20240314

 実際、掟は、掟の信奉者を寝かしつけるものである。我々も、法律を尊重して生活しているが、それは法律によって自分の精神の一部を眠り込ませるためである。その状態は、分析用語で言えば、超自我と自我の間柄に属する。つまりそれは一つの催眠なのである。掟に従属するということは、起きていながら眠ってしまう催眠状態に自ら進んで陥るようなものなのだ。
 書くという行為は、起きていることを前提としている。人よりもはっきりと目覚めていることは、カフカの自己決定の一部であったと思われる。しかし彼は眠りたかった。それゆえ、彼は、眠りの外側を、催眠と同じ状態だと断じることにした。世間と一緒に起きていてどうするのだ? それは実は眠り込んでいることと同じなのだ。
保坂和志『小説の自由』より新宮一成カフカ、夢と昏迷の倫理」)



 6時半起床。トースト二枚とコーヒー。8時から三年生の日本文章選読。「断片的なものの社会学」。うまくいった。このクラスで授業をするのは二年生の後期以来。わりと苦手意識のあったクラスだが、反応は上々だった。現二年生とくらべると活気に欠けるし、全体に問いかけてもすぐに返事がかえってくるわけでもないのだが、まじめに勉強している子が一定数いるし、そういう学生たちが前列のほうに座ってくれているおかげでなかなかけっこうやりやすい。しかしおなじ教案を使った授業を現四年生相手にやったときもたしかそうだったが、LGBTQという言葉を見たことも聞いたこともないという学生が一定数いる、というか大半がそうであるらしいことにおどろく。やっぱり中国なのだ。というか、そんな語を授業で取りあげること自体こっちではアウトなはずで、仮に愛国系の学生が国際交流処にチクることがあればいろいろめんどうくさいことになると思うのだが、ま、逃げ道は確保してあるし、ささやかなレジスタンスをさせてもらいますよという構えだ。ちなみに、日本語にまったく興味をもっていないK.KくんとC.Bさんのふたり——教室の最後列にならんで座っている——は、内容が内容であるので今日の授業にはけっこう食いついているようにみえた。K.Kくんはまずまちがいなくゲイであるので、LGBTQという言葉も知っているようであったし(聞いたことありますかというこちらに問いかけにたいして、うんうんとうなずいてみせた)、彼と仲良しのC.Bさんもおそらくそのあたりのことに関心があったのだろう。ちなみにK.Kくんは、こちらの知るかぎり、ゼロコロナ政策のまっただなか、うちの学生で唯一モーメンツに「白紙」の画像を投稿した人物である(すぐにバンされていたが)。
 10時から一年生1班の日語会話(二)。第10課&第11課。先学期の時点では、1班はおそろしくやる気のないクラスであり授業が苦痛でしかないという印象があったのだが、今学期は多少マシになっているというか、おそらく底抜けに明るいS.Mくん——ひと目見ただけでそれとわかる、いわゆるおねえっぽいゲイ——のおかげでもあるのだろうが、休憩時間中などむしろ2班よりも雑談が盛りあがる。もしかしたら今後1班のほうがのびるということもあるのかもしれないなと思った。先学期、態度の悪さがめだったY.Kさんもめずらしく板書などしていたし、S.Bさんなんてなぜか最前列に着席している(新学期がはじまってまもない時期であるし、いまだけやる気満々であるだけかもしれないが!)。S.MくんはY.Tさんと仲良しで、いつもふたりでならんで座っているのだが、今日なんて彼女に四六時中抱きついており、ときに相手の胸に顔までうずめていて、完全に女子やなァという感じ。ゲイの学生とはこれまでたくさん交流してきたけれども、話し方や身ぶりなどがあきらかにフェミニンなタイプの子ははじめてかもしれない(R.Sくんはちょっとそうだったか?)。
 昼食は(…)。牛肉担担面と牛肉煎饼。腹いっぱいになった。食後、(…)で冷食の餃子を購入し、第五食堂近くにある瑞幸咖啡で美式咖啡の冰的を打包。帰宅後、30分ほど昼寝。
 14時から17時まで「実弾(仮)」第五稿作文。シーン26はオッケー。シーン27はダメ。風景描写の多いシーンなのだが、うーん、ちょっととってつけた感がする。あれこれいじくっているうちに麻痺ってしまった。
 昼飯をたらふく食ったせいでか、全然腹が減らない。第五食堂には出むかず、そのままきのうづけの記事の続きを書いて投稿する。ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事の読み返し。2023年3月14日づけの記事に「時刻は2時前であったが、週末でもないのに上の部屋にやってきたババアが例によって大声でしゃべりちらかすのが聞こえてきたので、うるせえ! とひさしぶりに巻き舌で怒鳴りつけてやった。静かになった。そのまま一生静かにしとれ。地蔵を見習え。来世は石になれ。千年単位で世の中傍観しとれカス。」という罵詈雑言が記録されていた。
 以下は2014年3月14日づけの記事より。

 撮影する、それは出会いへと赴くことだ。思いがけない出来事の中には、君が密かに待ち受けていなかったものは一つもない。
ロベール・ブレッソン/松浦寿輝・訳『シネマトグラフ覚書』)

 鉄のごとき掟を鋳造して自分に課すこと。たとえそれに従うためであれ、あるいはどうにか苦労してそれに背くためであれ。
ロベール・ブレッソン/松浦寿輝・訳『シネマトグラフ覚書』)

 ブレッソン、やっぱ最高やな。後者についてはじぶんの執筆作法にも通じる。「S」はそうではなかったが、「A」にしても「実弾(仮)」にしても、下敷きとする作品を「掟(法)」としていったん自身に課しつつ(前者であれば「ポルトガルの女」、後者であれば『青の稲妻』)、その「掟(法)」との折衝それ自体を書き進める力とするような書き方をしている。
 あと、おなじ日の記事に「大西巨人の対義語はドン小西というフレーズを思いついてひとりで笑った」というしょうもない記述もあった。笑うわ。

 今日づけの記事もここまで書いたところで、明日の授業の準備をする。ディスカッションでとりあつかうテーマと選択肢をPDFでスライド風にまとめるだけ。
 小腹がすいたので、二年生と三年生のグループチャットでおすすめの夜食をたずねる。二年生のC.KさんとE.Sさんのコンビから第四食堂の一階にある「(…)」という店の麺がおいしいという返信がすぐにある。ほかにR.Gさん、三年生のR.KさんとK.Uさんからもおすすめの店を教えてもらったが、それらは次の機会におとずれてみることに。
 で、徒歩で第四食堂へ。店員の兄ちゃんに辛くないやつはあるかとたずねると、メニュー表を指しながら、こっからここまでは辛くない味付けでも注文できるという返事があったので、红烧なんちゃら面みたいなやつを注文。うどんとそばのあいだくらいの太さの麺が入ったスープにでっかい肉の塊がひときれのっかっているもの。肉は济南で食べた把子肉にちょっと似ている(あれほど脂身たっぷりではないが)。なかなかうまい。
 食堂内の売店でペットボトルの紅茶を買い、食後もテーブルに残ってそのまま『中国では書けない中国の話』(余華/飯塚容・訳)の続きを読み進めることにしたが、ほどなくして二年生のC.Tくんがあらわれた。ジョギングをすませた帰りらしい。一学期中に3キロのジョギングを合計30回こなす必要があるという。そのうちの一回をいままさにすませたところらしかったが、しかしこの時間帯は夜の自習時間なのではないかと指摘すると、ちょっと罰が悪そうにしてみせる。どうやらサボったらしい。先学期の成績が今日の午前中に出たという。とっくの前に出ていただろうというと、クラス全員の総合成績が順位づけされたうえで発表されたというので、あ、それはちょっと興味あるな、というわけでエクセルにまとめられた一覧を見せてもらうことに。総合一位はG.Kさん。二位はT.Uさん。三位はたしかR.Gさんだったか? ほか上位にいたのはR.Hくん、R.Hさん、C.Sさん、S.Kさん、C.Kさんあたりだったように記憶している。R.Kさん、K.Dさん、S.Sさんも悪くなかった。意外だったのはR.SさんとK.Sさんのふたりがまずまず上位に位置していたことで、その点指摘すると、ふたりは日本語はできないけれどもほかの教科はけっこうできるのだという返事。最底辺の一団はR.Sさん、G.Sさん、O.Sさん、O.Gさんあたりで、これは予想通り。O.Gさん、日本語の会話能力はけっこう高いのだが、基本的に勉強が嫌いであるので成績が悪い。R.Kさんも同じタイプなので、やはり成績は下位だった。C.TくんはT.Uさんを絶賛した。総合成績こそ二位であるものの、彼女は日本語のみならず韓国語も英語も勉強しており、さらにたしか経済学だったか会計学だったかの勉強もしている。どうしてうちのようなレベルの低い大学にいるのか理解できないとC.Tくんは言った。S.Kさんも会計学を同時に学んでいるはず。R.Kさんもたしかそうだった。やはりこのクラスは勉強熱心な子が多い。
 C.Tくんは全然勉強をしていない。日本語についてはエロ本とエロゲーで学んでいることもあって、会話能力はかなり高いのだが、大学院に進学するようなタイプでは決してない。いまもまだモンハンをプレイしているのかとたずねると、肯定の返事。コントローラーは買わないのか? マウスとキーボードではプレイしにくいだろう? というと、これまでコントローラーでゲームをしたことは一度もないという返事。子どものとき、じぶんのうちにはパソコンがなかった。だから学校から帰ってくると、いつも隣人宅に入り浸り、そこにあるパソコンでゲームをしていた。父親からは毎日のように宿題をしろと叱られたという。最近友人から20年くらい前の日本のゲームをすすめられた、Steamで購入してみたが全然おもしろくなかったというので、なんというタイトルかとたずねると、中国語のタイトルしかわからないという。神を食うものみたいな漢字の並び。C.Tくん曰く、邦題は英語だというので、だったらGod eaterみたいなアレかなと思ってその場でVPNを噛ませてググってみたところ、まさに『ゴッドイーター』というタイトルだった。見たことも聞いたこともなかったが、シリーズ化している人気タイトルらしい。
 書見するつもりだったのに、このままだとずっとC.Tくんを相手をしなければならない。それはちょっとごめんなさいという感じだったので、食堂をあとにすることに。C.Tくんとは男子寮の前で別れる。そのまま歩いて帰宅。チェンマイのシャワーを浴び、K先生の息子であるIからもらったプレゼントの駄菓子とP先生からもらったみかんを食し、歯磨きをしながら『中国では書けない中国の話』(余華/飯塚容・訳)の続きを最後まで読み進める。『ほんとうの中国の話をしよう』(余華/飯塚容・訳)のほうが数百倍おもしろい。『ほんとうの中国の話をしよう』については全小説家が読むべきだと思う。エピソードの単なる羅列がもたらす凄みというものがあれほど純度高く結晶化した読み物をほかに知らない。
 寝床に移動後、『ムージル日記』(ロベルト・ムージル/円子修平・訳)の続きを読み進めて就寝。