20240302

 幼年時代のスティーヴ・ロジャースの記憶にまずあらわれるのは、母親の面影である。父は空軍のパイロットとしてイタリアでの戦役に従軍しており、母は息子を連れてアメリカ中の空軍基地を転々とした。ミシガン湖畔のフォート・シェリダンからサウス・ダコタへ、そこからバッドランズを横断してユタへ、そしてフロリダへ、最後は海をわたってグアムへ行き、かまぼこ型宿舎に住んだ。母は日本兵の影に怯えて拳銃を持ち歩いていたという(『モーテル・クロニクルズ』はこの母、ジェーン・エレインに捧げられている)。
 やがて戦争が終って父が退役すると、一家はロスアンジェルス近郊のサウス・パサデナに居を構えた。住民がみな知り合い同士であるようなこの小さな町で、スティーブの腕白時代が始まる。夢遊病で親を心配させたり、ゴルフ・ボールを拾い集めてゴルファーに売りつけたり、悪友と自転車を盗んで遠出したりした。サンディ、ロクサーナの二人の妹もできた(サンディは後にカントリー歌手、サンディ・ロジャースになる)。
 スティーヴが十二歳のころ、一家はやはりロスアンジェルス近郊のデュアルトに移り、アヴォカドの果樹園を経営した。スティーヴはこの町で思春期を迎え、腕白小僧は不良少年になる。サン・ベルナルディーノで車を盗んだり、アンフェタミンを呑んで短距離走に出場したりしたのがこの時代である。同じ高校に高名なジャズ・ベーシスト、チャールス・ミンガスの息子、チャールズ・ミンガス・ジュニアがいたが、彼とスティーヴとはこのころ、一度なぐり合いの喧嘩をしたことがある程度の知り合いで、まだ親友同士といえる間柄ではなかった。
 もっとも、スティーヴは決して札つきの不良だったわけではなく、トラクターを運転して小遣いをかせいだり、近くの牧場で馬の世話をしたりといった、まじめな少年の一面も持っていた。動物の扱いがうまく、まわりの大人たちは、この子は将来獣医になるだろうと言い合った。そういう話題が自然に出てくるような土地柄だった。彼が育てた羊がカントリー・フェアで一等賞をもらったこともある。
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』より「訳者あとがき」 p.223-225)



 朝方、汗ぐっしょりになって目が覚めた。作務衣の上を脱ぎ捨てる。ヒートテックも脱ぎ捨ててあたらしいものに取り替える。そして二度寝。次に目が覚めると10時半だった。冬が終わりつつある。
 歯磨きをすませてから第五食堂へ。まだ一階の一部の店しか営業開始していない。ここ数日ですっかり顔見知りになった厨房のおばちゃんが(…)话で、おまえは彼女がいないのか? 妻はいないのか? と訊いてくる。帰宅後、FF7Rebirthのザックスパートをまとめた動画を視聴しながらメシを食す。
 洗濯機をまわす。ホースから水漏れする。元栓(?)を締めたら止まった。三年生のC・Mさんから明日の昼間は暇ですかと微信がとどく。暇だと受けると、メシを作りにきてくれるという。
 13時半から作文。「実弾(仮)」第五稿。15時半ごろ、三年生のK・Kさんから天気がいいので散歩しませんかの微信がとどいたので、作業中断。16時に第五食堂で落ち合う。K・Kさんは昨日の夕方大学に到着。冬休み中は2歳の甥っ子の子守りをして過ごした。一度瀋陽に旅行にも出かけた。一人旅だったという。旅行をするのであれば一人のほうがいい、じぶんの好きなものを食べることもできるし、ホテルでも一人でゆっくり過ごすことができるからとのこと。今日の散歩にはクラスメイトのS・Sさんも誘ったが、彼氏とデートする約束があるからと断られたという。
 図書館のほうにむけて歩く。日差しが暖かい。コートを着ていたが、必要ないくらいだ。図書館付近には学生がたくさんいた。たぶん教科書の配布場所がここなのだ、何年か前にMさんといっしょにこちらもここで教科書をもらった記憶がある。(…)大学の話になる。どうして知っているのかとたずねると、S先生から電話がかかってきたという。曰く、むこうの学生たちが8人やってくるので、日本語学科の三年生の中からもやはり8人代表を選び、火曜日キャンパスを案内しなさいという指令が下ったとのこと。初耳だ。日本人学生もやってくるのだ。きのうLから送られてきたメッセージのなかには夕食会に10人招待したとあった。ということは学生8人+教員2人ということだろうか? あるいは学生は抜きで、教員だけで10人やってくるということだろうか? さすがにそれは多すぎる。学生も込みでと考えたほうが自然だろう。仮に夕食会にうちの学生も参加することになった場合、かなり大人数の集まりということになる。Lはきのう食事会の会場はriversideだと言っていた。(…)のことだろう。三年生の8人はだれになったのかとたずねると、K・KさんのほかにS・Sさん、C・Sさん、R・Sさんと名前が挙がった。C・Rさんは忙しいので拒否、C・Mさんははずかしいので拒否。男子学生もいたほうがいいだろうということで、R・KくんとK・Gくんを誘ったが、ふたりともやはり拒否。代わりにS・Sくんが来ることになった。ほか、二年生のC・Gくんも誘ったというのだが、二年生だったらそれこそR・HくんやR・Uくんを誘えばいいではないかというと、R・Hくんが来るとひとりでずっとしゃべりっぱなしになるからとS・Sさんが制したのだという。なるほど。それでも合計6人であるが、まあ十分だろう。とりあえずK・KさんとR・Sさんの2人がいれば問題ない。
 あと、これとは関係のない話であるのだが、R・Rくんが今年から軍隊に行くという話もあった。どうしてかはわからない。ただ成績が悪すぎる学生が卒業要件(学士取得要件?)を満たすために軍隊に行くという話を過去に聞いたことがあるので、もしかしたら彼もそのパターンなのかもしれない。
 K・Kさんは今学期から院試にそなえて猛勉強をしなければならない。以前は天津か大連にある大学を考えていたが、いまは吉林省にある大学もいいかなと考えているとのこと。専攻はおそらく翻訳になるが、本当は文化や文学のほうに興味がある。冬休み中はほとんど日本語の勉強をしていなかったが、日本の妖怪に関する本はたくさん読んだというので、院に行くのであれば就職率がどうのこうのとかそういうのはいったん措いておいてじぶんのやりたい研究内容を選んだほうがいいよ、比較文化とかそういう方向に進んでみれば? と提案した。冬休み中はアニメも観たという。K・Kさんはあまりアニメを観ないタイプだと思っていたし、実際そうであると言っていたが、この休みのあいだに『はたらく細胞!!』を観た。そしてどうやらどハマりしたらしかった。
 老校区にむかう。事務室に提出するものがあるというのでそのまま外国語学院に足をのばしたが、事務室は閉まっていた。今学期あたらしくやってくるというS先生は結局男だったの女だったのとたずねると、後者であるという返事に続き、もう結婚しています、残念ですねというので、アホと笑う。旦那さんとそろって(…)に赴任したかたちらしい。(…)大学だったかを卒業しているというので、少なくとも現在うちの大学にいる平均的な教員よりは日本語ができるだろうと思う。そうでなくちゃむしろ困る。
 (…)で食パンを二袋買う。そのままセブンイレブンへ。K・Kさんはジュースとチロルチョコを買った。こちらにはライチ100%のジュースをおごってくれる。さらにお土産として無印良品のドライフルーツも二袋くれた。この時点で時刻は17時前。K・Kさんは14時にひとりで焼肉を食ったばかりで全然腹が空いていない。とりあえず(…)や(…)のあるほうに歩こうとなる。それでふたたび外国語学院のほうにもどる。道中、前から歩いてきた女子学生に「先生!」と呼びかけられる。一年生1班のY・Tさん。ひさしぶりの日本語なので、それ以上の言葉が続かないようす。そばにはほかに女子学生数人がいたが、たぶんほかの学部の子だと思う、顔に全然見覚えがなかった。しかしうちの女子学生は長期休暇明けに突然垢抜けることがあるので(化粧をはじめるだけではなく整形する子もいる)、ちょっと自信がない。
 地下道を抜けて新校区へ。女子寮近くの茂みの奥に野良猫がいる。男女カップルがその茂みのそばにかがみこんで声をかけている。K・Kさんが手提げバッグの中から猫の餌を取り出す。ドライフードとチュール。ふだんから持ち歩いているらしい。茂みの中にいる猫はまずまず太っている。以前女子寮にしょっちゅう出入りしていた子? とたずねると、あの子は冬休み前にほかの寮に住んでいる学生にひきとられたという返事。こいつは新顔だという。警戒心がまだかなり強いらしく、茂みのむこうからなかなか出てこようとはしなかったが、K・Kさんがドライフードを道の上にばらまいてやると、おそるおそる近づいてきてカリカリやりはじめた。さらにチュールを突き出す。猫はがっついた。しかしそこで気を引き締めなおしたかのように、はっとして警戒心を取り戻したかのようにいったん後ろにひきさがると、ひきつづきチュールを突き出すK・Kさんの手元にむけて連続で猫パンチをくりだした。チュールをその場に置いていけという意味らしい。男女カップルとわれわれと四人がその猫をとりかこんでいる道のそばをキャリーケースをガラガラさせている学生たちがたびたび通りがかった。猫はそのたびに茂みにひっこんだり、すばしっこくその場で身構えたりした。猫の餌はまだ道の上に残ったままだったが、K・Kさんは「行きましょう」と言ってその場から立ちあがった。それから突然猫のほうに強く足を一歩踏みだした。猫はびっくりして茂みの奥に飛びこんでいった。
 西門からキャンパスの外に出る。(…)の前に到着するが、ふたりともやはり腹が減っていない。メシは食堂で打包することにする。食器用洗剤が切れつつあったので(…)で購入。K・Kさんは洗濯用の洗剤を買った。
 元来た道をひきかえす。西門から新校区にもどる。第四食堂のそばで彼女の運転するスクーターのケツにのっている三年生のR・Kくんを見つける。こちらに気づいていないふうだったので、停車したスクーターのさらにそのケツに軽く腰かけるようにして驚かしてやると、「うああああ!」みたいなものすごくびっくりした反応がある。英語学科の彼女、こちらの存在に気づいて、大爆笑。ひさしぶりとあいさつ。大学院の話をする。(…)大学に行きたいというので、G・Rさんのいま通っているところだなと考え、先輩がいまそこにいるよと伝える。
 バスケコートを横断して第五食堂のほうにむかう。わたしはいつ彼氏ができるのだろうとK・Kさんがいうので、大学院できっと素敵なひとに出会うよとなぐさめる。彼氏はほしいけど結婚したくないとK・Kさんがいう。でもうちの父は絶対そんなこと許しません、結婚しろと言いますと続ける。第五食堂の手前で電動スクーターに乗ったR・Kくんとその彼女に抜かされる。R・Kくんがガラにもなく、ひゅーひゅー! みたいな声を出す。
 第五食堂の一階でまた打包する。K・Kさんはなにも買わなかった。まだ全然腹が減っていないのだろう。女子寮にもどるという彼女とそこで別れる。じゃあ木曜日ねと、初回授業がある日を踏まえていうと、火曜日ですよという返事。火曜日? と一瞬はてなと思ったが、そうだった、(…)大学との交流会があるのだった。

 メシ食う。30分の仮眠をとる。チェンマイのシャワーを浴び、ついでに浴室とトイレをスポンジで掃除する。C・Mさんからまた微信がとどく。あしたは故郷江西省の郷土料理を作ってくれるという。大学に到着するのは午前8時半、うちには11時ごろにやってくるというので、だったらがんばって10時には起きる必要があるなと計算。会話能力に自信がないので(…)大学との交流会に出席するつもりはないが、はるばる(…)までやってくる学生たちにはいちごをプレゼントしたいというので、当日はきみよりも日本語のできない学生もたくさんやってくるのだし、そんなことは気にしなくてもいいのにと受ける。
 きのうづけの記事にとりかかる。公開用の「×××たちが塩の柱になるとき」に記事を転載するにあたって、人名や地名はこれまですべて(…)と伏字にしてきたけれども、「きのう生まれたわけじゃない」時代のようにイニシャルにしてもいいかなと思った。Fくんのブログも最近イニシャルトークにもどしたみたいだし、伏字マックスの状態で公開された自分の記事を読んでも実際なにがなんだかさっぱりわからんし、あと身バレに対してそこまで過敏になる必要はないのかもしれない、こちらがもっとも懸念しているのはもちろん学生や同僚にこのブログが特定されることであるけれどもそもそGFWという壁がある。それで試しにひとまずきのうづけの記事をイニシャルでやってみることにしたのだが、中国人の人名をどう表記するか問題がすぐにやってきて、そうだった、ずっと以前に似たことを考えたことがあるんだった、彼女らの名前をイニシャルで表記するにあたって中国語読みをイニシャルにすべきかそれとも日本語読みをイニシャルにすべきか、この点過去にあたまを悩ませたことがたしかにあるぞと思った。で、いろいろに考えてみたのだが、こちらは学生らの名前をあくまでも日本語読みで呼んでいるのだから、イニシャルにするのであればやはり日本語読みに即してそうするべきだろう。たとえば、「李」は日本語読みでも中国語読みでもカタカナ表記するのであれば「リ」であるが、これがイニシャルになるとL(中国語読み)もしくはR(日本語読み)となる。この場合、この日記上ではやはり日本語読みに即してRと表記すべきだ。「張」であればZではなくてC、「劉」であればLではなくてR、その方針でひとまずやってみる。それでもなお混乱する可能性はあるので、学生の名前はたとえば(…)さんであればC・Mさんと、ファーストネームもふくめた表記にしてみるのもいいかもしれない。10年前の日記については、いろいろまずい内容もあるので、イニシャルではなく伏字のままにしておいたほうがいい気がしないでもないが、しかし当時はふつうにイニシャルで公開していたのだった。もっといえば、じぶんのフルネームも写真もふつうに公開していた。おそろしい時代だ。
 ウェブ各所を巡回し、一年前の記事を読み返す。記事冒頭に引かれている『ほんとうの中国の話をしよう』(余華/飯塚容・訳)の内容がどれもこれもやっぱりクソおもしろい。それでこのエッセイ集のいわば続編である『中国では書けない中国の話』(余華/飯塚容・訳)をKindleでポチった。なんとなく嫌中本みたいなタイトルだからそれでちょっと損していると思うが、余華のエッセイはマジでおもしろい、ラテンアメリカ文学が好きなひとであれば絶対にハマると思う。なにもかもがでたらめなのだ。
 そのまま今日づけの記事にもとりかかる。1時をまわったところで中断。ベッドに移動し、『中国では書けない中国の話』を読んで就寝。