20130403

ぼくはこっちが小さい、あっちが大きいなどと詮議はしない、
おのれの時と場所とを満たすものならどんなものにも引けはとらぬ。
ウォルト・ホイットマン/酒本雅之・訳『草の葉(上)』)

過去、未来、威厳、愛――もしもこれらのものが君に欠けていれば、君がこれらのものに欠けているのだ。
ウォルト・ホイットマン/酒本雅之・訳『草の葉(上)』)



12時前後起床。昼過ぎから夕方まで6時間ほど惰眠を貪りつづけたあとにもかかわらず昨夜は1時半には眠りに落ちた。寝過ぎだ。実家に帰るといつも寝すぎる。安心するもんでやろと母は嬉しそうにいうが、張り合いがないからというのがたぶん実際のところだ。京都に帰るのは金曜日でもいいんでないかと何度となく提言されたが、こんなところでだらだらしていても仕方あるまい。そういえば前夜母と弟と三人で撮影したばかりの写真をじぶんのパソコンでながめていた折だったか、お母さんの老後は(…)(弟)が見てくれるらしいよ、と母がいって、そういうセリフも冗談として切り捨てられないというかどことなくあんたあのとき言ったことは本当なんやろなと確認するような意味合いのわずかに透けて見えないこともない語調だったようにも思われて、母も今年で58になる。兄は晴れて家庭を持つにいたったし、じぶんはこんな性格であるし、すると仮に老後の面倒みたいな問題がもちあがってきた際、ニートである弟はある意味うってつけの人材であるといえるのだろうけれど、そしてまた弟自身、おそらく頭のどこかに老後の両親の面倒をみることですねかじりの現状の埋め合わせをするみたいな計算があるんでないかとも思われるのだが、弟がそれで良いのなら良いのだけれど、しかしこちらとしてはやはりかつてたった一度だけ、もう二年ほど以前のことのように思い返されるけれど、たしか祖父母の家から帰ってくるふたりきりの車中ではじめて、ぼく家庭願望とかあるで、(…)はなんていうか求道型かもしれんけどさあ、ぼくふつうに家族のためやったらまあ身ィ粉にして働いてもいいかなって思うけどさ、でも、ま、気づいたらいま、まあ、そっちじゃないよなぁって(といいながらハンドルからはなした片手を手刀のかたちにしてY字路を描く)、こっちじゃなくてぼくまあこっちにいってしまっとるからなって、あ、これ無理やな、って、と語ってみせたあのひととき、あのひとときの弟の装われた笑顔に透けてのぞいた惨めさの感情、ああいうものを弟に抱いてほしくない。惨めだと感じてほしくない。でもこういうことを正面きっていえない。すべてあまりにナイーヴにすぎる。ひとに弟の話をすることはときどきあるけれど、そんなもんじぶんが親だったら力ずくで追出してしまうけどな、とか、いちどちょっと会わせて話をさせてほしい、とか、デリカシーのないこの手のセリフが返ってくるたびに、このひとたちって結局当人はぜんぜんそう思っていなくてもきわめてまともで健全な家庭環境で育ったんだろうなと思う。
弟の部屋を出て階下におりるとすでに仕事を終えた父がいて、ダルビッシュの当番しているメジャーリーグの試合を観戦しながら超絶に興奮しているのでどうしたのかとたずねると、完全試合まであとアウト3つやぞ!と鼻息が荒い。なるほどそいつはたぶんすごいことだと思いながらひとまずトーストを焼き、フルーツミックスジュースといっしょに平らげながらそろって試合観戦したのだけれどあとアウト1つというところでまさかのピッチャー返しでヒットみたいな、すると父は机を両手でバン!と叩いてクソ!と叫び、そうや……これが野球なんや……これが完全試合の難しさ……完全試合の難しさなんやのう……としみじみモードに入ったので、i-podでmerzbowを聴きながら犬猫畜生といっしょに窓際で日向ぼっこをしつつR・D・レイン『レイン わが人生』の続きを読み進めた。そうこうするうちに16時前になったので弟の運転で古着屋というかリサイクルショップに連れてもらうことにしたのだけれど、道の途中にあるブックオフにひとまず立ち寄ってもらうことにした。田舎のブックオフにはおそるべき掘り出し物があるという経験則は今度もやはりまた的中したというか、まったくもって奇縁としかいいようがないのだけれどR・D・レイン『好き? 好き? 大好き?』がまず見つかり、くわえて図書館にもなかったテリー・サザーンも見つかり、しかも双方100円で、大満足の成果である。ほかにヘレン・ケラー『わたしの生涯』(これはカスパー・ハウザーと関連づけて読みたい)も100円、あとは阿部和重ピストルズ』を1000円で購入したのだけれど、正直これは文庫化するまでいいやと思っていたので、ちょっと微妙なタイミングであったかもしれない。
ブックオフでも思いのほか時間を食ってしまったのでもう古着屋はいいやとなって母を職場まで迎えにいくことにしたのだけれど、もうあと五分もすれば到着するというタイミングで当の母から電話があり、施設にきていた子供が怪我をしたのでその報告書を作成しなければならない、ゆえに帰れるのは何時になるかわからない、という。じぶんにしたところで弟にしたところで別に待ち時間は読書をしてすごせばいいのであるしかまいやしないといったところなのだけれどしかしそれならやはり古着屋に立ち寄っておけばよかったと思わないでもなくその埋め合わせというわけでもないのだけれどとりあえず目についたユニクロに寄ってもらってそこでスウェットを一着を買った。それからスーパーに立ち寄って食材を購入し(むろん主婦業をいとなむ弟が)、それで母の職場に到着してしばらく駐車場にとめた車内で本を読んで時間を潰していたのだけれど小一時間経っても母の出てくる気配がないので弟が様子を見てくるといって車の外に出て、すでに周囲は暗いし書見にもふさわしくないアレだったのでi-podでランキン・タクシーを流しながらこのひと歌ヘタだなーと思っているうちに眠たくなったのでひとねむりして、ひとねむりから覚めてなお弟も母も建物から出てくる気配がないのでしかたなしにじぶんも車の外に出た。母の職場にはいぜんにいちど足を踏み入れたことがあるので、そのときの記憶をたよりに二階にある一室に入ると、母と弟がいて、いまようやく書類の作成が終わったところだというので、それじゃあ帰りますかとなった。尿意をもよおしたので男子便所で小便をしたのだが、くだんのストーカーが仕掛けたかもしれない盗撮用のカメラがないかどうか女子便所をチェックするのは忘れてしまった。すべて空腹のせいである。
帰宅してから風呂に入り、弟のこしらえてくれた夕食を腹いっぱい食った。それから弟の部屋にひきあげ、ふたりそろって酩酊した。ぼくはあんま酔わんからなぁという言葉どおり、弟には(ポケモン風にいうと)こうかはいまひとつのようだった(弟は歯科医からおどろかれるほど麻酔のききにくい不便な体質であるらしい)。こちらはむろん、こうかはばつぐんだ、である。音楽を聴いたり映像を観たり、部屋のすみっこで寝息をたてている犬を何度も起しては一方的にじゃれまくったりして、おそらく3時前には寝た。「もうちょっと相手してくれよー!」「たのむから友達になってくれえ!」と迷惑そうな顔つきで横たわっている犬っころ相手にしきりに抱きつきせがんでいたという目撃談を翌日聞いた。