20240316

 小説家は、人間の身体が空間の中にあってその身体が感知するもの(A)と、自律的に動く言語の体系(B)という、まったく異なる二つの原理にまたがって文章を書いているということだ(ここに三つ目として記憶の原理というのも考えられるが、それが(A)か(B)のどちらかに吸収されうるのか、やっぱり(C)となる本当に三つ目の原理なのかは今は考えないことにする)。
保坂和志『小説の自由』 p.171-172)



 9時半起床。11時前になったところで第五食堂で打包。食後、コーヒーを飲みながら、きのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。以下、2023年3月16日づけの記事より。初出は2021年3月16日づけの記事。

入浴後、クトゥルフ系のTRPGを元にした漫画を読んだ。「鼻蔵CoC」(http://xn--xz1ax64c.com/manga/manga_index.html)というやつで、最初はラブクラフトの原作小説を漫画化したものなのかなと思ったのだがそうではなかった、クトゥルフ系のTRPGを実際にプレイしたあとそのプレイ内容を漫画化したものだった。なので、主要キャラだと思われていたのがあっさり死んでしまったり、伏線らしきものが張られていたにもかかわらずそれが回収されないままだったりするなど、登場の物語の文法にあてはまらない展開がけっこうあったりして、こういうローグライク系のゲームにも通じる「使い捨て」の感覚というのは、現代の物語作法に慣れ親しんだわれわれにはやはりすごく新鮮に感じられる。というか伏線という一語をフックにして考えると、いまや国民的漫画になったといってもいい『ONE PIECE』が伏線とその回収という点で評価されているというのもなかなか象徴的な話ではないか(『ONE PIECE』のコピーのひとつは「全伏線、回収開始。」だ)。伏線とその回収というのは要するに世界の余剰を許さないということであり、それはすなわち、出来事の完璧な物語化であり、意味化であり、イデオロギーでいえば当然全体主義的なわけであるが、TRPGの(シナリオそのものではなく)プレイログには、そのような全体主義をおおいにかく乱する綻びのようなものがいたるところで顔を出す。そしてそのようなプレイログをそのまま漫画化するなり小説化するなりすれば、それだけでポストモダン文学の、現代文学の生成にいたるということもできるわけだ。プレイログを一種の外圧として、それに従わざるをえない法の水準に位置付けた上で、作品を作りあげていくという方式は、ケージのチャンス・オペレーションにも通ずるだろう。じぶんがかつて書こうとしていたケージ的な小説というのは、じつをいうと、TRPGのプレイログというかたちですでに達成されていたのかもしれない。

 今日づけの記事もここまで書くと、時刻は13時だった。16時まで三時間かけて「キャッチコピー」の回答をまとめて成績をつける。それから『ムージル日記』(ロベルト・ムージル/円子修平・訳)の続きを少しだけ読む。T.Uさんから寮の番号を問う微信がとどいていたので、16舎であると返信。
 17時前になったところで寮を出る。門前へ。ほどなくしてT.UさんとR.HくんとR.Uくんがやってくる。R.Hさんは家庭教師のバイトがあるので現地で直接合流することになっている。17時をまわってもK先生がやってこないので電話をする。いまむかっていますという返事。すぐにあらわれる。両手で握手をもとめられる。
 徒歩で北門にむかう。結婚されているんですかとたずねられたので、していないですと応じたその流れでK先生は? とたずねると、結婚しているという返事。子どもは三人。長男が中学三年生で、その下に中学一年生の双子の女の子がいる。もともと三人も子どもを作るつもりはなかった。今学期もまた一学期分の授業を一ヶ月で片付けるという強行スケジュールで芸術学院の教鞭をとっているわけであるが、それもやっぱり韓国に家族を残してきているからだろうかとたずねると、それよりも博士課程のほうの問題だという返事。
 北門の外に出てタクシーを待つ。韓国の少子化率はいまや世界ワーストだとK先生がいう。日本も中国もまずい、東アジアは三国ともまずいというと、それでも中国はまだ若いひとが多くみえるという。韓国の私大は学生の取り合い。ソウルにある高名な大学であればそんなことはないが、地方の私大は、ただでさえ少ないところにくわえてソウルに一極集中している若者のおこぼれをなんとか得ようとしてわざわざ各地の高校に足を運んでいろいろ働きかけている。
 タクシーに乗る。助手席にT.Uさん。後部座席にこちらとK先生。T.Uさんは日本語も韓国語も会話は苦手であるので、じぶんがわれわれふたりと同乗する流れになったことに緊張しており、二台目に乗るつもりの男子学生ふたりに、はやく来てね! と呼びかけていた。そんなに緊張しなくてもいいのに。T.UさんはK先生が寮の門前にやってくる前、今日は韓国語でたくさんK先生と交流しなさいというこちらの言葉を受けたとき、翻訳アプリでこしらえた日本語の文章をこちらに見せた。曰く、今年は会計学の試験もあるし日本語の試験もあるし韓国語の勉強をする時間が全然とれていない、韓国の大学院に進学するという計画もとりやめることにするかもしれないとのこと。
 K先生から年齢をたずねられる。今年で39歳になると応じる。若いですね、二十代後半かと思いましたというので、気持ちはそうかもしれないです、学生たちとずっといっしょにいるおかげですと答える。来学期もまた一ヶ月だけ(…)に滞在する予定ですかとたずねると、現時点ではわからないという返事。博士号を取得したあとについて、韓国の国立大学に移動して引き続き教鞭をとるか、デザイン関係の起業をするかで迷っているとのこと。東京藝術大学修士をとっているわけだが、あのときに博士までとっておけばもうすこしいい仕事にありつけたかもしれないという。子どもが三人いるのでまだまだ稼ぐ必要がある。下の子が大学を卒業するまでとなるとあと十年くらいですねというと、それくらいだったらでもなんとかなるかなという返事。外国語教師の条件はいいでしょうというので、日本でいえばアルバイトくらいの給料しかない、でも家賃が無料であるし休みも多いし、ぼくみたいにお金よりも自分の時間を優先したい独り身にとっては都合がいいと思いますと受ける。それから996の話をする。初耳だというので、こっちに来るまで日本の労働環境こそが世界ワーストだと思っていたんですけど、下には下がいるみたいでびっくりしましたと伝える。助手席のT.Uさんにも996について話をふってみる。知らないという。え? 知らないの? とびっくりしていると、タクシーの運転手が午前九時から午後九時まで週六日働くうんぬんかんぬんと中国語で説明する。そうそうと受ける。T.Uさんの父君は一日三時間しか働いていないという。は? となる。翻訳アプリを噛ませた日本語の文章がスマホが表示にされる。「街灯管理人」。夜の仕事ですかとK先生がたずねると、肯定の返事。毎日午後7時から午後10時まで働くだけ。めちゃくちゃいい仕事じゃないかとK先生と盛りあがる。T.Uさんはうちの大学にはめずらしい浙江省の出身。浙江省といえば金持ち。たぶん彼女の実家も相当太いのだろう(身につけているものひとつとってもほかの学生とちょっと違うという印象は前々からあった)。タクシーをおりる直前、二重瞼に手術したのだという話がやはり翻訳アプリ経由で打ち明けられる。もちろん気づいている。さらにロングヘアが巻き髪にもなっている。手術はいくらだったのかとたずねると、一万元以上であるという返事。高い。同様の整形手術を受けたほかの学生から聞いた額とは桁が違う気がする。実際、T.Uさんの二重瞼は、たとえば三年生のC.Rさんの二重瞼にくらべると、仕上がりがかなり自然だ。金を積んで腕のいい医者に依頼したのだろう。

 (…)に到着。店の中に入る。二階にある個室にR.Hさんが先着している。見たこともないほどのバッチリメイク。とんでもなくデカい、いまどき日本のギャルでもこんなのつけないだろうというレベルのえげつないつけまつげによって、両目が満開になっている。火鍋はコースを注文してくれたらしい。肉はちょっと少ないが、野菜はたっぷりある。R.HくんとK先生はビール。残り四人は酸梅汤を頼む。こちらは当然辛くないスープのほうがいいので、もともとK先生のとなりだった席を移動する。結果、R.HくんとK先生がとなりあわせになる。ちょっと不安だった。また政治の話ばかりするのではないかという懸念があったのだ。今日の出発間際、もう政治の話はするなよと彼に釘を刺しておこうかと迷いもしたのだったが、いちおう前回のやらかし——金正恩の写真をアイコンに設定しているじぶんのTwitterを見せびらかす——のあとにけっこうきつく注意したので(韓国と北朝鮮の問題というのはかなり繊細なものであり、本来外国人がクソみたいな冗談で消費してもいいものではない、仮に消費するにしてもそれを当事者に見せびらかしてバカにしてもいいものではないというこちらの言葉に対し、金正恩のことはみんなバカにしているものだと思っていたというあまりにも解像度の低い返事があったのだ)、今回はその点踏まえておとなしくしてくれるかなという期待もあった。いや、これはちょっと嘘になるかもしれない。本当はそんな期待ほとんどなかった、おそらく今回もまたなんらかのかたちでなにかやらかすんではないかという予感があった。しかしここでやらかしてくれたほうが、インターンシップで日本に渡る前にいろいろ注意しやすくなるなという計算が、なかったといえばこれは嘘になる。そして、案の定、R.HくんはK先生相手に政治談義をふっかけた。最初の瞬間からだった。そしてその話題を食事会の最後までやめようとしなかった。さすがにこれには腹が立った。まず周囲に(翻墙しているわけでもない、ごくごく一般的な)学生がいる。そうした学生の前で翻墙しているのが前提の話をガンガンするなと以前注意したはずであるのにそれをまったく踏まえていない。さらにわれわれ中国在住の外国人が政治的な事柄に対して公に言及することのリスクについても以前注意したはずであるのにやっぱりそこも踏まえていない。それにくわえて、政治についてあまり話したくないと口にしたK先生の意向をまったく無視して、延々と同様の話題ばかり口にし続けた。そういうわけで今日の彼は最悪にひとしかった。
 こちらまでその話題に加わってしまうと、全員でいわば政治の話題を共有するかたちになってしまう。それはさすがにまずいので、こちらは日本語の会話能力のそれほど高くない女子ふたりを引き受けるかたちにして食事をすすめたのだが、だからといってR.HくんとK先生の話が気にならないわけがない。放っておくとなにを言い出すかわからない。R.Hくんは途中、アメリカ大統領選の話を出した。バイデンとトランプどちらを支持するかとK先生にたずねるのだった。K先生は中立と言葉をにごした。R.Hくんはトランプを支持すると明言した。さすがにちょっと度を越していると思われたので、なにをわけわかんないこと言ってんだよと介入を試みると、でもトランプはバイデンとちがって他国に戦争を仕掛けていないうんぬんかんぬんとベタすぎる主張をしてみせるので、それちゃんと調べたのか? SNSで目にした情報をそのまま口にしているだけじゃないの? と言った。政治に興味をもつのはいい、でももうちょっとあたまを使って考えるようにしなさい、すぐに判断を下そうとするな、きみの考えるほどこの世界は単純じゃない、壁の外にある情報がすべて真実ではないんだよと言うと、それぞれの正義がある! とR.Uくんが漫画かアニメで学んだようなフレーズを口にした。R.Uくんは翻墙しているが、政治的な話題にはさほど興味がない。だから過激化していくいっぽうのR.Hくんとは全然タイプが違う。最近R.HくんとルームメイトのC.Sくんが政治の件でケンカしたとR.Uくんがいうと、R.Hくんは露骨に嫌な顔をした。反論したいが、その場でぐっとこらえた表情がのぞいた。C.Sくんとのケンカというのはおそらく中国共産党や愛国教育に対する評価についてのものであり、その件とこの件は議論のレベルが全然違うと言いたかったのではないだろうかとなんとなく察した。
 その後、K先生がR.Hくんの質問に答えるかたちで自説を語る場面もあった。女子ふたりの相手をしながらときおり耳をすませたが、どこまで本音なのかわからない、もしかしたら思想の不明な学生複数の手前とりつくろった意見かもしれなかったが、現在の中国をある程度評価しているようなことを言った。ネットが自由化されていない現状にしても、アメリカにすべてがのみこまれコントロールされてしまうのを防ぐために機能しているのであり、それは共産主義というイデオロギーに対しても言えることである、と。むかしにくらべるとずっと自由になったでしょうと続けるのに、毛沢東の時代にくらべるとそうですとR.Hくんが答えると、だったらそれでいいんじゃないかとも言った。それでいて同時に、でもいまはまた毛沢東の時代にもどりつつありますとR.Hくんが続けると、そうなの? みたいな反応があった。よくわからなかった。演技でも誤魔化しでもない本音としてそれらの意見を総合すると、K先生はアメリカの帝国主義的なふるまいに対する反感がかなり強く、そのアメリカに立ち向かう勢力としての中国をある程度評価している(そしてその評価にはもしかしたら北朝鮮に対するシンパシーも共鳴しているのかもしれない)。しかし当の中国自体のやはり帝国主義的なふるまいであったり、自由も民主もあったもんじゃない社会状況については、実はけっこう無知である——そんな感じなのかもしれない。ある意味牧歌的な左翼。
 女子ふたりにはもしかしたらちょっと退屈させてしまったかもしれない。いちおう話相手を引き受けていたとはいえ、どうしても視界の端で交わされるR.HくんとK先生のやりとりが気にかかり、ちょっと対応が中途半端になってしまった気がする。とはいえ、女子ふたりは思っていた以上に日本語での会話ができない、一年生レベルの単語や構文すら会話の場面では口をついて出てこないというアレだったので、こちらが積極的に話し相手を務めようとしたところでさほど状況は変わらなかったかもしれない。
 個室を出る。会計は223元。123元こちらが出す。残りはみんなで割ってくれ、と。便所で小便だけすませてから(…)街を歩く。噂通り、桜が咲いている。ソメイヨシノよりも花が小さい。でもソメイヨシノかもしれない。わからない。満開の桜の木の前でK先生とならんで写真を撮る。ビルの入り口にふわふわの毛がしきつめられた看板が掲げられている。巨大な犬の肉球を模したもの。その前でも写真を撮りましょうとK先生からうながされる。周囲には通行人がたくさんいる。学生たちはみんなはずかしそうにしながらわれわれといっしょにならぶ。
 日本語で会話をしているので通行人からじろじろ見られることも多々ある。写真を撮影していた漢服の女子が「小日本」と口にしたとわざわざこちらにR.Hくんが報告する。それに対してR.Hさんがそんなことは言っていないと反論する。言ったか言っていないか、こちらとしては別にどちらでもかまわないが、仮に言ったとして、それをわざわざこちらに報告するところにもやっぱりR.Hくんの政治バカっぷりがあらわれているよなと思う。過去に日記に書きつけたことも何度もあるが、R.Hくんのあたまのなかはもう政治でいっぱいになってしまっている、しかもその「政治」というのがTwitterをはじめとするSNSで得たエコーチェンバーでチェリーピッキングな情報を組み合わせた関係妄想的な産物でしかなく、いまや陰謀論のひと足手前まで来ている。いっぺんふたりきりで会ってちゃんと話したほうがいい。
 路上に屋台が出ている。ほとんどの屋台は空だが、ひとつだけ営業中のものがある。テーブルの上に芝犬がのっている。屋台のむこうには飼い主らしい若い女の子がいる。売り物はケーキ。芝犬は客寄せらしいが、ずいぶんかわいらしい。毛もふわふわで、ちょっとなでてみるだけで、日頃どれだけ大事にされているのかよくわかる。三歳のメス。名前は帆帆(fan1fan1)だったかな? 写真を撮ろうとするわれわれを前にして、飼い主の女性は厚紙でできた犬用の真っ赤なサンバイザーみたいなものを取りだして、芝犬にかぶせた。額のところに黄色いMの字がある。マクドナルドだ。
 横断歩道を渡る。土曜の夜なので通りはかなり混雑している。手相占いの老人が三人ほどシャッターのおりた店の前に座りこんでいる。一回10元。T.Uさんが診断してもらいたいという。韓国でもこういう占いありますかとたずねると、タロットのほうが盛んであるという返事。R.Hくんは小便がしたいといって近くのモールにひとりむかった。占いの下準備として生年月日とじぶんの生まれた時間帯を告げる必要がある。以前后街で三年生のC.Mさんが診てもらったのとおなじだ。T.Uさんはわざわざ母親に電話してじぶんの生まれた時間をたしかめた。占いの老人が情報をアプリに打ちこむ。するとそれでいろいろな結果がスマホに表示される。それをもとにしつつ、相手の手相を見て占うという趣向。T.Uさんの結果はたいそうよかった。だれと付き合ってもお金持ちになるという。二年後には彼氏もできるというので、二年後は院試があるから恋愛どころじゃないよと茶化す。T.Uさんとその結婚相手のみならず、T.Uさんと仲良しの友人たちもまた金持ちになるというので、彼女とは卒業後もしっかり連絡をとっておいたほうがよさそうですねとK先生といっしょに冗談を言った。R.Hさんも診てもらう。今年彼氏ができると言われたとよろこぶ。でも興味はない、別にほしくないと続いた。そのほかの運勢はまあまあうまいこといきますよみたいな感じ。
 そのまま歩行街にむかう。手相占いだけではなくタロット占いをしているひともいる。路上の物売りも多い。子ども用のおもちゃ、ハムスターや亀やウーパールーパー、自作のケーキやプリン、数珠や髪留めなど。金のアクセサリーを売っている店の前では輪投げや釣竿の先にある針で红包をひっかけるイベントなどももよおされている。このあたりをぶらぶらするのもずいぶんひさしぶりだ。
 歩行外に到着する。(…)は大きいですねとK先生がいうので、ここらがいちばんの盛り場ですね、繁華街の中心ですと応じると、銀座みたいですよというので、そこまでいいもんじゃないですよと笑う。西洋風の噴水がある。シンガポールみたいだとK先生が言う。R.Hくんの口数が少なくなっている。酔いがまわって眠くなってきているらしい。R.Uくんはやや退屈そう。恋人のS.Sさんからたのまれて串焼きを二本買っていた。
 瑞幸咖啡に立ち寄る。K先生がコーヒーをおごってくれる。女子ふたりは夜にコーヒーを飲むなんて信じられないと断る。R.Uくんもいらないという。こちらとR.Hくんはココナッツのラテ、K先生は茅台で香りづけされた酱香拿铁。R.Hくんは去年酱香拿铁が販売されたばかりのときにいちどだけ飲み、全然おいしくなかったと毒づいていたが、K先生はなかなかおいしいという反応。T.Uさんが左手首に紫色の数珠をつけている。10000元だというので、え? となる。数珠のなかに金が入っているらしい。右手首にも数珠をつけている。そちらは安いというのだが、それでも2000元だというので、Tさんやっぱりすっごくお金持ちなんだな! とびっくりする。
 R.Hさんのメイクに言及する。今日は目がすごいね! と。時間がかかるので普段は化粧しないというので、こうやって週末に出かけるときだけだねというと、そうですという返事。どれくらい時間がかかるのとたずねると、一時間ほどという返事。メイクをはじめたのは大学生になってから。みんなむずかしいむずかしいというけれど、じぶんは最初からけっこう上手にできたという。
 歩行街の外に出る。(…)を背景にまた集合写真を撮る。K先生、けっこう頻繁に写真を撮りたがる。通行人の若い女の子にお願いする。以前四年生のC.Iさんが、写真撮影はなるべく若くてかわいい女の子にお願いしたほうがいいと言っていた。そういう子のほうがきれいにみえる写真を撮りなれているからだという。
 タクシーに分乗して大学にもどることに。男四人で一台に無理やり乗りこむ。われわれのやりとりを耳にした運転手が日本人かという。日本人と韓国人だと応じる。運転手がその後なにか口にすると、助手席のR.Uくんがびっくりした顔つきになる。黒人に対してひどいことを言ったというのに、いまniggerと言いましたとR.Hくんが補足する。(…)にいる外国人の半数以上は肌の黒いひとたちであるし、それにたいして差別的な発言を運転手がしたのだろう。中国にはniggerの歌がありますとR.Hくんがいう。歌詞が全部niggerなんですというので、そんな歌いいの? とたずねると、でもそれは中国語で「あれ」という意味ですと続いたので、那个na4geということかと得心がいった。英語圏の人間がきいたらきっとびっくりするだろうねと応じた流れで、あれはたしか新庄だったろうか? メジャーリーグのロッカールームでコーヒーを飲んだ際、「苦っ!」と口にしたところ、チームメイトの黒人選手からめちゃくちゃ叱られたというエピソードがあったはず。紹介すると、三人とも笑った。
 南門前でタクシーをおりる。メジャーリーグの話から韓国ではどんなスポーツが盛んかという話をしていた。日本と同様、野球とサッカーの二本柱らしい。韓国はゲームが強い! とR.Uくんが言った。LOLの大会でいつも中国に勝つ! と続けるので、そうだった、eスポーツの強豪国だったなとなり、そこからもともとはネトウヨだった男性が、LOLの韓国代表に魅せられたのがきっかけでネトウヨを卒業することができたという、ずっと以前にネットで見かけた話を紹介した。文化の交流というのはだから絶対に必要なんだよ、と。
 艺术楼のほうにむけて歩いていると、後ろから声をかけられた。長身小太りの男だった。口調が荒く、肩を揺さぶるようにして歩いていたので、ん? となった。こいつ外人見つけてからんでくる愛国バカじゃねえか? と。自然と身体が半身になった。文化の交流が必要うんぬんと語ったそばから殴り合いを演じるとか勘弁してくれよという気分だったが、R.HくんとR.Uくんのふたりは特にあわてているふうにはみえなかった。男性はわれわれを追い越し、やはり肩を揺らしながら歩いていった。なんだったのとたずねると、道を道をたずねられたという返事。ケンカを売られているのかと思いましたとK先生がいうので、ですよね? ぼくも外国人嫌いの人間かなと思って、ちょっと大阪の不良みたいでしたねと受けると、「大阪の不良」にK先生はバカ受けしていた。学生ふたりによれば、あれはただの酔っ払いだという。おっさんみたいにみえたが、四年生かもしれないとのこと。
 寮までの道を歩く。K先生が「花丸」について口にする。大学院進学前、日本語学校に通っているときに先生がよく花丸をくれたのだ、と。花丸! なつかしい! 小学生のときを思い出します! と笑う。中国にもあるの? とたずねると、ありますとふたりがいう。中国では小红花というらしい。韓国にもやはり似たようなものがあるという。今度作文で花丸つけてみようかな? さすがにそれは子どもっぽいかな? というと、みんな花丸がほしいですよ! とR.Hくんがいう。
 寮の門前で学生ふたりと別れる。K先生はこちらと同じ棟の三階に住んでいる。R.Hくんの件について謝る。めんどうくさい政治の話ばかりしてすみません、と。まあまあそれも青春ですよとK先生。彼の部屋の前であらためて握手してお別れ。来学期もまたこっちに来ることがあったら連絡してください、次はラーメンを食いましょうと約束する。
 帰宅。あらたなグループチャットが作成されている。今日食事にいった面々のグループ。ここで写真を共有しましょうという趣向。こちらのスマホのなかに残っていたものはトンカツの衣みたいに唐辛子まみれになった牛肉のみ。なにしとんねん! もうちょっとマシな写真撮れ、たわけが! K先生と学生たちが次々と写真を投稿する。以下のようなもの。
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 ハンドタオルでレザージャケットの表面をぬぐう。火鍋のにおいがつくだろうからレザージャケットは着ていかないほうがいいかなと思ったのだが、外出前にググってみたところ、ラム革であればそれほど問題ない、帰宅後に乾燥したタオルで表面をふきとるだけでずいぶんマシになるとあったので、それを信じてみることにしたのだ。
 チェンマイのシャワーを浴びる。モーメンツに写真を投稿する。R.HさんとT.Uさんのふたりも(めずらしく日本語で!)モーメンツに投稿している(R.Hさんは集合写真や夜桜の写真のほかに、M先生がメイクを褒めてくれた! という文章付きで自撮りをアップしていた)。ついでに(…)大学の学生たちのグループにも桜の写真と火鍋の写真を投稿する。今日づけの記事の続きを書き、冷食の餃子を少しだけ食す。
 寝床に移動後、卒業生のR.Sくんから微信がとどく。従兄弟からあずかっている黒の柴犬の写真。名前は(…)だというので、ちょっとKさんを思い出すねと応じる。夜中に突然連絡をよこす時点でそれが本題でないことは明白。恋愛相談だった。来月友達といっしょに旅行する計画があるのだが、その件について彼氏とケンカしたという。R.Sくん、以前(…)に遊びにやってきたとき、(…)でコーヒーを飲みながらだったと思うが、相手の浮気が原因で彼氏と別れたばかりだと語っていたのをおぼえている。彼氏のスマホをなんとなくのぞいてみたところ、知らない男といっしょにベッドで寝ている自撮りが複数枚あったのだ、と。その彼氏と復縁したわけではない。いまはあたらしい彼氏がいる。しかしその彼氏がなかなか束縛の強いタイプらしい、なにがなんでもじぶんを一番に考えてほしいタイプなのだという。R.Sくんはしかし「恋愛は生活の一部」としか思っていない。今度の旅行については、彼氏が現在ダイエット中であるため一緒に旅行に行ってもおもしろくない(おいしいものを食べることができない)、しかるがゆえに友人といっしょに出かける計画をたてた、それについても彼氏に許可なくチケットを買ったりはしていない、チケットを買うまえに彼氏にちゃんと許可をもらおうとした、しかしそれでも相手は嫉妬に怒り狂ったのだという。どうすればいいのかわからないというので、別れたいという気持ちはあるのかとたずねると、しょっちゅうある、でも別れ話でケンカしたくないというので、だったら正直に嫉妬や束縛がきついと伝えたほうがいい、それで改善されるのであれば問題なし、改善されないようであればやっぱり別れたほうがいい、別れ話でケンカになるのはたしかにつらいだろうけれどもこのまま我慢し続けるのもおなじくらいつらいでしょう、と。R.Sくんは覚悟が決まったようだった。先生(…)に遊びにきてください、ぼくはいまじぶんの部屋があります、料理もできますというので、いつか行くよと返信。