20240328

 言葉というのは人間にとって厄介なもので、表記のうえではそれが否定されていてもあるひとつの言葉を書いてしまった時点で、完全な否定つまり消去ということはありえず、否定していてもそれが「ある」ということを前提として受け入れているということがありうる。
保坂和志『小説の誕生』 p.18)



 きのうづけの記事に書き忘れていたこと。『恋する原発』(高橋源一郎)をKindleでポチった。もちろん「実弾(仮)」のヒントになる記述があるかもしれないという下心からだ。『新たな距離 言語表現を酷使する(ための)レイアウト』(山本浩貴)も読みたいのだけれども、これは電子書籍にいまのところ対応していないようす。一時帰国の際に紙の本で買うか。まだ読んでいないけれども、この一冊は——三部作の第一作らしいので残り二作も含めてといったほうがいいのかもしれないが——まちがいなくゲームチェンジャーになるだろう、この作品の登場以前と以後で語られる歴史観がいずれそう遠くないうちに語られるようになるだろうという確信がある。『文學界』の新人賞選評でその名前を見て、ためしに名前をググってみたところ一般公開されていた応募作がヒットしたのを、本当に最初の数行読んだだけだったと思う、その時点で、あ、これはものがちがうわ、文学の世界は今後まちがいなくこの人物を中心としてまわっていくわと確信した、あの衝撃はいまでもはっきりとおぼえている。もう十数年前のことだ。

 6時15分起床。体調によっては授業を休むつもりでいたが、おもっていたよりもだいじょうぶな感じ。薬の服用も続けているし、外出時および就寝時にマスクも装着しているし、それでどうにかもちなおしてきた感じがする。来年はもっとはやめに薬を服用したい。中国だからといって花粉症をなめちゃダメだ。
 8時から三年生の日語文章選読。「キラキラする義務などない」第二回。本来は今日の授業で片付ける予定だったのだが、例によってアホみたいに脱線してバカ話をし続けたせいで、来週第三回をやるはめになってしまった。休憩時間中、二年生のC.Rくんがわざわざ恋人のK.Kさんのところに会いにきたので、近くにいるK.SさんとC.RさんとR.KくんとK.Gくん相手に、あれ見てみ、あれ、好甜でしょう? と中国語混じりで指摘すると、それで全員ふたりの関係に勘づいたらしく、え? ほんと? ほんと? みたいなリアクションがあった。
 10時から一年生1班の日語会話(一)。第13課。S.Mくんが脱線のきっかけになるほどさわがしいのはある意味ありがたいのだが、例文の復唱という地道な作業には相棒のY.Tさん含めて声出しをサボるところがおおいにあり、そのムードがもともと2班にくらべると相対的に音読練習に全然前向きでないほかの面々にもくわわって、うーん、ちょっとダレすぎなんじゃないかと疑問に思う瞬間が何度かあった。アクティビティの際もじぶんたちのグループが指名されるまで話をきいていない学生の姿が目立つ。うーん、やっぱり問題のあるクラスだよなと思う。現二年生との差が半端ない。
 帰宅。寮の入り口でJと遭遇。花粉症について愚痴る。冷食の餃子を食し、昼寝する。覚めたあと、コーヒーを淹れ、15時前から「実弾(仮)」第五稿の執筆にとりかかるも、全然集中できなかったのですぐに中断し、代わりにきのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回。1年前と10年前の記事を読みかえす。

いまかりに、諸君のパスポートに《ソ連への入国を禁ず》と指定されているとしましょう。その指定が映像をつかってなされることはありません。いったいどのようにすれば、映像をつかってそうした指定をすることができるでしょう? 映像をつかってそれをすることができないのは、映像は自由に属するものだからです。それに対し、言葉は牢獄なのです。映像は必然的に自由なもので、映像がなにかを禁止したり、なにかを許可したりすることはないのです。なぜなら、映像というのはひとつの全体だからです。言葉とは別のものだからです。
ジャン=リュック・ゴダール/奥村昭夫・訳『ゴダール映画史』)

 その後、小一時間ほど『シチュエーションズ 「以後」をめぐって』(佐々木敦)を読む。それから(…)楼の快递にてコーヒー豆を二袋回収。ひさしぶりにあたらしい豆をひとつ買ってみた。第五食堂で打包。
 食後、明日の学生来訪にそなえてリビングとキッチンを掃除。チェンマイのシャワーを浴びながら浴室とトイレも掃除。あがってほどなく頭痛に苛まれたが、花粉症が原因なのかカフェイン不足が原因なのかちょっとよくわからない。とりあえずコーヒーを飲み、明日の授業にそなえて必要な資料をざっと用意し、学生らが部屋にいるあいだにスピーカーから流すためのプレイリストをざっとこしらえる。
 22時ごろにC.Rくんから着信。出る。先生いまどこにいますかという。こちらに電話してくる時点で絶対そばにK.Kさんがいるだろうと思いながら寮にいるよというと、いま先生の寮の前にいます、いっしょに散歩しませんかという誘いが、そばにいるK.Kさんの言葉をそのまま猿真似するかたちで発され、あやつり人形やねえかとおもわず笑った。そもそもなんちゅう時間に散歩の誘いよこすねん。
 しかしせっかくなので出る。ふたりはさっきまで大学内を散歩していたという。本当は明日の夜先生も誘って三人で散歩するつもりだったが、寮の前を通りがかったので電話してみたのだという。明日の夜は二年生がうちの部屋に料理を作りにくることになっているから散歩できないと応じる。
 とりあえず門限の23時まで散歩することに。果物屋で串に刺さったパイナップルを買う。ルームメイトのあいだでC.Rくんの評判はすこぶる悪いとK.Kさんがいう。どうしてとたずねると、じぶんの告白を一度断ったからだという。それで告白したのがK.Kさんのほうであることを知った。K.Kさんはこれから大学院試験の準備があるのだし邪魔するわけにはいかないというのがいちおう断りの理由だったという。K.Kさんのルームメイトたちは相手のその返事をきいて、もう諦めたほうがいい、二度と彼に連絡もするべきではないと助言した。K.Kさんもそのつもりだった。しかしその夜になってあらためてC.Rくんのほうから連絡があり、結局付き合うことになったのだという。そういう優柔不断な(?)流れにくわえて、C.Rくんは花もプレゼントしていない、指輪もプレゼントしていない、好きですと口に出して言うわけでもない、そういうのにK.Kさんはご立腹のようす。じぶんはそういうものにそれほどこだわりがあるわけではない、でもなんにもないとなるとそれはそれでがっかりする! みたいなことをいうので、日本語で交わされるわれわれの会話がほとんど听不懂なC.Rくんにむけてゆっくりとした日本語+中国語で、ちゃんと毎日好きですって言いなさいと伝えると、「おお〜甘い言葉が必要ですね〜」という返事。クラスメイトは知っているのとC.Rくんにたずねると、R.HさんやT.Uさんは知っている、彼女らはK先生にもバラした、K先生は相手がK.Kさんであることを知ってびっくりしていたという返事。K.KさんはS先生から叱られるかもしれないといった。これから大学院試験にそなえてしっかり勉強をはじめなければならないという時期に彼氏を作るなんて、と。ふたりともまだ両親には恋人ができたと告げていない。C.RくんはN2試験と四級試験に合格した時点で伝えるつもりでいる。姉にのみすでに伝えたらしい。姉は27歳未婚。中国内陸部の田舎で27歳未婚というのはずいぶんめずらしいのではないかというと、姉はとてもきれいだ、彼氏もいる、でも結婚願望はないという。しかし子どもはほしいらしい。
 女子寮前に到着する。清明节にはR.Sさんとその彼氏、S.Sさんとその彼氏、そして单身狗のC.Sさんとまたいっしょになって遊ぶという。別れぎわにK.Kさんが両手をひろげてハグをもとめる。C.Rくんがしっかりハグをしにいく。なんだかんだいって大好きやんけと笑ってしまうし、こちらの前であっても全然遠慮せずにそういう愛情表現をもとめてみせるところに、K.Kさんの一見するとクールにみえて内心はほとんど冷静さや落ち着きを失っているほどに彼に夢中になっている、その幸福感みたいなもののおこぼれにこちらもあてられてしまう、完全に浮かれきった人間の混じり気なし純度100%の幸福感というのは他人に伝染しかねぬほどに強烈なものなのだなとちょっと感動してしまう。
 女子寮前から立ち去る。C.Rくんとならんで歩く。「先輩はかわいいですね〜」というので、平时はcool、でもCくんとふたりのときは这样的(といいながら相手と腕を組んで肩にもたれかかるようなポーズをとる)と、日本語と中国語と英語とちゃんぽんで意思疎通をこころみると、そうですそうですと我が意を得たりの返事。彼もやっぱりK.Kさんのあのギャップ、普段ものすごくクールにみえるのに彼氏のまえではしっかりと甘えてみせる、それもデレッデレになる感じではなくあくまでも普段どおりのテンションをキープしながらもしかし自分から自然と相手の手を握る、腕を組む、スキンシップをもとめにいく、とどのつまりはまったく照れくさそうにせず堂々と甘えにいく、そういうところを「とてもかわいいね〜」と思っているようす。いつ好きになったのとたずねると、ちょっと待ってという返事とともに、翻訳アプリをいじってみせる。曰く、彼女からの好意に気づいた瞬間。なるほど。その後、同じアプリで「同情」と続いたが、このニュアンスがよくわからない。日本語の「同情」としてダイレクトに受けとるのであれば、告白されていったんふったものの、相手がかわいそうに思えてきて付き合ったという、ある意味最悪な返答ということになるのだが、たぶんそうではない、精度の悪い翻訳アプリのせいで本来彼が伝えたい言葉の類語として関連づけられた一語が選びだされて表示されたということなのだと思うが、真意のニュアンスは不明。
 男子寮前で彼と別れる。その後のことはよくおぼえとらん。おとなしく帰宅してさっさと寝たはず。