20231130

Stanley pushed back his chair and got up.
"Would you get me those shoes, mother? And, Beryl, if you've finished, I wish you'd cut down to the gate and stop the coach. Run in to your mother, Isabel, and ask her where my bowler hat's been put. Wait a minute—have you children been playing with my stick?"
"No, father!"
"But I put it here," Stanley began to bluster. "I remember distinctly putting it in this corner. Now, who's had it? There's no time to lose. Look sharp! The stick's got to be found."
Even Alice, the servant-girl, was drawn into the chase. "You haven't been using it to poke the kitchen fire with by any chance?"
Stanley dashed into the bedroom where Linda was lying. "Most extraordinary thing. I can't keep a single possession to myself. They've made away with my stick, now!"
"Stick, dear? What stick?" Linda's vagueness on these occasions could not be real, Stanley decided. Would nobody sympathize with him?
"Coach! Coach, Stanley!" Beryl's voice cried from the gate.
Stanley waved his arm to Linda. "No time to say good-bye!" he cried. And he meant that as a punishment to her.
He snatched his bowler hat, dashed out of the house, and swung down the garden path. Yes, the coach was there waiting, and Beryl, leaning over the open gate, was laughing up at somebody or other just as if nothing had happened. The heartlessness of women! The way they took it for granted it was your job to slave away for them while they didn't even take the trouble to see that your walking-stick wasn't lost. Kelly trailed his whip across the horses.
"Good-bye, Stanley," called Beryl, sweetly and gaily. It was easy enough to say good-bye! And there she stood, idle, shading her eyes with her hand. The worst of it was Stanley had to shout good-bye too, for the sake of appearances. Then he saw her turn, give a little skip and run back to the house. She was glad to be rid of him!
Yes, she was thankful. Into the living-room she ran and called "He's gone!" Linda cried from her room: "Beryl! Has Stanley gone?" Old Mrs. Fairfield appeared, carrying the boy in his little flannel coatee.
"Gone?"
"Gone!"
Oh, the relief, the difference it made to have the man out of the house. Their very voices were changed as they called to one another; they sounded warm and loving and as if they shared a secret. Beryl went over to the table. "Have another cup of tea, mother. It's still hot." She wanted, somehow, to celebrate the fact that they could do what they liked now. There was no man to disturb them; the whole perfect day was theirs.
"No, thank you, child," said old Mrs. Fairfield, but the way at that moment she tossed the boy up and said "a-goos-a-goos-a-ga!" to him meant that she felt the same. The little girls ran into the paddock like chickens let out of a coop.
Even Alice, the servant-girl, washing up the dishes in the kitchen, caught the infection and used the precious tank water in a perfectly reckless fashion.
"Oh, these men!" said she, and she plunged the teapot into the bowl and held it under the water even after it had stopped bubbling, as if it too was a man and drowning was too good for them.
(Katherine Mansfield, At the Bay)


  • 6時15分起床。さすがにクソ眠い。8時から二年生の日語会話(三)。「(…)」第二回。今日は(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)くん、(…)さん、(…)さんの計10人。フルでやっても10人しか進まないのは意外だ。もっとはやめに食レポを実施しておくべきだった。運動会の分の補講を使っても予定内に終わりそうにない。サービス残業が何コマ分か必要になりそうだ。発表が特に優れていたのは(…)さん、(…)さん、(…)さんの三人。予想通り。(…)さんと(…)さんからはのちほど自分たちの成績を気にするようなメッセージが届いた。(…)さんは一年生のときからずっとクラスで優秀なので、その点しっかり強調して褒めておく。自信を持ってください、と。
  • ケッタに乗って帰路をたどる。第三教学棟での基礎日本語の授業に向かう途中の(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さんに追いつく。(…)さんが背負っているリュックサックにたくさんの缶バッジがついている。『ハイキュー!!』のキャラクターはわかったが、ほかはわからなかったのでたずねると、『アークナイツ』と(…)さんが横から教えてくれる。
  • 帰宅後、なにをして過ごしたのだったか、全然おぼえとらん。とりあえず小一時間過ごしたのち、第五食堂をおとずれて打包。食後は二時間ほど昼寝。
  • 起きてコーヒーを飲んできのうづけの記事の続きを書く。途中、三年生の(…)さんから微信。母親が故郷江西省の名物であるオレンジをたくさん送ってくれたという。全部で20斤(10キロ)あるとのこと。それを快递で回収して女子寮まで運ぶ必要があるらしいのだが、こちらにもいくつかお裾分けしたいというので、じゃあ荷物を運ぶのを手伝いましょうと応じる。
  • 15時半過ぎに寮の外に出る。てっきりいっしょに快递まで行くのかと思っていたのだが、重そうな段ボールを抱えた(…)さんがやってきたので、小走りで近づいて引き取る。なかには江西省のオレンジだけではなく近くの果物店で買ったオレンジも入っている。食べ比べてみてほしいという。江西省のオレンジはjuicyで有名とのこと。こちらは普段それほど果物を食べる瞬間がないので、ふたつもあれば十分だと言ったのだが、ビニール袋に無理やり六つほど詰め込まれたのを手渡される。五階の部屋までもどるのもめんどうなので、とりあえずその袋をケッタのハンドルにかけておく。(…)さんが管理人の(…)にもお裾分けしたいというので、(…)师傅! と声をかけて、なんちゃって中国語で、うちの学生があなたにこのオレンジをあげたいといっている、彼女は江西人だ、このオレンジはとてもおいしいと伝える。(…)は満面の笑みを浮かべて、江西省のオレンジはおいしくて有名だと言った。
  • 段ボールを抱えて女子寮にむかう。北京の(…)先生からはあいかわらず宿題が送られてくるという。以前の依頼は忙しいからと理由をつけて断ったというのだが、すぐにまた別の宿題が送られてきたというので、彼女は博士号を取得するためにわざわざ大学院に通っているのでしょう? でもそのための課題をじぶんでせずに学生にまかせるってそもそもあたまがおかしいとしか思えないんだけどというと、中国の大学教員はみんなそんな感じだ、学生に論文を書かせてじぶん名義にすることもしょっちゅうあるというので、日本でも理系なんかでは助手だの学生だのの手柄をじぶんのものとして発表するみたいな話がときどきニュースになるわけだが、しかし中国のようにそれが当然みたいなふうに常態化しているわけでは全然ないだろう。
  • 途中、(…)さんとすれちがう。ウレタンマスクを装着している。最近マスクを装着している学生の姿をちらほら見かける。やっぱりみんな肺炎を警戒しているのだろう。コロナ、インフルエンザ、マイコプラズマ、細菌性肺炎などが同時流行している関係で、都市部の小学校などでは学級閉鎖が相次いでいるのだ。(…)さんとは当然あたらしい彼氏の話になる。例の黒竜江省の彼である。こちらはずっと遠距離恋愛だと思っていたのだが、そうではなかった、おなじ(…)の学生らしかった。金融を専攻する二年生。また恋愛脳になっちゃうんじゃないのというと、いえいえ! と懸命に否定する。来週末にひかえている教師の資格試験にそなえて最近は一生懸命勉強している。いまも図書館にむかう途中だという。がんばってねと応援する。(…)さんがオレンジを彼氏の分もふくめてプレゼントする。
  • 女子寮前に到着する。寮の前にいる保安员のおばちゃんふたりにも(…)さんはオレンジをプレゼントする。お金配りおじさんならぬオレンジ配り女子だ。そういう彼女のふるまいを見ていると、しょっちゅううちに差し入れを持ってこようとする彼女のふるまいは、別に貢ぎ癖みたいな危ういものではなく、もっと自然なかたちで彼女に根付いている習慣みたいなものなのかもしれない。ここでお別れなのかなと思ったが、ちょっと待っていてほしいという。
  • 段ボールを抱えた(…)さんが女子寮に去ったあと、保安员のおばちゃんふたりが話しかけてくる。伝家の宝刀「听不懂!」で切り返したのだが、結局そのままずるずると簡単な中国語での会話がはじまることに。「何人だ?」「日本人だ。教師をしている」「日本語を教えているのか?」「そうだ。外国語学院で教えている」「中国には何年いるのだ?」「五年か六年働いている。しかしコロナが流行していた頃、二年ほど日本でオンライン授業をしていた。だから住んでいるのは三年か四年だ」「中国語が上手だな」「仕事が忙しいので勉強する時間がない。時間があれば勉強したい」という、これまでいったい何度くりかえしてきたか数えきれない会話をくりかえす。
  • (…)さんがもどってくる。手にはひとつオレンジが握られている。その皮をむきながら歩き出す。図書館に行くのだという。保安员のおばちゃんひとりが(…)さんからもらったオレンジをボーリングの玉のように地面に転がす。転がした先には子どもがいる。その子どもにあげるつもりで転がしたのだと思うのだが、もっとほかに方法があるだろうにと爆笑してしまう。(…)さんは別に気にしているようすもない。特別失礼なふるまいというわけではないらしい。
  • 最近、高校時代の同級生から告白されたという。おかしいと続けてみせるので、どうしてとたずねると、彼とは高校卒業後一度も会っていないとのこと。まあそういうこともある。
  • 「先生、散歩したいですか」という。「散歩しませんか」の間違いだろうと思いつつ引き受ける。しかし寒い。ヒートテックに薄手のパーカーにピーコートといういでたちだったのだが、一枚足りない。それでいったん寮にもどることにする。寒い寒いというこちらを(…)さんは老人みたいだとからかう。そんな彼女は緑色のタートルネックの上に厚手のカーディガンの二枚きりだという。下はスカートとタイツ。見ているだけで寒くなる。
  • ヒートテックの下にもう一枚ヒートテックを重ねて合流。そのまま図書館のほうにむけて歩き出す。相棒の(…)さんはいま長い昼寝から起きたところだとスマホをながめながら(…)さんがいう。図書館のそばで野良犬を見かける。中国では流浪狗liu2lang4gou3というらしい。(…)がバカだと(…)さんがいう。どうしてとたずねると、便器の水を飲むからという。もちろん飲み水の器は常備している。しかし(…)はその水に口をつけず、じぶんでトイレの扉をあけて便器の水を飲むのだという。クソ笑った。
  • 湖のまわりを歩く。寒いので人影は全然ない。警備員の目を盗んで魚釣りをしている近所の老人らの姿もまったく見かけない。湖のほとりに腰かけている女子をひとりだけ見かける。フードをかぶって寒そうに身をちぢこませている。あんなところでなにをしているんだろうというと、暗記していますと(…)さん。近づくにつれて、たしかに教科書の内容を音読する声が聞こえてくる。
  • (…)さんの新しい彼氏の話になる。元彼である(…)くんと恋愛で失敗した経験があるし、今度はうまくいくでしょうという。(…)くんは悪い男だと(…)さんがいう。大学の外にアパートを借りて彼女と同棲しているからだと続けるので、別にそれはいいんじゃないのと前回と同じように受けると、中国の男はみんな悪いという。みんなではないよ、悪いひともいればそうでないひともいるよというと、いいえ、みんな悪いですと譲らない。男はみんな彼女とセックスしようとする、でも結婚するとなると相手に処女であることを求める、矛盾しているというので、この話以前もしたやんけと思いつつ、若いひとはかならずしもそうではないでしょうと適当に応じる。ミニスカートもダメだという。知らない女性がミニスカートを穿いているのはいい、でもじぶんの彼女が穿いているのは許さないというので、いまどきそんな考えのやつがいるのかと少々びっくりした。(…)さんはクラスの女子の中でもわりとフェミニンなスカートを穿いていることが多い。夏にはけっこう肌の露出の多い服を着ていることもある。しかし最近はスカートを穿く機会も減ったというので、両親に叱られるのかとたずねると、街中でじろじろと見てくるひとが多いからという返事。視線がちらっとどうしてもそっちに向かってしまう程度のアレであったら許してやってくれと思わないでもないのだが、そういうのではなくてあからさまにじろじろ見てくる男が多いらしい。
  • 「恋人の道」((…)さん)を歩く。しかしこの寒さであるのでいつもなら恋人で埋まっているベンチも空席ばかり。芝生の上で足をからませてハグしあっている恋人をかつて見たことがあると(…)さんがいう。ぼくもそれに近いカップルを夜中このあたりで見かけたことがあると応じる。でも今日はだれもいない。みんな裏町のホテルにいますと(…)さんが笑っていう。
  • ふたたび図書館のほうに出る。今日はじめて気づいたのだが、図書館前の通りの名前は(…)というらしい。これはなかなかいい。本の香りがする道という意味だ。医学部の建物のほうにぐるりとまわりこむ。医学部ではなく国際学部の建物だと(…)さんがいうので、国際学部の建物はあちらでしょうと(…)楼のほうを指さす。しかし国際学部だといってゆずらない。どっちでもええわい。
  • 今日の「(…)」で(…)さんが紹介してくれた南昌拌粉の話をする。おなじ江西省出身の(…)さんは当然知っている。后街に店があるというので、でもそれって本場のものではないでしょうというと、店主は江西人だという。ちょっと食べてみたいなというと、じゃあ明日いっしょに……というので、夕飯だったらかまわないよと受けると、ほんとですかといったあとに顔をくしゃっとさせてその場にぴょんぴょん飛び跳ねてみせる。う……あざといとわかっていても、さすがにこれはかわいい……。
  • 寮の門前で別れる。部屋にもどってきのうづけの記事を投稿する。ウェブ各所を巡回し、一年前の記事を読み返す。以下、2022年11月30日づけの記事より。コロナ関係の記述。

 ほか、(…)先輩が封校措置のせいで冬服の準備ができていない学生のために、予備の衣類がある学生はどうか自分の冬服を貸してやってくれと呼びかけているのも見た。(…)先輩、いまは(…)ではなく、近場の(…)で働いている様子。たぶん先日、(…)からの通知にあった、封校期間中であるにもかかわらず学生がふたり脱走して問題になっていたところだと思う。似たような投稿は午前中にも見た。一年生の誰かが投稿していたほかの大学の話だが、冬服の準備ができていない学生のために、大学が二種類のダウンジャケットを用意したみたいな話だった。もちろん有料ではあるが。そういえば、(…)くんも先日、実家から送ってもらった冬服がすべて快递でとまった状態になっているので、このまま冷え込むとけっこう困るみたいなことを言っていた。

 浴室を出る。ストレッチをしながらスマホでニュースをみる。中国の抗議運動に関する記事で、「北京市内で最近起きた抗議活動の映像では、ある身元不明の男性が周りの群衆に対し、ここに「境外の反中勢力」が紛れ込んでいると警告。一方、デモ参加者はこの発言に反論。大勢が国外出身である共産主義の生みの親などの名前を挙げ、「あなたが言っている境外勢力とは、マルクスエンゲルスなのか、レーニンスターリンなのか」とこの男性を問い詰めていた。」という記述があり、さすがに笑ってしまった。デモをする群集に当局側の人間がまぎれこんでなにか工作するというこのやりかたについては、余華が『死者たちの七日間』のなかで書いていたな。

  • 三年生の(…)さんから微信。日曜日にN1をひかえているわけだが、合格できる自信がないという。激励する。N1の文法は生活で使うことがないものばかりだと聞いたというので、それはまちがっている、N1レベルの文法であればすべて日常生活で使う機会もある、逆にいえばN1レベルの文法を(知識としておぼえるのではなく)使えるようにさえなれば、日常生活で困ることはまずないだろうと受ける。
  • 18時過ぎに寮を出る。徒歩で女子寮へ。門前でしばらくThe Garden Party and Other Stories(Katherine Mansfield)の続きを読む。いつになっても女子らが姿をみせないので(…)さんに微信を送る。事前に授業がいつもより遅く終わりそうだという連絡はあったのだが、それにしても遅いなと思ったのでコンタクトをとってみたのだ。(…)さん、(…)さん、(…)さんの三人がほどなくして寮から姿をみせる。部屋にかばんを置きにもどっていたらしい。(…)さん、めずらしくキャスケットをかぶっている。なかなか似合っている。
  • メシは第四食堂でとるという。一階は大混雑。二階に移動する。(…)さんおすすめの意大利面の店でトマトソースのパスタをオーダーしてみるが、こんなものはパスタでもなんでもない、ぶよぶよのふっとい麺に冷たいケチャップがぶっかけれているもので、昭和の喫茶店で食べるナポリタンってきっとこんなふうだったんだろうなと思う。(…)さんは胡椒とニンニクのパスタ。(…)さんは丼もの、(…)さんは麺。例によって(…)さんは食べるのが遅い。そして少食。ほかの三人が食べ終わった時点でまだ半分以上残っている。(…)さんはなにをするにしても遅いのだと自分で言った。反対になんでもかんでもテキパキとはやいのが(…)さん。
  • 食事のすんだところで例のカフェに向かう。小雨が降っているが店は近いので問題なし。食事中、皿だの箸だのスプーンだのフォークだのを指さして、日本語でなんというかたずねるちょっとしたゲームをしていたので(逆に学生らは中国語でなんというかこちらにたずねる)、その延長で、路上のゴミ箱だのバイクだの車だのを指差し合う。
  • カフェ兼バーへ。客の姿はなし。カウンターには若い女性がひとり入っているのみ。店内はクリスマスカラー一色。あちこちにクリスマスツリーやサンタクロースのステッカーなどが貼ってある。めずらしい。こちらはいつものようにコーヒーを注文。女子三人もそれぞれ好きな飲み物をオーダーする。店には二階席もある。階段の壁にはビートルズレナード・コーエンのレコードのポスターが貼ってある。学生たちは当然みんな知らない。二階席はちょっとうすぐらい。こわいと女子らがいうので、一階にもどる。トイレのとなりにあるいちばん大きなテーブル席につく。
  • テーブルの上にはカップとサイコロが置いてある。サイコロは全部で10近くあったと思うが、手作りなのか、六面が均等でないようにみえる。故郷でよくやったゲームがあると(…)さんがいう。サイコロ四つをカップの中にいれてチンチロみたいにカラカラする。で、四つのサイコロのうち、三つ以上が4以上の目である場合は「大」、反対に3以下の目である場合は「小」、4以上の目と3以下の目が二つずつである場合は「ping2」(というのはたぶん「平」だと思う)と予測するというシンプルなもの。地元の老人らがこれでよくギャンブルをするという。ためしに何度かやってみる。(…)さんが全勝する。運がよい。近くに彩票を売っていた店があることだし、あそこで買ってみればいいのではないかと提案する。◯◯を知っていますかと(…)さんがいう。なんとなく聞き覚えのある単語だったのだが、思い出せなかったのでたずねてみると、マカオのことだった。いつかカジノに行ってみたいというので、(…)さんはたぶんギャンブルでめちゃくちゃ負けるタイプだと思うよというと、ほかのふたりも笑いながら同意した。
  • 運ばれてきたコーヒーはまずまず。(…)さんのラテもまずまずだという。(…)さんも別種のラテをオーダーしていたが、甘いものが大好きな彼女にとってはちょっと苦味が強すぎた模様。しかしカップがかわいらしいからオーケーとの由。(…)さんは葡萄とラテを組み合わせたというわけのわからんものをオーダーしていたが、ひと口飲んだだけでまずいまずいを連呼して、結局最後まで飲み切ることはなかった。こちらもひと口もらったが、たしかにちょっと妙な味わいだった。
  • 先生の声はかっこいいと(…)さんがいう。以前(…)さんに送った朗読音源を彼女も聞いたらしいのだが、そのときに米津玄師に似ていると思ったという。いや全然ちゃうやろ——と言い切れるほどこちらは米津玄師の声になじみがあるわけでもないのだが、しかし(…)さんも似ていない、米津玄師の声はもうちょっとしゃがれているといった。しかし中国に来てからというもの、女子学生から声色をほめられることはたしかに多い(外国語話者ということで下駄をはかせてもらっているのは間違いないが)。先生はきっと歌が上手ですというので、ぼくは別に歌は上手くもないし下手でもないよふつうだよと応じると、日本語の歌をうたってくださいという。それで「(…)の「カ」は〜♪ 「バカ」の「カ」〜♪」と適当に歌った。みんなゲラゲラ笑う。(…)さんはそれでもへこたれない。なにか歌ってくださいと再三いう。そのたびにこちらは「(…)の「カ」は〜♪ 「バカ」の「カ」〜♪」と同じように歌うのをくりかえす。ときにはスマホでAppleMusicを起動し、音源を流してそれにあわせて歌うように見せかけつつ、やっぱり「(…)の「カ」は〜♪ 「バカ」の「カ」〜♪」とやるという離れ業をみせたが、(…)さんもなかなかしつこい、こちらのくどすぎる冗談にもめげずに何度も何度もふってみせるので、こちらも意地になって「(…)の「カ」は〜♪ 「バカ」の「カ」〜♪」と歌い続けたのだが、あまりにおなじやりとりがくりかえされるせいで、途中で時空がバグっているんではないかという認知の狂いが生じた。
  • (…)くんの話が出る。三人とも彼のことがあまり好きじゃないという。先日彼とこちらと(…)さんと(…)さんと四人で昼飯を食ったわけだが、あのときのじぶんは全然「自然じゃない」と(…)さんはいった。たしかに口数少なかったが、あれは両親と電話で口論した直後だったからではないかとこちらは思っていた。しかしそうではなかったらしい。どうしてあまり好きじゃないのとたずねると、価値観が異なるという返事が三人からあったので、(…)くんのやつまさか反共産党的な発言をあちこちでばらまいているんじゃないだろうなと思ったが、そういう意味ではなさそうだった。まず(…)さんからその理由を語った。彼女がよそから日本語学科に移ってきたばかりのとき、(…)くんからものすごくアプローチがあったのだという。まだクラスメイトと打ち解けていない時期だったので、彼女は授業中最後尾の席にひとりで座っていた、すると(…)くんもそのとなりに毎回着席したのだという。さらに、彼氏がいるのか? これまでに恋愛経験はあるか? というような質問をしつこく続け、あげくのはてには一緒に映画を見に行く約束までほぼ強引にとりつけられたというので、ちょっと笑ってしまった。(…)くんマジで恋愛好きだからなァと苦笑して漏らすと、でも当時(…)くんには彼女がいましたと三人がいう。そういうことがあったので、(…)さんは(…)くんから距離をとりたがっているとのこと。
  • しかし本命は(…)さんだった。(…)さん、はじめのうちは(…)くんのことを「あまり好きじゃない」「苦手」と遠慮がちに表現していたのだが、最終的には「あいつはクソです!」とまで言い切るほどになって、(…)くんには悪いけれどもさすがに腹を抱えて笑ってしまった。(…)さんはまるでプレゼンテーションでもするかのように、彼のことを嫌いな理由は三つあるといった。ひとつめは傲慢さ。こちらも前々から感じてはいたが、(…)くんはじぶんの日本語能力にたいそう自信があり、それゆえに他のクラスメイトらを見下しているところがあるのだという(とはいえ、その井の中の蛙的な鼻っ柱は前回のスピーチコンテストでバッキバキに折られたと思うのだが)。こちらは知らなかったのだが、もともと二年生のスピーチコンテスト代表候補には(…)さんも選ばれていたらしい。しかし(…)さんはダブルディグリープログラムに参加しており、土曜日は朝から晩まで会計学の授業を受けているために忙しい、それゆえにスピーチコンテストには参加することができないと断ったという経緯があるという。
  • という話になったところで、ええー! ちょっと待って! うちの大学にそんな制度があるの! とさえぎった。全然知らなかった。ほかにその制度を利用している学生はいるのかとたずねると、(…)さんも(…)さんといっしょに会計学の授業を受けているとの返事。(…)さん、『原神』ばかりしている怠け者なんかでは全然なかった、めちゃくちゃ努力家だった。すごいなきみと褒めると、(…)はいつも部屋でも夜遅くまで勉強しているとルームメイトのふたりがいう。じゃあいつ『原神』をプレイするの? とたずねると、勉強しながらプレイしているという返事があり、これにはルームメイトのふたりも笑いながら同意。右手でノートをとりながら左手でスマホにタッチしているというので、それ一番効率が悪くなるやつだよと笑った。(…)さんはマルチタスクが得意だといった。わたしは勉強しながら『原神』しながらイヤホンで音楽をききながら(…)さんと(…)さんと会話しますというので、中国版聖徳太子かよと思った。
  • とにかくそういう事情があったのでじぶんはスピーチコンテストをおりた。しかし(…)くんはそれで意気揚々と勝ち誇り、折に触れてはじぶんの前でスピーチコンテストのあれこれを見せびらかしてくる、それに腹が立って腹が立って仕方ないという。(…)くん、たしかにそういうところがあるよなと、こちらとしてはただただ苦笑せざるを得ない。じぶんもスピーチコンテストの練習に参加していたら、いまよりきっと口語がペラペラになっていたはずだというので、いまでも十分ペラペラだよというと、でもわたしは先生といっしょにいるとき! いつも! 単語を忘れます! わたしは単語をたくさん勉強しました! わたしは先生といっしょにいないとき優秀です! でも先生といっしょにいるといつも忘れる! 先生のバカがわたしに感染する! とワケのわからないことをいうので、アホと応じた。
  • (…)くんと(…)くんはどちらが優秀かというので、口語能力であれば(…)くんのほうがちょっと上かもしれない、でも長文読解能力や作文能力は(…)くんのほうが上だと思う、リスニングはわからないと応じる。(…)くんは(…)さんとの恋愛と勉強を両立している、彼は偉いやつだよというと、でも彼は彼女ができたあと先生と遊ばなくなった! だから悪いひとです! と(…)さんはいった。いや別にそれはええやろと笑っていると、(…)くんは先生を独占する! (…)くんも独占する! と続けていったが、すぐにほかのふたりからあんたも独占欲すごいでしょとつっこまれており、それでこちらも、実は一年生のときから(…)さんがこちらと話したがっていることには気づいていた、当時の日記にもそういうことが書いてある、たとえば授業が終わったあとに(…)さんが教壇にやってくる、なにか話したそうにしている、でも(…)くんや(…)くんがやってくるとさっと帰ってしまう、そういうきみの行動も全部書き残されているというと、(…)さんはテーブルに顔をつっぷして、先生! きみはなぜ! なぜわたしの心を……! といった。(…)さん、リアクションがいちいちでかいし、テンションも常時高いし、めちゃくちゃよくしゃべるしで、からかっているだけでたいそうおもしろく、無限に時間がすぎてしまう。
  • (…)くんと(…)くんは日本語を練習するために先生といっしょにいます、でもわたしたちは先生が大好きだからいっしょにいます! と(…)さんは続けた。(…)さんみたいなことをいうのだなと思いつつ、ありがとうと受けると、わたしたちのクラスメイトはみんな先生のことが大好きですよ、これは本当です、本当にみんな先生が好きだと言っています、本当にみーんな言っています! と続けてみせるので、あまりそういうことは言わないほうがいいよと受ける。どうして? と三人声をそろえていうので、ぼくも(…)くんみたいに傲慢になってしまいますと茶化し気味に受けると、人間はだれでもある程度は傲慢ですというなぜかここだけまじめな返事。先生はわたしが今まで出会った教師のなかでいちばん「開放的」なひとですと(…)さんがいう。「開放的」だし、自由だし、優しいといったのち、小中高大と先生みたいなひとはいなかったというので、まあそりゃ愛国教育に熱心で体罰も平気でする中国の教師らにくらべたらそうだろうけどと思っていると、わたしたちのクラスメイトもみんな「開放的」です、でもほかの学院の学生はわからないです、だから先生がちょっと心配です、外では「鬼子」とはあまり言わないほうがいいですというので、それはもちろんわかっていると受ける。ある程度の信頼関係なしにはブラックジョークなんて成立しない。
  • 不意に(…)さんが「植民地主義」という言葉を口にした。どう思いますかというので、いきなり踏みこんでくるなと思いつつ、第二次世界大戦中の日本軍による侵略は擁護できるものではないというこちらの立場を話す。でもそういう考えの日本人は全然いませんというので、いるよと応じたのち、前回も話したことであるがと前置きしつつ声のトーンをちょっと落とし、壁の内側で流通する日本人および日本の情報と外側のそれとでは大きなギャップがあるという話をする——と、(…)さんが全員のスマホをあつめてテーブルの端のほうに寄せるというふるまいに出たので、あ、以前(…)さんがみせたふるまいと同じだ! と思った。人民たち、やはりスマホは盗聴されているものという前提で行動しているらしい。
  • この三人であればだいじょうぶだろうというあたまもあったので、慎重に言葉を選びつつ、いまの中国と第二次世界大戦中の日本の共通点についてひとつずつ指摘していく。(…)さんは前々から現政権に対する批判的な意識をちらほらのぞかせていたが、(…)さんと(…)さんのふたりもやはりひそかに思うところがあるようす。ネット上には日本人やアメリカ人を皆殺しにすべきだといっている中国人ネットユーザーがたくさんいる、そういうのを見ていると本当に怖くなるという(これに関しては日本のネトウヨも同じなわけだが!)。三人ともやはり過度な愛国教育にも疑問をもっているようだった。こちらとしてはそれが知れただけでもよかった。彼女らの言葉を借りれば、少なくとも二年生は総体的に「開放的」なのだ、それがわかっただけでももうちょっとこの仕事をがんばってみようという気になれるというものだ。草の根やなほんま。
  • 22時半前になったところで、そろそろ門限やばいぞと切り出す。三人とも完全に時間を忘れていた模様。あわてて店を出る。大学にもどる道中、三人がぎゃーぎゃーわめきはじめる。大学のアプリ上で提出が必須とされている「活動」の締め切りが22時半なのだという。いまのいままで「活動」の通知に気づかなかったらしい。この「活動」というのもたぶん習近平思想についてビデオを見て学ぶとかそういうたぐいのアレだと思うのだが、大学を卒業するにはそれらの「活動」をすべてクリアする必要があるとのこと。ばかばかしい! と三人とも文句を垂れまくる。西門のゲートが閉まっているので、早歩きで南門のほうに向かう。門限は23時まで。もし間に合わなければ先生の部屋に泊まりますというので、そうなったらぼくは変態教師としてクビになるわと受ける。
  • 女子寮には門限ぎりぎりに間に合う。ルームメイトたちはきっとみんな寝ているので、もうシャワーを浴びることはできないという(物音でルームメイトらを起こしたくないのだ)。門前でおやすみといって別れる。小便がしたくてたまらなかったので早歩きで寮にもどる。
  • 帰宅。シャワーを浴びる。今日づけの記事をいくらか書き進めてから就寝。