20230101

大江(…)しかもそれを書いているとき、自分でこのくだりはよくわかっていなかった。そこに意味の塊があるとだけ思っていた。
大江健三郎古井由吉『文学の淵を渡る』)



 朝方に何度か目が覚めたが、まだはやいと思い、二度寝、三度寝、四度寝とくりかえした。10時半になったところで起床。歯磨きしながらスマホでニュースをチェック。(…)先生、(…)先生、「ご飯を100回食べる」のふたりから、あけましておめでとうございますの微信が届いていたので返信。モーメンツのコメント欄も同様のあいさつでにぎわっていたので、これもひとつずつ返信。(…)さん、やっぱりまだ感染していない模様。どちらが最後まで感染せずに耐えられるかの勝負、とうとう年をまたぐにいたった!
 街着に着替えて出発。自転車に乗って第四食堂へ。閉まっている。やはり元旦は営業していないか。そのまま南門の外に出る。(…)でパンを買う。開店直後だったのか、店員のおばちゃんがおもてで掃き掃除をしていたので、新年快乐! とあいさつ。ひさしぶりにお目当ての食パンを買うことができたので満足。あと、せっかくの正月なので、ティラミスも買った。最高の幕開けだぜ!
 帰宅。トースト二枚の食事をとり、コーヒーを淹れる。それからきのうづけの記事をカタカタやりまくる。上の馬鹿が新年早々やかましくフロアを踏み鳴らすたびに、デスク脇のクローゼットを拳で叩く。そうすると物音と振動がじかに上の馬鹿にも伝わるはずなので。ときどきそれに対抗するかのようにさらに踏み鳴らしてくることもある。そのときは「うるっせえ!」と巻き舌で吠える。なんで正月早々こんなイライラせなあかんねん。
 きのうづけの記事を投稿し、ウェブ各所を巡回し、2022年1月1日づけの記事を読み返す。現三年生の学生8人が大挙してうちにやってきて、みんなで餃子をこしらえた日。「(…)市政府の会議期間中」という言葉が書きつけられていたので、あ、やっぱりそうなんだな、先日大学内で行われていたのも同じ恒例行事なんだなと察する。作業中、(…)さんと(…)さんからそれぞれ個別にあけおメールが届く。

 今日づけの記事をここまで書き記す。時刻は16時前。書見にとりかかる。A Good Man Is Hard To Find(Flannery O’Connor)の続きを少し。
 メシ作る。米を炊き、鶏胸肉、トマト、たまねぎ、パクチー、にんにくをカットしてタジン鍋に放りこむ。味付けは鸡精と塩と酒と、(…)さんが以前メシを作りにきてくれたときに置いていったオイスターソースみたいなどろどろの黒い液体。レンジで7分。
 食後、ベッドに移動してA Good Man Is Hard To Find(Flannery O’Connor)の続き。それから20分ほど仮眠。
 起きたところでシャワーを浴びる。ストレッチをし、コーヒーを淹れ、仕事始め。「実弾(仮)」執筆。今日から第四稿。作業の事前準備として、まずは資料をまとめる。漢字とかなの表記も統一しなければならないので、「S」を書くときに使った表記一覧表を参考にしつつ、シーン1から順番に読みなおしていく。「S」よりは気持ちひらがな多めでいいかなといまは考えているが、最終的にどんなかたちになるのかは、正直まだ全然わからん。20時半から23時半までかけて、ひとまずシーン1とシーン2だけ片付ける。プラス12枚で12/977枚。加筆修正をするときの頭(小説家モード)と漢字とかなの表記をチェックする頭(校正モード)はまったく別なのでちょっと苦労する。だから第四稿は校正にわりきってふりきってやろうと考えていたのだが、なんだかんだで結局文章のほうもあれこれ手を加えてしまう。しゃあない。これはもう業みたいなもんや。以下はシーン2。このあたりは初稿と比べてまだそれほど大きな変化はないかな。

 黒のタンクトップの上に黒の革ジャンを羽織っているだけの格好は見るからに寒々しい。下は黒のスキニージーンズに黒のブーツ。生際が後退してボリュームもずいぶん少なくなっているのを、なにかの抵抗のように肩までのばしているちぢれた髪の毛もやはり黒いし、目元を頬骨まで覆いつくしているサングラスも、フレームとレンズの継ぎ目がわからないほど真っ黒だ。闇になかば溶けこんでいる全身黒ずくめのいでたちはしかし、ブーツの紐に通されたいくつもの鈴がたてる音によって、昼も夜もなく、その歩みごとかたどられている。獣が人里に下りてくるのを知らせる罠とあれはおなじものだとマネージャーは言った。
 北駐車場には軽トラが一台停まっているきりだ。社長の知人がしばらく置かせてほしいと頼みにきてそのまま二週間になる。男はブーツにゆわえた鈴の音をかすかに響かせながら軽トラの周囲をふらふらしている。車の正面をゆっくりと横切り、助手席の前で少し立ちどまる。そのままこころもち上体をかたむけて、サングラス越しに窓の中をじっとのぞきこむ。それから荷台のほうにまわりこみ、乱雑に片寄せられているモスグリーンのカバーをつまみ、少しだけめくりあげて内側を確認すると、ぐるりとまわって運転席のほうに移動する。
 今度はサングラスをはずして、窓ガラスに額がくっつくほど顔を近づける。いよいよ遠慮のなくなったその後ろ姿に向けて、景人は駐車場のコンクリート壁にもたれかかったまま、火の点いている煙草を投げつけた。煙草はガードレールを削る車体のように火の粉を散らしながら宙をまっすぐ飛んでいき、軽トラのドアにコツンと音をたててぶつかった。はねかえった吸殻がそのまま男のブーツの甲の部分に落ちる。驚いてひっこめられた足がシャンと鳴る。
 三メートルの距離をはさんで一部始終が目撃されていたことにそこではじめて気づいた男は、いかにも罰が悪そうな笑みを浮かべながら景人のほうに向きなおると、木彫りの魚のように深い皺が刻まれた目元をふたたびサングラスで隠しながら歯の抜けた口元をゆるめて、こんばんは、と酒焼けした声で言った。
 景人は返事をしない。その真意を値踏みするように、男はへらへらとした笑みを口元にはりつけたまま、吐息とも笑い声ともつかないあいまいな声を、二度三度、屁のように口から漏らした。
「お兄さん、煙草ちょっと、分けてくれへん?」
 相手から目を逸らさずに、景人は手だけを動かして、ダウンジャケットのポケットからゆっくりと煙草を取りだした。箱の口を人差し指でトントンと叩いて呼びだした二本目を、猫の首輪のように鈴を鳴らしながらおずおずと近づいてきた相手には差しださず、そのまま自分の口元に運ぶ。ライターで火を点ける。
 男はあいまいな笑みを浮かべたまま動かない。ものほしげな様子で突っ立っているその顔に向けて、深々と吸いこんだものをゆっくりと吹きつける。煙が男の表情を一瞬隠す。霧散したものの向こう側から、ものほしげな表情がすぐにまたあらわれる。気圧されているのではない。挑発の意図に気づいていないのだ。
 おなじことをもう一度、視線を相手からはずさずにくりかえす。それから二口しか吸っていない煙草をそのまま自分の足元に落とし、右足のつま先でぐりぐりと踏みにじる。
 男はふたたび屁のような声を漏らすと、景人のそばから二、三歩離れた。体の向きを転じ、一方通行の細い路地を渡った先にあるビーチのほうをながめる。外観が妙に薄暗い。吉森さんがまた夜間用の照明をつけ忘れているのだ。
「このホテルも、もうあかんな。買収されたらあんなもん、いっぺんに潰して、ここら一帯、ほれ、もうじきジャスコなるわ。岡田屋、裏に民主党ついとるでな。知っとる、岡田屋? 地上げの嵐や。財産没収! 仕事探さなあかんでお兄さん」
 それだけ言って口をつぐむ。景人もなにも言わない。男はそのままビーチのほうを見上げながらしばらくじっとしていたが、これ以上ねばってもおこぼれにあずかることはできないと見切りをつけたのか、やがて「ほな、さいなら」とだけ言い残し、靴紐にゆわえた鈴を鳴らしながら北駐車場をあとにした。住宅街のほうに向けて路地を歩いていくその後ろ姿が、その先にある角を折れ、視界から完全に消え去ったのを認めたところで、景人もまた左足をひきずりながら路地を渡ると、利用者が出入りするホテルの正面入り口を避けるようにして従業員用の裏口に向かった。

 作業を切りあげたところで腹筋を酷使する。それから餃子を食し、お楽しみのティラミスを食し、歯磨きしながらジャンプ+の更新をチェック。寝床に移動し、A Good Man Is Hard To Find(Flannery O’Connor)の続きを読む。“The River”を読み終える。これもやっぱり良い短編だと思うのだが、今回読んでいちばん凄みを感じたのは以下のくだりかもしれない。アル中っぽい母親が乱痴気騒ぎをした翌朝、ひとり目を覚ました少年が、散らかった部屋でありあわせのもので食事をとったり、退屈な一人遊びをしたりする描写。ここを読んでいるときに、この物語の結末を知っているからというアレもあるのだが、これ、ロベルト・ロッセリーニ『ドイツ零年』の最後で少年が身投げする直前、廃墟のビルでひとり遊びをしているあのやばいシーンと同じじゃん! となった。

 He didn’t wake up early but the apartment was still dark and close when he did. For a while he lay there, picking his nose and eyes. Then he sat up in bed and looked out the window. The sun came in palely, stained gray by the glass. Across the street at the Empire Hotel, a colored cleaning woman was looking down from an upper window, resting her face on her folded arms. He got up and put on his shoes and went to the bathroom and then into the front room. He ate two crackers spread with anchovy paste, that he found on the coffee table, and drank some ginger ale left in a bottle and looked around for his book but it was not there.
 The apartment was silent except for the faint humming of the refrigerator. He went into the kitchen and found some raisin bread heels and spread a half jar of peanut butter between them and climbed up on the tall kitchen stool and sat chewing the sandwich slowly, wiping his nose every now and then on his shoulder. When he finished he found some chocolate milk and drank that. He would rather have had the ginger ale he saw but they left the bottle openers where he couldn’t reach them. He studied what was left in the refrigerator for a while—some shriveled vegetables that she had forgot were there and a lot of brown oranges that she bought and didn’t squeeze; there were three or four kinds of cheese and something fishy in a paper bag; the rest was a pork bone. He left the refrigerator door open and wandered back into the dark living room and sat down on the sofa.
 He decided they would be out cold until one o’clock and that they would all have to go to a restaurant for lunch. He wasn’t high enough for the table yet and the waiter would bring a highchair and he was too big for a highchair. He sat in the middle of the sofa, kicking it with his heels. Then he got up and wandered around the room, looking into the ashtrays at the butts as if this might be a habit. In his own room he had picture books and blocks but they were for the most part torn up; he found the way to get new ones was to tear up the ones he had. There was very little to do at any time but eat; however, he was not a fat boy.
 He decided he would empty a few of the ashtrays on the floor. If he only emptied a few, she would think they had fallen. He emptied two, rubbing the ashes carefully into the rug with his finger. Then he lay on the floor for a while, studying his feet which he held up in the air. His shoes were still damp and he began to think about the river.
 Very slowly, his expression changed as if he were gradually seeing appear what he didn’t know he’d been looking for. Then all of a sudden he knew what he wanted to do.

 ソファに座りながらkicking it with his heelsしたり、灰皿の中身を床に落としたのちその灰をrugに指先で塗り込んでみたり、仰向けに寝転がって空中にもちあげた足を観察したり、こういう子ども特有の落ち着きのない手持ち無沙汰な描写が——きたるべき悲劇との対比もあり——本当にすばらしい。それにくわえて、“In his own room he had picture books and blocks but they were for the most part torn up; he found the way to get new ones was to tear up the ones he had. There was very little to do at any time but eat; however, he was not a fat boy.”というみじかいくだりで、彼がどのような日常生活をこれまで送ってきたのか、どのような家庭で育ってきたのか、すべてが端的に言い尽くされているのもいい。すばらしいと思う。