おなじようなミスをこれまでこちらは何度も犯している、駅までは車で15分だと一年生の(…)くんから聞いていたけれども実際は10分程度だったしその駅が全面改装されていたのでクソびびった、こちらの記憶にある(…)駅といえば死ぬほどボロボロで汚く空調もろくにととのっていないただの砦みたいなアレだったのだがたぶん高铁が開通するのにあわせて完全に改装したのだろう、駅舎だけではなく駅前のロータリーも駐車場も全部まとめてめちゃくちゃきれいになっていて規模もでかくてこれ空港レベルやんけという感じだった。車をおりたあとはまず售票处に行ったのだが改装前は屋外と地続きだった空間が空調万全でガラス張りのめちゃくちゃ清潔な銀行みたいな空間になっていたのだが有人窓口は四つあるにもかかわらず動いているのは一つきりであってこういうところは以前と変わらない、そのひとつきりの窓口に行列ができており先頭は若い男女三人組であったのだけれどもいったいなにをもめているのか、こちらが到着する前からすでに長々とスタッフの若い男性とやりとりしているようすであったがその後も10分以上窓口を独占してちんたらしており列にならんでいる人間はこちらを含めてみんなイライラしているようすであったしときおり列を抜けてその最前列にわりこもうとする人間もいたがあれはたぶん列車の発車時刻がさしせまっていたのだろう、外国人でないのであれば身分証明証をもっているわけであるし機械でセルフで発券できるだろうになぜ老人ではない若者がわざわざ有人窓口にならぶのかちょっと理解できない、やがて助っ人のスタッフがひとりやってきてもうひとつ窓口がひらいたのでそちらに列を移ったのだが移ったこちらの前に平気で割り込もうとするおっさんおばさんがいるのにくわえて移ってほどなくさっきまでならんでいた列が急に動きはじめてくそったれという気持ちになった、移った先の列ではこちらの前にいるおばさんがまた長々と駅員と話しこんでいてどうやら事前にどの時間帯の列車に乗るか考えていなかったらしく駅員にみせてもらったダイヤをまえにしてほかでもないいまここでどれに乗ろうかなとちんたら考えているふうであって老人ならまだしもそんなもん事前にネットで調べておけよと思う、そうこうするうちにもとの列がすいたので結局そっちにもどって若いめがねの男性スタッフにパスポートを提示したのだがたぶん新入りなのだろう、いつもであればパスポートを渡すだけでつつがなく進行するはずの手続きがそうならなかったのでTrip.comのチケット購入場面を見せたのであるがすでに購入しているはずのものを相手のほうではいまこちらが買い求めようとしていると勘違いしたらしくすでに売り切れだというのでそうではなくてもう買ったのだと中国語で告げると男性はもうひとりのスタッフに助けを求めにいった、助けを求めに行く直前こちらに日本語でちょっと待ってと口にした、あ日本語学習歴があるひとなんだなと思った。もうひとつの窓口に入っているほうはベテランらしくて外国人のきっぷの発行はこれこれこういうふうにやるんだとコンピューターを操作しながら説明していた、こんな田舎の駅に外国人がやってくることなんてめったにないだろうしこれがもしかしたら新入りの彼にとってははじめての実践だったのかもしれない。
 無事切符が発券できたところで別の出入り口から駅舎のなかに入ったのだが駅舎はマジで完全に空港だった、嘘でしょと思った、すくなくとも(…)にある空港よりもこちらのほうがよほど空港然としている、めちゃくちゃ清潔できれいでだだっぴろく空調はしっかり効いていてマジか、地方政府の財政圧迫とはなんだったのかと驚愕した、驚愕したまま身分証明書カードのない外国人なので有人の改札を抜けてなかにはいってそのままエスカレーターで二階に移動してロビーにあるコンビニでミネラルウォーターを買った、それから空港でいうところの保安検査みたいなあの荷物を機械のなかに通すやつをクリアして待合ロビーのほうに移動したのだがまずまずのひとがいた、それでもロビーのベンチは十分ゆとりがあってこれも改装前とは全然違う、改札番号を確認してその近くにあるベンチに腰かけたのが出発まであと一時間弱のころだったろうか、こちらの右手に腰かけている若い女の子が一年生の(…)さんそっくりだったので何度もそちらをちらちら見てしまったが最後の最後まで本人かどうかわからなかった、ベンチでは『異常論文』(樋口恭介・編)の続きを読んだ。
 いっぽんはやい列車の列にまちがえてならんでしまった、ロビーとプラットフォームのあいだには改札があるのだが切符さえもっていればいつでも好きなときに通過できるわけではなくていちばん近い電車に乗るための切符を持っている人間だけが通過できる仕組みになっていて電光掲示板にその旨掲示されるなり乗客らがその改札の前にぞろぞろと並びはじめるのだがその動きを受けていっぽんはやい電車の乗客らにまぎれこんでしまったのだったがしかし途中ですぐに気づいた、そのあとにあらためて列にならんのだがここでも身分証明書のない外国人であるので有人改札にならんで切符売り場のほうでは有人窓口しか利用できない身分のためにちんたらすることを余儀なくされたがこちらでは全然そんなことなくそもそも有人改札にならぶ必要のある人間が少ないのでむしろ自動改札にならんでいるひとたちよりもはやく通過することができた。

 こんなペースで書いていたらいつになっても終わらない。列車の発車時刻は13時22分。プラットフォームにおりてほどなくやってきたものに乗りこむ。座席は7号車のケツであったのだが頭に近いほうの扉から乗りこんでしまい、そのせいでせまい通路を端から端まで逆流するかたちになって難儀したし、周囲に迷惑もかけたと思う。席は三列シートの窓際。相席は中年夫婦。席の後ろのスペースはちょうど荷物置き場になっていたので、そこにスーツケースを置いておいた。荷物置き場のあまったスペースには席をとることのできなかったらしい男性がずっと突っ立っていた。高铁が開通する以前は(…)→(…)→(…)という順に列車は停止したように記憶しているのだが、(…)と(…)の間で、というよりもほぼ(…)の手前で◯◯寺みたいな駅に停まった。高铁がわざわざ停止するくらいであるから、観光地に近いとか交通の便がいいとか、なにかしらのメリットが存在する駅なのかもしれない。
 (…)駅のプラットホームや地下道はほぼ記憶にあるとおりだったが、改札を抜けて地上に出た先がまったく記憶にない風景だった。(…)駅とおなじでやはりロータリーのようなものが設けられているのにくわえて、記憶にある建物がすべてなくなっていた、だから出口を間違えたのかなと一瞬思ったのだが、そもそも出口が複数あるような駅ではないはず。困惑した。空港までのシャトルバスが停車しているあたりになんとなくおぼえがあったので、ひとまずそちらのほうまで歩いてみて、それでバスが見つからないようだったらタクシーに乗ればいいかなと考えていたのだが、駅前の風景がいっぺんしていたためになんとなくのおぼえはまったく役に立たない、これはもうさっさとタクシーに乗ってしまったほうがいいだろうというわけで、駅前をちょっと歩いただけですぐに目についたタクシーにのった。運転手はいかにもダメなおっさんだった。見た目の印象でいえば、一日の稼ぎを酒と煙草に費やしてしまってろくに家庭に持ち帰らない、そのことを妻に指摘されたらすぐに手をあげる、そういうタイプの人間だ。タクシー自体もかなりボロボロで車内も汚く、嗅覚障害にもかかわらず嗅ぎとることのできるレベルで煙草と檳榔のにおいがたちこめており、よりによって数多くあるタクシーの中からこいつをチョイスするあたりがじぶんという人間なんだよなと思った。空港までと伝えると、高速道路を使ってもいいかというので、かまわないと応じた。高速道路代をふくめて140元だという。相場がわからない。たぶん多少ボラれているのだろう。今回くらいはかまうまいという気持ちだった。次回は学生らにたのんで事前にシャトルバスの位置などきいておこうと思う。
 目的地までは一時間弱かかったろうか。空港のターミナル前でタクシーは一度停車し、車待ちのおっさんを拾った。出張中のサラリーマンという印象。おっさんは助手席に座った。運転手は後ろに外国人が乗っているよみたいなことをいった。おっさんはわざわざ一度こちらをふりかえった。目的のホテルは空港の目と鼻の先だった。到着したところで車をおり、トランクからスーツケースをおろし、微信で運転手に料金を支払った。おっさんはちょっと『青の稲妻』のピンピンに似ていた、ピンピンをもっと老けさせた感じだった、つまり、ジャ・ジャンクーの映画にまさに出てきそうな、大国の繁栄など見たことも聞いたこともない片田舎に暮らす労働者階級のおっさんといったおもむきがあった。
 ホテルへ。チェックインカウンターには若い男性がひとりと若い女性がふたり。こちらがパスポートを手渡すと、日本人だ日本人だと口にする。空港の最寄りにあるホテルであるし外国人の対応にも慣れているだろうと思ったが、いや、そうはいってもしょせんは(…)省か、それに若いスタッフらはもしかしたらコロナ以降に採用された人物かもしれない、そうだとすれば外国人の宿泊自体がかなりめずらしいはずだ。部屋は二階。部屋のある場所やエレベーターのある場所を男性が中国語で説明してくれる。念のために復唱して確認する。あなたの中国語は本当に上手だといういつものお世辞があるので、いつものようにありがとうと応じる。
 エレベーターで二階にあがる。部屋はまずまずのボロさ。ベットふたつでほぼ間取りは埋まっている。二年前の入国時に隔離先として宿泊した上海のホテルや(…)のホテルにくらべるとずいぶん格が落ちる。嗅覚がアレなのでおぼろげにしか嗅ぎとれなかったが、煙草のにおいも壁紙にしみついている。エアコンをつけて窓を閉め、ひととき休憩をする。窓を閉めきっても発着陸する飛行機の騒音がきこえてくる。耳栓を持ってきておいてよかった。Wi-Fiはある(いまどきどれだけボロいホテルでもあると思うが!)。メニューをひらく。説明書きにはいちおう英語もついている。食事をとることもできるようだが、やや割高な印象。
 ひとときすずむ。外国から持ち込まれた南京虫が日本各地で増殖中というニュースを最近わりとよく見かけるので、このホテルにもいないだろうなとやや警戒する。対策としてスーツケースやバッグなどは廊下や浴室などつるつるしたフロアにおいておくといいという情報を仕入れていたので、玄関から寝室にいたるフローリングの廊下にスーツケースを放置しておく。
 16時半をいくらかまわったところで部屋を出る。17時に地下鉄で(…)さんと待ち合わせする約束になっていたのだ。ルームカードはフロントにあずける仕組みなのだろうかと思ったが、どうやらそのままホテルの外に出ても問題ないようす。標識と百度地图を頼りに地下鉄のほうに向けて歩く。スーツケースも置いてきたし、リュックサックの中身も軽くしてきたので、歩くのがずいぶん楽だ。地下鉄の入り口に達する手前で(…)さんと合流する。キャップをかぶっていたし、ほぼ男装といってもさしつかえのないボーイッシュな格好をしていたので、最初前から歩いてくるその姿が彼女であることに気づかなかった。ひさしぶりとまずはあいさつ。(…)さんは緊張しているといった。日本語で会話をするのはひさしぶりだからというので、院では日本語で会話する機会はあまりないでしょ、論文を読むのがメインでしょ、と(…)くんからかつて聞かされた話をそのまま口にすると、肯定の返事がある。外教の授業もいちおうあるにはあるのだが、数としてはかなり少ない。率直にいって、(…)さんの会話能力は学部生時代にくらべてかなり低下していた。もともと会話のペースがはやいほうではなかったが、今日は言葉に詰まることも多く、また基礎的な単語を聞き取れないときもわりとあって、おれの英会話能力ってたぶんこれくらいだよなと思ったりした。頭上をぐねぐねと走る道路の下を通りぬけようとしたとき、ちょうどその道路を散水車が走っていたため、道路の端からこぼれた水が目の前でちょっとした滝のようになった。その滝がとだえたところで先に抜ける。(…)日本語学科消滅の危機であったり(…)駅の超高級化であったりについて話す。卒業後のプランはあるのかとたずねると、広東省で就職することを考えているというので、出身は(…)、大学院は大連、その後は広東省というコースは贅沢でなかなかいいもんだなと応じる。広東省を選んだ理由は経済が発展しているからというのだが、のちほど知ったところによると、先月付き合いはじめた例の彼女の故郷が広東省らしい。それもあってそっちでの就職を考えているのだった。
 ぶらぶら歩く。適当な店に入るのかなと思っていたが、(…)さんはあらかじめ目星をつけている店があるといった。(…)料理の店らしい。空港から10分ほど歩いただろうか。けっこうしっかりした店構えで、コロナ以前に万达の近くにあった火鍋の店を思い出した、ちょっと伝統的な家屋を思わせるような焦げ茶色の木造風の建物で一階はただの受付になっており、踊り場付きの階段をあがった先にホールがひろがっている。着席したあとは料理を選ぶのだが、ホールの中央にさまざまな料理であったりあるいは鍋にぶちこむ素材であったりがサンプルとして陳列されており、各料理に対応した串が円筒の中に入っている、その串を店員に渡して注文するという仕組み。こちらは海老をチョイス。(…)さんはホルモンとビーフンとじゃがいものスライスをチョイス。どう考えてもふたりで食い切れる量ではないが、出国前のうたげなので良しとする。小さなコンロにそれぞれの素材が辛く味付けされたものをのせた小鍋がセットされる。それを食べ放題の米といっしょに食う仕組み。この手の料理は食べ慣れているつもりだったが、実際に口にしてみるとやたらとうまくて、もしかしてこの店って有名だったりする? とたずねると、特にそうでもないという返事。なんかいつもより油も塩辛さもひかえめで食べやすいんだけどと続けると、(…)の料理は(…)にくらべると油も塩分も少ないという返事があって、そういえば以前(…)くんが(…)の料理は油っぽすぎると文句を言っていた!
 (…)さんからはプレゼントをもらった。なんか紙袋持ってんなと気づいていたのだが、中には額装された自作の品が入っていた。大連のビーチで拾った貝殻や白い砂を紙に接着剤かなにかではりつけたうえに海の色を模した絵具を配置してビーチのようすを再現したもの。意外だった、(…)さんがこういう物づくりをするひとであるという印象を受けたことはこれまで一度もなかった、その点指摘すると以前インターネットで偶然このようなものを作っている人物の動画をみてじぶんも作ろうと思い立ったのだという。ありがとうございますと受けとる。荷物の少ないじぶんであるからよかったが、そうでなかったら受け取ったところでスーツケースのなかに収納できず、持ち運びすることができないところだった。
 彼女の名前は(…)さん。日本語読みでちんなんといいますかというので、たぶん「(…)」だねと受ける(当然こちらのあたまの片隅には「ちんぽ」がよぎるわけだが!)。九月から日本に留学する予定だというので、短期? とたずねると、一年間ですという返事。びっくり。札幌にある(…)大学というところらしいのだが、まったく名前をきいたことがない、(…)大学と提携しているのであればもっとレベルの高い大学に留学できるんではないかと思ったが、どうもそうでもないらしい。以前の彼女とも付き合ってほどなく遠距離恋愛だったよねというと、そうですと笑って肯定するので、まあきみはそういう恋愛をする運命なのかもしれないなという。ちなみに彼女が留学を終えるのといれかわりで(…)さんも一年間おなじ大学に留学する予定らしい。つまり、二年間もの遠距離恋愛になるというのだが、なぜ同時期に留学しようと思わなかったのかというと、(…)さんを含む優秀な学生らはだいたいみんな一年生時は修士論文の基本方針をうちたてることに集中し、基礎ができあがった二年次に留学するというのがセオリーであるらしい。ところが(…)さんはクラスのなかではあまり成績が優秀ではない、しかるがゆえに希望者の多くなる二年生時に留学を申請したところで通らない可能性のほうが高い、そこで競争率の低い一年生時に留学することに決めたらしかった。
 その(…)さんといまから電話してほしいと(…)さんはいった。もともとそういうプランだったという。断るわけにもいかないので了承する。(…)さんはすぐに(…)さんとビデオ通話を開始した。(…)さんは地下鉄で移動中だった。いまは故郷の広東省にいるようす。はじめましてとあいさつする。会話能力は(…)さんとさほど変わらないと思うが、(…)さんが事前にいっていたとおり、彼女はもともと社交的でコミュニケーション能力の高い人間であり、その印象でちょっと得をするところはあるかもしれない、つまり臆せず会話をこころみることができるという意味で会話能力が実際よりも高くみえるかもしれない、というかもっといえば臆しないその勇気もふくめての会話能力なのだ。(…)さんはすごくいい子だからね、大切にしてあげてねと伝えると、(…)さんはまかせてください的なことをいった(そのやりとりを見た(…)さんは感動〜! と口にした)。九月から留学なんでしょう、北海道にはかわいい女の子が多いけど浮気をしちゃダメだよというと、絶対にしません! とたいへんあせったようすで(…)さんは応じた((…)さんはなんで不吉なこと言うんですかとこちらに抗議した)。
 通話を終えたあともいろいろ話した。(…)くんにしてもそうであるし、(…)くんにしてもそうであるし、それにもちろん(…)さんにしてもそうであるのだが、卒業後もこうして継続的にこちらとコンタクトをとって食事に誘ってくれる学生はみんな同性愛者なんだよねというと、(…)さんは大笑いしながら、それは先生の自由な雰囲気にひかれているからだと思いますといった。(…)くんが将来アメリカに移住することを考えているという話、(…)くんがこの夏から働くことになっている会社経由でいずれは日本で生活することを考えている話をすると、(…)さんも実はいずれ日本に移住しようかと考えているといった。内卷に疲れたから? とたずねると、そうではなくて結婚したいからという返事があった。日本のパートナーシップ制度を利用したいということらしい。(…)さんはずっと以前モーメンツに日本在住の中国人レズビアンカップルが日本のプライドパレードの参加者らにインタビューしている動画へのリンクを投稿し、本当にすばらしい、じぶんもいつかこの現場に行ってみたいというようなコメントを付していたが、たぶんあれの影響も大きいんではないかと思う。
 食後、(…)さんはこちらをホテルまで送ってくれた。道中、修士論文では中国語小説の原文と日本語訳を比較するものを書くつもりでいるといった。こちらがたびたび名前をあげる残雪が気になっているというのだが、(…)さんには文学趣味などない、現代文学に通じていない人間が残雪の小説を扱うのは相当むずかしいと思うので、ほかの作家にしたほうがいいんじゃないかといった。莫言や余華などは人気作家すぎる? とたずねると、然りの返事。閻連科については知らないようだった。

 厳歌苓を知っているかという。知らないと応じると、有名な作家であり作品がいくつか映画化しているという。彼女の作品を修論で扱うのもいいかもしれないというので、その場でVPNを噛ませてググってみたところ、58年に上海生まれているが89年以降はずっとアメリカに滞在しているようす。1989年にアメリカに渡っているということは天安門事件がきっかけなのかもしれない。いくつか邦訳されている作品もあるようなので機会があれば図書館で借りてみたい。
 ホテルの前で(…)さんと別れる。次はいつ会えるかなと別れ際に話したが、彼女が北海道に留学にきたタイミングで日本でいっしょに遊ぶのもおもしろいかもしれない((…)さんもそれは良案だといった)。別れたあと、ホテルの部屋に直接もどらず、翌日早朝の移動にそなえて空港のターミナル1までの道のりを実際に歩いてたしかめてみることにした。
 道中、卒業生の(…)くんからボイスメッセージが届いた。就職のために面接を受けていたのだが、そこで「ホウニンエイギョウ」を担当してほしいといわれた、「エイギョウ」が「営業」であることはわかるのだが「ホウニン」とはなんだろうかというので、「法人(ほうじん)」ではないかと返信。(…)くんはすでに大学卒業前に就職がほぼ決まっていたはずであるのだが、別の企業を受けることにしたのだろうか? あるいは最初の会社はダメだとはやくも見切りをつけて、転職活動中だったりするのかもしれない。
 空港の位置をだいたいたしかめたところでホテルにもどる。ホテルの入り口脇に売店があったのでそこで烏龍茶とミネラルウォーターを買って部屋にもどったのち、浴室でシャワーを浴びた。翌日は4時半起きの予定であるのでとっとと消灯することに。たしか21時にはすでに電気を消してベッドに横になっていたと思うのだが、眠れなかった、当然だ、ふだん3時か4時に寝ているのだ。(…)さんから(…)さんと微信で友達になってやってほしいとメッセージが届き、(…)さん本人からも友達申請が届いたが、長々としたやりとりがはじまると厄介なので、了承は翌朝にまわした。不眠の夜長は書見するしかない。『異常論文』(樋口恭介・編)はすでに読み終えてしまったので、Bliss and Other Stories(Katherine Mansfield)の続き。“JE NE PARLE PAS FRANÇAIS”の以下のくだり、特にI'm richというフレーズ、好きだったことを思い出した。

“(…) I am going to write about things that have never been touched before. I am going to make a name for myself as a writer about the submerged world. But not as others have done before me. Oh, no! Very naively, with a sort of tender humour and from the inside, as though it were all quite simple, quite natural. I see my way quite perfectly. Nobody has ever done it as I shall do it because none of the others have lived my experiences. I'm rich—I'm rich.”