20130916

雨、雨、雨。雨が降っていてどうしようもない。水場に出るだけで、便所に駆け込むだけで、いかんともしがたくびしょぬれになってしまう。そんな天候だから自転車で職場に出かけるのは阿呆の仕業である。バスは休日ダイヤで7時4分発、のがせば40分発で、これじゃあ間に合わない。そもそもバス停に出るまで徒歩なら10分、自転車なら5分の距離をゆかなければならない不便な立地である。タクシーを呼ぼうと思った。年にいちどくらいそんな日があってもいいと思いMKの電話番号をネットでしらべて携帯に登録し、そうして最寄りのコンビニまでよびだすべく試みたコールがことごとくつながらない。時間ばかりが過ぎていっていよいよどうしようもないとあきらめがついたところで、阿呆になる覚悟を決めた。記録的豪雨の中を拾いもののビニール傘片手にケッタにのって職場にむかった。ついでに鴨川の様子をのぞいていこうと思い川沿いをいけば氾濫間際の濁流で、すさまじく、荒々しく、鬼の涙のようで、河川敷におりてもうすぐそこまでせまってきている轟音の傍らを流れとおなじ方向にしばらく走行した。写真を撮るべく河川敷でスマートフォンをかまえる若者、レインコートに長靴の重装備で犬の散歩をする老人、濁流をながめて嬌声をあげる橋の上の若いカップル、じぶん含めてみなニュースの三面記事になってもおかしくはない大馬鹿者どもである。カモが六、七羽、ふだんならぜったいにそんなところにまで上がってはこないまばらな芝生の陸上にかたまり、濁ったあらぶりをながめていた。職場に到着するとすぐに(…)さんから電話があった。あれ、おまえ着いてるの?という第一声だった。(…)さんは大渋滞に巻き込まれていた。こちらがバスかタクシーで出勤しているものと見て、するとおなじく大渋滞に巻きこまれているに相違ないだろうからここはひとつ(…)さんに頼んで残業してもらうしかない、そう踏んでの電話であったらしかったが、期せずしての杞憂に終わったというわけだった。(…)さんが出勤時刻よりも一時間早くやってきた。バスが混むだろうと予測して一本早い便に乗ることにしたのだが、おもいのほかスムーズに車が流れてしまったので拍子抜けしたといった。夜中から携帯電話が鳴りっぱなしだった、ひとり暮らしの真夜中に避難勧告など送信されてくるとたいそう不安になってしまうと(…)さんはいったが、こちらの携帯はたったのいちども鳴ることがなかった。これはどういうわけかと思ったが、(…)さんは最近携帯を変えてスマートフォンにしたというので、なるほどガラケーには避難勧告など送られてこないらしいと見当がついた。(…)さんもやってきた。嫁の携帯が夜通し鳴りっぱなしだったと職場に到着するなり口にした。(…)さんのスマートフォンは半分壊れかけているためなのか、こちらと同様いっさいの通知も勧告もなかったという。(…)さんは風邪気味だといった。こちらも昨夜あたりからほんのりと喉が痛かったので、職場の置き薬の中から適当な錠剤をつまんで流しこんだ。鴨川も氾濫間際といった感であったが、桂川はじっさいに氾濫するところまでいったというので、テレビをつけてみると嵐山の渡月橋周辺が中継されており、見知った風景の様変わりにおどろいた。(…)くんがまた遅刻した。(…)くんはじぶんと同じく土日だけの出勤なのだが、勤めはじめて二ヶ月だか三ヶ月だか、いまだに土日連続で欠勤・遅刻・早引けなしの無傷ですごせた試しがない。出勤時刻であるところの9時にすみません遅刻しますと電話があったのだが、職場に到着するころには13時をまわっていた。11時前にいちど電話があり、地下鉄が浸水のために遅れているとの報告があったのだが、そのまま音沙汰もなく昼をまわってしまったので、しびれをきらした(…)さんが直接こちらから携帯に電話を入れると、いまだに地下鉄で待ちぼうけをくらっているというので、そんなもん律儀に待ってなどいないでバスに乗って来ればいいじゃないかといったのだった。(…)さん(…)さん(…)さんは席をはずし、(…)さんが(…)くん相手にサシで向き合い、そうしてじぶんはそんなふたりからやや距離を置いたところに腰かけ、そうした陣形で説教がはじまった。(…)さんは説教がうまい。気遣いができるし、それでいてしめるところはきちんとしめる。道化をよそおいながらもその端々にするどさを忍びこませるそのバランスがちょっと見事というほかないアレで、たとえば昨日おとといと(…)さん(…)さん(…)さんにも簡単な説教のようなものをする場面があったのだけれど、ああいうふうにいわれて反感を覚えるひとなんてきっといないだろうというくらい見事な口上であったし、それになんのかんのいって(…)さんがしっかり仕事に取り組んでいるという事実はみんな知っている、それだからきちんと話を聞こうという姿勢にも自然となる。(…)さんはたぶん、実家がある程度金持ちだったりして資金さえあれば、ちょっとした成功をおさめていたんじゃないかと思われる。そういう雰囲気というか、カリスマ性といえばずいぶんおおげさだけれども、そういうアレの感じられないこともない。(…)くんはけれどもそんなEさんの考慮や気遣いや道化のふるまいの真意なんかに気がついていないんじゃないかというか、こういうのもアレだけれども(…)さんが滾々と話すその一部始終にまるで叱られた小学生のようにへこんでだんまりをきめこんでしまっているそのようす(というのは(…)さん自身が発明した比喩だが)からすると、単純にひとの底意や本意をくみとる作業が圧倒的にへたくそなんではないかと思われて、それをいえば(…)は、というかアレはひょっとすると西洋人一般にいえることなのかもしれないけれどもとにかくひとの底意や本意をくみとれないところがあるというかこれこそおそらく文化差というやつなのだろうけれど、口にした言葉や肯定・否定の意思をすべて真に受けてその裏を掻いたり隠されてある意図を拾いあげたり迂回婉曲の始源にさかのぼったりするというのがまったくできなくて、手垢のついた表現をとるなら日本人的な建前と本音をまったく理解できない節があって、教科書的な知識として前提していたつもりのその知識も地肉と化すまでにはいくらかの時間を要するというわけでコミュニケーションをとりだした序盤はずいぶん苦労した気がするし、というかいまだに苦労している気がしないでもなく、ただそれだからといって西洋に建前と本音がないかといえばおそらくそれは正しくはなくて、ただ建前と本音をそれぞれしるしづける表徴みたいなものやその使い分けの好機なんかがまず根本的に日本のそれと異なる、そこがいちばん大きなギャップなんではないかと思う。(…)くんは最終的には仕事をつづけると弱々しくも宣言したのだけれど、それだって続けるか辞めるか今ここで結論を下せという(…)さんの命令に物怖じして本当はもう辞めてしまいたいにもかかわらずビビってそれがいえずなあなあの続ける宣言をしただけなんじゃないかと思われないでもなく、説教が終わったあとにひそかにその疑惑を(…)さんに告げたのだけれど(…)さん自身もそう考えていた節があったみたいで、ただ次遅刻したらもうクビだからなとファトワーを下したわけであるし、それに見捨てるのはとても簡単な行為なのだからと苦笑し、それを見たときにふと、ひょっとしてじぶんがここを辞めるというのを引き止めると決めてその旨を同僚のみんなに告げたときにもこんな表情を浮かべていたんじゃないかと思った。夜は夜で(…)くんと(…)さんがそろって遅刻し、さすがに(…)さんもイライラを通り越してあきれはじめてしまい、(…)さんはいちど人間不信モードに入るととことん勘繰りを続けてしまうタイプなので、夜のバイトどもはなにか同盟のようなものを組んでおれを陥れようとしているんじゃないかみたいなことを言い兼ねないほどアレだったものだからそれは考えすぎっす、(…)さん今日はちょっと色々ありすぎてちょっとドツボに入りかけてますよ、となだめた。遅刻したふたりの分を補うために(…)さんが残業して、結果、子鹿の(…)さんと小一時間ほどふたりきりで行動する時間をゲットしたわけなのだけれど、というかそれを見越して残業すると宣言したのだろうけれども、それをいえば今朝の7時ごろに(…)さんのもとに(…)さんから電話があったようでそれで早朝から子鹿の(…)さんについての情報を色々ゲットしたというか、子鹿の(…)さんの両親が子鹿の(…)さんの貯金をおろして勝手に使ったという話は本当だが最近はそれもなくなりつつある、子鹿の(…)さんは学費を稼ぐためにいまいくつもバイトを掛け持ちしてがんばっている、想像できるように子鹿の(…)さんの家庭は複雑であるらしいみたいなのが(…)さん経由で(…)さんの仕入れた情報であるらしいのだけれどその子鹿の(…)さんと小一時間ほどふたりきりで部屋をまわってきておりてきた(…)さんが帰りぎわに、(…)くん、おれすっごくうれしい話聞けたわ、とご機嫌なようすで口にするので、なにがあったんすかと問い返すと、(…)さんこの九月から大学にまた通いはじめるんやってとあって、それをすっごくうれしい話と表現する(…)さんのくすぐったい純情っぷりともしらじらしいあざとさともつかぬ不分明な口ぶりがとても印象に残った。帰宅して飯を食い、酩酊しようかと思ったけれどもそれもやめにしてシャワーを浴びたところなぜか湯が出てくれず冷水ばかりで、九月も半ばになるとさすがにこれはきつい。夜、(…)のことをすこし思う。このままお別れというのはたしかに後味の悪い話であるが、しかしあらためて和解するにあたって不可避的につきまとういくつかの口論をくぐりぬけるのもじつに大儀だ。沖縄と(…)の海で拾った大量の貝殻が部屋に置き去りにされているのだけれども、これは荷物になるからやっぱりいらないわというアレなのかそれともこれを口実にしてもういちど部屋にもどってくるための罠としてあるのかあるいはただ単純に置き忘れてしまっているのだけなのか。