20130211

ラリュエルは時計を見て――ビヒルはまだ三十分は来ないだろう――それからまた手のなかでくしゃくしゃに丸まった紙に目をやった。雨で洗われた新鮮な冷気が日よけ扉から酒場に流れ込み、屋根から雨が滴り落ちる音、街路の溝を走る水音が聞こえた。そして彼方の祭りの喧噪がふたたび彼の耳に届いた。彼はくしゃくしゃになった手紙を本のなかに戻そうとしたが、そのとき半ば無意識に、しかし突然の強い衝動によって、それを蝋燭の火のなかに差し入れた。立ち昇った炎がぱっと酒場の内部を照らし、その明るさでカウンターのところにいる客たちの姿が、ほんの一瞬、凍りついた壁画のように浮かび上がった。よく見ると、小さな子供たち、ゆったりとした白い服を着てつばの広い帽子をかぶったマルメロかサボテンの農夫のほかに、墓地から帰ってきた喪服姿の女たち、それから黒っぽいスーツの襟元を開いてネクタイを緩めた浅黒い顔の男たちが何人かいた。彼らはみな話をやめ、怪訝そうにラリュエルのほうを見つめていた。バーテンだけはやめさせようとする構えを見せたが、ラリュエルがそののたうつ紙の塊を灰皿に入れると、そのままそしらぬ顔をした。灰皿に載った紙片は、美しい均質の灰に姿を変えながら自らを畳み込み、炎上する城となって崩れ落ちたかと思うと、やがて身を沈めてかすかな音を立てる蜂の巣と化し、そこから小さな赤い虫のような火の粉が這い出ては飛んでいった。その上では、細かくちぎれた灰がいくつか薄い煙のなかを漂い、そこにあるのは、もはやパチパチと音を立てる燃えかすのみ……
マルカム・ラウリー斎藤兆史・監訳/渡辺暁・山崎暁子・共訳『火山の下』)

いまやイヴォンヌの視線は、陰になったバーのテーブル席に座っている老女に注がれた。テーブルの端には、柄の部分に何かの動物の鉤爪がついている金属製の杖が、まるで生き物のように引っかかっていた。老女は、ひもでつないだ小さな鶏を懐に入れていた。鶏はそこから顔を覗かせては、ぴくぴく動く機敏な横目で周りを見回した。老女が鶏を近くのテーブルの上に置くと、その小さな生き物は小刻みに鳴き声を上げながら、ドミノ牌を見てぞっとしたのである。それはまるで何かの凶兆のようであった。
マルカム・ラウリー斎藤兆史・監訳/渡辺暁・山崎暁子・共訳『火山の下』)



5時起床。「邪道」作文。いまひとつ進まない。8時から12時間の奴隷労働。地獄の三連勤ラスト。手持ちのワイシャツを二枚とも出入りのクリーニング業者に出してしまっていたのでTシャツで仕事をしていたところ、Mくんもうちょっとなんか食べやんと痩せすぎやでと(…)さんに哀れまれた。正面から見るとそうでもないのに椅子に腰かけた後ろ姿がとんでもなくぺらぺらなのだという。やはり背筋を鍛える必要があるのだ。懸垂スポットをいますぐ見つけるべきなのだ。正面と背面の不均衡っぷりもまた首・肩・背中・腰の負担の一因になっていることはもはや疑いようがない。先週あたりからまた頸椎の具合があまりよろしくない。週休五日制によりデスクに向かう時間が大幅に増加したためだと思われる。どうにかしないといけない。書けない身体は欲しくない。
出かけていた(…)さんが帰ってくるなり、丸太町と烏丸の交番付近でおまえにそっくりの奴が職質を受けていた、という。おまえのにそっくりな自転車に乗っておまえのにそっくりなカーキ色のコートを着ておまえのにそっくりなハンチングをかぶっておまえにそっくりなひげ面だった、車ですれちがった瞬間に「あ! Mが職質受けとる!」と本気で思った、本気で思ってすぐにいいやあいつは今日出勤だったと思い直した、と。それからややあって、携帯に着信があった。みると弟で、弟が電話をかけてくるということは滅多にないことなので、これは身内の不幸かもしれないとドキドキしながら出ると、いま(…)に戻ってきているのか、と開口一番たずねる。おもくそ仕事中やで、と応じると、ついさきほど家の近所を車で走っていたところそっくりな人物とすれちがったのだという。黒縁めがねをかけた巻き毛で顔も背丈も歩き方までそっくり、芥子色のズボンを穿いて服装もそれらしかった、車ではっきりと真正面からすれちがったにもかかわらず本人かと見間違うほどのそっくりさんだった、と。ついさっきも上司にドッペルゲンガーを目撃されたばかりだ、たぶん今日はそういう日なんだろうと応じて電話を切り、再度の外出から戻ってきた(…)さんにこの一件を伝えると、まあおまえ近々なにかあるな、と予想通りの反応が返ってきた。じぶんのそっくりさんといえばセンター試験の当日会場にあらわれたという人物のことを思い出す。会場で同級生らと顔をあわすたびにおまえにむちゃくちゃそっくりなやつがいる、マジでやばい、後ろ姿とか半端ない、とみんなして騒ぐのでどんなものかと思ったのだったが、結局この目で見ることはかなわなかった。試験が終わって(…)の母親にむかえに来てもらった車に乗り込んだあとも(…)ちゃんに激似なやつ見かけたと別の(…)からメールが入ったり、さらにまた別の(…)からいま駅にいるのだけれど(…)ちゃんどうして(…)方面の電車に乗っとったんと電話があったりしてどんだけクリソツやねんと若干そらおそろしくなったのだった。
帰宅後は三連勤おつかれさまの泥酔。近所に有機野菜を用いました的な総菜屋さんがあって前々から気になっていたのだけれど今日はじめて入って、タイの屋台を思い出させる一本10バーツのfried spring rollだとか豚肉をなすではさんで揚げてあるやつとかを買った。それと職場の近所にあるスーパーで購入した半額の唐揚げと(…)からゆずってもらった冷凍食品のチャーハンで宴の準備は完了。こんな日は自炊をする気にもなれない。風呂に入ってから部屋にもどってこの一幕にふさわしいプレイリストを作成したのが22時ごろか、あとはもうひたすらに踊り狂った。

01. Nagoya Marimbas / Steve Reich
02. Eg-Ged-Osis (Todd Terje Extended Edit) / Lindstrom
03. %% / ((…)の自作曲)
04. Concret PH(1958) / Iannis Xenakis
05. I.(CIty Life) / Steve Reich
06. Go Go Round This World! / Fishmans
07. ヴァンドーム・ラ・シック・カイセキ / SPANK HAPPY
08. 波よせて / クラムボン
09. 「草の葉」 第32節 / 犬式
10. Life is Beautifull / 犬式
11. Eulogia II / 大西順子
12. 精神病質 / 鬼
13. サイの角のようにただ独り歩め / THA BLUE HERB
14. さみーね / KAKATO
15. Salon De Musique / Su Tissue
16. ゼノン / ウリチパン郡
17. パヤパヤ / ウリチパン郡
18. Flood / Phew
19. 長い夢 / YUKI
20. Eight Miles High / The Byrds
21. Um Canto De Afoxe Para O Bloco Do Ile / Caetano Veloso
22. Mentira / Marcos Valle
23. You'd Be So Nice To Come Home To / Jim Hall
24. Soon It Will Be Fire / Richard Youngs
25. うぐいすの谷 / 麓健一

03〜04あたりがまずひとつめのピークで、09〜11がふたつめのピーク。14あたりからたぶんぼちぼち飯を食いはじめた気がするのだけれど、これは記憶違いかもしれない。18のときにチャーハンか何かの入った電子レンジをながめていたのは間違いないが、しかし19ではしっかりと踊った記憶もまたある。20以降は完全にチルアウト。マヨネーズをチーズではさんだのをのせたトーストを二枚追加して食べるなどして腹いっぱいになったのち、連日の睡眠不足もあったのでたぶん1時にもならぬうちに眠ったのではないか。たくさんのひらめきや思いつきもあったような気がするのだが、なにひとつ覚えていないし、なんだったら思いついた途端にこれ絶対忘れてしまうんだろうなと考えていたことだけは覚えている。音楽に触発されて動く手足があり、その手足が筆先となって描かれるキラキラした図像の数々が閉じたまぶたの裏に次々と繰り出されていく。受動的に選別する聴覚 - 身体 - でっちあげられる視覚。完璧に満たされたひとりきりの総合芸術。