20240116

「うちはみんなオークラで挙げてるでしょう?」
「オークラ、年内に本館を建て替えるらしいわよ」と伯母。
「それ本当?」
東京オリンピックに向けて壊しちゃうんですって」
「あら、噂には聞いてたけど……」
 祖母は残念そうだ。
「だったら建て替え前にお式を挙げるといいわ」
 幸一郎の母が華子に向かって、なんとも断定的なものいいで言った。その何気ない発言だけで、彼女がどういう人物であるか華子には察しがついた。自分がいちばん正しいと信じて疑わない、自分のものさしでしか人をはかれない、狭い世界に君臨してきた女性。そういうおばさまは往々にして、美しいものや文化をこよなく愛し教養もあるが、なぜかそれが内面の寛容さには一切結びつかないのだった。
山内マリコ『あのこは貴族』)



 7時にアラームで起きた。階下に聞き耳をたててみるとひとの話し声のようなものが微妙にきこえたので部屋を出て移動。リビングには(…)がひとりでいた。話し声はテレビだった。顔だけ洗わせてもらう。リビングにもどると(…)ちゃんと(…)もいた。(…)はソファに座ってテレビを見ていた。こちらの存在には気づいていない。ソファの後ろにまわり、指先で背中をつんつんしてから身をかがめる。(…)は後ろをふりかえった。そして夫妻にむけて、いまつんつんした〜? とたずねた。もう一度おなじことをくりかえした。今度はこちらの存在に気づいた。
 テーブルについた。きのうローソンで買った菓子パンを食った。(…)ちゃんから昨日の夕飯の残りものだという豚汁ももらった。(…)はあいかわらず大食いだった。丸いパンひとつ、食パン四分の一がふたつ、あとはなんだったか、ヨーグルトだったか牛乳だったか、それにもう一品くらいあったと思うのだが、バクバクと食った。きのうづけの記事に書き忘れていたが、(…)とは昨夜顔を合わせていたのだった。夫妻とこちらの三人で話している最中、二階の寝室から夜泣きする声がきこえてきて、それで(…)ちゃんが駆けていき、抱っこしてもどってきたあとにしばし戯れたのだったが、夏休みに会ったときとはちがってすっかり人間らしくなっていた。目でこちらの動きを逐一追ったし、笑顔を見せることもたびたびあった。ハイハイもできる、つかまり立ちもできる。歯はまだ生えていない、離乳食も食べはじめていない。
 (…)が先に仕事に出かけた。(…)ちゃんが化粧したり準備したりしているあいだ、こちらは(…)と(…)の子守り。(…)はじぶんで着替えをすることができるようになっていた。保育園に出かけるまでのあいだ、いっしょに教育テレビ——ではなかった、いまはEテレというんだったか、あれを観たり、トミカでちょっとだけ遊んだりした。
 それから四人そろって家を出た。(…)ちゃんの運転する車の後ろに紗蘭とそろって座った。(…)は助手席。保育園までは10分程度だったと思う。これは昨夜聞いた話であるのだが、(…)が通う予定の小学校は超のつくマンモス校らしい。全校児童数が千何百人かで、一学年につきクラスが7つだか8つだかあるのだという。しかもその割には校庭が異常にせまい。それで地域住民らの手によって校庭を新設してくれという署名運動までおこなわれているという話で、住宅街としてこれほど急ピッチで開発が進んでいる地域であるのだからいずれこうなることは火を見るよりもあきらかであったのだろうし、そもそも子育て支援少子化対策そのものでありそういう意味ではなによりも優先すべき事項であるというあたまだって行政のほうにあるはずなのに、どうしてそのあたりのところが追いついていないのだろうかとふしぎに思う。いや、保育園および幼稚園の数はそれでもここ数年で四つか五つ増えたという話であるし、お役所はお役所でいろいろがんばっているのかもしれないが、いずれにせよ、小学校はあとひとつかふたつ増やしてもいいんではないか。そうしないと今後かなりむずかしいことになってくるのでは?
 保育園に到着する。(…)ちゃんが(…)を園に連れていく。そのあいだこちらと(…)は車で留守番。ギャン泣きするかもしれないと(…)ちゃんは多少心配していたが、そんなことはなかった、(…)はずっとおとなしくしていた。夏休みに会ったときはとにかく夜泣きがひどく、京都市内まで車で出かけた帰り道など車内でずっと泣き通しで大変だったのだが(にもかかわらず助手席で居眠りをはじめたこちらを夫妻はのちのちまで信じられないとネタにしていたが!)、最近は前にくらべるとずっとおとなしくなったらしい。とはいえ声はデカい。同世代の赤ん坊とくらべてもずっとデカい。それでいえば昨夜、(…)は音感が優れているので将来ミュージシャンになるとして、(…)は声がデカいのであるからオペラ歌手になればいいみたいな話もしたのだった。あと、近所にピアノ教室があるのでそこに一度打診してみたところ、そこのピアノの先生というのがかなり本格的なひとであったらしく(教室にはグランドピアノがあるらしい)、ピアノの練習は五歳まで待ってほしい、三歳ではじめてしまうとまだ手が小さいので鍵盤に届かない、そこで無理やり弾こうとすると変なフォームが身についてしまうと言われたという話もあった。(…)はあいかわらず音楽が大好きで、家にいるあいだはしょっちゅう歌をうたっているし、保育園でもほかの園児がみんな遊んでいるなか、ひとりだけ保母さんの弾いているピアノのそばから離れようとしないほどなのだという。
 新祝園駅のそばでおろしてもらった。また金曜日に出直しますといってお別れ。まずは大和西大寺に移動。到着後、券売機で特急券を購入し、そこから一気に(…)駅まで。今日はやたらと寒かった。日本も今年は暖冬だという話だったが、昨日今日で突然寒くなったらしい。あまりに寒かったので車内でもコートのフードをかぶって過ごした。『東京の生活史』の続きを読み進める。
 駅に到着。裏口に母の車がやってくる。トランクにスーツケースをのせて助手席に移動。(…)は元気にしているという。だいぶ弱ったが、それでも夕方には以前と変わらず(…)までドライブに行っているとのこと。ただ、朝の散歩はもうしなくなった。それからほぼ毎日のようにうんこを漏らすようになった。夏休みの時点ですでに括約筋がゆるんでおり、たびたびうんこを漏らしていたわけだが、いまは夜中ほぼ毎日脱糞するという。幸いなことに(…)は快食快眠快便であり、うんこを漏らすといってもコロコロの固形物なので処理も楽なわけだが、それでも頻度が増えてきているので、そろそろ寝る前にはこれまでのようにマナーベルトではなくおむつを装着させたほうがいいのではないかということで、すでにネットで安い人間用のやつを購入したという話だった。
 正月に従姉妹の(…)が来ていたという話もきく。なんでまたこんな田舎に来たのだ、と。もともとは夏休みに来たがっていた、しかしそのときは友人の女の子もいっしょに行っていいかと打診された、さすがに知らない子の面倒は見れないというわけでそのときは断った。その友人の女の子というのはいま(…)のうちに居候しているらしかった。元カレもそうであるが、(…)はしょっちゅうだれかれをうちに連れてくる、そしてそのだれかれはたいていそのまま居候となってしまう。(…)としてもその居候にはややうんざりしているところがあったのだが、だからといって出ていってくれと頼むわけにもいかない。で、今回の正月はその居候をうちに置いて(…)ひとりで(…)までやってきたわけだが(つまり、うちには(…)の離婚した両親と居候の三人がいるということになる)、到着したのは夜でその日はうちに泊まった、そして翌日は弟とふたりで(…)に出かけて(とんでもない人混みだったらしい)その日もうちに泊まった、そしてその翌日は名古屋の友人のところに遊びにいった——たしかそういう流れだったと思うのだが、(…)に参拝に出かけた夜、(…)の母親——というのはすなわちこちらの叔母にあたるわけだが——から連絡があった。居候の彼女の荷物がなくなっている、どうやら出ていったらしいとの報告だった。それを知った弟は、さすが(…)! 参拝のパワーすげえ! と反応した。
 図書館に寄ってもらう。『一心同体だった』(山内マリコ)と『世界泥棒』(桜井晴也)と『ここはとても速い川』(井戸川射子)と『吾輩ハ猫ニナル』(横山悠太)をまとめて借りる。
 帰宅。玄関のとびらをひらく。そのむこうに(…)がいるのだが、床に寝そべっている。こちらの姿を認めてもなかなか立ちあがらない。そうではない、立ちあがれないのだ。立ちあがっても尻尾をふらない。そうではない、ふれないのだ。半年前はゆっくりと立ちあがったのち、どうにかこうにか尻尾だけはふりふりしながら寄ってきたものだが、もうその力もないらしい。それでもこちらが玄関をあがり、居間のほうに移動するとそのあとをついてきて、ゆっくりと重たげに尻尾をふりはじめたし、バスタオルをくわえてひっぱれひっぱれとけしかけてきたりもした。しかしずいぶん弱った。注射のおかげで車椅子はなしでもどうにかこうにかやれているようだが、後ろ足にはほとんど力が入っていないようにみえる。感覚もどこまで残っているのかよくわからない。
 土産物を渡す。まず弟に济南で買った「いやげもの」(みうらじゅん)をふたつ(ひょうたんと蠍)。それから母親には(…)で買った薔薇とレモンと红枣の入ったジャスミンティー(のちほど飲んでみたが、全然うまくなかった!)。あとはおなじく(…)で買ったインスタントラーメンと(…)くんにもらった臭豆腐と辣条(彼は東北人であるにもかかわらずスーツケースのなかに大量の臭豆腐と辣条を入れており、そのうちのいくつかをこちらにお裾分けしてくれたのだ)。臭豆腐は死ぬほど辛かった。弟も父もひと口で無理だとなった。辣条はまだマシだが、それでも辛い。これむこうの子どもみんな駄菓子感覚で食っとるでと告げると、どうなっとんやと父は漏らした。
 風呂に入った。歯もみがいた。さっぱりしたところで居間に寝転がり、『一心同体だった』(山内マリコ)を読みはじめた。眠気をおぼえたので、母の毛布を借りてそのまま居眠りした。目が覚めると18時をまわっていた。今日はもう寒すぎるので(…)の散歩はとりやめにしたとのことだった。
 夕飯。海胆だの赤海老だのを食った。污染水報道をそのまま信じこんでいる学生らが見たらびっくりするだろう。父が居間のテレビでマジシャンの演じるマジックを見ていたのでこちらもちょっとそれに付き合った。それから二階の部屋にあがった。夏休み中は(…)のためにエアコンつけっぱなしの階下で基本的に過ごし、寝るときだけ部屋にあがるようにしていたわけだが、冬の夜はさすがに寒い。部屋にはアーロンチェアが見当たらなかった。弟の部屋だ。その弟はすでに寝ていた。しかたがないので布団の上であぐらをかいた状態で、コーヒーを二杯たてつづけにがぶ飲みしながらパソコンをカタカタやった。まずは2024年1月11日づけの記事を投稿。それから2023年1月12日づけの記事を読み返し、2014年1月12日づけの記事を読み返した。以下は後者より。

「最近、新しい作品をレコーディングしたんだ」
 とラズリは言って、テープをカセットデッキに突っ込んだ。流れてきたのは、何だか凶悪な音楽だった。死にかけの獣が吠えているような。ベースが背骨のようにきしみ、ディストーションをかけたシンセサイザーがうねる。そこに訳のわからない英語の歌詞の絶叫。
「この楽曲のテーマはね、“空腹”なんだ」
 ラズリは黒い小箱を膝の上に載っけていじりながらしんねりとそう言った。
「面白い音楽だな」
 おれは言った。
シーケンサーを使ってるの」
「そうだよ。ドラムスとベースがシーケンサーで、あとアナログのシンセサイザーを使ってる」
「とても絵画的だ。おれは昔、ヘンリー・ミラーを読んでいたんだが、そこにミラーが馬の絵を描くシーンがでてくる。最初馬を描いたんだが、どうにも気にくわない。で、描いた馬の上にまた馬を描いてみた。それでも納得がいかない。で、どんどんどんどん上塗りをしていったら、とうとう最後にキャンバスがまっ黒になってしまった。そのまっ黒のキャンバスにミラーは白絵の具で“馬(ホース)”と描いた」
「へえ」
「この音楽はその馬の絵みたいだな」
「それはほめてるの?」
「ほめてもくさしてもいないよ」
中島らも『バンド・オブ・ザ・ナイト』)

 そのまま2024年1月12日づけの記事も投稿し、2023年1月13日づけの記事と2014年1月13日づけの記事を読み返した。さらに2024年1月13日づけの記事にも着手。ひととおり書いたが投稿はせず、半額品の弁当をレンジでチンして食し、歯磨きをすませ、布団のなかで眠くなるまで『一心同体だった』(山内マリコ)の続きを読み進めた。