20240211

 しかし、ある時期から雰囲気が変わった。ぼくたちは何か大きな出来事があると、その出来事が時代を区分したように思ってしまう。たぶん、何かのバイアスなのだろう。とはいえ、やはり二〇一一年の東日本大震災以降、空気が変わったように思うのだ。メタ視点に立つための、差異化ゲームが敬遠されだした。「逆張り」ぎらいもその一つだろうし、「上から目線」や「マウンティング」という言葉も流行した。
 とはいえ、ゲームは続いている。ぼくたちは集団の評判をとても気にする生き物だ。どうふるまえば、良い評判を獲得できるか。自分の評価を高めるためのゲームは続いている。しかし、ゲームのルールが変わったのだ。たとえば、サブカルチャーが好きな人は差異化ゲームが得意な人が多かった。そもそもサブカルチャーハイカルチャーに対する「あえて」という差異化から出発しているからだ。しかし、サブカルやオタクとして差異化ゲームに熱中していた人が、どうもここ最近はちがうゲームをやっているなあ、と思っていた。さっきの「考察」もそうだし、政治的な発言が増えていくところにもこういうゲームを感じていた。とはいえ、はっきりとしたルールがあるわけでもなく、ノリとか空気みたいなものだから、うまく言い表せなかった。
 ここまで書いてきたことを、もう一〇年来の付き合いになる友人Yさんに話してみた。Yさんはツイッターで知り合った海外文学の研究者である。文学だけでなく、音楽やマンガにも詳しくて、一緒に読書会をやったときはいろんなことを教えてもらった博識なひとである。Yさんからはこんな答えが返ってきた。
「メタ視点に立つための、差異化ゲームが嫌われるなら、その反対では? ベタ視点に立つための、同一化ゲーム」
 あ、忘れてた。逆張りの思考法は、何かを聞いたときその逆を考えることだった。二〇〇〇年代には批評家の東浩紀さんや社会学者の宮台真司さんらが、「メタ」とか「ベタ」とかよく言っていた。「メタ」が自分自身を含めて状況を俯瞰するような、距離を取った視点だとすると、「ベタ」とは皮肉なくそのまま文字通りに受け取ること。そこには距離がないから解釈やツッコミが発生する余地がない。「身体的な体験」や「エビデンス」はまさしく「ベタ」なものだ。
 たしかに近年流行した思想や運動の特徴は、「ベタ視点に立つための、同一化ゲーム」といえる。「当事者研究」や「聞き書き」「社会学」といった「当事者」の声がそのまま反映されたような言説がもてはやされる。それらの一般書は感傷的な筆致で書かれることも多くて、「泣いた」という「身体的な体験」をもたらしている。政治においても「生活」や「運動」の「現場」の当事者の素朴な「実感」が重視される。これらは「「地べた」
の思想」とか言われるが、まさに「ベタ」な思想である。「アイロニー」や「啖呵」といったレトリックは理解されず、文字通りに言葉は受け取られる。
 メタ視点から状況を俯瞰する「理論」や「観念」は「言葉遊び」として嫌われ、距離をとること自体が「傍観者」や「冷笑主義」と非難される。もちろん、当事者に完全に同一化できないので、精神的な距離の近さが競われる。つまり、事件、災害、貧困やハラスメントの当事者に感情的に同一化する。「傷ついた」という「身体的な体験」に「共感」や「同情」するポピュリズムが組織される。「理論」に基づいて行動する「党」は存在せず、「感情」を「動員」する「党派」(部族)だけがはびこることになる。「感情だけが絶対に正しい」とか「感情だけは奴らに渡すな」といって、みずからが抱いた感情にも距離を取ることなく、べったりと同一化することになる。
(綿野恵太『「逆張り」の研究』)



 11時起床。(…)から起きろというLINEがとどいている。正午ごろに迎えにいくという。身支度をととのえる。ラスクと白湯の食事をとる。ほどなくして(…)一家が到着する。父が職場から大量の天巻きを持ち帰ってきていたので、天巻き好きの(…)のために三パック持っていく。(…)は運転しながら天巻きをバクバク食った。健康診断で高血圧とコレステロールの数値がひっかかったというので、ちょっと笑った。(…)さんの高血圧やばかったよなというので、ふだんから200近くあった、下が120とか130とかだったと思う、20代のころからずっとそうだったらしい、病院で血圧を測るたびに看護師さんがこんな数値なわけないとなって二度三度と毎回測定しなおすのがめんどうでしかたないと愚痴っていたと言うと、その数値だと普通いつ死んでもおかしくないレベルだと(…)は言った。
 昨夜は(…)の夜泣きがひさびさにすさまじかったという。そのために(…)ちゃんはあまり眠ることができておらず、ややぐったりしているようにみえた。(…)は「ジイジ」、すなわち、(…)の父親のことがかなり苦手らしく、顔を見るだけで火がついたように泣くらしい。
 (…)のイオンに立ち寄る。例によってこちらは(…)の子守り。アンパンマンかマリオかどちらか忘れたが、幼児をのせるあのカートに(…)をのせて移動する。荷物が提げたままのカートがあったので、仮設ステージを警備している警察官に伝える。(…)のところに贈る出産祝いを買うつもりだったのだが、それらしい売り場が全然見当たらない。二階に一軒だけベビー服専門店があったが、(…)ちゃん曰く、全然聞いたことのないブランドのもので、こんなものをもらっても微妙な気分になるという話だったから、結局、出産祝いは現金でいいかという流れになった。
 フードコートでメシを食う。(…)ははなまるうどんのお子様セットみたいなやつ。こちらと(…)はすがきやのラーメン。(…)ちゃんはミスド。すがきやのラーメン、むかしはたしか290円だったように記憶しているのだが、380円に値上がりしていた。ミスドポンデリングが180円だったか、それくらいになっているという話であったし、なるほど、たしかに物価はガンガン上昇しているようだ。ミスドゴディバとコラボ中らしかったが、一個で380円だったか、さすがにドーナツにこんなお金は出せないと(…)ちゃんは言った。
 (…)ちゃんが(…)に授乳しているあいだ、男三人で一階フロアをぶらぶらする。(…)のイオン、というかオープンした当時は(…)のジャスコとか(…)ジャと呼んでいたのでいまでもやっぱりジャスコと呼びたいわけだが、当時はものすごく大きな店舗だと話題になった記憶があるのだけれども、今日、いったい何年ぶりになるのか、下手をすれば二十年ぶりくらいになるのかもしれないがおとずれてみたところ、ふつうに二階までしかないことが判明して、え! (…)((…)市内にあるイオンモール)と同じやんけ! しょっぼ! となった。(…)とそろって祝儀袋を買う。先の仮設ステージ前を通りかかる。イベントが行われており、立ち見客が通路の一部を塞いでいる。警視庁主催の、たぶん振り込め詐欺防止とかそういうキャンペーンだと思うのだが、女性司会者のかたわらに警察の制服を着たおっさんが突っ立っており、マイク片手になにか語っている——そのようすを遠目に認めた(…)がこちらをふりかえり、意味ありげな表情を浮かべる。どうやら芸能人らしい。だれやねんと思ったが、司会役の女性の発言ですぐにわかった、小倉久寛だ。そういえばここらの出身だという話をむかし聞いたことがある。(…)はわざわざスマホでステージの写真を撮っていた。田舎の年寄りみたいなふるまいすんな!
 ジョーシンで(…)のためにトミカを一台買ってやる。(…)はトミカの車両をならべるためのステーション的なものに夢中になっていたが、さすがにそんな高額のものを買ってやる余裕はない。(…)が今回選んだのはスーパーグレートコンクリートポンプ車。名前を教えてやると、その長さが愉快であるのか、「ええ!」とわざとらしい表情を浮かべて驚いてみせた。トミカを選んでいるあいだ、外見の印象からしていまどきちょっとめずらしいクラシカルなオタクと思われる同年代の男がおなじトミカのコーナーにやってきたが、先客であるわれわれの姿を認めていったんむこうに去っていった。たぶん趣味でトミカを集めているのだろう。トミカもいずれレアになって高く売れたりするんだろうか? ま、将来売るつもりでいるのだったらちゃんと箱を取っておく必要はあるんだろうが!
 (…)ジャをあとにし、そのまま(…)家へ。インターホンを押してからカメラの前でふざけた動きをくりかえす。(…)がにやにや笑いを浮かべながら外にやってくる。そしてこちらの姿を認めるなり、扉を閉める。それを二度くりかえす。宅にあがる。(…)が迎えにやってくる。あいかわらず少年期の(…)そっくりだ。(…)ちゃんにもあいさつ。玄関には小さな水槽があり、そのなかでヒメダカが飼育されている。肉食の熱帯魚の餌として飼育されているものだ。
 リビングで赤ん坊が居眠りしている。生後半年ほどの二人目だ——と思っていまLINEの履歴を確認したが、9月28日生まれだった、まだ生後五ヶ月も経っていない。名前は(…)。ほっぺたがめちゃくちゃふっくらとしており、ちょっと『風来のシレン』のペケジに似ていたので、なんかおにぎりみたいちゃう? とおもわず口にすると、夫妻は笑った。(…)は抱っこしても全然寝ないらしい。だからいわゆる寝かしつけがまったくできない。いまの時点では問題ないが、夜泣きがはじまる年齢になったらどうしようという不安はあるとのこと。
 クソデカい水槽で買っていた高級熱帯魚の一匹がいなくなっていた。たしか8万円ほどしたやつだ。病気で死んだらしい。代わりに同種の稚魚を4万円でまた買ったというので、おめー小学生のころはおれといっしょにドブ川のハヤ網ですくって満足しとったやんけ! 初心取り戻せ! というと、(…)ちゃんが無言でうんうんとうなずいた。
 (…)はさっそく(…)家のおもちゃで遊びはじめた。(…)はその後ずっとおもちゃ遊びに夢中で、ほとんどしゃべらなかった。全然うるさくない。これは楽だ。(…)はあいかわらずお父さんっ子で、いまでもトイレでうんこ中だろうとなんだろうとおかまいなしに(…)のところにしょっちゅうやってくる。言葉もガンガンおぼえはじめているようだが、父親が父親なので、「ババア」や「うるせえ」などの汚い言葉のみならず、クレーンゲームで取ったエヴァンゲリオンのアスカのフィギュアにほおずりしながら「たまんねぇ〜」と口にするという芸も仕込まれていた(どうかで思うで、ほんまに!)。あと、じゃれあいやくすぐりっこで負けたときは「まいった」というようにも教えられているようだった。それから、近所に住んでいる若い夫婦だと思うのだが、たしか(…)という名前だったか、そのうちのお母さんがうちの前の道路を歩いていくのを見かけるたびに、「あ、(…)ママや!」と(…)が口にする、すると(…)は窓際まで走っていってそのようすをながめる、そういう流れが習慣となっているようだったので、付き合いあんの? とたずねると、「いや全然」という返事があったので、これにはさすがに笑ってしまった。
 手土産のミスドを食う。(…)ちゃんがコーヒーを淹れてくれたので飲む。(…)ちゃん((…)家の次女)はなんで離婚したのかとたずねた。(…)はちょっとむずかしそうな顔をしたのち、まあいわゆる価値観の違いってやつになるんかなぁ〜と言った。いちど(…)が姉夫婦の運転する車に同乗しているときにとんでもない口喧嘩をはじめたことがあった。双方ともに本気の怒鳴り合い。おなじ車には当時小学校低学年だった長男もいたのだが、両手で耳をふさいで聞かないようにしていた。そのようすを見て、これはマジでかわいそうやなと思ったとのこと。
 (…)は途中で目を覚ましたが、おとなしくしていた。全然泣かない。泣いたとしても、(…)にくらべるとまったくやかましくない、この程度の声量だったら全然となりで居眠りできてしまえるなと思う。その(…)は(…)家に到着後もおとなしくしていた、愚図るようなことはまったくなかった。(…)は三番目がほしいが、(…)ちゃんはもういらないという。(…)ちゃんは(…)を出産するときに帝王切開したらしい。
 (…)は明日も出勤らしい。祝日だろうとおかまいなしだ。昨日は昨日で半日ほど出勤だったという。祝日出勤の手当はいちおうある。余分に金がもらえるという仕組みではなく、祝日の場合は何時に仕事が終わったとしても丸一日働いた分と同額の給料が支払われるという仕組みらしい。だからもっとも割のいいパターンでいえば、朝に出勤して会社横の現場でクレーンを30分ほど動かしただけで仕事完了、それで丸一日分の給料がもらえるということもあるという(もちろん、そんなおいしいパターンはごくごく稀であるが!)。
 (…)の声真似をするときはこちらも(…)もダミ声のヤンキー口調を使うのが習慣になっているのだが、おまえらなんでおれのしゃべる真似するときにそんなヤカラみたいな口調になんのじゃと(…)は言った。こいつもするしなと言いながら(…)ちゃんのほうを見るので、笑った。(…)ちゃんはおとなしくひかえめなひとなので(けっこう人見知りするほうらしい)、(…)のダミ声をまねしているところが全然想像できない。
 時間になったところでお暇することに。夏休み中にここに来たときはみんなでバーベキューをしたわけだが、その際の食費としてこちらは中国出稼ぎ労働で得た一万円札をテーブルにぽーんと置いて、これがワシの力量じゃ! とイキりにイキッた。しかしバーベキュー本番でこちらがもっとも楽しみにしていたあたま付きの赤海老を冷蔵庫に入れたまま出すのを忘れており、結果、赤海老は後日(…)夫妻によって全部食われることになった——そのことの恨みが残っていたので、次の夏休みにはちゃんと赤海老を用意しておけよと、帰りぎわにしつこく何度も何度も訴えた。車を駐車スペースから出してバイバイする場でも、(…)が礼儀正しく、「遊ばせてくれてありがとう」と窓をあけてあいさつしているそばから、「(…)くん、赤海老用意しといてください!」と子どもの口調で訴えた。
 帰路の車内では(…)も(…)も(…)ちゃんもみんな寝た。運転席の(…)とやや声をひそめて、こちらの弟の現状について話した。つまり、いまのところは(…)やんのところで(…)作りの手伝いをバイトの立場でしているだけだが、いずれは下請けとして独立というか暖簾分けというかそういう立場を固めることができればいいと、弟というよりもむしろ兄が考えているらしいという話だ。
 到着。三人を起こさずに車をおりる。帰宅すると、今日も(…)は(…)川をよく歩いたと母が言う。あたらしい犬とも知り合いになったらしい。食後はソファでBuriedbornes2をいつものように一度だけプレイ。古代の覇王を倒した。吟遊詩人+人間+高貴の組み合わせで、スキルは三つか四つサンダークラウドで固める、それでもって帯電の反射ダメージで相手をぶっ倒すというパターンがうまくハマった。
 入浴。腹の調子が悪かったので整腸剤を服用する。『8』(ROTH BART BARON)を流しながら、間借りの一室にてきのうづけの記事の続きを書く。amazonで学生らの土産をディグる。バレンタイン前だからだろうか、ゴディバの小さなチョコの詰め合わせが安い値段で売りに出されていたので、これでいいやとポチった。