20230217

 支配欲が強かった母親との複雑な関係を明らかにするため、ムージルは長編小説をいったん置き、短編「黒つぐみ」(一九二八年刊行)を書いた。死んだ母親が鳥のすがたを取って帰ってきたかのような描写を含むこの作品は、「自己セラピーの試み」であった。きびしく自分に課したトレーニング・メニューにもかかわらず(あるいは部分的にはそれも原因となって)悪化した健康問題も、長編執筆の中断をもたらした。生死にかかわる一九二六年の胆のう手術はもちろん、長編執筆にともなうたいへんな苦悩も相応の犠牲を要求し、ニコチン中毒だけでなく、心臓発作、失神、虚脱状態に苦しんだ。そんな状況でさらに執筆障害が何度も訪れたのである。ムージルの神経過敏は、執筆がすすむにつれていよいよグロテスクなかたちを取った。妻マルタの回想だが、一九二六年にムージル宅を訪れたアルフレート・デーブリーンが、執筆机のうえにあった長編の草稿に冗談で自分の名前を書きこんだところ、ムージルはそれから数ヶ月、その箇所から先を書き進められなくなったという。
(オリヴァー・プフォールマン/早坂七緒、高橋 完治、渡辺幸子、満留伸一郎・訳『ローベルト・ムージル 可能性感覚の軌跡』)



 10時半にアラームで起床。隣室に移動して小便と歯磨きをすませる。(…)先生から微信が届く。教務室の(…)先生が先学期の成績表の提出を求めている、と。ちょうど昨日そのことを考えたばかりだった。(…)先生はいま教務室にいるとのこと。ではさっそく向かいますと受ける。
 そういうわけで白湯だけ飲んでおいてから身支度を整えて出発。となりの棟のおもてで管理人の(…)とペケジが立ち話していたので、ちょっと出かけてくる、10分後には戻ってくると告げる。きのうと同様、キャンパス内では教員らしい姿とけっこうすれちがう。いやーいよいよはじまったな、新学期であるなと、ちょっとそわそわする。不思議なのは、授業も授業準備も強烈にめんどうくさいと感じているし(そのわりにやるべきことはしっかりやってしまうというのが(…)経由後のじぶんの倫理になっているのだが)、できればずっと冬休みが続いてほしいとすら思っているにもかかわらず、新学期のはじまりを目前にひかえたいま、夏のおとずれに対するほとんど性的な期待感にも似たものを同時におぼえていることで、突拍子もない連想であるが、冬が終わって春がおとずれようとしている時期の農家の気持ちってこんなふうだったりするのかもしれないとふと思った。農作業めんどくさいな、でもひさしぶりでちょっと楽しみだな、みたいな。
 外国語学院に到着する。階段で三階にあがる。タオルを噛ませてある扉を押して教務室に入る。なかに(…)先生がひとりでいる。你好! とあいさつをする。(…)先生は英語も日本語もできないので、やりとりは必然的に中国語になる。好久不见了! と続けてから、リュックサックの中から共学手冊を取り出す。四张? というので、对对と受ける。不合格の学生はいるのかといいながら中身をのぞくので、三年生の(…)さんがひとり不合格になっている点だけ念押しして確認する。你身体好吗? と体調をたずねると、もうだいじょうぶだという。感染したかというので、していない、たぶんじぶんは(…)で一番強い人間だと応じると、(…)先生は笑った。
 礼を言って部屋を出る。そのまままっすぐ寮にもどる。(…)先生に提出のすんだことを報告する。第五食堂は今日から営業を再開しているという耳より情報をいただく。ほかの食堂も20日(月)から再開するとのこと。
 トースト二枚を食し、コーヒーを淹れる。洗濯をするために隣室に移動する。洗濯機の中が汚れているかもしれないので、まずは衣類なしで洗剤だけ入れて作動させる。部屋にもどる途中、見覚えのない顔の人夫が階段をあがってきたので、あいさつする。訛りのおそろしくきつい中国語でなにやら言ったのち、隣室のほうに入っていくので、ああ、そっちでなにかする業者なのかなと推測する。
 コーヒーを飲みながら、きのうづけの記事の続きを書く。作業中は『The River』(Chihei Hatakeyama)と『Tomorrow Was the Golden Age』(Bing & Ruth)をくりかえし流す。投稿し、ウェブ各所を巡回する。合間に隣室に移動し、きれいになった洗濯機でたまっていた衣類を洗濯し、阳台に吊り下げられている洗濯ロープにまとめて干す。阳台の広さ、外に面した窓のデカさが、なかなかうらやましい。ここで書見したらきっと気持ちいいだろう。
 2022年2月17日づけの記事を読み返す。以下は夏目漱石の「坑夫」の一節。

近頃ではてんで性格なんてものはないものだと考えている。よく小説家がこんな性格を書くの、あんな性格をこしらえるのと云って得意がっている。読者もあの性格がこうだの、ああだのと分ったような事を云ってるが、ありゃ、みんな嘘をかいて楽しんだり、嘘を読んで嬉しがってるんだろう。本当の事を云うと性格なんて纏ったものはありゃしない。本当の事が小説家などにかけるものじゃなし、書いたって、小説になる気づかいはあるまい。本当の人間は妙に纏めにくいものだ。神さまでも手古ずるくらい纏まらない物体だ。
夏目漱石「坑夫」)

 「坑夫」は漱石の小説論みたいなものがけっこう頻繁にさしはさまれていて、そういう意味でいえば「草枕」よりもずっと直接的に彼の考えが反映されているようにも思われるのだが、代表作として扱われることはまずないし、そもそも言及されることもほとんどない。『漾虚集』ともども、もっと評価されてしかるべき作品だと思う。

 その後、2013年2月17日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に転載。『火山の下』はあいかわらずカッコイイ。マルカム・ラウリー、原文で読んでみようかな。めちゃくちゃ難しいかもしれんが。スペイン語とかいっぱい混ざってそうだし。

「ここで何してる?」
「何も」と彼は言い、メキシコの巡査部長に似た男に微笑みかけると、男は彼の手から手綱を奪い取った。「何も。地球が動くのを見ているんだ。ちょっと待っていれば自分の家が通りかかるから、そしたらなかに入ろうと思って」
マルカム・ラウリー斎藤兆史・監訳/渡辺暁・山崎暁子・共訳『火山の下』)

 それからこの日の記事では、『草の葉』(ウォルト・ホイットマン)の一節も引かれている。「さながら仲間を伴うように、おのれ自身の多様な位相を伴いながら旅ゆく者たち、/現実とならずに潜んでいた幼い日々からようやく外へ踏み出す者たち」とか、「出かけよう、かつて始まりがなかったように今は終わりのないそのものに向って、/(…)/どちらを向いても見えるのはすべて辿りつき離れていけるものばかりとなるために、/たといどんなにかなたでも心に浮かぶ時間はすべて辿りつき離れていけるものばかりとなるために」とか、なかなか良い。
 あと、夜は(…)さんに誘われて先斗町のバーに出向いている。以降の記述は隠喩の嵐になっているが、十年越しのいまパラフレーズすると、(…)で死ぬほどブリブリになっている状態のときに、(…)さんの大ボラがはじまったのだ。で、そのホラの内容というのが、これまで何度か書いてきたとおり、やすっぽい漫画の世界のできごとのようだった、だからこそ一周まわって、いい歳をした大人がいくらなんでもそんなわかりやすい嘘をつくことはありえないだろうというアレから、多少盛っているところはあるのかもしれないが、いくらかは本当のところもあるのかもしれないといったんそう思ったのだった(そしてそう思ったのはもちろん、酩酊状態だったからというのもあるし、(…)さん自身、こちらがそうした状態におちいるタイミングを見計っていたのだろう)。ちなみに、この日から何ヶ月後になるのか、ほかの同僚らは(…)さんの日に日に過激化する嘘を信じこんでいる節があったが((…)さんに関しては、彼のホラをホラとは思わず、薬物による幻覚と考えていたようであったが)、(…)さんはさすがにそこまでバカではなさそうであるし、なにより(…)さんと違ってヤクザ界隈に実際がっつり身を置いているひとなのだからというアレがあり、退勤直前の彼になんとなくぼそっと、まあ(…)さんの話もね、みんななんでそのまんま受けとっとんのかよおわからんのすけど、みたいなことをつぶやいてみたところ、椅子からあげたばかりの腰をふたたびおろして笑いだし、そこからちょっとおたがいがこれまで彼のことをどう思っていたのかの答え合わせみたいなものがはじまったわけであるし、いま思えばあの瞬間こそ、(…)さんがその後何度も口にするように、こちらをじぶんの右腕として置くと決めた瞬間だったのかもしれない。ちなみに2013年2月17日づけの記事で言及されている「とある人物の伝記を書いてくれ」の「とある人物」というのは、(…)という名前のアメリカ人で、(…)さんは彼のことをアメリカ五大ファミリーに属するファミリーのボスだといっていた。(…)さんがいうには、五大ファミリーのうち四ファミリーのボスは顔も名前も割れている、しかし最後の一ファミリーのボスの名前と顔は割れておらず、それこそがほかでもない(…)だという話で、彼は日本文化に興味があり、それで(…)大学に留学しているのだというふうに話が続いたわけだったが、(…)なる人物が実在することはたしかで、(…)さんも一度会ったことがあると言っていたし、(…)さんと(…)さんとこちらの三人でおとずれたバーの店員からもその名前を聞いたことがあるのだが、だからといって五大ファミリーの設定が本当かといえば、当然そんなわけはない。(…)大学に留学しているという点は本当だろうが((…)大学というチョイスに妙なリアリティがあるので)。(…)さんはその後(…)さんとそろってパクられて(…)をクビになる。そして周囲には秘密にしておいてくれとお願いしたうえでしばらく(…)さんのところに居候するわけだが、そこもやがて追い出される、そのあとのことだったと思うが、いまごろどこでなにをしているのやら、なにかやらかして実名報道されている可能性もあるのではと思い、こちらは一度彼の名前で検索をかけてみたことがある。すると、リフォーム会社のウェブサイトの社員ページがヒットし、そこで顔写真とフルネームがさらされているのを見つけたのだが、ウェブサイトは全ページ英語で、どうやら日本に持ち家がある富裕層の外国人相手に日本風のリノベーションやリフォームをしますよというビジネスをやっている会社のようだった。といっても(…)さんは英語はからきしであるし、なんでだろうと思ってほかのスタッフを調べてみたところ、社長として顔写真と名前が掲載されている人物がほかでもないくだんの(…)であり、なるほど彼を頼っていまはここに籍を置いているわけかと推測、もちろん(…)というのはやはりマフィアでもなんでもない、おそらくはドラッグかクラブ経由で(…)さんとたまたま知り合いになった当時留学生で、いまはこの手のビジネスをしているということなのだろうと察した。で、ついでなのでその経歴もちょっと確認してみようと思って名前と顔写真でいろいろ検索してみたところ、なぜか小泉純一郎とのツーショット写真が見つかって、これにはちょっとびっくりした。あれ? なんかくせーぞこれ、と思った。もちろん、講演会とかイベントとかそういう場でお願いして撮ったとかそういう可能性も高いわけだが、ひょっとしたらなんかあるかもしれんなと思い、後日、(…)さんに一連の経緯をひとまず報告しておいた——というのがもう、かれこれ六年とか七年くらい前になるのか?
 読み返しのすんだところで今日づけの記事にとりかかった。14時前になったところでいったん中断し、隣室に移動して鍋に水をいれてから部屋にもどり、遅めの昼飯として冷食の餃子をゆでた。食し、それからまた記事の続きを書き、15時前になったところでふたたび中断した。人夫らはまだ来ない。今日はもう来ないということなのかもしれない。

 部屋を出る。自転車に乗って(…)楼へ。中に入り、エレベーターで五階に移動し、国際交流処のオフィスに向かう。会議は15時半開始。こちらは10分ほど前に到着した格好だったが、(…)も(…)も先着していなかった。(…)をはじめとする面々とあいさつ。隣室のコーヒーマシーンでコーヒーをいただく。(…)に祖母の体調をたずねると——と書いて思い出したが、コロナの予後がよくないと前回聞いたのは彼女のgrandmotherではなくmother in lawだったのではないか? (…)がどちらのことを踏まえて言ったのかはわからないが、もうすっかり元気になった、ただし咳のしすぎて腰を少し痛めてしまったようだと笑いながらいうので、それだったらよかったと応じる。それから元のオフィスにもどり、工事について相談。standard wayではないやり方になったといっていたが、あれは結局どうなったのかとたずねると、彼らは別の方法でも問題ないといった、だからそのやり方で続けてもらうつもりだという。ちなみに昨日はどういう作業だったのかというので、床に青いペンキを塗っていた、で、今日の午後にまた来るという話だったのだが、結局来ていない、いつ来るのかわからないのであればこちらもスケジュールを立てにくいしちょっときいてみてほしいとお願いすると、あとでまた電話してみるとのこと。
 それからソファに移動し、コーヒーを飲む。コーヒーは使い捨ての蓋付き紙コップにそそいであったのだが、その蓋がゆるゆるだったらしく、気づいたらコートの前がけっこうびちょびちょになっていて、ええー! となった。ただコートのカラーがもともとブラウン系のものだったので汚れが目立たず、帰宅後にあらためてチェックしてみたときもどこに汚れがあるのかわからないくらいだったのでそのままにして、と、ここまで書いた深夜1時、本当に汚れは残っていないのだろうかとあらためてチェックしてみたところ、目を近づけてみたら微妙にシミが残っているのがわかったしなにより生地がコーヒー臭くなっていたので、いやこれやっぱり洗ったほうがいいなと思った。そういうわけでひとまず隣室にもっていって、うっすらとシミの残っている箇所だけ水をたっぷりしみこませたバスタオルでゴシゴシやった。明日洗濯する。
 ほどなくして(…)も(…)も姿をみせた。廊下で三人そろって立ち話をしていると、(…)が若い女性をひとり連れてやってきた。国際交流処の新入りらしい。教員であるわけだから便宜的に女性と書いたものの、印象としては内気な女子学生という感じ。もしかして卒業してそのまま就職したというかたちだったりするのかもしれない。英語がどれほどできるのかも不明。会議のあいだもいちおう(…)の補助としてテーブルについていたが、ひとことも言葉を発することはなかった。
 会議の内容はいつもどおり。(…)が規定を英語で読みあげる。それをわれわれ三人は黙って聞くだけ。そう、やっぱり三人だった。(…)の姿はなかった、本当によそに去ったのだ。めあたらしい変更点などは特になし。ただ(…)を24時間以上離れる場合はやはり事前に報告する必要があるとのこと。結局この外国人監視ルールだけはゼロコロナ政策が終了したあとも変わらないわけだ。それからEnglish cornerとJapanese cornerを含むactivityも今学期は復活するだろうとのこと。外国語学院主催の出し物であったり、アフレココンテストであったりお芝居であったり、ああいうのにまた審査員として駆り出されることになるのだろう。あれもたいがい意味不明であるというか、学生らが日本語と英語と韓国語でアフレコするのをわれわれ外国人教師が審査する、審査員の母国語にのみ点数をつけるのであればまだ理解できるのだが、たとえば日本人のこちらが英語と韓国語の出し物にも点数をつけたり、イギリス人の(…)が日本語と韓国語の出し物にも点数をつけたりしなければならず、しかもその総合点で優勝が簡単に決まってしまう。あれにどうして抗議の声があがらないのか、毎回ふしぎでならない。それから日本語コーナーも復活するという話だが、English cornerについては主催が国際学院だったはずだが、日本語コーナーについては日本語サークル主催だったはずで、かつ、そのサークルはコロナ期間中に潰れたはずだから、このあたりはどうなるんだろう。こちらとしては、(…)さんもいないいま、たったひとりで大人数の学生の相手をしなければならないのはけっこうきついので、なあなあのままにしておきたいのだが。そもそも授業外での学生との交流なんて日本語コーナー以外の時間に山ほど重ねているわけであるし。国際交流処の面々はそうしたこちらの献身ぶりもおそらく知らない。

 会議がはじまる前に(…)と少し話した。彼の英語は(…)に比べるとかなり聞き取りにくいので苦戦する。休みのあいだずっとこっちにいたのかというので、ほとんど部屋で過ごしていたと応じ、そっちはどうなのかとたずねると、やはりずっとこっちにいたとのこと。しかしキャンパス内では一度も見かけることがなかった。(…)はまだ感染していない。しかもワクチンも接種していない。さらにいえば、フルオープン直後に一度(…)におとずれており、ひとごみのなかを長時間移動しているのだが、それでも感染していないわけで、以上の理由から、(…)は(…)がいちばん強い、そして二番目がこちらと位置付けたようだった。ちなみに(…)はこちらが感染しなかった理由について、きっとあなたは部屋でずっと本を読んでいたから感染しなかったのだと言うので、(…)の(…)は(…)の(…)だからねといつものように受けたのだったし、同様のやりとりは会議の前、国際交流処のトップであるっぽい例の女性、またEnglish nameを忘れてしまったが、(…)じゃないんだよな、なんだったっけ、(…)か、(…)とも交わしたのだが、(…)は今日もまた中国語メインでこちらに話しかけてきて、なんで彼女はたびたび英語ではなく中国語でこちらとコミュニケーションをとろうとするのだろう? こちらを(…)さんと勘違いしているのか? 中国語ができるなんて話をしたことは一度もないのだが。
 あと、(…)は今学期(…)で授業があるというのだが、それについて(…)が、タクシーに乗っていくのであればうんぬんと説明しているのを聞き、え? バスじゃなくてタクシーで行っていいの? と驚いた。たずねると、あなた今学期(…)の授業があるの? と言うので、あると受けたのち、これまでじぶんはずっと市バスで通っていたのだがと続けると、バスだと小一時間かかる、でもタクシーだったら20分ほどで到着すると言ったのち、学期末に出る交通費はどちらにせよ一定だ、だからもしお金をsaveしたいのであればタクシーではなくバスに乗ればいいという説明が続き、あ、そういうことなのね、となった。
 英語学科のことなのか国際学科のことなのかわからないが、教科書が通知なく変更されたという話も出た。先学期もなかばになって(…)が突然じぶんの使用している教科書と学生の持っている教科書が異なると言い出したのだという。そういうケースはほかにないのかと(…)がいうので、こちらも以前あった、オンライン授業を終えてこっちに戻ってきたところ、教科書がいつのまにか変更されていたのだというと、(…)はかなりびっくりした表情になった。というか、ちょっと信じられないというふうな顔つきだったので、あ、外国語学院の適当さやずさんさに引いているなと思った。しかし英語学科や国際学科のほうでもそんな感じなのだな。日本語学科がずさんであるのは主任の(…)先生があんなであるからと勝手に決めつけていたのだが、そういうわけでもないっぽい。
 コロナの話にも当然なる。もはやlock downはないだろう、と。もう一度感染する可能性はあるのだろうかと(…)がいうので、やっぱりそこのところがあいまいな認識なんだなと思いながら、三ヶ月くらいはだいじょうぶだろうが、それ以降はまたぼちぼち感染者が増えはじめるだろうと応じた。二度目の感染のほうがひどくなるのかという質問には、症状は軽くなるはずだと(…)はいったが、これについてはそうともかぎらないはず、ひどくなる場合もあると聞いたことがあるとこちらが補足したその流れで、仮に学生のあいだで感染者が出たら大学はどういう措置をとるつもりなのかとたずねると、症状がひどい場合はもちろん病院に行ってもらうことになる、そうでない場合は療養者用のapartmentに移動してもらうことになると(…)はいった。

 そのapartmentというのは、われわれの寮にある棟らしい。(…)や(…)がいるのが第一棟、こちらがいるのが第二棟、留学生らがいるのが第四棟であるのだが、コロナに感染した学生らは第三棟の部屋を療養のためのスペースとして使う、と。しかるがゆえに寮の敷地内を移動するときはやはりマスクをつけるようにしたほうがいいだろうと(…)はいった。授業中はマスクをつける必要があるのかとたずねると、いまのところ特に通知はないとの返事。ちなみにわれわれ外国人教師が感染した場合はすぐに(…)に連絡し、治るまでは外出をひかえるべきとのことだった。
 ほかの外国人教師は、いちばんはやい人物でたしか来週大学に戻ってくるということではなかったか? ただし、(…)はvizaの更新に手こずっているようだと(…)はいった。(…)というのはたしか背の高い黒人男性で、コロナ前の最後のクリスマスパーティーで彼とその妻と少し会話したのをおぼえている、そのときは彼はアメリカ人であり、白人の妻はロシア人であるという話だったように思うのだが、あれはこちらの聞き間違いだったのだろうか? しかし黒人のロシア人というのはあまりイメージにないし、もしかしたら妻の祖国に国籍を変更したということなのかもしれないが、そうだとすればまたすごいタイミングでという感じだ。中国とロシアの関係は良好であるし、vizaの手続きがめんどうくさくなることはないだろうと(…)はいったが、やはり状況が状況だけに、いろいろ難しいのかもしれない。というか場合によっては徴兵されることもあるんではないか?
 (…)といえば、Covid-19以外にもまた別種のウイルスが拡大しつつあるみたいなことを口にする一幕もあった。どこの話だろうと思ってたずねると、projectあるいはprojectileみたいなことを悪そうな顔つきでいうので、あ、また例の陰謀論ね、はいはい、となった。しかし(…)のこうした発言を、妻の(…)は日頃どのように受け止めているのだろう? ロシアによるウクライナ侵攻はアメリカの仕業であるとか、Covid-19の流行はアメリカ政府ないしは西洋の製薬会社による陰謀であるとか、そういう話はここ中国でのほうが大手をふってまかりとおりやすいという事情がおおいにあると思うのだが、たとえば(…)がそういう発言をしたとき、(…)や(…)は内心どのような思いでいるのだろう。あるいはアメリカ人の(…)は? 英語学科のなかでもとりわけ西洋寄りの価値観を有している学生たちは? 去年だったか一昨年だったか、現四年生の(…)さんがロシア軍が侵攻先のウクライナでモデルナだったかファイザーだったかの研究所を見つけてそこでコロナウイルスの実験をしていた痕跡を発見したみたいな、どこからどう見てもフェイクでしかないことがサムネイルを見ただけでも判断できる英語サイトを中国語に翻訳したページへのリンクをはりつけ、それにクラスメイトの(…)さんがアメリカを糾弾するコメントを投稿し、というのをモーメンツで見たことがあり、大学生でこのリテラシーだもんなァとげんなりしたこともあったが(しかしその投稿はその後はやい段階で消去されたので、もしかしたらフェイクであるよという指摘が周囲からあったのかもしれない)。
 ロシアといえば、いま大多数の航空会社の航空機はかの国の領空を飛ぶことができない。そういうわけで(…)は仮にEnglandに帰国するとなれば、かなり遠回りするはめになるらしく、それについてはけっこう同情する。
 会議が終わるやいなや、例によって(…)ははやばやと去った。こちらは(…)にあらためて業者に連絡をとってくれるようにお願いした。(…)はその場で業者に電話し、今後のスケジュールについて確認した。部屋に出入りするのは午前中と午後のどちらが都合がいいかというので、午後にしてほしいとお願い。業者は明日の午後か明後日の午後のどちらかに部屋をおとずれるといった。(…)曰く、それで業者が出入りするのはおそらく最後、そのあとは(…)が阳台を掃除しておしまいとのこと。
 会議室の入り口で(…)と別れる。(…)以外のスタッフにもバイバイと告げる。帰宅後、隣室に移動してメシの準備。米を炊き、豚肉とトマトと广东菜心とニンニクをカットし、タジン鍋にドーンしてレンジでチーンする。
 食後ひとときだらけたのち、19時半になったところで、授業準備にとりかかる。第32課の続き。23時に中断。まだ片付かない。予定よりも一日か二日遅れているわけだが、まあこの程度であれば織り込み済みなので問題ない。隣室の浴室でシャワーを浴びながら、第32課のアクティビティをどうしたもんかなと思案する。思案した結果、デスクの前ではなかなか得られなかったひらめきがわずか三分で得られて、これは半分マジで思うのだが、授業準備や執筆のあいまにはこれからシャワーを二度か三度浴びるようにしようかな? マジでそうしたほうがいいのでは?
 あがったところでストレッチをする。腰の具合も相当良いので、明日以降徐々に筋トレを再開するつもり。小腹がすいていたので、カップヌードルをこしらえて食す。ジャンプ+の更新をチェックし、歯磨きをするために隣室の洗面所に移動。その際、自室をあとにして棟の共用階段に出た瞬間、踊り場の窓のほうから春先の草花のにおいがただよってきて、うわ! きたな! とうとう春だな! と高揚する一幕もあった。騒がしい日常がいよいよはじまるぞ。