20130402

世間に背かれ、苦痛に喘ぐすべての者たちにわが身を化し、
他人の形の牢獄にわが姿を見て、
そしてとぎれることのない鈍い痛みを感じている。
ウォルト・ホイットマン/酒本雅之・訳『草の葉(上)』)

時計は今この時を教えてくれる――だが永遠は何を教えてくれるだろう。
ウォルト・ホイットマン/酒本雅之・訳『草の葉(上)』)



8時過ぎ起床。あわてて身支度を整える。スーツは職場で着慣れているものの、ネクタイを結ぶことはないので、おおいに苦戦する。一時期は私服にネクタイを装着していたこともあったのだが、いまじゃユニクロのスウェットを愛好する身である。ほとんどネクタイを結んだことのない兄27歳と人生ではじめてスーツ&ネクタイを着用する弟24歳。
9時に家を出て、弟が朝はやくから祖母を送りとどけていた美容院に立ち寄ってシャレオツモードに変身した祖母を拾い、そのまま(…)神社にむかう。てっきり(…)で結婚式をあげるものとばかり思っていたのだが、どうも(…)では不可能であるらしい。
両家親族九人ずつの小さな式である。さんざん書いてきたとおり兄嫁はじぶんの中学の同級生(…)さんであり、この時点でずいぶんアレな話であるのだけれど(…)さんの従姉妹夫婦というのが式に出席していて、クソ田舎の地縁血縁のおそるべき閉域を身にしみて感じる出来事というべきか、まさかこの従姉妹さんまでもがじぶんの中学の同級生であるとは!!!! 率直にいって面食らった。従姉妹さん(名前忘れた)は双子を妊娠中で、6月だかには出産予定らしい。まさかのプチ同窓会ですねわーはっはっなどといっているうちに、羽織袴の兄と白無垢の(…)さんがやってきたので、いたるところで新郎新婦にポーズをとらせてカメラをかまえる専属カメラマンに混じってはいはーいこっち目線くださーいうわーいいですねー来週のヤングジャンプのグラビア即決定ですよーなどとふざけていると、いやぁ楽しい息子さんで、という(…)さん方の親族の声が聞こえてきて、それにたいして母親が、あの子はもうずっとあんなんでどもならんからほうっといたってください、と応じていた。
境内での撮影がひとしきりすむと控え室みたいなところに案内されて、そこで昆布茶を飲みながら(よろこぶのこぶと昆布をかけての慣習らしい。めで鯛といい、試験にカツといい、日本人のげんかつぎとは基本的にクソみたいな親父ギャグである)烏帽子かぶった若い神官というのか神主さんというのか、きりっとした顔立ちの男前な男性から挨拶と式の段取りについての大雑把な説明があった。神主さんになりたてなのかなんなのか、控え室での挨拶&説明ではわりと始終噛みっぱなしであって、聞いているこちらがハラハラするくらいであったのだけれど、式の本番では見事にやりとげてくれたのでよっしゃとなった。社の中にはいってからしばらくはカメラ撮影禁止で、新郎と新婦側にわかれてあの魚釣りの大好きな親父たちが利用する折りたたみ椅子みたいなのに一列に腰かけて起立と着席をくりかえし、低頭の姿勢でおはらいしてもらったり和太鼓の音にあわせてでてきたボス神官に祝詞を詠んでもらったり(この和太鼓がちょっとミニマル入っていて踊りたくなった)頭に植物の葉でできた冠みたいなのを装着した巫女さんに導きの舞いというのを踊ってもらったりした(となりにいた弟に小声で「おい、導きの舞いってレベルいくつになったら習得できる特技ね?」とささやきかけたら笑ってはいけないシチュエーションというのもあってわりとツボに入っていた)。途中から撮影オーケイのサインが出たので、指輪の交換する場面であったりとかお神酒に口をつける場面であったりとかをぱしゃぱしゃやって、さすがにここでは悪ふざけなどできる空気ではなかったけれども、剣の舞いの巫女さんをついでに一枚ぱしゃりとやったら父親からおまえさっきからいったいなに撮っとんやと笑われた。ところでこうした式の一部始終がとりおこなわれているわれわれの背後では通常の参拝客らが社に詣でにやってきているわけで、いちおう格子戸で隔てられているとはいえ中は丸見えであるし、わりとちょくちょく小銭の賽銭箱に落ちる音がすぐ後ろから聞こえてきたりして、こんなにもオープンなものなのだなぁとちょっと驚いた。
式が終わったところで今度は一同そろっての写真撮影みたいなのがあって、なんというかいかにもこう、明治時代の写真館みたいな一室でのアレで、前列中央に新郎新婦を配したそのむかって右手に新婦の親族、左手に新郎の親族という並びで、前列後列の二列だったのだけれどその二列目中央、すなわち、新郎新婦の間から顔がのぞくというすばらしきポジションをゲットするにいたった。(…)姉さんにセンターポジションゲットやんといわれたのでまあファンにCD買わせまくったしねと応じようとしたその直前でもっと面白い返事を思いついたのでそちらを口にしたのだったけれどなんといったのか忘れてしまった。小栗康平『埋もれ木』の中に「記念写真っていいよね、みんながそろって同じ方向を見るときなんてそのときくらいだもんね」みたいなセリフがあったなぁということを思い出し、そこから記憶はアルヴォ・ペルト「シルーアンの歌」を背景にしてたちこめる夏の濃厚な気配に漂い流れ出して胸が切ない。
撮影を終えてからは、親族一同は(…)までタクシーで出かけてそこで写真撮影をすることになっている新郎新婦を控え室で待つという段取りになっていたのだけれど、専属のメイクさんやらカメラマンさんやらをのぞいてもまだ座席にあまりがあるので、だれか手が空いているひとがいるのなら写真を撮りにいってくれというアレになったので結局(…)姉さんのお母さんとじぶんとじぶんの両親という四人が(…)までついていくことになった。婚礼衣装を着た人間は(…)に入ってはいけないというルールがあるらしく、詳しいことはしらないしこれを書いているいまネット環境もないので調べることもできないわけだが、ひょっとすると(…)で婚礼うんぬんできるのは皇族限定とかそういう伝統からきているものなのかもしれない。というわけで結婚式のプランにはいちおう(…)での写真撮影というコースがあるのだけれどそれにしたところで鳥居より手前、それも鳥居の正面に堂々と立ってはいけなくてやや離れた位置に斜めにずらして新郎新婦を配置するそんな角度からの撮影というアレで、そこまでやっても撮影にあまり長く時間をかけすぎると関係者に注意されるとかなんとか、伝統とかならわしなんてものは得てして面倒くさいものである。それで主役のふたりを前にしてまた目線くださーいとかいいながら写真を撮影しているといつのまにか周囲にちょっとしたギャラリーが出来て、まったくもって見ず知らずのひとに写真撮らせていただいてもよろしいですかと声をかけられたり、そんな断りもなくいきなり写メられたり、あるいは留学中だというイギリス人がwhat a beautiful! amazing!みたいな顔つきででっかい一眼レフを構えたり、羽織袴と白無垢のふたりはちょっとしたアイドルみたいな扱いで、とおりすがりのひとたちやすれちがうひとたちがわりとけっこうな頻度でおめでとうございますと声をかけていってくれたりする、これにはすごくほっこりした気分になった、やさしい気持ちになれた。なんだったらこの日の白眉だったといってもいい。
それで写真を撮らせてくれないかと声をかけてくるひとびとの中にひとりいかにもカメラ小僧というか年齢的には爺さんなのだけれど、であるからにはカメラ小僧な爺さんというむちゃくちゃな言い方しかできないことになるその爺さんが手提げ袋の中から蛇の目を二本取り出してこれを持ってポーズをとってくれないかと言い出して、なんでそんなもん持っているんですかとたずねるともともと(…)に来る着物姿の参拝客に蛇の目をもってもらって鳥居や松の木をバックにして写真を撮らせてもらっているのだといい、今日はめずらしいチャンスに出会えたからよかったとかいいながら専属カメラマンなど知ったことかというくらいの勢いでぱしゃぱしゃやりだすので、あのー撮影のほうはじぶんマネージャーなんでこちらを通していただかないと、あとで費用のほう請求させていただきますね、などとまたくだらぬことを言ってしまったfeat.石川五右衛門。カメラ小僧な爺さんはぽかんとしていた。
それで(…)神社のほうに戻ってからは食事の時間で、(…)姉さんのお色直しを腹をすかせながら待ち、伊勢エビとか牛肉とか天ぷらとかをたらふく食った。食卓では叔父がとなりの席についていたので、ひたすらクズみたいな話をして過ごした。部屋が寒くてたまらない、文句を言ってやりたいがまた出禁になるのもかなわない、と叔父はしきりに愚痴をこぼしていて、神社を出禁になるとかある意味クソ笑えるのでそれはそれでアリだと思うのだけれど、ほんなしょっちゅう出禁になっとんのとたずねると、しょっちゅうやあるか、ふたつだけや、という。どこで食らったんと続けてたずねれば、寿司屋と返答があり、寿司屋におっさんひとり入ってきよったんや、んでおもての戸開けっ放しになっとるでな、だれかツレ来るもんかと思うやろ、ほんでもなかなか来おへんでな、おいおっさんおまえひとりか言うたらひとりや言うもんやから、ほんならはよ閉めんかい言うたったんやわ、というので、ほんで喧嘩になったん?とたずねると、酒入っとったしの、まあたいしてうまないとこやしええわ、とある。もう一件も寿司なん?と問えば、うん、とあり、どんな経緯で?と続けざまにたずねると、おまえな、おまえ、そんなもんここで説明できるかいな、と小声でいいながら隣の席についている奥さんのほうを横目でちらりしてみせるのでクソ笑った。まずまちがいなく女関係である。叔父は観光バスの運転手をやっており(と同時に副収入としては十分すぎるほどの稼ぎをたたき出すパチプロでもあるのだが)、全国津々浦々の美味しい店を知っているようでどこどこのなになにがうまいみたいな話をさんざんいうものだから、ほんなら京都やったらなにがいちばんなんよと訊いてみたところ、そんなもんおまえアレや、宮本むなしやという返答があってこれはけっこうツボに入った。机をはさんだ向こう側に腰かけている(…)姉さんのご親族にかまわずわりとえげつない話ばかり叔父と交わしていたので、ひょっとするとなんだあのふたりはけしからん!と思われてしまったかもしれないが後の祭りであるというか、それをいえばそもそもひげ面にボディピの時点でじぶんの印象なんてアレだろうし、さらにそもそもの話をするならば(…)姉さんは高校を中退したのちもろもろの事情から一時期アメリカに高飛びしていたレベルのクソヤンキーだったのだからもうなんだってもいいだろう。兄夫婦の結婚について(…)だったか(…)だったかにはじめて告げたとき、これで(…)一族のどもならん血筋がますます強化されることになるなといわれたものだったが、まことにもってそのとおりだと思う。
飯はまったくもって食いきれないほど大量だった。けっこうな量を包んで持ち帰った。最後にまた軽く写真撮影をし、食事部屋の入り口で(…)姉さん側のご親族とお別れの挨拶を交わし、神社に残って着替えをすませなければならない兄夫婦とも別れ、駐車場で叔父夫婦と祖父母と別れ、着物と燕尾服を着替えに美容院にむかう両親とも別れ、弟とふたり実家にもどったのが13時半だったか、そっこうで部屋着に着替えて布団にもぐりこんだ。17時ごろにいちど犬に顔をべろべろされて目覚め、階下に降りたもののそこでもまた眠りに落ちてしまい、結局19時過ぎまで眠りつづけるはめになった。それから包んで持ち帰ってきたものを夕飯代わりに食べて、かつて家族の寝室であり、のちにじぶんの部屋となり、じぶんが地元を出てからは兄の部屋となり、兄が家を出たいまは母の部屋となっているその部屋でパソコンを起動し、二日分の日記をながながと書き記した。布団の上ではワン公が眠っている。名前を呼んだ。こっちに来た。耳の後ろや顎の下をなでろと前肢でこちらの肩を叩いてみせる。カワイイ。