20231226

 ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理」がこの「移行対象」であったことを、米マルクス主義批評家ジェイムソン、スロヴェニアラカン派哲学者ジジェク社会学者の上野俊哉が「消滅する媒介装置 vanishing mediator」という議論により指摘している。
 ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理」とは、マルクスの「下部構造が上部構造を決定する」というテーゼに対するアンチテーゼとして、社会変動にむしろ上部構造であるイデオロギーが強く関与することを示唆した議論である。ウェーバーは、西洋に唯一起きた近代化は、一見近代化や資本主義とは相反する、宗教である「プロテスタンティズムの倫理」の思想が準備したと議論した。
 近代初期の資本家たちは、これまで卑しい行為とされていた金銭獲得に励んだ。なぜこれまでと一八〇度反対の思想や信条をもてたのだろうか。それはプロテスタンティズムの生み出した「神のための利得行為」という思想(=移行対象)のもとで、現実に利得行為に励むことができたのである。「神のための利得行為」という橋渡しが必要だったのである。
 その隠れ蓑のもとで、利得行為は習得され習慣化され、それが身体化され社会化されれば(マルクスのいう物質的無意識的レベル、唯物論的レベルで)、もはやプロテスタンティズムの倫理は形骸化し必要ではなくなり、捨てられていく。
 このように、移行空間の議論は、単に幼児の発達過程の問題としてだけでなく、「消滅する媒介装置」という議論として広く論じられる。そして人や社会が大きく変容するとき、主体の解体を防ぎ、ラディカルが変容を支えるものとして議論できる。
 中国において、共産主義というイデオロギーが、人々が思想的な崩壊やアノミー(信念や規範が崩壊し混乱すること)、アパシー(無気力)に陥らず資本主義に移行するために必要であったように(マフィアなどがはびこり、より社会が不安定化したロシアの困難と比較すれば了解できる)。
 人の信念や思想や主観的な考えの変更には時間がかかる(マルクスが、上部構造の変容は下部構造に遅れ、時間がかかると指摘したように)。新しい現実(母のいない現実)に対応するために、前のイデオロギーと連続性をもつイデオロギーが必要となるのである。
 イスラム原理主義は、イスラムの近代化におけるプロテスタンティズムの倫理であるという指摘もある。
 あとで見るように、一九六八年のイデオロギーは、古い共同性や禁欲的・神経症的主体を解体して、消費社会と消費主体を構成する移行空間となった。六八年のイデオロギーは、古い共同性を解体するために、「セラピー的な新しい共同性」というイデオロギー(移行対象)を動員した。そしてそれは、今は消失してしまった。資本主義への本格的な移行の中で、当時、理念として掲げられた共同性は、現代社会においては全くその影を失ってしまった。
樫村愛子ネオリベラリズム精神分析――なぜ伝統や文化が求められるのか』より「第三章 なぜ恒常性が必要なのか」 p.120-122)


  • 朝昼兼用で第五食堂の炒面。(…)に浴室のシャワーから湯が出ない件を報告。のちほど動画を撮ってほしいと返信が届いたので、水と湯それぞれをシャワーから流している動画を撮って送る。おとついづけの記事を書きあげて投稿。
  • 14時半から一年生2班の日語会話(一)。期末テストその一。教室のとなりにある教員用の部屋? 事務室? の前にあるベンチに二年生の(…)さんがひとりで腰かけていたので、なにをしているのとたずねると、先生を待っているという。詳細はたずねなかったが、韓国語の授業が不合格になった件かもしれない。
  • 期末テスト。今日は男子学生ばかり10人。まず(…)くん。自己紹介のときに貴州省出身だという。初耳。初回授業で出身省の確認をしていたはずであるのに、そのときたぶん話を聞いていなかったのだろう。出来は悪い。(…)くん。「江西省」を「えにししょう」と読む。男子学生のなかではけっこうできるほうであるし、日本語も高校二年生から勉強しているのだが、詰めがやっぱりちょっと甘いなという印象。(…)くん。ボロボロ。(…)くん。故郷の「重慶」を「じゅうき」と読む。ボロボロ。(…)くん。高一からの既習組なので「優」は間違いなし。しかしもっとやれたんじゃないかと思う。(…)くん。「優」と「良」の境界線。(…)くん。最悪。ほとんどなにもできない。途中でテストを打ち切るレベル。こちらの名前さえ言えない。(…)くん。まずまず。(…)くん。高二からの既習組の割にはひどい。(…)くん。予想通り優秀。しかし途中で授業時間をオーバーしてしまい、教卓のパソコンが自動的にオフになってしまうというトラブルがあった。再起動に時間がかかるのでめんどうくさい。この自動設定、マジでなしにしてほしい。
  • 男子学生だけでみれば、1班も2班もそんなに変わらないなという印象。基本的にやっぱりダメな子が多い。というか両極端なのだ。すごくできる子とまったくできない子に別れる。中間層に男子学生はいない。
  • 湖沿いの広場に移動し、17時ごろまで『限りなく透明に近いブルー』(村上龍)の続きを読み進める。今日はけっこう温かい。週間予報を見てもこれから一週間、最高気温が10度を下回る日がない、それどころか大晦日なんて17度にも達するようだ。暖冬にもほどがある。
  • 第五食堂で打包して帰宅。食後、ベッドで一時間以上寝てしまった。三年生の(…)さんから微信。新疆烤肉の店構えの写真。「おいしいそうです!」(原文ママ)というので、以前きみのクラスメイトといっしょに食べたよと返信((…)さんと(…)さんといっしょにおとずれた店だ)。それに対する返信はない。わかりやすい反応。
  • シャワーを浴びる。ウェブ各所を巡回し、きのうづけの記事にとりかかり、そのまま最後まで書く。夜食のトーストを二枚食したのち、ベッドに移動。今日は『21世紀より愛をこめて』(Tempalay)と 『New Era』(syndasizung)と『Surround』(吉村弘)と『Gasoline Rainbow』(SACOYANS)と『what we say in private』(Ada Lea)と『Lahai』(サンファ)と『Silica Gel』(SILICA GEL)と 『SiO2.nH2O』(SILICA GEL)をききかえした。