20231017

(…)時代から離れて、周りの人間とはできるだけ無関係に生きようとする人間こそ、その時代の精神の影響を受けてるんじゃないかと思うね。ぼくの小説は、大体そういう個人を書いてるんだけれども、それでいてなにより時代の精神の表現をめざすことになってるのじゃないか。それに積極的な価値がある、と主張するのじゃないけれど……そういうことでほとんど読者がいなくなっても、死ぬことになれば、自分は時代の精神に殉死するようなもんだ、と考えるのじゃないか?
大江健三郎『水死』)



 アラームは8時に設定してあったが、それよりややはやく目が覚めた。朝食はトースト。ゆっくり準備をする。
 寮のそばにある売店でいつものようにミネラルウォーターを買う。ミネラルウォーターは二種類あるのだが、どちらも2元。どっちにするかといつものお姉さんに言われたので、これどっちもおなじだと思うと応じたところ、他们说不一样的という反応があり、この場合の他们って英語で一般論を語るときに便宜的に使う主語であるtheyとおなじ理屈なのかなと思った。
 10時から二年生の写作(一)。授業前半で「(…)」の清書。ヒマすぎたので教壇で鼻歌をうたっていたら先生いっしょにカラオケにいきましょうと誘われた。断る。もう四年か五年前になるが、(…)さんから日本の楽曲もたくさんあるからと説得されてカラオケに同行したところ、こちらが日頃歌うような楽曲は一曲もなく、学生らの歌うアニソンをただただソファに座って聞き続けるという苦行に甘んじたことが過去に二度もあるのだ。二度と行かない。
 授業後半では「(…)」。初となる読解授業。このテキストも赴任した当時は三年生後期の授業で取り扱っていたのだ。それが三年生前期になり、二年生後期になり、ついには二年生前期で取り扱うようになった。こちらが学生らのレベルを見誤っていたという事情もあるし、学生らのレベルが年々上昇しているという事情もある。はじめてとなる読解授業ということもあり、ややざわつきやすい感じがあったが、あくまでもこちらが紹介および解説する内容について学生ら間で話し合っている感じだったので問題なし。しかし男子学生は(…)くん以外全滅。最後尾を陣取ってずっとスマホをいじっているだけ。男子学生はどうしてもそうなる。
 休憩時間中、(…)くんに自転車を買ったのかとたずねると、ネットで買ったという返事があった。こちらが買った店についてネットで調べてみると、接客もサービスも低評価のレビューがつきまくっていたらしい。どうして自転車を買おうと思ったのかという質問には、あれは体育の授業の課題だったろうか、いやそうではなくて朝晩の自習と同様学生ら全員に義務として課されるものだったかもしれないが、一学期内に何百メートルだったか何キロだったかのジョギングを何十回こなさなければならないという健康ノルマがあり(それを計測するための専用のアプリもあったはず)、その対策のために買ったという返事があった。つまり、不正だ。くだんのアプリを起動したうえでケッタに乗り、しかるべき距離を楽々稼いでしまおうというわけだ。
 授業後、第四食堂近くの快递へ。店内はアホみたいに混雑している。淘宝の購入ページをひらいてもセルフサービスに必須のバーコードが表示されないので、まーた専用のアプリをダウンロードする必要があるのかとげんなりしていると、すぐそばに二年生の(…)さんがいたので助けをもとめた。(…)さんは劣等生といってもさしつかえなく、日本語はほぼ話せないと思うのだが、こちらの言わんとしていることは理解できたらしく、こちらに代わってスマホをちゃちゃっと操作し、微信で必要なミニプログラムをダウンロードしてくれた。しかし貴重な昼飯時にけっこう時間を割かせてしまったことになるわけで、その点たいそう申し訳ない。
 その後、第四食堂でハンバーガーをふたつ買って帰宅。食す。(…)さんから荷物はちゃんと回収できたかと微信が届いていたので、きみがいなかったら一生回収できずじまいだった、本当にありがとうと返信。(…)さんからは鷲尾玲奈という人物の“散る散る満ちる”という楽曲の歌詞が送られてくる。授業で紹介した「夜中に爪を切るのはよくない」という迷信が歌詞になっている、と。
 食後、卒業生の(…)さんから午前中に届いていた微信に返信。鉄パイプを組み合わせた作業現場の写真とそのパイプを接写した写真。取引先にこれらについて日本語で説明する必要はあるのだが、写真上の赤色の丸で囲んであるパーツは日本語でなんというのだろうか、と。まったくわからん。現場で使う特殊な道具の固有名などそもそもググりようもない。いちおうGoogleで画像検索してみたが、やはりろくなアレがヒットしなかったので、力になれませんと返信。
 長野の(…)さんからも微信が届いていた。お好み焼きを焼いている動画。たいそううまいという。昨日だったと思うが、おなじく長野滞在中の(…)さんが同様の写真をモーメンツに投稿していた。具材は豚肉のほかにイカとエビもある。(…)さんは処理水放出の前日、同僚らとはじめて日本の海をおとずれ、はじめて日本の回転寿司を食し、その模様を短い動画にまとめてモーメンツに投稿したうえで、今日はきれいな海を見ることのできる最後の日であるというコメントを添えていたわけだが、結局、食うもの食っとるやんけという感じ。彼女らの職場は多国籍であるし、たぶん中国人以外ろくに処理水放出に反応していない現状を知って、ちょっと認識をあらためたのかもしれない(日本人ばかりの職場で働いていてもこのような認識の変化はおとずれなかっただろう)。そしてそのような事実を彼女らの口から聞かされた結果、クラスメイトたちも次回のインターンシップに参加しようと乗り気になっているのではないかとこちらはひそかに予想しているのだが((…)さんによれば、院試組以外の学生の大半が次回のインターンシップに参加するつもりでいるらしい)、実際はどうだか知れない。
 昼寝をする時間はなし。14時半から一年生2班の日語会話(一)。第0課(2)。基本的には昨日1班でやったのと同じ流れ。しかしやはりこちらのクラスのほうがずっと空気がいい。後半の年齢推測ゲームなんてほとんどずっとパーティ状態だった(みんなあんまりにもギャーギャー騒ぐので、ほかの教室から苦情が入るんじゃないかとちょっと心配したほどだ)。学生同士の関係も1班にくらべるとずっといい。ランダムにグループ分けしてもみんなけっこう平気な感じ。あまっている子、浮いている子、あるいはふりわけられたグループでの活動に参加しない子が全然いない。席の移動すら拒みがちだった1班とはえらい違いだ。これも学生らがルームメイト以外のクラスメイトとも交流しやすいように(…)先生がいちど食事会を主催しているためだろう。(…)くん曰く、(…)先生はそういう雰囲気作りが非常にうまい。
 昨日の夜、あれだけ名簿と写真とにらめっこしたのだが、男子学生の名前と顔すら全員はなかなか一致しなかった。いま、ざっと名簿をながめていて、この子は100%即座に顔と名前が一致すると断言できるのは、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さんくらいか。このあたりはたぶん、キャンパス内ですれちがったときに反応できると思う。(…)くん、卒業生の(…)くんとすごく雰囲気が似ているので、それがちょっと印象的。上品な微笑を浮かべながらじっとこちらをながめているあの感じ。これで文学青年だったらまさに(…)くんの再来なんだが。あと、(…)さんがずっとだれかに似ているなと思っていたのだが、わかった、こじるりだ。いま、ものすごくフランクにこじるりなどと書いてしまったが、こちらが彼女の存在を認知したのは中国で芸能活動をしようとしているというニュースを見たのがきっかけであり、それまで「こじるり」という名前を聞いたことはあったが、顔は全然知らなかった。そのこじるりに(…)さんはちょっと似ている。
 授業を終えて教室を出る。(…)が新入生の授業を担当している一年生の教室のそばを通りがかったが、やっぱり彼のほうでもけっこう盛りあがっているようすだった。最初はそんなもんだ。帰宅してひととき休憩。(…)から微信。中国語の授業に興味があるようだったら留学生向けのカリキュラムに参加することもできるよと時間割を送ってくれたのだが、興味ない。やる必要があるんだったら独学する。
 17時になったところで第五食堂で打包。食後、30分ほど寝る。二年生の(…)くんから微信。(1)大学時代の専攻は何だったのか(2)先生は非婚主義者なのかという質問。(1)国際関係学(2)主義者というほど大げさなものではない、単純にこれまで結婚生活を興味を持ったことがないだけだと回答。
 シャワーを浴びる。コーヒーを飲みながらきのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回し、2022年10月17日づけの記事を読み返す。

 14時前になったところでPCR検査の会場へ。検査は13時半から17時半のあいだに受けてくれという話だったのだが、13時半ぴったりに会場をおとずれたらしい(…)が、まだスタッフが到着していない、授業が間に合いそうにない場合はどうすればいいのだ、とグループチャットで文句を垂れていた。が、ほどなくしてスタッフがあらわれたらしく、こちらがホールの入り口に到着するころには、行列こそできていたものの順調に動いている様子だった。入り口では係の女子学生ふたりから中国語でなにか言われたが、伝家の宝刀“听不懂”で対応。こちらが外国人だとは思ってもいなかったらしいふたりはびっくりして笑った。で、列にならぶ。前の前に並んでいる女性の横顔がちらりとのぞく。(…)先生ではないか? 間違って声をかけてしまったら最強に恥ずかしいので、もう少し時間をかけて観察する。間違いない。声をかける。(…)先生、われわれの間にいる男性ひとりと場所を交換する。で、ステージに設置された長机二脚と防護服姿にたどりつくまでのあいだ軽く雑談。いつも(…)先生((…))と一緒に来ているのだと思ったというので、前回からはもうひとりで来ていると応じる。(…)先生は今回の共産党会議のあとにゼロコロナが終わるかもしれないと期待しているふうだったが、どうもそういうふうにならないようだというと、きのうはその会議をわざわざ視聴するために日曜にもかかわらず大学に呼び出されたのだと(…)先生はいった。(…)が(業務上の一環だろうが)(…)の教師と学生何万人だかが共産党会議のストリーミングを見守ったみたいな記事か報告書かわからないアレのリンクをモーメンツに貼りつけていたが、これもいわゆる“形式主义”なのだろう、ほかの教育機関でも似たようなことをして数を競い合っているようであるし(数値化される愛国心!)、ネットで見た情報であるが、たとえば小学校のグループチャットなどではテレビ中継されている共産党会議を視聴する子どもの姿を写真に撮って投稿するようにという指示もあったようだ。ほんまに狂っとる。第二次世界大戦中の日本はきっとこんな感じだったのだろうなと、この国に来て何度思ったかわからない。
 (…)先生と並んで検査を受ける。ホールの外に出る。北京での事件を知っていますかというので、ネットで見ましたよと受けると、あれの情報もすぐに消されてしまってと(…)先生はいった。“我看到了”も消されましたよねというと、“橋”という言葉すら検索できなくなったんですよという返事があったので、ぼくが見た情報によれば、あの橋の名前の楽曲をリリースしていた中国のミュージシャンがいたらしいんですが、その曲も消されてしまったらしいですねと受けたところ、最終的に“北京”ですら検索できなくなったんですよとのことで、笑いごとでは全然ないのだが爆笑してしまった。

 2013年10月17日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲。慰謝料でアーロンチェアを購入した日。12年保証らしい。つまり、2023年現在もなお保証は切れていない!
 Twitterと表記したいが、そう表記してしまうとのちほど読み返した際にこの時点ではまだXではなくTwitterだったのかという誤解が生じる可能性があるので、ネットニュースの記事のようにX(Twitter)としたほうがいいのかもしれないが、それはともかく、そのX(Twitter)上で、中国の銀行のカードを使って日本で金をおろす際の限度額に変更があったという情報を見かけた。以前は一日につきたしか20万円までいけたはずなのだが、4万円になったとのこと。これ、めちゃくちゃうっとうしい規制だなと思う。年間の限度額についてはいまのところ変更がないようだが(10万元)、こちらのほうも連動してあらたに制限がもうけられる可能性もなくはない。円安円安とはいうけれども、政体が政体であるのでなにかあった場合外国人の資産がどのように取り扱われるのかわかったもんじゃないわけであるし、やっぱり一時帰国のときにいくらかまとまった現金を日本に持ち出して、レートの悪さがどうのこうのなんて気にせずある程度は日本円に変えておいたほうがいいかもしれない。調べてみたら、2万元までは現金持ち出しが可能らしい。

 ここまで今日づけの記事を書くと時刻は22時半だった。その後のことはよくおぼえていない。翌日の朝にはまたスピーチの練習がひかえているので、わりとはやめに就寝したはず。スマホのメモには「日記をスリムにする」とだけ残されている。なんだかんだでまた日記に時間を奪われがちな日々が続いているのでそれに対する戒めだろう(しかしメモを残した記憶は全然ない)。