20240322

 科学的思考法が無条件に前提とされている時代を生きている私たちは、ある本の中で書かれていることの真偽を確かめるためには、その本の外に広がる現実世界の中でその内容が実証されなければ「真」とは言えないという風に考えるのをあたり前としている。しかし、書物でも思想でも、体系を持っているものは何よりもまず、それが整合性を持っていることの方が重要で、体系として矛盾がなければ「真」と考えられる、という考え方の方が実証主義的な判定法よりも思索という行為の歴史の中で長くつづいてきたはずだ。
 体系としての整合性を時間をかけて考えずに、事実がそのとおりだからという理由によってある説が「真」とされる考え方は反証の出現をつねに心配することになって、事実に対して受け身すぎるのではないかと感じられる。——もっとも、アウグスティヌスによる「創世記」の根拠づけは、体系としての整合性、無矛盾性というような次元さえもはるか後ろに置き去りにしているけれど、すべての出来事を形而上学の中で根拠づける思考法は圧倒的で、何といえばいいか、膨大な〝世界像の産出力〟を持っている。
保坂和志『小説の自由』 p.341)



 8時過ぎに自然と目が覚めた。床の上に脱ぎ捨てたヒートテックがくしゃくしゃに丸まっている。夜中に一度、汗だくになって目が覚め、脱いだヒートテックをタオル代わりにして汗をぬぐってからフローリングに放り捨て、クローゼットの中のあたらしいヒートテックを着用しなおしたという記憶がうっすらと、あるといえばあるような、ないといえばないような、そういう解像度で残存している。今年もそういう時期になったのだなと思う。ヒートテックをパジャマとして着用するようになった京都時代からずっと続く風物詩みたいなものだ。冬が終わって春になる時期、毎年こういう夢遊病じみた現象が生じるのだ。
 春で思い出したというかきのうづけの記事に書き忘れてしまったのだが、とうとう花粉症の症状が出はじめた。二年前からだったか三年前からだったか忘れたが、中国でもこの時期花粉症の症状に、日本にいるときにくらべると100分の1程度でしかないけれども悩まされるようになり、結果、こっちでもアレグラだのアレルビだのを常備するようになったのだが、そのアレルビをきのうから服用しはじめたのだったし、今日も服用した。今日は最高気温が25度をうわまわったこともあってか、日中はけっこう鼻水ずるずるになったし、目もなかなかかゆかった。
 寮を出る。遠目にCCを見かける。あごひげをヘアゴムでぐるぐる巻きにしているこちらを見て笑う。10時から二年生の日語会話(四)。今日の議論のテーマは「パートナー(恋人や結婚相手)にするなら?」と「どんな先生がいい?」で、前者の選択肢は「誠実だけど働かない人」「お金持ちだけど浮気をくりかえす人」「パートナーは必要ない」で、後者の選択肢は「優しい先生」「厳しい先生」「かっこいい/きれいな先生」。

 「パートナー(恋人や結婚相手)にするなら?」では、C.Kさんがプライドよりもお金が大事だと主張したのがおもしろかった。「どんな先生がいい?」に参加した3グループは比較的会話能力の低い学生たちばかりだったので、議論というよりも議論の過程で言及された学校生活についていろいろ語ってもらうという流れになって、今後の授業をこの方向性でやってみるのもいいかもしれないなと少し思った。中国の高校生活がほとんど刑務所並みに厳しいといういつもの話で盛りあがったのだが、今日は飛び降り自殺をはかる高校生が多いという話が出た。日本で高校生の自殺となると、だいたいはイジメ、場合によっては失恋、家庭環境の不和、精神疾患などが挙げられると思うのだが、中国では過酷な生活そのものに耐えられなくなって自殺、受験戦争のストレス、教員からの圧迫などに耐えられなくなって自殺というケースがままあるという。対策はなにかなされているのかとたずねると、校舎の窓にネットだの格子だのが設けられており飛び降り自殺できないようになっているという返事があって、これは根本的な対策ではまったくない。体罰についてたずねると、小学校では手の甲や腕を長い定規のようなものでペチン! とすることはあるという。あと、R.Hさんの話として、高校時代の主任教師が生物担当の理系だった、しかるがゆえに文系に進学したじぶんのことをことあるごとにディスってきてそれが不快だった、というようなものもあった。
 授業後、R.Hくんが教壇にやってくる。先生はぎりぎり昭和生まれですよねというので、そうだよと受ける。昭和はやばい時代ですかというので、ん? と受けると、セクハラとか令和より多かったですかと続くので、そりゃあ多かったと思うよ、男尊女卑もいまよりずっときつかっただろうねと応じる。「ちょめちょめ」の話がまた出る。なんのドラマでおぼえたんだよと、たぶん『不適切にもほどがある!』だろうなと思いつつたずねると、やはりそうだった。あのドラマって昭和の芸能人ネタとかけっこうたくさんあるらしいけどきみわからないんじゃないのというと、全然わかりませんという返事。しかしおもしろいので全話視聴している。宮藤官九郎という名前は認識していなかったようなので、何年か前に『あまちゃん』というドラマがNHKで放映されてけっこうなブームになっていたこと、こちらが中学生のときには『池袋ウエストゲートパーク』というドラマがやはりかなりのブームになっていたことを伝えた。
 教室の外の廊下を一年生2班のR.Kさんが「先生!」とこちらに手をふりながら通りすぎていく。良い兆候。一年生がソロ行動中、たとえほんのちょっとしたあいさつにすぎないとしても、コミュニケーションのむずかしい外国人教師にこうしてみずから声をかけるという時点で、良い関係が成立していることは明白。こちら相手に緊張をしなくなっているということだ。新入生との関係をこの水準にまでいったんもっていくことができればあとはかなり楽。現二年生はめちゃくちゃはやい段階でほぼ全員この段階までもっていくことができたが、それにくらべると現一年生はずっと腰が重かった。
 R.Hくんとそろって一階までおりる。途中、一年生2班のH.Kくんとすれちがう。駐輪場には電動スクーターに乗ったJと遭遇。軽くあいさつする。R.Hくんは彼女といっしょに昼食をとるわけではないようす。なんとなくだが彼女とうまくいっていないんじゃないか、政治の話題が原因でギクシャクしているんじゃないかという印象を有するわけだが、実際のところどうなっているのかは不明。第四食堂で猪脚饭を打包する。饭卡の残金が0元になっているR.Hくんの分もいったん立て替える。
 帰宅。とっとと食事をすませて昼寝。14時半から「実弾(仮)」第五稿にとりかかるもまったく集中できず。16時半にはやばやと中断する。代わりにきのうづけの記事の続きを書く。
 17時過ぎに第五食堂で打包。卒業生のS.Fさんから微信修士論文の添削をお願いしたいという。とうとう来たかと思う。めんどうくさいけれども約束は約束だ。締め切りはいつであるかとたずねる。25日という返事。は? 3日後やんけ! それで26000字を修正しろと? げんなりする。あたまにもくる。どうしてこっちの学生はなににつけても時間ぎりぎりなのか、ゆとりをもって行動しないのか? というか週末に不意打ちで連絡をよこして残り二日三日で論文添削してくださいとお願いするそのメンタルが理解できない。相手が週末に旅行を予定しているとは想定しないのか? そうでなくても授業準備もろもろで忙しくしているとは考えないのか? 仮に三日間しかゆとりがないにしてもそれだったらもっとはやい段階で、いわば相手のスケジュールを先におさえておくかたちで依頼するのが筋というものではないか? なぜその一手間をこっちの学生たちはきまってサボるのか? というよりそういう一手間の配慮がそもそも念頭にないようなふるまいをだれもかれもがとるのか? こちらはこの週末、写作の課題の添削をしなければならないし、それ以外の授業準備も詰める必要がある。必死でやれば彼女の修士論文添削をするための時間もぎりぎりどうにか確保することができるかもしれないが(今日の残り時間をすべて作文添削にあてて、明日の前半で授業準備ほか雑務を処理、明日の後半および明後日の丸一日を使って修論添削という流れ)、さすがにそんな過密スケジュールでせっかくの週末を台無しになどしたくなかったので、スケジュール的に不可能であると断った。それだったら「要旨」を含む一部重要な箇所だけでもかまわないのでとあったので、とりあえず原稿を送ってくれと返信。ただし添削する時間を確保できるかどうかはわからない、むしろできない前提で理解してほしい、ほかに添削を依頼できる人間がいるのであればそっちに優先的に当たってくれと続けた。S.Fさんはひとり論文をチェックしてもらっている人物がいるらしく(たぶん院の先輩だろう)、そちらにお願いしてみるといった。
 今日はもともと外でゆっくり書見するつもりだった。ひさしぶりに(…)にでも行こうかなと考えていたのだったが、S.Fさんからの連絡で一気にその意欲のくじかれてしまった感があった。どうしたもんかなと思いながらチェンマイのシャワーを浴びる。あがってから、よし! やっぱり行こう! いいネタが見つかるかもしれないし! と踏ん張る。それで街着に着替えなおして出発。おもては温かい。日が落ちているにもかかわらずまだ20度ある。ケッタを外国語学院前に停めておき、そこから歩いて店にむかう。週末の夜であるから后街はきっと大混雑している、ケッタを路駐しておく場所などないだろうと見越しての行動だったが、予想通りだった。后街に入るまでもなかった。その手前の(…)などが並ぶ通りがすでに屋台で埋まっていた。手作りアクセサリーの売り子がたくさんいた。手相占いのジジイがいた。少数民族風のやすっぽいてろてろの衣装を着用し、三脚にたてたスマホにむけて語りかけながらダンスする、ストリーミング中の女子がいた(なんでこんな場所ですんねん!)。后街の中に足を踏み入れると、地獄のような混雑。車線は半分完全に屋台で埋まっている。残る車線を歩行者が埋めつくしている。その歩行者に前後左右を完全にはさまれるようにしてまったく身動きのとれなくなっている自動車やバイクがいる。油と香辛料のにおい、生ごみと熟れた果物のにおい、臭豆腐のにおいが、お祭りの夜のようにぎっしりとたちならんでいる人間らの隙間を通りぬけていく。
 (…)にどうにかたどりつく。金曜の夜になんて出歩くもんちゃうなとおもいながら細い路地を抜けて店内へ。先客の姿はあるが、座席にはまだまだゆとりがある。カウンターにいき、女性スタッフにホットコーヒーを注文する。カウンターのそばにはピアノが一台あり、客なのかスタッフなのかわからない女の子が近くにいる別の女の子としゃべりながらそのピアノを適当に弾き、ときにちょっと歌ってみせたりしている。そのそばにある丸テーブルには男女混合のグループが腰かけてたばこを吸っており、トランプかボードゲームか、なにかしらそういう遊びをしているようにみえる。ランプの灯りがもっとも近いふたりがけのテーブル席は先客におさえられている。しかたなしにソファ席に移動する。照明は弱い。だったら紙の本ではなくKindleにすべきだ。先の女性がコップをもってあらわれる。なにかしら長々と説明する。コップに口をつける。コーヒーの味がしない。白湯だ。たぶんコーヒーを作ることのできる人間がいま不在であるとか、豆を切らしているとか、そういう理由でコーヒーを準備するまで時間がかかる、だからそれまでのあいだ白湯でも飲んでおいてくれと言っていたのだろうと推測する。
 (…)はコロナ禍のあいだにリニューアルしてすっかりこぎれいになってしまった。リニューアル前の店舗は店名も間取りもまったくそのまま「実弾(仮)」に登場させている。(…)が舞台となっているシーンは基本的にどれもこれもよく書けていると思うので、別にこれ以上ネタを収集する必要もないといえばないのであるが、ただ今回着席したテーブルの表面が一部ねっちょりしているのに腕まくりした腕をのせた瞬間気づいて「うわ」と思ったので、これについてはちゃんと書き足しておこうと思った。コーヒーが運ばれてきたところで、『生きる演技』(町屋良平)の続きを読みはじめた。
 21時前に店を出た。外国語学院にもどる。便所で小便してからケッタにのって帰路をたどる。バスケコート付近で三年生のS.Sさんと彼氏が手をつないでいるのと遭遇する。大学院試験の経験談を先輩らが語るという催し物に参加したのだが、壇上で語っていた先輩というのが全員英語学科の学生だったと嘆いてみせる。日本語学科の現四年生はおそらく全員大学院受験に失敗したのだろう(失敗していなかったら面接にむけて原稿を修正してほしいという依頼がこちらの手元にとどいているはず)。
 帰宅。冬休み前に悦惠で買った鶏の手を辛く味付けしたやつを食う。トーストも食う。きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。作業中は『さいごにアイがのこった』(禁断の多数決)と『Something in the Room She Moves』(Julia Holter)を流す。2023年3月22日づけの記事にも修士論文に関する依頼のあったことが記録されていた。

 作業の途中、(…)大学で院生をしているG.Gさんから微信。院生三年生の先輩が修論30000字程度を書きあげたのだが、いま大学には日本人教師がいないのでチェックをお願いすることができない、そこで謝礼を払うのでM先生に見てほしいといっている、と。金もらえるったって普通にめんどいし、そもそもこの時期で修論のチェックをお願いしますってなかなかデッドラインぎりぎりなんじゃないの? という感じであるので、一ヶ月ほど猶予があるのであればかまわないけど一週間以内にどうのこうのしてくれという話であれば、悪いけれどこちらも仕事があるし引き受けることはできないと応じる。案の定、期限ぎりぎりらしい。悪いけれどその子の力にはなれないと断る。じぶんが修論を書くときはぜひチェックをお願いしますとG.Gさんは言った。

 G.Gさんは現在日本留学中。修論提出はたぶん来年だろう。きっと手助けを頼まれることになると思うのだが、マジでちょっと謝礼がほしいな。修論添削は去年Y.Yくんのものを無料で手伝ってこりごりなのだ。あれはかなりダルい。
 2014年3月22日づけの記事には『ゴダール映画史』からの引用がある。すばらしい。

ひとは自分にできることをするのであって、自分がしたいと思うことをするわけじゃないのです。あるいはまた、自分がもっている力をもとにして、自分がしたいと思うことをするのです。自分の映画を一時間三十分の長さにおさめなければならないのなら、歎き悲しみながら、《いや、俺は少しも短くしないぞ》と言って頑張るよりはむしろ、短くしなければならないという現実を――ほかから強制されたものとしてではなく――認めるべきなのです。それというのも、リズムというのは、ある制約と、ある一定の時間のなかでその制約を自分のものにしようとすることのなかから生まれるからです。リズムというのは、スタイルから……制約とのぶつかりあいのなかでつくりあげられるスタイルから生まれるのです。
ジャン=リュック・ゴダール/奥村昭夫・訳『ゴダール映画史』)

でも私はどうかと言えば、私はいつも、なされていないことをしようとばかりしていました。《だれもそれをしようとしないのなら、ぼくがそれをすることにしよう》というわけです。というのも、すでになされていることなら、なにも私が手を出す必要はないからです。結果がいいものになるかどうかは、大して重要じゃありません。とにかく、むしろなされていないことをしようというわけです。アイディアを見つけるというのは難しいことじゃありません。実業家は金をもうけるためには、ほかの人たちがしていることを観察し、ついで、ほかの人たちがしていないことをすればいいわけで、それと同じなのです。
ジャン=リュック・ゴダール/奥村昭夫・訳『ゴダール映画史』)

 あと、熟女との合コンについても。

 「熟コン筋クリート」の日取りが決まった。28日の金曜日、大阪まで出張るという運びになったらしかった。当日はYさんJさんと京阪で待ち合わせてからいっしょに電車に乗りこんで会場にむかうことになるようである。歯が半分以上ないJさんの弱点を補うために、「職業は?」とたずねられたときには満面の笑みで「歯医者です」と答えるというやりとりで最初の笑いをとろうという作戦をたてた。Jさんは当日おそらくシラフでは来ない。もともとが血の気のおおいひとではあるし、繁華街でトラブルになるようなことだけはなんとしても避けてほしいと、これはYさんの懸念でもあった。そのYさんのもとに送られてくる例の五十路女性からのメールを一通のぞかせてもらったのだが、ひどかった。ギャル文字こそ使用されていないとはいえ絵文字だらけのぶりっぶりした文体で愚にもつかぬ媚びとへつらいの色調のもとになにやら書き連ねられており、それだけならまだしも末尾の一段落には、「身も心も◯◯ちゃん(Yさんのファーストネームをもじった呼び名)のもの」「潮吹き◯◯りん(彼女のファーストネーム+りん)より」とあって、絶句していると、こいつそんでおれと同い年の息子おんのやで、狂ってるやろ、というので、男が妄想したエロメールみたいになってますやん、と応じた。ほんま病気やわ、とYさんは吐き捨てるようにいった。Yさんとしてはしつこくメールを送りつづけてくる彼女をぜひともJさんにあてがいたいらしかった。

 記事の読み返しのすんだところで、今日づけの記事にとりかかった。夜になって一気にその日の日記を書こうとするとあたまがバグりそうになる。一日の前半のできごとが昨日のできごとのように感じられるのだ。今日の実感でいえば、午前中の授業がまるで昨日のできごとのように、場合によってはおとついのできごとのように遠く感じられる。