20240301

レジで代金を払った人々が、手に盆を持ったままくるりとこちらに向きを変える。そうして、目で空席を捜す。代金を払い終り、テーブルに向かって歩き始める前の、その一瞬の無の時間。そのとき彼らは何者でもなく、彼らの仕事も役職も消えうせて、ただプラスティックの盆の上にゼリーをのせたまま、馬鹿みたいにつっ立っている。次にどうすべきかを、決めかねているかのように。
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.205)



 アラームで9時起床。10時から会議なのでひさしぶりに早起き。だるい。だるいが、来週からはもっと早起きする必要のある生活がはじまる。クソ喰らえだ。はやく夏休みになってほしい。時間がないので朝食は白湯のみとした。おもしろかったのはそれでもうんこをしたくなったこと。冬休みのあいだはうんこをするペースもまるっきり不規則であったのに、こうやっていざアラームで午前中に目を覚ましてという生活がはじまるやいなや、肉体がほとんど自動的に朝うんこをしてから出かけるモードにリセットされるらしい。
 徒歩で(…)楼にむかう。エレベーターで五階にある国際交流処の会議室へ。BとH以外はすでに全員そろっている。みんなコーヒーマシーンでこしらえたコーヒーを飲んでいる。Lから飲むかとたずねられたので、飲むと応じる。ロシア人のTからなにか質問されたが、まったく聞きとれない。早口のロシア訛り。発音だけでいったら、こちらよりもはるかに悪いと思う。となりにいたイギリス人のJが「通訳」してくれる。日本と(…)どっちが寒いかという質問だった。英語を英語に通訳してもらうこの感じ、なつかしい。タイ・カンボジア旅行中にSがしばしば担ってくれた役割だ、と、書いたところで思い出したのだが、日本に帰国する前にほかでもないそのSから突然メッセージがとどいたのだった、あのときはひとまず短い返信だけ書き送ったのだったが、以降音沙汰はない。いったいあのメッセージはなんだったんだろう?
 Lからpolice stationに行く必要があると言われた。知っていた。外国人は入国後24時間以内に管轄の警察署でregisterする義務があるのだ。ただ(…)にもどってきた当日は道路が完全に凍結しており外出はなかなかむずかしい状況だったし、Lのほうからそのうち連絡があるだろうと思って放っておいたわけだが、この放置はやっぱりあまりよくなかったらしい。ペナルティがあるかもしれないというので、げ! となった。のちほど電話で確認してみるとのこと。
 BとHがやってきたところで、コーヒーはあとまわしにして一同隣室に移動。会議。まずはパキスタン人のKが自己紹介をする。出身はパキスタンであるが、卒業大学はマレーシアにあるなんとかいうところ。たぶん名門だろう。Kはスーツで正装しており、口調もおだやかで顔つきもきびしく、他人におもねるような笑みをいっさい浮かべることがない。見るからにprofessorという感じだ(対してこちらはのびすぎたあごひげの先端をヘアゴムでちょちょっとたばねているただのカスである)。Hもおなじくマレーシアにあるなんとかいう大学の出身だという。その後全員が自己紹介。こちらは先日Kとは路上でばったり遭遇しており、その時点で自己紹介をすませているわけだが、ここでもいちおうおなじやりとりをくりかえすことに。途中、Lがやってくる。国際交流処のボス。彼女はかなり忙しいらしく、全員に対するwelcomeのあいさつだけすませるとすぐにまた部屋を出ていったが、その直前、来週日本の提携大学からdelegationがやってくることになっているのでdinnerに参加してほしいという注文があった。ちょっとびっくり。提携している大学があることは知っていたが、そっちのスタッフがやってくることなんて今回がはじめてではないか? いや、こちらが赴任する直前、Mさんがひとりで働いていた時期に、提携先の教員と学生がそろって(…)にやってきたことがあり、当時の日本語学科の学生も複数まじえて交流するというイベントがあったみたいな話を聞いたことがある。そのイベントが再開されたということだろうか?
 自己紹介のすんだあとは例によってLがcontractの内容を読みあげる。それをときどきMが捕捉する。途中、パキスタン人のKがexcuse meと割って入り、researchやjournalについて質問した。しがない語学教師として雇われているこちらやJやBには関係ない話であるが、ほかの教員らはみんな博士号持ちの研究員(?)として雇われているわけで、それで執筆した論文をどう発表すればいいかとか、研究予算をどうやればもらえるかとか、そのあたりを管轄しているはずの担当者にいつ連絡をしてもまともにとりあってもらえないとか(これはロシア人のTの口にした不満だ)、そういう話がcontractの読みあげが終わらないうちにはじまった。クソどうでもええな、Youtuberの結婚発表くらい興味ないわと思っていると、Lが語学教師である三人はひとまず隣室に移動してそこでコーヒーブレイクでもすればどうかと提案してくれたので、三人そろって先の一室にもどった。そしてコーヒーメーカーでコーヒーを淹れた。Bは例によって心を閉ざしたレアなアメリカ人であるので、主にこちらとJのあいだでこの冬の気候についてであったり今学期の授業計画についてであったりを話す流れとなり、で、Jが水を向けたときだけBも返事をするみたいな感じだったが、Bは今学期(…)の授業を担当しているようだった。(…)だけであるのか、(…)もであるのかはわからない。しかし先学期(…)の教室でBの姿を見たことは一度もないし、もしかしたら先学期も含めて完全に(…)専属教師として働いているのかもしれない。Jは今学期からbusiness Englishの授業も担当することになったという。それにくわえて国際学院の授業も担当しているわけだが、外国語学院の学生にくらべるとずっとやる気がなく能力も落ちるというので、え? そうなんだ? とちょっと驚いた。今学期の授業は週に四コマだったか五コマだったか、しかし毎学期あとになってから追加の授業を課されることがあるので、たぶん今学期もそうなるだろうとのこと。飼い犬のLは雪を楽しんでいたかとたずねると、積もった雪の上を走りまわっていたというので、うちの犬とは全然違う、うちのは雪が積もったとき庭に出ようとすらしなかったと受けた。積雪のせいでいろいろとトラブルも発生したとJは言った。キャンパスにある建物や設備の一部がぶっ壊れたというので、Kさんが以前言っていたやつだなと思った。キャンパスにある街路樹の枝も折れまくったという。積雪のせいだけではない、枝そのものが凍結してしまったからだ、と。
 Lおよびほかの外教らもほどなくしてやってくる。VPNについてやや小声でJにたずねる。Has it been working well? とたずねると、問題ないという返事。中国のインターネット規制がまた強化されるという報道を見た、われわれのように外国企業が運営している有料VPNを使っている人間は直接影響を受けないと思うが、中国国内で提供されている無料のVPNはおそらく今後手にいれることが難しくなると思うと、そう告げたのは昨日だったか一昨日だったかに、「中国の「アプリ申請化」でインターネットがより閉鎖的になると不安の声」(https://japan.zdnet.com/article/35215829/)という記事を読んだからだ。

 中国では、モバイル端末向けのアプリが申請制へと完全移行することが決まっている。これまで、開発者はモバイルアプリをアプリストアに登録するだけでよかったが、今後は関係当局に事前の申請手続きが必要となる。アプリストアは届け出がされているアプリだけを公開し、未届けのアプリの提供は禁止される。この変更に対して一部のネットユーザーが大きく反発している。
 ことの発端は、2023年8月に中国の情報産業省に相当する工業和信息化部が発表した「モバイルインターネットアプリケーションの登録の実施に関する通知(工業和信息化部関于開展移動互聯網応用程序備案工作的通知)」というもの。中国では、基本的に「Android」端末で「Google Playストア」が利用できないため、騰訊(テンセント)・百度バイドゥ)などのネット大手や、小米科技(シャオミ)・華為技術(ファーウェイ)などのメーカー各社は自前でアプリストアを運営している。そこで、アプリ開発者は当局の通達に従って申請手続きを行い、登録が完了すると各アプリストアに公開されることになる。「iOS」も同じで、Appleは当局の通達に応じて開発者に登録を促している。
 「微信(WeChat)」で動作するミニプログラムも対象となっている。また、スマートテレビやセットトップボックスについても「アプリストア以外からアプリをインストール/アップデートできなくなった」という声が上がっている。スマートテレビは、アプリストア以外からさまざまな便利アプリを入れてカスタマイズするのが当たり前となっていたので、今後は不便になるだろう。
 通達によれば、「アプリケーションサービス事業者(ASP)やプラットフォーム事業者、デバイスメーカーは未登録のアプリにネットワークアクセスなどを提供してはならない」とし、「法律や行政法規によって公開や送信が禁止されている情報を発見した場合」はアプリへのアクセス停止、配信した情報の拡散防止、関連記録の保管と当局への報告といった「違法かつ不法な情報を監視し、処理するための仕組みの確立が必要」だとしている。
 中国製のアプリだけでなく、外国製のアプリも申請手続きをしないとアプリストアで公開されないし、未登録アプリの利用は禁止措置に触れることになる。これまで、Google系アプリや各種SNSアプリも中国でインストールすることはできた。だが、今後はこれらのアプリも消されることになる。実際、シャオミのスマートフォンで「Telegram」を使っていたネットユーザーはアプリの更新情報を受け取り、従来通りにシャオミのアプリストアからパッケージをダウンロードしてインストールしようとしたところ、正常に完了せず利用もできなくなったという。
 中国には、仮想私設網(VPN)で海外にアクセスする人々が一定数いる。海外のSNSやニュースを見たり、サービスを使ったりするだけでなく、オンラインゲームやコンシューマーゲームのアップデートなどにもニーズがある。こうしたネットユーザーは、今回のアプリ登録の義務化によって、将来中国からネットの壁を越えることができなくなるのではないかと心配している。また、特定の通信を遮断するブラックリスト制から、必要な通信だけを許可するホワイトリスト制にかじを切るのではないかと危惧する声もある。
 中国メーカーのデバイスだけでなく「iPhone」も対象となっているように、中国国内で展開されているスマートフォンを利用する際に問題が発生する恐れがある。Google Playストアが最初から入っている海外のAndroid端末なら問題ないと思いたい。国内で手に入れたスマートフォンのROMを書き換えるという手もあるが、工業和信息化部が2022年に発表した「スマートフォンのプリインストールソフトの行為の通告(関于進一歩規範移動智能終端応用軟件預置行為的通告)」にあるように、ROMを更新してはならないという条文に引っかかる。スマートフォンの修理やオンラインショップで請け負う業者もいるが、グレーなサービスだといえる。
 中国には「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉がある。SNSには、並行輸入品のスマートフォンを購入するか、Andorid端末のroot化やiOS端末のジェイルブレイク(脱獄)などをするというコメントがあった。だが、海外製のアプリがインストールできなくなるだけではない。開発者の多くは数十~数百のアプリを開発しており、それらの申請手続きなどさまざまな手間がかかる。これによってアプリ開発のモチベーションが低下するという声もある。

 これを読んだかぎりでは、日本で買ったスマホに日本国内でVPNをインストールしたのを中国国内にもちこんでいるじぶんのような外国人が直接影響を受けることはないだろうが、これが今後のより厳格な規制の第一歩目である可能性はおおいにあるし、なによりこれでまた人民らの翻墙する難易度およびリスクが増加したのが痛い。これ以上白痴的な愛国社会になったら、いったいどうなってしまうんだろうと思う。
 Lはpolice stationの関係者に電話で連絡をとるべくいったん廊下に出た。そして戻ってくるなり、今回は罰金を支払う必要はないと言った。本来であれば一日遅れるごとに500元の罰金が発生していたというので、え? じゃあ22日にこっちにもどってきたこちらは最悪の場合500元×8日=4000元=80000円の罰金を支払う必要があったということか! となかなかけっこうぞっとした。これまで入国後のregisterが遅れたことは一度もなかったのでその点を踏まえて大目に見てもらった格好らしい。今日の15時半にofficeにもう一度来てほしい、合流後いっしょにpolice stationに行きましょうというので、了解。
 Bはいつのまにか去っていた。こちらとJも一緒に去ることに。廊下でLとMにあらためて新年好のあいさつをしてエレベーターに乗りこむ。Aは元気にしている? とたずねると、Lといっしょに雪の中を走りまわっていたよという返事。ただ最近は学校の宿題にかなり時間がかかっているという。通常の授業が終わったあと学校では補講のようなものがあるのだがというので、ああ双减以降に導入されたやつだなと思って聞いていると、それが終わってから帰宅して宿題をしていると終わるのが毎日23時をまわってしまうみたいなことを言うものだから、あれ? Lの言うこととちがうぞ? Lは小学校の宿題はそんなにたいしたことないと言っていなかったっけ? と思った。Jはその後Aがいつもゲームをしたりテレビを見たりだらだらしているのでそのせいで宿題を終えるのが遅くなってしまうみたいなことを続けた。Aはたしかにいつ見てもスマホのゲームに夢中になっている。逆にLは娘ふたりに決してスマホのゲームをさせないという方針だったはず。
 寮の門前でJと別れる。第五食堂で打包。食後は寝床で仮眠をとるつもりだったが、寝つける感じが全然しなかったのですぐにベッドから抜けだし、「実弾(仮)」第五稿の作文に着手することに。13時前から15時まで。シーン24はひとまずよし。シーン25は半分ほど進めた。ここは前半の山場であり、シーン26も含めて作品全体の折り返し地点にあたる箇所でもあるので、なるべく慎重にすすめたい。

 15時半ちょうどにあらためてLのオフィスへ。ちょうどいまあなたにメッセージを送ったところだというので微信を確認すると、5日(火)の夕食会に関するものだった。提携先の大学のスタッフがやってくるという例の一件だ。会には10人やってくるらしい。K先生も呼んだというので、もしかしてむこうのスタッフは英語も中国語もできないのかなと思ってたずねてみたところ、然りの返事。ただそのなかのリーダーに位置する人間だけは中国語が堪能である、なぜならhe was Chineseだからということで、なるほど日本国籍をとった人物であるということだなと理解した。当日はtranslatorとしてがんばるよというと、そういうのはK先生に任せればいい、あなたは食事を楽しんでとのこと。提携先の大学は(…)大学という。全然聞いたことない。ググったら関連ワードで「偏差値」と出てきたので、どんなもんかなと思ってチェックしてみたところ、35とあり、そんな偏差値の大学存在するんか? とちょっとびっくりした。
 Lとともにオフィスをあとにする。(…)楼を出て駐車場に向かう。道中、Mさんが重慶の大学に赴任することに決まったと伝える。重慶はとても美しい街だ、大きな山があってというので、ネットで重慶の夜景の写真を見たことがある、大きな丘の上にたくさん建物がならんでいて城みたいだったと受ける。M先生のところをたずねるついでに重慶を旅行すればいい、そうすればきっともっといい小説が書けると思うというので、たしかにねと笑う。
 車の後部座席に乗りこむ。運転席のLがI have good news to share with youという。夫が大学の事務室のスタッフになったという。以前は数学の教師だったと続いたが、それがうちの大学の数学教師ということかそれとも高校や中学の数学教師ということか、そのあたりちょっと忘れてしまったし聞きそびれてしまったが、いずれにせよ、いまは事務室のスタッフである。仕事量でいえば事務室のほうが多くて大変であるのだが、プレッシャーみたいなものはまったくないし、なにより職場がおなじになったことでいろいろ便利になった、うちから職場に通勤するにあたっても夫の運転する車に同乗すればいいというので、Congratulations! とお祝い。good newsはもうひとつあった。上の娘がクラスで一番の成績をとったという。クラスに何人いるのとたずねると、50人ちょっとという返事があったので、北京大学 is waiting for herというと、Lは笑った。それから冬休み中に降った雪についても話す。この冬は三度も雪が降ったという。ここ十年で、もしかしたら二十年で一番降ったかもしれないというので、そんなにだったのかと思った。
 警察署に到着。中に入る。Mと留学生の男の子がいて手続きをしている。軽くあいさつ。留学生はアジア系であるが、たいそう小柄で、純朴そうな顔つきをしている。たぶん中央アジアの子だなと見当をつける。手続きはすぐにすんだ。パスポートを渡して必要書類に記入するだけ。担当の女性——四年生のRさんにそっくり!——に、登録が遅れてしまって申し訳ないとあたまをさげる。没事,没事! という返事。
 Mが留学生の彼をLにゆだねて先に去る。こちらは散歩を兼ねて警察署から大学まで小一時間ほど歩くつもりだったが、Lからそれはおすすめしないとひきとめられる。たぶん留学生の彼と車内でふたりきりになるのに抵抗があったのだろう。それで留学生の彼とそろってLの運転する車の後部座席に乗りこむ。簡単な英語なら理解できるようだったので、出身をたずねると、〜スタンという返事。ネットによると、スタン系国家は、カザフスタンウズベキスタントルクメニスタンタジキスタンアフガニスタンパキスタンの六カ国らしいが、このなかでこちらにとってもっともなじみのない国といえばトルクメニスタンタジキスタンの二カ国で、たぶん後者だと思う、そういうふうに聞きとれた。名前はマーだったか? 中国に来てどれくらいになるのとたずねると四ヶ月という返事。しかしその後いつまでここにいるのかという質問に対してはJuneという返事があったので、もしかしたら彼のほうでこちらの質問を聞き取りそこねたのかもしれない、中国にやってきたのはつい最近のことで、いまから四ヶ月後のJuneまで滞在するということなのかもしれない。中国語はまったくできない。いま勉強をはじめたばかり。帰国後はあらためて進学先の大学を探すという話だったが、タジキスタンの教育事情がよくわからないので、それがどういう意味なのかはよくわからない(追求してもそれに応じてくれるだけの英語能力が先方にあるとも思えなかった)。こちらが日本人であると知ると、じぶんは◯◯が好きだと言った。うん? とたずねかえしたところで、もういちどおなじ言葉をくりかえした。どうやらアニメのことらしかった、animeという単語の発音にかなり癖があってちょっと聞きとれなかったのだ。いちばん好きなのは『NARUTO』。視聴はテレビではなくインターネット。你好を日本語ではなんというのかというので、こんにちはと受けると、ああそうだ、こんにちはだという反応があり、ありがとうは知っているよと続いたので、タジキスタンのこんにちはとありがとうも教えてもらったが、どちらもすごい巻き舌のロシア語っぽい発音で全然まねできなかった、この発音は日本人も中国人も苦手なんだよと留学生の彼は笑った。母国の写真はないの? とたずねると、ポケットからスマートフォンを取り出してみせたが、どうもあまり写真が保存されていないようだった。もしかしたらこっちに来てから買ったスマートフォンなのかもしれない。一枚だけ風景写真があるというので見せてもらったが、赤土のむきだしになった山とスイスみたいな森と湖が一堂に会したもので、うわ! すげえ! 外国! と思った。写真に映りこんでいる山について、ちょうど割れたハートのかたちをしているために、現地の言葉でheart brokenといわれているという補足もあった。
 車はほどなくしてLの住まいに到着した。Lはこれから娘たちといっしょに大学の近くで食事をとる計画になっている。それでいったん娘ふたりをピックアップし、そのままわれわれを大学に送りとどけ、その後レストランにむかうという段取りでいるのだった。Lが車からおりる。閉めきられた車内の静かな後部座席にふたりきりになる。なんちゅうawkwardなシチュエーションやと思いつつ、ふたたびアニメの話をもちだす。『NARUTO』ではだれがいちばん好きなのとたずねると、マダラ! という返事。そっちは? とたずねられたので、カカシ先生! となにも考えずに即答する。食事の話もする。(…)の食事はとても辛いだろうというと、だいじょうぶだというので、タジキスタンの料理も辛いの? とたずねると、辛くはないという返事。羊の肉をよく食べるという。national foodはなに? というので、それはやっぱり寿司かなと応じたのち、もともとは中国のものだけれどもいまはnational foodみたいになっているものとしてはラーメンもあるよ、ナルトがいつも食べているでしょ? というと、知ってる! いつか日本に行ってラーメンを食べるのが実はじぶんの夢なのだと興奮したようにいう。
 そうこうするうちにLが娘ふたりを連れてもどってくる。留学生の彼は助手席に移動。こちらは後部座席の右端に寄る。左となりに上の娘、その左に下の娘が乗りこむ。你好! とあいさつ。リュックの中からお土産のGODIVAのチョコレートを取り出して渡す。上の娘のほうはけっこう緊張しているのか口数が少なかったが、下の娘のほうはもっとちゃらんぽらんな感じで、なんとなく姪っ子たちのことを思いだした。実際ふたりともYとHと同じくらいの年頃なのだ。チョコレートの箱の開け方がわからないと下の娘がいうのがききとれたので、封をはがしてやる。四種類あるチョコレートについてそれぞれ簡単な中国語で説明する。これはミルク、これはヘーゼルナッツ、これはピスタチオ、これはちょっと苦いやつ。娘たちはさっそくひとつずつ口にする。おいしいという。上の娘はチョコレートをひとつつかみ、黙ったまま助手席のほうに手をのばした。留学生の彼は気づいていないふうだったので、後ろから肩をとんとんとして、これ日本で買ってきたおみやげなんだ、どうぞと横から補足した。妹は袋の中から取り出したチョコレートを見て、写真立てみたいだと何度も口にして笑った。姉妹はやがて人形遊びをはじめた。妹のほうが小さなうさぎの人形をあやつり、高い作り声で自己紹介のまねごとをしはじめたのだが、人形遊びをするときのその作り声が、この冬休みのあいだに見たHの人形遊びをするときの作り声に本当にそっくりだったので、ちょっとびっくりするほど動揺した。え? 人形遊びをするときって万国共通でこの声の調子になるの? と。
 信号待ちの際、Lが姉妹に英語で会話をするようにうながした。姉妹は実際簡単な英語であれば話すことができるらしい。しかし恥ずかしいのか、ふたりは英語を口にしようとはしなかった。シャイなんだなと笑うと、Lは肯定した。上の娘のほうに中国語で、お母さんが言っていたよ、きみは学校で一番優秀な学生なんでしょというと、一番ではないみたいなことを口にした。謙遜しているんだとLは笑った。
 老校区の快递で荷物を回収する必要があった。なので南門のそばで先におろしてもらうことにした。留学生の彼とsee youとあいさつし、Lに礼を言い、姉妹に再见、バイバイ、と告げた。徒歩で老校区にある菜鸟快递へ。ルームフレグランスを回収。そのまま徒歩で寮にもどる。道中、先の留学生とふたたび遭遇する。かたわらには長身の男の子がいる。中国人みたいに見えるかもしれないけど彼も自分とおなじ出身国の人間だ、彼もアニメが好きなんだよというので、握手してあいさつ。長身の彼は英語があまり得意ではないようだったが、きみもこれが好きなんだろ? といいながら忍者のにんにんポーズをとってみせると、ふたりそろって笑った。
 第五食堂で打包して帰宅。食し、チェンマイのシャワーを浴び、ストレッチをする。ルームフレグランス開封。白茶の香りにしてみたのだが、全然きつくない、以前買ったものとは全然違う。こちらの嗅覚がコロナのせいで一生もののダメージを受けている可能性も否定できんわけやが。ひとまずナイトテーブルの上に設置する。
 コーヒーを淹れ、きのづうけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回する。作業中は『Pulchra Ondo』(王舟)を流す。Aさんが例の日本語の難問について(「◯◯は、誰でも訪れる」と「◯◯は、誰もが訪れる」の違い)、格助詞「が」の効果によって「誰もが」のほうが「おとずれる・できる主体が誰=人の方に強調されて、文章の意味のとおりが良くなるんじゃないか」と書いていて、こちらもまさにこれとまったくおなじことを最初に考えたのだった。あと、岡崎乾二郎の展覧会がものすごくおもしろそうだなと思った。
 1年前の記事を読みかえす。月をまたいだので作文の進捗状況をまとめる。「実弾(仮)」第五稿は現在494/1105枚。最終的に1111枚のゾロ目になるかもしれないなどと以前書いたこともあるが、折り返し時点でこれなのだから、最終稿はまちがいなくそれ以上になるだろう。なんだかんだで1200枚くらいになってしまうのかもしれない。
 今日づけの記事も途中まで書く。夜食のトーストをとって歯磨きをすませたのち寝床に移動する。FくんからLINEがとどいている。小説を書いたので読んでくれ、と。「塔のある街」という作品。そう、Fくんもとうとう「作品」を書いたのだ! ブログのほうに掲載されているものをいちおう追っていたが、せっかくPDFにまとめてもらったものを送ってもらったのだし、まとまった時間のとれるときに印刷してじっくり読みたい。