20240329

 あるいはたとえば国全体が戦争に向かって進んでいるというような大状況の中では、戦争を肯定する言葉も否定する言葉も、読者の関心を戦争に向けてしまうという機能において、同じだけ戦争を肯定してしまうことになる。自衛隊イラク派兵に反対しても憲法第九条を含む会見論議に反対しても、それを話題にしてしまうかぎり大きな流れを変えることはできない。だいたいマスコミも書き手もほとんどすべての人たちが大状況に依存して仕事をしているのだから、文字による表記で反対してみてもその外に出ることはできない。(それらの記事の中に、いままで選挙を棄権していた五〇パーセントちかい人たちに、「次には投票に行こう」という気持ちを起こさせるものはないのだ。)
 いったん提示されたものを消去することはできないという言葉の機能——というよりも「宿命」とか「限界」と言った方がいいが——に忠実であったら、反対するためにも、否定するためにも別のことを提示するしか方法はない。芸術家は社会的に価値のある存在である必要はないが、社会の側から芸術家の存在意義を問うてきたら、返答は、社会の流れと別のことをしていることが芸術家の価値なのだ。
保坂和志『小説の誕生』 p.18)



 10時から二年生の日語会話(四)。教室に入った途端、なんでマスクを装着しているのかと指摘されたので、花粉症であると返事。今日は最高気温が30度に達するほど暑かったので、朝から半袖一枚で外に出たのだが、まったく問題なかった。授業の最初に(…)省出身者以外の名前をよみあげる。え? え? となる学生らに対してもういちどおなじ名前をよみあげて、共通点は? とたずねる。正当の出たところでテーマ発表。前半と後半でメンバーを入れ換えつつ「(…)省VS(…)省以外」でおのおのの良さをアピール合戦という趣向。前半はかなり盛りあがったが、後半は予想どおりけっこうグダグダになった。後半の「(…)省以外」組の半数以上が日本語のろくにできない遼寧省組と黒竜江省組の学生だったのでおそらくそうなるだろうと事前に予測していた。それにくわえて「(…)省」組の主張がどうしても前半の議論の焼き増しになってしまう。さらに「(…)省VS(…)省以外」ではグループの人数にも大きな差が出てしまうという問題もある。すべてきのう予想したとおりであったにもかかわらず、対策を練るのがめんどうくさくうっちゃってしまったこちらのミス。
 事前の約束どおり学生らと昼メシ。事前に約束していたのはR.KさんとK.DさんとO.Gさんの三人娘+R.Hさん+S.SさんとR.Uくんの6人だったのだが、彼女らとは別にR.Hくんもわれわれの集団に自然とまじる流れに。うーんちょっとだいじょうぶかなァと心配になる。R.KさんはR.Hくんのことをかなり忌み嫌っているし、せっかくじぶんが計画した食事会にそのR.Hくんがやってくるとなったら死ぬほどイライラするんではないか? 女子学生らはとりあえず女子寮に荷物を置きにいくという。こちらは外国語学院までケッタでやってきていたので、地下通路を抜けて女子寮にむかう集団とは別ルート経由でそちらにむかうことに。で、駐輪場でケッタを回収していたところ、徒歩のR.Hくんが小走りでついてきたので、えーとなる。こちらが先の学生らといっしょにメシを食いにいくという流れそのものを理解しているのかいないのかすらわからない。たぶん理解していると思うのだが、それにしてもなぜこちらとおなじルートで女子寮にむかおうとするのか? 大混雑するキャンパス内を徒歩の彼にあわせてケッタをひきひき歩きたくはないので、こっちじゃないよ、女子寮前で集合だよ、ぼくは自転車で行くからと告げる。
 それで新校区に移動。第三食堂前にケッタをとめる。女子寮前にR.UくんとR.Hくんが突っ立ってスマホをいじっている。こちらもその中に加わり、暑いなと漏らしあう。寮を出入りする女子学生らからちょくちょく「先生!」と声がかかる。
 女子学生らがもどってくる。O.Gさんの姿がない。今日はちょっと疲れているので会には参加しないことにしたらしい。もしかしたらR.Hくんがいるからかもしれない。R.KさんがR.Hくんのことをよく思っていないのは彼が日本語能力でしょっちゅうマウントをとりにくるからであるが、O.Gさんの場合はちょっと毛色がちがって、日本語学科に編入してきたばかりのまだ周囲から孤立していた時期に全然親しくもない彼から一方的に恋愛トークをふっかけられた、つまり、あからさまに口説かれたという経験があってそのときにふつうに気持ち悪いと思ってしまった、だからR.Hくんに対する拒絶反応みたいなものはR.Kさんよりももっと強いかもしれない。
 (…)へ。昼時なのでテーブル席はすべて埋まっている。冷房はついていない。カウンター席に一列に腰かける。こちらの右手にR.UくんとS.Sさんのカップル、左手にK.Dさん、R.Hさん、R.Hくん、R.Kさんという並びになって、いやいやよりによってR.HくんとR.Kさんがとなり同士になっとるやんけ! R.HさんとR.Hくんは特にこだわりなく普通に言葉を交わしているわけだが、R.Kさんは完全にそちらの会話にはくわわらずひとりスマホを見ながら麺をすすっており、ちょっと見てられないなというのがあったので、テーブル席が空いたところでひとりそちらに移動したのち、Rさん! こっちおいで! と呼びかけた。で、テーブルをはさんだ正面に着席した彼女に、だいじょうぶ? と小声でたずねると、先生がいるからだいじょうぶという返事。それで食事の続き。今日の牛肉担担面はいつもより辛かった。食事を終えたほかの学生らもテーブルまわりに集まってきたので、中国語の複雑怪奇な親族呼称などについて話して盛りあがる。
 (…)に移動。カレーの材料を買う。学生らは学生らでじぶんらの担当する料理で必要な食材を買う。R.Hくんはじぶんの分のヤクルトを買っていた。R.Hくんがこのあとこちらの寮で料理を作るという計画を知っているのかどうかはわからない。知っているとして、そのまま流れで参加するつもりでいるのか、あるいは参加しないつもりでいるのか、そのところも当然わからない。学生らの料理で豚肉を使うというのでこちらのカレーに入れるのは鶏肉にする。精肉売り場ではR.Kさんが通訳を担当してくれる。売り場のおばちゃんに頼んで骨付き肉の皮と骨を中華包丁でとっぱらってもらう。鮮魚コーナーのウシガエルサンショウウオを今日もながめる。カレーにのせるためのとろけるチーズのようなものも買ったが、これは日本で買うよりもさらに高かった。
 セルフレジで支払いをすませる。カレーの分はこちらがもつ。店を出る。カンカン照りのなかを歩いて北門にむかう。R.UくんとS.Sさんのふたりが食材のビニール袋の持ち手を片方ずつ持って歩いている。ビニール袋がちょうど両親のあいだにはさまされた子どもみたいになる。中国のカップルってよくこうやって荷物を運ぶよねという。先生わたしも持ちますといってR.Kさんがこちらの手にさげているビニール袋の持ち手の一方をひきとってくれたが、袋が裂けて中身がぶちまけられるのではないかという不安がなくもなかったので、すぐにこちらひとりでもちなおした。
 新校区に入る。寮が近づいてきたところで、それじゃあぼくは帰りますといってR.Hくんがパーティから離脱する。複雑な気持ちになる。R.Hくんとしてはじぶんの知らないところでほかの面々がこちらと約束を交わしていたことに対する置いていかれたという気持ちがあるかもしれない。しかしここで彼に寄っていけよとこちらから口にしてしまうと、せっかくじぶんが主催したイベントをジャックされたという不愉快な感情をR.Kさんがおぼえることになるのは避けられない。だからなにもいえない。
 管理人のところにあるノートに学生らの名前をサインさせる。電動スクーターにのったCCがやってきたので軽くあいさつする。CCはいったん自室にひきかえしたのち、Lを連れてもどってきた。これから散歩らしい。Lは例によってこちらにガンガン吠えまくった。学生らにCCはJの奥さんだよと伝える。英語の得意なR.Hさんが彼女の英語の発音はとてもきれいだというので、もともと(…)の進学校で英語の先生をしていたひとだからねという。
 部屋に入る。ちょっと意外だったのだが、R.Uくんはこちらの部屋にやってくるのがはじめてだという。S.SさんとR.Hさんもはじめて。三人娘は去年のこちらの誕生日とクリスマスの二度にわたって遊びにやってきたことがある。リビングに椅子を運びこむ。ソファに三人+椅子に三人座ればどうにかなる。エアコンをつける。BGMを流す。テーブルにあったペロペロキャンディ(先学期授業でやったゲームの景品に配ったもの)を食べてもいいかとR.Kさんらがいうので、食べてよしと受ける。その後ひととき雑談。日本語の書籍に興味をもっている学生が多かったので『ムージル日記』を紹介する。Mさんの置き土産である日本語の小説(湊かなえとか辻仁成とか)について、こちらはまったく興味がないし読むつもりもないので、自由に持っていっていいと告げる。おなじくMさんの置き土産であるギターについての話になったので、R.Kさんギターできるでしょといって手渡す。R.Kさんは高校を卒業したあとにアコギを少しだけやっていた。先生はできるの? とR.Uくんがいうので、「あの娘が眠ってる」のコードだけぎりぎり弾けるはずなので、おぼろげな記憶をたぐりよせてコードを探しながらピックでジャーンジャーンと鳴らしていると、先生! それは使わないほうがいい! といってR.Kさんが指弾きをすすめる。しかし指弾きをすすめるその理由を説明する段になるとまくしたてるような中国に言語がきりかわってひとことも理解できない。説明するのがめんどうくさくなったのか、直接こちらの手をとってこの指はこの弦! この指はこの弦! この指をこの弦! と力ずくで指定するので、関西のお母さんみたいに強引だなというと、みんな笑った。
 15時ごろだったろうか、とりあえずカレーだけ先に作ることに。手伝いましょうかと学生らがいうのだが、こちらひとりでやったほうが手っ取り早いのでその必要はないと応じる。キッチンにひとりたって野菜と肉をまずカットする。鉄鍋で野菜をいためる段になってリビングのほうを見ると、R.Uくん以外全員がテーブルに突っ伏したりソファのひじかけにもたれかかったりして居眠りしており、そりゃそうなるわな、ふだんは昼寝の時間だもんな。こちらとしてはもともと昼メシを食ったあといったん解散、昼寝をしてから夕方にふたたび合流という流れでいいんではないかと思っていた。
 カレーがほぼほぼできあがる。こちらに代わってR.Hさんがキッチンに立つ。手羽先を焼いてコーラで煮込む料理。それができたところで、今度はS.SさんとR.Uくんがキッチンに立つが、R.Uくんは料理がまったくできないので、S.Sさんがほぼひとりで豆の皮(?)と豚肉の炒め物をこしらえる。さらにR.KさんとK.Dさんが豆の中身と肉のスープをこしらえる。それで完成。学生らが料理をしているあいだR.Uくんと音楽の話になり、彼の日頃きいているプレイリストみたいなものを見せてもらったのだが、95%が日本の音楽であり、さらにそのうち90%がアニソンだったので、マジですごいな、そりゃあきみ日本語上手になるわなと言った。ふたりはどっちが告白したのとR.UくんとS.Sさんにたずねると、わたしとS.Sさん。すごいな、勇気があるなという。S.Sさん、最近気づいたのだが、聞き取りがかなりできる。もともと内向的であるので発言のそれほど多いほうではないが、こちらのいうことはほぼ完全に理解できているし、だんだんとこちらとのやりとりにも慣れてきたのだろう、口をひらく機会も多くなってきたように見受けられる。スピーチコンテストの代表、彼女でもいいんではないか。
 途中、二年生のC.Rくんから電話。またK.Kさんといっしょにいるのだろう。出る。いまから先生の寮にいっていいですか、食事会に参加してもいいですかという。了承。果物をもっていくという。R.KさんとK.Dさんのふたりがスープをこしらえているあいだ、残りの面々で外に出る。K.KさんとC.Rくんと合流する。果物のほかに瑞幸咖啡のアイスコーヒーを手土産として差し出してくれる。第五食堂にむかう。彼女といっしょに電動スクーターに2ケツしている三年生のR.Kくんが奇声をあげながらわれわれを追い越していく。全力で追いかけて並走する。みんなゲラゲラ笑う。第五食堂の一階で白米だけ八人分打包する。ふだん米だけ打包することは許可していないが先生だけは特別扱いしていると厨房のおばさんが言っていましたとR.Hさんが通訳してくれる。蜜雪冰城でK.Kさんがレモンティーを買う。
 部屋にもどる。さすがに8人はかなりきつい、せまい、椅子も皿も足りない、そもそもテーブルに余地がない。それでもどうにかいただきますにもっていく。カレーは圧倒的にルーが足りない。打包した白米も熱々とはいいがたいものなのですぐにさめてしまう。手羽先をコーラで煮付けたやつがいちばんおいしかったかもしれない。スープにいたってはそもそも皿がないので紙コップにそそいで飲むかたちにするしかないのだが、これは大量にあまってしまって、作ってくれたふたりにちょっと申し訳ない気持ちになった。経験的にこうなることはわかっていた。だから最初は全部で七品作るという計画があったのをこちらの提案で四品にまで減らしたのだ。それでもまだ多いくらいだった!
 食卓の会話にはほんの少し緊張感があった。なんせふだん交流のない三年生がひとり混じっている。主催者のR.KさんからしたらK.Kさんの参加にたいしてもやっぱりちょっとうーんと思うところがあったのかもしれないが、これについては彼女らを受け入れたこちらの責任でもあるので、率先して話題をふった。R.KさんとK.Dさんはこういう状況であまり役に立たないが、R.Hさんはけっこう外交的であるし、日本語能力にこそ問題があるもののC.Rくんも「ニギヤカ担当」(FF10)なところがあるので、そのふたりを軸にしつつ、K.Kさんと二年生とのあいだにある距離を少しずつちぢめていくことにした。C.Rくんが文学を愛好しているという話をK.Kさんから以前きいたのでそれは本当かとたずねてみると(元ルームメイトの林宇くんもこれは初耳だといった)、軍事訓練で知り合った男子学生から文学をすすめられたのをきっかけに本を読むようになったという。どんな作家が好きなのかとたずねると、「茅盾文学賞」系の作家であるという返事。「茅盾文学賞」は四年に一度中国で開催される、長編小説を対象とした中国でもっとも権威ある文学賞の一種らしい。授業作のなかには日本語に訳されているものもあるようなのでちょっと気になる。
 日本語学科の教員らの話になる。R.U先生の話になったところで俄然盛りあがりはじめた。二年生はR.U先生の授業を経験したことがない。そこでこちらとK.Kさんがいっしょになっていかに彼女がクズであるかを延々とまくしたてたのだ。K.Kさんは興奮のあまり途中からいったん中国語に切り替えると宣言し、じぶんが博士課程で課されている課題の数々を学生たちに押しつけるというあたまのイカれているとしかおもえない例の傍若無人っぷりについて熱弁した。あのひとはぼくがこれまで出会った人間、日本人も中国人もたくさんいるけれどもすべての人間のなかで最悪のひとりだねというと、先生言い過ぎだろ! とR.Uくんがいった。いや、言いすぎちゃうねんマジで、そのレベルでクズやねん。そこからK先生とC.R先生の話もする。R.U先生とはちがって日本語学科の要になるふたりについて、K.Kさんとそろって褒めまくると、二年生たちは俄然興味をもったようだった(二年生は彼女らふたりの授業もやっぱり体験したことがない)。二年生の基礎日本語はK.R先生が担当している。K.R先生はたびたび学生ら全体に質問をする。だれも答えることができない場合は、R.UくんやR.Kさんなど優秀な学生を直接指名することがあるという。そのK.R先生からは今日の夕飯どうですかという微信が昼間とどいたのだったが、学生たちとの約束があるのでこれは断ったのだった。
 微信といえば、国際交流処から请明节のスケジュールについての通知もあったのだった(ちなみに请明节は英語でtomb sweeping dayというらしい)。来月4日(木)、5日(金)、6日(土)の三日間が休み。で、调休の関係で、7日(日)は5日(金)の補講をせよとのこと。つまり、実質、4日(木)の一日が休みになっただけでしかないわけだが、木曜日は一週間のうち唯一授業が2コマある日なので、これはけっこうラッキーである。
 そろそろ食器を片付けましょうと学生らがいいだす。ぼくがするからいいよといったが、それは失礼だといってはばからない。料理をいっさい担当していない男子にやらせればいいとK.Kさんがいう。後輩の女子学生らが、さすが先輩! と笑って賛成する。で、男子学生ふたりがキッチンに立ったところで、じゃあなんでC.Rくんのことを好きになったか説明してもらいましょうかというと、二年生らもみんな興味津々の前のめりになり、このころにはすでにK.Kさんと後輩らのあいだにある壁はほぼなくなっていたと思う。まずこちらから、K.Kさんとは彼女が一年生のころからよく散歩したりごはんを食べたりする仲であるが、いつも彼氏がほしい彼氏がほしいと言っていた、そしてそのときはきまって身長が185センチ以上で、かっこよくて、優秀でスポーツ万能でお金持ちでみたいなことばかり言っていた、まるでいまのR.Hさんとおなじだと指摘すると、二年生たちはみんな笑った。じゃあなんでC.Rくんなのかとなるわけだが、じぶんでもわかりません、ふしぎですねとK.Kさんはいった。恋愛したことがないひとは外見的な要素ばかり口にするけど、実際に恋に落ちる落ちないの話になると重要になってくるのはやっぱり価値観だよ、三观だよ、優しさがいちばんなんだよ、ここで学生たちの恋愛をずっと見てきたけど本当にそう思うよという。そもそも(…)大学との交流イベントがなかったらC.Rくんとは付き合っていなかった、友達にすらなっていなかったとK.Kさんはいった。なんで二年生からはC.Rくんが選ばれたのとたずねると、もともとはR.Hくんの名前があがっていた、ほかの候補もいた、でも最終的にじゃんけんでC.Rくんになったという説明があった。当然Mさんの話にもなった。Mさんのアプローチはすごかった、最終的に東北料理店で告白もしていた、と。そのMさんからK.KさんとC.Rくんが恋人になったのかどうか問い合わせる微信がとどいた話も当然する。
 告白はK.Kさんから微信でおこなった。ルームメイトの先輩らが見守る中で告白したわけだが、きのう彼女から直接聞いたとおり、最初の返事はノーだった。しかしその夜遅くにC.Rくんのほうから微信がとどき、結局付き合うことになったというわけだが、そのときのC.Rくんからの微信というのが、「悲しいですか?」というものだったという。つまり、わたしにフラれてしまって、あなたはいま傷ついていますかということなのだろうが、これを聞いた瞬間、二年生女子全員がものすごい抗議の声をあげた。ふざけてる! なんて失礼なやつだ! めちゃくちゃじゃないか! と。R.Hさんにいたってはその場に立ちあがって、ぜんぜん出てこない日本語をそれでもふりしぼるようにして、こういう男はクズだ! みたいなことをいって、そのときすでに洗いものを終えた男子ふたりも席にもどっていたのだが、こちらとR.Uくんは手をたたいて爆笑、張本人のC.Rくんは日本語で交わされるやりとりについていけず、ひとり「なに? なに?」と気まずい顔をしていた。ちなみに「悲しいですか」はこのあとわれわれのあいだで流行語としてバズった。
 C.Rくんはしかしまじめなところもあるらしい。たとえばK.Kさんは将来生まれ育った東北地方にもどるつもりでいるわけだが、その場合はじぶんも東北についていくみたいなことまではやくも口にしたという。恋愛や貞操観念についてはけっこう保守的なところのある中国人なので、C.Rくんのこの発言それ自体は比較的好意的に受けとめられているようすだった、まじめに相手のことを考えているという声が聞かれた(と同時に、R.Hくんは全然そうではないという批判めいた発言がR.Uくんの口から発されたが、それについてS.Sさんが、「Rくんはさびしい」とぼそっと口にしたのが印象的だった)。あと、ふたりが付き合うにあたって、C.RくんがK.Kさんに課した「ルール」があるというのだが、それがものすごい長文だったという話もあった。詳細は知れないのだが、微信で送られてきたという文面はたしかにものすごく長く、R.Uくんが「作文の授業ですか?」というほどだった。反対にK.Kさんが相手に要求した「ルール」はたった二十四文字だったという。
 わたしは実はC.Sさんとよく先生といっしょにごはんに行きたいと話しています、でも先生は忙しいからちょっと遠慮していますとK.Kさんはいった。散歩やごはんくらいだったらだいじょうぶだよと受けると、5日(金)にまたK.KさんとC.Rくん、R.Sさんとその彼氏、S.Sさんとその彼氏、C.Sさんのみんなで遊ぶ約束があるのだが、その夜に先生と散歩したいという話があったので、了承した。するとR.Kさんが『君たちはどう生きるか』がちかぢか中国でも公開されるのでいっしょにいきましょうというので、これも了承、3日(水)の午後にいっしょに観に行くことになった。『君たちはどう生きるか』についてはC.R先生が絶賛していたとK.Kさんがいった。先生連休の予定がもう埋まったね、人気者だねとR.Uくんがいうので、連休なのに休めないね、給料もっと増やしてほしいねと受けた。
 恋愛の話がしばらく続く。R.HさんもR.KさんもK.Dさんも单身狗だなとからかうと、先学期他学部の三年生から告白されたとR.Kさんが抗弁する。しかし断った。性格が合わないと思ったからだという。でもわたし実は彼氏がいますというので、そうですかはいはいと応じる。嘘であることがバレバレだったのだ。ぼくは実は婚約しているけどねと逆にやりかえすと、先生! あなたはいつも嘘! というので、いやこれ見てよといって右手の中指につけていた指輪を指す。婚約指輪だよこれと続けると、嘘! 嘘! 先生はそれ誕生日プレゼントにじぶんで買ったと言いました! とR.Kさんはいったが、本当だよ! ぼく写真を見たよ! とR.Uくんがアイコンタクトもなしにサポートに入ってくれたので、このあいだ見せたよね? かわいかったでしょ? というと、すごくかわいかったと調子をあわせてくれる。嘘! 嘘! というR.Kさんの声があやしくなりつつあった。たしかR.Hくんにも見せたよね? このあいだ男子寮に行ったときにみんなに見せたんだよね? というと、そうだよ! 18歳の女の子! という反応があり、おい! さすがにそれはやりすぎや! バレるやろ! と思ったので、ていうかRさん、冷静に考えてみてよ、ぼく38歳だよ、38歳の男がさ、じぶんの誕生日にじぶんで指輪を買うなんてさ、はっきりいってバカでしょ? そんな男気持ち悪いでしょ? と、RPGでいうなら相手に大ダメージをあたえることができるけれどもじぶんも相応にダメージをくらう系の必殺技をしかけたところ、S.Sさんが耐えきれずに吹きだした。彼女はずっとこちらとR.Uくんが嘘を言っていることに気づいていたわけだが、いちおう黙っていてくれたのだ、しかしこちらがじぶんのふるまいをバカ呼ばわりする自爆攻撃をしかけるのを見て爆笑してしまったのだった。
 K.KさんとC.Rくんが散歩を再開するというのをきっかけにほかの学生らもまとめて去ることになった。こちらも第三食堂までケッタを回収しにいく必要があるのでいっしょに外に出る。K.KさんとC.Rくんがわれわれのやや前方を歩くのをながめながら、あんなふうだけど先輩はCくんのことが大好きだからね、先輩のほうが気持ちが大きいくらいだよというと、本当? 全然そんなふうに見えない! とR.Uくんがいった。ツンデレ? と続けるので、ああそうそう、そんな感じだよと受ける。女子寮までわれわれの新流行語である「悲しいですか」をちりばめた会話を交わしながら歩く。「きみは今まで恋人が一度もいたことがありません。悲しいですか?」「先生は髪の毛がありません。悲しいですか?」
 女子寮前で二年生女子と別れる。第三食堂前でケッタを回収し、R.Uくんといっしょに男子寮まで歩きだしたところで、K.KさんとC.Rくんのふたりがまたあらわれる。ふたりはまだ散歩を続けるつもりらしい。ならんで男子寮まで歩く。男子寮前でR.Uくんと別れる(R.Uくんはさっそくルームメイトたちに「悲しいですか」の一件を話すといった)。散歩を続けるふたりを残してこちらもケッタにのってとっとと寮にもどる。
 帰宅。水まわりをチェックする。男子学生ふたりの皿洗いはけっこうあやしかったので、皿のすすぎだけもう一度全部でやりなおす。テーブルと椅子を移動し、リビングに掃除機をかけ、チェンマイのシャワーを浴びる。あがってモーメンツをチェックすると、S.SさんとR.Hさんがそれぞれ今日のできごとを写真やショートムービーにまとめて投稿していたのだが、R.Hさんのほうのコメント欄にさっそくC.Tくんが「没参加这个餐会,悲しですか」とコメントしていたのでクソ笑ってしまった。こちらはこちらでS.SさんとR.Hさんのふたりにもらった写真をモーメンツに投稿。あと、K.KさんとC.Rくんのふたりが、これも付き合いはじめたばかりのカップルあるあるだが、握りあっている手をアップで撮ったおなじ写真をほぼ同時刻に投稿しており、これは要するに、わたしたちは晴れて恋人になりましたという正式な宣言みたいなものである。
 きのうづけの記事を書いて投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返した。以下、一年前の記事にひかれていた2022年3月29日づけの記事より。

 O.Cくんとそろって階下へ。外国語学院の入り口でS.Sさんと合流。Oくんとはそこで別れた。そのまま老校区経由で裏町のほうに出た。第一志望の(…)大学まであと6点だったか7点だったか足りなかったことについて、去年受験していれば合格できていたかもしれないねというと、去年は実際それほど合格ラインも高くなかったとSさんはいった。S.Sくんが浪人はせずに(…)大学を受験するつもりでいることについて、来年になればますます競争率が高くなるだろうと予測しているようだからというと、実際そうなるだろうとSさんも考えているという。いわゆる内卷だけが原因ではない。两会を知っているかとSさんはいった。聞いたことがある。中国政府が国の方針を決定するけっこうでかい会議のことだったはずだ。ウィキペディアによれば「中国全土に関する政策は毎年3月の全国人民代表大会で決定されるが、同時に経済界など各界の代表者や中国共産党以外の「民主党派」からなる中国人民政治協商会議も開催されて、そこに諮問され、全国「両会」の決定事項として発表される」とのこと。この两会で大学院試験のボーターを高くするというような決定が下されたのではないかと噂になっているとSさんはいった。確証はない。あくまでも推測らしいのだが、おおいにありうる話ではないか。日本以上にブラック企業の蔓延しまくっている就労環境のために、消極的に大学院進学を目指す学生が年々多くなっている現状、少子化もあいまって労働力不足が懸念されるため、高校や大学の卒業をひかえた学生らを進学にではなく就職に向かわせようとする政府の動きがあるという話は、以前からこちらもたびたび見聞きしている。

 ほんの2年前は「日本以上にブラック企業の蔓延しまくっている就労環境のために、消極的に大学院進学を目指す学生が年々多くなっている現状、少子化もあいまって労働力不足が懸念されるため、高校や大学の卒業をひかえた学生らを進学にではなく就職に向かわせようとする政府の動きがあるという話は、以前からこちらもたびたび見聞きしている」と記されているわけだが、状況はいまや一変した、L曰く、若者の就職率の低さをごまかすためにむしろ大学院をガンガン新設してそこに学生らを押し込もうとしている動きのようなものがお上に認められるのが現状なのだ。
 今日づけの記事もそのままざっとメモ書き。0時半になったところで中断し、トースト一枚の夜食をとったのち、半袖一枚でベッドにもぐりこんで寝た。