2024-05-01から1ヶ月間の記事一覧

20240531

「息子さんがよくなってよかったわ」とミンディの母親が言った。 沈黙。ルイは顔を上げた。それから沈んだ声で言った。「そうじゃない。よくなっていないんだ。もうよくなることはない」 それだけだった。母親はなにも言わなかった。なんですって、とも、そ…

20240530

私たちが木を見ているとき、私たちは木の時間を見ている。 (保坂和志『小説、世界の奏でる音楽』 p.398) 6時15分起床。暑さのせいかなにかわからないが、ここ数日眠りが浅く、夜中や朝方に二度三度と目が覚める。そのために連日いろいろな夢をみているのだ…

20240529

家を建てるのだったら、まず土台をしっかり作り、次に柱を立てて、その次に屋根の骨組を作って、という順番があるけれど、小説を書くというのはとりあえず柱を一本立て、その柱を一本立てたことが同時に土台を少し作ることにも屋根を少し作ることにもなるよ…

20240528

ジャコメッティは一目でジャコメッティとわかるあの線だけで塗り込められた人物画を繰り返し描いたけれど、それまで描いてきた自分の絵を踏襲しようとして描いたわけではなく、そのつど描いた。ジャコメッティが世界と接する感覚(入力)やジャコメッティの…

20240527

実際には、数えられるもの、手に取れるものはすべて、われわれにとってほとんど価値のないものである。「概念化」によってはうまく行かないものこそわれわれにとって「高等」なのである。論理学や機械論的力学は、最も表面的なものにのみ適用することができ…

20240526

実体概念は主観概念の一つの帰結である。その逆ではない! 魂とか「主観」をわれわれが放棄するならば、およそ「実体」にとっての前提もなくなってしまう。存在するもののさまざまな度合いは得られるが、存在するものそのものは失われる。 ……(略)…… 主観、…

20240525

形式は、ある持続的なもの、したがっていっそう価値あるものとみなされている。けれども形式は単にわれわれが考案したものにすぎない。そして、たとえどれほど頻繁に「同じ形式が達成される」としても、そのことは、それが同じ形式であるということを意味し…

20240524

同じ一つのものを肯定し同時にまた否定することは、われわれにはできないということ。これは一つの主観的な経験法則にほかならない。つまり、そこで表現されているのは何ら「必然性」ではなく、一つの無能力にすぎない。 もしもアリストテレスの言うように、…

20240523

人間はみずからが原因であり、行為者であると信じている—— すべて起きることは、なんらかの主語〔主体〕に相関した述語の関係にあるというのだ。 すべての判断命題には、主語〔主体〕と述語への深い完璧な信仰が、あるいは原因と結果(Ursache und Wirkung)…

20240522

過程[プロセス]の中から目的という観念を取り去り、それにもかかわらずなおも過程を肯定しうるであろうか?——もしできるなら、それはこの過程のあらゆる瞬間に、いかなる事柄でも実現している場合である——しかも常に同じ事柄がである。(断想5〔七一〕より…

20240521

(…)音楽やスポーツを考えてみればわかりやすい。まず第一に、いま起きていることは何か? だ。小説だけが読み終わった事後に全体として考えればそれでいいというのはおかしい。この小説と比べて私たちはふだん何と動きの悪い思考で生きていることか。意味…

20240520

戦争とか軍備の本もこれと同じで、中国の兵力がこれぐらいで、日本の防衛力は現状これこれこうなっているから、こういう風に攻められてきたらひとたまりもないとか、歴史上戦争というのはこういう条件が揃ったときにはじまっていて、それを現在の日本周辺に…

20240519

小説を書くということは社会全体に流布している価値とは別の価値による領土を作ることだ。 (保坂和志『小説、世界の奏でる音楽』 p.298) 10時起床。文具屋でゴミ袋を買う。老板から老师mang2bumang2とたずねられるが、mang2の音と忙の文字があたまのなかで…

20240518

世界に不幸があふれていることは知識としては当然知っているけれど、それらの知識だけで気持ちが動揺することはない。しかしそれを堤防が決壊するようにリアルに感じてしまう媒介が誰にでもきっとあって、あのときの子猫の映像が私にとってはその媒介だった…

20240517

とにかく、柴崎友香は「貧しさ」を肯定するというよりも前提条件として引き受けることによって、「貧しさ」を前提条件として生きている二十代三十代の人たちを書いた。「貧しさ」を書くために「貧しさ」を対象化する位置に自分が立ってしまったら、それは「…

20240516

言葉というのはものすごく不完全な道具でしかない。世界や人間の肉体の脈搏つ感じを言葉は全然再現できない。 言葉がもし何かを完璧に再現することができるというのなら、言葉だけでレンブラントの『夜警』を見たことのない人にそれを伝えて、それを聞いた人…

20240515

この連載を通じて「因果関係」という言葉を何十回書いたか見当がつかないけれど、一つか二つかせいぜい数個の入力に対して一つの結果が出てくるというふつうにイメージされる直線的な因果関係の思考法が、私には思考の省略か怠慢としか感じられないのだ。 過…

20240514

新規の登場人物が全体にまんべんなく出てくることに注目してほしい。この小説では物語の新展開は新規の人物によって持ち込まれることになっている。閉じた人間関係が時間とともにだんだん煮つまって……という小説とはつくりが違うのだ。 この小説は文庫本にし…

20240513

しかしここでは、一つ目では怒ったこと、二つ目では不機嫌になったこと、三つ目の引用では逡巡らしい逡巡は書かれないまま決意が、はっきりと書かれている。私は映画を見ているような感じがした。役者の表情の演技やその他の全体の演出からわかる程度の心の…

20240512

人間の思うことは言葉とともにあるから言葉で書くことにそんなに苦労はない。人間の動きも人間自体が言葉と無縁でいられないのだから言葉によって書ける。しかし自然となると言葉がない時代からあったのだから、フリークライミングの岩で指先がかろうじて掴…

20240511

私というのは「広域的なアルゴリズム」によって何重にも補正された状態であって「広域的なアルゴリズム」による補正が弱ければ——弱い補正があたり前の社会であれば——私の私に対する確信ももっと弱いか別のものになっていたかもしれない。 (保坂和志『小説、…

20240510

小説とは「広域的なアルゴリズム」につかず、どれだけ「ローカルな記憶回路」の中で持ちこたえられるかなのではないか。 (保坂和志『小説、世界の奏でる音楽』 p.26) 8時15分起床。トーストとコーヒー。便所でクソをしているとき、『みどりいせき』(大田…

20240509

そもそも科学的にみれば、同一性(異なる入力を一つの記憶内容として出力すること)とは、並列分散的な神経網の産物ゆえに、原理的には確率的-熱力学的にしか作動せず、局所的な作動域では、常にソジー錯覚的な擬似記憶(同じ入力に異なる諸出力が応じ、逆に…

20240508

(…)『ローマ書講解』という本はおそらく最初のページから一語一語厳密に読み込んでいっても理解できるような本ではないのだろう。よく意味がわからないと思うことを一所懸命蓄えていって、それがあるときに私たちが馴れ親しんでいるのではないもう一つの言…

20240507

私に関心があるのは、その作品の中で具体的に何が書かれているのか? その作品を最後まで維持するためにどのような論理が作品を貫いているのか? というようなことだ。 (保坂和志『小説、世界の奏でる音楽』 p.14) 6時15分起床。トーストとコーヒー。火曜…

20240506

小説家自身はきっと誰も「小説とは何か?」と考えながら小説を書いてこなかったし、いまも書いていない。いや、人から訊かれれば誰もが「小説とは何か? という問いを持ちながら書いている。」と答えはするだろうし、それは決して嘘ではないのだが、実際に小…

20240505

私たちは空間と時間を二つの要素とか基盤のようなものとして区別して考えがちだけれど、最初に書いた脳のプロセスに戻るとバラバラの電気信号として入ってきた情報を統一された物体の像に定着させるのは脳の中に蓄積されているデータ、つまり記憶だ。視覚は…

20240504

意識というのはそのようにあやふやなものの総体というよりも集合体であって、オーケストラがそれぞれ勝手に楽器を鳴らしているときに偶然にもちゃんとした音楽のようなものに聞こえた状態、それが意識なのではないかと思う。 あるいは、もう少し統制されてい…

20240503

フロイトは人の心の中に刻まれた父親との関係を見ているうちに『オイディプス王』に行きあたったわけだけれど、そこで『オイディプス王』は原型とか原理のようなものとなって、オイディプスの心理を父との葛藤で読んだりはしない。フィクションのリアリティ…

20240502

諸君にして、なんらの目的もないということを知るならば、諸君はまたなんらの偶然もないということを知る。なぜなら、ただ目的の世界と並んでのみ「偶然」という言葉は意味を持つからだ。(…)(『華やぐ智慧』「第三書」一◯九番 氷上英廣訳) (保坂和志『…