20231016

落ち込んでるにしても、兄さんの年齢で落ち込んでるというのは、老人の冷静ということなんですよ……
大江健三郎『水死』)



 7時30分起床。活動開始後ほどなくして1時間はやくアラームを設定していたことに気づいた。授業は10時からであるのだから8時30分起床でいいのだ。ミスった。しかし朝の準備にたっぷり時間を割くことができるのは、それはそれでいいかもなという感じ。ゆっくりトーストを食い、ゆっくりコーヒーを飲み、ゆっくりうんこをし、さらに余った時間を利用してきのうづけの記事の続きを書くこともできる。
 寮の近くにある売店でミネラルウォーターを購入。今日は最高気温28度。午前中はぼちぼちすずしいわけだが、それでも半袖一枚でまったく問題ない。ケッタに乗って外国語学院へ。8時から一年生1班の日語会話(一)。第0課(2)。先週よりややテンション高めでのぞむ。日本語読みでひとりずつ点呼し、これから授業の最初にはかならずこういうふうに出席をとりますと説明。(…)くんの髪色がシルバーアッシュになっていたので、黒板に「不良少年」と記す。みんな笑う。先生が没有头发だから「自慢」しているのかとさらに板書し、まずまず空気をあたためておいてから、五十音の復習。その後、あいさつ→数字の読み方→曜日の読み方→年齢の読み方を確認。ちょっと駆け足すぎたかもしれない、曜日の読み方はもうちょっと時間をかけたほうがよかったかなと、のちほどちょっと反省した。授業後半ではアクティビティ。いろいろな人物の写真を見せて、その年齢を推測させるというもの。おまえそれルッキズムやぞと言われたら、そりゃそうかもしれんけどさと言うほかない。しかし盛りあがる。
 ただやっぱり、もうハナから授業に興味ないというオーラを出している学生が、新入生のわりには目立つなという印象。いや、こんな印象は一年前も二年前も書き記しているわけで、要するに、初対面のクラスでは真剣に授業を受けている子よりもやる気のない子のほうが目立つというだけのことなのかもしれないが、とりあえず女子学生では(…)さんと(…)さんのふたりはきわだってダメだなという印象。前者は現二年生の(…)さんと第一印象が酷似している。このタイプの学生は絶対にろくに勉強しないし、かといって途中でほかの学部に移るわけでもない、ものすごく中途半端な存在になるだろうという予感がする。(…)さんは高二から日本語を勉強している学生であるが、いまさら五十音? ハッ! というこのスタンス、みたいな感じでいるだけであればまだ救いがあるのだが、たぶんそうじゃないよな、このタイプも結局しずかにいつのまにか沈下していき一年後にはクラスの底辺をただよっているタイプだよなという印象。とにかくこのふたりのやる気のなさが目立つし、たぶんここに引っ張られるかたちで勉学を途中放棄するルームメイトらも今後続々と出てくるだろう。逆に良い印象をもった女子学生は(…)さんで、この子は初学者にもかかわらずアクティビティの際も既習組よりも率先して発言していたし、なにより授業中ずっと目がキラキラ輝いていたので、あ、この子ぜったいのびるわ、三年生でいう(…)さんや(…)さんと同じだと確信した(と、あえて強い断言調で学生らの印象を書き残しておく、これも毎年書いていることであるが一年後の読み返しの際に答え合わせをするのがクソ楽しいのだ!)。それから学習委員の(…)さんからは授業後、「先生の授業は面白いです。なぜ1週間に1つしかないのですか。毎日ありたいです」「次の授業はまた長い一週間ですね」というメッセージが届いたので、ヨイショもあるだろうし外国人ということでクソ高い下駄を履かせてもらっているというアレもあるわけだが、それでもこういうメッセージが届くかぎりはまあがんばれるわなという感じ。(…)さん、モーメンツをのぞいてみたら、ナルトの誕生日を祝うイラストとメッセージをわざわざ投稿していたので、そんなふうにみえないけれどもやっぱアニメファンなんだなと思った。
 あと、先週にひきつづき、今日も(…)くんが授業中は積極的に、というかほとんどひっきりなしに発言した。先週も書いたけれども彼は100%ゲイで、外国語である日本語をあやつっているときですら口調がいわゆるオネエっぽくなるのがちょっとおもしろいのだが、それでいえばきのうモーメンツで交際報告を見かけた(…)くんと(…)くんのふたり、やっぱりマジで付き合っているようだった。今日はとなり同士で着席していたし、授業中にもかかわらず手を握りあっている瞬間もあったし、休憩時間中には(…)くんがうっとりとしたようすで(…)くんの肩にあたまをのせている一幕もあった。いや、はやすぎちゃうけ? 9月入学でもう付き合うの? それもクラスメイト同士で? という驚き。しかも男子学生同士であるということはルームメイトである可能性も高いわけで、仮にそうだった場合、もし別れたら地獄になるやんけと思うわけだが、いやそんな先のことがどうのこうの考えていてはそもそも恋愛なんてできないか。しかしきのうづけの記事で四年生の(…)くんに似ている(…)くんは全然ゲイに見えなかったと書きつけたばかりであるが、最後尾に着席していた先週とは異なり、比較的前列のほうに着席していた今日、その距離で対峙してみると、あ、ゲイやん、と一瞬で印象をあらためるくらいにはわかりやすい外見だった。逆に(…)くんはそんなふうにみえない、本人からカミングアウトされないかぎりこちらは気づかなかったと思う。男子学生は全部で11人いるし、あと1人か2人はたぶんゲイだろう。くるり岸田繁にちょっと似ている(…)くんと、裸の大将感のある(…)くんは、なんとなくそんな感じがする。ただまあサシで会話したわけではないので、このあたりほぼ当てずっぽうの第一印象みたいなもんだが。
 あと、今日の授業中、あれは監視役の学生なのかそれとも事務室勤めの人間なのかわからないが、廊下から教壇に立つこちらのことをじっとながめている女性がおり、その女性が去ったと思ったら今度はおっさんがいれかわりにやってきて、かつ、教室の最後尾にずかずかと入ってきてやはりひとときこちらのことをじっとながめていったので、ひさしぶりに服装のことで注意があるかもしれんなと思った。今日はピアスだけではなくシルバーのネックレスも身につけていたし、そのあたりのことでまたごちゃごちゃ言われるかもしれん。教室でピアスだのなんだのの身だしなみを気にしなければならないなんて、まるで中学や高校のときのようだ。当時とちがっていまはもはや赤く染めるだけの髪の毛もないわけだが!
 授業を終えて廊下に出る。二年生の(…)さんと(…)さんとばったり遭遇。こんにちは! とあいさつ。その後、まっすぐ帰宅。だだ混みの食堂なぞおとずれたくないので、おとなしく残りものの白菜をごま油で炒めたやつを出前一丁シーフード味にぶちこんで食す。20分ほど昼寝。
 14時半からスピーチ練習。はやめに寮を出て瑞幸咖啡でアイスコーヒーを買うつもりだったが、店内がアホみたいに混雑していたので、しかたなく后街近くのCoCo都可でやすいアイスコーヒーを打包した(店内に客は0人だったのでオーダーしてすぐに注文を受けとることができた)。それから外国語学院へ。ひとつ書き忘れていたが、このときもそうであったし午前中もやっぱりそうであったが、警備員からケッタやバイクはこっちに停めるようにと空き地のほうに誘導されることが今日はあった。以前までケッタやバイクは外国語学院のすぐそばにある駐車スペースに停めることができたのだが、今日はなぜかそこが駐輪禁止になっており、そこから少し離れた空き地にまとめて駐輪するようにという指示があったのだ。

 (…)さんから即興スピーチ対策の作文を修正してほしいと頼まれた。そこそこの数たまっているようだった。その場でちゃちゃっとノートに朱入れしかけたが、ほかの学生の手前練習時間を独占してしまうのは悪いからまたのちほどとあった(しかしそののちほどは結局おとずれなかった、後日あらためてデータで修正依頼が届くかもしれない)。まず昨日撮影した動画をもとにテーマスピーチのチェック。三人ともかなりよくなっていたし、大きなミスというのもほぼないので、あとは本番まで細かな修正を積み重ねていきましょうと話す。
 それから即興スピーチの練習。テーマは「親子」と「走る」。発音の良し悪しをのぞけば、結局、暗記組の(…)さんがいちばんまともにできている。(…)くんは論旨こそ問題ないもののとにかく話すのが遅い。いまの二倍の速度で話せないとダメだと思う。(…)くんはやっぱり構成がひどい。いや、構成というレベルですらないかもしれない、内容が完全に無意味なのだ。たとえば「走る」がテーマの場合、(…)さんはもともと暗記していた競争社会のなかで心身の健康を守るためにランニングをするのが重要であるという論旨の文章を一部修正しつつ応用していたし、(…)くんは「走る」を「諦めない」ことに解釈しなおす(再定義する)文章を冒頭に置いたうえで、かつて諦めずに続けた結果成功した具体例を配置するという構成だったのだが(しかしその具体例をうまく言えずややグダグダになってしまったのだが)、(…)くんは冒頭で「走る」を「目的地に達するための手段」と解釈(再定義)したのち、じぶんがそう考える理由はふたつあるとしたうえで(そこまでは理解できる)、その後なぜか運動会の徒競走の話と会議に遅刻する人間が走って現場に向かう話をするという意味不明の流れで(それらの話というのがまた比喩でもなければ思い出話でもない、言ってみればただの描写であり、かつ、ところどころ変に凝った表現を加えようとするので、全体的にヴァルザーのようにすっからかんなのだ)、これにはさすがにあたまを抱えた。(…)くんは日本語能力はまちがいなくもっとも高いし、テーマスピーチだけであれば上位を狙える実力もあるのだが、国語能力そのものが死ぬほど低い。これについては先学期彼が作文コンクール用に書いて寄越した文章が、テーマを完全に無視したものであり、かつ、構成もクソもない信じられないほどひどい出来栄えだった点からも裏打ちされるわけだが、それにしてもなんでこんなふうになってしまうのか。それなので構成についてあらためて、紙にペンでわかりやすくチャートめいたものを書きながら説明したのだが、はたしてそれが理解できているのかどうかもあやしい。(…)くんはこの点100%理解しているし、(…)さんも毎回こちらの用意した「型」を相応に使いこなしているので問題ないと思うのだが。
 練習はそれで終わり、例によって(…)くんと帰路をともにすることになったのだが、もう一度基本にもどって、たとえば「走る」がテーマだとすれば、じぶんの趣味はジョギングであると前置きしたうえで、ジョギングの良い点をふたつ挙げるみたいなベタなかたちでやってみろと言ったところ、それじゃあ簡単すぎるという反応があったので、若干いらついた。こういうところが結局うちの学生が一流になれない理由なんだよな、と。いや、これはうちの学生にかぎった話ではなく、日本人と中国人の差みたいなアレかもしれんが、とにかく基礎をおろそかにするし、その割に自信満々なのだ。備えあれば憂いなしを極端にいくのが日本人であるのに対し、備えの見通しがびっくりするほど甘いのが中国人であるといえばいいのか、まあそういう心構えの差を感じることはこの国に来て何度も何度も何度も何度もある。どちらも一長一短なんだろうが。しかし試験だのコンクールだのコンテストだのについていえば、もうちょっと謙虚に備えたほうがいいんではないかと思う。きみはいま簡単すぎるって言ったけど、その簡単な内容でたとえば2分間完璧にやれるかといったら、正直全然できないと思うよと率直に告げた。
 第五食堂へ向かう。道中、来年から日本の大学院受験にそなえて準備をすると(…)くんはいった。親には話したのかとたずねると、話していないという返事。仕送りなしでやっていくつもりだみたいなことをいうので、学費もあるし生活費もあるしどうするのかというと、アルバイトをするという返事。このあたりも結局見通しが甘いとしかいいようがないよなと思う。たぶんろくに調べていないのだろう。向こうでの生活をいろいろに助言してくれる仲介者のような存在がいるらしく、そのひとにちかぢか相談してみるつもりだというので、学校選びにしても生活にかかる費用にしてもちゃんと調べなさいと伝える。大学院では日本の戦国時代について研究したいとのこと。
 第五食堂で打包。じぶんで好きなおかずを選ぶいつもの店をおとずれたのだが、(…)くんはやっぱりまったく野菜をとらなかった、持ち帰り用の容器は肉のみ(唯一口にする野菜はじゃがいもだけ)。その後、彼のリクエストで瑞幸咖啡に立ち寄る。こちらはなにも購入せず。

 帰宅。メシ食う。二年生の(…)さんから犬の写真が届いていたので返信する。姉が拾ってきたという子犬。名前はpowerだという。ガッツリ名前負けしているような痩せた子犬ではないかと思ったが、むしろそうであるからこそたくましく育ってほしいという願いをこめてpowerと命名したとのこと。
 (…)くんから微信。ひさしぶりに(…)くんらがこちらといっしょにメシを食いたがっているという。水曜日の夕飯はどうかというので、16時から国際交流処で面談があるのでそれが終わったあとであればよいと返信。
 (…)くんからも微信。「走る」をテーマに即興スピーチをやりなおしてみたとのこと。それで音源を確認してみたのだが、「わたしは、走るのは、ゼロからスタートして成功にたどりつくことだと思います。」と定義し、その「理由」が複数あるとした上で、(1)自分がかつて日本語を猛勉強して結果を出した話(2)オリンピックの中国代表選手が努力して結果を出した話を紹介するわけだが、まずこれらのエピソードは「理由」ではない、そこが根本的に噛み合っていない。だからそれにかんしては「理由がいくつかあります」と前置きするのではなく「例をいくつか挙げましょう」とするべきだと指摘。さらに先の(1)(2)に続くかたちで、まったく具体的でもなんでもない、単なる抽象的な美辞麗句を無造作に並べただけのものを(3)として披露していたので、これは「理由」にもなりえないし「例」にもなりえない、具体的なエピソードを紹介するのであれば最後まで具体的なエピソードに終始するべきだと、さっきこちらが指摘したことをやっぱり理解しきっていないんだなと内心ひそかにげんなりしながら注意した。(…)くんとやりとりしていると、本を、というか文章をろくに読んでいない子の地力というものがけっこう露骨にわかる。その貧弱な地力の上に、すっからかんの美辞麗句だけをとにかく山盛りしまくるという中国式の作文教育がのっかってしまっているので、余計にひどいことになっているのだ。
 シャワーを浴びる。ストレッチをする。コーヒーをいれてからきのうづけの記事の続きを書いて投稿する。ウェブ各所を巡回し、2022年10月16日づけの記事を読み返し、2013年10月16日づけの記事を「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲。母からLINEが届く。(…)の書いた読書感想文が読書感想文コンクールの(…)部門で一位を受賞したらしく、そのまま県部門に応募することになったという報告。兄の思惑とはことなりすっかり文系に育ったなというと、最近通いはじめた塾の成績を見るかぎり国語は東大に合格できる水準に達しているとのこと。兄というよりまるきりこちらとおなじやんけという感じ。

 ひとつ書き忘れていたことがあった。午前中だったと思うが、大連の(…)さんから修士論文の相談があったのだった。翻訳者として近藤直子をとりあげたいと考えているのだが、指導教官から研究対象として価値があるのかと問われてしまった、あまり有名ではないのだろうかという質問で、彼女が近藤直子を知ったのはほぼまちがいなく残雪の翻訳者としてであり、そしてその残雪の存在についてはほかでもないこちらの口から聞き知ったわけであるのだから、微妙に責任を感じてしまうというか、いや責任を感じるというよりもむしろ学部生時代に多少世話になった外教が好きだといっていた作家の翻訳者であるからという理由で研究対象を決めつつある彼女の安直さに対してやや疑問を感じるわけであるが、それはそれとして、少なくとも中国文学界隈の訳者としては名が知られているはずだとひとまず返信、その上で、しかしそもそもの残雪の作品自体がかなり難解であるので近藤直子-残雪のラインを研究対象として取りあげるとなるとかなり苦労することになると思うと伝えた。というのも(…)さんは別に文学に興味関心を持っているわけではない、さらにいえば芸術的なセンスみたいなものはこちらの知るかぎりほぼゼロにひとしく、こう言ってはなんだが、クソみたいにどうでもいい音楽やクソみたいにどうでもいいアフォリズムのたぐいに感動するようなタイプであるから、そういう人物が残雪の小説を読んでも困惑するだけであるのはあきらかであるというか、そもそも彼女は世の中にああいうタイプの小説が小説の名のもとに流通しているその事実すら理解していないのではないかという気がする。いちおうまだ本決まりではないし、研究対象はのちほど変更することもできるということだったので、慎重に考えたほうがいいよと助言した。
 ひさしぶりに懸垂。プロテインを飲み、トーストを食し、先日(…)さんにもらったセブンイレブンのスイーツ(芋のプリンみたいなやつであんまりうまくない)を食った。ベッドに移動したあとは、新入生の2班の名簿とスマホのなかの写真を見比べながら、全員の顔と名前の暗記をこころみた。むずかしい。道とひとの顔をおぼえるのがむかしからマジで苦手だ。才がない。