20130612

 晩年のフーコーは, カントの『啓蒙とは何か』を非常に高く評価していて, カントは未来における理想的な完成像から現在の姿を規定もしくは固定しようとはしなかったと解釈しています. むしろ「啓蒙」に対しては具体的な属性をあたえず, ほぼ全面的に否定的な仕方で, 「〜からの出口」として規定しているというのです. すなわち, カントはもっぱら現在へと関心を向けているのですが, その関心は現状を無条件に固定し維持するという論理を起動することはなく, ひたすら「〈今日〉は〈昨日〉に対してどのような差異をもたらしたか?」という刷新への問いに集約されているというのです.
 この論理から発するかぎり, 現在の価値を最大限に尊重するということは現在に固執することではなく, 差異を考え, 「いかにして現在が現にある現在と違う形で存在しうるか?」と想像することにほかならない, ということになります. 現に存在する世界や諸制度は, あたかも普遍的, 必然的, 強制的なものであるかのようにわれわれに呈示されているわけですが, そのなかで何が特異であり, 偶然的であり, 恣意的な力によってもたらされたものなのか, という問いを立てることこそ, 現在をよりよく生きる流儀なのだ, というわけです. エピステーメ, 考古学, 系譜学というフーコー独特の装置は, そうした観点から構想されたものにほかなりません.
小林康夫・船曵建夫・編『知の論理』より増田一夫「『現在』のナルシシズムに抗して」フーコーと不連続の歴史)



夢。裸の(…)といっしょに布団にくるまって眠っている。官能はほとんどない。周囲を歩くひとびとの足音がきこえる。羞恥に勝る共犯のよろこびにくすくすと笑い合う。
夢。見知らぬ店内にいる。製図用らしい盤面の広い木机を前にして腰かけている男と向かいあって何やら話し込んでいる。男は保坂和志であるらしい。説明の要から紙片に鶏の絵をかきつけてこちらに示してみせる。未完成の「邪道」の原稿になるべく手をいれずそのまま持ってきてくれ、というので、こちらとしては「邪道」よりもむしろ「A」を読んでほしい、と訴えると、それじゃあ両方もってきてくれとたのまれる。見知らぬカフェのテーブル席にむかいあって腰かけている。保坂和志はすでになかば(…)さんと化している。このあいだ(…)くんとも話しとったんやけどな、おまえちょっと警察なめとるとこあるやろ、もうちっと気ィつけたほうがええで。そういいながらこちらの背後にむけて顎をしゃくってみせるので、ふりかえってながめてみると、最寄りのテーブル席にファスビンダーケレル』にも登場していたハードゲイな格好をしたポリスマンが腰かけている。途端に店内にいたひとびとがあわてて席をたちあがり店の外にむかってこぞって駆け出す。(…)さんの口にした「警察」のひとことに過敏に反応して一種のパニックが巻き起こったのだと見当をつけながらも、じぶんもこの混乱にまぎれておもてに出ようとたちあがる。店内の奥に控えているらしいトイレの一方に保坂和志が駆け込んでいくのが見えたので、そこで篭城する予定らしい彼を待っていても話にならないと判断し、道連れなしにひとりでおもてに出て、止めてあったはずの自転車がなくなっていることに気づく。自転車だけではなくドライヤーもまた見つからない。自室で普段ドライヤーをしまっているチェストボードの引き出しの中身をざっと調べてみる。しかし見つからない。またおもてにいる。やはり自転車がない。となると出勤できない。幸いにも早起きには成功しているので(時刻は午前6時)、バスで出勤することも可能であるが、しかし自転車がないとなると今後かなり不都合である。カフェに隣接しているコンビニの駐車場に出向いたところでようやく自転車を発見するにいたる。籠の中にはドライヤーも入っている。自転車に乗ってふたたびカフェのあった位置にもどる。すでにカフェではなく自宅という認識に転じているその建物の奥へと自転車に乗ったまま進む。するとスーパーの鮮魚コーナーか精肉コーナーか、白衣を身につけたひとびとの立ち働く調理場のような一画に達する。盛りつけの終えた商品が順にならべられていくその陳列棚を前にしてぼけーっと突っ立っている男がいる。出入りの業者らしい。自転車をおりて奥に入っていくこちらの姿を見て関係者と悟ったらしい男が、注文の品を持ってきたのですがとおそるおそるいう。経験が浅くいまだどこになにがしまってあるのか把握していないこちらであるため、とりあえずいつもの感じでお願いしますという。調理場にはこの男とじぶん以外のだれの姿もない。
11時起床。夢を記述し13時より17時まで発音練習&瞬間英作文。ついで整骨院へ。暑い。夏日だ。買い物。夕餉。仮眠。リスニング&音読。日付がまわってジョギング。入浴。風呂上がりに炭酸飲料が飲みたくなったので近所のコンビニに出向き、新商品らしいグレープ味のなんかを買ったが、ひとくち飲んだだけでもういらないとなった。炭酸飲料は最初のひとくちだけで十分だと母がよくいっていたのを思い出した。まったくもってそのとおりだ。ひとが買ったものをひとくちもらって満足すれば断然(ロジーではなくノミーな方面で)エコである。深夜、英語の教材をさらに一冊ポチる。ついでに父の日の贈り物もポチる。
それにしても今日は暑かった。以前(…)が我が家をおとずれたとき、蒸し風呂のような部屋だなと形容したが、あの夜が蒸し風呂ならば今日の日中などさながら地獄の釜茹でである。今年は去年よりも頻繁に身体を動かしているし飯も抜かずに食べているので(といっても朝昼は兼用でパンの耳だけなので実質一日一食みたいなものだが)自律神経がうんぬんかんぬんというのはそれほど気にかけていないのだが、問題はパソコンである。最近ただでさえフリーズの頻度が上昇しつつあるところにこの熱気となれば、いよいよこの夏の峠を越すことなく逝かれるのではないかと心配でならない。逝かれたら逝かれたであたらしいブツを購入する必要があるわけだが、円高だか円安だか知らないけれどもアベノミクスがうんぬんかんぬんというかちんぷんかんぷんなアレでアップルがやたらと値上げしまくっているというニュースが入ってきているのでこれひょっとすると最悪のタイミングなんではないかという懸念が働かなくもない。部屋にはいちおう冷房がついているのだけれども石器時代の産物みたいなアレでこんなもんまともに起動するのかがまず疑問であるし起動したら起動したでアホみたいに電気代を喰いそうであるから例年通り冷房なしで乗り切るつもりでずっといたのだけれど、パソコンの不調に加えて夏の盛りの蒸し風呂に大のおとながふたり生活することを考えると、これやっぱりなんらかの対策は打ったほうがいいなと、ゲストハウスの天井にしつらえられていたファンがなつかしい。洗濯物はよく乾くし適度に涼しいし、自室にあれを設置したい。壁掛け式のファンでよいものはないか検索してみたのだけれどなかなかこれだというのが見つからない。そもそもの話、部屋に窓がない時点で負け戦ではないかという気さえしてくる。ひとり暮らしをはじめて十年近くになるはずなのだが、いまだにまともな部屋に住んだことがない。バンコクで最初に泊まった古いゲストハウスで出会った世界一周旅行中の日本人はここがゲストハウスの底辺、この部屋で過ごすことができたらだいたい東南アジアのどんなゲストハウスでも快適に過ごすことができると親切にも教えてくれたが、部屋に足を踏み入れたじぶんが最初に抱いた感想は、前日まで寝起きしていた京都のアパートもこれくらい快適であればいいのに、というものだった。くだんの日本人は翌日インドに旅立つ予定らしかった。ほかにすることもないからといって、一日かけてひとまず徒歩圏内にあるバンコク市内の観光地をめぐる予定でいたこちらに同行させてくれないかといった。はじめての海外でいくらかなりと心細かったこちらとしてもありがたい申し出だった。ワット・ポーにむかった。そこで(…)に出会った。写真を撮ってくれないかと、彼女はこちらの連れ合いに声をかけた。思い出した、彼の名前は(…)くんといった。お礼をいって立ち去る彼女の後ろ姿を巨大な金ぴかの大仏そっちのけで追いながら、あの娘すごくカワイイっすねー日本人サイズの白人ってはじめて見ましたよまだ若いすよねえきっとティーンかもしれないやばいっすねーおれ声かけていいっすか、そうして寺の出口にさしかかったところで本当に声をかけた。そこからすべてはじまった。(…)がマレーシアで出会ったという台湾人の中年というよりはすでに老境にさしかかっている女性がいつのまにかパーティーメンバーに加わっていた。われわれは女性陣の後につきしたがうかたちでフラワーマーケットを歩いていた。おれと(…)くんがとりあえず主人公ってことでまあ勇者ってことにするとさ、まああの女の子がいわゆる僧侶的なポジションなわけやん、たぶん回復魔法とか使える感じの、そんであのおばちゃんはおそらくサポート系やよね、普通にプレイしとったら二軍落ちやけど縛りプレイやと活躍する上級プレイヤーが好みそうなキャラ、で、定石通りにいくとこのパーティーに欠けとるんはまずはパワー型やよね、ほやしたぶんそのうち屈強な黒人が仲間になると思うんよ、で、そのあとは、そうやなぁ、アレかな、天才少年、つねにノートパソコン持ちながら移動しとるみたいな、そういうキャラやね、人種はどうしよか、やっぱりユダヤ人かな。そう口にする勇者1のひとことひとことに勇者2は大笑いし、それから不意に、おれよく考えたら明日からインドでした、とつぶやいた。その日の深夜、勇者2はバスでバンコク市街地に住まう友人宅へとむかった。翌朝、勇者1はゲストハウスから徒歩で三十分ほどいったところにある橋の上で僧侶と落ち合った。僧侶は待ち合わせの時間に一時間遅れてやってきた。寝坊だった。台湾人の姿はなかった。黒人もユダヤ人も仲間にならなかった。勇者1と僧侶だけで25日間、魔王のいない異国で旅をつづけた。