20240115

(…)人が過去の記憶になんの感動も示さなくなる時、それは過去の記憶を自ら抹消しているのと同じことだ。そんな時、人は今現在のことにしか興味がなくなる。
(グエン・ゴック・トゥアン/加藤栄・訳『囚われた天使たちの丘』)



 きのうづけの記事に書き忘れていたことひとつ。趵突泉公园では土産物屋にも立ち寄ったのだった。帰国するたびに弟にいやげ物(みうらじゅん)をプレゼントするのが恒例行事になっているので、山東省の名物だというひょうたんのキーホルダー(弟の干支である辰のイラストが入ったもの)と小さな蠍の死骸を虫入りの琥珀みたいに閉じ込めてあるワケわからん石を買った。前者は15元で後者は20元だったと思う。
 送迎バスの出発時刻は正午であったが、準備にしっかり時間をとりたかったので9時に起きた。準備といってもパッキングなんてほぼ必要ない。ただきのう丸一日うんこをしていないのが気がかりだったのだ。空港までの移動時間は一時間ほどあるわけだが、バスにはトイレがついていないので大変なことになりかねない、だから朝ゆっくりとメシを食ってクソをする時間がほしかったのだ。
 歯磨きをすませてからきのう万达で買った红枣のパンを食った。それから瑞幸咖啡を外卖した。外卖のアプリはスマホにいれていないのだが、微信にある瑞幸咖啡のミニプログラム経由で外卖できることに気づき、それでアイスコーヒーを注文したかたち。およそ30分後に配達員から電話があった。コーヒーは部屋の前まで運ばれてきた。
 ロビーには11時過ぎにおりた。それまでに三回はうんこをしたと思う。正午出発であるのだからそんなにはやくロビーにおりなくてもいいのではないかと思ったが、(…)くんにうながされたかたち。きのうの夜、こちらのフライトチケット交換がきちんとなされているか、こちらが頼んだわけでもないのに航空会社に電話して確認してくれた件もふくめて、(…)くんはわりとしっかりしているというか、この国ではかなりめずらしい石橋を叩いて渡る人物なのだなという印象。ロビーには巨大な木製のテーブルとベンチがある。奥深くに腰かけたら足の裏がフロアに届かなくなるほどデカいやつだ。日差しの差しこむ窓を背にそのベンチに腰かけ、バスが来るまでのあいだ『こころ』(夏目漱石)の続きを読み進めた。(…)くんはここでもバスがなかなか来ないぞとそわそわしているようすだった。
 バスの運転手がやってきたところでホテルの外に出た。出る前にカウンターのスタッフに礼を告げた。ここのスタッフはみんなニコニコしていてたいそう気持ちのいい人物ばかりだった。バスの前方、客用のシートと運転手用のシートとのあいだにあるちょっとしたスペースがスーツケース置き場だった。そこに荷物を置いたのち、最後尾の席にいったん(…)くんと並んで座った。しかし(…)くんはそのひとつ前の席に移動すると言い出した。理由がわからないままひとまずそろって席移動したところで、実は車酔いするのだ、いちばん後ろの座席は特に酔いやすいのだという説明があった。だったらふたりがけのスペースをゆったり使えたほうがいいだろうとこちらひとり最後尾の座席にもどった。(…)くんの前の席にはロシア人っぽい若い女性がふたりならんでいた。香水がけっこうきつかったので、(…)くんあのにおいで気持ち悪くならないかなとちょっと心配した。
 移動中はカーテンをひいて窓の外をながめた。バスはほどなくして高速道路に入った。そうなるとおもしろくない。それで書見して過ごした。
 空港に到着。目の前の入り口からロビーに入る。すぐとなりが一昨日死ぬほどならんだあのticket officeだった。(…)くんはどこがどこであるかまったくわかっていないふうだった。きのう一日一緒に行動していることに気づいたのだが、彼はかなり方向音痴っぽい。いや、それについてはこちらも他人のことをとやかくいえた義理ではまったくないのだが、やはり異国にいるという意識があるからだろう、中国にいるあいだはそれ相応に緊張して警戒心をはりめぐらせているためにか、日本にいるときよりも方向感覚のとぎすまされている感じがするし、道をおぼえるのもおそらくはやい(というか目印となるものを探すまなざしを自然と走らせてしまう)。
 それでこちらが先導するかたちでまずは国際線乗り場に移動した。チェックインカウンターは無人。当然だ。17時発の便なのだ。ベンチでは先着している乗客らの姿もちらほらあった。(…)くんはトイレにむかった。そのあいだ彼の荷物の番をするかたちでひとりベンチに座っていたのだが、こちらもじきに便意をもよおした。それも下痢っぽい腹痛だった。(…)くん! はやく来てくれェェェェェ! と内心叫んだ。彼の姿がみえたところで、いれちがいにトイレに駆けこんだ。ちょっと下痢だった。間一髪だったなと思った。バスの車内でこの腹痛に見舞われていたら人生が終わっていた。
 (…)くんは車酔いをおそれて朝食をとっていなかった。国際線のロビーでひととき休憩して落ち着いたのか、食事でもとりましょうかという話になったので、国内線乗り場のほうにひきかえした。ケンタッキーがあったので、そこでハンバーガーとペプシのセットをオーダーすることに。(…)くんはそれにくわえてちょっと辛い味付けのチキンがついたセットをオーダーしていた。中国のケンタッキーは毎週木曜日安くなると(…)くんはいった。チキン20本のセットが、いくらだったか忘れてしまった、30元だったろうか、とにかくほかの日に買うときにくらべてずっと安く売り出される、それだから中学生や高校生のときは木曜日はしょっちゅうケンタッキーで食事をとったという話だった。ケンタッキーについては日本の店舗よりも中国の店舗のほうがおいしいとも(…)くんはいった。
 食事をすませたのち、国際線乗り場にもどった。またベンチに腰かける。ほどなくして大荷物の女性がひとりあらわれた。なんとなく顔に見覚えがあった。(…)くんが見知った相手にするようにあいさつをした。たぶんおとつい同じ機内にいたひとだろう、おなじキャンセル組なのだろうと思ってながめていると、こんにちはと日本語であいさつがあった。(…)くんはその後しばらく彼女とやりとりした。女性は神戸で就職しているらしかった。滞在歴何年であるのかはわからない。ふたつあるスーツケースのうちひとつにはスーパーマリオのステッカーがたくさん貼ってあった(それもこちらが小学一年生のときにはじめてプレイして以降なんどとなくクリアしまくったスーファミの『スーパーマリオワールド』のステッカーだった)。
 待ち時間のあいだはKindleで『こころ』(夏目漱石)の続きを読み進めたり、スマホインターネッティングしたり、(…)くんと世間話をしたりして過ごした。(…)くんは勉強熱心で、ときどき日本語に関する質問をこちらにするわけだが、どれもこれも日本語の基礎をしっかり身につけている人間であるからこそ可能なレベルの質問だったので、この子はきっと目標としている近大に合格することができるだろうと思った。それでいえば書き忘れていたが、前日の夜であったか前々日の夜であったか、留学生の入試制度についてもいろいろ教えてもらった。「留学生試験」というのは一年に二度あるらしい。たしか6月と11月だったと思う。内容は日本語のみならず経済・文化・地理なども含む。(…)くんは文系希望であるので、数学は必要としないということだったが、化学や物理はどうであったか、そのあたりはちょっと忘れてしまった。希望する学部は特にない。彼としてはとりあえず産近甲龍のどれかにすべりこむことができればオッケーというあたまらしかった。合格ラインは250点といっていたか300点といっていたか、ちょっと忘れてしまったが、去年の11月に受けた試験では当然届かなかった(そもそも彼が日本の語学学校に通いはじめたのは去年の7月からなのだ)。(…)くんとしては次の6月が勝負。チャンスとしてはその次の11月も残されているというのだが(どういう理由でなのかはよくわからないがそれが最後のチャンスになるらしい)、やはりなるべくはやめに決めたい。ちなみに6月の試験当日は彼の誕生日でもある。だから一生忘れることのない誕生日になりそうだと(…)くんは笑った。いまは月曜日から金曜日までは語学学校に通っている。で、それとは別に、土日には塾にも通っているとのこと。猛勉強しているのだ。アルバイトもしているという。いや、しているではなく、していたという話だったかもしれないが、それが大阪にある(…)だったというので、これにはさすがに笑った。日本人のお客さんはいるのとたずねると、やはり大半が中国人だったとのこと。留学生試験も内卷が激しいと(…)くんはいった。コロナ以前とコロナ明け以後では留学生試験の合格ラインが全然違うのだという。具体的にいうと、コロナ以前関関同立の合格ラインだった点数が、いまは産近甲龍の合格ラインになっているとのこと。たぶんこれから先もどんどん平均点があがっていく、中国人だけでもこれから先本国の内卷および就職率の低さを厭うかたちでいったいどれだけの留学希望者がやってくるかわからない、だからこそ(…)くんとしてもなるべくはやく合格を決めたいという気持ちがあるのだった。
 チェックインカウンターで手続きをする。今回もやはり手続きと同時にスーツケースをあずけることはできなかった。なぜかチェックインの手続き開始時刻と荷物のあずかり開始時刻とのあいだに時差があるのだった。これもまた書き忘れていたことだが、(…)くんは在留カードを紛失してしまっていた。おとといにここ済南遥墻国際空港に到着したときに紛失してしまったらしい。いちおうもろもろ確認したところ、在留カードなしでも入国できるらしいという情報には行き着いていたのだが、チェックインカウンターでは宣誓書みたいなものを書かされていた。仮に在留カードの紛失が原因で日本に入国できなかったとしてもわれわれの会社には責任がありませんからね的なもの。(…)くんはこちらが便所でクソを垂れているあいだ、空港の関連部署にあらためて電話をして確認したが、彼の在留カードはやはり落とし物として届けられてはいないらしかった。ちなみにこの件について、ではなかった、この件よりもむしろ本題は今日からはじまるという語学学校の新学期初日授業にフライトのトラブルで出席できなかった件についてであるが、彼は国際電話でじぶんの所属する語学学校に電話したのだった。ケンタッキーでメシを食う前のことだ。で、その電話をかける直前、電話でこのような事情をうまく説明することができないかもしれないというアレから、手助けしてほしいとたのまれていたので、スピーカーホンで彼が国際電話をかけ、事務員から担任の女性教諭に通話相手が代わってほどなく、おとといの経緯をこちらがざっと説明したのだった。女性はわざわざすみませんといった。いえいえ、こちらこそ中国語ができないところを彼に助けていただいたものですからと応じると、じゃあおたがいさまでしたねと女性は笑った。女性はたしか(…)先生という名前だったと思う。新学期の今日、担任教諭の発表があったらしいのだが、(…)くんのクラスの担任はその(…)先生になったようで、通話を終えたあと、(…)くんはそのことを大変よろこんだ。いちばん好きな先生なのだという。うれしいうれしいと笑顔でくりかえすそのようすを見ていて、185センチもある長身だからちょっとわかんなくなるけど、彼もやっぱり年相応の子どもなんだな、19歳だもんなと思った。(…)先生には在留カードについても伝えたのだが、入国にあたっては問題なし、ただ入国後に関係機関をおとずれて再発行する必要があるとのことだった。
 スーツケースをあずけたところで保安検査へ。もろもろすませて搭乗。今日は快晴であるので飛行機も問題なく飛ぶ。こちらは三列シートの通路側。左どなりとそのさらに左どなりは中国人女性でどうやら友人同士らしい。(…)くんの座席は通路をはさんだ右斜め後ろだった。そういうわけで移動中は機内食を食っている時間以外ひたすら『こころ』(夏目漱石)の続き。ときどき居眠りもはさみつつ、着陸するとほぼ同時に読了するにいたった。
 (…)くんとそろって飛行機をおりる。日本人であるこちらは機械にセルフでパスポートを読み込ませるだけで入国審査をパスできるので、先にbaggage claimに行って待っているよと(…)くんに告げる。baggage claimのベルトコンベアには当然まだ荷物が姿を見せていない。周囲には大きめの紙をもっている女性スタッフが数名いる。荷物を間違えないようにしてくださいという注意が日本語と中国語で記されている紙だ。荷物がまわってくるのを待つひとときを利用してスマホSIMカードを日本のものに入れ替える。それから(…)に無事空港に到着したとLINEを送信。
 ほどなくして(…)くんがほかの中国人客らとそろってやってくる。わんちゃんはいないですかと(…)くんがいう。以前ここで探知犬を見かけたらしい。こちらは一度も見かけたことがない。われわれの荷物がまわってきたのはずいぶんあとのほうだった。税関に提出する書類の書き方を(…)くんに教える。
 税関をパスしてロビーに到着。(…)くんは南海電鉄でアパートにある最寄駅まで移動。こちらはリムジンバスで京田辺まで移動。ここでお別れだ。特にあれこれ交わすこともなく、明日また学校で顔を合わせるようなテンションでさよならする。とはいえ、彼がもし志望大学に合格したらそのときは夏休みを利用していっしょに京都で遊ぼうという約束を济南の空港で交わしていたし、それは社交辞令ではなくておたがいけっこうマジで思っているはず。だからこそのあっさりとした別れだったのだ。
 便所で小便をすませたのち外へ。券売機で京田辺行きのチケットを買う。釣り銭の百円玉がやけに多い。変やなと思いながら財布につめこみ、バス停の先頭にならんだところで、あ、たぶん先客が取り忘れた釣り銭がまざっとったんや! とひらめいたが、まあええかとネコババさせてもらう。寒いなか20分ほどバスを待つ。途中まで読み進めて放置していた『東京の生活史』(岸正彦・編集)の続きを読む。
 バスに乗る。発車してほどなくアナウンスが、日本語と英語と中国語で韓国語で流れたのだが、目的の停留所前で停車ボタンを押すようにという。いや、停留所が京田辺と京都駅前のふたつしかないそんなバスでいちいち停車ボタン押すんか? マジで? というか次の停留所は京田辺であるし、だったらいままさにこのタイミングでボタンを押すのか? いやでも到着予定時刻は一時間ほど先やぞ? いやマジでそんなボタン押す必要あんのか? そもそも乗車前にどこでおりるかの確認もしとるわけやから運転手もわかっとるやろ? などと子どもみたいに逡巡する。がしかし、京田辺が近づいてきたところでふたたびアナウンスがあったので、座席から腰をあげて高い位置にある停車ボタンを押した。なにか勇気を必要とする行為だった。
 こちら以外にも男性ひとりと女性ひとりが京田辺でおりた。おりた先は、夜であるからよくわからんのだが、たぶん高速道路の入り口みたいなところだったはず。とりあえず(…)に電話する。予定よりはやく到着したためか、まだ家を出ていないという。ここまで10分ほどで到達するというので、そもそもおれいまからどっち歩いてったらええんやというと、車道沿いに出てほしいとのこと。歩行者用の通路があるはずだからというので、とりあえず勝手知ったるようすでスーツケースをガラガラさせて去っていく同乗者の女性のあとを追ってみることに。それで問題なかった。じきに一般車道沿いに出た。ガストとマクドの看板があった。あそこを目印にすればええかなと思ったが、もうすこし離れたところにローソンの看板がみえたので、そちらに移動することに。ローソンにいると(…)にLINEを送ってから店内でペットボトルの茶を購入。そうして店の外に出ると、駐車場にすでに(…)の車があった。
 トランクにスーツケースをのっけた。それから助手席のほうにまわったが、(…)ちゃんからちょっとしたものを買ってきてほしいとたのまれているというので、こちらも夜食を買う目的でふたたびローソン店内へ。広島焼きを買う。(…)ちゃんのいうちょっとしたもの(チョコなどのお菓子)の代金も宿泊代としてこちらが支払う。
 車にのって帰路につく。济南でのフライトキャンセルの件についてざっと経緯を説明する。(…)はフライトキャンセルの経験はないらしかった。ただし、往路と復路のチケットをまちがって購入していることに土壇場になって気づいたというひやひやの経験はあるという。
 (…)ちゃんが癌になったという衝撃の話もあった。さすがに声をあげた。子宮頸癌だったという。(…)を妊娠している最中、癌ではないけれども今後癌になるかもしれないね的なものが見つかっていた。仮にそれを癌もどき(というと食い物みたいだが!)であるとすると、その癌もどきにも重度・中度・軽度のランクがある。妊娠中は軽度だったが、出産後の検査で重度であることがわかった。しかし医師によればこれはよくあることであり、その後癌になる可能性もかなり低い、とりあえず患部だけ二泊三日の入院でちゃちゃっと切除すればいいでしょうという話だった。で、実際に手術して切除した箇所を検査に出すわけだが、三週間後に結果が出た。癌だった。もっとも癌化していたのは切除した箇所のほんの一部。今回の切除でもっておそらく問題なしであるわけだが、見えないレベルで子宮に転移している可能性もゼロとはいいきれない。それで大事中の大事をとって子宮も全摘することになったとのこと。最初に癌という告知があったときはさすがに血の気がひいたという。(…)ちゃんも病院のベッドで泣いていたというので、あんたもそれいろいろ最悪の想定してまうやろというと、人生詰んだってマジで思ったという返事。保険のがん特約に入っていなかったことが悔やまれるという。(…)ちゃんは入っていたほうがいいんでないかという意見だったのだが、(…)はネットで情報をいろいろに調べてみた結果、総合的には損をする可能性のほうが高いという判断を下した。もしがん特約に入っていれば、今回の件で家のローンが全部ナシになったわけで、それはたしかにちょっと惜しい。しかし、ま、命があってよかった!
 ちなみに(…)は子どもはふたりで十分というあたまだったので子宮全摘についてはなにも思わなかったのだが、(…)ちゃんはもしかしたら今後弾みで三人目をつくる可能性もあるかもしれないという考えもないことはなかったらしい。だからその点ちょっと残念に思っているとのこと。(…)は三人目よりも大型犬のほうが欲しいといった。
 到着。スーツケースは玄関に置きっぱなしにして無人のリビングに入る。広島焼きをレンジでチンしてもらって食う。(…)としずかな声で雑談していると、(…)の寝かしつけを終えた(…)ちゃんが下におりてきたので、(…)ちゃんえらいたいへんやったねとむかえた。2023年(…)家はさんざんだったといった。(…)も(…)も(…)ちゃんもガンガン病気になった。(…)ちゃんは自身大病をわずらった経験から最近は口に入れるものにも気をつけるようになっており、塩麹を使った料理などもはじめているとのこと。うちの母親も子宮筋腫でこちらが中一のときに子宮を全摘しているという話をした。摘出した子宮も見せてもらったというと、(…)ちゃんも見せてもらったというのだが、こんくらいでといいながら手で表現してみせたサイズがやたらと小さかったので、え? おれが見たのはもっとでかかった気すんのやけどというと、筋腫だからたぶんすごくのびていたんだと思うという返事。なるほど。ちなみに(…)ちゃんはまだ若いので卵巣は残すかたちでの手術だったという。ホルモンバランスをおもんばかってのことだろう。
 (…)も(…)も元気にしている。フライトがキャンセルされていなければ、今日の昼間にはみんなでいちご狩りに出かけていたはずだった。しかし最近になって(…)がいちごのことをあまり好きでないことが判明したという。どうも果実の酸味が苦手らしい。しかしいちご狩りそのものは楽しみにしていたらしく、「(…)ちゃん先生」のためにいちごをたくさんとってあげるつもりだと夫妻によく話していたとのこと。(…)はまだ三歳であるわけだが、保育園の先生がびっくりするほど記憶がしっかりしているらしく、たとえば去年の夏休み、こちらと(…)夫妻と(…)夫妻でバーベキューをしたときのこともよくおぼえており、「(…)くんのところでバーベキューして楽しかったなァ!」などとたびたび口にするとのこと。言葉もずいぶんしっかりしていて、その点も保育園の先生から驚かれるという話だが、とはいえ年齢相応に不鮮明になることもときおりある。それまでふつうに会話していたのに、急にとんちんかんなことを言い出したり、わけのわからん喃語めいたものをもごもご口にすることもある、そのたびに(…)ちゃんがふざけて「なにいってんのかわかんないだけど」と言っているうちに、(…)自身、じぶんの発言がグズグズになりかけると、「ちょっといま(…)ちゃんなにいってるかわからんな!」と言い出すようになったとのこと。クソおもろい。いまの(…)は思考と言語がけっこう明確に分離した状態で生きているのかもしれん。
 あと、高校時代の同級生である(…)と会ったという話もあった。いまだに付き合いがあることにまず驚いた。(…)は(…)県内に住んでいるらしい。結婚して子どももふたりいる。その(…)が住んでいる地域の近所だったかに動物園があり、いや近所ではなかったかもしれないが、とにかくその動物園に遊びにいった帰りに(…)の家に立ち寄ったとのこと(そしてそのこともやっぱり(…)は楽しそうに懐古するのだという!)。(…)はたいそう老けていたと(…)はいった。高校時代は美少年みたいなアレだったのにいまやすっかりおっさんだった、と。奥さんのほうはおしとやかで物腰もひかえめでというので、ああ(…)の奥さんって感じするなというと、そう? という反応があったので、あいつけっこう亭主関白っぽいとこあるやろ、いろいろ保守的やったやん、女は三歩下がってうんぬんみたいな価値観けっこうナチュラルにもっとりそうやんといった。
 翌日は平日。そういうわけでおしゃべりは適当に切りあげてはやばやと二階の寝室にあがった。着替えを出すのもめんどうだし時間もかかるので、風呂にも入らず歯もみがかず、そのまますぐに布団にもぐりこんだ。