20130930

29〜30日
労働。客足は遠のくばかり。ほとんどの従業員が不安を抱きはじめているようにみえる。冗談の体裁にまぎれこませて次の職場を探す動きを見せはじめている。死神の足音がおれのコンバースから立つ。
休憩中、(…)さんが(…)さんを呼びよせて内緒話をしていたのが気になり、後であれはいったい何だったのだと問うと、例の一件だという返事があった。この例の一件とやらについては、昨日だったかあるいは先週だったかもしれないが、(…)さんの口からなにかの拍子に漏れたことがあって、それでこちらは知ることになったのだけれど、(…)さんがとある嫌疑で知人からゆすられているという話だった。示談金は二百万円。(…)さんの両親にまで話は及んでいるという。実際のところがどうなのかはよくわからないけれど、仮に(…)さんと、それにこの一件について一枚噛んでいる(…)さんの言い分とが双方ともに正真正銘天地神明に誓っての真実であるとした場合、多少は恰好のつかないところこそあるとはいえ(…)さんに支払い義務の生じることはまずないというのが(…)さんの見方で、それどころかむしろ恐喝の容疑で相手を警察に突き出してやることもできる、そうすれば手っ取り早い、すべてがさっさと片付くに違いない、相手はすでに警察に被害届を提出したというのだが、それが事実であるとしたら(…)くんは今頃とっくに引っ張られているはずだ、そうでないこの現状が意味するところはつまり相手は警察に被害届など提出していない、その目的はあくまでも法外な示談金の獲得であると、(…)さんはそんなふうに説明して(…)さんを安心させてやったというのだけれど、そういえば朝から(…)さんの表情に妙な翳りが、いくらか不機嫌なようにもみえる陰鬱が、そうしてときおり子犬のように弱々しい目つきが見られたことを、この話を聞いた途端に思い返した。
つい先日(…)さんが新しいスマホを、というかアイフォンを購入したのだけれど、その結果以前持ち歩いていたほうの古いスマホがお役目ごめんとなり、そうしてそのお役目ごめんとなったスマホでもWi-Fiがあるかぎりはネットに接続できると、その事実を発見した(…)さんは当初ふたりの息子さんの遊び道具として契約を解除したお古のスマホを与えるつもりだったらしいのだけれど、それがあれば喫茶店でもネコドナルドでも薬物市場でも職場でもネットができる、つまり、読み書きをしている最中に行き当たる困難をひとつずつその場で潰していくことができる、なんという画期的な用済みガジェットなのだろう!というわけでどうかください!と、だいたいにしてそのようにお願いしてあった甲斐あって、そのブツを今日見事にゲットすることができた(「まあ投資っていうことにしとくわ、印税入ったらまわらん寿司くらいおごれよ」)。慣れないタッチパネルに戸惑いながらもひとまずメールボックスをのぞいてみると(…)からのメールが二通届いていた。一通目には、言葉が足りない、あなたの調子はどう、と、あえて直訳するとそのような文章が記されており、二通目には、写真データを入れて持ち帰ったUSBメモリが壊れてしまったらしくデータを開くことができない、こちらからUSBメモリを送るのでどうかデータを中に入れてふたたび送り返してほしいという嘆願が記されていた。
帰りぎわの(…)さんから今晩空いてるかと誘いがあった。(…)さんのところに行く予定だと応じると、そうか、とあった。なんかあったんすかと軽く追求してみると、いやなんでもないんや、ただちょっとな、真面目な話があったんやけどたいしたことやあらへん、という返事があった。
自転車で烏丸今出川まで行ってそこからバスに乗って祇園にむかった。自室にはいちども戻らなかった。当初の予定どおり(…)さんと落ち合い、ふたりで鳥貴族に出かけた。(…)さんの一件については内緒のていであったので何も聞き出すつもりもなかったのだけれど、顔をあわすなり(…)さんが(…)さんの様子はどうだったとたずねるので、何かあったんですかと問うてみせると、今朝(…)さんが説明してくれたのと大枠のほとんど変わらない事の経緯について説明があった。きのう深夜に(…)さんから着信があり、出ると、とてもちいさなひそめた声で、いまおもてに何人かの人間が集まっている、なにやら怒鳴ったりドアを叩きつけたりしている、どうにかならないかと、ものすごく動揺した小声で伝えられ、わかりました、それじゃあひとまずそちらにむかいます、と通話を切って(…)さんが(…)さん宅に到着したころにはすでに人影はなく、それで玄関の戸を開けて中に入ると(…)さんは明かりもつけず部屋でひとり縮こまっていたという。なにがあったのかとひとまず事情を問いながら(…)さんが煙草に火を点けようとすると、(…)さん、ちょっとそこやとライターの火が窓越しに映るとあかんから、ちょっとこのソファーより下のところで火ィつけるようにしてくださいと、そんな按配で、とにかくびびりまくっている様子だったらしい。(…)さんを恐喝しようとしているその相手というのは(…)さんの高校時代だったかの後輩女性と、その後輩女性の再婚相手であるところのチンピラであって、要はこのチンピラが血のつながりのない娘と(…)さんのあやうい接点を利用して金をむしりとろうとしているんではないかというのがひとまずの見通しであるらしいのだけれど、この後輩女性の兄貴というのがじつは(…)さんの同級生であっていまはどっかの準構成員みたいな立場であるその男もひょっとするとこの一件に噛んでいるのかもしれないらしく、そのひとについてはこれまで(…)さんの話にそこそこ仲の良い友人として何度も出てきていたので驚いた。この一件のトリガーであるところの娘についていえば(…)さんも接点があるというか、(…)さん自身は平静をよそおっているように見えたし事実ある程度は平静なのだろうけれど、ことの進展次第ではちょっとめんどうくさいことになりかねないというか、端的にいって顔が潰れてしまいかねないところがあってそれを厄介に思っているんでないかという節はその語調からなんとなく察せられた。鳥貴族ではそのまま流れで(…)さんについてあれこれ語られることになったのだけれど、たとえば先月、(…)を連れて実家に帰省していたために参加しそびれた(…)さんおごりのお食事会の場で、会に参加していたのは(…)さんと(…)さんと(…)さんの三人で(…)さんはハブチだったのだけれど、というのは(…)さんも(…)さんも(…)さんにたいして腹にすえかねているところがものすごくたくさんあるからで、(…)さんと(…)さんの関係の危うさについてはこれまで何度も両者の衝突の現場を見てきているし(…)さんから直接(…)さんの悪口を聞かされたこともあれば(…)さんがなにかの拍子にぽろっと(…)さんにたいする根深い怒りを吐露する瞬間に立ち会ってきてもいるので承知していたのだけれど、(…)さんまでもが(…)さんに怒り心頭であるというこの事実については(…)さんに聞かされるまで知らなかったというか、(…)さんがむしろ一方的に(…)さんを嫌悪しておりその嫌悪をうすうす感じ取っている(…)さんはそれゆえ(…)さんにあまり話しかけようとはせず、結果、言葉数の少ない間柄になっているんだろうと勝手につけていたこちらの見込みは大きくはずれて、(…)さんは(…)さんのことを口だけは達者なやつだと苦々しげに、というか憤怒をこらえながら語ることも少なくないらしい。おれもうほんま限界やで、もうなんかあるたびにぜんぶおれがいちいち間に入らなあかんねん、このあいだも(…)さんに(…)くんがおるからわたしまだなんとかここでやっとれるんやでって言われて、このあいだ(子鹿の)(…)さんのことでなんか一悶着あったやろ、(…)さんと(…)さんのあいだで、あのとき(…)くん出勤やっけ、そうやよな、おったよな、あのときおれおらんかってん、それで次の日来るやろ、そしたらもう一発で分かんのよ、扉開けた途端に、もうねっ、空気わるっ!て、一目瞭然、それでうわこれ昨日なんかあったんやってなってさ、もう胃が痛い!休み明けに出勤するんとかおれほんますごい嫌やもん、緊張すんねん、なんかまたあったんちゃうんかって、実際おれ(…)さんとこ一回駆け込んでるからな、もうこんなんしたないですいうて、これは(…)さんの仕事でしょうって、と(…)さんがぶちまけるので、(…)さんのアレは知ってましたけどまさか(…)さんがそこまで(…)さんを嫌っとるとは思いませんでしたわ、と応じると、いやー(…)さん((…)さんは(…)さんのことを名字で呼ぶ)も相当頭にきてる思うで、(…)さんおらんときとかけっこう言うでなー、口だけ偉そうにしてほんまにしょうもない男やわあいつわとか、ああいうちっさい男はどこにでもおるとか、そういう言い方するくらいやしな、ただおれは正直(…)さんのほうがずっと格上やと思う、肝のすわりかたがもうまったく違うから、今回の一件やってこんなん(…)さんやったらそっこうやでほんま、堂々と構えてすぐに片付けるわ、(…)さんみたいにあんなにびくびくすることなんてぜったいないでな、という具合に、じぶんも(…)さんも(…)さんのことを決して嫌いではないしむしろプライベートでも何度か顔をあわすくらいの仲ではあるのだけれど、それでも話がこういう方向に傾くとやはりおたがいに思うところがあるというか、もめ事の尻拭いと人間関係の調停ばかりさせられている(…)さんもいい加減(…)さんにうんざりしているところは大いにあるわけであるし、こちらはこちらとしていちど(…)さん相手に派手なケンカをしているわけであるしで、それになによりこれまで職場で生じてきたもめ事の数々を分析するまでもなくトラブルの大半が(…)さんに起因することは(…)さん当人の目以外には疑いようのないものなのであるからには対話はやはりおのずと(…)さんにたいする駄目出し合戦の様相をていしはじめ、これはこのあいだ(…)さんと話したこととほとんど同じであるけれども(…)さんのいちばん厄介な点はじぶんが他のだれよりも物事が見えているとものすごく強固に思いこんでいるところ、他人の性格を見抜く優秀な目の持ち主であると疑いのない自負を抱いてしまっているところであり、それでいてじっさいのところはどうかといえば、たとえばそれまでさんざん馬鹿にしていた(…)さんが子鹿の(…)さんにかんする有力情報を(…)さんに提供したその途端に手のひらを返したようにあいつはあれでしっかりしとるああ見えてものすごくじぶんを持っとるやつやとたいそう空疎な賞賛を口にし、挙げ句の果てにはおまえたちは(…)のことをほんとうになんにもわかっちゃあいないんだなあという類のふんぞりかえった優越感がのぞく表情を浮かべてみせる浅はかさを忌憚なく発揮するという有様で、こういう(…)さんのうぬぼれだけはどうにもしがたい。とにかくじぶんを疑わない、そうして棚にあげる、要するにこの二語で説明はすべてつくんでないかと、だいたいにしてそのような結論に達したのだけれど、とにかくこのままでは(…)さんからひとが離れる一方であると(…)さんはいい、事実たかりだかゆすりだかをにおわせてきている三人のうちひとりは幼なじみでひとりは高校の後輩で、もともと面識があってそれなりに仲良くやってきていたはずの間柄であるにもかかわらずここにきての裏切りで、これこの前(…)さんも言うとったんすけど(…)さんってまあなんていうかこいつは手出してこやんっていう判断を下した相手にはとことん強く当たりにいくみたいなとこあるやないすか、まあときどき思いきり読みまちがえてぼくや(…)さんのケースみたいなことになったりするんでしょうけど、でもそういうのって、そういう態度っていうかやりかたってふつうに考えてアホみたいにひとから恨み買うことになりますよね、というと、このあいだひさしぶりに(…)さんに寿司連れていってもらったことあったんやけどな、そこでたまたま(…)さんの元同級生ってひとと会ったんやわ、中学やったか高校やったかちょっと忘れたけど、そしたら(…)さんがいっかいトイレに行ったときにそのひとな、まあおれとふたりきりやったわけなんやけど、いきなりやで、なんもいわんといきなりな、ぼくちょっと(…)さんとはあんまり関わりたくないんですって、真顔でそう言うててん、ああいうの見てまうとちょっとなー、そりゃまあ若いころ色々やってはったひととは聞いてるけどそれにしてもやっぱりその、(…)くんのいうとおり恨みはぎょうさん買ってんのやろなって思うわ。それからほかにも(…)さんというじぶんの前任者の女性が表向きは(…)さんが嫌になって仕事を辞めたということになっているのだけれどじっさいは(…)さんのセクハラが嫌で辞めただとか、それでいて当の本人は(…)さんとはとても仲良しであると今なお思いこんでいるだとか、わりと最近家の近所で(…)さんとすれ違ったことがありそのときに(…)くんの家の前を通りたくないからわざわざ最寄りのスーパーに行くのにも迂回路を通るようにしているのによりによってどうしてその迂回路で顔を合わさなければならないのだと言われたといって(…)さんは笑っていたけれどもそのときの(…)さんの言葉は冗談でもなんでもなくすべて建前なしの本音であるだとか、普段さんざんいじくりまくってイライラさせている相手であるところの(…)さんについて、あのひとはな、ぼくのこと大好きやと思うんや、そういうのはな、見てたらぜんぶわかるんや、と場に居合わせただれもが唖然とするひとことを厚顔無恥にもゆるぎない確信の語調で口にしてみせたりした最近の一幕だとか、とにかくあれやこれやがたくさん出てきて、(…)さんのそういう性格についてはしばしば信じられないといった苦笑とともに発語される(…)さんの、なあ、いったいどうやったらあそこまで前向きになれんの?それともおれがネガティヴすぎんのけ?という疑問に端的に集約されうる。あとは子鹿の(…)さんの一件について、(…)さんにはどうもほとんど絶望的な見通ししかないということを確認しあった。
鳥貴族を後にしてからそのまま(…)さんのお店に足をのばした。途中で閉鎖病棟の(…)さんが働いているという風俗店の位置を教えてもらった。(…)さんはこちらと合流するまえにその店の前をたまたま通りがかったらしいのだけれど、出ていく客のために戸をあける(…)さんのボーイっぷりをどんぴしゃで目撃したらしく、おまえ今ドア開けてたやろとそっこうでメール送ったといって笑っていた。店に到着してからはアレやコレやつまみながらたしなみながらひたすらおしゃべりし続けた。あまりにたくさんおしゃべりし続けたそのせいでなにをしゃべったのかほとんど覚えていないというか思い出すのも面倒なのだけれど、お互いの家族の話や地元の話などを比較的序盤に交わしたのことだけははっきりと覚えている。(…)さんが女手ひとつで育てられた一人っ子であるという話は聞いていたし、その母君が数年前にクモ膜下出血で亡くなったという話も聞いてはいたのだけれど、(…)さんの父親についての話はよくよく考えてみるとこれまであまり聞いたことがなくて、と、こう書いているうちにずっと以前に(…)さんから軽く聞いたことのあったような気もしてきたのだけれどとにかく、そういう話のできる空気が十分に醸成されてあったのでその点についてたずねてみると、水商売をしていた母親とその店に通っていた客との間にうまれたのがおれだという返事があった。(…)さんの父親は別に家庭を持っていて、つまり(…)さんの母親は二号さんだったというわけなのだけれど、(…)さん自身父親に最後に会ったのは小学校三年生のときだったかで、名前で呼ばれたことはいちどもない、いつも坊主と呼ばれていたと言っていて、支援らしい支援もなかったという。詳細は定かでないものの(…)さんの父親はすくなくとも堅気ではなかったらしく、おそらくはどこかのフロント企業にでも勤めていたんでないか、いずれにせよろくでもない人物であることには変わりない、いまでもときどき殺してやりたいと思うことはある、ただ不思議なのはそんな男であるにもかかわらず母親方の親族の間ではなぜか妙に評判がよかったりするのだ、それが腑に落ちない、ときどきもういい加減父親のことは許してやればいいんじゃないかと言われることもある、それがちょっとわからない、(…)くんだったらどう思う?
それから音楽の話もたくさんした。おたがいのiPodの中からおすすめの楽曲を教え合ったりした。あとは病気の話もしたのだった。一週間のうちに突発性難聴とクインケ浮腫という自律神経の狂いによってもたらされる大きな不調を二個被ったことがあると伝えると、(…)さんは(…)さんで突発性難聴にかかったことがあって、たしか16歳とかそこらだといっていた気がするけれども、それはもうひどいものでとにかく朝起きたときからめまいが延々と止まらない、当然のことながらすぐに気分が悪くなってそこから延々とつづく嘔吐地獄、立ち上がることさえままならないありさまで、母親に手を引かれてどうにかタクシーに乗り込んだはいいものの、車窓の外に首から先を出したまんまにして吐瀉物を垂れ流しながらのドライブで、ようやく病院にたどりついたところで日曜日、担当医師不在ゆえに明日もういちど出直すようにと門前払いされるはめになって、それから以後まるまる一日、めまいと嘔吐のおわりなき地獄を味わったといい、それってメニエール病とかそんなんじゃないのと話をききながら思ったのだけれど診断はたしかに突発性難聴だったらしい。二日目にして腕に点滴を、耳の中に注射をうち、それでようやく快方にむかったというのだけれど突発性難聴というのはいちど罹患すると再発することが多いという医師の言葉にいまだおびえていると(…)さんはいっていて、たかだか耳鳴りと若干の違和感程度ですんだじぶんのケースはまったくもって不幸中の幸いだったなと思う。クインケ浮腫については朝起きたら上唇が化け物のように腫れていて鏡に映ったじぶんがコラ画像か何かのように見えるというすさまじさ、生まれてはじめてこれ夢じゃないんだよなというあまりにベッタベタな想念がよぎるのを感じるというくらい現実ばなれした起き抜けをむかえたというどぎつい印象が残っているのだけれど、(…)さんも(…)さんでまた朝起きると首のあたりが信じられないくらいに腫れていたことがあるといい、それもやっぱり15か16のころだったといっていた気がするけれどもとにかくこれはやばいだろうと思いつつもしかし病院に行く金はないしそもそも(…)家には医者も病院もけっして信用するなというほとんど家訓じみた教えがあって、それでしかたなくバンテリンかなにかを塗ったらいしのだけれど次の日にはもうきれいさっぱり消えてしまったらしく、痛みもかゆみもともわない顔面周辺の腫れ、それも放っておいたら一晩で簡単に消え去ってしまうそんな腫れといえばやはりクインケ浮腫なのではないかと思われて、同じ病気の経験をふたつも共有しているこの偶然はちょっとおもしろい。あとは(…)くんは年上の女性と付き合ったほうがいいといわれた。知り合うひと知り合うひとみんながこぞってこちらに年上をすすめる。たしかに(…)くんと付き合うってなるといろいろ難しいところはある、それは事実やと思う、じぶんの時間をそこまでたっぷり確保するっていうところひとつとってもやっぱりそれだけでだいぶ相手かぎられてくるでな、でもおらんってことはないと思うで、絶対数は多くないけど(…)くんの条件に合う子って探せばたぶんおんねん、(…)くんの場合そういう子が見つかりさえすればすごいうまいこといく気がする、というわけで(…)くん、(…)ちゃんも帰国したことやしとりあえず(…)さん、(…)さんと付き合おか!
とかなんとか話しているうちに夜も更けはじめ、すると仕事を終えた閉鎖病棟の(…)さんからお茶でも飲みに行かないかというメールが(…)さんのもとに届き、それだったらいまからこっちに合流しなよみたいな流れになって、それで事実合流することになったのだけれど以前お会いしたときはたしか三ヶ月かそこら前で当時はスキンヘッドだった(…)さんの髪の毛もすっかりのびのびで、そしてボーイ姿の板についたスーツで、だけれど(…)さんは(…)さんの顔を見るなり、なんやおまえもうおっさんやないか!と叫び、坊主頭のほうが似合っていたぞと続けて、その意見にはこちらも賛成だった。職場では坊主が禁止されているのだと(…)さんは言った。なんでその業種でその手の制限が必要なんだろうかと、とてもふしぎに思った。それから(…)さんによるおそるべきおしゃべりがはじまった。とてつもなかった。これちょっとさすがにびっくりするというか、はじめてじぶんよりおしゃべりなひとを見た気がすると認めざるをえない勢いで(…)さんは延々と、滔々と、休みなく、ひたすらにひたむきにしゃべり続け、なんでふたりともそこまで饒舌になれんの!?と、いついかなるときも似たようなテンションの(…)さんはたびたび呆れたり驚いたりしていたのだけれどここには厳然たる差異があって、つまり、(…)さんはじぶんよりも数段よくしゃべる。ヒップホップと風俗業について二億文字分はぶっ放したんでないかというくらいのマシンガンをようようにして撃ち終えたところで午前8時、店を出て朝日の中を歩き、バス停の前でふたりと別れた。
コンビニで水だけ購入し、コンビニで2リットルの水を購入するというふるまいにつきまとうこの感傷のほうがいつ芽吹くのか、いつ花開くのか、そしていつ立ち枯れるのか、知れたものでないけれどもとにかく水を購入し、それから歩いて部屋にもどり、買った水は飲まず、かわりに冷蔵庫の中の豆乳を二杯飲み、それからBCCKSからの返信にしたがって「A」のダッシュ二本繋ぎをばばばっと修正した。そうしてヨーグルトを食べてから(…)にメールの返信をした。金を使い果たしてしまったので毎日働いている、だから今後メールの返信が遅れることもあるかもしれない、どうか勘弁してほしいと書きつけた。それからじぶんの住所をローマ字で打ちこみ、ここに宛ててUSBメモリを送ってくるようにと付け加えた。
それから二日間にまたがる日記の第一日目を延々と書きつづけた。いったい何時間ぶっ通しで書き続けていたのかはっきりしない。とにかく長時間だった。すなわちここまで書き記し終えた現在午後3時半。着手したのはたしか午前11時ごろだったんでないか。しかしそう考えるとたかだか四時間半である。とはいえいちども休憩をはさむことなく坐りっぱなしだったために背中と、腰と、あとは辛く痛む喉と、火傷した左手の水ぶくれのぷっくりとした中指が痛い。
身体の凝りをほぐすためにシャワーを浴びて外に出ると大家さんがいて、あたらしい乳母車を購入したのだけれど後輪がうまく回ってくれないのだと、説明書を片手に四苦八苦していた。どこかでロックがかかっているのだろうと乳母車本体を適当にいじってみたのだけれどそれらしきボタンやスイッチの類は見つからず、それでしかたなしに説明書に目を通してみたのだけれどこれがまたやたらと不親切な設計で、つまり、ここのロックがありますと写真付きで紹介されているその写真がズームしすぎていて該当箇所が乳母車全体のどのあたりに位置するのかまったくもって見当がつかないというアレで、どうしてこんなんでオッケー出ちまうんだろうと思う。ひとまず後輪のロックを外すことには成功したのでそれで良しとすることにして(後輪のロックをふたたびかける方法については分らずじまいだったけれど大家さんには別段必要ないようだった)、尋常ならざる感謝を受けながら部屋にもどることにしたのだけれどその途中で通りがかった(…)さんの部屋がもぬけの空になっていて、おもわず大家さんのところにもどって事情をたずねてみたところ、(…)さんは昨日付けで退去したという。中国にもどりそちらの大学で半年間だったかを過ごす予定らしい。ぜんぜん知らなかった。思い返せば先週だったか、水場で顔をあわせたときにテレビを捨てたいのだけれどどうすればいいのかとたずねられたことはあったけれど、あれは引っ越し準備だったのか。(…)が帰国して以降(…)さんのじぶんにたいする態度にかすかな変化のようなものがときどき感ぜられて、(…)が(…)さんとその妹さんとその友人だったかあるいは(…)さんの彼女だったか、とにかく計三人をこちらの部屋に招いてパーティーするとかいう段取りをこちらの許可なく勝手につけてしまい、それまでもその手の数えあげることさえ困難なあまたの身勝手さをさんざん我慢してきてはいたのだけれどたまるものもたまっていたというべきか、そのときばかりはやめてくれと、おれは部屋によくしらないひとをあげたくないのだと、そう理由をつけてはっきりと断ったそのやりとりがいま思えば最後の大喧嘩につながる伏線ではあったのだけれど、そのとき(…)は(…)さんらにむけてなんと断ったのか、(…)があなたたちのことを部屋にあげたくないと言っていると、ひとつの配慮もしらないあのバカのことだから場合によってはそんなふうに説明をしている可能性もなきにしもあらず、それで(…)さんが妙によそよそしくなってしまったんでないかと考えていたその矢先にこの挨拶もない退去だったので後味がわるい。(…)にまつわる記憶は遠巻きにしてながめると美しいけれど、こうやって記述の探検の過程で細部にわけいっていけばいくほど化けの皮が剥がれていくというか、次第に当時の苦々しく忌々しく憤懣やるかたない苛立ちのようなものが煮えくり返ってくるようなところがあっていますごく気分が悪い。
洗濯物を干した。それから図書館に出かけてCDを返却しグレゴリー・ベイトソン『天使のおそれ』を借りた。これについてはずっと以前に借りたもののほとんど読まずに返却してしまった記憶があり、ブログ内検索をかけてみると2011年4月21日であることが判明したのだけれど(…)、そう考えるとあれからまだ二年半、三年も経っていないのかという感慨があって、円町の一戸建ての一階の和室に布団をしいてもぐりこみ、枕元に設置したスタンドライトだけを灯して読みはじめたはいいもののいまひとつ乗れなくて、いつもなら多少は乗れなくても無理して読みすすめながら乗れるところまで無理して持っていくのだけれど、そのときはなぜか、こんなことはそれまで一度もなかったのだけれど、まあいいやと、乗れないときは乗らないことにかぎると、別段そう難解な書物ではなかったように思うのだけれど、そう思って読むのをやめてかわりに何の本を手に取ったのだったか、いずれにせよそのまま続きを読むこともなく返却したそんな記憶の細部がどこにも書きつけてもいないにもかかわらずはっきりと残っていて、あの日あの時からまだたったの二年半!というこの実感は二度の引っ越しと転職に依るところもたぶん大きく、記憶の探検につきまとう「もう」を「まだ」に書き換えるためにもやはり環境の変化は必要である。つまり、この町を出なくてはならない!
市川春子宝石の国』を読んだのはどのタイミングだったか覚えていない。『25時のバカンス』のキレがなかった。
図書館を後にしてからは薬物市場に出かけて洗剤とスポンジと食器用洗剤とを購入した。家を出た当初はどこか外で軽く読書でもするつもりだったのだけれど、さすがに少々疲れの出てきていたこともあっておとなしく帰宅した。スーパーでほそぼそとしたものだけ購入し、帰宅してからそこそこ腹の減っていることに気づいたのでコンビニでカルボナーラだけ購入し、新しい入居者がやってくるのかそれとも見学に来るだけなのかわからないけれどもとにかく誰か来るらしく空き部屋すべてに明かりがともされている中を部屋にむけて歩けば大家さんの息子さんともすれちがい、面倒でない入居者を祈るばかりであるけれどもこんなワケあり物件みたいなところに来る人間なんて八割方は面倒な人種である。カルボナーラを食って20時、布団にもぐりこんでスタンドライトを灯し『天使のおそれ』の最初のページをめくればふるい貸し出しレシートがはさまっていて、日付を見れば2011年4月17日とある。やあ、ひさしぶり。二年後のぼくです。おまえ偶景にするよ。序文だけ読んで眠った。