20131018

(…)知覚風景界、いや、精確には「第一次的に現前する現相世界」の一全体、これはまだ、直ちに心理現象界と呼ぶことも物理現象界と呼ぶことも不適切であり、物心二元分離以前の現相(フェノメナル)界と呼ぶのが相応しい。
 思ってもみるがよい。「心(理)的現象」という概念的区別は、元来、意識主体なるものの「内部に在る現象」「外部に在る現象」という区別的規定だったのではないか。しかるに「実的体験相」「第一次的現前現相」は、意識主体とやらの「内部」に在るわけでも、超越的な「外部」に在るわけでもない。(それをそっくり「内在的」とみなす謬見が観念論であり、それをそっくり「外在的」自存的とみなす短見が素朴実在論である)。
 それは、内在的でも外在的でもないのであるから、それ自身として、そっくりそのまま心(理)的現象界でも、また、そっくりそのまま物(理)的現象界でもなく、さしあたっては物心二元的分離以前的な「現相的世界」なのである。
廣松渉『哲学入門一歩前 モノからコトへ』)



夢。書店にある背の低い本棚を左手から右手にかけてカメラワークにあわせてオールスター感謝祭の司会をする今田耕司がなにやら適時ツッコミを入れていく。本棚の途切れた先にとってつけたようなカフェスペースがあり、そこで匿名的な人物が3500円の金魚の餌を買おうとしているのを見て、父か弟かあるいはその双方がやすいなーと感心している。グラスの割れる音がたつ。音の源は自動ドアをぬけた先のおもてである。カフェの円卓についていたひとりの女性がハッとした顔でそちらを見遣る。うちの職場に来る子供の母親だ、と母がいう。グラスを割ったのはどうやらその子供らしい。いつも暴れまわってばかりいてまったくもって手のほどこしようのないクソガキなのだ、と母は憤懣やるかたない表情で続ける。グラスを割ったのが子供の仕業であることは明らかであるにもかかわらず母親は席を立っておもての様子を見にいこうともしない。そんなふてぶてしさに業を煮やしたらしい母がそちらの席に歩みよってお宅の子供さんですよとまくしたてはじめるのにまあまあと父親とふたりで協力してなだめる。そんなもん放っといてこっちでグラスの片付けしたろや、そのほうがよほど屈辱的やに、などと説得しながらおもてに出る。店は地元にある(…)書店のレンタルビデオ用店舗であったらしい。その入り口にゴダール『軽蔑』でクラッシュする例の車が横付けされている。割れたグラスの破片がそのシートの上に散らばっているのを認める。
9時半起床。クッソさぶい!クッソさぶい!!クッソさぶい!!!!おもてに出ると部屋より外のほうが温かいことに気づいた。これではっきりした。夏と冬の二分法で一年を区画するならば京都はほかでもない本日より冬入りである。きのうまではまだ部屋のほうが温かかったのだ。それが今日はっきりと逆転した。冬が来たのだ。
11時より(…)さんの小説の続きを読みはじめた。読み終えたところで感想メールを書き、送信し、さて13時、「偶景」に若干手を加えるなどしてそろそろ英語の勉強でもはじめようかと思ってはみたもののいまひとつやる気が出ず、これはどういうことだと自問してみるに、どうも(…)さんの作品にあてられてしまったらしい、書きたくてムラムラしてるらしい、こっちだってもっともっと書かなければという焦慮がきざしはじめているらしいとの分析結果が出た。かといってこのタイミングでがっつり執筆しはじめるとなるとまたもや英語の勉強が中途で頓挫してしまうことになるのではないかという懸念がある。それにたとえ今日「邪道」をいじくりまわしたところで明日と明後日は仕事であるし月曜日は両親の上洛であるし火曜日以降はできる男・成功者のシンボルことアーロンチェアに腰かけての「A」最終稿チェックが控えているしでずいぶん間が空いてしまう。とりあえず落ち着こう、まずはコーヒーを飲もう、というアレで水場に出て湯を沸かしはじめたところで突然いよっしゃ!「邪道」をボツにしよう!と思い立った。そうすればしばらく英語の勉強と日記代わりの「偶景」との二本柱で余裕をもってやっていくことができるんでないか、いまみたいに何かに取り組みながらしかし脳裏の片隅にはつねに他に取り組むべき別の何かがちらつくというような歯痒さを感じずにすむのではないか。そう考えながらコーヒー片手にデスクにもどり、念のため「邪道」の冒頭をちら見してみたところ、あれ思ったよりもやっぱりおもしろいかもしれんとなってしまってこれほんといったいどうすりゃあいいんだ。もろもろ考え抜いた。考え抜いた結果、「A」の編集にきりがついたらやはり「邪道」に着手しよう、そうしてさっさと完成させてやろうということになった。もちろん英語の勉強と並走しつつではあるけれども。
発音練習をすませたところで図書館に出かけた。瞬間英作文は移動中でも問題なくできるということに最近気がついて、これ外に用事のあるときにはなるべくそこにむかう移動時間を瞬間英作文にあてれば自室の時間をほかの何かにまわすことができるという新たな時間節約方法の発明ともいえるアレなわけなのだけれど、とりあえず図書館で長らく借りっぱなしだったレッド・ツェッペリンを返却してここまで来たのだからついでにというわけで坂をのぼった先にある本屋をのぞいてみることにしたのだけれど目的のブツことシリウスはやはりなかった。そこからもう一軒読者なんてしたことなさそうなおばちゃんが店番にたっているタイプの書店ものぞいたのだけれどやはり見つけられず、近所にあったものだからとついでに古本市場にも立ち寄ることにしたのだけれどそもそも参考書や問題集のたぐいがない。収穫ゼロも仕方なしと思いながら帰路をたどる途中、薬物市場の前を通りかかったので、そうだ、そろそろ毛布を出さなければならないしダニスプレーを購入しておこうと思って立ち寄ることにしたのだけれどそのとき着信があって、見ると(…)さんで、出るとノイズで、まったくもってなにも聞こえない。ゆえにいちど切ってこちらからかけなおすと、開口一番、(…)ちゃんさっきすれちがったの気づいてなかったやろといわれ、本当にまったく気づいていなかったというか移動中はずっとぶつくさ英作文やってるから仕方ないところはあるのだけれど、いやーぜんっぜん気づきませんでしたというと、うん絶対に気づいてないやろうなーって思った、ほんとまったく気づいてない顔やったからな、とあって、なんかそういう素の面構えの目撃談を聞かせられると独特の気恥ずかしさと同時にそれと拮抗する程度の恐怖というか不安というか不気味さというかそういうおそろしげな何かしらを覚えなくもない。(…)さんは薬物市場のある方面にむかうこちらの様子からおそらく作文か読書でもしにいくのだろうと察してそれだったら部屋を使ってくれてもかまわないと、わざわざそれを伝えるために電話をくれたのだった。今日は必要ないんですけどひょっとしたらまたお世話になることもあるかもしれませんしそのときはお電話させてもらいますと言ってから電話を切った。切ってからひょっとしたら(…)さんだったらシリウスとか持ってたりするんじゃないだろうかと思ったけれど時すでに遅し、ひとまず薬物市場でダニスプレーとジュースを購入し、ぐびぐび飲みながらぶつくさやりつつ残りわずかな家路をたどったのだけれど、その時点で全部で70ある単元のうちたしかまだ20とかそこらにしか差し掛かっていなかったのでこれまだまだ時間がかかるな、どうせ移動中にできるんだったらいっそのこと四条のほうまで出て書店をチェケラしてみようかなと、そう思い立ったのでひとまず帰宅して小便をすませて痛みつつあった腰に湿布だけ貼ってそれからまた家を出て烏丸通を延々と南下した。アパートではめずらしく昼間っからクレームサイコパスとすれちがったのだけれどあれだけもじゃもじゃでアングラ感をかもしだしていた髪の毛がなぜかきれいさっぱり刈り取られてミルコ・クロコップみたいになっていて、こんちはとあいさつしたらものすごくおどおどした表情と小声でこんにちはと返答があった。四条では大垣書店ジュンク堂の両店をのぞいた。ブツは見当たらなかった。
自転車をゆっくり漕ぎながら帰った。帰宅してから折りかさねた布団をソファ代わりに軽く大の字になって五分間程度のあるかないかの仮眠をとった。それから夕食の支度をしてかっ喰らい、瞬間英作文の残りをちゃちゃっと片付けてから風呂に入った。ストレッチを念入りにこなしてからなかなか良くなってくれない腰に湿布を貼りなおし、さて酩酊しながら『ポニョ』でも楽しませてもらおうかと思ったのだけれど『天使のおそれ』の返却期限がそこそこせまってきていることを思い出したのでそちらの抜き書きを優先することにした。21時過ぎだった。23時前にさしかかったところでもういいや飽きたとなったのでやめた。それでもまだ半分は残っている。
酩酊して寝た。と予言的に書いたところで不意に(…)さんから電話があり、出るといくらか深刻な声で、あいさつもそこそこに、客の忘れ物のうちある程度高価なものが紛失するという事案がこのところ三軒続いて発生している、これについてどう思うかと問われた。どう思うかといわれたって頭のなかにでかでかと思い浮かぶのは(…)さんの顔で、次点で(…)さんなのだけれど(…)さんの顔に圧迫されて影が薄くなっているみたいな、そういう考えを告げるとやっぱりおまえもそう思うよな、そうやよなとあって、(…)くんもあやしいっちゃああやしいけどなんかそういうせこいことするタイプではないよなとあり、おれ前々からおかしいと思うとったんやけど(…)くんときどきカード入っとるからっていうと財布を(…)さんとこに預けとることあんのやけどな、あれってひょっとして(…)くんそういうとこすごい気遣いするからいわへんけども(…)くんに中身ぬかれるって警戒しとるんちゃうかな思うてな、とあって、たしかにいわれてみればこちらも(…)さんから何度か財布をあずかってくれと頼まれたことがあって妙なことをいうなと思っていたというかむしろこれ後になってから中身がなくなってるとか騒いでうんぬんという魂胆とかあるんじゃないかと警戒していたくらいなのだけれど((…)さんも当初はじぶんとまったく同じ懸念を抱いていたらしい)、(…)さんの手癖を警戒しているという仮説と照らし合わせてみると一気に合点がいくみたいなところがあって、もうなんなん、なんでこんなしょうもないことばっか起こんのとべろんべろんになりながら(…)さんは嘆いてみせて、もうな、前もいうたけどな、おまえがいちばん信用できるっていうんはほんまあんねん、おまえ金とかぜんぜん執着ないやん(「んなことないっすよ!」)、や、でもなんかおまえ金つかわんと生きるやん、ていうかふつうやん、ふつうなんおれらだけやん、あとみんなおかしいやろ、いやおれらもアレかもしれんけどひととしてはしっかりやってるやん、その、なんていうの、常識? 常識みたいなところではまあしっかり、常識っていうか人格、そういうの、なあ、わかるやろ、そういうのしっかりやってんのちゃうのって思うわけよ、おれらはな、ほやししょうもないことはしやんやろ、じっさい、しやへんやん、でもあのひとたち、あのひとたちはー……ちがいますよねーっていう話、そやろ、なんでかしらんけど、まあ(…)さんはええわ、でも(…)くんにしろ(…)くんにしろ、あとはまあ(…)さんもそうかもしれんけど、そのー、ちっこいちっこいことすんなっていう話やん、でっかいことすんのやったらはなし別やで、おれに刃物つきつけてやな、金庫の金取るとかやったらわかんねん、でもちっさいちっさいやん(「でも(…)さんふたり殺してますやん」)、いやもうそれはええねん、そこは触れたんなや、まあ(…)さんはええわ、あとふたりやわ、あのな、ものっそいせっこいことなわけよこれ、なっ、ほんでほんませっこいことしてな、そんなんで信用失うとか、あのーあれ、世界でいちばんしょうもないことやろ、じっさい世の中でなにがいちばん大切かっていうたらやな、そりゃおまえ、信用やん? もうこれは間違いないやん? それをな、そういうものを、どうでもいいせっこいこときっかけで失ってしまってな、おまえそれどうすんのって話やん、そういうことをな(…)くん、たとえばおれが明日朝礼で言うてみたところで……やよね、無駄やよね、いやそうやねん、そやしー……なんていうの、なんかこう、おまえからさ、こう、うまいことやな、そのー……(中略)……まあそういうことでやな、明日もひとつ頼んますわっていう、ねっ、まあ(…)くんも字ばっかり書いとらんと、ていうかほんとおれとしてはやな、ぜひもうここのことをやな、ものすごく嫌々やで、嫌々ながら書いてほしい、いやよろこんで書いとったらアホやでそんなもん、こいつらと一緒やんけってなるやろ、そやしやな、もうこんな底辺があるんやと、こんなもん書きたくないけどっていう、そういうふうにしておまえには本書いてほしい、もうこんなやつらがおるんですよと、これが日本の教育の成果ですよと、もーあれ、世の中に対してですね、きちんと訴えてほしい、ぜひとも、だからぜひとも書いて、でもものすごく嫌々やで、嫌々ながらきちんと書いてほしい、おまえそれやったら絶対売れるから、よろこんで書いたらあかんで、そんなもんおれぜったい読みたないから、これこいつ同じ人種やねえかってなるから、だから嫌々、ここ大事やで、嫌々書いて、そう、そんでいまもアレか、なんか書いとったんけ?(「ちょうど書き終わったところに着信あったんすよ」)、そのー、おまえかいとったって、それはあれか、自慰をカイとったんけ? (笑)ええ?(爆笑)(「お子さんの声ガンガン聞こえとるんすけどほんなしょうもないこというとってええんすか?」)、いやいや、まだ自慰とかわからんから、そんな歳ちゃうから(笑)、そんなんわかるん嫁くらいやから(笑)、嫁? いまとなりにおるよ、あのー、あれや、(…)もおる、(…)もおるで、かわろか? ヘーイ! (…)! イエー! イエー! イエース!……(中略)……(…)くんおれもう電話切ってええかな? 日付変わってしもた、あれや、もうーあれ、どのみち八時間後には会えますね(笑)、あのーもう、おまえ腰わるいんやろ、ロキソニンテープ持ってったるしな、ほやしあの(…)くん、おれもう電話切っていいかな?(「べろんべろんになって深夜に電話してきときながら長電話の責任転嫁するとことか(…)さんと瓜二つっすね」)やめてっ! それなにっ!? おれに死ねっていうとるようなもんやで、それだけはやめて、もうそれいわれたらおれ仕事できん、もーおれ明日ストライキする、もうそんなんいわれたらだれも立ち直れません! いやいやもうわかった、じゃあせめておれと(…)くんのなにが違うかだけちゃんと聞かせて、おれと(…)くんの違うところを教えて、それだけ聞いたら寝る(「名字くらいちゃいますか?」)、おまえっ(笑)、おまえなっ(笑)、おまえほんと(笑)、おまえなっ(笑)、あのー、おまえもう(笑)、もうわかった、わかった、もう切るで? ほいじゃっ、おやすみなさーい!
今度こそ酩酊して寝た。