20240307

 共感覚というと、音と色を想像しがちだが、聴覚と視覚だけでなく、視覚と味覚とか、聴覚と触覚とかの共感覚(未分化)もあると考えると、文字による描写を読んでいるときに風景が頭に浮かんでくる理由も文学としての巧拙を離れた別の様相を帯びてくる、というか文字によって表現される小説というものが五感(身体)とのダイナミックな関係に投げ出されるように感じられてくる。
保坂和志『小説の自由』 p.14)



 6時半起床。8時から三年生の日語文章選読。このクラスの授業は一年ぶり。出席をとったのち、編入組のK・KさんとS・Dさんの名前の日本語読みを確認。後者は「J・N」であるとみずから名乗ったが、人名については呉音ではなく漢音で読むのが原則であるので正式には「S・D」であると説明する。K・Kくんがポニーテールにできるほどのロン毛になっている。R・KさんがK・Kさんから離れてひとり最後尾の座席に座っている(仲違いしてしまったのかもしれない)。C・Mさんがしょっぱなにもかかわらず遅刻する。Y・Tさんはボランティア活動に参加するため欠席。Y・Gさんはあたまを怪我したため欠席。
 授業は初回なのでお土産争奪戦のゲーム。授業後であったか休憩時間中であったか忘れたが、C・SさんとR・SさんとK・KさんとS・SさんとS・Sくんが教壇のほうにやってきたので、今日の午後から步行街に行くという計画はきいているかとたずねると、(…)大学の学生たちが忙しいというので、え? 観光地に行かないことにしたからまるっとオフじゃないの? と思ったのだが、グループチャットでのやりとりを見せてもらった感じ、どうやら別の予定が入ったらしい。結果、今日の午後の計画は流れたわけだが、土曜日の午後はまるっと空いているし、教員資格試験組のC・SさんとR・Sさんもその日であれば試験を終えてすっきりした状態で参加できるというので、だったらその日はみんなで適当にぶらぶらしましょうという。步行街はひとがたくさんいるし、現地にむかうのにタクシーなりバスなりを使う必要がある。学生らはそのあたりのことをちょっと心配しているようだった。お金がうんぬんと言ったが、それよりもたぶん愛国クソ野郎に絡まれる可能性を考慮しているんではないか。それで土曜日は万达周辺をぶらぶらしようかとなった。
 となりの教室に移動する。初めてみる初老の男性教員が教卓にいる。日本語学科の外教かと中国語で問うてみせるので肯定する。何年くらいここにいるのかというので、五年か六年くらいだと応じたのち、コロナが流行中一年半ほどは日本でオンライン授業をしていたと続ける。中国語が上手だなというので、礼を言う。去り際だけ英語でSee youと口にしたので、あ、英語学科の教員なのかなと思い、教室のとびらに貼りつけられている時間割表を確認してみると、やはりそうだった、翻訳関係の授業を担当しているらしかった。
 一年生1班の学生たちが教室に入ってくる。担任のC・R先生もやってくる。授業前にちょっと学生たちに伝えたいことがあるという。廊下には班导のS・Sさんもひかえている。C・R先生がやがてマイクを使って語りはじめる。勉強方法についての説明だった。基礎が大事、暗記が大事、勉強にはアニメや漫画が有効——そういう話がききとれた。三年生以降は日本語の構造を学ぶ、しかし構造を学ぶためにはなによりもまず基礎の理解が必要である、しかるがゆえに今のうちにしっかりと基礎を固めておきなさいという趣旨だったように思う。わざわざそんなことを教室まで伝えにきたのか? もしかしたら1班の先学期の成績が2班にくらべるとずいぶん悪く、それでC・R先生も担任として思うところがあったのかもしれないと勘繰ったが、実際はどうか知れない。1班の班导であるS・Sさんにしても2班の班导であるY・Tさんにしても後輩らとさほど親交を深めているようにはみえない。
 10時から一年生1班の日語会話(二)。出席をとるついでに他学部に移動した学生を確認。T・KくんとC・Kさんは中国語学科へ移動。R・Kさんは(新設されてまもない)医学科(!)へ移動。よそから日本語学科に移ってきた学生はやっぱりいない。これで一年生の1班は合計27人ということになった。K・SくんとS・Hくんは今学期も授業に来ないようす。それならそれでよし。S・Bさんが全身パジャマみたいな格好で教室に来ていたのでちょっと笑った。授業は例によってお土産争奪戦。
 授業後、ケッタにのって(…)へ。三年生のS・Sさんから微信。(…)大学のMさんにこちらの連絡先を教えてもいいか、と。Y先生がこちらにまた会いたがっているのだという。了承。食事を終えてから食器をカウンターにもっていくと、阿姨たちからあんた食うのはやすぎと指摘される。
 帰宅。Mさんから着信がある。Y先生が話したがっているという。しかし肝心のその先生がいまトイレに行ってしまったと続く。きのう男子寮の前でC・Rくんになんて耳打ちしてたんですかというので、Mさんに愛してるって言えってけしかけていたんだよと受ける。今日の午後は結局スケジュールが埋まってしまったんだねというと、当日になって突然スケジュールが発表された、事前に伝えておいてほしかったという。Y先生がやってくる。もう会うこともないでしょうから最後にごあいさつをと思いましてというので、年に二度は帰国しますし京都に友達が多いんでまた会う機会もあるでしょうと受けると、電話番号を教えるからメモしておいてくれといわれる。それで手元の紙切れにボールペンでちゃちゃっとメモする。電話の相手がふたたびMさんになる。土曜日の午後にみんなでまたぶらぶらしましょう、さっきK・Kさんたちともその計画をたてていたからと伝えると、日曜日の午前も空いているんでよかったらという話がある。了解。
 ベッドに移動。仮眠をとるつもりだったが、ふたたびMさんから微信がとどく。Y先生が街を案内してもらいたがっているという。Y先生とふたりきりだったら正直アレやなと思いつつもかまわないと受けると、15時から予定があるのでそれまでお願いしますとのこと。
 それでホテルまで歩いていくことに。到着したのは13時半ごろ。ロビーの片隅にあるソファにFくんじゃないほうの彼が座って煙草を吸っていたのでこんにちはとあいさつすると、すみません急にというので、いやいや全然かまへんよと受ける。灰皿の上にひまわりの種の殻が大量にのっかっていたので、食ってみたことある? とたずねると、ないという返事。さっきまでここにいたおっさんがずっと食っていた、中国でたまねぎの種が食われていることを知らなかったというので、ぼくもこっちに来るまで知らなかった、こっちのおっさんたちメジャーリーガー並みに食ってると受ける。ほどなくしてFくんもやってくる。口数の少ないFくんであるが、なぜか突然こちらにいっしょに写真を撮りましょうともちかけてきたので、ふたりならんでソファに腰かけてパチリ。ほどなくして女性陣もやってきた。Y先生も姿を見せる。Y先生は雑貨屋などをのぞいてみたいというのだが、そんなこじゃれたものがこの田舎にあるはずがない。ふつうの商店をのぞくのであれば后街ということになるが、あそこまでホテルから歩いていくとなるとけっこう時間がかかる。それだったら万达のほうが近いのでそっちのほうに行こうかとなった。
 で、歩き出す。C・RくんとMさんの話でさっそく盛りあがる。あいつ明日の授業最前列で受けるかもしれんなという。それから卒業生のR・SさんとS・Mさんの話をする。つまり、インターンシップで日本に渡り、現地で彼氏ができたのをきっかけに会話能力が飛躍的に上達したという話だ。
 横断歩道を渡るタイミングがわからないと学生たちが言うので、適当でいい、車が停まってくれるのを待つのではなくこちらからなかば道路に飛び出すくらいのいきおいで出ていけばいいとレクチャーするが、やはりみんななかなか慣れないようす。こちらもはじめてタイをおとずれたとき、道路を渡るタイミングがつかめず難儀したことがあった。
 (…)の前を通りがかる。ここにはたしかアルマーニとかヘルメスとかそういうハイブランドの商品をとりあつかっているショップがあったはずだと思いだす。Y先生だったらそういうところのほうがショッピングモールよりもいいかもしれないと思ったが、くだんの店舗を遠目にながめてみたところ、やはりコロナの影響だろうか、どうももぬけの殻になっているようにみえた。それで結局万达にむかうことに。モールの中に入るなり、Y先生が自由行動を学生らに言い渡す。15分後にふたたびここに集合とのみ言い渡すやいなや、こちらの腕をひっつかんで宝石店へむかう。通訳してくれというので、ええーと思いながら、これまで一度も足を踏み入れたことのない、金ピカのアクセサリーが大量に並べられている店内に入る。女性スタッフが三人一気にまとめてやってくる。Y先生は金のブレスレットに興味があるのだった。シンプルなものがほしいというので、カタコトの中国語でもろもろ通訳。スタッフがおすすめしてくれたものをY先生はいくつか試着した。値段は50万円ほど。金の輪っかではなく、赤い紐に金の細工が一部くっついているやつも試着する。そっちのほうは値段が10万円を切る。24金だと思うがいちおう確認してほしいというので、二十四金とそのまま中国語読みして確認してみる。伝わった。Y先生は赤い紐のほうを買ってみてもいいかもしれないと考えているようす。ほかの店ものぞいてみたいというので、その旨店員に告げる。あんたはどこの人間なのかと店員の女性がいうので、日本人だ、じぶんは(…)で働いている、彼女は日本の大学の教授だ、いまはこっちで一週間ほど過ごしている、自分はガイドをしているのだと応じる。
 その後、二店舗か三店舗めぐったが、結局、最初の店舗で試着した、赤い紐に24金の丸い石が三つならんでついているやつをY先生は気に入ったようだった。これまでにタイやベトナムでもゴールドのアクセサリーを買っているという。ゴールドを現地の伝統的なスタイルで加工してあるものが好きだというので、そういえば彫刻が専門でしたもんねと受ける。金については相当詳しいみたいで、一目見ただけで、これは24金、これはそうじゃないと、百発百中で全部言い当てていた。めっちゃ金持ちっすねと茶化すと、先生もあんた彼女にこんなん買ったらなあかんでというので、そんな相手残念ながらおりませんわと応じる。こっちにおらんだけで日本で待たせてんのやろというので、待たせとる相手もおりませんと返すと、先生あんたちょっと変わっとるって言われるやろとあった。
 学生たちとふたたび合流。たった15分のあいだに学生たちがどこをぶらぶらしていたのかは知らない。Mさんがスタバに行きたいという。それでコーヒーだけ買ってホテルにもどろうかという流れになったのだが、カウンターの男性が現在20分待ちですというので、いやさすがにそれは時間がないということで撤退。代わりに瑞幸咖啡へ。Y先生がおごってくれるというので、全員分のココナッツミルクのラテを購入。現金での支払い場面をひさびさに目にした。店員の男性も同様だったと思う。

 ラテを片手に元来た道をひきかえす。三年生のR・Kさんに似た彼女とならんで歩く。顔がやっぱり真っ赤になっている。高校時代のクラスメイトは半数以上が半年から一年間アメリカに留学していたという。え? そんなレベルの高い高校やったん? ほななんで(…)大学なんや? と内心ひそかに思う。Fくんじゃないほうの彼が高校をたずねる。R・Kさんに似た彼女の返答に対し、あっこやったらヤンキーもおるやんと言う。自分は特進コース所属だったからとR・Kさんに似た彼女が答える。R・Kさんに似た彼女は留学に参加していない。居残り組だったわけだが、授業はとにかく英語! 英語! 英語! で、放課後も授業とは別に学校内にある塾? 補講? で英語! みたいな環境だったという。ということはもしかしたらペラペラなのかもしれない。実際きのう后街のミルクティー店の前で立ち話をしていたとき、中国では英語が全然通じないのでびっくりしたと語っていた。R・Kさんに似た彼女はR・Kさんに似ているという一点においてちょっと鬱っ気があるんではないかという印象をおぼえることもあり、その点ちょっと心配でもある。
 ホテルの近くでふたたび横断歩道を渡る。中国の車は全然徐行しない。日本であれば、道路を横断している歩行者がいる場合、そこに近づく車はゆっくりと徐行することによって、いわば「あなたたちのことをわたしは認識していますよ」というメッセージを送るわけだが、こっちの車はぎりぎりまでスピードを落とさず接近し、ほとんど急ブレーキをかけるようにして歩行者の手前で停車する——これについてはこちらもいまだに慣れず、びくりとすることもあれば、このやろう! となることもあるわけだが、Y先生ほか女子学生がこのときもそうした車の接近を受けて、きゃー! と悲鳴をあげる一幕があり、特にY先生のそれが典型的なおばちゃんの叫び声みたいな、聞きようによっては中国人のおばちゃんのアイヤー! っぽいアレだったので、いまのめっちゃ中国人っぽかったなァとおもわず漏らした。みんな笑った。
 ホテルに到着する。Y先生だけいったん部屋にひっこむ。残りの面々はロビーで立ち話。サバサバ女子が空になったラテのカップを捨てたがっていたので、ロビーにいるスタッフにゴミ箱はあるかとたずねる。出入り口のそばに小さな円筒形のゴミ箱がある。学年をたずねる。Mさんとサバサバ女子のふたりが三年生で、残りはみんな二年生だという。そろそろ就活とかになんの? とたずねると、いやなこと思い出させやんとくださいとサバサバ女子が言う。早い子であると二年生の夏から就活をはじめるとMさんが言う。信じられない。Mさんは小学校の先生になるつもり。わかるわ〜! 雰囲気出てはるわ〜! R・Kさんに似た彼女とめがねの彼女は保育士を目指しているが、勤め先の園によってはなかなかしんどいことになるし、給料だって非常に少ない。初任給16万円でそこからもろもろひかれるというので、めちゃくちゃやな、こんだけ少子化うんぬんいうて保育園足りひんのが原因のひとつやいうて、それでもいまだに給料あげとらんのやな、アホとしかいいようないわとたまらず毒づく。
 Y先生がもどってくる。なぜか服を着替えている。われわれの会話に割りこんで、先生わたしと写真撮りましょといってこちらの腕をひっぱる。それに対してサバサバ女子が、話しとる最中やのにと苦笑するので、ええねん、ぼく遺産もらう約束しとるから、Y先生絶対ゴールドのアクセサリーためこんどるでなと茶化す。Mさんがスマホを構える。ロビーの円柱前にならんで立つ。二枚目の撮影の前には腕を組む。なんか不倫旅行みたいになっとらへん? と口にすると、みんな爆笑する。
 ホテル前に送迎バスがやってくる。これから(…)ではない別の大学にて歓迎イベントがあるのだという。じゃあまた土曜日ねと言って別れる。歩いて寮にもどる。きのうづけの記事の続きを書き進める。
 17時になったところで第五食堂へ。夕飯を打包。食後は仮眠。チェンマイのシャワーを浴び、ふたたび記事の続きにとりかかる。どうにか完成させて投稿する。今日づけの記事に着手する余裕はない。今日一日のできごとをざっとメモ書きしておく。
 K・Kさんから微信がとどく。土曜日は(…)大学の学生らといっしょに東北料理の店で夕飯をとりたいという。その後万达でショッピングし、(…)でミルクティーを買ったのち、周囲をぶらぶら散歩するのはどうかというので、步行街みたいなところだとトラブルに巻き込まれる可能性もあるしそのほうがいいねと受ける。
 Mさんからも微信がとどく。Y先生はもともとひとりで(…)をおとずれるつもりだった。学生たちは出費がかさむからという理由で参加をキャンセルしたわけだが、こんな機会もほかにはないしということで彼女は単身ローカルツアーに参加するつもりでいた。そういうわけで彼女のメモ帳に簡単な中国語の単語だけあらかじめこちらが書き記しておき(多少钱とか厕所在哪里とか什么时候とか几点とかだ)、これ見せたらたぶんどうにかなりますよという下準備もこしらえておいたわけだが、結局ツアーに参加しないことにしたらしい。ということはもしかしたら明日明後日も通訳として同行をもとめられるかもしれない、土曜日の集まりにもついてくるのかもしれない、となると(…)大学の学生らはちょっと窮屈な思いをするかもしれないなと、その点ちょっと危惧した。それから明後日土曜日のみならず日曜日の午前中についても会いませんかという話があらためてあったので了承。
 三年生のC・Mさんからも微信がとどく。前回うちにやってきたときにお土産だといってインスタントコーヒーをくれたのだが、さらにもうひと袋あまっているという。以前のものはどうでしたかというので、ちょっと甘すぎたと正直に答える。コーヒーについては淘宝でじぶんの好きな豆を買っているのでわざわざくれなくてもいいと続けると、手元に残っているもうひと袋は前回のものよりさらに甘いやつだというので、だったらほかのだれかにあげてと受ける。
 その後、寝床に移動し、『中国では書けない中国の話』(余華/飯塚容・訳)の続きを読み進めて就寝。